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2019年2月

竹信三恵子『企業ファースト化する日本』

432930竹信三恵子『企業ファースト化する日本 虚妄の「働き方改革」を問う』(岩波書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.iwanami.co.jp/book/b432930.html

「世界一企業が活躍しやすい国」を目指す安倍政権は,労働規制の大幅な緩和を推進してきた.そして,いま「働き方改革」の名のもとに,働く者の権利も,労働環境も,セーフティネットであるはずの公共サービスも,企業のためのものへと変質させられようとしている.危険な労働政策の実態と本質を暴き,働き手の対抗策を探る.

ただ、正直言って、この本の内容には厳しい表現を用いざるを得ません。いわゆる働き方改革にはいろいろ問題点はあるし、とりわけいわゆる同一労働同一賃金に関してはロジカルにもっと詰められるべき点があるとは思っていますが、本書のような全否定は、日本の労働法の歴史からして、あまりにも目先の政治的思惑にめしいたものと言わざるを得ないと思います。

本書の観点からすると、働き方改革とはそもそもフェイクであり、

プロローグ フェイクとしての「働き方改革」

労働時間の上限規制とは残業の合法化であり、

第1章 「上限規制」という名の残業合法化

同一労働同一賃金とは差別の固定化であり、

第2章 差別を固定化させる「日本型同一労働同一賃金」

女性活躍とは単なる資源としての活用にすぎません。

第4章 「女性活躍」という資源づくり

しかし、そういう大上段な決めつけは、働き方改革以前の状況を、すなわち不十分な労働時間の上限規制すら存在せず、不十分な均等待遇すら存在せず、女性の活用にすら否定的な旧来の有り様を、フェイクがない素晴らしい状況であるかのように褒め称えてしまうものではないでしょうか。

そういう議論のあり方も、政治的言論としては「あり」だろうとは思いますが、少なくとも労働法制としてどちらがより望ましいものでどちらがより望ましくないものであるのかという判断を押しのけてまで追及されるべきなのかについては、疑問を抱かざるを得ません。

せっかくお送りいただいた本にケチを付けるばかりのようで恐縮なのですが、心にもない褒め言葉を並べ立てても空疎なだけなので、率直な感想を述べさせていただきました。

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労働法はギグれるか?

L20190529303『ジュリスト』と『労働時報』という二大法律雑誌に、興味深い短い文章が載っています。『ジュリスト』3月号は、特集は「ブロックチェーンと商取引」ですが、「働き手・働き方の多様化と労働法」というオムニバス連載の最後として、大内伸哉さんの「雇われない働き方」が載っています。

http://www.yuhikaku.co.jp/jurist/detail/020187

例によって大内節が炸裂しているんですが、

「個人事業主は事業者として、下請法の適用か、そうでないとしても独占禁止法の規定によって、不当な取引から守られる可能性がある。独占禁止法の世界で掬われるのなら、労働法の方で無理をする必要はないとも言える」

という文章に対して、陰の声が

おいおい、労働法でやれることについて、わざわざ独占禁止法の世話になる必要はないだろう。企業と対等に取引できないで働くというのは、まさに労働法の守備範囲じゃないか。君は本当に労働法の研究者なのか。

とつぶやいていて、いろいろと考えさせます。

07987実は、これにまさに対応するような 論考が『法律時報』に載っています。

https://www.nippyo.co.jp/shop/magazines/latest/1.html

特集は「わが国におけるコーポレート・ガバナンスの諸層」ですが、小特集が「デジタルプラットフォームと独占禁止法」で、その中に

ギグ・ワーカーと経済法……長谷河亜希子

という4ページばかりの小論文があるのですが、これがまさにクラウドやらプラットフォームやらといったギグな働き方に対して経済法でどのように保護をできるかを論じています。

その論文の最後が、経済法だけの対応では足りず、

・・・フリーランスは、・・・のように、経済法だけでは到底対応できない諸問題にも多々直面している。加えて、本稿で取り上げた諸問題についても、独禁法での対応は、例えば契約条件を「曖昧な形で示さないこと」という大雑把なものとなりがちであることから、労働者保護体系の見直しが迅速に進行することを期待したい。

と、労働法のほうでちゃんとやれ!というボールが返ってきていることが、私の目からすると一番示唆的でありました。

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規制改革推進会議働き方の多様化に資するルール整備に関するタスクフォース

内閣府の規制改革推進会議に、去る2月26日に「働き方の多様化に資するルール整備に関するタスクフォース」というのが設置されたようです。

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/committee/20190226/190226honkaigi04.pdf

多様な働き方へのニーズが高まるなか、平成30年1月には「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が策定された。また、在宅勤務のみならずモバイル勤務やサテライトオフィス勤務などのテレワークが拡大しつつある。労働者がこうした新たな働き方を希望する場合に阻害する要因はないか、あわせて、特に副業としての日雇い派遣について現在の規制が妥当なものか、専門的検討を行うために、規制改革推進会議(以下「本会議」という。)に「働き方の多様化に資するルール整備に関するタスクフォース」(以下「タスクフォース」という。)を設置する。

このうちとりわけ、テレワーク関係の労働時間規制のあり方は問題が多く、昨年の新ガイドラインも本質的な解決になっていない点が多々あります。また、日雇派遣規制は2012年改正時のねじれた置き土産が未だに残っており、見直しが必要であるのは確かです。

タスクフォースのメンツは、

八代 尚宏 (主査)
飯田 泰之
江田 麻季子
島田 陽一

島田さんがいるので、労働法的におかしな議論にはならないと思います。

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『日本労働研究雑誌』2019年2・3月号

704_0203『日本労働研究雑誌』2019年2・3月号は「学界展望 労働調査研究の現在─2016~18年の業績を通じて」が特集です。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2019/02-03/index.html

学界展望:労働調査研究の現在

提言

労働調査という逆説 石田 光男(同志社大学教授)

学界展望

労働調査研究の現在─2016~18年の業績を通じて

小川 慎一(横浜国立大学教授)

西野 史子(一橋大学准教授)

西村 純(JILPT副主任研究員)

西村 孝史(首都大学東京准教授)

書評

中村高康・平沢和司・荒牧草平・中澤渉(編)『教育と社会階層─ESSM全国調査からみた学歴・学校・格差』

吉川 徹(大阪大学大学院教授)

西岡由美 著『多様化する雇用形態の人事管理─人材ポートフォリオの実証分析』

佐藤 厚(法政大学教授)

読書ノート

玄田有史 編『30代の働く地図』

西村 幸満(国立社会保障・人口問題研究所第1室長)

論文Today

仕事上の社会的相互作用は職務消耗感を高めてしまうのか─資源保存理論(Conservation of Resources Theory)の観点から

大平 剛士(同志社大学大学院)

現時点でネット上で読めるのは石田光男さんの巻頭言だけですが、

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2019/02-03/pdf/001.pdf

これがなんというか、凝縮的な表現が実に逆説的で、どこまで真正面から受け取るべきなのかそうでないのかがよく理解しかねる面もあります。

・・・調査の助走としての先行研究レビューではない文献研究は,かつては労働分野での学問の主柱であった。私事で恐縮だが,指導を仰いだ中西洋教授に「君,調査報告書はなかなか研究業績としては認められないのだ」と言われたこともあったし,調査の話を私が持ちかけると「君,いつになったら学問を始めるのだ」といわれたこともある。私は心の奥底で先生の言うことは正しいと思っていたし,今もそう思っている。ただ,頭も悪く不器用な自分には,立派な文献をいくら読んでも「分かった気になれない」ことが多く,調査をして「腹の底から分かった」と思えることを書けるような研究を進めるしかこの世界で自分に生きる道はないと覚悟を決めたのも先生の教えを受けたからであった。今も私は「文献研究で分かったら,わざわざ気の重い調査をする必要はない」と大真面目に院生に言っている。・・・

いやもちろん、石田さんはその文献研究で分からなかった、正確に言えばみんな分かったふりをして分かったようなことを言っているけれどもどうしても腹落ちしないことがら、具体的には「賃金に関しては,80 年代は「年功賃金」,90 年代後半以降は「成果主義」,働き方に関しては,80 年代以降は「日本の自動車工場の国際競争力」,2000 年代以降は「グローバル経営」」について、「文献の中にこれらの語彙は夥しく登場するけれど「分かった気になれない」という焦燥に突き動かされて,気の重い調査をせざるを得なかった」という話に続いていく訳なので、この文章の肝は、そういう「気の重い調査」をせざるを得なくなる程までに、ほんとは腹落ちしていないのに分かったふりをするんじゃねえ、ということなわけですが、逆説的な上に凝縮的な表現なので、どこまで伝わるのかな、とふと感じた次第。

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濱口さんのコミカルな口調

11021851_5bdc1e379a12a 今週月曜日に大阪のエルおおさかでやったもれなく分厚い『日本の労働法政策』がついてくる講演会ですが、「Osaka women」というブログにこんな感想がアップされていました。

https://www.osaka-women.jp/2019/02/20/日本の労働法政策100年の変転/

・・・「日本の労働法政策」 という 1,000ページの本の中身を2時間で説明していただけるという・・・ものすごいものです。

実際、2時間休憩なしのセミナーでしたが、睡魔に襲われることもなく、最初から最後まで興味深く話を聞くことができました。

それはなぜかというと、

2時間があっと言う間に感じられたのは、濱口さんのコミカルな口調によるところも大きいと思います。

明治以降の日本の労働法政策の変遷を知るには、1000ページの本を読むよりも、濱口さんのセミナーに参加したほうが良いと思いました。笑

そんなに意図してコミカルに喋ったつもりもないのですが、睡魔に襲われることなくお聞きいただけたのは幸いです。

ちなみに、できれば1000ページの本のほうも目を通していただければ・・・。

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オーラルヒストリー『日産=ルノー アライアンスと雇用・労使関係』

Image1_3 オーラルヒストリー『日産=ルノー アライアンスと雇用・労使関係』をお送りいただきました。

いままさに日産とルノーの関係の行方にみんなが固唾をのんでいるときに、こういうオーラルヒストリーを世に送るというのは、あまりにもはまりすぎているというべきなのか、まずい時に当たってしまったというべきなのかわかりませんが、ゴーンが引っ提げてきた日産=ルノーアライアンスが始まったころの証言の数々は、大変興味深いものです。

これ、例の日経連の能力主義管理や新時代の日本的経営のオーラルヒストリーの延長線上に、大企業の人事経営を対象にしたシリーズの第一弾として企画されたものとのことで、インタビューは2016年末から2018年初めにかけて計8人に行われ、ちょうどいま刊行されるに至ったわけですね。

インタビュイーは、楠美憲章、志賀俊之、嘉悦朗、西原浩一郎、高倉明、中村克己、岩下世志、鈴木裕の各氏ですが、このうち労働組合関係者は西原さんと高倉さんです。面識のある方だけに、その言葉は大変興味深いものでした。個人的には、労働組合専従になるときのいきさつが面白いです。

ちなみに、もう3年以上も前にわたしが産業競争力会議の雇用人材分科会に呼ばれてしゃべったときに、同じ日に呼ばれた方が日産の川口常務で、ルノーとのアライアンスで人事労務がどう変わったかを話しておられます。

改めて読み返してみると、こちらも面白いです。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/bunka/koyou_hearing/dai1/gijiyousi.pdf

