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労働施策総合推進法の数奇な半世紀@『労基旬報』2019年5月25日号

『労基旬報』2019年5月25日号に「労働施策総合推進法の数奇な半世紀」を寄稿しました。

 現在国会で審議中の女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案の目玉はいうまでもなくパワーハラスメントに対する措置義務の導入ですが、それが盛り込まれている法律は何かご存じでしょうか。セクハラとマタハラは男女雇用機会均等法、育児・介護ハラスメントは育児・介護休業法であるのに対して、パワハラは労働施策総合推進法なのです。これは多くの人にとっていささか意外だったのではないでしょうか。
 そもそもこの法律、正式には「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」といい、法律番号は昭和41年法律第132号です。なんと半世紀以上も昔に作られた法律なのですが、そんな法律知らなかったよという人が多いでしょう。というのも、このやたら長ったらしい名前になったのは昨年の働き方改革推進法によってであって、それまでは雇用対策法というシンプルな名前だったのです。ただ、それにしても、雇用対策法とは一体どういう法律だったのか、きちんと説明できる人はそれほど多くないのではないでしょうか。今回は、パワハラ規制の受け皿になったこの法律がたどってきた数奇な半世紀をたどってみたいと思います。
 雇用対策法が制定されたのは1966年7月。時代の精神はジョブ型真っ盛りでした。私は1950年代後半から1970年代前半までのほぼ20年間を「近代主義の時代」と呼んでいます。たとえば1960年の国民所得倍増計画は、終身雇用制と年功賃金制を解消し、同一労働同一賃金原則に基づき労働力を流動化し、労働組合も産業別化することを展望していました。これを受けた1965年の雇用審議会答申も「近代的労働市場の形成」を掲げ、その中心課題は「職業能力、職種を中心とした労働市場」でした。
 こういう思想状況の中で、雇用に関する基本法を作ろうという意気込みで作られたのが雇用対策法なのです。個々の政策は個別法に規定されるのですが、それらを統括する基本法という位置づけでした。制定時の「国の施策」(第3条)には次のような項目が並んでいました。まさに外部労働市場型の雇用政策のカタログです。

一 各人がその有する能力に適合する職業につくことをあつせんするため、及び産業の必要とする労働力を充足するため、職業指導及び職業紹介の事業を充実すること。
二 各人がその有する能力に適し、かつ、技術の進歩、産業構造の変動等に即応した技能を習得し、これにふさわしい評価を受けることを促進するため、及び産業の必要とする技能労働者を養成確保するため、技能に関する訓練及び検定の事業を充実すること。
三 労働者の雇用の促進とその職業の安定とを図るため、住居を移転して就職する労働者等のための住宅その他労働者の福祉の増進に必要な施設を充実すること。
四 就職が困難な者の就職を容易にし、かつ、労働力の需給の不均衡を是正するため、労働者の職業の転換、地域間の移動、職場への適応等を援助するために必要な措置を充実すること。
五 不安定な雇用状態の是正を図るため、雇用形態の改善等を促進するために必要な施策を充実すること。
六 その他労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにするために必要な施策を充実すること。

 実際には、経済計画の向こうを張って閣議決定される雇用対策基本計画の根拠法であり、政策思想はその雇用対策基本計画に詳しく書かれます。1967年3月に策定された第1次雇用対策基本計画は、上記各項目ごとに詳しく施策内容を記述していました。この雇用対策基本計画はその後、1999年の第9次雇用対策基本計画まで数年おきに策定されました。
 制定時の雇用対策法で目に付くのは、「第五章 職業転換給付金」と、労働移動のための給付金制度にわざわざ1章を充てていることです。その後の日本の雇用政策を象徴する雇用調整助成金ですら、雇用保険法の中のある1条のある1項のある1号でしかないのに比べると、その扱いの破格さは驚くばかりです。この規定は、その後の政策方向の有為転変にもかかわらずほとんど手つかずのまま今日に至っています。
 制定時の実体規定として興味深いのは、雑則におかれた第21条(大量の雇用変動の場合の届出等)です。

(大量の雇用変動の場合の届出等)
第二十一条 事業主は、生産設備の新設又は増設、事業規模の縮小その他の理由による雇用量の変動であつて、労働省令で定める場合に該当するものについては、労働省令で定めるところにより、公共職業安定所長に届け出なければならない。
2 国又は地方公共団体の任命権者(委任を受けて任命権を行なう者を含む。)は、前項に規定する雇用量の変動については、政令で定めるところにより、公共職業安定所長に通知するものとする。
3 第一項の届出又は前項の通知があつたときは、職業安定機関は、相互に連絡を緊密にし、広範囲にわたり、求人又は求職を開拓し、及び職業紹介を行なうこと等の措置により、一定の地域における労働力の需給に著しい不均衡が生じないように離職者の就職の促進又は当該事業における労働力の確保に努めるものとする。

