これはまたなんとも古典的なマルクス主義
昨日お送りいただいた『POSSE』40号、特集の「教員労働問題と教育崩壊」は私の紹介した佐藤隆さんの記事を含めて読みでのあるものが並んでいますが、それ以外の記事についていうと、おそらくPOSSEサイドは力こぶが入っているのだろうと思われながら、内容がいささか失望的なものもありました。
「経済成長」は長期停滞の処方箋か? ――『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう―レフト3・0の政治経済学』への応答
宮田惟史(駒澤大学准教授)×藤田孝典(NPO法人ほっとプラス代表理事)×今野晴貴(NPO法人POSSE代表)
これ、鼎談という触れ込みですが、実質的にはマルクス経済学者の宮田さんがほとんど一人で理論的な立場から経済理論を展開し、藤田さんと今野さんはただひたすらご質問させていただき、そのお説を拝聴している感じになっています。正直言って、福祉や労働の現場で活動している立場からの議論になっていない感があります。
批判されている本は、松尾匡さんの経済理論をイギリスの労働者階級の現場感覚からブレイディみかこさんが裏打ちする構造になっているのに対し、批判の方はどうなんだろうかという印象です。
その宮田さんの論ずるところは、正直言うと、ある種の傲慢なリフレ派の議論に対する痛烈な批判が聞けるのかなとそこは内心期待していたのですが、それどころかケインズ以前の誠に古典的なマルクス主義を聞かせられている感がありました。古典的なマルクス主義というか、19世紀的、古典派的な発想が濃厚で、いや今時それでいくの?と。
今野 なるほど、ちなみに、賃金の上昇による消費需要の増加を通じて有効需要を拡大させ、経済成長を実現していこうという議論も根強くあると思いますが、いかがでしょうか。
宮田 賃金の上昇と経済成長を両立できるのかという問題ですね。ポストケインズ派やマルクス派の一部も含めて、賃金上昇による消費需要の増大によって有効需要を拡大させれば、力強い経済成長を取り戻せるという考え方が広く影響力を持っています。確かに社会的に見ると賃金上昇によって一定の消費需要の拡大条件が与えられ、売上高も増大する可能性が生まれ、その限りでは経済成長に寄与します。しかし忘れてはならないのは、賃金上昇は社会全体の利潤を食いつぶし、利潤率の低下に、したがって投資需要の低下傾向にもなるということです。確かに資本蓄積が進み労働力需要が高まると、一時的に賃金が上昇しますが、その蓄積の進行に伴う賃金上昇は利潤量を減少させ、いずれは経済成長率の減退に結びつかざるを得ません。要するに資本主義社会において賃金上昇と経済成長というのは両立するのではなくて、本質的には相対立するということが大事なのです。・・・
なるほど、古典的マルクス主義者というのは、古典的自由主義者と見まごう程資本主義の本来あるべき姿なるものに誠に忠実で、それから逸脱するような思想に対しては同じくらい強烈に批判的なんですね。資本家の利潤追求という資本主義の本旨に反して賃金上昇で経済成長なんていうのは、短期的には有用でも長期的な資本主義にとって許しがたいわけです。
ややきつい言い方をすると、POSSEさん、いまどきこんなケインズを罵る19世紀資本家みたいな寝言を繰り広げているようではあんまり未来はないですよ。
そして、松尾マルクス経済学に理論闘争を挑むとか考える前に、ブレイディみかこさんの伝えてくれるイギリス労働者階級のリアルな姿を、藤田さんや今野さんがリアルに体験している日本の労働者や下層階級の現実といかにすり合わせるべきかを考えた方が、こんな古典的経済学の眠くなるような講義を拝聴しているよりも百万倍役に立つような気がします。
« Japan’s Employment System and Formation of the “Abuse of the Right to Dismiss” Theory | トップページ | ジョブ型責任とメンバーシップ型責任(再掲+α) »
コメント
« Japan’s Employment System and Formation of the “Abuse of the Right to Dismiss” Theory | トップページ | ジョブ型責任とメンバーシップ型責任(再掲+α) »
傲慢なリフレ派ですみません(笑)。
私もPOSSEさんからご恵投いただきました。
まあ、まわりでは古典的なレフト1.0からは、たいがい暖かいご評価をいただいているのですけどねえ。
投稿: 松尾匡 | 2018年11月15日 (木) 12時06分
いやいや、松尾さんは傲慢極まる「りふれは」ではないまっとうなリフレ派ですから。
むしろ本エントリの趣旨は、POSSEに存在価値があるのは、こんな脳内理論を繰り出すことではなくて、まさにブレイディみかこさんがイギリスについて語っているような、リアルな労働者階級の現実を社会に突き付けることのはずだと思うからです。
投稿: hamachan | 2018年11月15日 (木) 23時23分