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本田一成『写真記録・三島由紀夫が書かなかった近江絹糸人権争議』

9784794811189 本田一成さんより、『写真記録・三島由紀夫が書かなかった近江絹糸人権争議 絹とクミアイ』(新評論)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.shinhyoron.co.jp/978-4-7948-1118-9.html

昭和二九(一九五四)年、一〇六日間に及ぶ日本最大級の労働争議「近江絹糸人権争議」が発生し、国民の目を釘付けにした。その一〇年後、三島由紀夫がこの争議を題材とする長編小説『絹と明察』を世に出している。ところが、関係者に取材をしたはずの三島、なぜか争議の詳細を作品に書き込まなかった。集団就職で工場に勤めた中卒労働者たちと本社の一流大卒エリートたちが見事に一致団結して経営者に立ち向かったこの比類なき争議を詳しく調べていくと、実に興味深い人間と社会の実相が浮かび上がってくる。労働組合を一貫して敵視し続けた経営者。やがて自殺者まで出るに至る凄絶な緊張感。会社側に肩入れする不可解な警察の介入。解放されたはずの若者たちを襲った「もう一つの争議」等々、そこにはいくつもの特異性と謎がある。この争議について記した文献のほとんどは彦根工場における活動を中心に描いているが、実は大阪、大垣、富士宮、東京など各地同時多発の全国規模の争議であった。また、一口に争議といっても、ストライキ、ロックアウト、ピケッティング、乱闘、セスナ機からのビラまき、製品ボイコット、不当労働行為、オルグ合戦、募金活動、銀行や省庁への陳情、政治家の動員、真相発表会、裁判闘争などなど、労使双方が多様な戦術を繰り広げ、マスコミ、警察、暴力団、国会すらも巻き込む総力戦であった。そして各地の現場には、仲間を守って闘い抜いたヒーローたちがいた。争議を経験した若者たちもいまや八〇歳を超えている。筆者は存命のヒーローたちにお会いして、当時の写真を前に心ゆくまで語ってもらった。するとお話を聞くうちに、写真の中から被写体が飛び出してきて、この事件の謎を解きはじめた!――まるでタイムスリップである。争議勃発から六五年が経過し、平成が終わりつつある現在、働く人びとや経営者が本書を読んで(見て)何を感じるか、ぜひ知りたい。そして、叶うことなら二〇〇点を超える未公開写真を掲載した本書を、三島に見せびらかしてやりたい。

近江絹糸の人権争議と言えば、戦後労働運動史に燦然と輝く労働組合側が全面勝利した争議の一つです。それゆえ、それに関する本も多いのですが、今回の本は主としてチェーンストアの労使関係やパートタイマーを研究してきた本田さんが、カタカナのゼンセンになる前の「全繊」、つまり繊維産業の産別組合だったころの話に手を伸ばしています。

まえがきに、本書出版に至る経緯が書かれているのですが、本田さんが前著『オルグ!オルグ!オルグ!』を書く際に、チェーンストアを組織したゼンセン同盟がむかしは全繊同盟で、近江絹糸人権争議なんてのもあったと触れるために1枚の写真を使わせてもらうために、争議の指導者のひとりであり、争議に関する本を書いている朝倉克己さんに手紙を書いたところ、100枚以上の写真を段ボールに溢れるような資料が届き、会いに行ってしゃべっているうちに「写真記録をベースにした本にしますが、よろしいですか」と打診しタラ、朝倉さんの顔が輝いたんだそうです。

というわけで、本書は200ページ余りのうち半分近くが当時の写真で埋めつくされています。当時の日本のにおいがプンプン漂ってくるような写真です。そのうち見開きを2枚ほどアップしておきますが、憎き夏川社長の墓碑銘(法名 釋畜生餓鬼童死至 俗名 那津川蚊喰児)を書いてみたり、なかなかワイルドです。

Ohmi1

Ohmi2

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「公立学校教師の労働時間規制」@『労基旬報』2019年2月25日号

『労基旬報』2019年2月25日号に「公立学校教師の労働時間規制」を寄稿しました。

いろんな論じ方のあり得るテーマですが、ここではかなり徹底的にガチ法律論として論じています。

 2017年3月の『働き方改革実行計画』に基づいて、2018年6月に働き方改革関連法が成立し、労働基準法上に初めて時間外労働の絶対的上限規制が設けられました。しかし、そこには建設業や自動車運転業務などいくつもの例外があり、とりわけ医師については厚生労働省医政局に「医師の働き方改革に関する検討会」を設置して、非常に長い時間外労働の上限を検討していることが報じられています。

 これに対して、近年やはりその長時間労働が社会問題となってきた学校教師については、働き方改革実行計画でも働き方改革関連法でも全く触れられていません。しかし、2017年7月に文部科学省の中央教育審議会に「学校における働き方改革特別部会」が設けられ、約1年半にわたる審議の末、去る2019年1月25日に「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」を答申するとともに、文部科学省は「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」を公表し、学校における働き方改革推進本部が設置されました。この答申は膨大なものですが、今回は学校教師の労働時間規制のいささか複雑な仕組みに焦点を当てて解説したいと思います。

 まずもって、多くの教育関係者にも誤解があるようですが、「教師」という職種のみに着目した労働時間の特例は存在しません。制度上特別扱いがあるのは公務員たる教師のみであり、現在は公立学校教員のみです。一貫して民間労働者であった私立学校教員はもとより、2004年から非公務員型独立行政法人になった国立学校の教員も、労働基準法がフルに適用され、従って36協定も時間外・休日労働に対する割増賃金も、さらに2018年改正による時間外労働の上限規制も、全くそのまま適用されます。ところが非常に多くの私立学校では後述の給特法類似の仕組みを実施しているようですが、いうまでもなくそれは違法であり、労働基準監督官による摘発の対象となります。

 公立学校教員の特例も、基本的にはまず地方公務員であることによるものです。ここも誤解している人がいますが、労働基準法は地方公務員にも原則的に適用されます。地方公務員法第58条の定めるその適用の仕方が複雑なのですが、いわゆる現業(地方公営企業)がほぼフル適用であるのに対し、病院や学校を含むいわゆる非現業は、労使協定を要件とする規定、すなわち(1か月単位を除く)変形労働時間制、フレックスタイム制、裁量労働制、2018年改正で導入された高度プロフェッショナル制が適用除外です。これは、労使対等決定原則を定めた第2条を適用除外していることに基づくもので、もっぱら集団的労使関係法制の観点からのものだとされています。確かに、就業規則で実施できる1か月単位の変形制は適用されています。ところが、それでは説明が付かないのが、肝心の第36条が適用除外になっていないことです。純粋の非現業である官公署については制定当時から、第33条第3項で公務のための臨時の必要がある場合には協定なしに時間外・休日労働が可能ですが、病院や学校では(第33条第1項の災害等の場合でない限り)36協定を結ばなければできないはずです。病院は長くここを、労働基準法施行規則第23条の宿日直と称することでやりくりしてきましたが、近年それが監視断続労働の要件に合わないとして批判を浴びたことは周知の通りです。

 そして、公立学校教師にも第32条と第37条は(少なくとも地方公務員法上は)フル適用です。公務として時間外・休日労働を命じておいて時間外・休日割増賃金を払わなければ労働基準法違反です。もっとも、いわゆる非現業の大部分については、労働基準監督機関の権限(第102条)も適用除外となっています。労働基準法違反を摘発するのは、人事委員会又はその委任を受けた委員、人事委員会がない地方公共団体ではその長(知事や市長)で、「自分で自分を監督するという、労働基準監督システムとしてはいかにも奇妙な制度」(拙著『日本の労働法政策』)なのです。

 ところが、ここでさらに複雑なのは、いわゆる非現業の一部についてはこの奇妙な制度ではなく、素直に労働基準監督機関が監督することになっていることです。例えば公立病院の場合は、地方公務員たる医師に関して、労働基準監督官が臨検して、法違反を摘発し、場合によっては送検することが可能です。これまで問題が表面化しなかった医師の長時間労働が、働き方改革の中で検討されるに至った一つの背景には、この監督権限の所在があります。ところが、公立学校の教師の場合、法違反を摘発するのは使用者の身内ないし本人であって、とても機能するとは思えません。

 ここから給特法の立法経緯に入っていきます。一般公務員より若干高い給与を払う代わりに超過勤務手当を支給しないというのは、1948年の公務員給与制度改革以来の発想です。しかし労働基準法第37条はフルに適用されるのですから、1949年の文部事務次官通達「教員の勤務時間について」(昭和24年2月5日発学第46号)は、「勤務の態様が区々で学校外で勤務する場合等は学校の長が監督することは実際上困難であるので原則として超過勤務は命じないこと」と述べていました。しかし、実態としては時間外労働が多く行われていたため、1960年代後半に超過勤務手当の支給を求めるいわゆる「超勤訴訟」が全国一斉に提起され、下級審で時間外手当の支給を認める判決が続出し、1972年の最高裁判決がそれを確認しました。

 この動きに対応すべく1971年5月に立法されたのが、国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(いわゆる「給特法」。後に国立学校が外れる。)です。これにより給与月額の4%の教職調整額が支給されるとともに、労働基準法第37条が(法文上で)適用除外されました。併せて、上記第33条第3項の「公務のための臨時の必要がある場合」に36協定なしに時間外・休日労働可能という規定も官公署並みに適用することとしたのです。そして、「正規の勤務時間をこえて勤務させる場合は、文部大臣が人事院と協議して定める場合に限るものとする。この場合においては、教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について充分な配慮がされなければならない」という条文が設けられ、その「場合」は政令でいわゆる超勤4項目とされました。具体的には①生徒の実習、②学校行事、③職員会議、④非常災害、児童生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合等です。

 ところが、公立学校教師の長時間労働は悪化の一途をたどっています。その大部分はクラス担任や部活動担当に伴うもので、超勤4項目に含まれない「自発的勤務」とされ、裁判例(札幌高裁平19.9.27)もそれを容認しています。しかし、実態としてはそれなしには学校運営が成り立たない状況にもかかわらず、引き受けた教師の自発的活動ゆえ公務ではないので公務災害補償の対象にもならないという理不尽なことになってしまいます。

 さらに、一般の働き方改革の一環として、労働安全衛生法上に労働時間の適正把握義務(第66条の8の3)が規定され、これは地方公務員にもフルに適用されます。ただし、官公署と公立学校は例によって身内ないし本人が監督するという仕組みです。とはいえ、働き方改革が国政の重要課題となる中、監督署に臨検される恐れがないから労働時間の把握もしませんというわけにはいきません。遂に文部科学省も教員の働き方改革に踏み出さざるを得なくなったわけです。

 ただ、なまじ給特法で時間外・休日労働が第36条や第37条の違反にならないような仕組みにしてしまったために、それをどうするかが悩ましい問題となります。素直に考えれば、「給特法を見直した上で、36協定の締結や超勤4項目以外の「自発的勤務」も含む労働時間の上限設定、全ての校内勤務に対する時間外勤務手当などの支払」を原則とするところから始めるべきことになりますが、答申はそれを是としません。あくまでも給特法の基本的枠組みを前提として、「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」でもって在校時間等の縮減に取組むというスタンスです。

