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2019年5月20日 (月)

三種の神器を統べるもの@『Works』87号(2008年04月)

Works 今ごろになってまたも終身雇用がどうたらこうたらという議論が燃え上がっているようですが、特に目新しいネタもほとんどなく、改めて書くだけの意欲も湧かないので、今から11年前にリクルートの『Works』という雑誌のインタビューで喋った内容がほぼ今でもそのまま使えそうなので、お蔵出ししておきます。

ちなみに、この『Works』87号、荻野進介さんが主導して「三種の神器とは何だったのか」という大特集を組み、こういうそうそうたるメンツで日本型雇用システムについて論じています。このうち、私のインタビュー記事は32ページから34ページにかけて載っています。

はじめに 50年後の総括を
荻野進介(本誌)

第1章 鏡・曲玉・剣の本質と生成過程
終身雇用
日本は終身雇用の国ではない/野村正實氏(東北大学大学院経済学研究科教授)
諸説の交通整理/荻野進介(本誌)
終身雇用とは「組織との一体化」である/加護野忠男氏(神戸大学大学院経営学研究科教授)

年功序列
選抜の時期が遅いから年功に見える/小池和男氏(法政大学名誉教授)
諸説の交通整理/荻野進介(本誌)
実務家の眼(1) 日経連『能力主義管理』が目指したもの/山田雄一氏(明治大学名誉教授)
年功システムは敗戦とともに消滅した/楠田 丘氏(社会経済生産性本部 雇用システム研究センター所長)

企業別組合
GHQが企業別組合を促進した/竹前榮治氏(東京経済大学名誉教授)
実務家の眼(2) 企業別の強みを生かしつつ企業外へも目配りを/團野久茂氏(連合 副事務局長)
諸説の交通整理/荻野進介(本誌)
戦後の労働組合は企業内組織である/二村一夫氏(法政大学名誉教授)

第2章 雇用システムとしての三種の神器
三種の神器を統べるもの/濱口桂一郎氏(政策研究大学院大学教授)
雇用システムの日米独比較/宮本光晴氏(専修大学経済学部教授)
メンバーシップを基本に人事を考える/(本誌編集部)
日本企業 持続的成長の条件/川田弓子氏(リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 主任研究員)
コラム 企業とは内部共同体かつ社会の公器である/野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)

ちょうど去る5月1日に新天皇が即位し、三種の神器の継承が行われたところでもあるので、神器つながりで三種の神器の話から始まります。

日本的雇用の根幹に位置するものが三種の神器だ、とよく言われる。しかし考えてみれば、神器とはそれを管理する
天皇がいてこそ、成り立つものだ。鏡や剣だけがあっても、それを統べる人がいなければ神器にはならない。
では、日本的雇用における天皇とは何なのか。それはメンバーシップ契約だ、というのが濱口桂一郎氏の論である。 

 日本型雇用システムの中核にあるのが「三種の神器」であるとよく言われますが、終身雇用、年功制といった“神器”そのものを詳しく見ても、本質はわかりません。問題は、その背後にいる“天皇”は誰か、ということです。私は、労働者と企業との雇用契約が欧米のようなジョブ(職務)に基づく契約ではなくて、メンバーシップ(構成員)契約であるところに、日本の雇用の本質(=天皇)があると考えます。

雇用契約とは労務と報酬の交換契約です。民法にもそう書いてありますが、日本企業の、特に正社員の場合は違います。雇用契約そのものに具体的な職務は定められておらず、その都度、書き込まれる空白の石版(blank slate)なのであり、そこから、雇用=会社という組織の構成員になること、という日本独特のシステムが導かれます。それを象徴的に表わしているのが「内定」です。雇用契約はあるものの、労務の提供も報酬の支払いもない状態ですが、他のどの国にもない制度です。

労働とは労務と報酬の交換である、と決めたのは古代ローマ法です。そこでは賃貸借と請負と雇用は、同じラテン語で「locatio conductio」といいます。これは中国でも同様で、賃という字で表わします。広範な市場が存在した古代文明の世界で一般的な言葉といえるでしょう。

世界には労働契約のもうひとつの考え方がゲルマンにありました。忠勤契約といわれ、主君と家臣の間の契約ですね。実はこれが日本にもありました。奉公です。面白いのは、ゲルマンでも日本でも主君と家臣の間の契約が徐々に民間にも拡大したことです。主君に仕えるのが奉公だったのに、伊勢屋や越後屋といった商家で働く行為も奉公になっていった。日本のメンバーシップ契約の源泉はこの奉公契約にあるのです。

