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« ワシの年金バカ再掲 | トップページ | カナダの雑誌『Edge』にインタビュー記事 »

2019年6月20日 (木)

無知がものの役に立ったためしはない

例の「年金返せ」デモについて、藤田孝典さんがこういうことをつぶやいていたようですが、

https://twitter.com/fujitatakanori/status/1141039413918437377

年金について勉強してから発言したり、行動するべきだ、という議論もあるみたい。しかし、そんなことは政治家、官僚、研究者、専門家の仕事。一般市民や大衆は、怒りを感じたらみんなで集まり、デモや示威行動で表現すればいい。何も行動しないよりはるかにマシ。

いやこれは全然駄目。

細かいところまで勉強せよとは言わない。しかし、公的年金とはそもそも如何なるものであるか、そして公的年金制度において「年金返せ」なるスローガンが如何なる、どちら向きのベクトルを持った台詞であるかという、基礎の基礎のそのまた基礎に当たるようなことを全く理解しないほどの不勉強な、方向性を全く間違えた「怒り」なるものを、それが無知な大衆の怒りであるという理由で賞賛するような議論は、良く言って愚かの極みであり、悪く言えば利敵行為以外の何物でもないでしょう。

保険料の拠出という形で個人の権利性を確保しつつ、公的社会保障制度全体で貧富間の再分配を図るという仕組みの根源を破壊する方向の論理だからです。

公的年金をつかまえて、あたかも私的な取引に基づく積立貯金であるかの如く「返せ」などという言語を発すること自体が、脳内主観では敵対していることになっているホリエモンと全く寸分違わない立場に自らをおいているという基礎の基礎すら理解できていないような人間は、やはり最小限のことを勉強してから発言したり行動すべきなのです。

同じ社会保障制度で例を取れば、健康保険で医者にかかって本人負担分の高さに逆上して、「健康保険料返せ」とわめき散らして、公的健康保険を破壊し、市場ベースの医療保険だけの、ムーア監督の「シッコ」の世界を求めるかの如き無知な「庶民の怒り」を、褒め称えるようなことを言ってはいけないのです。

 

 

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コメント

年金制度は「強制貯蓄」制度であり、再分配制度や公的扶助制度ではありません(とっくに破綻していますが、少なくとも理念上は)。
納付額に比例した給付制度からも明らかです。
釈迦に説法かも知れませんが、貯蓄制度である以上は「我々の年金を返せ」といった主張は確定拠出型年金でもない限りある程度は妥当であると思いますし、年金を再分配政策の一種であるかのような教授の主張には違和感を覚えます。
年金制度と生活保護等を一元化した「ベーシックインカム」といったアイデアも存在するようですが、そうした制度が導入されておらず年金制度からの脱退の自由も無い以上は、
「社会保障制度としての年金制度への疑義」
「政治信条としての社会保障制度そのものへの是非」にも耳を傾けるべきではないでしょうか。
「市民は無知でも構わない」といった、市民を愚民視した態度や生産性の無い暴論に対する筆者の怒りには賛同します。

「拠出を促す」ために「積み立て(のようなもの)です」と煽る、ということになったんだと思うんだけど。まあ、そしたら、怒りますよね。
失政の主な原因は、これと「年齢差別の不合理性が拡大する」ということを予想できなかったことですかね。

https://twitter.com/fujitatakanori/status/1141039413918437377

追記
既存の年金制度が「強制貯蓄」「社会保険」「公的扶助」それぞれの理念が混在した制度である事は承知しています。
筆者が、寿命の不確実性に対する保険制度としての機能を重視しているのは1つ前の記事でも明らかですが、生活保護制度が別に存在しているにも関わらず、強制加入の公的年金制度が果たして理念的に正当化できるのでしょうか。
この点に関して筆者の言及が無く疑問に思いましたので、強制貯蓄の考え方を強調したコメントを投稿させて頂きました。
先日投稿したコメントについて、年金の保険制度としての側面に関する言及が無い事により、読者の誤解を招きかねないため補足させて頂きます。
将来的に過重な負担が見込まれる若い世代の一員として、公的年金制度の位置付けや是非について、議論が必要であるとの認識については変わりありません。

>「年金返せ」なるスローガンが如何なる、どちら向きのベクトルを持った台詞であるか
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190620-00000001-moneypost-bus_all
によると、このデモの主催者は「保険料徴収するなら責任を持ってほしい」という主旨で行ったと述べたそうです。それであればそんなにおかしな話だとは思えません。"年金返せ"という部分を非難する人が多いので、”年金返せデモ”ではなく”年金払えデモ”という名前にしたほうが良かったかもしれません。デモの写真によると、"年金払え"というプラカードは"年金返せ"と同じくらいありました。


>基礎の基礎すら理解できていないような人間は、やはり最小限のことを勉強してから発言したり行動すべきなのです。

一般の人が困っていると感じている制度の変更を求める方法として
  (A) 正しい解決法を求める集会に参加する
  (B) 誤った解決法を求める集会に参加する
  (C) 集会に参加しない
という3つがあると思います。(A)があればそれを選択するのが当然ですが、(B)と(C)しか選択肢がなければどちらを選ぶべきでしょうか?
(C)を選んでしまうと”困っている”という事が伝わらなくなって制度の変更ができなくなるので、それよりは(B)を選んで”困っている”という事を伝えて制度の変更を求めるべきだと思います。


>同じ社会保障制度で例を取れば、健康保険で医者にかかって本人負担分の高さに逆上して、「健康保険料返せ」とわめき散らして、

健康保険で医者にかかって本人負担分の高さに逆上して「健康保険料返せ」とわめき散らす人に対して社会的責任がある立場の人がなすべき事は、わめき散らす人を批判する事ではなく本人負担分がそれほど高くならない健康保険の仕組みを提案する事だと思います。