 この「ガイドライン」は、超勤4項目以外の自発的勤務を行う時間も含めて、在校時間プラス児童生徒の引率等校外勤務時間(在校時間等)の上限の目安を示すもので、1か月45時間、1年360時間、特例で年720時間、その場合1か月100時間未満など、基本的に2018年改正労働基準法に沿っています。ただし、在校時間自体が法的概念ではなく、ガイドラインも法的拘束力はありません。教育委員会はそれぞれガイドラインを参考にして方針を策定し、業務の役割分担や適正化、必要な環境整備に取り組むこととされています。

 では労働時間規制については何もしないのかというと、やや唐突に1年単位の変形労働時間制の導入が打ち出されています。学校には夏休みなど児童生徒の長期休業期間がある一方、学期末・学年末には成績処理や指導要録記入で忙しく、また学校行事や部活動の試合の時期も長時間勤務になりがちなので、年間を通した業務のあり方に着目して検討しようというわけです。その発想自体は「ありうる」とは思われますが、残念ながら現行地方公務員法は1年単位の変形制を適用除外しています。答申は「当時において地方公務員の業務においてあらかじめ繁閑が生じるものが想定されなかったことにより適用されなかった取扱いが、現在も引き続いているもの」と説明していますが、これはウソです。地方公務員法の解説書に、はっきりと「労使協定による・・・規定は適用されない」と書かれています。だからこそ、就業規則で可能な1か月単位の変形制は適用されるのです。より細かく言えば、1998年改正で1か月単位の変形制は労使協定又は就業規則で導入することとされましたが、このとき地方公務員法第58条に第4項を追加し、読み替え規定でわざわざ労使協定の部分を削って就業規則で導入する部分だけ残したのです。そのくせ36協定は堂々と残っているのですから首尾一貫していないのですが、少なくとも地方公務員法制としては労使協定を前提とした制度を地方公務員たる公立学校教師にだけ適用するというのは難しそうです。

 答申は「地方公務員のうち教師については、地方公共団体の条例やそれに基づく規則等に基づき、1年単位の変形労働時間制を適用することができるよう法制度上措置すべきである」と述べていますが、1か月単位変形制と違って1年単位変形制は労働基準法上労使協定のみであって就業規則という途はないので、それを実現するためには労働基準法第32条の4を改正し、労使協定なしに1年単位変形制を導入できる根拠規定を設けなければなりません。地方公務員法や給特法は、労基法の規定を適用除外することはできても、労基法にない規定を勝手に作ることはできないからです。ところが、1か月単位変形制はもともと就業規則で導入可能だったから労使協定との選択制にするのは可能でしたが、もともと労使協定が要件の1年単位変形制を就業規則との選択制にすることは、労使対等決定原則に反する「改悪」ですからほぼ不可能でしょう。いや、公立学校教員だけを労基法上で特別扱いしてくれればいいのだというかも知れませんが、それならなぜほかの特別扱いは労基法上ではなく、地方公務員法や給特法でやっているのかということになります。この政策方向は、文部科学省が考えている以上に本質的な難点を孕んでいるのです。

 

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清水正道編著『インターナル・コミュニケーション経営』

Bk00000537例によって、経団連出版の讃井暢子さんより清水正道編著『インターナル・コミュニケーション経営』をお送りいただきました。

http://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/public/book/index.php?mode=show&seq=537&fl=

 インターナル・コミュニケーション経営(IC経営)とは、経営トップが組織的なコミュニケーション活動を経営の中核的企業行動のひとつと捉え、経営戦略を効果的に実行していくものです。いまトップ主導のもとで、多様な人財が働きがいを感じながら協働する職場から、新たな知識、態度、行動が生まれています。

トップ・ミドルから社員まで、腹落ちするまで語り合い、安心して対話し、発言できる場づくりに向けて、トップと経営企画、広報、人事など経営スタッフが、どのような発想や仕組みを創り出しているのか? 

本書は、グローバル展開を進める大企業から社員30人の企業まで、日本企業12社とアメリカ企業9社の職場で進められている「理念・ビジョンの浸透」「社員起点の仕事改革」「新事業の創造」など、働きがいを高める経営改革に向けたインターナル・コミュニケーション活動の仕組みを現場取材に解説を加えて紹介します。

イノベーションのカギはインターナル・コミュニケーション活動による職場変革です。IC経営による経営者・ミドル・社員の新たな関係づくりから、「社内活性化」「連帯感と相互信頼の形成」「タテ、ヨコ、ナナメの情報発信」、さらには「企業理念の浸透・共有」「共通の価値観の醸成」「新たな企業文化の創造」なども期待できます。

こういう会社の事例がならんでいるわけですが、

<事例企業>
【日本】
アイワード、伊藤忠商事、NTTデータ、オムロン、沢根スプリング、シンコーメタリコン、西武ホールディングス、日本航空、フジテック、リクルートホールディングス/リクルートマーケティングパートナーズ、VOYAGE GROUP、YKK
【アメリカ】
ボーイング、CME、DELL、J&J、ペプシコ、マイクロソフト、マクドナルド、ノーザン・トラスト、スターバックス

インターナショナルということで言うと、コラムの日本航空の話が面白いです。安全運航が絶対条件ゆえに、社員間の意思疎通に齟齬があってはならないが、一方日本人同士のコミュニケーションは、飲み会に誘われて断るときでも「行けたら行きます」などと曖昧に断り、それを忖度して「やんわり断られているな」と察するけれども、欧米人にそのような意図は伝わらず、相手によって伝わり方が違ってしまう。この曖昧さを排除するのが日本航空の「言語技術教育」である、云々。

ふむふむ。

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労働政策フォーラム「デジタルエコノミーの進展と働き方の変化」

年度末近い3月25日(月曜)に、労働政策フォーラム「デジタルエコノミーの進展と働き方の変化」を開催します。場所は浜離宮朝日ホールです。

https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20190325/index.html

AI(人工知能)やIoT(Internet of Things)などの技術革新により新たなビジネスモデルが登場し、産業構造が変化する中で我々の仕事や働き方はどのようになっていくのでしょうか。
今回のフォーラムでは、ドイツでの取組や実際に新技術を導入している企業の事例を踏まえて、働き方や労働法政策をめぐる今後の課題について議論します。

こういうメンツです。

問題提起 デジタルエコノミーの進展と働き方の変化 濱口桂一郎労働政策研究・研修機構 研究所長

研究報告 日独におけるデジタルエコノミーへの対応 山本陽大労働政策研究・研修機構 副主任研究員

事例報告1 AI導入によるレジ混雑緩和 重田憲司株式会社ベイシア新しいウィンドウ 執行役員 流通技術研究所所長
事例報告2 受発注業務へのRPA導入 塚本 隆広フジモトHD株式会社新しいウィンドウ 情報システム室 企画・管理担当課長
事例報告3 RPA導入による生産性向上 渡部 広和パーソルテンプスタッフ株式会社新しいウィンドウ 業務改革推進本部 本部長
RPA:Robotic Process Automationの略語で、ソフトウェア型のロボットにより定型的な事務作業を自動化・効率化すること。

休憩(15分)

パネルディスカッション

パネリスト
重田憲司株式会社ベイシア新しいウィンドウ 執行役員 流通技術研究所 所長
塚本隆広フジモトHD株式会社新しいウィンドウ 情報システム室 企画・管理担当課長
渡部広和パーソルテンプスタッフ株式会社新しいウィンドウ 業務改革推進本部 本部長
山本陽大労働政策研究・研修機構 副主任研究員
モデレーター
濱口桂一郎労働政策研究・研修機構 研究所長

今世界的にはやりのテーマです。

Ai

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明日、エルおおさかで『日本の労働法政策』

11021851_5bdc1e379a12a 先月ご案内したように、明日(2月18日)大阪でも、例のもれなく分厚い『日本の労働法政策』がついてくる講演会をやります。

https://www.jil.go.jp/kouza/tokubetsu/20190218/index.html

場所はエルおおさか。

働き方改革関連法案が成立し、労働時間の見直しなど働き方改革の実現に向けて、企業の取り組みが進められています。今回の法改正により、わが国の労働法政策の姿は大きく変容することになります。労働法制全般にわたって大幅な改正が行われたことを機に、当機構では労働政策研究所長・濱口桂一郎著による『日本の労働法政策』を刊行しました。 本講座では、わが国の労働法政策の形成過程を踏まえて、著者から今回改正された労働時間法制および同一労働同一賃金にかかわる法政策を解説するとともに、今後の課題を考えます。講義後には講師との質疑応答の時間も設けております。

Oosaka

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協同組合つばさ他事件評釈

本日、東京大学の労働判例研究会で、協同組合つばさ他事件(水戸地判平成30年11月9日)の評釈をしました。入管法改正案の国会審議のさなかに新聞で報じられたりしたので話題になりましたが、労働法の観点からもいろいろと突っ込みどころ満載です。

労働判例研究会                             2019/2/15                                    濱口桂一郎
技能実習生の請負による残業とセクハラ解雇
協同組合つばさ他事件(水戸地判平成30年11月9日)
(裁判所ホームページ(http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/204/088204_hanrei.pdf))
 
Ⅰ 事実
1 当事者
X1:中国人の技能実習生。
X2:Y1の職員。
Y1(協同組合つばさ):技能実習の監理団体。
Y2:実習実施機関の大葉栽培農家。Y1に加盟。
Y3:Y2の父。Y2の被用者。
 
2 事案の経過(X1が中心)
・X1は2013年9月、Y1を監理団体、Y2を実習実施機関として、技能実習1号ロの在留資格で入国し、Y2との間で同年10月に雇用契約を締結し、Y2の大葉農場で就労を開始。
・X1の雇用契約は「耕種農業・施設園芸」で、時給713円(後に729円)で大葉の摘み取り作業に従事。
・Y2では以前摘み取った大葉を結束する大葉巻き作業を1束3円で外注していたが、次第に技能実習生が大葉巻き作業を行うようになり、2013年には全てX1を含む技能実習生が1束2円で行っていた。大葉巻き作業は日中の摘み取り作業終了後行われ、Y2やY3の指示や監視はなかった。
・2014年8月、X1はX2にY3によるセクハラ被害を訴え、X2はY1にX1を他の農家に移籍させることを提案したが、Y1相談員EがY2方を訪れた際X1から被害の話がなかったので移籍は見送り。X2の業務からY2の巡回指導が外される。
・同年11月、X1はX2の後任OにY3によるセクハラ被害を訴え、損害賠償を要求。併せて大葉巻き作業の残業代支払を要求。
・Y1相談員EはY2に対し、セクハラ被害の訴えがあり、技能実習生に実習外の大葉巻き作業をさせていることが判明したのでY2方での実習を続けられないと説明。
・同年12月、Y1がX2を解雇。
・同月、Y1はX1に対し、大葉巻き作業の残業代として1時間200束で計算した額を払う和解案を提示したが、X1は応じず、他の技能実習生はその案で和解。
・2015年1月より、X1はY1の用意したアパートで生活。
 
