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前田正子『無子高齢化』

378359前田正子『無子高齢化 出生数ゼロの恐怖』(岩波書店)をおおくりいただきました。ありがとうございます。

https://www.iwanami.co.jp/book/b378359.html

現在約1.3億人の日本の人口は,2040年代に1億人を割るとされる.そしてその時日本は65歳以上の高齢者が4割の超高齢国となる──.「少子化対策」が叫ばれながら,なぜ日本の出生率は下がり続けるのか? そのカギは景気後退と雇用の劣化に翻弄された団塊ジュニアの未婚化にあった.一貫して少子化,子育てを研究してきた著者による「少子化対策失敗の歴史」と渾身の対抗策.

実は、目新しいことは何も書いてありません。前田さんをはじめとして、多くの心ある人々が口が酸っぱくなるほど繰り返し語り続けながら、きちんと対応されることなくいままでずるずると来てしまったこの国の姿を、改めてこれでもかと見せつけてくるような本です。

はじめに
 どんどん減っていく現役人口/“溶けない氷河”世代を社会に組み戻す

第1章 少産多死ニッポン 人口が減ると何が起こる?
 日本は少産多死の国/毎年五〇〇の学校が閉校している/合計特殊出生率一・四四で何が起こるか/問題は生産年齢人口 一・四人の現役で一人の高齢者を支える日/サービスもセーフティネットも成立しなくなる/もうミカンは食べられない?/水道事業は維持できるか/九〇歳はめでたくない? いまや約二一九万人/高齢者四割社会は未体験ゾーン/すでに地方では急速な人口減少が始まっている/生産年齢人口は激減していく/二〇四〇年,三人に一人が七五歳以上になる秋田県/出生数ゼロ地域の出現/無子高齢化は「今ここにある危機」

第2章 なぜこんなにも少子化が進むのか
 なぜ少子化が進んでいるのか──直接的な三つの要因/分水嶺は団塊ジュニアの未婚化/一生結婚しない人たち 生涯未婚率の上昇/晩婚化・晩産化はどんどん進む/ワンオペ育児とダブルケア/夫婦の平均子ども数の低下/いずれは結婚したいけれど……/コミュニケーション能力と経済力が必要/結婚・出産はぜいたく品?/若者の非正規化が未婚化を招く/非正規雇用の結婚へのハンディは女性にも/結婚の形が自由になればいいのか?

第3章 少子化対策失敗の歴史――混迷の霧の中を進む日本
 人口が増えては困る時代があった/一九七三年まで続いた移民送り出し事業/一九六〇年代からすでに若年人口は減少していた/一九六九年には生産年齢人口減が予測されていた/第二次ベビーブームの到来と「成長の限界」/一九七〇~九〇年代は人口ボーナスの時代/日本型福祉社会と「ジャパン・アズ・ナンバーワン」 成功体験の足かせ/「一・五七」はなぜショックだったのか/「産めよ殖やせよ」の呪縛で及び腰/少子化という「女子どもの問題」は後回し/広がらなかった危機感/なぜ効果を上げられなかったのか 小出しの施策/変わらない政治家の姿勢/担当職員ですら子育て支援には無理解/結婚・出産は「自己責任」か/次世代育成こそが高齢者福祉を支えるはずなのに/「子育てなんか他人事」のツケ/政治の混乱,リーマンショック/司令塔がいない少子化対策・子育て支援/世代再生産の最後のチャンスを逃す/霧の中を人口減少へと進み続ける日本

第4章 第三次ベビーブームは来なかった 「捨てられた世代」の不幸と日本の不運
 保育園だけが子どもの問題ではない/そして,第三次ベビーブームは来なかった/破綻した「学校と職業の接続」/企業は生き残り,国は滅びる──少子化を招いた「合成の誤謬」/「パラサイト」「ひきこもり」が覆い隠した雇用の劣化/非正規にしかなれない現実/見えない「もう一つの社会」/間に合わなかった支援/日本の不運 失われた二〇年と団塊ジュニア,そしてポスト団塊ジュニア/学校卒業時の景気で人生が決まる/溶けない氷河 残り続ける世代効果/親と子の世代が仕事を奪い合う皮肉な構造/次世代と仕事を分かち合ったオランダ/片働き社会から脱却できなかった日本/高卒者の場合 世帯の経済力によるハンディ/進路ルートから漏れていく若者たち

第5章 若者への就労支援と貧困対策こそ少子化対策である――包括的な支援が日本の未来をつくる
 人口減少は止められるのか/婚活支援より先にやるべきこと/結婚したいけれど…… ずれる理想と予定/男性の収入 女性の期待とその現実/男性の賃金は低下し続けてきた/子育て世代の家計も厳しい/奨学金が少子化を招く?/いま必要なのは人生前半への支援/就労支援と貧困対策こそ少子化対策/緩少子化と超少子化の国は何が違う?/家事・育児を一緒に担う共働きの方が総労働時間が増える/人材をムダにするな 放置される未婚無業女性/深刻化する八〇五〇問題/必死で働いて貧乏になった「安くておいしい日本」の限界/「日本は何もかもが安い」/競争原理と地方創生のどちらを取るのか?/もう新しいタワマンもダムも道路もいらない/社会のOSを変えよう 総合的な社会保障の再設計を/外国人労働者はモノではなく人間である/受け入れ体制をつくっていく覚悟と努力/体制整備のコストは行政に転嫁される/移民は人口問題を解決するか?

