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新産別とは何だったのか?

Image1 新運転の太田武二さんより『非正規大変!』(非正規労供研究会)をお送りいただきました。ありがとうございます。

さてしかし、この本はなかなか複雑な由来を持った本です。太田さんによる「はじめに」と、一緒に入っていた送り状に詳しい経緯が書かれていますが、かつて労働4団体の(最も小さいけれども)一角を占めていた「新産別」というナショナルセンターがあり、その創設リーダーが細谷松太さんという方だったんですね。

残念ながら、あれほどどうでもいいトリビア情報満載のWikipedeiaにも細谷松太という項目はなく、ネット上で得られる情報としては、世界大百科事典の

https://kotobank.jp/word/細谷松太-1108105

ほそやまつた【細谷松太】

1900‐90(明治33‐平成2)
労働運動家。山形県生れ。15歳で上京して職を転々とするが,1921年日本海員組合に加入,初めて労働組合にふれ合う。24年総同盟(日本労働総同盟)に参加,以来労働運動一筋に歩む。28年共産党に入党,29‐36年,41‐44年の2回にわたる逮捕・投獄で約10年間獄中生活。戦後46年産別会議を組織し事務局次長として主導的役割を担うが,47年二・一スト後,党の組合介入に反対し共産党を脱党した。48年産別民主化同盟を組織し組合民主化の運動を主導(民同運動),戦後労働運動に一大転機をつくる。

というくらいですが、戦後労働運動史に出てくる「民同」のリーダーでありながら、それをベースに作られた総評とは距離を置き、いわゆる政治的な左右の対立とは違う意味で最も極北の路線を歩み続けた労働運動家といえます。

その細谷さんが1990年に亡くなった後、その預金通帳と細谷さんの著作200セットを受け継いだのが、当時新産別運転者労働組合執行委員長であった篠崎庄平氏で、その篠崎さんが亡くなった後、連合の逢見事務局長の呼びかけでこの著作集を産別や地方連合会に送るとともに、残った預金をもとに出版にこぎつけたのが本書というわけです。

はじめに 太田武二

私は細谷松太をどう見るか 伊藤晃

戦後労働運動の「敗北」と「未来への展望」 木下武男

日本の財政を考える 峰崎直樹

AI革命と仕事の未来 小林良暢

労働組合による労働者供給事業の意義と展望 太田武二

非正規の皆さん、労働史を学べ 高橋昭夫 

労働組合の労働者供給事業と厚生労働省 太田武二

あとがきに変えての雑感  高橋昭夫

正直いささか種々雑多で、小林さんの議論にはそれとして応戦したいところもありますが、ここではそれはカッコに入れ、本書のなる基になった細谷松太という人、新産別という労働組合について、若干別の角度からのコメントをしておきたいと思います。

戦後労働史の諸潮流というと、どうしても政治的な右とか左とかが中心になりがちです。この細谷さんももちろん海員組合、総同盟という右派から共産党に入り、終戦直後は産別会議の事務局次長として活躍しながら、その産別が共産党の下部組織のように引き回されていることに我慢が出来ず、共産党を脱党しただけではなく、産別会議を共産党支配から脱却させる民主化同盟、いわゆる「民同」のリーダーとして活躍し、しかしその後GHQの肝いりで総評が結成されるのにはあえて参加せず、極小の「新産別」というナショナルセンターを掲げて戦後史を生き抜いてきたという大変興味深いその人生からしても、そういう枠組みで語られるのは不思議ではないのですが、新産別という組合はその枠組みには収まりにくいのです。

それは一言でいうと、産業報国会の流れをくむ、細谷さん自身の言葉を借りれば、「興奮した大衆の面前で、誰かが産報の看板をひっくり返しただけで、労働組合が生まれたのだ」という出自の戦後企業別労働組合に対してきわめて批判的で、欧米型の産業別労働運動、労働協約による横断賃率を最もまじめに追求しようとした極めて珍しい労働運動の潮流であったということです。