Ⅱ 判旨
1 大葉巻き作業の法的性質(雇用か請負か)
「X1の大葉巻き作業は、形式的には、1束2円の請負契約として合意されたものであるが、作業内容がX1雇用契約において作業内容とされていた大葉の摘み取りと密接に関連しており、X1が大葉巻き作業をするに当たり諾否の自由が事実上制限された状態にあったものであって、作業時間についての裁量性も乏しいものであるなどの事情を考慮すれば、Y2の指揮監督下で行われた作業であるというべきであって、X1雇用契約とは別の請負契約によるものではなく、X1雇用契約に基づいてされたものと認めるのが相当である。」
2 X1の労働時間と未払賃金額
「X1の大葉巻き作業の時間は、その日に巻いた大葉の束数を基に、1時間当たり200個の束を巻くことを前提に算定することが相当である。そして、X1の大葉巻き作業に係る残業代は、X1の労働条件等についての前記認定に照らして、日中の作業が終了した1時間後(平日は午後5時、土曜日・日曜日は午後4時とする。)から上記のとおり算定した時間大葉巻き作業を行ったものとして算定することが相当である。・・・なお、Y2がX1に対し大葉巻きの作業について1束2円で算定した額を支払っていたことから、これが残業代に係る既払い金であると認める。」
「X1は未払賃金について付加金の支払を求めているところ、大葉巻き作業の残業代に関する前記認定に照らして、Y2に付加金を課すことが相当でない特段の事情は認められないから、別紙未払賃金計算書記載のとおり99万4805円の付加金の支払を命じることとする。」
3 X1の労務提供不能についてのY2の帰責事由の有無
「X1がX1雇用契約に基づく労務の提供ができなくなったのは、X1がセクハラ被害を訴えたことがきっかけであるとしても、Y2とX1の合意の下にX1雇用契約を終了させたことによるものと認められるから、X1が和解に応じなかったことを理由としてY2がX1から労務を提供する機会を奪ったことを前提とするX1の請求は理由がない。」
4 X1の労務提供不能についてのY2の不法行為の成否
「Y2がX1らを技能実習外である大葉巻き作業に従事させていたことが技能実習制度の観点から問題となるものであるとしても、前記のとおりX1は、自らの意思でX1雇用契約に基づき労務の提供をすることをやめたものと認めるのが相当であって、Y2がX1に大葉巻き作業を行わせたことによりX1による労務の提供が不能になったと認めることはできない。」
5 Y3のX1に対するセクハラ行為の有無及び不法行為の成否
「Y3がX1にセクハラ行為をしたことについては、X1の供述に疑問を差し挟む事情が少なからずあり、本件セクハラ証明書の信用性に疑問があり、X2の供述にも疑問が残るところである。そのことに、Y3がセクハラ行為を否定する供述をしていることを併せ考慮すれば、Y3がX1にセクハラ行為をしたと認めることはできないというべきである。ほかにそのことを認めるに足りる証拠は見当たらない。」
6 X2の解雇理由及び解雇の相当性
「X2の警察への通報は、Y1の信用性を毀損し、又はその業務を妨害するもので、X2が監査結果報告書を持ち出したことはY1の業務を妨害するものであり、さらに、X2は無断外出をして職務命令に反した上、Y1に敵対的な感情を明らかにし、Y1の職場の秩序を乱したものであるから、解雇をするについての客観的に合理的な理由があると認められる。」
「X2の前記の言動・・・によってY1とX2との信頼関係は失われていたといわざるを得ず、個別的な指導等によってもX2がY1の職務に戻ることは現実的に期待できなかったというべきであるから、解雇をしたことについては社会通念上相当なものと認められる。」
 
Ⅲ 評釈
1 主たる論点
 本件はX1の大葉巻き作業に係る問題(判旨1,2)、主にX1に対するセクハラに係る問題(判旨3~5)、X2の解雇に係る問題(判旨6)が複合しており、後2者については棄却されている。X1に対するセクハラも興味深いが、今回はX1の大葉巻き作業を主たる論点として取り上げる。
2 本件の特殊性
 論点に入る前に、本件はいくつかの点で特殊であるので、まずそこを確認しておく。第1に、X1とY2の間のX1雇用契約は(技能実習法施行前の)出入国管理及び難民認定法に基づく「技能実習」という在留資格に基づく(というよりもむしろその前提となる)雇用契約であり、当該雇用契約に定める就労以外の就労活動は資格外活動ということになる。つまり、Y2側の主張である本件大葉巻き作業がX1雇用契約とは別の請負契約に基づくものであるという主張は、自らが(少なくとも入管法という公法の上では)違法行為を行わせていたという主張である。そのこと自体が直ちに大葉巻き作業の私法上の性質決定を左右するものではないとしても、請負契約であるという主張を肯定しにくくする要素であることは間違いない。もっとも、本件においてはX1雇用契約において業務内容が「耕種農業・施設園芸」と限定され、大葉巻き作業はこれに該当しないと判断されることから、雇用契約であるとしてもやはり(少なくとも入管法という公法の上では)違法行為ということになってしまう。
 第2に、X1雇用契約の使用者側であるY2は個人の農家である。事業ではあるので労働基準法は原則適用されるが、同法41条1号で労働時間規制は適用除外されているにもかかわらず、2000年の農林水産省の通達は労働基準法の規定に準拠するように求めており、法適用関係が複雑になっている。
3 雇用契約と請負契約の併存可能性
 まず、Y2の主張するところの、X1がY2との間で大葉摘み取り作業に係るX1雇用契約とは別に大葉巻き作業に係る請負契約を締結して就労していたという主張の成否について、論理的に可能であるかどうかを考える。現行法上、ある労務提供者が同一事業者との間で雇用契約と請負契約を締結すること自体はなんら禁じられていない。ただし、労働法は契約形式ではなくその就労の実態によって判断されるので、請負契約の名目で行われた労務がいわゆる労働者性の判断基準に照らして労働者性があると判断されれば、双方とも雇用契約であるとされることになる。しかし、既存の労働者性の判断基準は工場労働者を想定したやや古めかしいところがあり、具体的な指揮命令が乏しく、裁量性の高い労働の場合、雇用契約としてなされた労働も請負(ないし準委任)契約としてなされた労働も、古典的な意味での労働者性が高くないという事態になる可能性もありうる。
 実は、研究者諸氏はこのような状況になることが少なくないと思われる。例えば、東京大学で非常勤講師として講義をしつつ(雇用契約)、東京大学主催の講演会で講演をする(準委任契約)ということは評釈者にも経験がある。その両者は外形的な行為としては極めて類似しているとしても、だからといって後者を雇用契約と判断することはないであろう。ただその根拠を突き詰めると、前者は一定期間(学期)継続するのに対して後者は単発であるという以上の本質的な違いは見いだしにくい。
 建設労働の世界では、建設職人がある時は一人親方として就労し、別の時には雇われ職人として就労するということも少なからずみられる。末端請負業者に対する指示と労働者に対する指揮命令は概念的には区別しうるが、実際には線引きしがたいところもあると思われる。ただ、この場合、同一建設現場で同一元請業者との間で同時期に、ある時間帯には一人親方として他の時間帯には雇用労働者として就労するということは認めがたいであろう。その場合は、一個の建設現場における一連の労務を意図的に異なる契約類型に分割したものと判断される可能性が高くなるように思われる。
 本件の場合、技能実習生であるという特殊性を除いて考えると、日中の大葉摘み取り作業と夕方からの大葉巻き作業の関係をどう捉えるかという問題であろう。Y2側が主張するように、もともと後者は外注していたという点に着目すれば、必ずしも一連の作業ではないということもできそうであるが、大葉という野菜は農家で結束されて出荷され販売されるのが通常であることを考えれば、摘み取りと結束は一連の作業の前工程と後工程であって、たまたま以前は後工程を外注していたに過ぎないと考えるべきであろう。それゆえ、同一農家内で同一農家との間で同時期にある時間帯には雇用労働者として就労し、他の時間帯には個人請負業者として就労していたという契約形式は脱法的と判断すべきだと思われる。
 なお2で述べたように、本件の場合、「技能実習」という在留資格に基づく雇用契約であって、当該雇用契約に定める就労以外の就労活動は資格外活動となってしまうため、大葉巻き作業が請負契約であるという主張を肯定しにくくしている面は否定しがたい。もちろん厳密に言えば、X1雇用契約の業務内容に大葉摘み取り作業は含まれるが大葉巻き作業は含まれないので、雇用契約であるとしてもやはり違法行為になるが、その度合が異なる。
4 雇用契約の併存可能性
 大葉巻き作業が請負契約ではなく雇用契約だとして、それが大葉摘み取り作業に係る雇用契約とは別の雇用契約だと主張する余地はないであろうか。これはY2側が主張しているわけではないし、判決で考慮されていることでもないが、同一事業所で同一使用者との間で同時期に、ある時間帯にはA雇用契約に基づきAという業務を遂行し、他の時間帯にはB雇用契約に基づきBという業務を遂行し、それぞれについて賃金を稼得するという可能性もないわけではない。
 そのような可能性が多くの日本人の念頭に浮かばないのは、通常の雇用契約が職務無限定であり、いかに異なる職務であっても同一雇用契約の範囲内で行われるのが当然だという思い込みがあるからであろう。しかしながら、職務限定の雇用契約が大前提の社会であれば、逆に雇用契約の併存可能性は十分あり得ることになる。実際、労働時間の通算問題に関するEU委員会の報告書では、異なる使用者との複数雇用契約による労働時間の通算と並んで、同一使用者との複数雇用契約による労働時間の通算の問題が論じられている。論じられるということは、後者は十分ありうるからであり、労働時間の通算問題としては、前者は他の使用者における労働時間を知りうる立場にないが、後者は同一使用者であるから通算可能なはずだと、日本における同一使用者の異なる事業所間の通算と同様に論じられている。
 本件の場合、上述したように大葉の摘み取りと結束は一連の作業の前工程と後工程であって、あえて別の雇用契約とすることは脱法的と判断することが適切であろうが、全ての場合にそう言えるわけでは必ずしもないと思われる。
 
5 労働時間規制の適用の有無
 2で述べたように、Y2は個人の農家である。事業ではあるので労働基準法は原則適用されるが、同法41条1号で労働時間規制は適用除外されている。少なくとも法令上は、X1には法定労働時間規制や時間外・休日労働に係る36協定の締結義務や残業代の支払義務といった規定は適用されていない。ただし、上述したように、2000年の農林水産省の通達は労働基準法の規定に準拠するように求めている。通達の関係部分は別添のとおりであるが、要するに労働契約ないし就業規則で労働基準法に準拠した定めを置くことを求めており、労働基準監督の対象にはならないが、労働契約上の権利義務としては残業代が発生するというのが法令上の状況である(通達を無視して契約上に定めを置かなければ残業代は発生しないことになる)。
 本件の場合、X1雇用契約上に勤務時間と時間外割増賃金が明確に規定されており、従って大葉巻き作業が大葉摘み取り作業と同一の雇用契約に基づく労務として労働時間が通算されるのであれば、当然契約所定の時間外割増賃金が支払われるべきものとなり、請負名目で支払われた報酬との差額が未払賃金額ということになる。
 なお、本判決では未払賃金額に相当する付加金の支払を命じており、これは労働基準法114条の上限に等しい。厳密に言えば、本件の残業代は「裁判所は、・・・第三十七条の規定に違反した使用者・・・に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる」という要件には該当しない(あくまでも私法上の契約に基づき「支払わなければならない金額」)のはずであるが、この点に気が回っていないように思われる。
 
6 セクハラの有無
 事実認定の問題なのでここでは論じないが、裁判所はX2の言動に対する不信感からX1のセクハラ被害の訴えに対してもいささか色眼鏡で見ているきらいがないでもない。
 
