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2018年11月14日 (水)

『POSSE』第40号

Hyoshi40『POSSE』第40号をお送りいただきました。今回の特集は「教員労働問題と教育崩壊」です。

http://www.npoposse.jp/magazine/no40.html

学校教育を現場で支えるのは教員だ。
しかしその教員の労働はいま、崩壊の危機にある。
過労死水準を超える長時間労働、支払われない残業代、部活動の負担の重さ……
教員を取り巻く労働環境は悪化の一途をたどっている。
本特集では学校教育のあり方を教員の労働という視点から捉えなおし、
教員自身による労働環境の改善の取り組みを紹介していく。

記事は次の通りですが、

職員室から「働き方改革」を始めよう
――過熱化する教育現場を変えるために

内田良(名古屋大学准教授)

部活問題対策プロジェクトの取り組み
小阪成洋(部活問題対策プロジェクト)

部活動指導の外部化は教員労働改革の切り札となるか
本誌編集部

「ブラック私学」とどう闘うか
――関西大学付属校教員の不当解雇

本誌編集部

私学教員の働き方を変えるための闘い
――東京私立学校教職員組合の取り組み

峰崎明美(日教組私学・東京私立学校教職員組合書記次長)

私学教員の労働組合はどのように闘ってきたのか?
――戦後直後から九〇年代、現在までの運動の歴史

山口直之(全国私教連書記長)×増田啓介(東京私教連書記長)

給特法を産み落とした戦後教員労働運動の「献身性」
――日本の無限定な教員、ヨーロッパの専門職の教員

佐藤隆(都留文科大学教授)

「私学教員ユニオン」結成とその取り組み
――からの教員の働き方改善の実践

私学教員ユニオン

書評 内田良・斉藤ひでみ 編著
『教師のブラック残業――「定額働かせ放題」を強いる給特法とは?!』

本誌編集部

このうち、歴史的経緯をほじくるのが好きな私の感性に合ったのが、佐藤隆さんの文章です。「日本の無限定な教員、ヨーロッパの専門職の教員」というのは、メンバーシップ型、ジョブ型という話なのですが、それが戦後教員労働運動の流れと密接に関連しているという、なかなかほかでは出てこないお話です。

意外なことに、この特集でも最大の悪役にされている給特法は、文部省だけではなく労働組合からも提起されたものだったというのです。この辺の経緯はやや分かりにくいのですが、

・・・教員労働の特殊性の一つとして、その無限定性があります。どこからどこまでが教師の仕事なのか、いつになったら終わるのかは、その教師しか判断できない。学校から帰っても教材研究をしたり、生徒の成績を付けたり、それから生活指導・生徒指導。場合によっては警察まで出かけていって生徒を連れ戻したり、何か事故があったら校外でも生徒を助けにいったりしなくてはいけない。

このように教師の仕事が時間に換算できないという議論は、労働組合と文部省の双方から出ていました。当時、日教組側も、教員労働は特殊だとして、給特法を求めていたのです。他方で日教組は、労働時間だとはっきりしている時間については超過勤務として認め、労基法37条を適用しろという二本立ての要求も出していたわけです。

そこで、日教組の中で、教師は「労働者」なのか「聖職」なのかという議論が起きた。ただ、これは給特法そのものから派生した問題ではなくて、労働運動の戦術としてもともと考えられたものです。・・・・・

そういう意味で、日教組が給特法を一方で求め、網一方で労基法37条適用を求めたというのは、両方の潮流の「妥協」の産物といえるかも知れません。繰り返しますが、社会党系=労働者論、共産党系=聖職論とはっきり区分できるわけではありません。お互いにどちらの側面をヨリ強く打ち出すかという力点の置き方が当時の議論の焦点だったと思います。

というわけで、上記引用の冒頭に出てくるような無限定的な教師の働き方を当然の前提とした教員労働運動という点では、両方にそれほどの違いがあるわけではなかったともいえるでしょう。

まさにこの点が日本の教師とたとえばヨーロッパの教師の違いなのでしょう。

・・・「教え子を再び戦場に送るな」というスローガンが有名ですが、平和と民主主義を実現するための教育を打ち立てなければならないというのが強健運動の趣旨でした。このような教員組合は、世界的に見て非常に珍しいものです。ほとんどないと言っていいと思います。多くの国の教員労働運動の目的はやはり労働条件改善が中心ですから。

一方で、ヨーロッパの教師たちの仕事はもともと授業に限定されてきました。休み時間にはこどもを見ない。いまはそうでもなくなっていますが、休み時間などには親などの教員ではない人がこどもを見ている。授業が終わったら教室に鍵をかけて、全部外に出してしまう場合もあります。

まさしく授業というJOBのみがそのディスクリプションに書かれており、それ以外のことは「私のjobにあらず」といえる社会の限定正社員ならぬ限定教育労働者と、学校というコミュニテイに生徒ともにどっぷりと所属し、その所属メンバーにかかわることであれば、いつでもどこでも何でもすべてじぶんの仕事になってくる無限定聖職and/or無限定教育労働者との間に横たわる深淵は、想像以上に深いようです。

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