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一般職種別賃金の復活?@『労基旬報』1月25日号

『労基旬報』2019年1月25日号に「一般職種別賃金の復活?」を寄稿しました。

 昨年6月に働き方改革推進法が成立し、いわゆる「同一労働同一賃金」という看板の下に、パートタイム、有期契約及び派遣労働者についての包括的な均等・均衡待遇法制が構築されました。その内容はいちいち説明しませんが、前2者については例外なき均等・均衡待遇が求められるのに対して、派遣労働者については労使協定による適用除外方式との選択制とされています。すなわち、①同種業務の一般の労働者の賃金水準と同等以上であること、②派遣労働者のキャリア形成を前提に能力を適切に評価して賃金に反映させていくこと、③賃金以外の待遇について派遣元事業者に雇われている正規雇用労働者の待遇と比較して不合理でないことという3要件を満たす労使協定を締結した場合については、派遣先労働者との均等・均衡待遇を求めないこととしています。もっともこの場合でも、単に要件を満たす労使協定を締結することだけでは足りず、3要件を満たす形で協定が実際に履行されていることが求められます。 
 問題はこの「同種業務の一般の労働者の賃金水準」です。これは企業を超えた産業別労働協約等により職種別賃金が成立している欧米型労働市場を前提にした規定の仕方ですが、周知の通り日本にはそのようなものは(ごく一部の例外を除けば)ほとんど存在していないからです。そういう日本で、これをどのように実施しようとしているのでしょうか。労働者派遣法第30条の4第1項第2号イでは、「派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般の労働者の平均的な賃金の額として厚生労働省令で定めるものと同等以上の賃金の額となるものであること」と規定され、2018年12月21日に労政審で承認された省令案では、これは「派遣先の事業所その他派遣就業の場所の所在地を含む地域において派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般の労働者であって、当該派遣労働者と同程度の能力及び経験を有するものの平均的な賃金の額とする」となっています。ますますわかりません。
 同日に承認された「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針案」でもこれには触れていません。参考資料の「同種の業務に従事する一般労働者の賃金水準及びそれと比較する派遣労働者の賃金」にようやく、「1.局長通達で示す統計(賃金構造基本統計調査及び職業安定業務統計)を用いる場合」として、
・職種別の賃金統計を把握できる政府統計として、賃金構造基本統計調査と職業安定業務統計(職業大分類、中分類及び小分類)を用いる
・同種の業務に従事する一般労働者の賃金水準は職種別の一覧表と能力・経験調整指数、地域指数(都道府県別及びHW別)を毎年、政府が公表(時給ベース)
・対応する個々の派遣労働者の賃金を時給換算した上で同等以上か確認
というのが出てきます。さらに、「平成29年賃金構造基本統計調査による職種別平均賃金(時給換算)」という膨大な表もついています。
 「労使協定方式の実務の流れ(年間スケジュール)(案)」では、「局長通達の比較対象となる賃金額が改定された後、労使協定等の見直しには、一定の期間が必要であり、「局長通知の発出」から「改定後の賃金額の適用」までに一定の期間を確保することが必要」とされています。具体的には、2月末に前年6月分についての賃金構造基本統計調査が公表され、4月末に前年度分についての職安業務統計が公表され、6~7月に局長通知が発出され、翌年4月1日にこれが適用されるというスケジュールです。
 これがどういう風に適用されるのかは分かりました。しかし、賃金構造基本統計調査にしろ、職業安定業務統計にしろ、これらは現実の労働社会がそういう細分化された職種別労働市場を形成しているわけでは必ずしもない中で、事実としてそれらの業務に従事している労働者の賃金水準を統計的にまとめたものに過ぎません。それが、この法令によって、当該業務に従事する派遣労働者をそれ以下の賃金で使用してはならないという一定の規範性を有する数字になるのですから、日本の労働法政策の歴史上空前絶後の事態が生じることになるわけです。
 いま「空前絶後」と言いました。正確に言うと、厳密には空前絶後ではありません。終戦直後の一時期、労働省が一般職種別賃金というものを公定したことがあるのです。これは、1947年12月に制定・施行された「政府に対する不正手段による支払請求の防止等に関する法律」による一般職種別賃金です。この法律は、GHQの指令(覚書)を受けて、政府支出を削減するため、不正手段による支払請求を防ぐことが目的でした。具体的には、国等のためになされた工事、生産、役務提供に関する代金の請求について内訳を出させ、労務費は労働大臣の告示する一般職種別賃金以下でなければならないとされていたのです。これに基づく告示第8号で一般職種別賃金が決定されたのは、土木建築業で12職種、貨物運送業で7職種と、ごく少数の業種にとどまりましたが、それ以外の業種についても労働大臣が決定できることとされ、訓令第90号によりそれが委ねられた都道府県労働基準局長によって相当な範囲の職種について一般的職種別賃金が設けられました。
 その後GHQは上記覚書を廃止する覚書を発し、政府もこの法律を廃止することとしましたが、1950年5月に成立した同法の廃止法は、但書で「但し、同法第十一条の規定及び同条の規定に関連する範囲内における同法第二条中の一般職種別賃金額の告示に関する規定は、国等を相手方とする契約における条項のうち労働条件に係るものを定めることを目的とする法律が制定施行される日の前日まで、なお、その効力を有する。」と規定しました。この第11条というのは「連合国軍の需要に応じて連合国軍のために労務に服する労務者」と「公共事業費を以て経費の全部又は一部を支弁する事業に係る労務に服する労務者」で、この部分についてはなお引き続き一般職種別賃金が効力を持ち続けることとなったのです。この残っていた効力については、GHQ関係政府直用労務者については1952年、公共事業関係直用労務者については1962年まで維持され、以後完全に廃止されています。
 今回の派遣労働者の均等・均衡待遇を適用除外するための「同種業務の一般の労働者の賃金水準」は、ある意味で70年ぶりに一般職種別賃金を公的に定めようという企てと見られないこともありません。もしかしたらそれが派遣労働者の労働市場規制を通じて、日本の労働市場をより企業横断的職種別労働市場に近いものにしていくきっかけになるのかも知れませんし、現実との乖離が著しく、形式的な代物に終わってしまうのか知れません。いずれにせよ、制度の基本枠組みを考えたときにはだれも想定していなかったであろうような仕組みが日本の労働法制の中に作られることになったというのは、大変興味深いことと言えましょう。 

 

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