7 X2の解雇
 裁判所の事実認定からすると、たしかにX2の言動には信を置きかねる節がみられ、その不信感から本件解雇の客観的合理性をやや安易に導いている感がある。ただ、そこは事実認定の問題なのでこれ以上論じない。
 大きな問題は、本判決は解雇の有効性を客観的に合理的な理由があることと社会通念上相当であることに分けた上で、「信頼関係は失われていたといわざるを得ず、個別的な指導等によってもX2がY1の職務に戻ることは現実的に期待できなかった」ことを後者の社会通念上の相当性に当てはめているが、これはおかしいのではないか。
 社会通念上の相当性はあくまでも当該解雇自体の正当性に係る要件であり、それを客観的合理性と分けるか一体として考察するかは別として、解雇が不当であったとしても今さら原職復帰できないという問題とは別のはずである。この点、本判決は解雇法理についての認識が混乱しているように思われる。
 

平成12年3月
農業分野における技能実習移行に伴う留意事項について
 
農林水産省農村振興局地域振興課
 
農業分野における外国人研修生は、一部作業について雇用関係の下で技術等をより実践的かつ実務的に修得させる技能実習への移行が可能となった。
農業に関しては、労働関係諸法令において様々な例外があることから、受入機関である農家・農業法人・農協等(以下「農家等」という。)を統一的に指導していくことが必要であり、当省としての考え方を整理したものである。
今後、農業分野における技能実習移行に当たっては、下記事項に十分留意の上、技能実習制度の適正・的確な運用に努めていただきたい。
 

 
1.労働基準法等の規定の適用と労働時間関係規定の準拠について
原則として1人でも労働者を使用していれば、労働基準法の適用を受けるが、農業労働の場合、気候や天候に大きな影響を受けるという特殊性から、労働基準法の労働時間・休憩・休日等に関する規定については適用除外とされている(ただし、深夜業に関する割増賃金に係る規定、年次有給休暇に関する規定は適用がある。)。
しかし、農業の場合も労働生産性の向上等のために、適切な労働時間管理を行い、他産業並みの労働環境等を目指していくことが必要となっている。
このため、技能実習移行に当たっては、労働時間関係を除く労働条件について労働基準法等を遵守するとともに、労働基準法の適用がない労働時間関係の労働条件についても、基本的に労働基準法の規定に準拠するものとする。
 
⑥ 労働時間・休憩・休日等について 【基準法第32・34・35・36・37条】
農業労働の特殊性から、労働基準法の労働時間・休憩・休日等の規定は適用除外されているが、技能実習生の労働時間等を決める場合は、基本的に労働基準法の規定に準拠し、①の労働契約、②の就業規則において、具体的に定める。
1)労働(技能実習)時間
(1) 1日及び1週間の労働時間の原則 【基準法第32条】
1日の労働時間は8時間を、また1週間の労働時間は40時間を超えないこと。
(2) 変形労働時間制
変形労働時間制を採用する場合は、労使協定又は就業規則その他これに準ずるものによる定めをする。
ア)1ヶ月単位の変形労働時間制 【基準法第32条の2】
1ヶ月以内の一定期間を平均し1週間当たりの労働時間が40時間を超えないことを条件に、(1)の原則の労働時間を超えて労働させることができる制度。
イ)1年単位の変形労働時間制 【基準法第32条の4】
次の条件のもとで(1)の原則の労働時間を超えて労働させることができる制度。
(ア) 対象期間を平均し1週間当たりの労働時間が40時間を超えないこと。
(イ) 1年当たりの労働日数の限度は280日とすること(対象期間が3か月を超える場合に限る。)。
(ウ) 1日の労働時間は10時間を、また1週間の労働時間は52時間を限度とすること。
(エ) 連続して労働させる日数は6日を限度とすること。等
(3) 時間外労働の限度の基準 【基準法第36条】
(1)の労働時間を超えて時間外労働をさせる場合は、次の時間数を限度とする。

 
期  間
一  般
1年単位の変形
1週間
15時間
14時間
1ヶ月
45時間
42時間
3ヶ月
120時間
110時間
1年間
360時間
320時間
 
なお、(1)の労働時間の原則を超えて労働させることが必要となる場合には、時間外労働をさせる事由、1日及び1日を超える一定の期間についての限度時間を労使協定において定める。
2)休 憩 【基準法第34条】
原則として、次のとおり一斉に付与する必要があるが、書面による労使協定が締結されている場合は、一斉に付与する必要はない。この場合には、休憩の与え方等を定めた労使協定を締結する。
(1) 労働時間が6時間を超える場合は、少なくとも45分
(2) 労働時間が8時間を超える場合は、少なくとも1時間
3)休 日 【基準法第35条】
原則として、毎週少なくとも1回の休日を付与することとするが、①の労働契約又は②の就業規則その他これに準ずるものによる定めをした場合は、4週間を通じて4日以上の休日を付与する変形休日制を採用できる。
4)時間外、休日、深夜の場合の割増賃金 【基準法第37条】
農業の技能実習生の場合においては、本条の最低の水準である次の割増賃金の支払いを指導すること。
なお、農業の場合であっても、深夜業に関する割増賃金に関する規定は適用除外とならない。
時間外労働:通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上
休日労働:通常の労働日の賃金の計算額の3割5分以上
深夜労働(午後10時~午前5時):通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上
 

 

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大内伸哉『会社員が消える』

Img_1e1de249ca94304e5451f7d9f670a80大内伸哉さんから新著『会社員が消える 働き方の未来図』(文春新書)をお送りいただきました。

例によって、「大内節」に満ちあふれた本です。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166612079

第4次産業革命で長期雇用が激減。大企業も姿を消す?
自分で自分の仕事を守る時代に!

●社会が変われば、会社も変わる。
現実空間の情報がサイバー空間に集積され、そのビッグデータをAIが分析。その結果が現実空間にフィードバックされ、フィンテックや自動運転といった革新的な製品・サービスが生まれる。これが第4次産業革命である。

●会社が変わると、仕事も変わる。
技術革新はビジネスモデルを変えるとともに、仕事も変える。
会社員の「たな卸し」が始まり、定型作業はAIにとって代わられる。人間に残された仕事は創造的で独創的なものとなり、そうしたスキルを持つ人材が求められる。

●大打撃を受ける日本型雇用
長期の雇用を前提とした「日本型雇用」では、目まぐるしく変わるビジネスモデルに対応できなくなり、日本企業も、そのとき必要なスキルをもつスペシャリストを雇う欧米型に変化していく。

●雇用型から独立型へ
企業が雇用を減らす上に、スペシャリスト型のニーズが増えることによって、企業に所属せず、専門的スキルを提供するフリー型の働き方が主流になってくる。デジタル技術の発展により、企業と働き手のマッチングも簡単になることも、その流れを支える。

●働く環境が変わる
デジタル技術の発展は職場も大きく変える。ICTの発達で、会社に集まる必要性が薄くなり、勤務地や勤務時間帯にしばられない働き方が可能になる。これもフリー型の増加を促す。

雇用が減り、フリー型が増加する未来は悪夢なのか? それとも企業の拘束から解放される望ましい社会なのか?
未来の社会で自分らしく生きるために身につけるべきスキルとはなにか。
自助を支えるセーフティネットはどうあるべきか。
労働法の第一人者が描き出す、未来の働き方と私たちの課題。

右上の書影には、でかでかと「第4次産業革命で雇用が激減」とありますが、実はこれは本書の中身と若干差があります。

例のAIだからBIといった議論の背景にある仕事の絶対量が激減して、みんな仕事がなくなるというような話は、最後の217ページあたりでちらりと出てきますが、本書の大部分はそうじゃなくて、これまでのような仕事のあり方が激変するよ、といっているんですね。まあ、「雇用」が激減といっているので、ウソをついているつもりはないということなんでしょうが、若干本屋でオビを見た人が誤解することを狙っている観がなきにしもあらずのような。もっとも、同じ文春新書でオビにでかでかと上野千鶴子さんの顔を載っけたお前が言うか、という話ではありますが。

例によって「大内節」なんですが、私の観点からすると、第4次産業革命によってこれまでの欧米型のジョブ型職業社会が崩れていって、ギグだのクラウドだのと騒がしい非雇用型(タスク型?)の就業社会に変わっていくという世界共通で騒いでいる話と、これまでの産業社会のあり方として特殊日本的なメンバーシップ型社会が(も)崩れていくという日本特有の話とが、半ば意図的にごっちゃになっている感があります。

たとえば最後に近いあたりで、「なぜ学校は職業教育をしないのか」という例の職業レリバンスな話題が出てくるんですが、いやこれ込み入っているんですが、メンバーシップ型から(欧米の伝統的な)ジョブ型社会に移行するのであれば学校教育で職業教育をしようという話になるんですが、それは、会社は変わるかも知れないけれども、職業はあまり変わらないというジョブ型社会の前提に立っているわけです。だから人生の前半期のうちにしっかり特定の職業技能を身につけて、それでその後の人生を食っていく、会社は変わるかも知れないけれども、職業は変わらない。

だけど、今世界中が騒いでいるのは、AIだのIoTだのビッグデータだので、そういう安定したジョブ自体が崩れていくんじゃないか、という話なわけで、そうすると、(これまでは安定した職業人生のもとだったはずの)学校における職業教育自体がなんらその後の人生を保障してくれなくなるかも知れないという話になるわけで、むしろ下手にそんなことはやらずにおいて、その都度の必要に応じてフレクシブルにさっさと当座必要なスキルを身につけて仕事をこなせるような基礎スキルをみっちり身につけておいた方がいい、という2回ぐるりと回って元に近いところに戻ってくるような話になるのかも知れないのです。

実は本書の第2章は「日本型雇用システムの限界-これまでの働き方の常識は通用しない」というもので、私の議論もちらりと引かれているんですが、本書で言う「これまでの働き方の常識」というのが、単に日本のメンバーシップ型の常識という話ではなく、むしろ伝統的な欧米型のジョブ型の働き方の常識が通用しなくなるよ、という話であることを考えると、そのずれがうまいこと嵌まってしまうと、逆に(理屈は全然違うけれども)かえって特殊日本的なメンバーシップ型の方がうまく適応していくという話にさえなりかねないのです。

ちゃんと学校の職業教育で身につけたスキルを使ってちゃんとまとまりのあるジョブを中長期的に遂行していくなんてことはまったくなく、その都度会社の必要で降ってくるさまざまなタスクをうまいことこなしていくなんてのは、むしろこれまでの日本型「会社員」の得意技でしょうし。

もちろん、それを可能にしている長期雇用保障や年功処遇が持続可能かと言えばそうではないでしょうから、これは決して日本型でOK万歳という話ではないのですが、話が二重三重に螺旋型に絡まり合っているということを念頭に置く必要はあるように思います。

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マルコ・ビアジ「僕たちはみんなメッキの蝶に笑うだろう」

Ella_9_4_cover_2『欧州労働法雑誌』(European Labour Law Journal)の最新号に、イタリアの労働法学者マルコ・ビアジさんが興味深い論文を書いています。

というと、おいおい、何を言っておいるんだ、マルコ・ビアジは2002年に赤い旅団に暗殺されたはずじゃないか、と思ったあなた。極左テロに殺されたのはMarco Biagi。今回の論文の著者はMarco Biazi。一字違いですが、カタカナにするとどちらもビアジになっちゃうんですね。

https://journals.sagepub.com/toc/ella/current

‘We will all laugh at gilded butterflies’. The shadow of antitrust law on the collective negotiation of fair fees for self-employed workers
Marco Biasi

