« マルコ・ビアジ「僕たちはみんなメッキの蝶に笑うだろう」 | トップページ | 協同組合つばさ他事件評釈 »

大内伸哉『会社員が消える』

Img_1e1de249ca94304e5451f7d9f670a80大内伸哉さんから新著『会社員が消える 働き方の未来図』(文春新書)をお送りいただきました。

例によって、「大内節」に満ちあふれた本です。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166612079

第4次産業革命で長期雇用が激減。大企業も姿を消す?
自分で自分の仕事を守る時代に!

●社会が変われば、会社も変わる。
現実空間の情報がサイバー空間に集積され、そのビッグデータをAIが分析。その結果が現実空間にフィードバックされ、フィンテックや自動運転といった革新的な製品・サービスが生まれる。これが第4次産業革命である。

●会社が変わると、仕事も変わる。
技術革新はビジネスモデルを変えるとともに、仕事も変える。
会社員の「たな卸し」が始まり、定型作業はAIにとって代わられる。人間に残された仕事は創造的で独創的なものとなり、そうしたスキルを持つ人材が求められる。

●大打撃を受ける日本型雇用
長期の雇用を前提とした「日本型雇用」では、目まぐるしく変わるビジネスモデルに対応できなくなり、日本企業も、そのとき必要なスキルをもつスペシャリストを雇う欧米型に変化していく。

●雇用型から独立型へ
企業が雇用を減らす上に、スペシャリスト型のニーズが増えることによって、企業に所属せず、専門的スキルを提供するフリー型の働き方が主流になってくる。デジタル技術の発展により、企業と働き手のマッチングも簡単になることも、その流れを支える。

●働く環境が変わる
デジタル技術の発展は職場も大きく変える。ICTの発達で、会社に集まる必要性が薄くなり、勤務地や勤務時間帯にしばられない働き方が可能になる。これもフリー型の増加を促す。

雇用が減り、フリー型が増加する未来は悪夢なのか? それとも企業の拘束から解放される望ましい社会なのか?
未来の社会で自分らしく生きるために身につけるべきスキルとはなにか。
自助を支えるセーフティネットはどうあるべきか。
労働法の第一人者が描き出す、未来の働き方と私たちの課題。

右上の書影には、でかでかと「第4次産業革命で雇用が激減」とありますが、実はこれは本書の中身と若干差があります。

例のAIだからBIといった議論の背景にある仕事の絶対量が激減して、みんな仕事がなくなるというような話は、最後の217ページあたりでちらりと出てきますが、本書の大部分はそうじゃなくて、これまでのような仕事のあり方が激変するよ、といっているんですね。まあ、「雇用」が激減といっているので、ウソをついているつもりはないということなんでしょうが、若干本屋でオビを見た人が誤解することを狙っている観がなきにしもあらずのような。もっとも、同じ文春新書でオビにでかでかと上野千鶴子さんの顔を載っけたお前が言うか、という話ではありますが。

例によって「大内節」なんですが、私の観点からすると、第4次産業革命によってこれまでの欧米型のジョブ型職業社会が崩れていって、ギグだのクラウドだのと騒がしい非雇用型(タスク型?)の就業社会に変わっていくという世界共通で騒いでいる話と、これまでの産業社会のあり方として特殊日本的なメンバーシップ型社会が(も)崩れていくという日本特有の話とが、半ば意図的にごっちゃになっている感があります。

たとえば最後に近いあたりで、「なぜ学校は職業教育をしないのか」という例の職業レリバンスな話題が出てくるんですが、いやこれ込み入っているんですが、メンバーシップ型から(欧米の伝統的な)ジョブ型社会に移行するのであれば学校教育で職業教育をしようという話になるんですが、それは、会社は変わるかも知れないけれども、職業はあまり変わらないというジョブ型社会の前提に立っているわけです。だから人生の前半期のうちにしっかり特定の職業技能を身につけて、それでその後の人生を食っていく、会社は変わるかも知れないけれども、職業は変わらない。