その辺を本書の中で詳しく解説しているのは木下武男さんですが、ここでは昨今話題の同一労働同一賃金に対するスタンスという面からみておきましょう。

11021851_5bdc1e379a12a この問題については、昨年末の『日本の労働法政策』の中でもちらりと触れていますが、

第4節 均等・均衡処遇(同一労働同一賃金)の法政策*38

1 賃金制度の推移*39

(5) 労使の姿勢

 経営権の確立を掲げて1948年に結成された日経連は、賃金制度の在り方について続々と見解を明らかにしていった。1950年の「新労務管理に関する見解」では、生活給偏重の傾向を完全に揚棄し、職階制を導入することによる同一労働同一賃金の徹底が掲げられている。1955年に出版した『職務給の研究』*42の中では、「賃金の本質は労働の対価たるところにあり、同一職務労働であれば、担当者の学歴、年齢等の如何に拘わらず同一の給与額が支払われるべきであり、同一労働、同一賃金の原則によって貫かるべきものである」と宣言している。
 1960年代には目前緊急の課題として職務給に移行することを打ち出し、とりわけ1962年の「賃金管理近代化の基本方向」は、「職務評価は同一労働同一賃金の原則と・・・報酬に差をつけるとの原則の実現を図りうるもの」と位置づけている。その実現の道筋として、まず大企業の職務給化を行い、次にそれらの企業間でいわゆるキイ・ジョッブを設定し、これについて協定を結んで標準的職務の賃率を横に揃える努力を行い、さらにこれを異業種異規模間に及ぼして全国的な標準化を実現していくとしていた。
 これに対して労働側は、口先では「同一労働同一賃金」を唱えながら、実際には生活給をできるだけ維持したいという姿勢で推移していた。産別会議が崩壊し、総評が結成された後も、賃金闘争はもっぱら誰もが同意する「大幅賃上げ」要求一本槍で、労働者内部に対立をもたらすおそれのある賃金制度の問題は慎重に避けられていた。1962年度運動方針では、「職務給は同一労働同一賃金を実現するものだという宣伝によって労働者を巻き込もうとする。しかし、それは格差をちじめるだけで労働者の要求とはまったく違う」「われわれが要求しているのは、たんに、年功なり、男女なりの賃金格差が縮小すればよいということではなく、年配者、男子の賃金を引き上げながら、青年なり婦人なり、臨時工なりの賃金を一層大きく引き上げて短縮する。言い換えれば、同一労働同一賃金は賃金引き上げの原則であって、たんなる配分の原則ではない」と、苦肉の表現をしている。

では、総評以外の労働運動はどうだったのかというと、

http://hamachan.on.coocan.jp/equalpay.html (『季刊労働法』第230号「労働法の立法学」シリーズ第23回 「同一(価値)労働同一賃金の法政策」)

この頃の各労働組合の見解を対比するには、日本労働協会編『労働組合と賃金-その改革の方向』(1961年)が便利です。金子美雄(当時経済企画庁調査局長)の問題提起を受ける形で、総評の小島健司調査部長は「横断的賃率を作っていくという点については、私も、将来の大まかな方向としてはその通りだと思う」と言いつつ、「労働組合が労働市場をコントロールする力を持っていること」と「まず社会保障、特に失業保険の拡充」が条件だと述べ、「賃金体系についての長期的展望」など持たない方がいいとまで語っています。これに対し全労(後の同盟)の和田春生書記長は「職務給制度への移行」が「年功序列型の賃金を是正し、同一労働同一賃金へ近づく」上で「かなり効果のある方法」だと評価しつつ、「現在のように、賃金決定機構が企業内に限られてい」る場合には「その基礎となる職務評価の点において、どうしても会社内的、あるいは企業内的になる」と疑問も呈しています。一方、新産別の大谷徹太郎調査部長は「賃金の体系の近代化という点については、労働側もまた使用者側もいずれも主体的に立ち遅れている」とし、むしろ労働側が「この際、そういう条件に乗って、積極的に賃金制度を近代化し、日本の賃金を改革しようという積極的な方向を持つ必要がある」と、きわめて積極的な姿勢を示しています。さらに全繊同盟の井上甫調査部長は「現在の属人的な賃金の決め方を廃止していって、同一職種については同一の賃金が支払われるような、いわゆる職種別賃金を確立していく方向が望ましい」と述べつつ、「同一労働同一賃金と、生活を十分に保障する賃金水準の確立が、その前提になければならないから、今の時点ですぐそれができるかどうか」と疑問を呈し、「家族手当のようなものについても、当然国家が社会保障制度の中で措置する」ことを求めています。

と、新産別は経営側の職務給の主張を「立ち遅れている」と批判するくらいの徹底ぶりだったのです。

ただ、4団体時代を通じて新産別は量的にはほとんどネグルジブルなまでの小さな団体に過ぎず、その主張が大勢に影響を及ぼすことはほとんどなかったようです。

細谷さんの預金と著作集が労働者供給事業を営む組合である新運転に残されたという話も、労働運動の主流からはいかに軽視される存在であったかを物語っているようにも思われます。

しかし逆に言えば、労働者供給事業という徹底的に外部労働市場に立脚し、言葉の正確な意味での労働力の「集合取引」のみをその業務とする新運転という組合にその遺産が残されたというのは、大変暗示的でもあります。

ちなみに、細谷松太著作集はJILPT図書館にも所蔵されていますので、今時労使関係史などというはやらない分野に関心を持つような奇特な方は、一遍覗いてみてはいかがでしょうか。

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