そして半周遅れの
ZOZOバタやんにフルボッコにされる藤田氏
https://blogos.com/article/339478/
醤油うことで。
投稿: Dursan | 2018年11月18日 (日) 09時34分
私はそのアベマTVとやらは見ていないので、山本一郎氏のまとめだけでいえば、
藤田氏の言う「賃金上げましょうよ」というのは、ミクロな貧困対策というだけではなくマクロな経済政策としても全く正しいという(修正マルクス主義的ないし社会民主主義的な)話が、
上の引用部分で、宮田氏がめっちゃ叩きにし、それに当の藤田氏や今野氏が乗っかって叩いている議論であるというのが、
この話の最大の皮肉なところでしょう。
古典的マルクス主義に固執していると、ZOZOの塾長氏の言うことがもっともになってしまうというこの逆説に、当の藤田氏がどれほど気が付いているのかいないのかがよくわからないのですが。
投稿: hamachan | 2018年11月18日 (日) 10時42分
POSSEは未読ですが、おそらく件の御三方は自由市場経済(資本主義)を巧妙な奴隷制と捉えているのではないでしょうか。マルクス経済学が正しいと仮定すると労働者は資本家から搾取されていることになるので、労働者は奴隷で資本家はその所有者、自由市場経済は奴隷制と位置付ける他ないでしょう。
従って御三方の本音では、自由市場経済下の労働者へのあらゆる改善策が究極的には無意味に見えるのでしょう。労働者の賃金を上げたり労働環境を改善したり、あるいは社会福祉を充実させることさえ、奴隷制を維持したまま奴隷への待遇を改善しているようにしか見えないからです。現実の奴隷制は奴隷の待遇を改善することで維持されたのではなく、19世紀に単に廃止されました。資本主義も同じ道を辿るべき、と御三方は心の底では思っているのでしょう。実際、旧社会党は福祉国家論に公式に反対していました。1986年まで綱領的文書だった『日本における社会主義への道』に、資本主義下における福祉国家に真正面から反対する記述が見て取れます。
”
第一章 日本における社会主義と社会党の任務 一(3) 福祉国家論批判
(中略)
福祉国家の思想とその政策は、ますます余儀なくされている社会主義体制との平和的競争において、国民の選択を社会主義におもむかせないために、社会保障や所得配分等の部分的改善を通じて一定の譲歩を行ない、社会的緊張を緩和しながらなおも国民の同意を資本主義体制の枠の中に留めておくための、資本の延命策に外ならない
”
http://www5f.biglobe.ne.jp/~rounou/myweb1_052.htm
しかし、現在の(隠れ)マルクス主義者は、福祉国家論に対する批判を明確には行いません。その理由は言うまでもなく、最近の現代史を見れば明らかです。資本主義という奴隷制の廃止と位置付けられる社会主義は、旧ソ連の崩壊によって悲惨な失敗が明らかになりました。その後も、中国の実質的な脱社会主義化、北朝鮮の貧困、最近では社会主義化したベネズエラの経済危機など、まともな社会主義国など存在しないことを示す事例が続きました。このような状況で福祉国家批判をしては、笑われるのが目に見えています。
このように考えると、労働者側の味方を標榜しながら、労働環境の改善(案)に対して左派が時に見せる冷淡さやシニカルな視線が説明できるように感じます。彼らは「そんな事しても究極的には無意味」という意識が抜けないのでしょう。
投稿: 通りすがり | 2018年11月18日 (日) 18時18分
いや、マルクス経済学者の宮田氏がそうであることは何ら矛盾はないのでそれで結構なんですが、「自由市場経済下の労働者へのあらゆる改善策が究極的には無意味」だとしたら、今野さんや藤田さんのやっていることは一体何なんだろうか、それこそまさに「労働者の賃金を上げたり労働環境を改善したり」「社会福祉を充実させること」なんじゃないのかな、と思うわけです。彼らは別にそうした労働運動や福祉運動に対して「冷淡さやシニカルな視線」を向けているどころかその先頭に立って活動しているわけで、もし本当に「自由市場経済下の労働者へのあらゆる改善策が究極的には無意味」と信じているのであれば、自分たちの一生懸命やっていることがことごとく無意味ということにならざるを得ない。そんな矛盾の真っただ中であそこまで真剣な活動ができるものだろうかということが、普通の感覚の持ち主なら当然思うはずだと思うのですが。
投稿: hamachan | 2018年11月18日 (日) 23時55分
皆さん、今晩は。
私が疑問に思うのは、我が国の左翼はどうしてここまでかたくなに財政出動による経済成長で貧困を解消しようとしないのか、ということです。そしてこれはブレイディみかこさんの切実な訴えを退けることでもあります。左翼がこれでは今の右派政権に到底勝つことはできません。
松尾匡先生を否定したうえで貧困救済を目指すとすると、旧ソ連や旧東欧諸国のような経済体制を敷かざるを得ないと思います。というか、これは松尾先生を批判する左翼の本音でしょうか?
