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« 本久洋一・小宮文人編『労働法の基本』 | トップページ | 『DIO』346号 »

2019年4月15日 (月)

リベラルフェミニズムと社会主義の落差とそれへの無感覚

端的に言って、二つの全く異なる立場からの議論が混在しているために、そのどちらに対する賛意/敵意なのかが言ってる本人もよくわからないままわけわかめ状態になっているという、ここ十数年よく見られる現象の一つと言うことなのでしょう。

欧米ではエリート女は(差別されているとはいえ)エリート男と同じ範疇に属し、少なくともノンエリート男よりも下に蔑まれるなどということはないけれども、旧来型日本的雇用システムにおいては、高卒男と大卒男はまとめて(一生懸命頑張れば昇進する可能性がある)エリートを夢見られる存在であったのに対して、女は高卒であれ大卒であれそこから排除されるものであり、それゆえ過去の東大女子学生たちはそこに入り込もうと必死で頑張ってきたんだよ、という厳然たる歴史的事実を、その後輩諸君にきちんと教えておくことは、確かに重要なことでありましょう。

一方で、これは世界のどの社会でも多かれ少なかれ厳然と存在する階級による教育格差に対して、灘や開成を出た男たちであれ、桜蔭や双葉を出た女たちであれ(若き日の上野千鶴子氏自身も含めて)、自分が賢くて優れているからエリートになれたんだとうかつにも思いこみがちな高学歴の若者に、その「能力」なるものがいかに家族環境を始めとした社会の枠組みによって作り上げられてきているのかという、とかく目に入りにくい社会の仕組みの厳しさと自分たちがいかに恵まれているかを思い知らせるということも、これまた極めて重要なことでありましょう。

若干残念なのは、この二つの議論はいずれも極めて重要であり、その理路をきちんと伝えることが必要であることは間違いないのですが、その立ち位置が相当程度に乖離しており、両者まとめて議論を展開すると、ノンエリート男なんかよりもエリート女をもっと出世させろと主張しているのか、エリートだと思って威張るなバカ、と言っているのか、頭の整理が出来ない人になればなるほど混乱した反応を導き出してしまうということなんでしょうね。

 

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コメント

いや、“両者まとめて議論を展開”したのかと思いきや、“階級による教育格差”には、ほとんど触れていないんですよ。

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

“階級による教育格差”にほとんど触れず、“女は高卒であれ大卒であれそこから排除される”という話を長々としていますので、“ノンエリート男なんかよりもエリート女をもっと出世”させるのが公正であると主張しているようにしか、読めないと思います。
まあ、それが公正であるという価値観は構わないのですが、後段の「恵まれない環境」云々に繋げるのは、適切ではありませんね。

上野氏の発言でなければここまで混乱しないでしょう。そもそも十二分にメディア受けを狙った発言だったはずです。上野氏のことだから。そもそも上野氏はマルフェミを自称していたかと。私には入学式を政治的利用したようにみえますし、少なくとも新入生への配慮が足りなかったことは間違いないものと思われます。

> 格差レジームを切り口に人類史を一刀両断する
> バラモン左翼という言葉も、この文脈で出てきたものである
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/08/post-e7dad0.html

「弱者っぽい属性を持った強者」(例えば、女性管理職)を増やす、という具体的な要求が、一体、どうやったら
 
 弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想
 
から出て来るのか、本当に分からないんですけどね。

>「弱者っぽい属性を持った強者」(例えば、女性管理職)を増やす、という具体的な要求が、一体、どうやったら
 
 >弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想
 
>から出て来るのか、本当に分からないんですけどね。


意味分からない揚げ足取りですね
能力があっても属性差別で出世させないのが正しいと言うのか?
憲法でも能力区別は認められているから無能男より有能女を豊かにすべきなのは当然でしょ