「僕たちはみんなメッキの蝶に笑うだろう」などと、なんだか下手な純文学崩れみたいなタイトルですが、中身は副題のとおり、「自営就業者の公正な報酬の団体交渉に対する反トラスト法の影」で、今はやりの雇用類似の働き方に対する集団的労働法による保護の試みに対して独占禁止法などの経済法が邪魔をするという危険性を論じています。

The development of a wide-reaching collective representation for (genuine) self-employment and the collective negotiation of fair fees for independent contractors might often be more dissuasive vis-à-vis scam self-employment than the threat of reclassification. However, case law in both civil and common law jurisdictions showcases how antitrust law can hamper the collective negotiation of workers’ minimum fees. The premise of such a view, which has its roots in the early stage of development of collective bargaining, is that the agreements setting the rates of pay for non-subordinate labour stand as restraints of trade. The author contends that this narrow interpretation of the scope of collective labour law - or rather this extensive view of the scope of antitrust law - is unacceptable. On the one hand, workers who personally carry out their activity cannot be treated as businesses operating on a free market, because they are - akin to the employees - individuals who lack the power to tangibly affect the terms and conditions of their work. For those persons, as the author recalls, collective bargaining have always stood for, even before the binary legal divide between employment and self-employment was drawn. On the other hand, it appears incongruous that a major challenge to the perimeters of collective labour law stems from a formalistic approach to a field of law (antitrust or competition law) which seeks to correct the market asymmetries in the interest of weaker parties, such as smaller businesses, communities and consumers. Ultimately, the author contends that a solution to overcome this legal hurdle cannot be found through a mere change in the interpretation of the existing US and EU competition and labour law rules, which have to be amended by the legislators in accordance with the current social needs.

・・・・かかる集団的労働法の適用範囲の狭い解釈-あるいはむしろ反トラスト法の適用範囲の拡張的見解-は受入れがたいと筆者は主張する。一方では、個人的に活動を遂行する就業者は自由市場で運営する事業として扱われ得ない、なぜなら彼らは被用者に近く、その就業条件に影響を与える権力を欠いているからである。これらの者には、雇用と自営の法的二分法が引かれる以前ですら集合的取引が常にその味方であったことを想起する。他方、集団的労働法の境界線への主たる挑戦が、零細企業や消費者のような弱者の利益のために市場の不均衡を矯正しようとする法(反トラスト法や競争法)の分野に対する公式的なアプローチから生じていることは、矛盾したことのように思われる。結局のところ、筆者はこの法的障壁を乗り越える解決策は既存のアメリカや欧州の競争法と労働法のルールの解釈を少しばかり変えることでは見いだせず、今日の社会的必要性に沿った立法によって改正されるべきだと主張する。

ちなみに、ビアジさんの論文以外にも、ギグだの、プラットフォームだのと今はやりの話題の論文が載っています。

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JILPT・EHESS/FFJ 共催ワークショップ働き方改革・生産性向上・well-being at work─日仏比較・労使の視点から

3月15日に、JILPT・EHESS/FFJ 共催ワークショップ「働き方改革・生産性向上・well-being at work─日仏比較・労使の視点から」が開催されます。

https://www.jil.go.jp/event/sympo/20190315/index.html

日本の時間当たり労働生産性や仕事満足度は、欧州諸国と比べて低い水準にあると言われています。本ワークショプでは、働き方改革の論点を中心に、賃金、労働時間、休憩・休暇、福利厚生などが労働生産性に与える影響や仕事満足度との関係について、日本とフランスの状況を労使の視点を交えて比較検討し、労働生産性や仕事満足度を向上させるための方策について議論します。

場所は、ベルサール御成門タワー

JILPTとフランス国立社会科学高等研究院/日仏財団(EHESS/FFJ)の共催で、フランス大使館が後援という、なかなか国際色溢れる催しです。

挨拶
樋口美雄労働政策研究・研修機構理事長
Christel PÉRIDON在日フランス大使館公使

基調講演Ⅰ
労働組織と労働者の脆弱性─OECD成人スキル調査から Nathalie GREENAN フランス雇用労働問題研究所(CEET)所長

基調講演Ⅱ
働き方改革における長時間労働是正 山本勲 慶應義塾大学商学部教授

基調講演Ⅲ
休憩時間と生産性との相関 France CAILLAVETフランス食・社会科学研究所(INRA/ALISS)上級研究員

パネルディスカッション
モデレーター
濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構研究所長
パネリスト
古賀伸明 連合総合生活開発研究所理事長
岩田喜美枝 キリンホールディングス株式会社社外取締役/住友商事株式会社社外取締役
山本勲 慶應義塾大学商学部教授
Sébastien LECHEVALIER フランス国立社会科学高等研究院/日仏財団(EHESS/FFJ)理事長
Nathalie GREENAN フランス雇用労働問題研究所(CEET)所長
France CAILLAVET フランス食・社会科学研究所(INRA/ALISS)上級研究員

わたくしは、後半のパネルディスカッションの司会役です。

Ehess

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大坂洋他『資本主義がわかる経済学』

432123阿部太郎・大坂洋・大野隆・佐藤隆・佐藤良一・中谷武・二宮健史郎・伴ひかり『資本主義がわかる経済学』(大月書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b432123.html

資本主義とはどのような経済なのか? 搾取、再生産、景気変動から、為替レートやグローバル化まで、
現代経済学とマルクス経済学の両方に通じた著者たちによる、経済理論の新たな入門テキスト。

8人の著者のうち、大坂洋さんはかつて本ブログとの間で何回かやりとりをさせていただいたことがあり、おそらくはそのご縁でお送りいただいたものと思います。

第Ⅰ部 資本主義経済の基礎

 第1章 資本主義を理解するために
 第2章 再生産,剰余,社会的分業
 第3章 賃金と利潤
 第4章 利潤と資本蓄積
 第5章 国家と貨幣制度


第Ⅱ部 資本主義経済の再生産

 第6章 市場の機能とその限界
 第7章 生産・雇用の決定
 第8章 経済成長と景気循環
 第9章 財政・金融政策
 第10章 外国貿易と為替レート
 第11章 グローバル化と国民経済

※各章にコラム

大坂さんは第3章と第4章を担当されていますが、全体として松尾匡さんの本と同様の、現代経済学の手法を駆使してマルクス経済学を説くという流れの本ですね。

出てくる数式は相当に高度で、ガチ文系の人間が寝転がって読んで頭に入ってくるレベルではありません。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-f5da.html(『経済学と経済教育の未来』)

いろんな分野の方がいろんなことどもを書かれているのですが、どちらかというと、教育という観点からの正統派的なカリキュラム編成の参照基準に、制度学派やマルクス派など新古典派以外のさまざまな学派の経済学者が文句をつけているという構図のように見えます。

そういう構図を見ると、私などからするとまずは、その大学生相手の経済学「教育」の職業的レリバンスはどう考えているのですか?と問いたい気持ちが湧いてきますが、まさにそれに答えようとしているのが、お送りいただいた大坂さんの「教育に多様な経済学のあり方が寄与できること――教育の意義を再構築する――」という文章です。・・・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/on-l-e5f1.html(大坂洋さん on L型大学)

・・・そこの冷厳な構造が見えている大坂さんは、「自虐」まじりにその姿を描き出すわけですが、多くのアカデミックな方々には、せめてこの程度の「自虐」的な客観的姿勢が欲しかったな、という思いがします。

冨山さんのペーパーのどうしようもないところばかりをあげつらえば、何かその冷厳な構造から目を背けていられるかといえば、もちろんそうではないわけですから。

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『2019年版経営労働政策特別委員会報告』を深読みすると@WEB労政時報

WEB労政時報に「『2019年版経営労働政策特別委員会報告』を深読みすると」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=832

 今年も例年通り、春闘の開始に先立って、1月22日に日本経済団体連合会(経団連)の『経営労働政策特別委員会報告』(以下、経労委報告)が刊行されました。新聞報道も、「経団連、6年連続ベア容認 処遇改善と『両輪』」(朝日新聞)、「ベアより働き方重視 経労委報告」(毎日新聞)、「経団連、ベア重視の交渉脱却へ 春闘方針、賃上げは多様な手法で」(共同通信)などと、ベアの重視の程度に着目した記事が多いのですが、その中でいささか奇妙なほどに、ある部分に焦点を当てた記事がありました。それは発表当日の1月22日付のロイター電で、中川泉氏の署名入りの記事は「AI・IoT時代に日本型雇用見直しを、『ジョブ型』が必要=経団連」と題されています。

 経団連は22日公表した春闘への経営側方針を示す「経営労働政策特別委員会報告」で、デジタル情報化時代「Society5.0」を推進するための雇用改革について提言を盛り込んだ。・・・・

 

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ヨーロッパを民主化する-税金で?それとも借金で?

Thomaspiketty1166x166 例によって、「ソーシャル・ヨーロッパ」から本日付の最新の記事を。今回は「Democratising Europe: by taxation or by debt?」(ヨーロッパを民主化する-税金で?それとも借金で?)。筆者は7人連名ですが、顔写真はトマ・ピケティです。

https://www.socialeurope.eu/democratising-europe

これは、昨年12月の「欧州民主化宣言」(Manifesto For The Democratization Of Europe)の続きのような記事で、ヤニ・ヴァロファキスによる批判に対する反論になっています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-2595.html (ソーシャル・ヨーロッパにピケティ登場)

The main criticism by Varoufakis seems to be the following: why do you want to create yet more new taxes when one can create money? Our budget is indeed financed by taxation, whereas his plan is financed by public debt.・・・

ヴァロファキスによる主たる批判は次のようなものだ。お金を作り出せるときになぜもっと新たな税金を作り出そうとするのか?我々の提案が税金で賄われるのに対して、彼のプランは公的債務で賄われる。

To act as if everything could be settled by the issuance of a debt and to deem as negligible the question of fiscal justice and the democratic legitimacy of decisions concerning political economy, while restricting oneself to the eurozone, do not seem very convincing to us. ・・・

債券を発行することで万事が解決するかのようにふるまい、財政的正義と政治経済に関する意思決定の民主的正統性の問題を無視してもいいものとみなすことは、我々を納得させるものではない。

ヨーロッパでも、(ピケティら)税金で財政拡大すべき派と借金で賄えばいい派の対立があるようです。

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アモーレ復活

なぜかまた姿を消していた大内伸哉さんの「アモーレと労働法」が「アモリスタ・ウモリスタ」というタイトルで復活していました。またうっかりミスかと思っていたら、もう少し深刻な事情があったようです。

http://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/amoristaumorista/

いずれにいたしましても、いつもの大内節がブログでも聞けるのはうれしいことです。

11021851_5bdc1e379a12a 早速、様々な本の書評をアップしておられますが、そのなかに、昨年10月にお送りしていた拙著『日本の労働法政策』へのコメントもありました。

http://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/amoristaumorista/2019/02/post-dbe4.html

