ヤニス・バルファキス『黒い匣』
ヤニス・バルファキス『黒い匣 密室の権力者たちが狂わせる世界の運命』(明石書店)を訳者の皆様からお送りいただきました。訳者は朴勝俊、山崎一郎、加志村拓、青木嵩、長谷川羽衣子、松尾匡の方々です。そう、あの松尾さんも訳者に加わっているんですね。
http://www.akashi.co.jp/book/b453574.html
この終わりなき悪夢の物語は2015年、債務の束縛に抵抗して立ち上がったギリシャの人びとの、半年間の反乱の実録である。おぞましく行使される欧州の権力。だが希望は傷つくことなく残っている。これは普遍的な、そしてまさに日本にとっての物語なのだ。
著者のバルファキスはギリシャのシリザ政権の財務相としてEU,ECB,IMFのいわゆるトロイカと闘った人ですが、この分厚い600ページ近い本はその戦いの記録です。
著者による日本語版への序文と松尾さんによる訳者解説が意を尽くしているので、そのリンクを張っておきます。
http://www.akashi.co.jp/files/books/4821/4821_j-introduction.pdf (序文)
・・・2015年1月25日、ギリシャの有権者たちは、国の荒廃につながるおぞましい不況を終わらせ、尊厳を踏みにじられた状況にピリオドを打つために、私たちの政権を選択した。本書で私は、この反乱の物語をありのままに綴った。私が財務大臣に選ばれるまでの経緯から、ギリシャ経済の機能を麻痺させ人道上の危機を深刻化させている緊縮策を終わらせるために、ギリシャの債務の再編を実現するために、私がどのように身を砕いていたのかに至るまで、すべてを余すところなく、ゾッとするほどの詳細さをもって記述した。・・・
政治家の回想録は山のようにありますが、一国の財政の責任者だった人がまだ血のにじむ直近の時期のことをここまで微に入り細をうがってあからさまに書き記したものは珍しいのではないでしょうか。
http://www.akashi.co.jp/files/books/4821/4821_explanation.pdf (松尾解説)
こちらでは例によって、日本のねじれ現象を指摘しています。
さて、このバルファキス氏、本ブログで紹介している「Social Europe」の常連寄稿者でもあります。
https://www.socialeurope.eu/author/yanis-varoufakis
松尾解説で紹介されている「ヨーロッパを救うニュー・ディール」はこれですが、
https://www.socialeurope.eu/new-deal-save-europe
その後もいくつもエッセイがアップされています。
ちなみに、バルファキス氏の批判に対する反論として書かれたピケティらの文章を、本ブログで紹介したことがあります。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/post-a196.html (ヨーロッパを民主化する-税金で?それとも借金で?)
例によって、「ソーシャル・ヨーロッパ」から本日付の最新の記事を。今回は「Democratising Europe: by taxation or by debt?」(ヨーロッパを民主化する-税金で?それとも借金で?)。筆者は7人連名ですが、顔写真はトマ・ピケティです。
https://www.socialeurope.eu/democratising-europe
これは、昨年12月の「欧州民主化宣言」(Manifesto For The Democratization Of Europe)の続きのような記事で、ヤニ・ヴァロファキスによる批判に対する反論になっています。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-2595.html (ソーシャル・ヨーロッパにピケティ登場)
The main criticism by Varoufakis seems to be the following: why do you want to create yet more new taxes when one can create money? Our budget is indeed financed by taxation, whereas his plan is financed by public debt.・・・
ヴァロファキスによる主たる批判は次のようなものだ。お金を作り出せるときになぜもっと新たな税金を作り出そうとするのか?我々の提案が税金で賄われるのに対して、彼のプランは公的債務で賄われる。
To act as if everything could be settled by the issuance of a debt and to deem as negligible the question of fiscal justice and the democratic legitimacy of decisions concerning political economy, while restricting oneself to the eurozone, do not seem very convincing to us. ・・・
債券を発行することで万事が解決するかのようにふるまい、財政的正義と政治経済に関する意思決定の民主的正統性の問題を無視してもいいものとみなすことは、我々を納得させるものではない。
ヨーロッパでも、(ピケティら)税金で財政拡大すべき派と借金で賄えばいい派の対立があるようです。
« 特定技能外国人労働者の受入れ@『労基旬報』2019年4月25日号 | トップページ | アンダーエンプロイメント・インシュランス »
コメント
« 特定技能外国人労働者の受入れ@『労基旬報』2019年4月25日号 | トップページ | アンダーエンプロイメント・インシュランス »
>ヨーロッパでも、(ピケティら)税金で財政拡大すべき派と借金で賄えばいい派の対立があるようです。
こんなものは、短期・中期・長期のスパンで適宜組み合わせればよいというのが私の立場ですが、それはシンクレティズムといわれてしまうんですかね。
主流派経済学にしろ、最近話題のMMTにしろ、なにか絶対に正しい経済理論があって、そこから導出される一意の解に経済政策を従わせれば万事上手くいくという発想が根本的に間違っていると私は思いますね。どちらも私からするとマルクス主義の設計主義的思考の亜流にすぎない。MMTは(主流派経済学が全く無視している)金融システムの制度的事実を指摘して、それは正しいのだが、そこからただちに論理的に経済政策を導出できるわけではない。
まず何があるべき社会経済の姿かという価値判断があって、そこから政策をどうするかを議論するというのが筋道です。今の日本の混迷は何があるべき社会かのビジョンについて政治的合意がとれないというのが問題の本質です。(ピケティはこのようなことに自覚的なようだが)
政策論者が目指すべき社会について語らず、何が正しい経済理論かという論争に拘泥するさまは、児戯にひとしいと断ぜざるをえませんね。
投稿: 通りすがり2号 | 2019年4月19日 (金) 18時53分
2019年にはピケティ(ら)はそう主張したのに対し、2021年コロナ禍を経て、ECBにコロナに対応するために各国が増やした債務の放棄を提言したのは感慨深いというかなんというか
EUROはいずれ持続不可能だと思いますが、果たしていつまでオリガルヒの横暴を続けられるのか、、、
投稿: len | 2021年7月 7日 (水) 23時30分