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2018年12月25日 (火)

『JIL雑誌』2019年1月号

702_01『JIL雑誌』2019年1月号は前号に引続き「働き方改革シリーズ」の第2弾で、「労働時間」が特集です。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2019/01/index.html

提言 裁量労働制の見直しに必要なこと 山口浩一郎(上智大学名誉教授)

解題 働き方改革シリーズ2「労働時間」編集委員会

論文 労働時間規制改革の法的分析 和田肇(名古屋大学教授)

EU労働時間指令2003/88/ECの適用範囲と柔軟性─沿革と目的、そして基本権を踏まえて 井川志郎(山口大学講師)

働き方改革関連法による長時間労働是正の効果 山本勲(慶應義塾大学教授)

労働時間の規制改革と企業の対応 小倉一哉(早稲田大学教授)

紹介 トラック運輸の長時間労働改善の取り組み 浅井邦茂(全日本運輸産業労働組合連合会副部長)

論文 働き方改革関連法の審議と労使関係─労働時間法制について 戎野淑子(立正大学教授)

ここでは、先日『EU経済統合における労働法の課題』をお送りいただいたばかりの井川志郎さんがEU労働時間指令について書かれています。

本稿は、EU労働時間指令2003/88/ECの適用範囲と柔軟性(あるいは硬直性)を探るために関連規定を整理検討し、また、特に適用除外をめぐっては労働時間にかかる労働者の基本権を無視することはできないとの認識から、EU労働時間法の基盤となっている基本権についても論ずるものである。かかる検討の前提として、上記指令の沿革や目的の確認も行う。結果として、①指令の目的はその発展史の特殊性ゆえ限定的であること(あくまで労働者の安全と健康)、②それにも拘わらず(あるいはそれゆえに)その適用除外・柔軟化規定の解釈は厳格に解されるべきとされていること、③特に適用除外制度については、労働時間にかかる労働者の基本権への適合性が問題となること、④当該基本権がEUでは明文化されているところに特徴があること(EU基本権憲章31条2項)、⑤しかし、当該基本権の淵源はEU法上法的拘束力を有するわけではない条約や政治的宣言そして第二次法たる指令立法であることに鑑みると、明文化を待たずともEU法上はかかる基本権が認められたはずであること、といった諸点を指摘する。わが国の労働時間をめぐる政策議論においても、規制目的および人権・基本権を踏まえた考察が望まれる。

本ブログでも折に触れ論じてきたこととの関係では、戎野さんの論文がなかなか面白いです。

歴史的改革ともいわれる働き方改革関連法が2018年6月に成立した。安倍総理大臣を議長とし、労働界、産業界のトップならびに有識者等からなる「働き方改革実現会議」が設立され、「働き方改革実行計画」が示されて進められたものである。政府が主導的役割を果たし、労働政策を決定する状況は、既におよそ20年に及ぶが、「働き方改革関連法」もまさに同様な傾向にあるものであった。しかし、本法案は、審議過程で様々な混乱が生じ、成立に至るまでには紆余曲折を経ることとなった。これまでの労働政策審議会で審議が紛糾し進展しなかった内容も含まれた一括法であったことが、その一因である。本稿では、まず、働き方改革関連法の中から「労働時間法制」、具体的には「時間外労働の上限規制」と「企画業務型裁量労働制の見直し(対象業務の拡大等)」、「高度プロフェッショナル制度の創設」を取り上げ、その審議過程を整理し、特徴を明らかにした。それぞれの審議の経緯には相違があり、労使の合意レベルにも違いがあった。そして、次に、なぜ、このような政府主導の政策決定の審議となっているのか、その原因について、労使関係論の視点から、労使関係の変容と労働政策審議会の審議の在り方に焦点を当て検討を行い、そこにおける課題について論じている。

ここでいう「労使関係」とは政策決定プロセスにおける三者構成原則との関係の問題です。そう、『日本の労働法政策』では制度的な視点から考察した問題を、日本的労使関係の変容という視点から解きほぐそうという論考で、労働時間の特集号を超えた射程を持った論文だと思います。

あと、本号の巻頭には、稲上毅さんによるドーア先生への追悼文が載っています。これは今でもネット上で全文読めますので、是非下のリンク先に飛んで下さい。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2019/01/pdf/001-002.pdf

昔のものから最近のものまで、その諸著書の意義を語っていく追悼文の最後あたりに、たぶんあまり読まれていないであろう小エッセイを取り上げた一節があります。

・・・ドーアの青々とした森は大きく深い。そのあまり知られていない仕事のなかに国際政治にかんする時宜を得たシャープな評論がある。戦争を含むすべての暴力の13 世紀以降の超長期的衰退傾向を主張するスティーヴン・ピンカーの『暴力の人類史』を取り上げて批判的に論評した『不平譚』の最終章「人間の進歩か?」の末尾でドーアはこう記している─,ウィーン会議(1815 年),ヴェルサイユ会議(1919 年),サンフランシスコ会議(1945 年)という3 つの貴重な経験を積み重ねることで,人類は戦争の勝者と敗者を対等に取り扱う国際秩序システム構築への歩みを続けてきた。しかし,いま21 世紀のはじめ,新冷戦構造の生成が懸念されるなかで,「第4 の決定的な一歩は,世界のヘゲモニーをめぐるもうひとつの破壊的戦争のあとにしか訪れないのだろうか」と。・・・

あぁ、ドーア先生、そんなことも言ってたんだ・・・。

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