だけど、今世界中が騒いでいるのは、AIだのIoTだのビッグデータだので、そういう安定したジョブ自体が崩れていくんじゃないか、という話なわけで、そうすると、(これまでは安定した職業人生のもとだったはずの)学校における職業教育自体がなんらその後の人生を保障してくれなくなるかも知れないという話になるわけで、むしろ下手にそんなことはやらずにおいて、その都度の必要に応じてフレクシブルにさっさと当座必要なスキルを身につけて仕事をこなせるような基礎スキルをみっちり身につけておいた方がいい、という2回ぐるりと回って元に近いところに戻ってくるような話になるのかも知れないのです。

実は本書の第2章は「日本型雇用システムの限界-これまでの働き方の常識は通用しない」というもので、私の議論もちらりと引かれているんですが、本書で言う「これまでの働き方の常識」というのが、単に日本のメンバーシップ型の常識という話ではなく、むしろ伝統的な欧米型のジョブ型の働き方の常識が通用しなくなるよ、という話であることを考えると、そのずれがうまいこと嵌まってしまうと、逆に(理屈は全然違うけれども)かえって特殊日本的なメンバーシップ型の方がうまく適応していくという話にさえなりかねないのです。

ちゃんと学校の職業教育で身につけたスキルを使ってちゃんとまとまりのあるジョブを中長期的に遂行していくなんてことはまったくなく、その都度会社の必要で降ってくるさまざまなタスクをうまいことこなしていくなんてのは、むしろこれまでの日本型「会社員」の得意技でしょうし。

もちろん、それを可能にしている長期雇用保障や年功処遇が持続可能かと言えばそうではないでしょうから、これは決して日本型でOK万歳という話ではないのですが、話が二重三重に螺旋型に絡まり合っているということを念頭に置く必要はあるように思います。

|

« マルコ・ビアジ「僕たちはみんなメッキの蝶に笑うだろう」 | トップページ | 協同組合つばさ他事件評釈 »

コメント

>むしろ伝統的な欧米型のジョブ型の働き方の常識が通用しなくなるよ、という話であることを考えると、そのずれがうまいこと嵌まってしまうと、逆に(理屈は全然違うけれども)かえって特殊日本的なメンバーシップ型の方がうまく適応していくという話にさえなりかねない


そもそも欧米の伝統的大企業も幹部候補生は多分に新卒一括採用のメンバーシップ型雇用であって(戦前の日本も)、高度成長期以後の日本は「みんなエリート」という建前のもとですべての正規雇用に(成人男性だけだが)平等にメンバーシップが分配されたというだけですからね。ある意味相対的な違いでしかない。今後展開次第では欧米でメンバーシップ型雇用が拡大し、日本では縮小してメンバーシップ型雇用の規模は収斂していくのかもしれない。そこにジョブ型雇用がどのように絡まるか、労組や労働者の連帯のあり方や公務員制度がどうなるかで各国の雇用システムに差異が生じるのかもしれない。

どうも雇用をめぐる議論は大味になりがちですね。一般書では仕方がないとはいえ。

投稿: 通りすがり2号 | 2019年2月15日 (金) 19時07分

“その都度の必要に応じてフレクシブルにさっさと当座必要なスキルを身につけて仕事をこなせるような基礎スキルをみっちり身につけておいた方がいい”

この話、「仕事の内容が変わる、変わらない」ということは正に問題の中心な訳ですが、「会社が変わる、変わらない」はほとんど無関係ですね。
なので、メンバーシップ型が云々ということが議論の中に入り込んでくる筋は、あまり明らかでないように思います。
言い換えますと、その都度の必要というのが「自分がメンバーであるところの特定の会社からの要求」であると仮定することは、ある特殊な背景を前提にした思い込みでしょう。

投稿: 愚者の魂 | 2019年2月15日 (金) 23時24分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 大内伸哉『会社員が消える』:

« マルコ・ビアジ「僕たちはみんなメッキの蝶に笑うだろう」 | トップページ | 協同組合つばさ他事件評釈 »