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2018年12月30日 (日)

著作でウィキペディアを使うと・・・・

最近、某ベストセラー作家の本がウィキペディアからの無断引用が多いとかなんとか話題になっているようですが、まあ、他の資料で書けることをウィキに頼るのはひどい話ですが、ではウィキペディア以外にソースが見当たらない話をどう扱うべきかというのは、なかなか難しいところがあるように思います。

Chuko というのは、実は私自身『若者と労働』の中でほかにソースが見つからず、やむを得ずウィキペディアの記述を引用した箇所があるのです。

同書はもちろん、田中博秀さんの名著『現代雇用論』が議論の骨組みで、事実のディテールは私が監訳したOECDの若者雇用報告書などをいっぱい使っているんですが、話の流れでフリーターの語源をちょこっと書いておきたいと思って、ウィキペディアの「フリーター」の項目を覗いてみると、他にソースの見つからない独自の情報が載っていたので、ウィキ情報だと断って引用したんですね。

「フリーター」の語源
 「フリーター」という言葉の語源については、ネット上の百科事典であるウィキペディアに詳しい説明があります。そのはじめの方は私も知らなかったことですが、興味深いので引用しておきたいと思います。
 それによると、一九八五年五月に、都内でライブ活動をしていたシンガーソングライターの長久保徹氏が、夢に向かって自由な発想で我が道を走り続けた幕末の坂本龍馬が好んで発したという英語の「フリー」に、ドイツ語のアルバイターを連結して「フリーアルバイター」を造語したのだそうです。
 翌一九八六年三月に、朝日新聞にフリーアルバイターという造語が紹介されたのを機に、各新聞社が取り上げ、全国的に流行語になっていきます。そして、一九八七年にリクルート社のアルバイト情報誌『フロムエー』の編集長だった道下裕史氏が、このフリーアルバイターをフリーターと略し、映画『フリーター』を制作し公開したことで、フリーターという言葉が定着したということです。

この、リクルートの道下氏は本も出しているし、映画まで作っているので(同書のこの後のパラグラフに出てきます)いいのですが、問題はこの長久保徹氏が造語云々というところです。いろいろと調べてみたのですが、この情報はウィキペディア以外には見つからず、話の本筋にはあまり関係しないので削除するかとも思ったのですが、別に政治的に編集合戦されているようなトピックでもないし、ウィキ情報だと断って書けばいいかなと思ったわけです。

この記述については、その後当の長久保氏とネット上での対話もありました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-00b2.html (フリーアルバイターの元祖)

いずれにしても今回
労働学の第一人者濱口桂一郎氏の著書『若者と労働』(中公新書ラクレ)に掲載していただき
素直にうれしい
「フリーアルバイター」は
ボクの二十代の歴史そのものだから
なお、この掲載を知ったのは、仙台の書店でだった
偶然入った書店で、開いた本の中にボクの名前があった
それは、SERENDIPITY
また、先週の水曜日、NHKのテレビ番組で濱口桂一郎氏を初めてお見かけした

なんですが、じつはそのウィキペディア上の記述が最近になってあっさり削除されていたんですね。

現在の記述はこうです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/フリーター

1985年(昭和60年)頃から音楽分野で散見されていた「フリーアルバイター」という言葉は、翌1986年(昭和61年)3月31日、朝日新聞に「フリーアルバイター」という造語が紹介されたのを機に各新聞社が取り上げ全国的に流行語となっていく。

編集記録をたどってみると、本書が出た後の2016年に、

都内でライブ活動していたシンガーソングライターの長久保徹が初めて使ったとされていたが、実際には[[1983年]]にCMディレクターの佐藤典之が現在の職に就く以前、京都市内のパブ・ロンドン亭でアルバイト時代に客から仕事を聞かれた際、「フリーのアルバイターです」と自己紹介していたことが語源である。

という新たな語源説が書かれ、その後今年(2018年)10月になってそういう固有名詞も全部削除されて、今のあっさりした記述になっているようです。

なので、拙著の当該部分を読んで、「ほぉ、そうかいな、ではウィキペディアを見てみよう」と思ってみてみると、その記述は見当たらないという事態になってしまっているのです。

本書全体のあらすじにとってはほとんど影響のない細かなディテールの話とはいえ、いささか気分のすっきりしないところではあります。

うーん、こういうことがあるから、やはりウィキペディアをそのまま引用するのはリスクがあるんですね。

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コメント

それぞれの改版の正当性が担保されているわけではないので、閲覧時点を副え書きすればよいんだと思うのですが.... https://twitter.com/Cristoforou/status/1079527642733244416 https://twitter.com/narniancat/status/1079372663947063296

普通に労働法について書いていると、wikipedeliaを引用する機会など全然なく、こういう一般向けの本で、やや越境的にフリータんーの語源なんかまで筆を伸ばそうとしたので、こういうことになってしまったようです。

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