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2018年11月

2018年11月30日 (金)

労働政策フォーラム「高齢者の多様な就労のあり方」

鬼が笑う来年の話ですが、2019年1月23日(水)に、OECD高齢者就労レビューの報告を踏まえて、労働政策フォーラム「高齢者の多様な就労のあり方」が開催されます。

https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20190123/index.html

高齢者から若者まで、全ての人が元気に活躍し続けられる社会づくりが重要な政策課題となる中、70歳までの就業機会の確保など、高齢者の就労環境の整備に向けた議論が広がりをみせています。
今回のフォーラムでは、OECD高齢者就労レビュー(注)の報告を踏まえ、高齢者の多様な就労のあり方について、それぞれの立場から報告・議論を行います。

プログラムは下記のとおりですが、OECDで報告を作成したキースさんを中心に、JILPTから樋口理事長とわたくし、厚生労働省から麻田国際労働交渉官が少しずつ喋り、休憩をはさんでJILPTの研究報告と3社の方々からの事例報告、そしてパネルディスカッションと、なんだかえらく盛りだくさんですな。

13時30分~13時40分
挨拶・問題提起 樋口美雄 労働政策研究・研修機構理事長

13時40分~14時00分
基調講演 高齢化社会における日本の雇用システムの課題 濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構研究所長

14時00分~14時20分
報告 日本の高齢者就労の現状─OECD高齢者就労レビュー日本レポート Mark Keese Head of the Skills and Employability Division, OECD

14時20分~14時25分
コメント 高齢者就労レビュー日本レポートへのコメント 麻田千穗子 厚生労働省大臣官房国際労働交渉官

14時25分~14時40分
休憩(15分)

14時40分~14時55分
研究報告 中山明広 労働政策研究・研修機構統括研究員
14時55分~15時25分
事例報告 眞野義昭 株式会社セブン-イレブン・ジャパン人事本部人事部総括マネジャー
         菊岡大輔 大和ハウス工業株式会社人事部長
         緒形憲 株式会社高齢社代表取締役社長

15時25分~16時20分
パネルディスカッション
パネリスト
眞野義昭 株式会社セブン-イレブン・ジャパン人事本部人事部総括マネジャー
菊岡大輔 大和ハウス工業株式会社人事部長
緒形憲 株式会社高齢社代表取締役社長
中山明広 労働政策研究・研修機構統括研究員
コーディネーター
濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構研究所長

16時20分~16時30分
クロージング・コメント Mark Keese Head of the Skills and Employability Division, OECD

Oecd

2018年11月29日 (木)

医師に勤務間インターバル義務化

日経新聞が「医師に勤務間インターバル義務化」と報じています。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38333980Z21C18A1EA2000/

厚生労働省は長時間労働が問題となっている医師を対象に、退勤から次の出勤まで一定の間隔を空ける「勤務間インターバル制度」を義務付ける方向で検討に入った。8~10時間を軸に具体的な条件を詰める。残業時間の上限規制をめぐり、医師については一般労働者より緩い規制とする一方で、確実な休息時間を確保する仕組みを整えて健康を守ることをめざす。

なんだかいろいろと知恵を振り絞っているようです。

これは、11月19日の医師の働き方改革検討会に出された資料にはこうなっていますね。

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000404611.pdf

いただいたご意見の概要

□時間外労働規制と、連続勤務時間制限・勤務間インターバルが同じくらい重要であると再確認した。これらを組み 合わせで考えないとなかなか前に進まないのではないか。

□医療提供体制に留意しつつ、現場感と齟齬なく具体的な診療イメージがわく連続勤務時間制限・勤務間インター バルの案を事務局から出してほしい。現場の実態に沿ったインターバルとはどういうものが適切か議論できるたた き台を示してほしい。

□連続勤務時間制限・勤務間インターバルについては医療界の意見書でも触れており、長時間勤務の医師が確実 に休養できる仕組みが重要。特に勤務時間が長くなっている医師は原則は義務的な仕組みでもよいと思うが、医 療は非常に不確実性が大きい。患者が多い、手術が延長になるといったことが頻繁に起こるので、そういう場合に は休暇を別途とらせることが必要。

□勤務間インターバルを取ると、その分、予定手術は2件が1件になり、地域的に難しいと考えている。インターバル が取れない場合には後で休暇を取る方法もある。他の方法によるリカバリーもあり得るか。

□勤務間インターバルが重要であるという意見が多く出ているが、実際にやろうとすると人員確保はもちろん、労働 時間管理がしっかり定着していないと実効性を持たせられない。そこをどうするかが課題ではないか。

□勤務間インターバルについて、病院や地域診療で医師が雇えない場合にも助成をしていただきたい。

今後の検討の方向性(案)

今後、連続勤務時間制限や勤務間インターバル、代償休暇の確保等をどのように行っていくか、具体的な案をご 提示し、ご議論いただくこととしたい。

この時の議事録はまだ出ていませんし、次は12月5日に開かれるようなので、この方向で決まったというわけではなさそうですが、まあ医療界も納得するおとしどころは、一般規制としては努力義務どまりのインターバル規制の義務化であるというのは、いささか皮肉の感もあります。

メンバーシップ型養成ギプス

Nishiguchi「マネたま」に西口想さんが連載している「映画は観れないものだから心配するな」というなんだか意味不明のタイトルの最新記事に、「『桐島、部活やめるってよ』は労働の物語か」という、大変面白いエッセイがアップされています。

https://www.manetama.jp/report/movie-is-not-to-be-seen07/

・・・この映画は、日本の中高生の「部活」と、大人にとっての「会社」が、ほとんど同じものであることを言外に描いていたから。
毎日決まった時間に所属先に集まること、「目上」の指示に従順に従うこと、才能と実力によって役割を振り分けられること、組織内外の細かな序列や暗黙のルールを察すること――「会社」で必要とされるものはすべて、「部活」が子どもたちにたたき込む。
部活にとって、スポーツや楽器それ自体が将来の仕事につながるかどうかはもちろん重要ではない。労働者として求められる資質の育成こそが肝なのだ。この異色な青春映画の登場人物たちが「部活」をめぐって苦しんでいる不安はだから、労働に対する実存的な不安だ。ノスタルジーや感傷ではなく、大人になった私たちも毎日向き合っている不安、心の揺れを描いている。

そう、確かに「「会社」で必要とされるものはすべて、「部活」が子どもたちにたたき込む」からこそ、部活は単なるクラブ活動ではなく、「部活」という一種独特の符丁で呼ばれるのでしょう。

「就活」が「就職活動」ではないように、「部活」は「クラブ活動」ではない、ようです。

・・・日本の就活市場では長らく、ある特定の職業スキルがあることより、組織のなかで柔軟に何でもできる能力が求められてきた。そのための訓練は、実は中高生の頃から「部活」という名前で始まっている。

「部活」とは、学校教育の正課では養成することが難しいメンバーシップ型社会の精髄を体に覚えさせるための秘密の「養成ギプス」なのかも知れません。

それし、それなればこそ、その「部活」の指導とは、学校教育法上は姿を現さないにもかかわらず、学校教師が遂行するべき最も重要な任務の一つにもなっているのでしょうか。

UAゼンセンの外国人労働方針

Logo昨日みた『労働新聞』の11月26日号の4面に、UAゼンセンが外国人労働者の受入について当面の方針をまとめたという記事が載っています。

https://www.rodo.co.jp/news/54811/

外国人労働者の受入れをめぐる議論が急ピッチで進むなか、目的とされる人手不足への対応は「技術革新」による生産性向上が基本とする「当面の対応方針」を、連合傘下最大のUAゼンセン(松浦昭彦会長)がまとめた。新しい在留資格の創設には、日本人の雇用に悪影響が及ばない仕組みとその検証手続きが必要とし、検証する際は業種を代表する労働組合の関与を訴えている。その上で、受入れ人数の上限を設け、受入れ自体を「許可制」にすることを提案している。…

何回も述べているように、「できるだけ安い外国人労働者をできるだけ多く導入する」ことを求める経営側に対し、労働側のスタンスは大変難しいものがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-7ae9.html

・・・国内労働者団体は原則として「できるだけ外国人労働者を入れるな」と言いつつ、労働市場の逼迫のために必要である限りにおいて最小限の外国人労働者を導入することを認め、その場合には「外国人労働者の待遇を上げろ」と主張するという、二正面作戦をとらざるを得ない。外国人労働者問題を論じるということは、まずはこの一見矛盾するように見える二正面作戦の精神的負荷に耐えるところから始まる。・・・

このUAゼンセンの方針を見ると、まさにその二正面作戦をどう言葉に落とし込むかに悩んでいる姿が浮かび上がってきます。

この問題、多文化共生というきれいな言葉にうかつに乗っかると低生産性産業の低賃金構造の固定化を許すことになってしまうけれども、「玄関から入れるな」とだけいっていると、サイドドアからの差別的低労働条件を見て見ぬふりをして固定化することになるというダブルバインド的問題なのです。

2018年11月28日 (水)

宿日直許可基準を医師向けに変えます

Logoピョンヤンではない『労働新聞』の11月26日号の1面に、「宿日直許可基準 医師の適用向け「現代化」」という記事が出ています。「現代化」とはなんぞや、というと、

https://www.rodo.co.jp/news/54802/

厚生労働省は、医療機関で働く医師への適用を想定して、「宿日直許可基準」の現代化を図る方針である。働き方改革関連法で罰則付き時間外上限規制を創設し、医師に対しては2024年から適用を予定している。現行の労働基準法に基づく宿日直許可基準では、医師の宿日直のほとんどがこれに該当せず、労働時間にカウントされてしまう可能性が高い。宿日直許可基準の考え方は現行のままとし、許可対象となる業務の例示を現代の医療の実態を踏まえて具体化する方向としている。…

ふむ、なるほど。でも、そもそも現行労働基準法施行規則23条の「宿直または日直勤務」の規定は、何もないところに作ったわけではなく、労働基準法41条3号の「監視または断続的労働」を受けたものなのですから、いかに医師会が声高に主張しているからと言って、「監視または断続的」と言えないような「宿日直」を、いやそれは日本語で宿日直ではあるでしょうし、医療法16条の「宿直」には当たるでしょうけど、労基法41条の適用除外にできる性格のものではない、ことだけは確かなはずです。

『Japan Labor Issues』12月号

Jli12JILPTの英文誌『Japan Labor Issues』12月号がアップされています。

https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2018/011-00.pdf

Trends
Key Topic: The 2018 Shunto, 2% Pay Hike for five Consecutive Years; Regional Minimum Wages, 3% Rise for three Consecutive Years

Research
Article: Gender Segregation at Work in Japanese Companies: Focusing on Gender Disparities in Desire for Promotion
Tomohiro Takami

Judgments and Orders
Are Wage Disparities Unreasonable and Illegal? Between Fixed-term Contract Employees Rehired After Retirement and Regular Employees: The Nagasawa Un-yu Case
Ryo Hosokawa

Series:Japan’s Employment System and Public Policy 2017-2022
Corporate In-house Education and Training and Career Formation in Japan (Part II): Japanese Companies’ Commitment to Employees’ Career Formation
Makoto Fujimoto

今月の判例は細川良さんの長澤運輸事件です。

ちなみに、次号予告が最終ページに載っています。

Japan Labor Issues
Volume 3, Number 12,
January–February 2019
tentative

▶ The Corporate Community and Changes in the Japanesestyle Employment System
Mitsuru Yamashita

▶ Can “Owners” of Convenience Stores be “Workers” under Japanese Labor Union Act?
Yoko Hashimoto

▶ Who Holds Multiple Jobs?: Empirical Analysis of Multiple Job Holding Using a Japanese
Internet Survey
Atsushi Kawakami

日本の労働法政策の時代区分@JILPTリサーチアイ

11021851_5bdc1e379a12aJILPTホームページのコラム「JILPTリサーチアイ」に、「日本の労働法政策の時代区分」を書きました。『日本の労働法政策』を刊行したところなので、その「はじめに」と第1章をアレンジしてやや長めのエッセイにしてあります。

https://www.jil.go.jp/researcheye/bn/029_181128.html

去る10月30日に、JILPTより『日本の労働法政策』を上梓した。これは、2004年以来東京大学公共政策大学院で、さらに2012年以来法政大学大学院公共政策研究科(及び連帯社会インスティテュート)で行ってきた講義テキストの最新版である。・・・

勝谷誠彦氏死去で島田紳助暴行事件を思い出すなど

Katuyaほとんど限りなく雑件です。

勝谷誠彦氏が死去したというニュースを見て、

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181128-00000060-spnannex-ent(勝谷誠彦氏 28日未明に死去 57歳 公式サイトが発表)

吉本興業で勝谷氏担当のマネージャーだった女性が島田紳助に暴行された事件の評釈をしたことがあったのを思い出しました。

これは、東大の労働判例研究会で報告はしたんですが、まあネタがネタでもあり、『ジュリスト』には載せなかったものです。

せっかくなので、追悼の気持ちを込めてお蔵出ししておきます。

http://hamachan.on.coocan.jp/yoshimoto.html

労働判例研究会                             2014/01/17                                    濱口桂一郎
 
中央労働基準監督署長(Y興業)事件(東京地判平成25年8月29日)
(労働経済判例速報2190号3頁)
 
Ⅰ 事実
1 当事者
X(原告):Y興業の従業員(文化人D(勝谷誠彦)担当のマネージャー)、女性
被告:国
Y:興業会社(吉本興業)
E:Y専属タレント(島田紳助)
 
2 事案の経過
・平成16年10月25日、Xは担当文化人Dに同行して赴いた放送局内で、面識のないEに話しかけたが、その際の態度を不快に感じたEがXに説教し、さらに立腹してEの控室に連れ込み、暴行を加えた(「Xの左側頭部付近を殴り、Xの髪の毛を右手でつかみ、3,4回壁に押さえつけたり、リュックサックで左耳付近を殴り、唾を吐きかけたりするなど」)。同日、警察に通報
・Xは同日から11月2日まで各病院で、「頚部、背中、左前腕捻挫」「頭部外傷I型、頸椎捻挫」「左上肢、背部打撲」「頸椎捻挫」「外傷性頭頸部障害、背部打撲」の診断を受けた。また11月9日には「急性ストレス障害」の診断を受け、平成17年1月「外傷性ストレス障害」(PTSD)に変更された(L意見書)。
・(本判決には出てこないがマスコミ報道によれば)平成16年12月9日、Eは傷害罪で略式起訴され、同日大阪簡裁が略式命令、罰金30万円を納付。Xは事件後休職、平成18年6月に休職期間満了で退職。平成18年8月5日、XはEとY興業を相手取って損害賠償請求訴訟を起こし、同年9月21日、東京地裁はEとY興業に1,045万円の支払を命じる判決を下した(判例集未搭載)。雇用関係確認も訴えたが認めず。双方控訴。平成19年9月22日、東京高裁で1,450万円を支払う旨の和解が成立。
・平成19年7月4日、Xは業務が原因で発症したPTSDとして監督署長に休業補償給付を請求。監督署長は平成20年7月2日、不支給処分(①)。平成19年7月4日、Xは業務が原因の外傷性頭頸部障害、背部打撲として休業補償給付を請求。平成20年7月2日、不支給処分(②)。平成19年8月16日、Xは業務が原因の外傷性頭頸部障害、背部打撲として療養補償給付を請求。平成20年7月2日、不支給処分(③)。
・平成20年8月28日、Xは上記3件の不支給処分を不服として審査請求。①については、平成21年7月21日、東京労働者災害補償保険審査官が棄却、8月19日に再審査請求、平成22年2月17日、労働保険審査会が棄却。②、③については、平成21年10月6日、東京労働者災害補償保険審査官が棄却、11月30日に再審査請求、平成22年8月4日、労働保険審査会が棄却。
・Xは、①について平成22年7月27日、②、③について同年11月15日、取消訴訟を提起。両事件は併合。
 
Ⅱ 判旨
1 本件事件(Eによる暴行)による災害の業務起因性
「本件事件は、・・・業務遂行中に発生したものといえる。」
「しかしながら、本件事件の発端についてみるに、XはY興業の社員(マネージャー)であり、EはY興業の専属タレントであるが、XはEの担当マネージャーではないことはもちろん、タレントとは異なる文化人マネジメント担当であり、Xの主たる業務上の接触先は,担当文化人やテレビ・ラジオのプロデューサーやディレクターであって(書証略)、XとEは、同じ会社に所属する社員と専属のタレントということのみで、具体的な業務上のつながりは認められない。」
「本件事件当日の具体的状況としても、・・・Xが、Dのマネージャーとしての担当範囲を超えて業務上のつながりがないEに対して何らかの業務上の行為を行うべき必要性は認められない。」
「これらの点からすれば、XはEに対して、東京広報部文化人マネジメント担当としての業務のために話しかけたものではなく、Eの上司であるMやNとの個人的つながりを持ち出して、私的に自己紹介しようとしたものであるとみるのが相当である。
 したがって、本件事件の発端となるXのEに対する話しかけ行為は、業務とはいえないというべきである。」
「また、XがEから暴行を受けるに至った経緯についてみても、・・・確かに、Eが立腹するに至った事情として、Y興業の社員であるXがM及びNを呼び捨てにしたことがあり、同人らは本件事件前後の時期においてY興業の幹部であったことは認められる。しかし、Xは両名を高校生の頃に面識のあった人物として名前を出したものであって、Xの発言内容自体は、本来のXの業務との関連性は乏しいし、Eが立腹した理由の一つがXがY興業の社員であることであったとしても、XのEに対する話しかけやこれに続くXとEとの口論はXの業務とは関連性がない。」
「以上の通り、本件事件の発端は、XがEに対して私的にX自身を自己紹介しようとしたところ、Eがその態度に不快感を覚えたというものであって、そのXの行為について業務性は認められないこと、暴行に至る経過において、XがM及びNを呼び捨てにしたことがあるが、その発言自体は、Xの業務との関連性に乏しいことなどからすれば、本件事件による災害の原因が業務にあると評価することは相当ではなく、Xの業務と本件事件による災害及びそれに伴う傷病との間に相当因果関係を認めることができないから、業務起因性を認めることはできない。」
2 精神障害による休業(①)の業務起因性
「客観的にみれば、本件事件におけるその心理的負荷が「死の恐怖」を味わうほどに強度のものであったとまで言えるかは疑問である。」
「L医師による、Xの供述に全面的にあるいはXの本件における供述以上の暴行態様を前提としたPTSDの判断については、疑問を呈さざるを得ない。」
「以上によれば、Xが本件事件後、PTSDに罹患していたとは認めがたい。そして、Xの時間外労働の内容及び本件事件後に生じた事情等を考慮しても前期判断は左右されるものではない。したがって、XがPTSDに罹患したことを前提として、本件処分①の違法をいうXの主張は採用することができない。」
3 外傷・打撲による休業・療養(②、③)の業務起因性
「以上からすると、Xの外傷に対する治療は、平成16年11月2日までに終了していると判断されるべきであり、同日以後の療養については、本件事件との因果関係は認められず、同日以降の療養について療養補償給付を求める本件請求③は支給要件に該当しないというべきである。」
「そもそも、休業補償給付が支給されるのは、療養のために労働をすることができず、労働不能であるがゆえに賃金も受けられない場合であることからすれば、療養が必要でなければ休業も当然必要ではないこととなるので、本件においては、休業補償給付の支給の要件を満たさないというべきである。したがって、平成16年11月2日以降の休業は、本件事件との因果関係が認められず、同日以降の休業について休業補償給付を求める本件請求②は支給要件に該当しないというべきである。」
 
