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『生活経済政策』2019年2月号

Img_month『生活経済政策』2019年2月号をお送りいただきました。特集は「2019年度政府予算の分析と課題」です。

http://www.seikatsuken.or.jp/monthly/

明日への視角

  • 「国難」を深めたアベノミクス6年/大沢真理

特集 2019年度政府予算の分析と課題

  • [総論]防衛費関係費・防衛ローン増額と消費増税/町田俊彦
  • [各論Ⅰ]消費増税対策の車・住宅減税に偏重の2019年度税制改正/片桐正俊
  • [各論Ⅱ]景気優先の新規国債発行と財政規律の緩み/江川雅司
  • [各論Ⅲ]公共事業予算でも消費税率引き上げ対策/浅羽隆史
  • [各論Ⅳ]社会保障関係予算の伸びの抑制と消費税率引上げへの対応/吉岡成子
  • [各論Ⅴ]財政調整財源化が進む地方税/星野泉
  • [特論Ⅰ]保育・教育無償化要求の嵐/関口浩
  • [特論Ⅱ]改めて財政投融資計画の今日的意義を考える~官民ファンドの問題にも言及しながら~/兼村高文

新連載 日本社会のこれまで・いま・これから[1]

  • 高校改革の既視感/本田由紀

このうち是非とも紹介したいのは本田由紀さんの新連載ですが、まずはその前に特集記事の中から関口さんの「特論Ⅰ」の一節をば。

・・・しかし、ちょうどこの原稿を執筆している際(1月中旬)に、東京都立高校で生徒に対する教員の暴力行為が報道された。暴力は教育基本法で禁止されておりやってはならない行為である。当然弾劾されるものとなるが、この事件では教員による暴行直前の生徒の暴言も聞き逃すわけにはいくまい。まるで今のこの国の歪みを言い表しているようであった。同時期、亡くなられた市原悦子さんが「今みんな感じがいいし知らんぷりして幸せそうで、、それでいて以前より怖くなったんだからね。腹の中とか後ろ向いたときにどんな顔してるとか」と現代社会を表していたのと軌を一にしている。

教育評論家の中には「子供はみんないい子なんだから」と上辺だけの評論し真の教育者とは言い難い者がいるが、是非ともそういう評論家、大先生にこの種の現場に赴き、教員に成り代わって実のある指導をしていただきたいと思う。並大抵の労力では済まされないはずである。・・・・

このトゲのある文章の刺々しさがなんとも。思わずある教育評論家の方の顔が脳裏に浮かび上がってきてしまいます。

さて、今月号のハイライトは上述のように本田由紀さんの新連載ですが、1回目は「高校改革の既視感」で、これはまさに私自身が感じたことと一致しています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-89cd.html(高校普通科を抜本改革)

・・・これ、実は戦後職業教育史を知っている人からすると、ものすごいデジャビュな話なんですね。・・・

まさしくデジャビュに充ち満ちた世界なんですが、本田さんは過去の失敗劇から、こう提言します。

・・・その場合に、専門学科からの大学進学が絶対に不利にならず、むしろ有利になるような施策を講じておかなければ、今回の改革も必ず失敗する、と筆者は考えている。これまで日本で普通科志向が強かったのは、その先の進学を見込んでのことだった。大学入試では普通科目の学力が問われるため、、専門科目に時間を割かねばならない専門学科は当然、普通科と比べて不利になる。・・・これを打破しなければ、専門学科の進行は不可能である。しかしこれは大学の入学者選抜方針に介入する事柄であり、実施には高いハードルがある。このことを見据えているのか否か、今回の「改革」の行く末を注視していく必要がある。

なお、この問題について考える上で参考になる文章が上記リンク先にありますので、関心のある方々は是非。

・・・おかしな議論に振り回されないように、はっきり確認しておくべきでしょう。上記記事に示されている自民党の高校普通科改革政策とは、「特定の職業しかできない方向への醒めた大人の自己限定」の強制であり「幼児的全能感を特定の職業分野に限定するという暴力的行為」であり、それゆえにこそ「何にでもなれるはずだという幼児的全能感を膨らませておいて、いざそこを出たら、「お前は何にも出来ない無能者だ」という世間の現実に直面させるという残酷」さを回避するために必要な残酷さであるということです。

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コメント

“普通科目の学力が問われるため、、専門科目に時間を割かねばならない専門学科は当然、普通科と比べて不利になる”
“何にでもなれるはずだという幼児的全能感”

専門職大学への進学は有利であるが、教養大学(「レジャーランド」とも言う)への進学は不利であるとなるのが、当然でしょう。日本では、現状、教養大学がほとんどであることの「論理的な帰結」としての不利ですね。

投稿: hottaq | 2019年1月30日 (水) 21時50分

揚足取で申し訳ありませんが、
   関口宏 → 関口浩
だと思います。

これはhamachan先生のブログではなく関口氏に申し上げる事かもしれませんが、

>是非ともそういう評論家、大先生にこの種の現場に赴き、教員に成り代わって実のある指導をしていただきたいと思う。並大抵の労力では済まされないはずである。

これは、部活での体罰を批判された監督が
  是非とも体罰を批判する評論家、大先生に部活の現場に赴き、
  私に成り代わって成績の上がる指導をしていただきたいと思う。
  並大抵の労力では済まされないはずである。  
というようなものだと思います。
部活の体罰が禁止されているのは効果がないからではなく、(ドーピングと同じで)その場では効果があっても将来的に本人のためにならないからだと思います。
今回の場合も生徒にも問題があったかもしれませんが、それはそれで対応(停学?)すべきで、その事が暴力の情状にはならないと思います。
私は
 教員の暴力は当然弾劾されるものとなるが、この事件では教員
 による暴行直前の生徒の暴言も聞き逃すわけにはいくまい。
ではなく
 この事件では教員による暴行直前の生徒の暴言も聞き逃すわけ
 にはいくまいが、教員の暴力は当然弾劾されるものとなる。
と言うべきだと思います。

投稿: Alberich | 2019年2月10日 (日) 23時12分

ご指摘ありがとうございます。ミスタイプです。

関口宏はサンデーモーニング司会のタレントですね。

投稿: hamachan | 2019年2月11日 (月) 00時19分

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