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リベラルフェミニズムと社会主義の落差とそれへの無感覚

端的に言って、二つの全く異なる立場からの議論が混在しているために、そのどちらに対する賛意/敵意なのかが言ってる本人もよくわからないままわけわかめ状態になっているという、ここ十数年よく見られる現象の一つと言うことなのでしょう。

欧米ではエリート女は(差別されているとはいえ)エリート男と同じ範疇に属し、少なくともノンエリート男よりも下に蔑まれるなどということはないけれども、旧来型日本的雇用システムにおいては、高卒男と大卒男はまとめて(一生懸命頑張れば昇進する可能性がある)エリートを夢見られる存在であったのに対して、女は高卒であれ大卒であれそこから排除されるものであり、それゆえ過去の東大女子学生たちはそこに入り込もうと必死で頑張ってきたんだよ、という厳然たる歴史的事実を、その後輩諸君にきちんと教えておくことは、確かに重要なことでありましょう。

一方で、これは世界のどの社会でも多かれ少なかれ厳然と存在する階級による教育格差に対して、灘や開成を出た男たちであれ、桜蔭や双葉を出た女たちであれ(若き日の上野千鶴子氏自身も含めて)、自分が賢くて優れているからエリートになれたんだとうかつにも思いこみがちな高学歴の若者に、その「能力」なるものがいかに家族環境を始めとした社会の枠組みによって作り上げられてきているのかという、とかく目に入りにくい社会の仕組みの厳しさと自分たちがいかに恵まれているかを思い知らせるということも、これまた極めて重要なことでありましょう。

若干残念なのは、この二つの議論はいずれも極めて重要であり、その理路をきちんと伝えることが必要であることは間違いないのですが、その立ち位置が相当程度に乖離しており、両者まとめて議論を展開すると、ノンエリート男なんかよりもエリート女をもっと出世させろと主張しているのか、エリートだと思って威張るなバカ、と言っているのか、頭の整理が出来ない人になればなるほど混乱した反応を導き出してしまうということなんでしょうね。

 

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コメント

いや、“両者まとめて議論を展開”したのかと思いきや、“階級による教育格差”には、ほとんど触れていないんですよ。

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

投稿: さるとび | 2019年4月15日 (月) 22時16分

“階級による教育格差”にほとんど触れず、“女は高卒であれ大卒であれそこから排除される”という話を長々としていますので、“ノンエリート男なんかよりもエリート女をもっと出世”させるのが公正であると主張しているようにしか、読めないと思います。
まあ、それが公正であるという価値観は構わないのですが、後段の「恵まれない環境」云々に繋げるのは、適切ではありませんね。

投稿: さるとび | 2019年4月15日 (月) 22時43分

上野氏の発言でなければここまで混乱しないでしょう。そもそも十二分にメディア受けを狙った発言だったはずです。上野氏のことだから。そもそも上野氏はマルフェミを自称していたかと。私には入学式を政治的利用したようにみえますし、少なくとも新入生への配慮が足りなかったことは間違いないものと思われます。

投稿: あ | 2019年4月16日 (火) 07時02分

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