 
Ⅲ 評釈 1に疑問あり。2,3は賛成。
 
1 本件事件(Eによる暴行)による災害の業務起因性
 本判決は、Xの遂行すべき業務範囲が「文化人D担当のマネージャー」であることから、その範囲外である専属タレントEへの話しかけを私的行為と判断している。しかし、被告主張にもあるように、「XがY興業所属の社員(マネージャー)であり、EがY興業の専属タレントであることから、このような両者の会話については業務性が肯定されるという見解もあり得る」のであり、もう少し細かな考察が必要である。
 事実認定において、判決はX側の「Xが業務遂行場所における業務遂行途上において、Y興業専属の大物タレントが一人で放置されていたことから声かけするのは職場における社員として常識的な行動である」との主張に対し、「本件事件当時、Eが特に担当マネージャー以外のY興業の社員からの声かけを必要とするような状況にあったことはうかがわれない」とか「XがEに話しかけた動機としては、職務上の立場とは無関係に、個人的な懐かしさの感情から話しかけたとみるのが相当である」と退けている。しかし、この論点の立て方では、Xがたまたまその時点で担当していたDのマネージャー業務以外は、Yの業務であっても特段の理由がない限り私的行為となってしまい、現実の日本における仕事のあり方とやや齟齬があるように思われる。X側が以下の論点をまったく提起していないので、いささか仮想的な議論になるが、本来はこういう議論があるべきではないか。
 判決文には示されていないが、XはDのマネージャー業務に限定してY興業に採用されたわけではないように思われる。本件事件当時Dのマネージャーを担当していたとしても、今後他の様々なタレントを担当する可能性はあったであろうし、その時のために、担当ではない時期から他のタレントに挨拶し、いわゆる顔つなぎをしておくことは、職業人生全体の観点からすれば将来の業務の円滑な遂行のための予備的行為としての側面があり、まったく個人的な行為とみることはかえって不自然ではなかろうか。現実の社会では、業務の輪郭はより不分明であって、Eに挨拶すること自体を厳密にXの業務範囲外と断定することには違和感がある。ちなみに、判決文ではEは「大物タレント」、Dは「文化人」と書かれており、それぞれのマネージャー業務は一見異なる種類の業務のように見えるが、実は両者ともY興業に属してテレビのバラエティ番組で半ば政治評論的、半ば芸能人的なコメントを行うタレントであって、一般社会的にはほとんど同種の業務と見なしうるように思われる。
 そしてこれを前提とすれば、将来担当する可能性を否定できないEが、過去幾多もの暴力事件を起こし、社内やテレビ局内でも暴力事件を起こしていたことから、本件事件による災害がEを専属タレントとして抱えて業務を遂行する過程に内在化されたリスクとのX側の主張も、「相当でない」と安易に退けることは疑問がある。
 もちろんこれに対しては、その時点での担当業務ではないにもかかわらず、将来担当したり関わったりする可能性のあるタレントと顔つなぎをしておきたいという意図で声かけをすることには、業務性は認められず、業務に関連した私的行為に過ぎないという反論もあり得る。ただ少なくとも、この論点を欠いたままの「個人的な懐かしさの感情」との判断には、いささか短絡的との感を免れない。
 
2 精神障害による休業の業務起因性
 現在、精神障害の認定基準は、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年基発1226第1号)及び「心理的負荷による精神障害の認定基準の運用等について」(平成23年基労補発1226第1号)によって行われているが、本件について給付請求、審査請求が行われていた時点においては、「心理的負荷による精神障害等に係る業務場外の判断指針について」(平成11年基発第544号)、平成21年4月6日以降は同通達の改正通達(平成21年基発第0406001号)、及びその関連通達によって行われていた。
 本件に対するこの通達の基準の当てはめについては、争点②についての被告側主張に詳細に述べられており、心理的負荷の強度はⅡ、総合評価は「中」であって、業務に起因するとは認められないとしている。この判断は基本的に是認しうる。
 また被告側主張では、訴訟提起後に発出された上記認定基準へのあてはめも行っており、そこでも総合評価を「強」とする「特別な出来事」はなく、「具体的出来事」としては「中」であって、業務起因性を否定している。この判断も是認しうる。
 また、X側のPTSDとの主張に対しても、詳細な反論を行っており、納得できるものがある。ちなみにL医師によるPTSDとの診断に対する疑念は、本人供述に基づく診断を基本とせざるを得ない精神医学について本質的な問題を提起しているようにも思われるが、ここでは深入りし得ない。
 なお、本件労災給付申請は事件発生の3年近く後に、民事訴訟の和解が近づいた時点で行われており、その動機にやや不自然なものも感じられる。
 
3 外傷・打撲による休業・療養の業務起因性
 これについても、被告側主張に詳細に述べられており、是認できるものである。
 

JILPTが労働経済と労働法の研究員を募集しています

JILPTが労働経済と労働法の研究員を募集しています。

労働経済の方は:

https://www.jil.go.jp/information/koubo/kenkyuin/2019/01.html

労働法の方は:

https://www.jil.go.jp/information/koubo/kenkyuin/2019/02.html

EBPM(エビデンスに基づいた政策形成)を支える労働研究者たらんとする方々の応募を待っています。

2018年11月27日 (火)

官邸4会議合同会議

昨日(11月26日)、官邸ですごい会議が開かれたようです。

http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2018/1126_1/agenda.html(経済財政諮問会議・未来投資会議・まち・ひと・しごと創生会議・規制改革推進会議 合同会議)

いやいや、経済財政諮問会議以下、政府の経済政策の司令塔機能を争っている4つの会議の合同会議というのですから、そりゃすごいでしょう。

そこに出された「経済政策の方向性に関する中間整理」には、種々雑多ないろんなことが盛り込まれていますが、労働政策の観点から興味深いのはやはりここでしょう。

http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2018/1126_1/shiryo_01.pdf

2.全世代型社会保障への改革

 全世代型社会保障への改革は安倍内閣の最大のチャレンジである。
 生涯現役社会の実現に向けて、意欲ある高齢者の皆さんに働く場を準備するため、65歳以上への継続雇用年齢の引上げに向けた検討を来夏に向けて継続する。この際、個人の希望や実情に応じた多様な就業機会の提供に留意する。
 あわせて、新卒一括採用の見直しや中途採用の拡大、労働移動の円滑化といった雇用制度の改革について検討を行う。
 健康・医療の分野では、まず、人生100年健康年齢に向けて、寿命と健康寿命の差をできるだけ縮めるため、糖尿病・高齢者虚弱・認知症の予防に取り組み、自治体などの保険者が予防施策を進めるインセンティブ措置の強化を検討する。

①65歳以上への継続雇用年齢の引上げ
(働く意欲ある高齢者への対応)
・人生100年時代を迎え、働く意欲がある高齢者がその能力を十分に発揮できるよう、高齢者の活躍の場を整備することが必要である。
・高齢者の雇用・就業機会を確保していくには、希望する高齢者について70歳までの就業機会の確保を図りつつ、65歳までと異なり、それぞれの高齢者の希望・特性に応じた活躍のため、とりうる選択肢を広げる必要がある。このため、多様な選択肢を許容し、選択ができるような仕組みを検討する。
(法制化の方向性)
・70歳までの就業機会の確保を円滑に進めるには、法制度の整備についても、ステップ・バイ・ステップとし、まずは、一定のルールの下で各社の自由度がある法制を検討する。
・その上で、各社に対して、個々の従業員の特性等に応じて、多様な選択肢のいずれかを求める方向で検討する。
・その際、65歳までの現行法制度は、混乱が生じないよう、改正を検討しないこととする。

(年金制度との関係)
・70歳までの就業機会の確保にかかわらず、年金支給開始年齢の引上げは行うべきでない。他方、人生100年時代に向かう中で、年金受給開始の時期を自分で選択できる範囲は拡大を検討する。
(今後の進め方)
・来夏に決定予定の実行計画において具体的制度化の方針を決定した上で、労働政策審議会の審議を経て、早急に法律案を提出する方向で検討する。
(環境整備)
・地方自治体を中心とした就労促進の取組やシルバー人材センターの機能強化、求人先とのマッチング機能の強化、キャリア形成支援・リカレント教育の推進、高齢者の安全・健康の確保など、高齢者が活躍の場を見出せ、働きやすい環境を整備する。
②中途採用拡大・新卒一括採用の見直し
・人生100年時代を踏まえ、意欲がある人、誰もがその能力を十分に発揮できるよう、雇用制度改革を進めることが必要であるが、特に大企業に伝統的に残る新卒一括採用中心の採用制度の見直しを図るとともに、通年採用による中途採用の拡大を図る必要がある。
・このため、企業側においては、評価・報酬制度の見直しに取り組む必要がある。政府としては、再チャレンジの機会を拡大するため、個々の大企業に対し、中途採用比率の情報公開を求め、その具体的対応を検討する。
・他方、上場企業を中心にリーディング企業を集めた中途採用経験者採用協議会を活用し、雇用慣行の変革に向けた運動を展開する。
・また、就職氷河期世代の非正規労働者に対する就職支援・職業的自立促進の取組を強化する。

ここでいう「多様な選択肢」とか「一定のルールの下で各社の自由度がある法制」というのが、具体的にどういうイメージを想定しているのかが、高齢者雇用法政策の具体的設計の観点からはきわめて重要です。

この問題は過去にも継続雇用の外延という形で繰り返し議論されてきてはいますが、あまりきちんと展開されてはいません。しかし、今後上にあるように明確に70歳までの雇用就業機会確保ということになると、大きく二つの方向性が浮かび上がってくるように思われます。一つは企業グループを超えた転籍や派遣の活用です。これについては、いまから7年近く前にこういう文章を書いたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-050a.html(高齢者雇用に転籍や派遣の活用を)

今年1月6日に希望者全員65歳まで継続雇用する旨の労政審の建議が出されたが、高齢者雇用をめぐる議論はなかなか収まらないようである。経営側からはとりわけ、再雇用者の分までポストを用意できないとか、空きのポストに配置すると却ってミスマッチになってしまうとか、そもそも本人の性格などから再雇用したくない者がいる、といった意見が噴出している。

 こういった反発には、ミクロレベルの企業の人事管理の立場からすればそれなりにもっともな面もあるが、高齢者雇用問題はまず何よりも人口構造の急速かつ著しい高齢化を背景に求められてきたことを理解する必要がある。年金などのマクロレベルの社会保障問題は国の方で面倒を見てもらい、企業はミクロレベルの人事管理にだけ専念するというわけにはいかない。社会の中で働かずに年金をもらう側の人間をできるだけ少なくし、働いて保険料を払う側の人間をできるだけ多くするためには、社会のどこかに高齢者の働く場所を見つけていかなければならない。高齢者は可能な限り働く側にまわらなければ日本社会が維持できないというのは、全ての議論の前提である。

 問題は、その働く場所を、定年まで働いていた同じ会社の中に見つけなければならないのか、ということである。法律の原則はそうなっている。そして、その原則と企業の現実とが食い違っているという上記経営側の批判には、頷ける面が多い。とはいえ、企業の外部に排出してしまえば、自分でなんとか働く場を見つけてくるだろうとは、必ずしも言えない。他の企業がほしがるような人材は定年後でもなかなか手放さないであろうし、逆に手放したがるような人材は他の企業もあまり食指を延ばさないであろう。

 経済学の言葉で言えば、ここは内部労働市場と外部労働市場の双方にまたがるようなうまいマッチングの仕組みが必要なのである。今回の建議にはそのための道具がさりげなく盛り込まれている。一定範囲の子会社や関連会社への転籍も雇用確保先として認めるという一節である。経団連は企業グループを超えた転籍も認めるように求めていたが、それは含まれていない。筆者はもっと拡大しても良いのではないかと考えている。

 しかし、実はもう一つ内部と外部をつなぐやり方がある。グループ内部の派遣会社に転籍させ、そこからさまざまな職場に派遣するという形をとれば、実質的には広い外部労働市場のどこにでも高齢者をマッチングさせることは可能になる。こうすれば、少なくとも同一企業内でのポストとのミスマッチの問題は解決するのではなかろうか。マクロ的にはこれからますます労働力不足となる時代であり、社内では使い道のない高齢者でも、社会全体を見渡せばいくらでも使い道は見つかるはずである。そして、それくらいは、長く労働者を使ってきた企業の責任として果たしても罰は当たらないであろう。

もう一つは、上の中間整理がわざと「雇用就業機会」といって、「雇用機会」と言っていないことに着目したものですが、雇用以外の就業機会を拡大していくという途です。というと、これまでの高齢者政策ではもっぱらシルバー人材センターという話になるのですが、そうではなく、企業が雇用契約としては退職した高齢者に個人請負契約として仕事を発注していくというやり方を膨らませる方向性がありそうです。これからの高齢者はITスキルの欠如した人ばかりではありませんから、ネットで繋がる形での高齢者就業というやり方をもっと真剣に考えていく必要もあるはずです。

大は高を兼ねない

こういう大変デジャビュ感溢れる記事がありました。

https://www.asahi.com/articles/ASLCV7TT1LCVPIHB02B.html(「大卒なのを高卒」と詐称 神戸市の男性職員を懲戒免職)

大卒なのを高卒と学歴詐称し、そのまま長年勤務していたなどとして、神戸市は26日、定年後に再任用されていた経済観光局の男性事務職員(63)を懲戒免職処分とし、発表した。・・・

112483労働法クラスタにとっては懐かしい判例があります。拙著『日本の雇用と労働法』の101ページのコラムから。

【コラム】学歴詐称
 採用に当たり学歴詐称が問題になることは洋の東西を問いません。ただし、欧米のジョブ型社会で学歴詐称といえば、低学歴者が高学歴を詐称することに決まっています。学歴とは高い資格を要するジョブに採用されるのに必要な職業能力を示すものとみなされているからです。日本でもそういう学歴詐称は少なくありません。しかしこれとは逆に、高学歴者が低学歴を詐称して採用されたことが問題になった事案というのは欧米ではあまり聞いたことがありません。
 新左翼運動で大学を中退した者が高卒と称してプレス工に応募し採用され、その後経歴詐称を理由に懲戒解雇された炭研精工事件(最一小判平3.9.19労判615-16)の原審(東京高判平3.2.20労判592-77)では、「雇用関係は労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係」であるから、使用者が「その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知する義務を負」い、「最終学歴は、・・・単に労働力評価に関わるだけではなく、被控訴会社の企業秩序の維持にも関係する事項」であるとして、懲戒解雇を認めています。大学中退は企業メンバーとしての資質を疑わせる重要な情報だということなのでしょう。
 これに対して中部共石油送事件(名古屋地決平5.5.20労経速1514-3)では、税理士資格や中央大学商学部卒業を詐称して採用された者の雇止めに対して、それによって「担当していた債務者の事務遂行に重大な障害を与えたことを認めるに足りる疎明資料がない」ので、「自己の経歴について虚偽を述べた事実があるとしても、それが解雇事由に該当するほど重大なものとは未だいえない」としています。低学歴を詐称することは懲戒解雇に値するが、高学歴を詐称することは雇止めにも値しないという発想は、欧米では理解しにくいでしょう。

2018年11月26日 (月)

カギカッコつきの「同一労働同一賃金」@『JIL雑誌』12月号

701_12 『日本労働研究雑誌』12月号は、これから3号連続で特集される「働き方改革シリーズ」の第1弾で「同一労働同一賃金」特集です。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2018/12/index.html

特集:働き方改革シリーズ1「同一労働同一賃金」

という特集タイトルを見ても、別に何とも感じないかもしれませんが、いやこれ実は、ある意図が込められているんです。それは何かというと、特集の解題の中で神吉知郁子さんがこう述べています。

・・・もっとも,巻頭提言(浅倉むつ子「雇用管理区分差 別の合理性」)が指摘するように,この法改正が「同一 労働同一賃金」原則といえるかには議論がある。提言で は,正規・非正規間格差のみならず正規労働者間格差も 包摂するような,均等待遇の理念に根ざした包括的な雇 用管理区分差別禁止法制の実現が求められている。この ことは,裏を返せば,現状の非正規待遇格差禁止法制は 一般的・包括的な差別禁止法制ではないことを意味す る。続く論考でも明らかになるように,これらの法改正 は日本型雇用システムと密接に関わりながらその弊害 を是正しようとする試みであり,男女差別禁止原則とし て発展してきた本来的な同一(価値)労働同一賃金とも 異質の特徴を有する。そのため,本特集では,あえて「同 一労働同一賃金」とカッコつきで用いることにした。