1:「強者として遇されるに真に相応しい者」を強者として遇せよ
2:弱さを認め、支え合い、弱者が弱者のままで尊重されるべきだ

どっちも別に、おかしなことを言っている訳ではないのだけども、
両極端で「両取り不可能」な訳ですが、そのときどきで(主に高学
歴女性に)都合の良い方を選択してるのが受けてるんでしょうな。

「可愛くても、妊娠・出産に優位な体を持っているとは限らない」とかはどんどん言っていけばいいと思いますけどね。「広島、長崎出身だからと言って、健康上の問題がある訳ではない」とかいった認識を広める以外の方法で結婚差別を防止しようなんてのは、文革と変わらんでしょう。

この方とそのシンパの方々が「リベラルゆえ」に性差別に反対しているのでは全くないのは自明です。

かと言って、格差是正のために有資産者から無資産者に再分配しましょうと言う訳でもない。じゃあ、何なんだって話になるのは当然です。

合コン、出会い系アプリ、アイドル育成などではなくて、

 可愛いことは、その仕事(アイドル業とかではない)ができることとは無関係
 その仕事の採用で、ルックスが採用判断の要素の一つになっていたのなら差別

とか、言うのであれば首肯するしかないが。

> 「広島、長崎出身だからと言って、健康上の問題がある訳ではない」とかいった認識を広める以外の方法で結婚差別を防止

こっ、これは?
 
> 数年で男女の教育格差はさらに広がり、1人の男性が学位を取得する間に、2人の女性が学位を取得することになる
> 大学は、男性ではなく女性の場所になりつつある
> 大学の費用が高騰している
> 贅沢な体験を提供することに重きを置いている
https://www.businessinsider.jp/post-243085
 
> 時代の変化がそれを求めたからです。
> 東京大学は変化と多様性に拓かれた大学です。
> あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。
> これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるからです。
> 東大には海外留学や国際交流、国内の地域課題の解決に関わる活動をサポートする仕組みもあります。未知を求めて、よその世界にも飛び出してください。異文化を怖れる必要はありません。
> 大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

家庭教育における偏向を指摘するのは良いとして、社民であれば

 家庭教育の役割(例えば、親権)の縮小と共に、
 (男女に無差別的な)公的職業訓練の充実

という方向に行くわけですけど、リベラルの場合は、私的な合理
性に訴えるべきでしょう。件の方は、そのどちらでもない何だか
奇怪なもののような気もしなくもないのですけれど。

> 労働組合を労働者の利益団体だとはかけらも思わず、政治団体か思想団体か宗教団体かと取り違える人々は尽きることがないようです。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/01/post-78d128.html

フェミニズムというのは、(単に性差別に反対するものでなく?)

   女性の利益の拡大に資することを目的とするもの

であるというなら、それはそれで全然いいと思うんですけれどね。
東大名誉教授先生の発言からは、そのようなものには思えません。
宗教団体に近いもののように見えますわね。「女性の利益」に注目
した場合、

   でも、あなたたちの具体的提言って、
   特定の方向にかなり偏った女性たちの
   利益拡大なのでは?

って話になってしまうでしょうから、それに対して、場当たり的な
理論武装を講じているうちにこうなった、ということでしょうかね

今や、「グッチの顧客層」と「フェミニズムの支持層」が重なっている訳ですね(知ってたけど)。

GUCCIのグローバルキャンペーン「CHIME FOR CHANGE」がジェンダー平等を目指したプロジェクトを開催。上野千鶴子と伊藤詩織を迎えたスペシャルセッションも!
https://www.vogue.co.jp/change/article/chime-for-change-gucci-gender-canvas-2022

> 大学は、男性ではなく女性の場所になりつつある
> 大学の費用が高騰している
> 贅沢な体験を提供することに重きを置いている
https://www.businessinsider.jp/post-243085

時代から、(事実認識が)取り残されていることは明らか、かと

> 女性の条件としての「男性の容姿」は、全項目中もっとも増加幅が大きく、およそ14ポイントも増えています。同時に、興味深いのは男性の条件としての「女性の経済力」の増加です。その増加幅は17ポイントもあります。つまり、女性は男性の容姿を求めるようになり、男性は女性の経済力を求めるようになったわけです。まるで今までの男女の条件が逆転したかのようです。
https://toyokeizai.net/articles/-/625473

