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2019年4月30日 (火)

天皇皇后両陛下@高尾みころも霊堂

96958a9f889de6e6e2ebe5e6e5e2e0e1e2e6e0e2 本日天皇陛下が退位され、平成が終わるということでマスコミは改元一色ですが、その中に一点、天皇皇后両陛下の真の意味での労働問題へのご関心を示す記事がありました。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44097470T20C19A4CR8000/

天皇、皇后両陛下は23日、労働災害で亡くなった人々を慰霊するため、高尾みころも霊堂(東京都八王子市)を訪問された。霊堂最上階の11階に上がり、約26万人の御霊(みたま)を祭る拝殿で供花された。
その後、労災による年間死亡者数の推移の説明を受けた天皇陛下は「ずいぶん少なくなりましたね」と感想を述べ、死亡者を減らすには「どういう努力が必要ですか」と質問されていた。
これに先立ち、両陛下は昭和天皇の武蔵野陵(同市)を参拝し、30日に控える陛下の退位を報告された。退位に関連した儀式の一つである「昭和天皇山陵に親謁の儀」で、残すは30日当日の儀式のみとなった。

退位を目前にして、労災で亡くなった労働者の慰霊に来られる両陛下の姿には、労働問題を政争の具としか考えない人々とは異なる真の意味での労働問題へのご関心の深さを感じます。

実は、本ブログでも何回か紹介してきましたが、両陛下は今までも繰り返し高尾みころも霊堂を訪問されています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-bd5c.html (両陛下、産業殉職者をご慰霊)

およそ「霊を慰める」という感覚自体がすぐれて宗教的なものである以上、こういう宗教的な施設であることはなんら不思議ではないわけで、これをもって政教分離という憲法の原則を踏みにじる許し難い暴挙だなどと非難する方はあまりおられないと思います。
そういえば、むかし本ブログで、EUとも労働とも全然関係ない雑件として、こういうエントリを書いたことがありましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_5ca4.html(法政策としての靖国問題)

>・・・今頃は厚生労働省社会・援護局所管の独立行政法人靖国慰霊堂という風になっていたと思われますが、その道を選ばなかった。

もちろん、靖国神社が今のような道をあえて選んできたのはそれなりの理由のあることですから、よそからとやかく言うことではありませんが、その結果、産業殉職者は天皇皇后両陛下に慰霊していただけるのに対し、戦争による殉職者はそうしていただけない状態になっているわけで、そのことの利害得失はよく考えてみる値打ちはあるように思われます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-ba94.html (本日は国際労働者祈念日)

しかし、この日本では、労災で命を落とした労働者たちに心からの慰霊をされる方がいらっしゃいます。天皇陛下です。

 

 

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コメント

>およそ「霊を慰める」という感覚自体がすぐれて宗教的なものである以上、こういう宗教的な施設であることはなんら不思議ではないわけで、これをもって政教分離という憲法の原則を踏みにじる許し難い暴挙だなどと非難する方はあまりおられないと思います。

引用されている
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-bd5c.html
(両陛下、産業殉職者をご慰霊)
という記事に

  祭祀室は、御遺族のかたがたが慰霊を行われる場合の利便を
 考えて設けられたものです。
 仏教のかたがたのために、「釈迦如来」と「阿弥陀如来」の
 二つの仏壇が設けられています。
 神道のかたがたのために、神殿を設けてあります。
 キリスト教の祭壇は、キリスト誕生にちなみ馬小屋がデザイン
 され、正面 には鉄製の十字架が、壁には鳩が表されています。

という記述があります。つまり各宗教の信者の方が自分の宗教に基づいて慰霊できるようになっているようです(今後はインドネシア等からのイスラム教の労働者の方が増えると(必要がないことを願いますが)イスラム教の方々のための慰霊施設も必要かもしれません)これならば国が特定の宗教を肩入れしている事にはならないので、政教分離という憲法の原則を踏みにじる許し難い暴挙だなどと非難する方はあまりおられないと思います。
靖国神社が問題とされたのは、A級戦犯を祀っている事もそうですが、戦没者全員を強制的に特定の宗教で神として祀っている事も一因だと思います。以前は戦没者の家族から靖国神社に
  クリスチャンの夫(父)が異なる宗教で神として
  祀られているのは耐えられないので祀らないでほしい
という訴訟があったと思います。
私は不信心者なので信仰については的外れな事しか言えませんが、キリスト教ではイエスキリストだけが神であるという教えがあると思います。ですから信者の方にとって勝手に自分が別の宗教で神として祀られるという事は、副業禁止の会社の社員に、知らない会社から突然”社員に採用した”という通知が来たようなものかもしれません。その会社に採用を取り消してもらわないと、今の会社から就業規則違反で懲戒解雇されてしまいます。

>>・・・今頃は厚生労働省社会・援護局所管の独立行政法人靖国慰霊堂という風になっていたと思われますが、その道を選ばなかった。
>もちろん、靖国神社が今のような道をあえて選んできたのはそれなりの理由のあることですから、よそからとやかく言うことではありませんが、その結果、産業殉職者は天皇皇后両陛下に慰霊していただけるのに対し、戦争による殉職者はそうしていただけない状態になっているわけで、そのことの利害得失はよく考えてみる値打ちはあるように思われます。

hamachan先生の仰っている事がよく理解できないのですが、hamachan先生が仰っている事は

靖国神社が厚生労働省社会・援護局所管の独立行政法人になる道を選ばなかったために戦争による殉職者は(毎年8月15日に武道館で天皇皇后両陛下に慰霊して頂いているが)靖国神社で慰霊して頂けない状態が続いている。独立行政法人になる道を選ばなかったことの利害得失を靖国神社はよく考えてみる値打ちはある

という事でしょうか?

引用されている
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_5ca4.html
(法政策としての靖国問題)
という記事に

神社でありながら特殊法人といういかにも憲法上筋の悪い法案ではありましたが、しかしこれを潰してしまった結果、今のような事態に立ち至ってしまったことを考えると、まことに惜しいことをしたと言えましょう。そりゃ、とんでもない法案だったかも知れないけれど、有は無に優るのでね。こうやって靖国神社を政府のコントロールの利かない一宗教法人のまま野放しにしてしまったために、いささか問題のあ方々を勝手に合祀したりして、かえって問題をこじらせてしまったわけです。特殊法人の長だったら監督官庁の許可を得ずに勝手にそんなことできません。

という記述があるので、hamachan先生は、憲法上筋の悪い法案であっても成立させたほうが(有は無に優るので)世の中のためだったというお考えなのでしょうか?
確かに現状は靖国神社を政府のコントロールの利かない一宗教法人のまま野放しにしてしまったために、いささか問題のある方々を勝手に合祀したりしています。しかし政府のコントロールの利かない一宗教法人だから、政府は”あれは民間がやった事です”と距離を置くことができます。また戦没者家族と靖国神社との裁判も現状は靖国神社が民間機関なので民間同士の裁判となり政府は傍観できますが、法案が成立して靖国神社が特殊法人になっていれば政府が対応しなければなりません。
私は現状のほうが(宗教の教義という)ややこしい事に政府が関わらずに済むので良かったと思います。
つまり、あまりとんでもない法案は成立したほうが事態はもっと悪くなるかも知れない(潰れてしまった方が事態は良くなるかも知れない)という場合もあると思います。

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