石井知章編著『日中の非正規労働をめぐる現在』
昨年末に刊行されたと伝えられた石井知章編著『日中の非正規労働をめぐる現在』(御茶の水書房)が、ようやく本日届きました。
第Ⅰ部 日本における非正規労働の過去と現在
1 非正規労働の歴史的展開 濱口桂一郎
2 日本における非正規雇用問題と労働組合--1998~2009を中心に--龍井葉二
3 非正規労働者の増加、組合組織率の低下に対して、日本の労働組合はいかに対応してきたのか--コミュニティ・ユニオンの登場とその歴史的インパクト--高須裕彦
4 過労死問題の法と文化 花見忠
5 日本における過労死問題と法規制 小玉潤
6 非正規労働者と団結権保障 戸谷義治
7 能力不足を理由とする解雇の裁判例をめぐるに忠比較 山下昇
第Ⅱ部 中国における非正規労働の新たな展開
8 雇用関係か、協力関係か--インターネット経済における労使関係の性質--常 凱・鄭 小静
9 独立事業者か労働者か--中国ネット予約タクシー運転手の法的身分設定--范 囲
10 グローバル規模での経済衰退と労働法 劉 誠
11 中国経済の転換期における集団労働紛争の特徴と結末--個別案件の分析と探求を中心に--王 晶
12 中国新雇用形態と社会保険制度改革 呂 学静
13 非正規労働者の心理的志向性に関するモデルケース 曹 霞・崔 勲・瞿 皎皎
14 「法治」(rule by law) が引き起こす中国の労働問題--「城中村」の再開発と「低端人口」強制排除の事例から--阿古智子
15 中国の非正規労働問題と「包工制」 梶谷懐
16 中国における新たな労働運動、労使関係の展開とそのゆくえ 石井知章
わたくしは第1章を担当しておりますが、もとになったシンポジウムでの報告とは全く様相の異なる文章になっております。その経緯は第1章の「はじめに」に書いたとおりですが、「おわりに」で自分なりの考えを示しました。その問題意識と最後の方の梶谷懐さんの問題意識がみごとにコレスポンドしているのはうれしい限りです。
冒頭述べたように、本稿は日中シンポジウムにおける中国側参加者の報告に大きく影響されて全面的に改稿したものである。それは一つには、デジタル技術を活用した新たな就業形態の進展度合において中国が日本に遥かに先んじているからである。日本ではごく一部の区域を除けばUberが未だに解禁されていないのに対して、中国では先駆者たるUberに加えて、むしろ中国で生まれた滴滴出行など新規参入企業が既に経済の相当部分を占めるに至っている。この意味では、シンポジウムにおける日中間のずれは、先進的な中国と後進的な日本の姿を表していると言えるかも知れない。
しかし日本側出席者が指摘するように、農民工や包工頭といった伝統的な非正規問題は現代中国でなお大きな問題であり続けており、何ら解決しているわけではない。むしろ、日本を始め欧米先進諸国がこれまで取り組んできた権利擁護的な労働法制を整備することによる対応や集団的労使関係を通じた解決も乏しく、労働政策としては極めて後進的な姿を示しているとも言える。
日本より遥かに先進的にして、同時に極めて後進的でもある中国の非正規就業の姿は、一見矛盾しているように見えるが、じつは本質において通底しているのではなかろうか。すなわち、法制や労使関係が未確立であることが伝統的非正規就業を濃厚に残存させているとともに、新規な非正規就業を制約なしに急速に発展させている原因でもあるように思われるのだ。
今日、デジタル化による新たな就業形態をめぐる議論は、日本ではまだ極めて低調である一方で、欧米諸国と中国では盛んに行われている。しかし、同じように盛んに見える欧米と中国の議論には実は大きな落差があるように思われる。とりわけ、欧州におけるこの問題に関する議論においては、近代的雇用形態で確立してきた社会保障制度や集団的労使関係の枠組を、いかにこの新たな就業形態に広げていくか、が大きな柱となっている。その議論の土台である社会保障制度や集団的労使関係がなお相当程度に未確立で、むしろこれから構築されなければならない点に、中国社会の真の課題があるように思われる。
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