副産物としての三種の神器

「三種の神器」も、雇用がメンバー契約であることから生まれた副産物なのです。まず終身雇用ですが、これは長期雇用と言ったほうがより実態を表わしています。日本企業では雇用契約で職務が決まっていないのですから、ある職務がなくなっても、別の職務で人が足りなければ、その人は異動して雇用を維持することができます。異動の可能性がある限り、解雇が正当化される理由はありません。長期雇用とはメンバーシップの維持を最優先し、解雇をできるだけ避ける行動様式なのです。

 またメンバーシップ契約のもとでは、賃金が職務に応じて支払われるわけではありません。しかし何らかの客観的基準は必要だ、ということで選ばれたのが年功、つまり勤続年数や年齢だったのです。ここから年功賃金制度の存在意義が導き出されます。

もし職務に応じて労働条件が決まる日本以外の社会だったら、労働者と使用者の交渉も職務ごとに行うのが理屈にあっています。同じ職務につく限り、企業によって条件が同じであるのが望ましいので、団体交渉は企業の枠を超え産業別になるでしょう。ところが日本では職務が決まっていないのですから、職務ごとの交渉は不可能です。賃金の決め方も職務ではなく年功ですから、企業の枠を超えて交渉しても意味がありません。よって、組合は企業別であるのが合理的になるのです。

日本の労働組合の最大の特徴はホワイトカラーとブルーカラーが同じ組合に入っていることです。これもメンバーシップ制の所産でしょう。賃金制度の面でもそうで、どちらも月給制です。しかも、ホワイトカラーも残業代が時給換算で出ますから、正確に言えば時給制に基づく月給制です。アメリカの場合は、ブルーカラーは時給制で週単位の支払い、ホワイトカラーは残業代がなく、純粋な月給制。そういう意味で、日本においてアメリカのブルーカラーと同じ待遇なのが非正規の世界です。

 ここまでお話するとお分かりかと思いますが、日本の場合、正社員はメンバーシップ契約ですが、非正規社員は欧米型のジョブ契約です。三種の神器が通用する世界と通用しない世界があるんです。

戦時中に確立したメンバーシップ雇用

こういう日本独特の契約の世界はいつ生まれたのでしょうか。そもそも明治時代の日本は非常に流動性の高い社会で、メンバーシップ契約は、ごく一部を除いて存在しませんでした。当然、いくつかの段階を経て生じてきたわけですが、ひとつ目のステップは第一次大戦の直後でした。当時、激しい労働争議がいくつも起こり、それに対応するため、大企業が学校を卒業したばかりの優秀な若者を雇い入れ、手塩にかけて子飼いの職工として養成することにしたのです。賃金は年功的で、不満があれば社内に設けた工場委員会で解決するから、外の組合なんかに入るな、転職もするな、とやったわけです。これがメンバーシップの原型ですが、対象はごく限られた人たちでした。

 ふたつ目は戦時中です。厚生省の労働局主導で、従業員雇入制限令(1939年)、従業員移動防止令(1940年)、労務調整令(1942年)などを制定して労働者の移動を防止し、企業も勝手な採用や退職、あるいは解雇をさせないようにしました。

また賃金統制令(1939年および1940年)で、初任給や定期昇給の額を細かく決め、最終的には地域別、業種別、男女別、年齢階層別に細かいマトリックスを作って指導したのです。それは皇国の産業戦士の生活を保障するという名目の年功賃金でした。さらに産業報告会という労使懇談会も企業ごとに作らせた。このように、戦時中、メンバーシップ型の仕組みが国家主導で大きく拡大したのです。

 ところが敗戦となって、アメリカ軍がやってきました。どう考えても、別のシステムに置き換わるはずですが、そうはならなかったのです。GHQにできた労働諮問委員会の委員や世界労連の代表らが異口同音に「年功賃金はおかしいから、やめて職務給にしなさい」と言ったんですが、政府はともかく、当時の組合代表がうんと言わなかった。「賃金とは生活を支える原資だ。だから、労働者の年齢と、扶養家族の数に基づいて決めるのが正しい」と主張し、できたのが電産型賃金体系だったのです。

この電産の初代書記長が、後に民社党の委員長にもなった佐々木良作という人で、戦時中は電力会社の人事にいました。つまり、長期雇用や年功制、労使協議システムなど、戦時中に国家主導で作られたメンバーシップ体制を先導した人が、敗戦を境に、今度は組合という立場から同じ路線を推し進めたのです。

大勢が捏ねて作った日本型雇用システム

 終戦直後は、労働組合が経営者に代わって生産活動を行い、生産業務を自主的に管理する、いわゆる生産管理闘争が頻繁におこり、労働条件だけでなく、人事や経理、さらに経営全般にわたって労使協議の対象とする経営協議会といった組織も雨後の筍のように生まれた。組合の力が非常に強く、経営側が押されていた時期でした。

