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2019年5月27日 (月)

児美川孝一郎『高校教育の新しいかたち』

33924387 児美川孝一郎さんより新著『高校教育の新しいかたち 困難と課題はどこから来て、出口はどこにあるか』(泉文堂)をお送りいただきました。ありがとうございます。

戦後の高校制度と高校教育の歴史的展開を踏まえつつ、現在の高校が抱え込んでいる困難や課題のありようを明らかにし、それを乗り越えるためには、どのような高校教育の「新しいかたち」を展望すべきなのかを示す。

第1部の2論文は、今まで繰り返し論じられてきたことを総論的にまとめたという感じで、私のいう「教育と職業の密接な無関係」の依って来る所以を歴史的に検証し、さらに戦後教育学の大物の議論に何が欠けていたのを暴いていきます。その舌鋒は次のようにまことに鋭いものがあります。

・・・結局のところ、戦後教育学の無意識において「普通教育主義」が成り立ち得たのは、「社会的分業への分化という課題」を教育学としての研究課題の外におき、それを事実上担っていた企業内教育を、研究的関心の視野の外においていたからである。教育制度内の能力主義的「差別・選別」に対しては、舌鋒鋭く批判していた戦後教育学は、かたや企業内教育における労働者の「差別・選別」や職務の「選択の不自由」に関しては、基本的に寡黙であった。・・・

・・・「教育」の範疇に属する職業教育に対してさえ意識的・自覚的ではなかった戦後教育学は、必定、「訓練」の問題を理論的な視野の外においてきた。そのことが、教育理論としてのパースペクティブを狭めてきたことが反省されなくてはならない。それは、1990年代以降、戦後教育学が無意識のうちに(無防備なままに)若者を付託してきた「新卒一括採用から企業内教育へ」という移行ルートが、企業社会の側の作為によって一方的に縮小・変容させられたにもかかわらず、戦後教育学の側には、なすすべがなかった所以である。

まさにその通りでしょう。自分の家の玄関先だけ美しくしておけば、子供たちが行く先のことはどうでもいいというエゴイズム。

第2部は、私も何回も使わせていただいた大阪の3高校の光と影の話を始め、具体例に則して議論を深めています。

 

 

 

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コメント

素人がブログ主でない方の意見に意見を述べるのはいけない事かもしれませんが。

最近は雇用状況が大きく変化しているのは事実ですが、高等学校がその変化に直接対応する必要があるのでしょうか?
以前は大学進学者は少数で、大部分の高校生は卒業後は社会に出たので(教育の最終過程である)高等学校が社会の変化に直接対応する必要があったと思います。しかし最近では大学(含短大)に進学する人とそうでない(含専門学校進学)人がほぼ同数だそうです。つまり大部分の高校生は卒業後も社会に出るまで大学、短大、専門学校でさらに教育を受けます。このため社会の雇用状況が変化しても、まずそれらの最終段階の教育が対応し高等学校はそれらの対応に応じてさらに対応するのではないでしょうか?


>それは、1990年代以降、戦後教育学が無意識のうちに(無防備なままに)若者を付託してきた「新卒一括採用から企業内教育へ」という移行ルートが、企業社会の側の作為によって一方的に縮小・変容させられたにもかかわらず、戦後教育学の側には、なすすべがなかった所以である。

「新卒一括採用から企業内教育へ」という移行ルートは従来も大学生が主な対象ではないでしょうか?そうであれば、その移行ルートが一方的に縮小・変容させられた場合は大学がまず対応すべきだと思うのですが?

私は現在の状況では高等学校は一般教養をもっと重視すべきだと思います。成人年齢が18歳になったため高校卒業後は選挙権があります。つまりすべての高校生は卒業後は(進路に関係なく)国のかじ取りをする(人を選ぶ)事を求められます。このため高校在学中にそのための教育を充実させるべきだと思います。大学、短大、専門学校では社会に出るための教育に一生懸命で学生も(修諸君に関係ない)一般教養を学習する余裕はないと思うので、就職までまだ余裕がある高等学校で一般教養を教えるべきだと思います。

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