 見てわかるように、これは外部労働市場における円滑な労働力移動を進めるためのものであって、後の時代のような雇用維持を目的とするものではありませんでした。しかし、雇用維持を至上命題とする企業主義の時代(1970年代後半から1990年代前半)においても、この規定は慇懃なる無視状態のまま維持され続けました。
 企業主義の時代には雇用対策法はいかなる意味でも雇用政策の基本理念を謳う法律ではなくなり、雇用対策基本計画の根拠法という以上の意味は失われました。この時代の雇用対策基本計画は、1976年の第3次計画から1992年の第7次計画に至るまで、雇用維持が常に主旋律を奏で続けていたのです。雇用対策法には流動的労働市場を理想とする規定が化石のように残っていましたが、実質的な意味での雇用の基本法は雇用保険法であったと言えます。
 1990年代半ば以降、雇用対策基本計画や雇用助成金においては「失業なき労働移動の促進」という新たな政策理念が打ち出されてきましたが、これが事業主の再就職援助措置という形で雇用対策法上に書き込まれたのは、2001年4月の改正によってです。これにより「事業主は、事業規模若しくは事業活動の縮小又は事業の転換若しくは廃止・・・に伴い離職を余儀なくされる労働者について、当該労働者が行う求職活動に対する援助その他の再就職の援助を行うことにより、その職業の安定を図るように努めなければならない」(第6条)とともに、再就職援助計画の作成義務が規定されました。そして(化石化した職業転換給付金には手を触れず)そのための助成金は雇用保険法に基づく労働移動支援助成金とされました。なお、制定時以来の大量雇用変動届出義務も、この時離職者の発生に限定され、再就職援助措置の一環として位置付けられました。これは新設の基本的理念にも「労働者は、その職業生活の設計が適切に行われ、並びにその設計に即した能力の開発及び向上並びに転職に当たつての円滑な再就職の促進その他の措置が効果的に実施されることにより、職業生活の全期間を通じて、その職業の安定が図られるように配慮されるものとする」(第3条)と、明記されました。
 2001年改正はこのように内部市場政策から外部市場政策への転換点を刻していますが、そのもう一つの現れが年齢差別禁止の努力義務規定です。これが2007年改正では法的な義務規定に発展していきます。

第七条 事業主は、労働者がその有する能力を有効に発揮するために必要であると認められるときは、労働者の募集及び採用について、その年齢にかかわりなく均等な機会を与えるように努めなければならない。

 さて、雇用対策法の根幹を揺るがすような改正が2007年に行われました。長らく雇用対策基本計画の根拠法として存在し続けてきたこの法律の主軸が消えてしまったのです。これは向こうを張っていた経済計画が、1999年の「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」を最後に廃止されたことに対応したものです。細かく言うと、法律上では姿を消しましたが、省令で「雇用政策基本方針」を策定することとされています。ただ、格落ちであることは間違いありません。
 この2007年改正は雇用政策のカタログに、女性、若者、障害者、外国人、地域雇用等を追加するとともに、事業主の責務として青少年の雇用確保と外国人の雇用管理措置を規定しました。前者は2015年の青少年雇用促進法に展開していきます。一方外国人に関しては、さらに第6章として「外国人の雇用管理の改善、再就職の促進等の措置」が設けられ、外国人雇用状況の届出義務(第28条)が規定されるなど、これまで枠組みをすべて出入国管理法に牛耳られていた外国人雇用政策について、一定の進出を図っています。

(外国人雇用状況の届出等)
第二十八条 事業主は、新たに外国人を雇い入れた場合又はその雇用する外国人が離職した場合には、厚生労働省令で定めるところにより、その者の氏名、在留資格(出入国管理及び難民認定法第二条の二第一項に規定する在留資格をいう。次項において同じ。)、在留期間(同条第三項に規定する在留期間をいう。)その他厚生労働省令で定める事項について確認し、当該事項を厚生労働大臣に届け出なければならない。
2 前項の規定による届出があつたときは、国は、次に掲げる措置を講ずることにより、当該届出に係る外国人の雇用管理の改善の促進又は再就職の促進に努めるものとする。
一 職業安定機関において、事業主に対して、当該外国人の有する在留資格、知識経験等に応じた適正な雇用管理を行うことについて必要な指導及び助言を行うこと。
二 職業安定機関において、事業主に対して、その求めに応じて、当該外国人に対する再就職の援助を行うことについて必要な指導及び助言を行うこと。
三 職業安定機関において、当該外国人の有する能力、在留資格等に応じて、当該外国人に対する雇用情報の提供並びに求人の開拓及び職業紹介を行うこと。
四 公共職業能力開発施設において必 要な職業訓練を行うこと。