経営側が主導権を取り戻そうと巻き返しを図ったのが1950年代です。この時期、トヨタ、東芝、日産など、大企業を中心に大規模な解雇反対闘争が起きており、その多くは企業側が勝っています。その結果、それまでの組合のリーダーが軒並み追い出され、今度は会社と協調路線を取る組合が生まれた。いわゆる第二組合で、労働運動の主導権が穏健派に移行しました。

彼らと経営者の間で、過激な組合指導者は別として、一般の労働者に対しては手厚い手当てを支給したうえで退職してもらうという合意が成り立ち、争議は終息に向かいます。これ以後、労働力の削減が必要な時も、企業は一方的な解雇は行わない、希望退職を募るのが原則となりました。裁判所も判例の積み重ねによって、これを認め、法的なレベルでも長期雇用がシステムとして確立されたのです。

こうやって最終的に成立した日本型雇用システムは、戦前期の経営側の意図、戦時期の官僚の理想、終戦直後の労働側の要求、その後の経営側の軌道修正など、さまざまな要素が有機的に組み合わさった精妙なシステムであり、さながら「織田が搗き羽柴が捏ねし天下餅、座して食らふは家康か」というざれ歌を髣髴とさせ、簡単に捨て去ることはできないと見るべきです。

非正規社員と女性社員の問題

ではこのシステムのまま、これからもずっと行くのでしょうか。メンバーシップに入った人と入れない人がいることはお話しました。全員がメンバーだったら、あまりに非効率です。非メンバーの人たちは、経営のフレキシビリティを担保しているクッション人材なわけです。

1950年代当時、臨時工と呼ばれた人がいました。今でいう非正規労働者です。本工と同じ仕事をするけれど、いつ解雇されるかはわからず、組合にも入れてもらえない人たちでした。「これは差別だ、みんな本工にすべきだ」という議論もあったのですが、企業もクッションがなくなると困るので、なかなか実現しませんでした。

この問題を解決した要因が3つありました。ひとつは高度成長です。圧倒的な人手不足が起こり、臨時工募集では誰も来なくなって、本工がどんどん増えていったのです。もうひとつは主婦パートです。好景気も手伝って、主婦が働きに出たわけですね。さらに進学率が高まる中で、学生アルバイトという存在が出てきた。主婦は家庭、学生は学校というメンバーシップの一員ですから、彼らは企業におけるメンバーシップの埒外に置かれても何ら問題ない人たちでした。まさに需要と供給が一致したわけです。

 ところが90年代以降のデフレ不況の過程で、本来ならばメンバーシップの一員になるべき人が、なれなくなってきた。フリーターや就職氷河期世代ですね。高度成長期の臨時工と同じ存在ですから、この人たちを救うには正社員に組み込めばすむのがてっとり早い解決法です。ところが1950年代はそれでよかったのですが、もうひとつの問題が出てきたのです。従来のシステムは男女の間で社会的役割を分けることで成り立っていたのですが、社会が成熟し、男は会社、女は家庭を守ればいい、という風には行かなくなったのです。実は先ほど意識的に取り上げなかったのですが、かつても女性の正社員という人たちがいました。彼女たちは短期のメンバーシップ契約だったのです。20代半ばで結婚退職するのが普通で、そうでない人は男性に比べた昇進差別や賃金差別が容赦なく行われた。つまり、日本企業の雇用体系は、長期メンバーシップ型で三種の神器があてはまる男性正社員、短期型で部分的にあてはまる女性正社員、全然あてはまらない、ジョブ型の非正規社員という3要素で成り立っていたのですね。それが具合が悪くなってきたのが今です。

メンバーシップに濃淡をつけよ

これからどうすればいいのか、というと、華々しい解決策があるわけではありません。欧米型の職務給に移行というのはかなり難しい。メンバーシップ型雇用にはさまざまな利点があるからです。労働者側からすれば、長期的な雇用が保証されていれば生活設計が楽になって安心感が高まる。企業側も、メンバーシップ制をとっているがゆえに、突発的な事態が起こっても柔軟に対応してくれる労働者がいるから安心できる。

といっても、今までのように、メンバーシップの人とそれがまったくない人とを完全に分けてやっていくのは難しいと思います。それに対する解決法は、転勤なしの正社員とか、メンバーシップの度合いを変えた人をいくつか作るしかない。今までの正社員モデルは、社員は会社にだけ大きなメンバーシップがあって、それ以外にはなかった。家庭へのメンバーシップがゼロの人は「会社人間」と呼ばれました。さすがにそれでは無理です。男性も地域や自社以外の企業社会でも、いろいろなメンバーシップをもつべき時代です。ゼロか百かのメンバーシップではなく、その間で濃淡をつけていかざるを得ないでしょう。

 

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