これでもいささか奥歯にものが挟まった感じですが、もう少し率直な表現に翻訳すれば、本来非正規労働者の均等・均衡処遇問題というべき、あるいはそうとしか言えないような政策内容を、あえて政治的スローガン的用語法として「同一労働同一賃金」という看板を掲げて進められてきたことに対する、研究者としての良心的抵抗心がちらりと顔を出しているところということかもしれません。

提言 雇用管理区分差別の合理性 浅倉むつ子(早稲田大学法学学術院教授)

解題 働き方改革シリーズ1「同一労働同一賃金」編集委員会

論文
雇用形態間賃金差の実証分析 川口大司(東京大学大学院教授)
パートタイム・有期労働法の制定・改正の内容と課題 島田裕子(京都大学大学院准教授)
派遣先均等・均衡待遇原則と労働者派遣 小西康之(明治大学教授)
総合スーパーのパートの基幹化と均衡・均等処遇の取り組み─A社の2000年以降の人事制度の変遷の事例から 平野光俊(神戸大学大学院教授)
正社員と非正社員の賃金格差─人事管理論からの検討 島 智行(一橋大学教授)
研究ノート(投稿)無限定正社員と限定正社員の賃金格差 安井健悟(青山学院大学准教授)佐野晋平(千葉大学大学院准教授)久米功一(東洋大学准教授)鶴光太郎(慶應義塾大学大学院教授)

川口さんの論文は、厚労省の同一同一検討会の委員として実施し、同検討会に提示された実証分析の紹介で、興味深い事実を示しています。

同一労働同一賃金の実現に向けた検討会中間報告の一部として公表された『賃金構造基本統計調査』個票を用いた雇用形態間の賃金差の分析結果を報告する。賃金差の決定要因として重要な学歴情報がある一般労働者を対象に主要な分析を行った。雇用形態を定義する際には呼称・労働契約期間に基づく定義があるが、賃金差を説明する要因としては有期・無期の違いよりも呼称がより重要である。最終学歴・潜在経験年数・勤続年数・職種・役職・事業所の違いといった観察可能な属性の違いを制御しても、無期の正社員・正職員に比べて有期の非正社員・非正職員は男女ともに約18%所定内時間当たり賃金が低い。所定外賃金を含めても分析結果は変わらないが、賞与を含めて時間当たり賃金を計算すると、雇用形態間の賃金差はおよそ50%拡大する。

パートとか、有期とか、そういう契約上明確な雇用形態の違いでもって均等待遇を論じるというのはEU型法制の発想の輸入ですが、現実の日本の職場は、それよりも呼称、すなわち正社員かどうかという雇用システム上の身分こそが重要であるということが、すでに明確に示されていたことになります。

ちなみに、川口論文の冒頭近くの記述は、この問題をめぐる官僚たちや研究者たちを巡る人間模様の一端が垣間見えてなかなか面白い読み物となっています。

『ビジネス・レーバー・トレンド』2018年12月号

201812『ビジネス・レーバー・トレンド』2018年12月号が発行されました。特集は「テレワークの人事管理」で、本ブログでも紹介した9月26日の労働政策フォーラムの記録が中心です。

https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2018/12/index.html

労働政策フォーラム 「働き方改革とテレワーク」

【基調講演】テレワークと人事管理の考え方――在宅勤務を中心に

小倉一哉 早稲田大学商学学術院教授

【研究報告】テレワーク――JILPT調査から・在宅勤務を中心に――

池添弘邦 JILPT主任研究員

【事例報告①】社員がイキイキと働ける環境をめざして――日本航空が実践する働き方改革

神谷昌克 日本航空株式会社人財本部
    人財戦略部ワークスタイル変革推進グループ グループ長

【事例報告②】損保ジャパン日本興亜のワークスタイルイノベーション

髙田剛毅 損害保険ジャパン日本興亜株式会社人事部企画グループ特命課長

【事例報告③】味の素流「働き方改革」――働きがいと生産性向上への取り組み

古賀吉晃 味の素株式会社人事部労政グループ兼グローバル人事部

【パネルディスカッション】

濱口桂一郎 コーディネーター:JILPT研究所長

これと併せて、JILPTの山崎憲さんによる「AIやIoTなどの技術革新は雇用にどのような影響を与えるのか」が最近はやりの議論についての見通しを与えてくれると思います。金曜日に紹介した連合総研のブックレット『IoTやAIの普及に伴う労働への影響と課題 -新技術導入の現状・労働組合の受け止めと期待される役割-』と読み比べてみると面白いかも知れません。

この関係で、海外労働事情の中の

ドイツ  ギグワーカーの労働者性――「ライダー」は自営か労働者か

も注目に値します。

また、ちょっと視点は違いますが、

<連載>賃金・人事処遇制度と運用実態をめぐる新たな潮流(第32回) 技術職の派遣社員を無期雇用で採用し、安心とキャリアアップの場を提供――UTグループ  ――スキルに応じて昇給する資格体系の導入も

も是非目を通しておいてほしい記事です。

2018年11月23日 (金)

連合総研『IoTやAIの普及に伴う労働への影響と課題』

46519042_1100205966817868_636734936 連合総研のブックレット『IoTやAIの普及に伴う労働への影響と課題 -新技術導入の現状・労働組合の受け止めと期待される役割-』をいただきました。

https://www.rengo-soken.or.jp/work/2018/11/221758.html

現在、急速に進みつつあるIoTやAIといった新技術の進展と社会への普及は、生産、サービス、 生活のあり方をはじめ、就業構造や労働のあり方にも大きな影響を与えることが予測されている。日本 における「物づくり」現場、ホワイトカラー労働者の働き方をはじめ、対人サービス分野での労働のあ り方や労使関係への影響など、検討すべき課題は多岐に及ぶと考えられている。定形型労働に加え非定 形型労働においても、機械への代替が進むなど雇用の二極化や雇用減少といった労働者にとってマイ ナス側面での影響が予測されている一方で、労働力人口が減少する日本において顕在化しつつある人 手不足の解消や新たな成長分野での仕事の創出といったプラス面での影響も予測されている。 連合総研ではIoTやAI等の新技術の進展がもたらす労働環境の変化、そして労働者への影響や 課題を明らかにすることを目的として「IoTやAIの普及と労働のあり方に関する調査研究プロジ ェクト」を立ち上げた。プロジェクトでは労働、法律、経済、人工知能分野の学者・研究者そして企業 経営者と、多岐にわたる有識者による講演会(ヒアリング)や座談会を開催すると共に、労働現場にお ける新技術の導入状況と労働組合の受け止めを明らかにするために、産別労働組合そして単組へのヒ アリング調査を実施し、変化の時代に労働組合に期待される役割について検討を行った。 本ブックレットは、プロジェクトから明らかになった様々な知見および、労働現場における新技術の 導入状況をとりまとめている

連合総研のブックレットですが、第1章の総論的な「AI 等の技術革新による働き方の変化と課題の整理」を書いているのは、JILPTの山本陽大さんです。山本さんはここ2年程、ドイツの労働4.0であちこちひっぱりだこですが、ここでは総論担当にまでなっていますな。

はじめに
1.AI 等の技術革新による働き方の変化と課題の整理
2.技術革新がこれからの社会に与える影響
(1)AI・IoT と労働 -その背景と日本的経営-
(2)AI の技術革新の進展による社会への影響について
(3)IoT や AI の普及とこれからの社会・働き方・暮らし方
3.座談会報告:新技術がもたらす変化と労働組合の役割 -有識者による提言-
4.ヒアリング -労働現場で起きている変化と労働組合の認識-
(1)三菱ふそう労働組合
(2)NTT労働組合 東日本本部
(3)三井住友海上労働組合
(4)全国生命保険労働組合連合会 まとめ 活動の経過

山本さんの総論でもいくつも参照されていますが、第3章の座談会がいろんな論点が出ていて面白いです。

◇竹内(奥野) 寿 早稲田大学教授
◇柳川 範之 東京大学大学院教授
◇山本 陽大 労働政策研究・研修機構副主任研究員
◇山崎 憲 労働政策研究・研修機構主任調査員
◇古賀 伸明  連合総研理事長
◇中城 吉郎 連合総研所長
[司会進行] 新谷 信幸 連合総研専務理事

クルツ&リーガー『無人化と労働の未来』

378353 岩波書店編集部の堀由貴子さんより、 コンスタンツェ・クルツ&フランク・リーガー『無人化と労働の未来 インダストリー4.0の現場を行く』(岩波書店)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b378353.html

世界に先駆けて“第四次産業革命”を打ち出し,ソフトウェア,ロボットとネットワーク化による製造現場の変革を進めてきたドイツ.これまで人間が担ってきた労働は,どんな機械により,どのくらい代替されているのか? 様ざまな分野の現場を丹念に描くとともに,頭脳労働の自動化も視野に入れ,“無人化”により社会が直面する課題を浮き彫りにする.

今やドイツ発のインダストリー4.0は世界中のバズワードですが、そのドイツのデジタル化の実情を、農場で小麦を栽培するところから製粉してパンに焼き上げるまでの生産プロセスの変化から浮かび上がらせる第1部と、こちらは最近よく伝えられる最先端のデジタル化の姿を描く第2部からなる本です。正直言うと、原著の出版が2013年とやや古いので、第2部の記述はいささか古新(ふるあたら)しい感もあったりしますが、第1部はあまり人が丁寧に叙述してくれないような世界をルポ風に伝えてくれるので、なかなか読みごたえがあると思います。

プロローグ――日本語版の読者へ
Ⅰ 畑からパンになるまで――生産現場をめぐる旅
 第1章 農家と農作業――その現在
 第2章 大規模農場にて――技術革新の影響とリスク
 第3章 コンバインハーベスターが生まれるところ
 第4章 水車も風車もない製粉場――石臼から全自動へ
 第5章 現代の「ミル・ドクター」――イノベーションを生む機械メーカー
 第6章 パンが焼きあがるまで
 第7章 無人化が進むロジスティクス――始まった技術革命
Ⅱ 労働の未来へ
 第8章 運転手のいない自動車
 第9章 人に優しい機械を目指して
 第10章 知能の自動化
エピローグ
訳者あとがき

表紙の画像にあるように、ドイツ語の原題は「Arbeitsfrei」(アルバイツフライ)。英語でいえばworkfreeで、「労働から自由な」というような意味なんでしょうが、間に「力」(macht)を入れると、アウシュビッツの標語になるというのは、たぶんドイツ人なら感じるような・・・。

2018年11月20日 (火)

アフトルハーノフ『スターリン暗殺事件』

61qpgogilul_sx354_bo1204203200_ いや別に他意はなく、たまたま古書店の店頭に1冊100円で転がっていたのを見つけて買って読んでるだけですけど、忠誠なふりをして独裁者を出し抜いて叩き潰す、というストーリーはわくわくさせます。

スターリン暗殺事件―ベリヤ四人組の陰謀 (ハヤカワ文庫NF) 文庫 – 1980/9

アブドゥルアハマン・アフトルハーノフ (著), 鈴木 博信 (翻訳)

謎と噂につつまれていた独裁者スターリンの死の真相について冷戦時代に当時入手可能な資料によって立証した名著。ソ連消滅後の現在でも充分に資料的価値があるといえるだろう。

ちなみに、著者のアフトルハーノフは亡命チェチェン人。

(追記)

後世のために注記しておくと、ちょうどこの日にルノー・日産の最高権力者である(った)カルロス・ゴーン氏が逮捕され、手回し良く西川社長が記者会見していたんです。

ベルコ事件地裁判決が警告するもの

連合がリキを入れてバックアップしていたベルコ事件の札幌地裁判決ですが、実は労働側、あるいは労働弁護士にとってある意味の警告になっている面があるように思います。

話は業務委託契約を結んでいる代理店の労働者性なんですが、その労働者性の判断基準が、あまりにも古典的な労働者概念に縛られているように見えることです。

・・・業務の方針や成果に関しては細部にわたってYからの指示があり、これを拒否することは相当程度困難であった一方で、具体的な労務の遂行方法や労務の時間、場所については一定程度の裁量があったということができ、業務の代替性は乏しいものの、その業務を自己の計算によって行い、報酬額が労務の成果と対応しているものである。

したがって、KはYに従属し、Yに使用されて労務を提供しているとは言えないから、KがYの使用人であるということはできない。・・・

はあ?なに?この裁判官の脳みその中の労働者とは、「具体的な労務の遂行方法や労務の時間、場所については一定程度の裁量」すらあってはならず、ことごとく決められた手順書の通りに、時間も場所も一切の裁量性は許されない。あまつさえ、その賃金は「労務の成果と対応」することも許されない、という一体いつの時代の単純労働者だといいたくなるような固定観念に縛られているようです。

そんなことを言い出したら、裁量労働制や成果主義賃金を適用されている連中はことごとく労働者性が認められず、業務委託契約だといわなくてはいけなくなりそうです。

んなあほな、と思うのがまともな人間の常識だと思うのですが、一方で皮肉なことに、その固定的な発想をなにがしか共有しているんじゃないかと思いたくなるような議論が、裁量労働制やら高度プロフェッショナル制度を巡って、やたら声高に叫ばれたのもまだ記憶に新しいところでもあるんですね。

この判決は、もちろん、れっきとした雇用労働者であっても「具体的な労務の遂行方法や労務の時間、場所については一定程度の裁量」があっても何ら不思議ではないし、いわんや「報酬額が労務の成果と対応」するのは当然のことだということがわかっていないらしい裁判官氏の頭の中に対する疑念を抱かせるものではありますが、それと同時に、それと同様の発想に立っているかのように見える議論を安直にやらかしがちな人々に対する警告にもなっているのではないかと思うわけです。

傷病手当金と賃金制度@『労基旬報』2018年11月25日号

『労基旬報』2018年11月25日号に「傷病手当金と賃金制度」を寄稿しました。いささかトリビアの度が過ぎるトピックとお感じになる方もいるかも知れませんが、いやいやトリビアのように見えて、実はなかなか日本の賃金制度の推移の本質にかかわる話なんですよ。

 社会保険と言えば健康保険と年金保険が二大制度ですが、それらに関する議論は圧倒的に療養の給付と老齢年金に集中しています。それはもちろん、人口の高齢化に伴う負担の増大の問題が最重要課題であるからですが、その影に隠れてややもすれば忘れられがちな制度にも、時に関心の一端を向けてもいいのではないかと思われます。それは、失業保険(雇用保険の失業給付)が労働の意思と能力を有するにもかかわらず就職できない者に対する所得補償保険であるのに対して、労働の能力が一時的ないし恒久的に失われた者に対する所得補償保険というべきものです。具体的には、健康保険の傷病手当金と年金保険の障害年金ですが、ほとんどマスコミ等における社会保障論議で取り上げられることはありません。しかし、人は常に病気や怪我で一時的に働けなくなったり、障害で恒久的に働けなくなる可能性があります。今回はこれら労働不能時所得補償保険のうち、傷病手当金をめぐる法政策を概観したいと思います。

 これらのうちまず最初に立法化されたのは、1922年に成立し1927年に施行された健康保険法の傷病手当金です。

第四十五条 被保険者療養ノ為労務ニ服スルコト能ハサルトキハ其ノ期間傷病手当金トシテ一日ニ付報酬日額ノ百分ノ六十ニ相当スル金額ヲ支給ス但シ業務上ノ事由ニ因リ疾病ニ罹リ又ハ負傷シタル場合以外ノ場合ニ於テハ労務ニ服スルコト能ハサルニ至リタル日ヨリ起算シ第四日ヨリ之ヲ支給ス

第四十七条 療養ノ給付及傷病手当金ノ支給ハ同一ノ疾病又ハ負傷及之ニ因リ発シタル疾病ニ付百八十日ヲ超エテ之ヲ為サス

②業務上ノ事由ニ因リ疾病ニ罹リ又ハ負傷シタル場合以外ノ場合ニ於テハ療養ノ給付及傷病手当金ノ支給ハ一年内百八十日ヲ超エテ之ヲ為サス

 戦前の健康保険法は業務外と業務上の両方に適用されていたので、この規定には現在の健康保険法の傷病手当金と労災保険法の休業補償給付に当たる部分とが含まれています。業務外の場合は労働不能となって第4日目から一律に1年180日までしか支給されないのに対して、業務上の場合は労働不能となった初日から傷病ごとに180日まで支給されるという形で格差をつけていました。

 健康保険制定時は病院収容中は扶養家族数に応じて減額するという規定がある一方、報酬を受けられる期間は支給しないという規定はありませんでした。日給で働く工場の職工のみを対象とする制度だったからでしょう。これに対しホワイトカラー職員を対象とした1938年の職員健康保険法では、月給制であることを前提にかなり限定的な給付とされつつ、例外的に日給制の職員についてはやや寛大な給付設計としていました。

第四十九条 被保険者ガ療養ノ為引続キ労務ニ服スルコト能ハザルトキハ労務ニ服スルコト能ハザルニ至リタル日ヨリ起算シ三月ヲ経過シタル日ヨリ其ノ後ニ於ケル労務ニ服スルコト能ハザル期間傷病手当金トシテ一日ニ付報酬日額ノ百分ノ五十ニ相当スル金額ヲ支給ス但シ日給ヲ受クル被保険者ニ付テハ労務ニ服スルコト能ハザルニ至リタル日ヨリ起算シ十日ヲ経過シタル日ヨリ之ヲ支給ス