〈対談〉それでも未来をつくっていくために 常見陽平×前田正子
 「処置」しかなかった日本/構造的な変化であることを理解できなかった/「就職氷河期」という言葉の初出は一九九二年/ほんとうに凍り付いたのは二〇〇〇年代前半,ポスト団塊ジュニアを直撃/フリーターはほんとうに「究極の仕事人」か/みんなでこの国を貧しくした/日本は世界の中堅中小企業/国民に目を向けていない政治/誰もが付加価値を生み出せる産業で働けるわけではない/「若者を耐えろ」/「日本人再生プラン」を/希望格差,文化格差が広がる若年層/少子化対策・若年支援庁をつくれ/行政は仕事の再配分を/「労働とは何か」が問い直されなければならない/子どもにどのような未来を手渡すのか

おわりに

それにしても、こうしてまとめて通読すると、あそこでああしていれば、とか、ここでこうしていればという歴史のターニングポイントになり得た時代がそれなりにあったことが分かります。日本人は自分たちの意識的無意識的政治選択によって、それらをすべて潰してここに至ったわけです。

たぶん、わたくしにお送りいただいた趣旨は、最後の常見陽平さんとの対談を紹介しろよ、ということなのだろうと勝手に理解して、いくつか重要な発言をピックアップ。

常見 こうして俯瞰して明らかになるのは、そもそも構造が変わっていることに気づかず、政治家も経営者も、学者でさえも短期的な景気の循環の一側面であると認識していたことですね。日本社会全体が、構造変化についてあまりにも無頓着だった。・・・

本書の文脈からすると誤解のしようのない発言なのですが、ある種の人々(あえて「りふれは」とは言わない)にとって、構造的という言葉はもっぱら経済学という狭隘な世界の中における循環的と対に理解される以外のいかなる含意もないため、その狭隘な経済学的意味の『構造的』の外側には生身の人間たちが形作っている膨大な社会学的な『構造的』があるということを全く理解しないまま、「なにぃ?構造的?ふざけるな、循環こそがすべてだ、構造なんて叩きつぶせ」とばかりやってきたことの一つの社会的帰結がここにあると、常見さんは示しているわけです。まあ、ある種の『社会学者』の『構造』もひどいものではあったにせよ、それと一緒くたに捨ててはいけないものがあるということが分からなかった。

そして、本ブログで定期的に取り上げている生産性の話に繋がる話。

前田 私も学生と話しながらも本当に迷うのは、賃金の低さが未婚化に繋がり、少子化、無子高齢化をもたらしているんだと教えたら、学生はみんな最低賃金を上げるべきだと言います。でも、「そうするとユニクロのフリースが3990円とか4990円になるけど、みんな買うよね?」と聞くと、「それは困る」となってしまう。・・・結局安くても高い品質やサービスを追い求めることが、回り回って自分の首を絞めていると思うのです。・・・

消費者として「安くていい物」を追い求めていくと、自分たち労働力もどんどん「安くていい物」へのラットレースに追い込まれていくという逆説も、もう何回繰り返された話でしょうか。

繰り返します。本書には目新しいことは何も書いてありません。でも、だからこそ読まれるべき本です。

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コメント

>賃金の低さが未婚化に繋がり、少子化、無子高齢化をもたらしているんだと教えたら、学生はみんな最低賃金を上げるべきだと言います。でも、「そうするとユニクロのフリースが3990円とか4990円になるけど、みんな買うよね?」と聞くと、「それは困る」となってしまう。

以前、hamachan先生が
  ”労働者の権利”というのは、あなたと無縁の遠い所にいる
  ”労働者さん”という人の権利ではなく、あなたの権利なのだ
と仰ったのを思い出しました。
最低賃金を上げるというのは、自分と無縁の人の給料が上がるのではなく、自分の給料も上がる(特にバイトの場合)ので、「給料が1~2万円上がってフリースが1~2千円上がるのは?」と聞けばもう少し賛成が増えるのではないかと思います。


>消費者として「安くていい物」を追い求めていくと、自分たち労働力もどんどん「安くていい物」へのラットレースに追い込まれていくという逆説も、もう何回繰り返された話でしょうか。

極楽の人も地獄の人も長い箸を使って食事をするが、
極楽の人は長い箸で自分の向かい側にいる人とお互いに食べさせあうのでしっかり食べられるが、地獄の人は他人を信用せず長い箸を使って自分で食べようとするのでほとんど食べられない
という話を思い出しました。


>学校卒業時の景気で人生が決まる
>「就職氷河期」という言葉の初出は一九九二年

以前読んだ
  日本の分断 切り離される非大卒若者(レッグス)たち
   (光文社新書)
という本に

最近の日本では自分と似た境遇の人と交際や結婚する事が多いので、自分と異なる境遇の人の事がよく理解できない事がある。20歳~40歳の大卒(含短大)と高卒(含専門学校)の割合はほぼ同じだが、本を書いたりマスコミに出る人は大卒の人がほとんどなので、世代の半分を占める高卒の人の状況は大卒の人の状況に比べて知られていない

というような記述がありました。
少子化というのは世代全体の問題なので、大卒だけでなく高卒の状況も考慮する必要があると思います。
その意味で
 ”学校卒業時の景気で人生が決まる”
とか
 ”就職氷河期”
という状況は高卒の人にも当てはまるのでしょうか?

この本によると、所得は大卒のほうが多いが子供数は高卒のほうが多い(約1.5倍)だそうです。このため少子化対策の経済支援という点では、所得は多いのに子供が少ない(役立たず?)大卒ではなく、所得が少ないのに子供が多い高卒を優先すべきだという考えもあるかもしれません。
所得の高い人が子供が少ない原因は経済的理由以外の理由(自己実現等)がある可能性もあるので、それらの人に対しては経済的支援は効果が少ない可能性があります。
これは少子化対策として、未婚の人に結婚して子供を産んでもらう事と既に子供のいる人にさらに産んでもらう事のどちらを優先するかという事かもしれません。

投稿: Alberich | 2018年12月 6日 (木) 22時32分

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