まあ、「男女共に、そこそこに働く」をスタンダードモデルにする方向が
良いようには思うのですけどね

元ネタの方も、それを支持する方々も

 かつての自分が経験した状況が悪であり、ということは、
 「それの男女をひっくり返した状況」が善である

という、それだけなんじゃないですか。こう言っちゃ、悪いですけど、単に頭が悪いだけでしょう

> 東京圏での受験熱の高まりが背景にある
> 地方から難関大に挑戦しづらくなり、受験機会と受験結果の双方で格差がさらに広がる恐れがある
https://mainichi.jp/articles/20240402/k00/00m/040/220000c

難関大学(学歴)にせよ、管理職(職位)にせよ、エリートとノンエリートの格差を小さくせよ、と言うのでない以上、じゃ、「人格で、格差が決まるべきである」という如何様にも都合の良い解釈の余地がある状況を良きことと考えているだけなのではないですかね

入学者選抜を「抽選」にするなどによって、難関大学であること自体を止めてしまえ、とか、「具体個別的な教育内容ごと」にそれに沿った内容の「具体個別的な側面だけを基準」とした選抜によって限定的な格差にしよう、という発想とは全く逆の発想が根付いているみたいですね

教育社会学って一体、何なんでしょう?

副学長が語る、男だらけの東大を変えるために必要なこと
> クォータ制導入の前提として、今の状況が著しく問題なのだ、という強い危機意識の共有が必要
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/80345

スキルはヒトの属性かジョブの属性か
> 日本人はスキルをヒトの属性だと考えているみたいです。いや日本社会では現実にそうなんだからそうとしか考えようがない
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2024/04/post-5aa8fe.html

クォータ制、是非、導入して頂きたいですわね。人間を選抜する機能がメインであるという「東大の位置付け」が変わらない以上、男に下駄を履かせようが、女に下駄を履かせようが、多くの男は男の中での相対的地位を巡って争い、多くの女は女の中での相対的地位を巡って争っている過ぎないということがより明白になると思います。東大の男女比率みたいなものより、「ジェンダーに関わる現実的不便」があり、そういう問題の方が重要である、ということが少しは見えて来るでしょうよ

> 道端のガードレールもバス停も、誰が作ったかなんて誰も知らないけど、確実に誰かが作ったからそこにあるわけで。
> 今の世の中には女性の弁護士や裁判官が当たり前にいて、法曹界で当たり前に活躍している。でもそこにたどり着くまでには“最初の人”がいた。
https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi26

彼女が「差別を打ち破る人」になれたのは、差別があったからなんだけど、
じゃあ、差別があって良かったことなんですかね?
物を作ることの価値と社会を変えることの価値は、同質なんでしょうかね?
差別を打ち破る人になりたいなんて欲望は「マッチポンプ」に落ちる恐れを
多分に含んでることを裏書きしているようにも見えますけどね

> 経済というのは、社会のすべてではない。権利は大切である。善さも正しさも大切である。しかし正しさが善さによって支えられていることもまた、自然権論者ならぬ社会学者であれば考えなくてはならない。
> 「清く貧しく」というのは「勝ち組」の余暇、娯楽にすぎない。
https://synodos.jp/opinion/politics/19136/

左派ならば「エリートの教育に税金を使うべきでない」と主張するはずだ、とまでは言いませんが、
左派ならば「エリートでない者の教育に税金でより支援をするべきだ」と主張をするはずでしょう。
ですが、入学難易度に関して、私大の平均に比べて、国立大の平均が明らかに高い現状については、
どう考えているのでしょうね?左派ではなく、バラモン左翼だから、そんなことは考えないのかな?