第五十条 傷病手当金ノ支給期間ハ同一ノ疾病又ハ負傷及之ニ因リ発シタル疾病ニ関シテハ三月ヲ以テ限度トス但シ日給ヲ受クル被保険者ニ付テハ六月ヲ以テ限度トス

 職工の60%に対して職員の50%は共通ですが、日給制職員が待機期間10日で支給期間6か月と職工に近いのに対して、月給制職員は待機期間3か月で支給期間3か月とされています。待機期間3か月というと、1984年改正雇用保険法で導入された自己都合退職者への待機期間を思い出しますが、月給制職員はそれくらいの経済的余裕はあるはずだと考えられていたのでしょうか。

 1942年には職員健康保険法が健康保険法に統合され、傷病手当金は職工も職員も一律に支給期間は6か月で、待機期間も一律に3日間となったのです。もっとも給付率は職工が60%、勅令(健康保険法施行令)で定める職員は50%とされました。後者は戦前型月給制で、休業しても3か月は給料が全額保障されるような職員に限られます。

第七十八条ノ三 健康保険法第四十五条ノ規定ニ依リ傷病手当金トシテ一日ニ付報酬日額ノ百分ノ五十ニ相当スル金額ヲ受クル者ハ職員ニシテ疾病又ハ負傷ノ為労務ニ服スルコト能ハサル場合ニ於テハ労務ニ服スルコト能ハサルニ至リタル日ヨリ起算シ引続キ三月以上俸給又ハ給料ノ全額ヲ受クルコトヲ得ヘキモノトス

 この時期、賃金制度においては、ブルーカラー工員にも月給制を適用すべきという動きが高まる一方、ホワイトカラーにも早出残業割増がつく会社経理統制令が施行されるなど、それまで峻別されていた両者が入り交じるようになってきたことがその背景にあると思われます。

 戦後1947年に健康保険法から労災保険法が分離され、傷病手当金から労災の休業補償費が分離されましたが、この時併せてホワイトカラーとブルーカラーの区別も全廃されました。そもそも、労災保険法と同時に制定された労働基準法が両者を全く区別せず、戦前は早出残業しても割増がつかない代わりに遅刻欠勤しても減額されない純粋月給制であったホワイトカラー職員に対しても、一律に同法第37条による割増賃金の支払を義務づけたのです。戦時中に大きく進んだ両者の同一化が、戦後になって完成に至ったといえましょう。こにょうに、傷病手当金というのは制度としては目立たないものですが、その小さな窓から雇用賃金制度の動きが垣間見えるとも言えます。

読書メーターの拙著評

読書メーターに、大変熱のこもった拙著への書評が続々とアップされています。

41mvhocvlまず、くたくたさんの『日本の雇用と中高年』の書評が、

https://bookmeter.com/reviews/76435977

自分が労働環境や条件に希求するものが、おおよそ日本の労働行政(国)が進もうとしているものと時代的にも内容的にも軌を一にしていたことに、軽く衝撃を覚えた。前著「若者と労働」で縦型「メンバーシップ型」と横型「ジョブ型」の労働類型を分かり易く説明してくれたが、今著では、特に中高年に焦点を当てつつメンバーシップ型の弊害を読み解いていく。自分が居心地が良いと感じさえする会社のありようが本質的に過酷なものであることを、噛んで含めるように、教え諭すような本。取り敢えず読んで観てくれ、と特に同年代に勧めたい。

長く生き、長く働くには、どうしたら良いのか。メンバーシップ型の無軌道な服従の要請に応え続けることはせず、右肩上がり賃金にはある程度のところで見切りをつけ、ワーク・ライフバランス重視の生活を取り戻し、などなど。36協定よりも11時間インターバルの方が大事。60歳で定年したのち低賃金で継続雇用するよりは、中高年でももっと若く、柔軟性もあるうちに、働き方を変えて70までは働く。どれもとても重要なことに思える。

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5つぎに、そのくたくたさんの『働く女子の運命』に対する書評。さらにコメント機能を使って大変長文の書評になっています。

https://bookmeter.com/reviews/76506438

この著者の本を3冊続けて読んだが、同じジョブ型、メンバーシップ型雇用を取り扱いながら、若者、中高年、女性と切り口を変え、それぞれ新しい発見があった。3冊分のまとめとしてかなり長いが考えをまとめておく。①世界標準の職務給ではない家族給・生活給という給与形態を日本の産業界と労働運動が手を携えて成立させてきた過程と、日本の雇用の姿(その中で女性の労働がどのように変遷してきたか)を確認。こうして戦前から現在に至る雇用の形や法制を見ると5年10年単位で世の中の意識が結構ダイナミックに変わっていくものなのだと知った。

②生活給としての年功序列賃金が戦前の国家社会主義の勤労報国の形を雛形としているとか、日本のマルクス主義経済学と生活給の怪しい関係とか、日本の労働運動がむしろ女子差別と表裏の関係にある年功賃金を助長する働きをしてきたとか。社会主義ならぬ会社主義とかバッカジャネーノ?また70年代以降の知的熟練論についてはその論客である小池氏の理論があまりにも馬鹿っぽいが、原文に当たらずに批判をするのは他人のふんどしで相撲取るようなものなので控えておく。それにしても気持ち悪い歴史が盛りだくさんだ!

③80年代以降は自分の記憶にも残っている。90年代、平成不況到来で非正規化する男性労働者が増大して非正規雇用の問題が拡大する一方で、これまでの「一般職(=職場の花)」は募集そのものが無くなり、その業務は安価な派遣社員に移行。少子化ショックが育児休業充実の原動力となるが、なし崩し的に問題が少子化や非正規雇用問題に遷移する一方で、働きつづける女性の出産年齢の上昇も課題。最後に著者からの問いかけ、「マタニティという生物学的な要素にツケを回すような解が本当に正しい解なのか」に対する、私の回答は以下のとおり。

ジョブ型への移行は、社会保障のあり方と表裏一体であること。同一労働同一賃金を実現するためには、給料から生活給の部分をそぎ落とし、職務給として純化していく必要があるが、その為には次世代育成すなわち中長期的な社会の維持発展に要する費用を給料から切り離す必要がある。これらの費用は公的に負担され、その社会のメンバー(もちろん会社も含む)が税金という形で公平に分担することになる。(著者が引き合いに出すEUなどでは、むろん、子育て手当や教育無償化は充実している。)

健全な次世代の育成は社会が維持発展するために必須であり、その負担は社会全体で賄う必要がある。この点を明確に要求して実現させるのとセットにしない限り、今の日本の社会システムの中では、ジョブ型や職務給導入の議論は意味不明なものになりかねないだけでなく、単純な低賃金化や労働強化に繋がりかねない。ごく単純に考えて、子育てと教育に要する負担が社会化されれば、あとは自分の再生産費だけを稼ぎ出せば良いので、同一労働だろうが同一労働力だろうが、同一賃金を導入できるし、そのときには、女性はもっと働きやすくなるだろうと思う。

ちなみに、上記の私の主張は、まだ未読の著者の本「新しい労働社会」で展開されている模様。わたしさ〜。もう疲れちゃったんだよね〜。(ぼそっ)

ということで、次は『新しい労働社会』の書評がくるようです。

51jsv2cbn0l__sl500_ちなみに、くたくたさんは、『働く女子の運命』でちらりと引用したこの本にまで目を通されたようです。

https://bookmeter.com/reviews/76480458

今読んでいる濱口桂一郎氏の「働く女子の運命」に引用されていたので気になって。何とは無い日常を語るエッセイはそんなに好きじゃないので、引用箇所だけ拾い読みしました。谷野せつさん、1903年(明治36年生まれ)・・・日本女子大学を卒業後、内務省に入省し、女性初の工場監督官となった。大学を卒業する女性がのべでも5000人はいなかった時代、「意識的に生きているひとが多かった」と。

なお、同じ『働く女子の運命』に対して、はるたろうQQさんの書評。

https://bookmeter.com/reviews/76529765

11月7日に著者の「日本の労働法政策」出版記念セミナーを受けたが、その内容を理解するのに本書はとても役に立つ。著者の議論は歴史的な由来を丁寧に跡付けた秀逸な現状分析論なので、「女子の運命」をどう改善するのかの方策は薄い。ただ、安倍政権が政治主導で労働時間規制の上限を設け、正規・非正規の処遇体系の一本化に踏み出した。著者が言うように時代精神というものは結構短期間に移ろいゆくものなのだろうか。今後どうなっていくのか、著者の議論に注目したい。なお、著者は皮肉っぽい書き方が好きなようだが、それがちょっと邪魔。

邪魔、ですか。こういう領域では、皮肉な語法がむしろ有効なのではないかと思っていたりするのですが。

2018年11月19日 (月)

パワハラ措置義務法制化

本日の労政審雇環分科会に、パワーハラスメントに対する使用者の措置義務を規定すべきという提案が提出されました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02376.html

この資料3です。

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000405096.pdf

前振りのセリフは飛ばして、肝心の部分を引用すると、

① 職場のパワーハラスメントを防止するため、事業主に対して職場のパワーハ ラスメントを防止するための雇用管理上の措置を講じることを法律で義務付 けるべきではないか。
② 事業主に対して措置を義務付けるに当たっては、男女雇用機会均等法に基づ くセクシュアルハラスメント防止の指針の内容を参考としつつ、職場のパワー ハラスメントの定義や事業主が講ずべき措置の具体的内容等を示す指針を策 定すべきではないか。
③ 男女雇用機会均等法に基づくセクシュアルハラスメント防止対策と同様に、 職場のパワーハラスメントに関する紛争解決のための調停制度や、助言や指導 等の履行確保のための措置について、併せて法律で規定すべきではないか。
④ その際、中小企業はパワーハラスメントの防止に関するノウハウや専門知識 が乏しいこと等を踏まえ、例えば、コンサルティングの実施、相談窓口の設置、セミナーの開催、調停制度の周知等の支援を積極的に行うこととしてはどうか。

と、昨年のパワハラ検討会の5つの選択肢の3つ目の選択肢を選んだということのようです。

検討会報告では、経営側の主張に配慮して、法律規定なきガイドラインと両方に足を掛けるような書き方でしたが、ここではっきりと法規定は設けることにするようです。ただ、この記述からは、どの法律に規定を置くのかがよくわかりません。

この報告書素案みたいなものが、パワハラの前に女性活躍促進法の話で、パワハラの後ろがセクハラの話なのですが、パワハラ自体は男女均等とも女性活躍とも違い、もっと広がりのある話ですから、はまりにくいですね。

今年の通常国会に当時の(今は亡き)民進党と希望の党が提出したパワハラ規制法案は、労働安全衛生法の一部改正という形をとっていましたが、内容的にはそれが一番はまりがよいのはたしかですが、雇環局が安衛法の改正を担当するというのも組織編成上変な感が否めません。

ついでに、全くどうでもいいことですが、この雇用環境・均等局、なんと略せばいいんでしょうか。前の雇用均等児童家庭局時代は「雇均局」といってましたけど、今度は「雇環局」?

「古今局」ならそこはかとなく風情があっていいですが、今回はついうっかり「股間局」とか変換してしまいそうで困ります。

閑話休題。パワハラ検討会報告ではやや一蹴されていた感じの法律上に(措置義務だけではなく)禁止規定を設けるという考え方についても、

なお、法律でパワーハラスメントを禁止することについては、民法等他の法令 との関係の整理や、違法となる行為の要件の明確化等の課題があることから、今 回の見直しにおける状況の変化を踏まえつつ、その必要性も含めて中長期的に検 討することが必要ではないか

と、先送りとは言いつつ、中長期的には検討すると明言していて、空気の変化が感じられますね。

これは、セクハラについても、

セクシュアルハラスメントは許されない行為であるという趣旨を明確にする 観点から、法律でセクシュアルハラスメントを禁止すべきという意見がある一 方、そうした規定を設けることについては、民法等他の法令との関係の整理や 違法となる行為の要件の明確化等の課題があることから中長期的に検討するこ とが必要との意見がある中で、どのように考えるか。

と、ややどっちつかずの表現ながら言及されています。

鈴木孝嗣『外資系企業で働く』

9784897617275500鈴木孝嗣『外資系企業で働く~人事から見た日本企業との違いと生き抜く知恵~』(労働新聞社)をお送りいただきました。

https://www.rodo.co.jp/book/9784897617275/

本書は、外資系企業と日本企業で人事を長く経験した著者が、両社の共通点と違いを紹介するだけでなく、外資系企業にまつわるイメージについても解説していますので、外資系企業への就職や転職を希望される方にもおすすめです。
またこれからの厳しい時代に「会社人間」としてどのように生きていけばよいのかも示唆しています。

著者は私と同年配。都銀からメーカーの人事労務に従事し、その後外資系企業で人事担当の取締役をやっている方です。

目次は下に掲げるとおりですが、むしろ中に挟まれているマンガやイラストが、キャラクターがかわいくて、大変お気に入りになりました。

はじめに

第1章 外資で働く

(1) 序説
外資系企業の定義/外資系企業のイメージ/日本企業との違い/日本企業との人材の違い/欧州系と米国系の違い
 【コラム】会社から見た人材確保に関する課題
(2) 外資への転職
まずは、キャリアの棚卸から/転職エージェントの選び方/人生の振り返り/転職前の語学留学・海外留学は役に立つのか?/転職回数は何回までOK か?/転職理由が重要(「やりきった感」?)/外国人幹部による採用面接の留意点/転職のタイミング/従業員紹介プログラム(Employee Referral Program)/貢献のBreakeven Point /外資で働く上で必須の行動スタイル(HandsOn とSpeed)
 【コラム】私の転職活動
(3) 報酬・処遇
外資の給与は高いのか?/外資の給与変動は激しいのか?/賃金制度/ボーナス(Short Term Incentive)/転職と年収/福利厚生
 【コラム】個室
(4) 成長
人材開発プログラム/サクセッション・プログラム(Succession Program)/挫折と成長
 【提言】日本企業と外資系企業の疑似ローテーション
(5) 組織・命令系統
"Report To" と "Direct Report" /マトリックス組織/親会社と子会社/外資系企業の社長/どこまでイエスマンを演じれば良いのか(7:3の法則)/ドラマ・クイーン(Drama Queen)/グランド・ペアレント・プリンシプル(Grand Parent Principle)
 【コラム】外資系に就職すればグローバルに活躍できるのか?
(6) 会社生活
英語/会議での発言/署名(サイン)/オフィスの風景/イベント(社内行事)/ダイバーシティ(Diversity)/服装規程(Dress Code)/社内イントラネット/電子メール(24時間戦うべきか?)/ヘッド・カウント(Headcount)と採用凍結(Hiring Freeze)/外資の仕事はキツイのか?
 【コラム】外資系社員にロイヤリティ(忠誠心)はあるのか?
(7) 退出
雇用の安定/外資系は簡単に解雇するのか?/定年まで働けるのか?
 【コラム】辞めどき

第2章 日本の会社で働く

(1) 日本的雇用慣行
日本の会社の人事労務制度-日本的雇用慣行
(2) 動機:なぜ働くのか
日用の糧を得る/成長のため/やる気の3要素
 【コラム】学校と会社の違いー期待する答えを出すためだけの場所か、否か
(3) 選択:どこで働くのか
あなたの側からの選択肢/あなたの売りは何か
 【コラム】企業理念とのマッチング
(4) 始めの一歩:つまずかないために
新入社員のマナー/会社や職場の慣習・しきたりを覚える
 【コラム】同期入社の意味(仲間でありライバルである)
(5) 報酬:いくらもらえるのか
年収/貢献と報酬の長期収支勘定/転職者の給与水準
 【コラム】総額人件費
(6) 評価:納得できるか
目標管理制度/評価の偏り(評価誤差)/上司が部下を評価するということ/会社に民主主義は必要か
 【コラム】人事処遇における「予測可能性」
(7) 人材開発:成長できるか
成長の方程式/ローテーションの功罪
 【コラム】社内研修はつまらない?
(8) 働き方:効率をどう考えるか
パソコン社員論と時間管理/効率的な文書の作り方(Once-Upon-A Time Formatを避ける)/仕事の完成度と上司
 【コラム】AIと仕事
(9) 組織:肩書にこだわるか
管理者の役割/会議と根回し/サイロ・メンタリティーと畑/肩書の示すもの/上司のタイプ/理想の上司の落とし穴
 【コラム】相性(Chemistry)とチームワーク
(10) 会社生活:マインドセット(mind-set) が重要
大企業病/ ポジティブ・シンキング/ エンゲージメント
(Engagement)
 【コラム】男のアイディンティティと女性の輝き
(11) 退出:引き際
すぐ辞めたら人生の落伍者か?/言われる前に身の振り方を考える
 【コラム】早期退職

第3章 新「会社人間」主義

(1) Character Counts(人格がものを言う)
リーダーシップと品格/エモーショナル・インテリジェンス(EQ)/アンガーマネジメント(怒りのマネジメント)/ジョハリの窓(Johari window)
(2) 新「会社人間」主義
企業倫理とビジネスマンの条件/「新会社人間」宣言
(3) 理想の会社と理想の社員
理想の会社はあるか?/理想の社員はいるか?