投稿: 国道134号鎌倉 | 2018年11月19日 (月) 00時38分
確かに今野氏と藤田氏のこれまでの活動を考えると、両氏が「自由市場経済下の労働者へのあらゆる改善策が究極的には無意味」とまでは思ってないと考えられますね。宮田氏の持っているであろう態度と両氏の態度を混同していました。この点についてはお詫びして訂正したいと思います。
しかし、「マルクス経済学に基づいて自由市場経済(資本主義)を巧妙な奴隷制と考えている」(あるいは、少なくともマルクス経済学に基づいた経済観を持っている)という点については、両氏の言動からおそらく正しいと思われます。そして、そのような経済観が「未来はない」と濱口先生に言わしめたPOSSEの編集方針に繋がるように思われます。
まず、両氏の経済観がマルクス経済学に基づいていると本当に言えるのか、確認していきましょう。具体的には、以下のツイートが両氏の経済観を示唆している思われます。
“簡単に資本主義を考える良い事例だから取り上げてみたらいい。資本家は働いていないのにどうして月に行く多額の貨幣を捻出できるのだろうか。それは多数の過酷な労働者が毎日毎日不払い労働による剰余価値を生み、膨大な搾取が成立しているから。労働者の犠牲を忘れた資本家は醜悪。”
https://twitter.com/fujitatakanori/status/1049686320908361728
“そうですね。民営化後に労働にどのようなしわ寄せがいっているのかと、あとは株主配当などの実態を、誰か詳しい人に解説してもらいたいですね。だいたい、「利益」がでるためには、搾取があるわけですから@maadadayo9 改革=民営化の後の検証ってなかなかメディアでは見られませんから。”
https://twitter.com/konno_haruki/status/225109095840088064
以上のように、両氏は「マルクス経済学に基づいて自由市場経済(資本主義)を巧妙な奴隷制と考えている」(あるいは、少なくともマルクス経済学に基づいた経済観を持っている)と考えて差支えないでしょう。
さて、このような経済観が何故、宮田氏の議論を掲載してしまうという「未来はない」編集方針に繋がるのか。やはり、マルクス経済学が一般理論としては正しいと考えるのであれば、それに沿って経済を根本的に理解したい、という気持ちになるのが人情でしょう。濱口先生は最後のパラグラフで困窮者の実態の日英比較等のリアルな話題にフォーカスすべきだと仰ります。マルクス経済学がそもそも一般理論として疑わしいと思っていれば、そのような記事だけでPOSSEは構成されるでしょう。しかし、一般理論としてマルクス経済学が正しいと考えているのであれば、今回のような時代遅れの主張も一緒に掲載されることに繋がると思われます。やはり、今野氏やPOSSEの読者層(藤田氏と重なると思われる)にとってはマルクス経済学が知性の基盤になっていると考えられるからです。
結局、マルクス経済学を基盤として経済を解釈するのか、あるいは現在の主流であるようにミクロ経済学とマクロ経済学を基盤として経済を解釈するのか、で根本的な世界観の対立が生じるよう思われます。
投稿: 通りすがり | 2018年11月19日 (月) 14時56分
通りすがり殿
>“簡単に資本主義を考える良い事例だから取り上げてみたらいい。資本家は働いていないのにどうして月に行く多額の貨幣を捻出できるのだろうか。それは多数の過酷な労働者が毎日毎日不払い労働による剰余価値を生み、膨大な搾取が成立しているから。労働者の犠牲を忘れた資本家は醜悪。”
>以上のように、両氏は「マルクス経済学に基づいて自由市場経済(資本主義)を巧妙な奴隷制と考えている」(あるいは、少なくともマルクス経済学に基づいた経済観を持っている)と考えて差支えないでしょう。
藤田氏は
完全な(全く制限を受けない)資本主義が労働者の処遇や
社会の格差是正という点で問題がある
と考えていると思いますが、最低賃金の上昇等を訴えている事を考えると、問題の対応として大きな政府(国家権力による資本主義の問題点の是正)を考えているのではないかと思います。
これは通りすがり殿ではなく藤田氏に質問すべき事かもしれませんが、藤田氏が問題としているのは、
労働者が正当な処遇(労働環境や報酬)を得ていない事
なのでしょうか?それとも
資本家が働いていないのに多額の貨幣を捻出できる事
なのでしょうか?