東大授業料2割値上げ検討、学生らが反対集会…教員3人も登壇し懸念を表明
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/daigakunyushi/20240606-OYT1T50156/

> 「しょせん女の子だから」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling downすなわち意欲の冷却効果と言います。
> 多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

> 学校側による事実上の「ヒップホップ禁止令」に生徒や保護者らが反発。区の教育委員会に抗議文書を提出する異例の事態になっている。
> 標準服の義務化をTPOに合わせた適切な服装を選ぶに変更したり、「全員担任制」など生徒の自主性を重んじる改革で知られたが、昨年度以降、こうした改革を見直す動きが相次いでいる。
https://www.asahi.com/articles/ASS6C1H4RS6CULLI002M.html

こんなの、「うちの子には、やりたいことをやらせて、主体性を発揮するエリートを目指させたい」と
「いやいや、都心の平凡な公立中学からエリートなんて難しいんで、まずは、規律に従う習慣を付ける
べき」の対立でしかなく、「具体的なスキルを身につけよう」にならないんですね。まあ、日本の労働
慣行を前提にする以上は、そうならざる負えないでしょうけど。

母識 殿

>> 「しょせん女の子だから」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling downすなわち意欲の冷却効果と言います。
>> 多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

能力のある人が女性である事や経済的な理由で能力が必要な地位(エリート?)の選抜に参加できなければ、その人の代わりに男性で経済的な問題はないがその人より能力が劣る人がその地位に就く事になります。これは社会全体にとってマイナスだと思います。このため能力が必要な地位の選抜に能力以外の理由で参加できない状況を減らす事は社会にとって必要だと思います。


>> 学校側による事実上の「ヒップホップ禁止令」に生徒や保護者らが反発。区の教育委員会に抗議文書を提出する異例の事態になっている。
>> 標準服の義務化をTPOに合わせた適切な服装を選ぶに変更したり、「全員担任制」など生徒の自主性を重んじる改革で知られたが、昨年度以降、こうした改革を見直す動きが相次いでいる。
https://www.asahi.com/articles/ASS6C1H4RS6CULLI002M.html

この記事を読みましたが、学校側の主張(ヒップホップを禁止する理由)がよく理解できませんでした。なんだか学校関係者の ヒップホップは学校にふさわしくない という
個人的感想に基づく規則のように思えてしまいました。


>「いやいや、都心の平凡な公立中学からエリートなんて難しいんで、まずは、規律に従う習慣を付ける
>べき」の対立でしかなく、

日本は、一般の人は国のトップが決めた規律に従っていればよい独裁国家と異なり、非エリートを含む一般の人が自分たちが従う規律の妥当性を判断し決めていく民主国家だと思います。中学生は、あと数年でこのような民主国家の構成員(成人)になるので、今から自分たちが従う規律の妥当性を判断する訓練を行うのは重要だと思います。

蛇足ですが、この都心の公立中学(麴町中学校)は1960年代には 番町小学校→麴町中学校→日比谷高校→東京大学 というエリートコースの一環であり、校区外から越境入学希望者が殺到するエリート(?)中学校だったそうです。


>「具体的なスキルを身につけよう」にならないんですね。
>まあ、日本の労働慣行を前提にする以上は、そうならざる負えないでしょうけど。

申し訳ありません。仰っている事がよく理解できません。

> やりたいことをやらせて、主体性を発揮するエリートを目指させたい
> エリートなんて難しいんで、まずは、規律に従う習慣を付ける
> 具体的なスキルを身につけよう

> 校区外から越境入学希望者が殺到するエリート(?)中学校

どっちかというと、中流の方々が子供をより上流に食い込ませたいのだけど、
そのときに上流のように体験をさせようと思うのか、それとも、比較的に裕福
だけど上流ほどではないので、上流と同じような体験をさせるのは難しいので
体験より将来の大学受験に軸足を置いた方が良いで揺れているパターンかな?
ここで上流のイメージは慶応の幼稚舎で、中流のイメージは早稲田大学です。
校長は公立中なんだからと思ってのことかもしれませんが。

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