終わりに

経営者とサラリーマン/無制限の自由競争/配偶者にとっての良い会社/娘のひとこと

【付録】日本的雇用慣行

a. 日本的雇用慣行の特徴/b. 年功賃金制の仕組み/c. 年功制の課題Ⅰ…市場競争原理から離れている/d. 年功制の課題Ⅱ…中高年齢者の非効率/e. 年功制の課題Ⅲ…「予測可能性」と能力の出し惜しみ/f. 年功制と時代

外国人労働者問題の基本認識

Book_12889入管法改正案が国会に提出された後もいろいろ問題が発生して議論がかまびすしいですが、こういうときこそ、外国人労働者問題の基本認識を改めてきちんと考えておく必要があろうと思われます。

もう8年も前に『労働再審2 越境する労働と〈移民>』 (大月書店)所収の拙論の冒頭で書いた次の文章は、ややもすれば枝葉末節の議論にばかり迷い込みがちなこの問題を考える上で重要な視点だと、いまでも思っていますので、お蔵出ししておきたいと思います。

第1節 外国人労働者政策の本質的困難性と日本的特殊性

(1) 外国人労働者問題の本質的困難性

 外国人労働者問題に対する労使それぞれの利害構造をごく簡単にまとめれば次のようになろう。まず、国内経営者の立場からは、外国人労働者を導入することは労働市場における労働供給を増やし、売り手市場を緩和する効果があるので、望ましいことである。また導入した外国人労働者はできるだけ低い労務コストで使用できるようにすることが望ましい。この両者は「できるだけ安い外国人労働者をできるだけ多く導入する」という形で整合的にまとめられる。
 これに対し、国内労働者の立場から考えたときには、外国人労働者問題には特有の難しさがある。外国人労働者といえども同じ労働市場にある労働者であり、その待遇や労働条件が低劣であることは労働力の安売りとして国内労働者の待遇を引き下げる恐れがあるから、その待遇改善、労働条件向上が重要課題となる。しかしながら、いまだ国内労働市場に来ていない外国人労働者を導入するかどうかという局面においては、外国人労働者の流入自体が労働供給を増やし、労働市場を買い手市場にしてしまうので、できるだけ流入させないことが望ましい。もちろん、この両者は厳密には論理的に矛盾するわけではないが、「外国人労働者を入れるな」と「外国人労働者の待遇を上げろ」とを同時に主張することには、言説としての困難性がある。
 ほんとうに外国人労働者を入れないのであれば、いないはずの外国人労働者の待遇を上げる必要性はない。逆に、外国人労働者の待遇改善を主張すること自体が、外国人労働者の導入をすでに認めていることになってしまう。それを認めたくないのであれば、もっぱら「外国人労働者を入れるな」とのみ主張しておいた方が論理的に楽である。そして、国内労働者団体はそのような立場をとりがちである。
 国内労働者団体がそのような立場をとりながら、労働市場の逼迫のために実態として外国人労働者が流入してくる場合、結果的に外国人労働者の待遇改善はエアポケットに落ち込んだ形となる。そして国内労働者団体は、現実に存在する外国人労働者の待遇改善を主張しないことによって、安い外国人労働力を導入することに手を貸したと批判されるかも知れない。実際、外国人労働者の劣悪な待遇を糾弾するNGOなどの人々は、国内労働者団体が「外国人労働者を入れるな」という立場に立つこと自体を批判しがちである。しかしながら、その批判が「できるだけ多くの外国人労働者を導入すべき」という国内経営者の主張に同期化するならば、それはやはり国内労働者が拠ることのできる立場ではあり得ない。いまだ国内に来ていない外国人労働者について国内労働市場に(労働者にとっての)悪影響を及ぼさないように最小限にとどめるという立場を否定してまで、外国人労働者の待遇改善のみを追求することは、国内労働者団体にとって現実的な選択肢ではあり得ないのである。
 この利害構造は、日本だけでなくいかなる社会でも存在する。いかなる社会においても、国内労働者団体は原則として「できるだけ外国人労働者を入れるな」と言いつつ、労働市場の逼迫のために必要である限りにおいて最小限の外国人労働者を導入することを認め、その場合には「外国人労働者の待遇を上げろ」と主張するという、二正面作戦をとらざるを得ない。外国人労働者問題を論じるということは、まずはこの一見矛盾するように見える二正面作戦の精神的負荷に耐えるところから始まる。
 労働政策は労使の利害対立を前提としつつ、その間の妥協を両者にとってより望ましい形(win-winの解決)で図っていくことを目指す。外国人労働者政策もその点では何ら変わらない。ただその利害構造が、「できるだけ安い外国人労働者をできるだけ多く導入する」ことをめざす国内経営者と、「できるだけ外国人労働者を入れるな」と言いつつ「外国人労働者の待遇を上げろ」と主張せざるをえない国内労働者では、非対称的であるという点が特徴である。

(2) 日本の外国人労働者政策の特殊性

 日本の外国人労働者政策も基本的には上述の労使間の利害関係の枠組みの中にあり、それが政策展開の一つの原動力であったことに違いはない。しかしながら、1980年代末以来の日本の外国人労働者政策の大きな特徴は、そのような労使間の利害関係の中で政策を検討し、形成、実施していくという、どの社会でも当然行われてきたプロセスが事実上欠如してきたこと、より正確に言えば、初期にはそのような政策構想があったにもかかわらず、ある意図によって意識的にそのようなプロセスが排除され、労使の利害関係とは切り離された政策決定プロセスによってこの問題が独占され続けてきたことにある。
 一言でいえば、労使の利害関係の中で政策方向を考える労働政策という観点が否定され、もっぱら出入国管理政策という観点からのみ外国人政策が扱われてきた。言い換えれば、「外国人労働者問題は労働問題に非ず」「外国人労働者政策は労働政策に非ず」という非現実的な政策思想によって、日本の外国人労働者問題が取り扱われてきた。そして今日、遂にその矛盾が露呈し、問題が噴出するに至ったのである。

2018年11月15日 (木)

『新入社員に贈る言葉』

Bk00000528例によって経団連出版の讃井暢子さんより、経団連出版編『新入社員に贈る言葉』をお送りいただきました。

http://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/public/book/index.php?mode=show&seq=528&fl=

本書は、日本のさまざまな分野の第一線で活躍している50名の方々が、働くとはどういうことか、充実した人生を送るコツは何かなどを、学窓を巣立って社会人となる方々に向けて贈る、励ましの言葉や職場生活へのアドバイスです。

というわけで、どういう方々が言葉を贈っているのかというと、

大畑大介/有働由美子/佐々木俊弥/土井善晴/古市憲寿/豊長雄二/千住 博/佐山展生/大田弘子/coba/山崎直子/中西宏明/寺川寿子/松井孝典/ピーター・フランクル/清家 篤/西郷真理子/森田正光/本川達雄/伊丹敬之/茂山七五三/ウェイウェイ・ウー/古賀信行/山田五郎/青木奈緒/大野和士/西垣 通/岸本葉子/松沢哲郎/嵐山光三郎/池野美映/片桐貞光/勅使河原茜/石川九楊/轡田隆史/中島誠之助/岩松 了/香山リカ/佐伯啓思/米本昌平/川畠成道/ランディー・チャネル宗榮/井原慶子/箭内道彦/藤原美智子/荒俣 宏/小泉武夫/富田 隆/川島英子/川勝平太

ふむむ、こういうメンツを見たら、やはりこの人の言葉を確かめたくなりますよね。

古市憲寿 会社組織は、ゲームと違って時に不条理で無慈悲だけど、ゲーム以上に楽しい冒険ができる可能性があります。

いやいや、あんたがそれをいうかね、というのはおいといて。

まあ、どの人の「贈る言葉」を読んでも、人生の先輩たちというのは、かくもてんでに勝手なことを口走っていれば済む程度の人たちなんだなあ、と半ばあきれることができれば、会社の先輩たちに対しても同じように安心して向かい合うことができるかもしれません。そういう意味において、大変役に立つ「贈る言葉」たちだというと、作った人は怒るかもしれませんが・・・。

ロナルド・ドーアさん死去

Eminent_dore労働研究だけではなく、日本社会研究の世界的巨人というべきロナルド・ドーアさんが亡くなったそうです。

https://twitter.com/nippon_en/status/1062842109957365761

Veteran researcher on Japan's society and economy Ronald P. Dore has passed away at age 91. May he rest in peace.

51986lf2mgl__sx351_bo1204203200_ドーアさんといえば、なによりもまず『イギリスの工場・日本の工場―労使関係の比較社会学』でしょう。

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%B7%A5%E5%A0%B4%E3%83%BB%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%B7%A5%E5%A0%B4%E2%80%95%E5%8A%B4%E4%BD%BF%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%AE%E6%AF%94%E8%BC%83%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%AD%A6%E3%80%88%E4%B8%8A%E3%80%89-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BBP-%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%A2/dp/4480080597/ref=pd_lpo_sbs_14_img_0?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=ERJCT8Z5XG46C121CQVM

これ、日本とイギリスの雇用システムの違いを現場レベルを精密に調べてみごとに描き出した今なお古典中の古典です。

拙著『働く女子の運命』でも、その記述をちょびっと引用させてもらっています(p149)。

Doreその後も割と時事的な本をたくさん出されていますが、私にとって懐かしいのは、大学1年生のゼミで読まされた『学歴社会新しい文明病』です。一生懸命レジュメを作って報告した、ような記憶がかすかにありますが、実のところどうだったか歴史の彼方におぼろであんまり覚えていない・・・。

https://www.amazon.co.jp/%E5%AD%A6%E6%AD%B4%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E6%96%87%E6%98%8E%E7%97%85-1978%E5%B9%B4-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E9%81%B8%E6%9B%B8%E3%80%883%E3%80%89-R-P-%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%A2/dp/B000J8OSS8/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1542246131&sr=1-2&keywords=%E5%AD%A6%E6%AD%B4%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E6%96%87%E6%98%8E%E7%97%85

(追記)

ちなみに、『POSSE』40号で散々腐されている賃金引き上げで景気回復論は、このドーアさんが唱えたこともあり、本ブログでも紹介しています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_7d29.html(最低賃金引き上げは悪くない )

・・・これは、以前ロナルド・ドーア先生が主張していた議論とよく似ていますね。

2001年12月号の『中央公論』に、ドーア先生は「私の「所得政策復活論」―デフレ・スパイラル脱出の処方箋」という論文を寄せ、「財界が音頭をとって賃金“引き上げ”を断行せよ」と主張したことがあります。

正直言って、『近代の復権』のあの教条的市場原理主義的マルクス主義者の松尾さんと労働組合シンパで日本型システムに好意的な資本主義の多様性論者のドーア先生とが頭の中でぴたりと嵌らないのですが、結果的に同じことを主張されていることには違いないのですよね。・・・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-ea1d.html(リフレ派を遙かに超えるドーアノミックス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-200e.html(冨山和彦氏の最賃革命論)

・・・この手の議論は古くはドーア氏が中央公論で展開してたし、結構支持者も多い議論ではあるんですが、言ってる人が言ってる人だけに、人文系の皆様は反発するんでしょうね。

ジョブ型責任とメンバーシップ型責任(再掲+α)

Wezzyというwebマガジンに、松尾匡さんが「安田純平氏バッシングに見る「悪いとこどり」の日本型「自己責任」論の現在」という文章を寄せていて、大変懐かしく思いました。

https://wezz-y.com/archives/60886

10月23日、シリアで3年間拘束されていたフリージャーナリストの安田純平氏が解放された。その直後、安田氏の拘束が判明したときからネットで根強かった、「自己責任論」を理由とした安田氏への批判が溢れかえるようになる。こうした批判は、2004年のイラク日本人人質事件でも見られたものだ。このときも、日本人を誘拐し人質として拘束した武装勢力から提示された自衛隊の撤退という解放条件に対し、一部のメディアが自己責任論を展開し被害者をバッシングしていたのだ。

立命館大学の松尾匡教授は著書『自由のジレンマを解く』(PHP研究所)の中で、日本型「自己責任」論は「悪いとこどり」をしていると指摘する。イラク日本人人質事件から14年経ったいまでも起こる「自己責任論」について、改めて日本型「自己責任」論の問題点を探りたい。

Bk_jiyuu何が懐かしい、って、その『自由のジレンマを解く』のもとになったシノドスの連載のときに、本ブログでコメントをしたのが、その次に反映されて、この本の中にも残っているからです。

まず最初のシノドスの松尾さんの文章。

https://synodos.jp/economy/10051(「自己決定の裏の責任」と「集団のメンバーとしての責任」の悪いとこどり)

それに対する本ブログでのコメント。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-608b.html(ジョブ型責任とメンバーシップ型責任)

・・・ここで松尾さんが例に引いているのは、イラクで拘束された3人に対する日本のバッシングと外国の賞賛ですが、松尾さんの言う「自己決定の裏の責任」と「集団のメンバーとしての責任」の区別は、なぜ日本の企業で成果主義がおかしな風になるのかを理解する上でも有用でしょう。

成果主義というのはいうまでもなく成果(あるいは成果のなさ)に応じて賃金を支払うことですが、それが可能であるためには最低限、その成果(あるいは成果のなさ)が当該労働者の自己決定に基づいて生じたものである必要があり、そのためには自己決定が可能な程度にはその労働者の職務が明確であり、権限が明確であり、逆に言えば上司その他の第三者の介入によって当該成果(あるいは成果のなさ)が生じたのであれば当該第三者にその責任を追及しうる程度にはデマケがはっきりしている必要があります。

でも、それが一番、日本の企業が絶対にやりたくないことなんですね。

職務が不明確であり、権限が不明確であり、誰の責任でその成果(あるいは成果のなさ)が生じたのか、デマケが誰にもわからないようになっているそういう世界で、なぜか上からこれからは成果主義だというスローガンと発破だけが降りてきて、とにかく形だけ成果主義を一生懸命実施するわけです。

そうすると、論理必然的に、松尾さんの言う「集団のメンバーとしての責任」の過剰追求が始まってしまう。もともと職務も権限も不明確な世界では、責任追及も個人じゃなくて集団単位でやるという仕組みで何とか回していたから矛盾が生じなかったのですが、そこで個人ベースの責任を追及するということになれば、「みんなに迷惑かけやがってこの野郎」的な責任追及にならざるを得ず、「俺だけが悪いわけじゃないのに」「詰め腹を切らす」型の個人責任追及が蔓延するわけですね。

まさに、自己決定がないのに、自己決定に基づくはずの責任を、集団のメンバーとしてとらされるという、「悪いとこ取り」になるわけで、そんな糞な成果主義が一時流行してもすぐに廃れていったのは当然でもあります。

この議論、もっと発展させるとさらに面白くなりそうな気がするので、松尾さんにはこの場末のブログから励ましのお便りを出しておきます。

それを受けて、松尾さんの議論がさらに展開していきます。

http://synodos.jp/economy/10431(「流動的人間関係vs固定的人間関係」と責任概念)

これはまたなんとも古典的なマルクス主義

Hyoshi40 昨日お送りいただいた『POSSE』40号、特集の「教員労働問題と教育崩壊」は私の紹介した佐藤隆さんの記事を含めて読みでのあるものが並んでいますが、それ以外の記事についていうと、おそらくPOSSEサイドは力こぶが入っているのだろうと思われながら、内容がいささか失望的なものもありました。

「経済成長」は長期停滞の処方箋か? ――『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう―レフト3・0の政治経済学』への応答

宮田惟史(駒澤大学准教授)×藤田孝典(NPO法人ほっとプラス代表理事)×今野晴貴(NPO法人POSSE代表)

これ、鼎談という触れ込みですが、実質的にはマルクス経済学者の宮田さんがほとんど一人で理論的な立場から経済理論を展開し、藤田さんと今野さんはただひたすらご質問させていただき、そのお説を拝聴している感じになっています。正直言って、福祉や労働の現場で活動している立場からの議論になっていない感があります。

批判されている本は、松尾匡さんの経済理論をイギリスの労働者階級の現場感覚からブレイディみかこさんが裏打ちする構造になっているのに対し、批判の方はどうなんだろうかという印象です。

その宮田さんの論ずるところは、正直言うと、ある種の傲慢なリフレ派の議論に対する痛烈な批判が聞けるのかなとそこは内心期待していたのですが、それどころかケインズ以前の誠に古典的なマルクス主義を聞かせられている感がありました。古典的なマルクス主義というか、19世紀的、古典派的な発想が濃厚で、いや今時それでいくの?と。

今野 なるほど、ちなみに、賃金の上昇による消費需要の増加を通じて有効需要を拡大させ、経済成長を実現していこうという議論も根強くあると思いますが、いかがでしょうか。

宮田 賃金の上昇と経済成長を両立できるのかという問題ですね。ポストケインズ派やマルクス派の一部も含めて、賃金上昇による消費需要の増大によって有効需要を拡大させれば、力強い経済成長を取り戻せるという考え方が広く影響力を持っています。確かに社会的に見ると賃金上昇によって一定の消費需要の拡大条件が与えられ、売上高も増大する可能性が生まれ、その限りでは経済成長に寄与します。しかし忘れてはならないのは、賃金上昇は社会全体の利潤を食いつぶし、利潤率の低下に、したがって投資需要の低下傾向にもなるということです。確かに資本蓄積が進み労働力需要が高まると、一時的に賃金が上昇しますが、その蓄積の進行に伴う賃金上昇は利潤量を減少させ、いずれは経済成長率の減退に結びつかざるを得ません。要するに資本主義社会において賃金上昇と経済成長というのは両立するのではなくて、本質的には相対立するということが大事なのです。・・・

なるほど、古典的マルクス主義者というのは、古典的自由主義者と見まごう程資本主義の本来あるべき姿なるものに誠に忠実で、それから逸脱するような思想に対しては同じくらい強烈に批判的なんですね。資本家の利潤追求という資本主義の本旨に反して賃金上昇で経済成長なんていうのは、短期的には有用でも長期的な資本主義にとって許しがたいわけです。

ややきつい言い方をすると、POSSEさん、いまどきこんなケインズを罵る19世紀資本家みたいな寝言を繰り広げているようではあんまり未来はないですよ。

そして、松尾マルクス経済学に理論闘争を挑むとか考える前に、ブレイディみかこさんの伝えてくれるイギリス労働者階級のリアルな姿を、藤田さんや今野さんがリアルに体験している日本の労働者や下層階級の現実といかにすり合わせるべきかを考えた方が、こんな古典的経済学の眠くなるような講義を拝聴しているよりも百万倍役に立つような気がします。

2018年11月14日 (水)

Japan’s Employment System and Formation of the “Abuse of the Right to Dismiss” Theory

JILPTの英文ページに、「Japan’s Employment System and Formation of the “Abuse of the Right to Dismiss” Theory」を寄稿しました。

https://www.jil.go.jp/english/researcheye/bn/RE024.html

と言っても、中身は先日発行された『Japan Labor Issues』11月号に掲載したものと同じです。

PDFファイルではなく、ホームページ上にベタで英文が書かれている点が違うだけですが、こちらの方が読みやすいと思われる方は、こちらでお読みください。

なお、英文なんかめんどくさい、日本語で読ませろ、という方はこちらをどうぞ。

https://www.jil.go.jp/researcheye/bn/024_171215.html

In Japanese labor studies, it is common to think of long-term employment practice as a major characteristic of Japan’s employment system and to position the “abuse of the right to dismiss” theory (Kaiko-ken ranyō hōri)[Note 1] as part of the legal framework supporting it. This perception is not necessarily mistaken, but viewing it too simplistically is not appropriate for the following reasons.