例えば月旅行社長氏が(派遣労働者を含む)全ての労働者に正当な処遇(労働環境や報酬)を提供し、さらに社会の維持に必要な負担を(税金として)払った後なら、働いていないのに多額の貨幣を捻出できる事は認められるのでしょうか?
以前にノーベル医学生理学賞を受賞された方は故郷に美術館を寄贈されていました。
この方の研究に基づいて作られた薬がアフリカの風土病の薬として広く使われたため、薬の特許料で美術館を作ったそうです。この薬に関していえば、この方は薬の製造や販売は行っていない(それは製薬会社の労働者が行う)ので、働いていないのに美術館を作れるぐらいの多額の貨幣を捻出できた事になりますが、これは認められるのでしょうか?
投稿: Alberich | 2018年11月24日 (土) 22時10分
>>私が疑問に思うのは、我が国の左翼はどうしてここまでかたくなに財政出動による経済成長で貧困を解消しようとしないのか、ということです。
バブル時代より成長していますが貧困は増えていますから、昨近の貧困は成長云々とは関係ないのでは?
投稿: Executor | 2018年11月25日 (日) 00時16分
>>これはまたなんとも古典的なマルクス主
現在の資本主義が19世紀資本主義でないことは明確です。
また、生産手段を国営化(社会科)し、計画経済で運用して
いたソ連・東欧が崩壊したのも事実です。
しかし、現代資本主義をどう把握するかという問題は、現実
世界を直視する限り19世紀的課題から解放されているとは
思えません。
宮田惟史氏を古典的マルクス主義者と切り捨てるならば下記
論文をふまえての考察をお願いします。
第7回(2016年度)経済理論学会奨励賞
https://jspe.gr.jp/ja/syourei_7
「マルクス信用論の課題と展開 ----『資本論』第3部第5篇草稿に拠って----」,
投稿: 丸田丸男 | 2019年1月11日 (金) 00時30分
>>ある種の傲慢なリフレ派の議論に対する痛烈な批判が聞け>>るのかなとそこは内心期待
リフレ派批判などはマルクス派の範囲ではないのでは?
それよりも松尾さんの現状認識(デフレ状況の紺本要因)
がズレているのではとの印象です。
教育・福祉が儲からない産業である以上テコ入れが長続き
するはずがないことは松尾さん自身お認めで、最終的には
富の再配分が必要との誤認識と思います。
耳障りの大衆受けを狙ったリスクに目をふさぐ議論には注意
が必要と思います。
投稿: 丸田丸男 | 2019年1月11日 (金) 19時58分
今日の日経新聞から
無人市場(1)機械が運用 2000兆円に
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO3986987010012019DTA000/
ウィリアムペティ: 大地が母で、労働は物質的富の父 (労働価値説)
金融危機の下地となる「経済の金融化」 三井住友信託銀行 調査月報 2018 年11 月号
https://www.smtb.jp/others/report/economy/79_0.pdf
実態経済において成長力が鈍化し、膨大な資金需要を伴う設備・インフラ投資が減少し、金利
もクレジットスプレッドも超低水準が長期化するという条件の下では、膨れ上がった金融資産す
べてに十分なリターンをもたらす投融資機会が構造的に不足するのは自然・必然であって、こ
うした意味での「カネ余り」「過剰流動性」と金融機関等の「イールド・ハント」が80 年代以降存在
し続け、強まっているということが金融化の本質である。
投稿: 丸田丸男 | 2019年1月16日 (水) 20時49分