・・・そこでいう「労働政策関係者」に,研究者が含まれるのかわかりませんが,研究者にとっても,菅野和夫先生の教科書と並んで,座右において置かなければならない本でしょう。労働政策の形成過程は,近年の労働基準法改正や労働契約法の制定・改正くらいになると,かなりの情報もあるのですが,古い法律になると,立法の経緯がよくわからないところもたくさんあり,自分で調べていちおうこんなものだろうと思っても,自信がないことがよくあります。 この点,労働行政に精通されている濱口さんの書いたものであれば信頼性があるし,たいへん助かります。これからの研究は,個人で過去の立法政策を最初からたどる必要はなく,この本を出発点にできます。 ・・・

いえまさに、大内さんをはじめとする労働法研究者の皆様に、さらに労働経済学や産業社会学の研究者の皆様に、立法経緯のコンパクトな(じゃないですが)リファレンスブックを提供するという目的の本ですので、使っていただいてなんぼだと思っております。

その意味では、この批判はまさにおっしゃる通りなのです。

それはともかく,ちょっと調べたいことがあったので,索引をと思おうと,なんと索引がない!!!。若手を使えば作成できそうなものですが,それをさせなかったのは,上司として偉いと言うべきなのかもしれません。でも,この本には索引は必須でしょう。次の版で索引がつくのを祈っています。

いえ、正直言うと、本文だけでもあまりに分厚くなりすぎたので、索引を断念したのです。でも、会う人からみんな、索引がないのが致命的だと文句を言われます。判断ミスでしたね。

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新卒一括採用や雇用慣行を見直す動きは高等教育改革の後押し

『週刊経団連タイムズ』の2月7日号に、第1回「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」開催という記事が載っています。

http://www.keidanren.or.jp/journal/times/2019/0207_01.html

経団連が昨年12月に出した「今後の採用と大学教育に関する提案」で提案していたものですね。その時のエントリはこちらですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-7d93.html(経団連の「今後の採用と大学教育に関する提案」)

経団連が「今後の採用と大学教育に関する提案」をアップするだけではなく、その最後のところで、大学側に対して「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」の設置を呼び掛けています。これがなかなか面白い。・・・

・・・これが面白いのは、この手の話は今までいつも、「そうは言っても現実の企業の採用行動がこうこうじゃないか」「大学側はそれに合わせているだけだ、文句があるなら、自分たちの採用行動を変えてからにしろ」という反発でごじゃごじゃになってきたわけですが、そこをきちんとすり合わせるような議論ができるのかどうかですね。

この第1回会合で、経団連の中西会長がこう述べると、

01a・・・一方、企業も、これまで学生に求める具体的な能力やキャリア形成に対する考え方を大学や社会に明確に発信してこなかった点は反省すべきである。従来の新卒一括採用・終身雇用制度の限界が顕在化し、求める人材が多様化するなか、採用のあり方を再検討する必要がある。多様な価値観のなかでさまざまな知識を吸収し、新たな社会・企業像を創造する人材が求められている。

埼玉大学の山口学長はこう応じています。

01b・・・大学は4年間、または修士を含めた6年間でもって目指すべき人材育成が完結するが、現在の採用のあり方ではその一部が欠落する懸念が大きい。そうしたなか、産学が広い視点で採用と大学教育の本質を議論する場は重要である。・・・新卒一括採用や雇用慣行を見直す動きは、高等教育改革の後押しにもなると考える。・・・

ふむ、ジャブの応酬になるかと思わせて、「新卒一括採用や雇用慣行を見直す動きは、高等教育改革の後押しにもなると考える」と、ややエールの交換に近い感じになっていますね。

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清水克洋・谷口明丈・関口定一編『団塊の世代の仕事とキャリア』

71k7gbwvwl清水克洋・谷口明丈・関口定一編『団塊の世代の仕事とキャリア 日本の大企業における大卒エリートのオーラル・ヒストリー』(中央大学出版部)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www2.chuo-u.ac.jp/up/isbn/ISBN978-4-8057-3239-7%20.html

 団塊の世代のサラリーマンはこんな風に働き、生きてきた。彼らの仕事とキャリアは?「あの大企業の社長ってこうやって決まっていたんだ!そんなに早くから決めてしまって大丈夫?」、「出世ばかりが人生じゃないけれど・・・・。」、「いまより余裕がありそうだけど、大卒エリート社員だからかな?」、「あんな優良な企業が傾く時を内側から見ると、こんな風にみえるんだな!」、「どんな船に乗るかで、航路も港もみな違ってくるんだね。」、「あの頃は会社もかなり親切だったんだ。エリート社員だからかな」、「リストラってする方もされる方も、やっぱりシビア!」といった話がオーラルならではのリアル感で読める!鋭い解説論文も掲載! 

下手な『私の履歴書』よりずっと面白い団塊の世代エリートサラリーマンのキャリアパスが、中央大学企業研究所の人たちの鋭い突っ込みによって明かされていく、なかなかにスリリングな読み物でもあります。

いやもちろん、これは何よりも、日本型雇用システムが確立し、やがて揺らいでいく時代を、その職業生涯のど真ん中で体験した世代の肉声によってリアルに再現した、現代労働史の貴重な業績です。

本書の大部分を占める第Ⅰ部は、中央大学企業研究所からワーキングペーパー・オーラルヒストリーシリーズと題して刊行された5冊の冊子をまとめたもので、最初の日立製作所の千代雄二郎氏の時には、本ブログで紹介しています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-a7a9.html(ホワイトカラー・オーラル・ヒストリー:団塊の世代の仕事とキャリア)

その後も続々とワーキングペーパーとして出された団塊世代のエリートサラリーマンたちは次の5人の方々です。

千代 雄二郎  元 (株)日立製作所 社会プロジェクト推進本部次長
秋山 博   元 旭化成(株) 酒類事業部企画管理部長
富田 博   元 伊藤忠商事(株) 人事部長・執行役員
清水 ヒロシ  元 日本長期信用銀行 営業第4部長
経広 孝  元 マツダ(株) 関連事業本部第一関係会社部部長

第Ⅱ部は、このインタビュー記録を元に行われたシンポジウムにおける研究者の報告と、デスカッションの記録で、なかなか興味深い突っ込みがされています。

第Ⅰ部 オーラル・ヒストリー 「日本の大企業における大卒エリートのキャリア展開」
第1章 総合電機メーカー日立製作所における仕事とキャリア―私の経験から―
第2章 多角的化学企業 旭化成における仕事とキャリア
第3章 総合商社 伊藤忠商事における人事制度とキャリアパス
第4章 長期信用銀行におけるミドルマネジメントのあり方―担い手のキャリアパスに注目して―
第5章 総合自動車メーカー マツダにおける仕事とキャリア

第Ⅱ部 考察   「団塊の世代の仕事とキャリア」
第6章 組織人としての団塊の世代  ―組織内キャリア形成の分析―
第7章 戦後日本企業の変遷と団塊の世代
第8章 団塊の世代の仕事とキャリア ―世代論の視点から―
第9章 討論 団塊の世代の仕事とキャリア ―5つの事例をめぐって―

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スティーブン・K・ヴォーゲル『日本経済のマーケットデザイン』

51b27e3jrkl__sx341_bo1204203200_スティーブン・K・ヴォーゲル『日本経済のマーケットデザイン』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.nikkeibook.com/item-detail/35805

「規制」か「自由市場」かは現実的な対立ではない。市場をどう規制しデザインするかの重要性を日米経済システム比較で明らかに。

タイトルは『日本経済の・・・』ですが、むしろ、マーケットデザインの総論と、アメリカ編、日本編を1冊にまとめた本と言うべきでしょう。

第1章 マーケットデザインのフレームワーク

第2章 マーケットデザインの構成要素

第3章 アメリカ型マーケットデザイン
    ――世界で「最も自由」な市場経済は、いかに最も統治されているか

第4章 日本型マーケットデザイン
    ――自由市場型経済のデザインが難しい理由

第5章 マーケットデザインの理論と実践

第2章、第3章、第4章と、個別分野ごとの分析がされていき、その中に、戦後改革、金融改革、コーポレートガバナンス改革、労働市場改革、独占禁止法改革、規制改革、知的財産権、イノベーションのためのマーケットデザイン等といったほぼ同じ項目立てになっています。

何でそういう本が私の元に送られてきたかというと、実はだいぶ前にわたしはこのヴォーゲルさんのインタビューを受けていて、その要旨が本書にちらりと顔を出しているからです。もちろん、「労働市場改革」のところです。

・・・日本の労働者解雇をめぐる規則は、本書全体の主張を例証するものだ。日本政府にとって、雇用主による労働者解雇の自由を本当に広げたいのなら、介入を減らすのではなく増やす必要があった。解雇に関するルールは企業慣行と社会規範を反映しており、それらがひるがえって判例に反映される。ゆえに、政府が積極的に介入しない限り、変わることはあり得ない。・・・

42このことは、昨年ちらと本ブログで触れたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/on-44f2.html(スティーブン・ヴォーゲル on 働き方改革)

カリフォルニア大学バークレー校のスティーブン・ヴォーゲルさんは、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』のエズラ・ヴォーゲルさんの息子さんですが、ご自身も日本政治経済の研究者として活躍されており、先日、東洋経済オンラインに「働き方改革は案外バカにできない成果を生む 少なくとも男女平等にようやく向かう」という文章を寄稿しています。・・・

・・・実は、このスティーブン・ヴォーゲルさん、ちょうど4年前に来日した時に、私にも話を聞きに来られたことがあります。実にブリリアントな方だという印象でした。・・・

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梅崎修・田澤実編著『大学生の内定獲得』

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梅崎修・田澤実編著『大学生の内定獲得』(法政大学出版局)をお送りいただきました。ありがとうございます。これは、法政大学キャリアデザイン学部とマイナビの産学連携調査プロジェクトの研究成果で、ジャーナリスティックな関心を社会科学的な分析手法とみごとに結合させている、一つの成果だと思います。

http://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-68608-5.html

現代日本の大学生たちは、就職市場でどのように内定を獲得しているのか? キャリア教育に携わる大学の教職員・実務者や学生自身の家族も含めた、就活に関わる支援者たちの関与に注目しつつ、日本全国の大学生のデータを多面的に分析する実証的研究。法政大学キャリアデザイン学部の教員と株式会社マイナビによる、産学連携調査プロジェクトの画期的な研究成果。企業人事関係者にも推奨。

編者の梅崎さんと田沢さんが全ての章を執筆し、児美川孝一郎さんなど何人かがいくつかの章に加わっています。詳細目次は下の方にありますが、それよりもむしろ、序章に並んでいる分析結果の方が、本書の狙いをよく示しています。

内定獲得に有効な要因

→大学教員と交流の機会を多く持つこと(その他私立大の学生の場合)

→大学院に進学すること(理系の場合)

→就職活動で疲弊した子供をリラックスさせ、また送り出すようなベースとしての機能を親が持つこと

→共働きを希望すること(国公立大学の男子学生の場合)

内定獲得に有効と言えない要因

→実名制SNSの利用

→大学院に進学すること(文系の場合)

これを見ると、同じ「大学院に進学すること」が、理系と文系で全く逆の効果をもっていますね。

そこで、第5章「大学院進学は内定獲得を促すか?」を見ると、その結語のところにこう書かれています。

・・・内々定の獲得において、文系大学生と比較した場合、理系大学院生の優位と文系大学院生の劣位が明らかになった。初職の獲得における優位性は、理系大学院」>理系大学・文系大学>文系大学院という順番になる。

・・・本研究の主要な成果は、(文系大学と比較した場合)理系大学院に就職プレミアムがあり、文系大学院のそれは負であるという、ある意味ショッキングなものである。・・・