First, regarding constraints on dismissal as the most prominent feature of Japan’s employment system, is not a very appropriate or effective means of comparing laws of Japan with those of developed Western countries other than the United States. In terms of comparative law, only the United States is an outlier in that it continues to uphold companies’ freedom to dismiss employees at will. In other Western countries, legislation requiring just cause for dismissal has been developing, albeit with varying  degrees.

Second, from this standpoint, we can say that what distinguishes Japan is that restrictions on dismissal have been developed exclusively in courts through an accumulation of judicial precedents, without going through legislation, whereas they have developed through legislation in Western countries.

In other words, viewing the abuse of the right to dismiss theory and Japan’s employment system as virtually synonymous is incorrect in that it treats American freedom to dismiss employees, which is the exception rather than the rule, as a universal international standard. Furthermore, it is considered to run the risk of giving a false impression that the transformation of Japan’s employment system might inevitably cause the loosening of dismissal regulations. This article seeks to clarify the relationship between Japan’s employment system and the abuse of the right to dismiss theory through historical analysis of the process by which the theory was formed.

非正規労働者よりも権利のない非正規官吏という奇怪

くろかわしげるさんのこのツイートは、

https://twitter.com/kurokawashigeru/status/1062492374742384640

公務員の非正規労働者の問題、行政法学者の奇妙奇天烈な法解釈による影響が大きい。原則で明文化されてもない公法私法二元論を、なぜか公務員労働法制に関してはどんな法文よりも上位に徹底的に適用されて、職務限定で労働者性しかないような非正規職員に神聖な公務労働の制約が全適用されます。

ここ数年来、労働法政策の講義で話してきていることであり、先週の法政大学院での最終回でも喋ったことですが、戦後日本の公務員法制は、それなりに首尾一貫した合理的な二つの全く異なる制度を、混ぜるな危険!という警告にもかかわらず混ぜて作り上げてしまったために、世界に類を見ない得体の知れない奇怪きわまる代物になってしまったのです。

第1のシステムは、ドイツ法型、戦前期日本法型の公法私法二元論に基づくシステムです。

このシステムにおいては、公的部門には全く異なる二種類の人々が居ます。一つ目は官吏であり、公法たる行政法に基づき任用されて公法上の身分保護を受け、公法上の任務遂行義務を果たします。

もう一つは(公共機関に雇われる)職員や労働者であって、私法たる民法の雇用契約規定に基づいて採用され、私法上の権利義務関係に基づき労務を提供してその対価たる報酬を得ます。その法律関係は民間企業の職員、労働者と全く変わりませんが、(身分ではなく)職務の公益性による制限はあります。

戦前の日本はまさにこのシステムでした。それゆえ、国や地方公共団体に雇われる雇員・傭人にもフルに民法が適用され、また1926年の労働争議調停法でも、交通機関、郵便、電信、電話、水道、電気、ガス、陸海軍の工場等で働く労働者にも原則として争議権があることを前提としつつ、公益事業については強制調停方式を採り、調停なるまでは争議行為を禁止するという法制であったのです。

第2のシステムは英米法型です。アングロサクソン諸国にはそもそも法律を公法と私法に分けるなどという発想はありません。女王陛下に雇われている007も、民間企業に雇われている探偵も、同じコモンローの下にあります。公務員という『身分』はありません。従事しているジョブが公益性が高ければそれに基づくさまざまな制約が課せられることはあっても、それはいかなる意味でもドイツ法的な、あるいは戦前期日本法的な意味での「身分」ではないのです。

そういう英米法で物事が動いているアメリカに、戦後日本は占領されました。そして、ドイツ法型だった公共部門従事者関連法制は、アメリカ型に変わった・・・はずでした。少なくとも戦後初期の法律の文言は、どこをどう読んでもアメリカ型の法律になっています。そしてそれを前提に、公法上の官吏と私法上の雇員・傭人を峻別する戦前型法制は否定され、公務に従事する人はみんな同じ公務員という法制になりました。いうまでもなく、英米法を前提にした戦後公務員法制におけるこの「公務員」とはいかなる意味でも戦前の官吏のような意味での「身分」ではなく、その従事する職務が公共的なジョブであるという以上のものではなくなったはずでした。

ところが、法律の条文上から姿を消した公法私法二元論が、霞が関の官僚たちととりわけ行政法学者たちの脳裏には牢固として残っており、その六法全書には存在しない講学上の概念が、すべての行政関連法規を駆動する万能の道具として機能していきます。本来公法私法を区別しない英米法型の公務員であるはずのものが、ドイツ型、戦前日本型の官吏であるかのように思い込まれ、それを大前提にすべてが動かされていきます。

その結果何が起こったか?

ドイツであれば現在でもベアムテではなく、アンゲシュテルテやアルバイターとして民法の雇用契約と労働法の規定によって規制されている人々が、戦前の日本でも官吏ではなく雇員、傭人として民法の雇用契約と(数少なかったとはいえ)労働法の規定によって規制されていた人々が、全部ひっくるめて法律上は「公務員」、脳内概念としては「官吏」になってしまったのです。

こんな訳の分からない公共部門法制をとっている国はほかに見当たりません。混ぜてはいけないものを、(法律を作ったときは混ぜるつもりではなく、入れ替えるつもりだったのに)結果的に混ぜてしまった得体のしれない空前絶後の法制度なのです。

その結果、いかなる非常勤職員と雖も公務員法上は任用に基づく公務員であり、従って戦後行政法学の脳内法理に従ってれっきとした官吏であり、それゆえ官吏としての身分保障の代わりに私法上の保護は一切奪われることになり、しかしその官吏としての身分保障なるものはどこにもないという、とんでもない世界が作り出されたのですね。本来の官吏よりも民間労働者よりも権利のない非正規官吏という代物が。

ここで重要なこと。それは、これは誰かがそういうふうにしようと図ってこうなったものではない、と言うことです。

そう、混ぜないで使えばどちらもそれなりにまとも動くはずの制度を、混ぜてしまったために生み出された妖怪人間ベムだったのです。

ドイツの極右、ポーランドの極右、日本の極右、韓国の極右

極端な自民族中心、優越と、他民族に対する侮蔑、攻撃を掲げる政治勢力は、世界中どこでも極右と言われる、はずです。

かつてナチスを生み、ポーランド等を侵略し、ユダヤ人等を虐殺したドイツという国でそのような主張をする人々であっても、

かつてそのナチスドイツに侵略され、住民を虐殺され、国土を破壊されたポーランドという国でそのような主張をする人々であっても、

どちらも極右という正しい呼び名で呼ばれます。かつて侵略された被害者国家ポーランドの排外ナショナリストは右翼じゃなくて左翼だと認めてくれるわけではない。

なぜか極東に来ると、そういう物の道理が通りにくくなる傾向があるようです。

9784569826646ひどい目に遭った国の排外ナショナリズムが左翼だというのなら、その被害者ナショナリズムのもっとも典型的な例は、おそらく竹田恒泰氏の『アメリカの戦争責任』(PHP新書)でしょう。

そこでいっていることのある部分は必ずしも歴史的事実の次元で間違っているわけではないけれども、だからといって、アメリカのリベラル派が竹田氏をアメリカ帝国主義の虚偽を曝露した正義の論者だと持ち上げたという話は聞いたことがありません。

それは当たり前でしょう。

極端な自民族中心、優越と、他民族に対する侮蔑、攻撃を掲げる政治勢力は、世界中どこでも極右と言われる、はずです。

『POSSE』第40号

Hyoshi40『POSSE』第40号をお送りいただきました。今回の特集は「教員労働問題と教育崩壊」です。

http://www.npoposse.jp/magazine/no40.html

学校教育を現場で支えるのは教員だ。
しかしその教員の労働はいま、崩壊の危機にある。
過労死水準を超える長時間労働、支払われない残業代、部活動の負担の重さ……
教員を取り巻く労働環境は悪化の一途をたどっている。
本特集では学校教育のあり方を教員の労働という視点から捉えなおし、
教員自身による労働環境の改善の取り組みを紹介していく。

記事は次の通りですが、

職員室から「働き方改革」を始めよう
――過熱化する教育現場を変えるために

内田良(名古屋大学准教授)

部活問題対策プロジェクトの取り組み
小阪成洋(部活問題対策プロジェクト)

部活動指導の外部化は教員労働改革の切り札となるか
本誌編集部

「ブラック私学」とどう闘うか
――関西大学付属校教員の不当解雇

本誌編集部

私学教員の働き方を変えるための闘い
――東京私立学校教職員組合の取り組み

峰崎明美(日教組私学・東京私立学校教職員組合書記次長)

私学教員の労働組合はどのように闘ってきたのか?
――戦後直後から九〇年代、現在までの運動の歴史

山口直之(全国私教連書記長)×増田啓介(東京私教連書記長)

給特法を産み落とした戦後教員労働運動の「献身性」
――日本の無限定な教員、ヨーロッパの専門職の教員

佐藤隆(都留文科大学教授)

「私学教員ユニオン」結成とその取り組み
――からの教員の働き方改善の実践

私学教員ユニオン

書評 内田良・斉藤ひでみ 編著
『教師のブラック残業――「定額働かせ放題」を強いる給特法とは?!』

本誌編集部

このうち、歴史的経緯をほじくるのが好きな私の感性に合ったのが、佐藤隆さんの文章です。「日本の無限定な教員、ヨーロッパの専門職の教員」というのは、メンバーシップ型、ジョブ型という話なのですが、それが戦後教員労働運動の流れと密接に関連しているという、なかなかほかでは出てこないお話です。

意外なことに、この特集でも最大の悪役にされている給特法は、文部省だけではなく労働組合からも提起されたものだったというのです。この辺の経緯はやや分かりにくいのですが、

・・・教員労働の特殊性の一つとして、その無限定性があります。どこからどこまでが教師の仕事なのか、いつになったら終わるのかは、その教師しか判断できない。学校から帰っても教材研究をしたり、生徒の成績を付けたり、それから生活指導・生徒指導。場合によっては警察まで出かけていって生徒を連れ戻したり、何か事故があったら校外でも生徒を助けにいったりしなくてはいけない。

このように教師の仕事が時間に換算できないという議論は、労働組合と文部省の双方から出ていました。当時、日教組側も、教員労働は特殊だとして、給特法を求めていたのです。他方で日教組は、労働時間だとはっきりしている時間については超過勤務として認め、労基法37条を適用しろという二本立ての要求も出していたわけです。

そこで、日教組の中で、教師は「労働者」なのか「聖職」なのかという議論が起きた。ただ、これは給特法そのものから派生した問題ではなくて、労働運動の戦術としてもともと考えられたものです。・・・・・

そういう意味で、日教組が給特法を一方で求め、網一方で労基法37条適用を求めたというのは、両方の潮流の「妥協」の産物といえるかも知れません。繰り返しますが、社会党系=労働者論、共産党系=聖職論とはっきり区分できるわけではありません。お互いにどちらの側面をヨリ強く打ち出すかという力点の置き方が当時の議論の焦点だったと思います。

というわけで、上記引用の冒頭に出てくるような無限定的な教師の働き方を当然の前提とした教員労働運動という点では、両方にそれほどの違いがあるわけではなかったともいえるでしょう。

まさにこの点が日本の教師とたとえばヨーロッパの教師の違いなのでしょう。

・・・「教え子を再び戦場に送るな」というスローガンが有名ですが、平和と民主主義を実現するための教育を打ち立てなければならないというのが強健運動の趣旨でした。このような教員組合は、世界的に見て非常に珍しいものです。ほとんどないと言っていいと思います。多くの国の教員労働運動の目的はやはり労働条件改善が中心ですから。

一方で、ヨーロッパの教師たちの仕事はもともと授業に限定されてきました。休み時間にはこどもを見ない。いまはそうでもなくなっていますが、休み時間などには親などの教員ではない人がこどもを見ている。授業が終わったら教室に鍵をかけて、全部外に出してしまう場合もあります。

まさしく授業というJOBのみがそのディスクリプションに書かれており、それ以外のことは「私のjobにあらず」といえる社会の限定正社員ならぬ限定教育労働者と、学校というコミュニテイに生徒ともにどっぷりと所属し、その所属メンバーにかかわることであれば、いつでもどこでも何でもすべてじぶんの仕事になってくる無限定聖職and/or無限定教育労働者との間に横たわる深淵は、想像以上に深いようです。

2018年11月13日 (火)

障害者のテレワークと在宅就業@WEB労政時報

WEB労政時報に「障害者のテレワークと在宅就業」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=808

 本連載の第120回「障害者雇用率「水増し」問題の法制度史的根源」(9月18日)で経緯を解説した国や地方公共団体の障害者雇用率が水増しされていた問題は、その後10月23日に公務部門における障害者雇用に関する関係閣僚会議において「公務部門における障害者雇用に関する基本方針」が決定され、再発防止に取り組むとともに、法定雇用率の速やかな達成に向け取り組み、また国・地方公共団体における障害者の活躍の場を拡大することなどが謳われています。

 一方その後も、財務省等が障害者向けに行った非常勤職員の求人で、応募条件に「自力で通勤できる」といった差別的な内容があったことが報じられ、麻生財務大臣も「障害者雇用に関する意識が低い、対応がずさんだ、と言わざるを得ない」と語るなど、障害者雇用問題は尾を引き続けています。自力で通勤できない障害者にも雇用就業機会が奪われてはならないことはもちろんですが、そのためには他の人の助力で通勤するという選択肢とともに、そもそも通勤しなくてもいい勤務形態、就業形態を工夫することも必要です。・・・・

2018年11月12日 (月)

濱口桂一郎は嫌いでも、日本の労働法政策は嫌いにならないで

11021851_5bdc1e379a12a 沼田ロクロウさんが『日本の労働法政策』をお買い上げいただいたとのことです。

https://twitter.com/numatarokurou2/status/1061920209101942784

濱口桂一郎氏の『日本の労働法政策』を買ってきた。県内の書店に置いてあるとは思わなかった。1冊しかなかったのですぐゲット。 分厚い。重い。外に持ち歩いて読むのは無理だ。

率直に言って、僕は著者がかなり嫌いなんだけど、論理の鋭さと歴史叙述の正確性は信頼しているので、レファレンスとして。

濱口桂一郎は嫌いになっても、『日本の労働法政策』は嫌いにならないでください…、なんてことを言ってる場合じゃないな。

いや、こういう沼田ロクロウさんのような、わたくし(の議論の方向性?)を嫌っていても、その論理と歴史叙述を信頼してくださる方こそ、本当の意味での有難い読者だと思っています。

世の中には、言っていることの方向性は共感するのに、その議論の水準がトホホすぎる人もいれば、どうしても賛成できない議論を展開しているのに、その理路には頷かざるを得ない人もいます。そこがちゃんと腑分けできる方こそ、たとえ敵味方であっても信頼できる相手だし、その反対はその反対。ダメ議論を味方だからと後生大事にする人はそれだけでダメ人間。

『日中の非正規労働をめぐる現在』の予告

今月末、お茶の水書房から、石井知章編著『日中の非正規労働をめぐる現在』が刊行される予定です。

http://rr2.ochanomizushobo.co.jp/products/978-4-275-02097-0

日中双方の研究者によるネット経済下の非正規労働分析。日中間で共通して抱える非正規労働問題を考え、将来に向けた処方箋と、その打開策を、社会的連帯としてお互いに模索する。

目次は次の通りで、

第Ⅰ部 日本における非正規労働の過去と現在

1 非正規労働の歴史的展開 濱口桂一郎

2 日本における非正規雇用問題と労働組合--1998~2009を中心に--龍井葉二

3 非正規労働者の増加、組合組織率の低下に対して、日本の労働組合はいかに対応してきたのか--コミュニティ・ユニオンの登場とその歴史的インパクト--高須裕彦

4 過労死問題の法と文化 花見忠

5 日本における過労死問題と法規制 小玉潤

6 非正規労働者と団結権保障 戸谷義治

7 能力不足を理由とする解雇の裁判例をめぐるに忠比較 山下昇

第Ⅱ部 中国における非正規労働の新たな展開

8 雇用関係か、協力関係か--インターネット経済における労使関係の性質--常 凱・鄭 小静

9 独立事業者か労働者か--中国ネット予約タクシー運転手の法的身分設定--范 囲

10 グローバル規模での経済衰退と労働法 劉 誠

11 中国経済の転換期における集団労働紛争の特徴と結末--個別案件の分析と探求を中心に--王 晶

12 中国新雇用形態と社会保険制度改革 呂 学静

13 非正規労働者の心理的志向性に関するモデルケース 曹 霞・崔 勲・瞿 皎皎

14 「法治」(rule by law) が引き起こす中国の労働問題--「城中村」の再開発と「低端人口」強制排除の事例から--阿古智子

15 中国の非正規労働問題と「包工制」 梶谷懐

16 中国における新たな労働運動、労使関係の展開とそのゆくえ 石井知章

お分かりのように、本ブログで何回か紹介してきた昨年5月に明治大学で開催された第三回日中雇用、労使関係シンポジウムの報告を一冊の本にまとめたものです。

http://www.kisc.meiji.ac.jp/~china/report/2017/news_20170528

ただ、わたくしの担当した第1章は、報告でしゃべった内容よりもだいぶ膨らませています。

2018年11月10日 (土)