>Alberichさん

本当の「困っている一般の人」なら濱口先生も否定はしないでしょう。ネット上で一定の影響力があり、「大学客員准教授」の肩書きで社会福祉・社会保障の専門家として振る舞っている以上、釘を刺さなければいけないのは当然です。
それに藤田さんの議論が正当性を持つのは、あくまで最後に「真っ当な専門家」が政策決定の中心としてデンと控えている場合だけです。今はかろうじてそうなっているからいいのですが、小泉政権や民主党政権の一時期にまともな社会保障の専門家がパージされかけていた時代を知っている身としては、藤田さんの「間違っていても声を上げないよりまし」論は、あまりに危ういと言わざるを得ません。

いち社会的左派殿

申し訳ありません。仰る事がよく理解できません。


>本当の「困っている一般の人」なら濱口先生も否定はしないでしょう。

いち社会的左派殿は、このデモの参加者は本当の「困っている一般の人」ではない、つまり「それほど困っていない人」か「一般でない人(プロの活動家?)」だとお考えでしょうか?


>ネット上で一定の影響力があり、「大学客員准教授」の肩書きで社会福祉・社会保障の専門家として振る舞っている以上、釘を刺さなければいけないのは当然です。

「大学客員准教授」の肩書きで社会福祉・社会保障の専門家として振る舞っている方に対して批判すべき事があるとすれば、指摘された問題への見当違いの解決策を求める集会に参加した人に釘を刺さなかった事ではなく、指摘された問題への対応を提案しなかった事だと思います。
  おなかが痛いから目薬をさせ!
と主張する患者に対して医師がすべき事は腹痛の治療だと思います。治療法が示されずに目薬をさせと主張した事を批判されるだけでは患者は困ってしまいます。


>藤田さんの議論が正当性を持つのは、あくまで最後に「真っ当な専門家」が政策決定の中心としてデンと控えている場合だけです。

政策に問題があると多くの人が感じていても、その政策決定の中心に「真っ当な専門家」がいなかったとしたら、批判されるべきは「真っ当な専門家」がいない事(「真っ当な専門家」をいなくした政府)だと思います。政策決定の中心に「真っ当な専門家」がいない状況では、その政策に問題があると感じた人はどうすべきでしょうか?

>Alberichさん

「釘を刺す」というのは濱口先生が藤田さんに釘を刺すということです。書き方が悪くてすみませんでした。

>政策決定の中心に「真っ当な専門家」がいない状況では

藤田さんのような大学の先生の場合は、いかに「御用学者」と罵倒されようが、自らが真っ当な専門家として振る舞うことが必要だと思います。老後の生活に不安な一般の人が「年金返せ」デモに参加してしまうこと自体は否定すべきではありませんが(この点ではAlberichさんと意見の違いは特にありません)、専門家がそれでいいと開き直るのは論外です。

そもそも元の報告書は高齢者の金融資産を狙う悪質な業者への規制と注意喚起が一つの目的だったはずですが、「2000万円じゃ生活できない、年金制度はもう機能不全」とメディアと野党が吹き上がったことで、悪質な業者がウハウハな状況になっています。真に貧困を解決したいという情熱があるなら、「年金返せ」デモを絶賛する前に、こうした状況にこそ心を痛めなければなりません。

いち社会的左派殿

>いかに「御用学者」と罵倒されようが、自らが真っ当な専門家として振る舞うことが必要だと思います。
>「2000万円じゃ生活できない、年金制度はもう機能不全」とメディアと野党が吹き上がったことで、

いち社会的左派殿は、
  今回の騒ぎはメディアと野党が吹き上がったからで、実際は騒がれるような問題はない
  (だから一般の人がデモに参加する必要もないし専門家が対策を提案する必要もない)
というお考えなのでしょうか?
私は
 ・約16%の高齢者世帯が貯蓄額300万円以下
 ・今後の年金受給者は(ずっと派遣やアルバイトだったので)
  現在の年金受給者より受給額が低い人が多くなる
という状況があるので、
  将来は年金受給期間中に貯蓄がなくなる人が多数存在する
という問題があると思います。このため真っ当な専門家はこの問題への対策を提案すべきだと思いますし、提案をしない専門家はデモの参加を認める専門家も批判する専門家も50歩100歩であり、真っ当な専門家ではないと思います。


>そもそも元の報告書は高齢者の金融資産を狙う悪質な業者への規制と注意喚起が一つの目的だったはずですが、

報道によれば、この報告書の目的は高齢者の金融資産を貯蓄から投資へと誘導する事だったそうです(標準的な高齢者世帯では年金だけでは生活費に足りないので不足分を投資収益で補うため)


>「2000万円じゃ生活できない、年金制度はもう機能不全」とメディアと野党が吹き上がったことで、

「標準的な高齢者世帯では年金だけでは生活費に足りない」事は報告書に記載されています。今回の騒ぎは多くの人が薄々感じていた問題を政府の報告書が明記したからであって、メディアと野党が吹き上がったからではないと思います。


>悪質な業者がウハウハな状況になっています。

”悪質な業者”かは不明ですが、一般の銀行や証券会社もこの報告書が主張している”貯蓄から投資へ”という内容を(手数料収入があるので)歓迎しています。


>真に貧困を解決したいという情熱があるなら、「年金返せ」デモを絶賛する前に、こうした状況にこそ心を痛めなければなりません。

「年金返せ」デモを批判する(真っ当な専門家の)方も、デモを批判する前に、こうした(将来は年金受給期間中に貯蓄がなくなる人が多数存在する)状況に心を痛めて状況を解消する方法を提案して頂きたいと思います。

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