キャリア形成の重要な起点となる条件のよい初職が獲得できないことで、その後のキャリア(特に賃金)において、文系大学院教育の収益が投資に見合わないという事態が社会的に発生しかねない。また、条件の良くない職の獲得は教育過剰に繋がり、学歴と職のミスマッチが生産性にロスを生むことになる。・・・

もっともその最後のパラグラフで、慎重にこういう留保も付けています。

・・・ただし、学歴変数の内生性に十分に対処できていないという本研究の限界を考えれば、以上の議論には労働供給の側面からも言及・留保が必要であろう。文系と理系で大学院進学のセレクション構造が異なっているとすれば、4グループ(文系大学、文系大学院、理系大学、理系大学院)間の平均的能力にはかなりの差が生じる可能性もある。この場合、文系大学院卒のペナルティと理系大学院卒のプレミアムは、個人の能力差と選択の結果を反映したものとなり、労働供給側の要因も無視できないことになる。・・・

このアカデミックな表現を下世話な表現に翻訳すると、理系は優秀な学生ほど大学院に進学するが、文系では優秀な学生ほど学部卒で就職するので、文系大学院卒のペナルティは文系なのに大学院なんかに進学するような優秀でない素材への評価かもしれないということですね。

序章 大学生の内定獲得に対するアプローチ
 1 はじめに
 2 本書の構成
 3 支援の現場に向けて
 4 本書を読み進める中での注意

第Ⅰ部 就職活動支援編

第1章 学生の就職意識はどのように変化したのか?
 1 問題の所在
 2 環境要因の変遷
 3 分析に使用するデータ
 4 学生の就職意識の変化
 5 結語

第2章 就職活動時における過去の回顧と未来の展望
 1 問題の所在
 2 方法
 3 結果と考察
 4 総合考察

第3章 SNSは内定獲得に役立つのか?
 1 問題の所在
 2 先行研究
 3 分析に使用するデータ
 4 実証分析
 5 結語

第4章 教員の就職活動へのかかわり方
 1 問題の所在
 2 先行研究
 3 分析に使用するデータ
 4 実証分析
 5 結語

第5章 大学院進学は内定獲得を促すか?
 1 問題の所在
 2 先行研究
 3 新規大学院卒労働市場とは
 4 分析に使用するデータ
 5 実証分析
 6 結語

第Ⅱ部 家族・きょうだい・地元編

第6章 就職活動中の親子関係
 1 問題の所在
 2 先行研究の整理
 3 理論的枠組みと本章の仮説
 4 量的調査
 5 考察
 6 結語

第7章 学生は親とのかかわりに満足しているのか?
 1 問題の所在
 2 方法
 3 結果と考察
 4 総合考察

第8章 地元志向が就職活動に与える影響
 1 問題の所在
 2 方法
 3 結果と考察
 4 総合考察

第9章 きょうだい出生順と地域移動の希望
 1 問題の所在
 2 先行研究
 3 方法
 4 分析結果
 5 考察
 6 結語

第10章 結婚観が方向づける学生の就職活動
 1 問題の所在
 2 先行研究
 3 分析に使用するデータ
 4 性別で見た結婚に対する希望
 5 就職活動への影響

結 語

あとがき
初出一覧
索 引

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佐藤俊樹『社会科学と因果分析』

431804 岩波書店の山本賢さんより、その担当になる佐藤俊樹『社会科学と因果分析 ウェーバーの方法論から知の現在へ』(岩波書店)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b431804.html

マックス・ウェーバーは,社会科学全体の創始者の一人である.その因果分析の方法論が,百年後の社会科学における最先端の展開や論争,統計的因果推論等の手法にそのままつながっているとしたら? それが文科系/理科系の分類を超え出ているとしたら? 従来のウェーバー像とは大きく異なるその学問の姿を明らかにする.

この本の冒頭近くで狂言回し役を務めているのが東大副学長の吉見俊哉さん。例の文科系学部削減騒ぎの時に出した本『文系学部廃止の衝撃』の中で、価値創造的な文系=人文学の知と、目的遂行的な理系=工学の知を対置して、前者の意義を称揚しているのを、19世紀末の新カント派哲学者ヴィンデルバントやリッカート(昔風の言い方ではリッケルト)の文化科学と法則科学の発想だとしつつ、往々にしてこの一派だと思われがちなマックス・ウェーバーが、実はそういう通俗的なブンケーvsリケーの二分法を超える20世紀社会科学の地平を切り開いた人だったのだという話を、この一冊を通して論証しようとしています。

思いだしてみると、今から40年余り前に大学に入ったころのマックス・ウェーバーという人のイメージって、(当時駒場にいた社会学者が折原浩という典型的なウェーバー考証学者だったこともあり)確かにガチ文系という感じでしたね。同じ文系でも数学を駆使している近代経済学とは対極にある感じでした。でも、それって、ウェーバーのそういうところばっかり「研究」してきた日本のウェーバー学者たちのバイアスだったようです。

佐藤さんのすごいところは、ウェーバーの論文で参照されている同時代のフォン・クリースという統計学者をはじめとして、関連する学問分野の文献を丁寧に見ていき、リッカート的ブンケー論に引き寄せて解釈されがちだったウェーバーが、実は同時代の最先端の統計論と取っ組み合っていたということを論証していくところです。そのスタイルは、それこそまさに文系の学者たちの得意とする文献考証そのものですが、それでこれだけ世の通俗的な認識と異なる絵図が描けてしまうということは、いかにこれまでのガチ文系のウェーバー学者たちが、自分の乏しい認識枠組みの内部だけで、ウェーバーの論文をあーでもないこーでもないとひねくり返して読んできていたかを示しているともいえるのでしょうね。

はしがき この本の主題と構成,そして読み方案内

第一章 社会科学とは何か
 [第一回]社会科学は何をする?
 [第二回]人文学と自然科学の間で
  【コラム1】 ウェーバーの方法論の研究史

第二章 百年の螺旋
 [第三回]リッカートの文化科学――価値関係づけの円環
 [第四回]機能主義と因果の推論――制度のしくみと意味
 [第五回]システムと文化科学と二項コード――現代の座標系から

第三章 適合的因果の方法
 [第六回]歴史の一回性と因果――リッカートからフォン・クリースへ(1)
 [第七回]適合的因果と反実仮想――リッカートからフォン・クリースへ(2)
 [第八回]「法則論的/存在論的」――「客観的可能性」の考察(1)
 [第九回]「事実」と知識――「客観的可能性」の考察(2)
 [第一〇回]量子力学と経験論――「客観的可能性」の考察(3)
  【コラム2】骰子の目の法則論(ノモロジー)と存在論(オントロジー)

第四章 歴史と比較
 [第一一回]日常会話の可能世界――因果分析の方法論(1)
 [第一二回]歴史学者の思考実験――因果分析の方法論(2)
 [第一三回]自然の科学と社会の科学――経験的探究としての社会科学(1)
 [第一四回]比較社会学への展開――経験的探究としての社会科学(2)
  【コラム3】一九世紀の統計学と社会学

第五章 社会の観察と因果分析
 [第一五回]法則論的知識と因果推論
 [第一六回]社会科学と反事実的因果
 [第一七回]因果効果と比較研究
  【コラム4】三月革命の適合的因果と期待値演算
 [第一八回]事例研究への意義
 [第一九回]ウェーバーの方法論の位置
 [第二〇回]社会科学の現在 閉じることと開くこと

あとがき

なにしろ、同時代に発展を始めていた量子力学のプランクの論文まで出てくるのですから、これぞまさに領域横断的な研究ですが、それが(これまでのボン百のウェーバー学者と違って)ウェーバーの論文が参照している他分野の同時代論文をいい加減に放って置かず、しっかりと読み込んでいくという、それこそ文系の鑑的なスタイルを愚直なまでにちゃんとやることの帰結に過ぎないというところが、たまらなく皮肉です。

ということで、社会学関係の皆様にはいろいろな意味で大変興味深い本だと思います。

ですが、ここではおそらく佐藤さんが想定しているのとはちょっと違った角度からの感想を。

本書のなかでちらちらと名前が出てきながら、正面からその論文が取り上げられていないのが法学のラートブルフです。実は、本書の170ページに、確率的因果論に関する客観的可能性という図があり、確率的因果論から矢印が、法学、社会学、量子力学の3つに向けて出ている図なんですが、その法学における因果関係論については、本書ではほとんど論じられていません。そもそも法学は(法社会学などを別にすれば)社会科学ではなく、本書で下手に取り上げるとかえって話が複雑になるからでしょう。

でも、ウェーバーの論文で例として出てくる、若い母親が子供をたたいた理由を抗弁するシーンなんか、まさに民法の不法行為や刑法における因果関係の議論のモデル的なものですよね。そして、三月革命の原因についての一般社会情勢の高まりと二発の銃声の議論って、労災認定、とりわけ過労死事案における素因としての高血圧等と引き金と引いた長時間労働の議論とほとんど相似的です。

それこそ、法学部で相当因果関係論とか勉強させられている学生たちも、その議論の統計学的源泉に思いをはせることなどまったくないでしょう。

佐藤俊樹さんのこの本自体、他の文系学者の議論に比べると極めて領域横断的ですごいのですが、「科学」という境界線すら超えて、法学というある意味のブンケー的「工学の知」ののスタイルにまで、この20世紀初頭時代の統計学的な知の転換が大きな刻印を押しているということをさりげに示唆していると私は深読みしました。

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『DIO』344号

Dio3441_2 連合総研の『DIO』344号をお送りいただきました。

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio344.pdf

特集は「『平成』の30年は何を残したのか」です。

労働組合は本来の役割を見失っていないか? 藤村博之
人口減少下での経済成長に向けて −迫られる政策選択− 齋藤潤
「 改革」の平成が生んだもの −「安倍一強」の源流− 吉田徹

労働、経済、政治と3つの視点から平成を振り返るというわけですが、ここではやはり藤村さんの労働組合への苦言を:

・・・ 政府や経営者が誤った方向に舵を切ろうと しているとき、労働組合は、ただ指をくわえ て見ていてはならない。真っ向から異議を唱 え、過ちを正すことが求められる。その制度 改正は、本当に日本のため、働く人のために なるのか、問題の真の原因を解決することに つながるのか、厳しく問うていく姿勢が必要 である

 ヨーロッパの労働組合リーダーたちの発言 を聞いていると、社会の仕組みをどうつくっ ていくかという意識を強く持っているのを感 じる。より良い状態を実現するために制度を 変える必要があるのなら、制度を変えればい いではないか、そのために労働組合は行動す るのだという気概を持っている。日本の労働 組合リーダーたちは、そのような気概を持っ て行動しているだろうか。

 日本は、与えられた枠組みの中での最適を めざすことに長けているが、枠組み自体をつ くり出すことに影響力を持てていないと言わ れる。そのいい例がスポーツのルール改変で ある。スキーのジャンプ競技で日本人が勝ち 始めると、日本人が勝てないような方向にル ールが変更になる。日本人選手は、変更され たルールの下で最善の結果を得ようと努力 し、再び勝ち始める。すると、またルールが変わる。スポーツの世界でも政治力が必要と される。いかに自国の選手に有利なルールを 実現するかという領域で各国の役員はしのぎ を削っているのである。・・・

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