その疑問に『日本の労働法政策』

yamachanさんがこういう疑問をつぶやいていますが、

https://twitter.com/yamachan_run/status/1061038965514354688

ふと思ったのだが、未払賃金立替払いの上限額が年齢で大きく変わることに批判はないのかな・・
実務上、労基署に認定されるのは零細企業だから上限額を超過する賃金が約定されていることは少ないだろうけれども。

11021851_5bdc1e379a12a 『日本の労働法政策』の605頁から606頁にかけての項で、その点についてもこう触れておきました。

・・・この制度の大きな特徴は、破産宣告、特別清算開始命令、整理開始命令、和議開始決定、更生手続開始決定といった裁判上の倒産に加えて、実態上の95%に及ぶ事実上の倒産状態をも対象に含めたことにある。これは中小企業について、事業活動が停止し、再開する見込みがなく、かつ、賃金支払能力がない状態になったことについて、退職労働者の申請に基づき、労働基準監督署長の認定した場合とされており、制度の実効性を著しく高めた*11。
 立替払の額は、当初は平均賃金の3か月分の80%とされ、平均賃金の上限を13万円としていた(よって立替額の上限は31.2万円)が、1979年に政令が改正され、未払額の上限を51万円に設定し、その80%を立替払することとされた(よって立替額の上限は40.8万円)。1988年には、定期賃金や退職金には年齢階層ごとに相当の差があることから年齢に応じて上限を設定することとされ、45歳以上は150万円(立替額120万円)、30歳以上45歳未満は120万円(立替額96万円)、30歳未満は70万円(立替額56万円)とされた。その後額は何度か引き上げられたが、年齢別の枠組みは変わっていない(現在は未払額の上限がそれぞれ370万円、220万円、110万円。立替額はそれぞれ296万円、176万円、88万円)。これは1986年の労災保険法の改正にも見られる内部労働市場中心の考え方の政策的反映と言えるが、外部労働市場を重視しつつある現在においては疑問が呈せられる可能性もある

2018年11月 9日 (金)

小林美希『ルポ中年フリーター』

51sbgbmqx9l__sx320_bo1204203200_小林美希さんより『ルポ中年フリーター 「働けない働き盛り」の貧困』(NHK出版新書)をお送りいただきました。

小林美希さんといえば、いまから10年以上前に『ルポ 正社員になりたい―娘・息子の悲惨な職場』や『ルポ“正社員”の若者たち―就職氷河期世代を追う』で就職氷河期世代の若者(正確に言えば当時もすでに年長若者層でしたが)の実態をルポし、世論を喚起した一人です。

その後看護や保育や母子家庭や、果ては「夫に死んでほしい妻たち」やらにまで手を広げていましたが、今回、原点ともいうべき氷河期世代の、今となってはれっきとした「中年」の人々に再び焦点を当てています。

こんなにも不幸な世代を作ったのは、誰だ?
バイト3つを掛け持ちして休みゼロの43歳男性、「妊娠解雇」で虐待に走った41歳女性、手取り17万円で地方医療を支える臨時公務員37歳男性──。非正規雇用で働く35~54歳の「中年フリーター」が、この国では増加の一途を辿っている。なぜ彼らは好景気にも見放されてしまったのか? フリーターを救う企業はあるのか? 豊富な当事者取材から「見えざる貧困」の実態を描きだす。

内容は以下の通りですが、

序章 国からも見放された世代
   非正規から抜け出せない
   新卒は空前の売り手市場だが……
   見過ごされてきた中年層の労働問題
   就職氷河期世代の放置が作った歪み
   このままでは生活保護が破綻する
   筆者の原体験
   無気力化した日本の働き盛り
   本書の構成

第一章 中年フリーターのリアル
 1 とある中年男性の絶望──健司さん(38)の場合
 2 「景気回復」から遠く離れて
 3 結婚できるのは正社員だけ?
 4 「法令順守」が生んだ非正規
 5 農業のブラックな職場
 6 「非正規公務員」の憂鬱

第二章 女性を押さえつける社会
 1 子どもを産ませない職場
 2 閉ざされた「正社員」への道
 3 「妊娠解雇」の衝撃
 4 介護・看護職と非正規公務員
 5 「妊娠解雇」から児童虐待へ──多恵さん(41)の場合

第三章 良質な雇用はこうして作る
 1 雇用のミスマッチをどう減らすか──富山県の場合
 2 皆を幸せにするオーダーメイド雇用──小野写真館の場合
 3 社長の仕事は「人の目利き」──ノーブルホームの場合
 4 「ものづくり×女性」の最前線
 5 社員一人ひとりが輝く職場

終章 中年フリーターは救済できるか

ここでは本書でも何回か引用されているJILPTの「壮年非正規労働者」に関する報告書を紹介しておきます。

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2014/0164.html労働政策研究報告書No.164『壮年非正規労働者の仕事と生活に関する研究―現状分析を中心として―』

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2015/0180.html労働政策研究報告書 No.180『壮年非正規雇用労働者の仕事と生活に関する研究―経歴分析を中心として―』 )

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2017/0188.html労働政策研究報告書 No.188『壮年非正規雇用労働者の仕事と生活に関する研究―正社員転換を中心として―』

若年非正規雇用労働者の増加が問題視されてから20年以上が経ち、最初に「就職氷河期」と呼ばれた時期に学校を卒業した人が40歳台となるなか、もはや「若年」とは呼びにくい、35~44歳層の非正規雇用労働者が増加している。その人数は、有配偶女性を除いても、2015年時点で150万人となっている。

このような背景のもと、JILPTでは2012年度より「壮年非正規労働者の働き方と意識に関する研究」に取り組み、2012年に個人ヒアリング調査、2013年に全国アンケート調査を実施してきた。これまで得られた知見を要約すると、次のようになる。

  • 男性・無配偶女性の壮年非正規雇用労働者は、若年非正規雇用労働者よりも消極的な理由から非正規労働を選択していることが多い。そして、自らが生計の担い手である場合が多いにもかかわらず、正社員とは異なり若年期から壮年期にかけて職務が高度化せず、賃金・年収も上がりにくい。
  • そのため、壮年非正規雇用労働者は、若年非正規雇用労働者よりも貧困に陥りやすく、生活に対する不満が強い。また、年齢が高いこともあり健康問題を抱えている場合も多い。
  • 男性・無配偶女性の壮年非正規雇用労働者の多くは、若年期には正社員として働いていた経験を持つ。そのことを踏まえて、人々が正社員の仕事を辞めて非正規雇用に就くメカニズムを探ったところ、正社員として勤務していた職場で過重労働の経験、ハラスメントを受けた経験があるとする者ほど、その後、非正規雇用に転じる傾向があった。
  • 男性・無配偶女性の壮年非正規雇用労働者の正社員への転換希望率は、若年非正規雇用労働者のそれと変わらない。30歳以降になると非正規雇用から正社員への転換が起こりにくくなることは否めないが、高い年齢であっても職業資格の取得等により正社員転換確率を高められる可能性がある。

「建設労働の法政策」@建設政策研究所

Logo 建設政策研究所で「建設労働の法政策」の講演をします。

http://kenseiken.d.dooo.jp/

講演:「建設労働の法政策」
濱口 桂一郎 氏
(独立行政法人 労働政策研究・研修機構 研究所長)
建設労働をめぐる法政策について、歴史的変遷を中心にご講演頂きます
◇日  程 2018年11月22日(木) 15時~17時
◇会  場 国土交通労働組合 王子会館(東京都北区)

2018年11月 8日 (木)

お客さまへの笑顔は同意にあらず

一昨日(11月6日)に最高裁が下した判決は、直接には公務員の停職処分にかかわる事件ですが、昨今話題の顧客によるハラスメントの問題に対しても示唆するところが大きいと思われますので紹介しておきます。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/104/088104_hanrei.pdf

平成30年11月6日最高裁判所第三小法廷判決(破棄自判)

地方公共団体の男性職員が勤務時間中に訪れた店舗の女性従業員にわいせつな行為等をしたことを理由とする停職6月の懲戒処分について,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があるとした原審の判断に違法があるとされた事例

まず、この原告男性がなにをやったかというと、

被上告人は,勤務時間中である平成26年9月30日午後2時30分頃,上記制服を着用して本件店舗を訪れ,顔見知りであった女性従業員(以下「本件従業員」という。)に飲物を買い与えようとして,自らの左手を本件従業員の右手首に絡めるようにしてショーケースの前まで連れて行き,そこで商品を選ばせた上で,自らの右腕を本件従業員の左腕に絡めて歩き始め,その後間もなく,自らの右手で本件従業員の左手首をつかんで引き寄せ,その指先を制服の上から自らの股間に軽く触れさせた。本件従業員は,被上告人の手を振りほどき,本件店舗の奥に逃げ込んだ。

で、これに対して原審はこう判断して、請求を認容したわけですが、

被上告人による行為1は,以前からの顔見知りに対する行為であり,本件従業員は手や腕を絡められるという身体的接触をされながら終始笑顔で行動しており,これについて渋々ながらも同意していたと認められる。・・・

行為1は,・・・犯罪行為であるが,本件従業員及び本件店舗のオーナーは被上告人の処罰を望んでおらず,そのためもあって被上告人は行為1について警察の捜査の対象にもされていない。・・・

・・・行為1が悪質であり,被上告人の反省の態度が不十分であるなどの事情を踏まえても,停職6月とした本件処分は重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠く。したがって,本件処分は,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものであり,違法である。

最高裁はそれを否定しました。

しかし,上記①については,被上告人と本件従業員はコンビニエンスストアの客と店員の関係にすぎないから,本件従業員が終始笑顔で行動し,被上告人による身体的接触に抵抗を示さなかったとしても,それは,客との間のトラブルを避けるためのものであったとみる余地があり,身体的接触についての同意があったとして,これを被上告人に有利に評価することは相当でない。上記②については,本件従業員及び本件店舗のオーナーが被上告人の処罰を望まないとしても,それは,事情聴取の負担や本件店舗の営業への悪影響等を懸念したことによるものとも解される。

「お客様は神様です」という言葉が、どんな無理無体でも笑顔で受入れなければならないかのように言われる日本社会では、こういう行為に対してやられた女性従業員が終始笑顔で対応し、経営者側も事を荒立てないようにしようという傾向が強いわけですが、それを理由にやった行為がたいしたことでないかのように主張するわけにはいかないよ、というまことにまっとうな判断でしょう。

そして近年、顧客によるセクハラや嫌がらせが頻発している状況を考えると、この最高裁の判断は拳々服膺すべき内容があるように思われます。

健康保険の被扶養者の経緯

先週国会に提出された(はずですが、現在まで法務省のサイトにも衆議院、参議院のサイトにも法案自体がアップされておらず、中身を正確に論じることがなお困難な状況ですが)(念のため確認したら、ようやくアップされていました)外国人労働者の受入を目指す入管法改正案をめぐって、急に健康保険法の扶養家族の問題が持ち上がっているようです。

https://www.asahi.com/articles/ASLC72QXNLC7UTFK002.html

参院予算委員会が7日開かれ、出入国管理法(入管法)改正案をめぐり、受け入れる外国人労働者の家族をどこまで日本の公的医療保険(健康保険)の対象とするか、論戦が交わされた。現行では海外に住む家族も保険が使え、外国人労働者の増加に伴い国の医療費が膨らむとの指摘があり、安倍晋三首相は「政府内の議論で私も問題を指摘した」と述べ、制度改正の必要性について言及した。

新設する在留資格「特定技能」で入国してくる外国人労働者について、その被扶養者も出身国で増加すると、国民民主党の足立信也氏が指摘。そうした被扶養者にも、年齢や年収に応じた自己負担の上限を超す分は払い戻す日本の高額療養費制度を適用するのか、質問した。

 安倍首相は「高額療養費制度を、本来そうあるべきだという形以外で、我が国に来てすぐに使う方が実際にいた。この法案を政府内で議論する時、私も問題を指摘し整理するよう申し上げた」と答弁した。政府は健康保険について、保険が使える扶養家族を日本国内に住む人に限る方向で検討している。

 また一夫多妻制が認められている国から来日し、妻が複数いる人について、安倍首相は「日本では1人が(健康保険の対象として)認められる。2、3人目のその国で認められる奥さんたちは対象ではない」と答えた。・・・

トップダウンで結論が先に降りてきた話なので、外国人労働者がもたらすさまざまな社会的問題に対する各論的検討はあまりなされておらず、こういうドタバタ劇がいろんな分野で発生するのだと思いますが、それはともかく、ここではややそもそも論的に、なんで健康保険では扶養家族も給付が受けられるんだろうかという点について、経緯を遡ってみたいと思います。

サラリーマンやってた人が脱サラしたら、それまで健康保険で一人分の保険料だけ(会社と折半で)払えば奥さんやこどもにも保険証がもらえたのに、国民健康保険になったら家族全員分の保険料を払わなくてはいけなくなった、という経験をお持ちの方も少なくないでしょう。

でも、そもそもなんで雇われて働いているということに着目した社会保険において、その家族の分まで面倒を見ているんでしょうか。

実は、1922年に健康保険法が制定されたときには、家族給付なんてのはなかったのです。ではいつ導入されたのか。戦時体制下の1939年の健康保険法改正で任意給付として導入され、大東亜戦争中の1942年に法定給付化されたのですね。まさに戦時体制の産物なんです。

というと、賃金制度の展開をご存じの方は、戦時体制下で生活給や家族手当が国家の政策として取り上げられてのと揆を一にしていることがおわかりと思います。

11021851_5bdc1e379a12a拙著『日本の労働法政策』から関連部分を引っ張っておくと(p626~)、

・・・ 生活給思想を最初にまとまった形で提唱したのは、呉海軍工廠の伍堂卓雄である。1922年に彼が発表した論文は、従来の賃金が労働力の需給関係によって決まり、生活費の要素が考慮されなかったことを、労働者の思想悪化(=共産主義化)の原因として批判し、年齢とともに賃金が上昇する仕組みが望ましいとしている。家族を扶養する必要のない若年期には、過度な高給を与えても酒食に徒費するだけで本人のためにもならず、逆に家族を扶養する壮年期以後には、家族を扶養するのに十分な額の賃金を払うようにすべきだというのである。この生活給思想が、戦時期に賃金統制の形で現実のものとなる。
 まず1939年の第一次賃金統制令は、未経験労働者の初任給の最低額と最高額を公定し、雇入れ後3か月間はその範囲の賃金を支払うべきという義務を課した。続いて同年、賃金臨時措置令により、雇用主は賃金を引き上げる目的で現在の基本給を変更することができないこととされ、ただ内規に基づいて昇給することだけが許された。初任給を低く設定し、その後も内規による定期昇給しか認めないということになれば、自ずから賃金制度は年功的にならざるを得ない。ホワイトカラー職員についても1939年の会社職員給与臨時措置令で、主務大臣の許可を得た給料手当の準則によらない増給等を禁止した。
 1940年にはこれらを統合して第二次賃金統制令が制定され、労働者1人1時間当たりの平均時間割賃金を公定したが、地域別、業種別、男女別、年齢階層別に規定されており、従って勤続給よりは年齢給に近づいた。ホワイトカラー職員についても1940年の会社経理統制令で初任給の上限や昇給幅(7%以内)をかけて、事実上年功制を強制した。
 一方、1940年には扶養家族ある労働者に生活補給のため臨時手当の支給を認める閣議決定がされ、これに基づき「扶養家族アル労務者ニ対シ手当支給方ニ関スル件依命通牒」(発労第7号)が発出され、家族手当はその後累次にわたって拡大された。
 1942年の重要事業場労務管理令は、事業主に従業規則、賃金規則(給料規則)及び昇給内規の作成を義務づけ、その作成変更について厚生大臣の認可制とした。さらに1943年の賃金統制令改正により、その他の事業場についても賃金規則及び昇給内規が認可制となった。これにより、年功賃金制が法令によって強制されるものとなり、しかも昇給格差まで規制されていた。
 こうした賃金統制は「皇国の産業戦士」の生活を保障するという思想に基づいたものであった。1943年6月に政府の中央賃金専門委員会が決定した「賃金形態ニ関スル指導方針」では、「賃金ハ労務者及ヒ其ノ家族ノ生活ヲ恒常的ニ確保スル」ものとし、「労務者ノ性、年齢及勤続年数ニ応シ定額給ノ基準ヲ定ムル」こととしていた。・・・

実を言うと、戦後この制度を廃止し、被扶養者はすべて国民健康保険のほうに入れるという案が検討されたこともあるのですが、そういうことにはならず今日に至っています。被扶養者の認定基準として1977年にはじめて70万円が設定され、その後繰り返し引き上げられて現在は130万円になっており、非正規労働者との関係で繰り返し問題となってきましたが、一方これは日本のパート・アルバイト労働市場を想定したもので、途上国水準からすれば大変高給であるのも確かです。

いろんな意味で、諸々の問題をはらんだ制度が外国人労働者導入という黒船で一気に露呈しつつあるような感があります。

2018年11月 7日 (水)

東京労働大学講座特別講座「日本の労働法政策100年の変転」

11021851_5bdc1e379a12a ということで、すでにご案内している通り、本日午後3時より、TKP市ヶ谷カンファレンスセンターにおいて、東京労働大学講座特別講座「日本の労働法政策100年の変転―働き方改革と未来の展望―」を開催します。お申込みいただいた方はお忘れなきよう。

https://www.jil.go.jp/kouza/tokubetsu/20181107/index.html

働き方改革関連法案が成立し、労働時間の見直しなど働き方改革の実現に向けて、企業の取り組みが進められています。今回の法改正により、わが国の労働法政策の姿は大きく変容することになります。労働法制全般にわたって大幅な改正が行われたことを機に、当機構では労働政策研究所所長・濱口桂一郎著による『日本の労働法政策』を出版することにしています。
本講座では、わが国の労働法政策の形成過程を踏まえて、著者から今回改正された労働時間法制および同一労働同一賃金にかかわる法政策を解説するとともに、今後の課題を考えます。
講義後には講師との質疑応答の時間も設けております。

