経済学は政治の僕、政治は経済学者の陣取りゲーム
東洋経済オンラインに、今はアゼルバイジャン大使になっている香取照幸さんが「経済学を学ぶ人が絶対に知っておくべきこと 無意識にあなたの価値観を支配する怖さ」というエッセイを書かれています。冒頭に本ブログでもおなじみの権丈善一さんの『ちょっと気になる政策思想―社会保障と関わる経済学の系譜』(勁草書房)が出てくることからも分かるように、社会保障の観点から世にはびこるケーザイ学のもろもろの論をぶった切っているんですが、そのなかに、言っている中身は結構おなじみとはいえ、なかなか表現が斬新で使えるじゃん!的なフレーズがいくつかあったので、紹介しておきたいと思います。
https://toyokeizai.net/articles/-/260784
・・・経済学における「理論」とは、要するところ「価値判断が1つの理論的体系にまとめられているもの」です。そしてその価値判断の出発点は個々の研究者の問題意識(=彼が追い求める「答」)であり、ゆえにその数だけ「経済理論」が同時に存在しうるし、現に存在しているのです。
言い換えれば、すべての経済学派は皆それぞれに「思想性」を持っていて、私たちはその「思想性」も一緒に経済学を学んでいるのです。そしていつしか、知らず知らずのうちにその経済学が私たちの物の見方・思想を支配するようになります。
このことをよくよく自覚すべき、と著者はいいます。「右側にせよ左側にせよ、経済学者の政策論は余裕を持って眺めるべし。一段高いところから俯瞰するような目線で見なさい」と。
経済学の根底には思想がある、ということは、経済学は「政策思想」を内包しているということです。なので、経済学の系譜はそのまま「政策思想―経済政策―の系譜」でもあります。
すなわち、経済学とは、実際の経済政策を支える理論的・思想的根拠として機能する「使える学問」なのです。このことが経済学を「社会科学の王者――現代における万能の政策ツール」たらしめた大きな理由です。・・・
これは権丈節そのものですね。
これに続くパラグラフが、このエントリの標題になります。
・・・政策をつかさどる人たちは、自分が目指す社会の実現のために政策を考えます。そのためには、自分の政策を基礎づけてくれる政策思想、価値観を共有し、方法論を提供してくれる理論的枠組み――ロジックが必要です。
彼らは、自分の考えを支えてくれる経済理論を「学派」の中から選び取り、それを学び、身にまとい、武器にして政策を立案し、遂行します。
他方、そういう「政治の行動様式」を知る世のエコノミストたちは、自分の経済理論(とそれに基づいて構築した自分の「政策提言」)を世に問い、広め、それぞれ一生懸命に政治家に働きかけます。
その姿を評して、クルーグマンは「政策を売り歩く人々」と言いました。
こうして、政治と経済、政治家と経済学者の共生関係が生まれます。
経済学は政治の僕(しもべ)となり、政治は経済学派(学者)の「陣取りゲーム」の場となる。言ってみればそういうことです。・・・
まことに、経済学は政治の僕となり、政治は経済学者の陣取りゲームの場となっていますね。
その次は権丈さんの「右側の経済学」「左側の経済学」の解説ですが、
・・・右側の経済学は、供給サイドが経済規模を決める、と考えています。ここからは、投資が足りず、供給サイドが弱いがゆえに経済が停滞している、という判断になります。労働市場はその柔軟性を高めるべきだし、所得分配については社会全体で貯蓄=投資が効率的に行われるように分配されるべきで、その限りでは所得分配の不平等はある程度甘受されるべき、(要するに「効率を公平に優先させる」)と考えます。
そして低所得者の生活向上は、経済全体が成長してその結果として恩恵が低所得者にも及ぶ(=トリクルダウン理論)で対応する、という流れになります。
他方で左側の経済学は、需要(有効需要)の側面から物事を考えますから、不況は「過少消費」の状態ととらえます。なので、需要創出という観点からの付加価値の分配の側面を重視して、高所得者から低所得者へ、中央から地方への所得再分配などを通じて、「社会全体の消費性向を高め、需要(有効需要)を創出すること」が大事だと考えるわけです。
この考え方からは、富の増加をもたらす政策は、所得再分配、安定的な需要を生み出す自立した中間層を創出する政策、という流れが生まれますし、社会保障はそのための政策ツールとして積極的に位置付けられることになります。・・・
これはあくまでも欧米の経済学派の見取り図なので、最近の日本のような訳の分からない世界では、需要重視だ、ケインズだと自称する「りふれは」が、社会保障による所得再分配を目の敵にするという天下の奇観が観察されるわけですが。
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