 また上述のように、この改正で募集・採用における年齢差別が原則的に禁止されましたが、現実の日本の労働社会は依然として年齢に基づく人事管理が続いています。

第十条 事業主は、労働者がその有する能力を有効に発揮するために必要であると認められるときとして厚生労働省令で定めるときは、労働者の募集及び採用について、厚生労働省令で定めるところにより、その年齢にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。

 ここまではカタログの項目が増殖したとはいえ、労働市場政策の範囲内の法律でしたが、その性格を一変させたのが2018年の働き方改革推進法による改正です。これにより法律の名称が「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」となりました。この改正により、労働条件政策や労働人権政策に係る項目も大量にカタログに追加され、まさに労働施策総合推進法となりました。そう名乗れないのは、職業転換給付金を始め随時追加されてきた個別政策分野の具体的措置規定も含まれているからです。
 この改正によりまず第3条の基本的理念に第2項として「労働者は、職務の内容及び職務に必要な能力、経験その他の職務遂行上必要な事項・・・の内容が明らかにされ、並びにこれらに即した評価方法により能力等を公正に評価され、当該評価に基づく処遇を受けることその他の適切な処遇を確保するための措置が効果的に実施されることにより、その職業の安定が図られるように配慮されるものとする」と、同一労働同一賃金政策の理念を謳う規定が設けられました。また第4条の施策カタログに、労働時間・賃金処遇に係る第1号と治療と仕事の両立に係る第9条が追加されました。

一 各人が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就業することを促進するため、労働時間の短縮その他の労働条件の改善、多様な就業形態の普及及び雇用形態又は就業形態の異なる労働者の間の均衡のとれた待遇の確保に関する施策を充実すること。
九 疾病、負傷その他の理由により治療を受ける者の職業の安定を図るため、雇用の継続、離職を余儀なくされる労働者の円滑な再就職の促進その他の治療の状況に応じた就業を促進するために必要な施策を充実すること。

 さらに第6条の事業主の責務にも「事業主は、その雇用する労働者の労働時間の短縮その他の労働条件の改善その他の労働者が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就業することができる環境の整備に努めなければならない」という規定が加えられ、働き方改革のフラッグシップ法としての性格を誇っています。なお、こうした個別規定には顔を出していませんが、第1条の目的に、さりげなく「労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実並びに労働生産性の向上」と、生産性向上という文言が入り込んでいる点も注目です。
 こうした改正点とともに、この2018年改正は2007年改正で法律上から消えた雇用対策基本計画を、「労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにするために必要な労働に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」(基本方針)として法律上に復活させました。何しろ閣議決定される方針ですから、「厚生労働大臣は、必要があると認めるときは、関係行政機関の長に対し、基本方針において定められた施策で、関係行政機関の所管に係るものの実施について、必要な要請をすることができる」(第10条の2)のです。
 この基本方針は2019年1月に告示されましたが、そこには長時間労働の是正から過労死の防止、非正規労働者の待遇改善、治療と仕事の両立支援など労働政策のほぼ全分野にわたる施策が羅列されています。その中に、その段階ではまだ法律上に規定が存在しないにもかかわらず「職場のハラスメント対策及び多様性を受け入れる環境整備」という項目が含まれていることが注目されます。なぜなら、これこそが今回の法改正により初めて盛り込まれる規定を受けたものだからです。そこでは「職場におけるハラスメントは、労働者の尊厳や人格を傷つけ、職場環境を悪化させる、あってはならないものである」という宣言も盛り込まれています。
 これをいわば露払いとして、今回の法改正により労働施策総合推進法に第8章として「職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等」が、第30条の2から第30条の8までに盛り込まれました。第4条のカタログにも1号追加されています。

十四 職場における労働者の就業環境を害する言動に起因する問題の解決を促進するために必要な施策を充実すること。

 半世紀前に雇用対策法が制定されたときから考えると、「思えば遠くへ来たもんだ」という感慨がじわじわと湧いてきますが、この半世紀の歴史の中に、日本の労働政策が歩んできた有為転変が刻み込まれているといってもいいのかも知れません。 

 

 

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