ということで、要するにこのやたら分厚い本が出るので、それをネタにお話しするという企画ですが、当然すべてをお話しすることなどできるはずもないので、総論のところと、各論では働き方改革関連で労働時間と同一労働同一賃金に触れる予定です。他の労働問題専門家のお話ではほぼ出てくることのない、戦前にさかのぼる歴史的観点からの考察が特色と言えましょうか。

質疑応答の時間もありますので、ぜひ積極的なご参加をお待ちしています。

なお、講義テキストとしてこのやたら分厚い本を会場にて配布しますので、お持ち帰りの便を考えてやや大きめのカバンをお持ちいただくとよろしいかと思います。

2018年11月 6日 (火)

日独労働シンポジウムのお知らせ

Aotslogo_90海外産業人材育成協会というところが、来る11月29日に、「ドイツの「労働4.0」と日本の労働の未来」という国際シンポジウムを開催するとのことです。

https://www.aots.jp/jp/project/eocp/181129/index.html

急速に発展するデジタルテクノロジーは、将来的に日本の労働力不足を補うと期待される一方、これら技術がもたらす産業構造の変化(第四次産業革命(Industry 4.0))が、労働・雇用分野にどのような影響を及ぼすのか、日本を含め各国で議論が重ねられています。

ドイツでは、政府・労働者・使用者の三者で雇用社会のデジタル化によって生じる新たな課題とは何か、既存の雇用・労働システムはどう対応していくべきかを議論し、対策案を白書「労働4.0」にまとめています。
本シンポジウムではドイツ・日本両国の専門家をスピーカー・パネリストに迎え、ドイツの「労働4.0」を紹介するとともに、日本はドイツの事例から何を学ぶべきか、日本の雇用と労働の未来はどうあるべきかについて議論します。皆様のご参加を心からお待ち申し上げます。

場所はベルサール東京日本橋です。

昨年の日仏シンポジウムでは、JILPTの細川良さんが講演兼モデレーターとして出ていましたが、今回の日独シンポジウムではJILPTの山本陽大さんが基調講演兼パネリストとして出るようです。

【第1部】
1. 基調講演 :  ドイツの労働4.0と日本の対応
在日本ドイツ連邦共和国大使館 厚生労働参事官 Dr. Martin Pohl
独立行政法人労働政策研究・研修機構 労使関係部門副主任研究員(労働法専攻) 山本 陽大 氏
2. 事例紹介 :  企業における労働4.0への対応
ダイムラー/三菱ふそうトラック・バス株式会社 人事本部 本部長 Dr. Wolfgang Glaser
新日鉄住金総研株式会社 客員研究主幹 山藤 康夫 氏

【第2部】 パネルディスカッション
事前に聴衆の皆様より頂戴いたします討議事項・ご質問に沿って進めて参ります。
討議事項・ご質問は、お申込用紙により事前に、または当日休憩時間に受付いたします。
■パネリスト :
– 在日本ドイツ連邦共和国大使館 Dr. Martin Pohl
– 独立行政法人労働政策研究・研修機構 山本 陽大 氏
– ダイムラー/三菱ふそうトラック・バス株式会社 Dr. Wolfgang Glaser
– 日鉄住金総研株式会社 山藤 康夫 氏
■モデレーター :
– 立正大学法学部法学科 准教授 高橋 賢司 氏

2018年11月 4日 (日)

日本型雇用システムの根本問題@『生活協同組合研究』2018年11月号

Kenkyu_181029_01_01 『生活協同組合研究』2018年11月号に「日本型雇用システムの根本問題」を寄稿しました。

http://ccij.jp/book/kenkyu_20181029_01.html

「日本型雇用システムの現状と課題」という特集の巻頭論文です。

特集 日本型雇用システムの現状と課題

日本型雇用システムの根本問題(濱口桂一郎)

同一労働・同一賃金にどう取り組むか(山田 久)

「超短時間雇用」という新しい働き方の現状(近藤武夫)

パートタイマーの賃金を考える─雇用管理区分間の処遇格差をめぐる現状と対応施策─(金井 郁)

女性の就労と日本的人事管理─ダイバーシティ経営の実現に向けた今後の対応─(松原光代)

小売業労働組合における働き方改革の原型─1970年代の腱鞘炎対策を素材にして─(本田一成)

コラム 生協職員の意識実態と人材育成(村田二三男)

特集の意図については、編集者の中村由香さんが詳しく書かれているので、紹介しておきます。

 2018年6月29日、働き方改革関連法案が参院本会議で可決された。この法律は、2019年4月1日から順次施行されることになっている。残業時間の上限規制や有給休暇取得の義務化、女性の活躍推進や同一労働同一賃金など、その内容は多岐にわたっている。一見したところ、労働者にとってより良い働き方へと結びつきそうにも思えるが、法案にもりこまれた「高度プロフェッショナル制度」は、過労死を助長することが懸念されており、残された課題は大きい。

 この法律を受けて、従来の雇用慣行をどのように変えていくのか、現場レベルでは模索が続きそうだ。このような背景から、本号では「日本型雇用システムの現状と課題」と題した特集を組み、現在の雇用システムの何が問題で、いかなる改革が必要なのかについて整理しようと考えた。

 本特集の論者と内容は以下の通りである。冒頭の濱口桂一郎氏には、日本型雇用システムにひそむ根本的な問題とは何かを総括いただいた。続いて山田久氏には、欧米の賃金制度と比較して、日本政府が提案する同一労働同一賃金制度にどのような特徴と課題があるのかを整理いただいた。近藤武夫氏には、障害のある人々が働きやすい雇用のあり方について論じていただいた。また金井郁氏には、正規・非正規間の処遇格差と対応策について、松原光代氏には、女性活躍推進を実現するために必要な雇用形態の改革案を、それぞれ提起いただいた。本田一成氏には、小売業の労働組合の歩みから、現在の働き方改革に欠けている視点とは何かを示していただいた。最後に、村田二三男氏には、生協職員の労働環境や就労満足度について他流通・小売業との比較の結果をまとめていただいた。

 女性の労働力率は年々高まりつつあるが、出産退職するものは依然として多い。働きたいと希望しながらも働いていない女性のうち2割が、「出産・育児のため」を理由に挙げている。1ヵ月の残業時間が「過労死ライン」である80時間を超える正社員のいる企業が全体の2割以上であることを考えると、家庭と仕事の両立どころか生存自体が脅かされてしまう。長時間労働をする男性正社員を標準モデルとした、従来の雇用慣行を変えなければならないのは必至である。本誌が、これまでの働き方を見直し、より公正でより快適な働き方への変革につながれば幸いである。

拙著書評いくつか

Chuko さて、この間、いくつかの書評サイトで拙著への書評がいくつか続々とアップされていたことに気づきました。

まずは「読書メーター」で、『若者と労働』に対する書評が連投されています。

https://bookmeter.com/books/7002043

10/20 : はるたろうQQ 著者のセミナーに参加するためにまず最初の一冊として読む。著者の考え方はそのブログを愛読しているので理解しているつもりだが、勉強になった。ジョブ型正社員の漸進策として、特に、新書の書評で有名な「山下ゆ」氏が言うように公務員、地方公務員から始めてはどうなのか。標準化できるのでは。地方公務員の職種毎に資格制度みたいなものを作って大学で養成するのはどうだろうか。これほど災害が多発するのでは、各地で一時的な地方公務員の需要は高まると思う。その時に資格を持っている人がその地域や近隣の都道府県にいるといいのではないか。

 
10/31 : 帯長襷 人事関連本2冊目。雇用の形態にはジョブ型とメンバーシップ型があり、日本は様々な経緯によりメンバーシップ型の組織づくりに、国を挙げてなってしまっている、ということがわかる。すると、今ホットな話題の働き方改革や就活・採用の議論のニュースや書籍が読みやすくなった。この概念を知ってる前提で書かれていたからよくわからなかったのね。ていうか、このジョブ型やらってそんなに常識なのか…?これ知らなかったらあのニュースや東洋経済の記事、意味わからんで?

 
11/2 : GAKU ジョブ型労働社会とメンバーシップ型労働社会に関して、よく理解することが出来た。そしてブラック企業、ニート、就活、終身雇用制崩壊等、現在の労働に関する諸問題の背景というか根源というのも、そのような事だったのかと。私個人としては欧米のような、ジョブ型労働社会の方が馴染めたな。中々興味深い内容だったので、この方の著書もう少し何冊か読んでみようと思います。

 
11/3 : くたくた 欧米型労働類型であるジョブ型労働社会と、日本型労働社会類型であるメンバーシップ型労働社会の対比とその異質性に関して詳細に述べられている。メンバーシップ型(言い換えれば終身雇用・年功序列賃金体系)は、仕事に最適な能力を持つ人を採用してその仕事に貼り付けるジョブ型に対し、まず人を確保してからその人に社内で仕事を貼り付ける。一方が職から職に人材が移行する、横流れの構造であるのに対し、一方は「入社」から「定年」まで縦に流れる構造。不況時に、ジョブ型では若年者失業者が社会問題となるのに対し、かつての日本では中高年の失業者対策が、労働施策の中心となっていた。それが変化してきたのは1990年代の不況に労働市場が急激に縮小し、企業に収納されきれない新卒者が出現してきたから。それでもフリーターと呼ばれた彼らは「(会社という)束縛を嫌う自由で気ままな若者」というレッテルのもと問題が矮小化されて、実際に社会問題=労働問題として意識されるようになったのは、彼ら就職氷河期に出現したフリーターが不安定な身分のまま年長となり、その後の景気回復によって新卒就職できるようになった後から来た新卒との格差が無視できなくなってきた2000年代。 一方、労働法制は、戦後米国ベースで制定された流れもあり、基本ジョブ型類型を踏襲。法体制と労働実態の乖離があるなか、実効的な労働施策も施さねばならず、その処方箋として、著者が提唱するのは、正規雇用であるメンバーシップ型雇用と、拡大する非正規雇用の間に、ジョブ型正社員を置くこと。うーん、まとめきれないが、日本の労働市場が特異だということは良く分かった。その中にどっぷり浸かっているのは一方で安穏だが、無制限の(会社への)奉仕を要求される過酷さも、また実感として良く分かる。 個人的事情としては、長年、ワークシェアリングが制度化されて、業務量の分散と人間的生活の回復を図ることを願って来たにもかかわらず、不況と聞こえの良い労働力流動化政策によって低賃金の非正規雇用が急速に広まり、短時間労働者である非正規職員との賃金格差が拡大する一方、正規職員の労働強化という波に巻き込まれて過労死寸前。この日本、いやこの会社、どうしたものだか。多分筆者の提案が実現すりゃあいいんだけど。

 
11/4 : Richard Thornburg 日本でも設計事務所等では、20年くらい前からジョブ型雇用を採用しているところが多いです。  私も働き始めてからほとんどの期間をジョブ型雇用の条件下で働いていますが、束縛のないことや報酬を約束されていることで楽に働ける制度だと思います。

26184472_1 同じ「読書メーター」で、上記『若者と労働』の書評も書かれているGAKUさんが、『日本の雇用と労働法』も評されています。

https://bookmeter.com/books/8075732

2018/11/04 : GAKU   日本で何故メンバーシップ型労働が根付き、それに伴い中高年労働者はどのように扱われ、そして現在は?日本の雇用問題、人事政策、労基法の変遷、現状とコンパクトに、分かり易く纏められており、参考になった。これからの日本、メンバーシップ型労働から、ジョブ型労働へ上手く移行出来れば良いと私は思うのですが。中々、難しいでしょうね。最後の方で、やっと女性労働者に関しても触れられていた。引き続き同著者の「働く女子の運命」を読み、働く女性の活躍を阻害する要因を、より深く考察していきたい。

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 この方の『働く女子の運命』評はまだですが、ブクログという書評サイトでは、ここ数日間に同書の書評が連投されていました。

https://booklog.jp/item/1/4166610627?perpage=10&rating=0&is_read_more=1&sort=2

10/24 : bqdqp016, 労働問題の専門家による、女性の労働環境を中心に日本の雇用システムについて論じた本。精緻な調査に基づく学術的な内容となっている。特に、女性の雇用のあり方について、明治から現代に到るまでの経緯についての記述が興味深かった。
 
10/29 : akiney, 女性労働問題の本質は総合職正社員の実質残業無制限と転勤無制限制にあるということ。 だからこれに対応しにくくなる子持ち女性は疎外される。 女性の権利保護よりも労働時間規制が大事 組合が派遣社員の権利保護に消極的なように歴史的には女性労働者の権利保護にも消極的だったということも知りえた。 雇用問題の議論にも流行り廃りがあり、自分がどのような制度的文脈のもとで仕事をしてきたのか改めて認識できた。女子社員に対する自分の考え方もこの文脈の影響を無自覚的に受けてきたのだということに気付けたのも良かった。(人は皆、過去の理論の奴隷) 関連法案の紹介。過去の判例など無味乾燥にならぬように引用されていて参考になる
 
11/3 : oaktree0426, 著者の新しい労働社会を読んだ際も思ったが、現在問題となっている様々な労働関係の問題を考えるに際して、メンバーシップ型雇用システムという概念は、補助線として抜群の切れ味を有している。本書は、その概念をもとに、働く女子について考察が加えられている。ただ、メンバーシップ型雇用システムという観点から考えると、女性労働の問題は、必ずしも女性労働に原因があるのではなく、雇用システムの問題が女性にしわ寄せされているということがよくわかる。これは、東京医大の入試不正操作の際に起こった議論でも感じたことと相似形であった。さて、切れ味鋭い女性労働問題の解説の後、では果たして、どのような道を今後女性の労働は、また、日本の労働社会は、進んでいくべきなのか、そこに至って初めて、この問題は解きほぐしがたい、錯綜したものであると気づかされたのだった。
 
11/4 :inu, 難しい。どうすれば良いのか悩ましい。

中国共産党はマルクス主義がご禁制?

9月にこういうニュースがあったんですけど、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-855b.html (中国共産党はマルクス主義がお嫌い?)

いやいや、確かに、マルクス主義は厭うべき外国思想の典型なのかもしれませんね。

いまさら皮肉なことに、というのも愚かな感もありますが、一方でわざわざドイツのトリーアに出かけて行って、マルクスの銅像をぶっ立てたりしているのを見ると、なかなか言葉を失う感もあったりします。

1541230011_2564それから1か月あまりして、もう少し深刻なニュースが、香港の蘋果新聞に載っていました。

https://hk.news.appledaily.com/china/realtime/article/20181103/58870841 (【習權時代】南京大學生禁研究馬克思 要求解釋卻遭暴力驅散)

「馬克思列寧主義」明列在中共黨章中,但江蘇省南京大學一群學生,近日向校方申請舉辦、註冊成立「馬克思主義閱讀研究會」,校方一直無故拖延,學生前日要求校方解釋,竟遭暴力驅散。

マルクス・レーニン主義は中国共産党の憲章の中に明記されているが、江蘇省南京大学の一群の学生が最近大学当局にマルクス主義読書研究会を設立したいと申請したところ、理由なく遅延され、理由を問うたところ暴力的に追い散らされた。

建議成立馬克思主義閱讀研究會的學生之一、南京大學學生胡弘菲表示,他們自行組統的研究會,50日前便向校方申請註冊,但申請一直被南京大學哲學系和共青團南京大學委員會推來推去。他更稱,提議成立研究的同學最近一個月被便衣人員跟蹤、拍攝;前日多名同學到學校行政樓,要求與南京大學校黨委書記胡金波見面,突然出現一群身份不明的人士向他們施襲,多人受傷,他們準備的傳單、橫額全被破壞。・・・

マルクス主義読書研究会の設立を求めた学生の一人である南京大学学生の胡弘菲によれば、50日前に大学に登録を申請したが、南京大学の哲学部と共産主義青年団の南京大学委員会によって推薦された。ところが、最近1か月間申請した学生たちは平服の連中に後をつけられ、前日学生たちが大学当局の本部に行き、南京大学党委員会の胡金波書記に面会を求めたところ、突然一群の身分不明の者たちが現れ、彼らを襲撃し、多くの者が負傷した。準備したチラシとバナーはすべて破壊された。。・・・

いやいや、もはや現在の中国共産党にとっては、マルクス主義などという不逞の思想はご禁制あつかいなのかもしれません。

2018年11月 3日 (土)

日中韓の北東アジア労働フォーラム@青島

昨日(11月2日)に、中国の青島で、日中韓の労働研究機関による北東アジア労働フォーラムがあり、「新しい就業形態:労働規制及び権利利益保障」をテーマに報告とディスカッションがおこなわれました。

この問題、最近は特に中国の労働研究者がたいへん熱心で、昨年6月に明治大学で開かれた日中雇用労使関係シンポジウムでも、日本側に比べて中国側が軒並みみんなプラットフォーム労働を取り上げていたことは本ブログでも紹介しましたが、今回も中国側のテーマ設定がプラットフォーム労働に焦点を当てたもので、やや広く雇用類似の働き方をとらえようとする日本側と若干のスタンスの違いが感じられたところでした。

Qingdao フォーラム以外では、青島というかつてドイツの租借地としてドイツの雰囲気が漂う街を経験したのも得難い経験でした。青島ビールはあまりにも有名ですが、山東料理は日本ではあまり知られていませんが、海鮮を主としたその料理は誠に絶妙の極で、長く記憶に残る味でした。

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