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2018年11月20日 (火)

傷病手当金と賃金制度@『労基旬報』2018年11月25日号

『労基旬報』2018年11月25日号に「傷病手当金と賃金制度」を寄稿しました。いささかトリビアの度が過ぎるトピックとお感じになる方もいるかも知れませんが、いやいやトリビアのように見えて、実はなかなか日本の賃金制度の推移の本質にかかわる話なんですよ。

 社会保険と言えば健康保険と年金保険が二大制度ですが、それらに関する議論は圧倒的に療養の給付と老齢年金に集中しています。それはもちろん、人口の高齢化に伴う負担の増大の問題が最重要課題であるからですが、その影に隠れてややもすれば忘れられがちな制度にも、時に関心の一端を向けてもいいのではないかと思われます。それは、失業保険(雇用保険の失業給付)が労働の意思と能力を有するにもかかわらず就職できない者に対する所得補償保険であるのに対して、労働の能力が一時的ないし恒久的に失われた者に対する所得補償保険というべきものです。具体的には、健康保険の傷病手当金と年金保険の障害年金ですが、ほとんどマスコミ等における社会保障論議で取り上げられることはありません。しかし、人は常に病気や怪我で一時的に働けなくなったり、障害で恒久的に働けなくなる可能性があります。今回はこれら労働不能時所得補償保険のうち、傷病手当金をめぐる法政策を概観したいと思います。

 これらのうちまず最初に立法化されたのは、1922年に成立し1927年に施行された健康保険法の傷病手当金です。

第四十五条 被保険者療養ノ為労務ニ服スルコト能ハサルトキハ其ノ期間傷病手当金トシテ一日ニ付報酬日額ノ百分ノ六十ニ相当スル金額ヲ支給ス但シ業務上ノ事由ニ因リ疾病ニ罹リ又ハ負傷シタル場合以外ノ場合ニ於テハ労務ニ服スルコト能ハサルニ至リタル日ヨリ起算シ第四日ヨリ之ヲ支給ス

第四十七条 療養ノ給付及傷病手当金ノ支給ハ同一ノ疾病又ハ負傷及之ニ因リ発シタル疾病ニ付百八十日ヲ超エテ之ヲ為サス

②業務上ノ事由ニ因リ疾病ニ罹リ又ハ負傷シタル場合以外ノ場合ニ於テハ療養ノ給付及傷病手当金ノ支給ハ一年内百八十日ヲ超エテ之ヲ為サス

 戦前の健康保険法は業務外と業務上の両方に適用されていたので、この規定には現在の健康保険法の傷病手当金と労災保険法の休業補償給付に当たる部分とが含まれています。業務外の場合は労働不能となって第4日目から一律に1年180日までしか支給されないのに対して、業務上の場合は労働不能となった初日から傷病ごとに180日まで支給されるという形で格差をつけていました。

 健康保険制定時は病院収容中は扶養家族数に応じて減額するという規定がある一方、報酬を受けられる期間は支給しないという規定はありませんでした。日給で働く工場の職工のみを対象とする制度だったからでしょう。これに対しホワイトカラー職員を対象とした1938年の職員健康保険法では、月給制であることを前提にかなり限定的な給付とされつつ、例外的に日給制の職員についてはやや寛大な給付設計としていました。

第四十九条 被保険者ガ療養ノ為引続キ労務ニ服スルコト能ハザルトキハ労務ニ服スルコト能ハザルニ至リタル日ヨリ起算シ三月ヲ経過シタル日ヨリ其ノ後ニ於ケル労務ニ服スルコト能ハザル期間傷病手当金トシテ一日ニ付報酬日額ノ百分ノ五十ニ相当スル金額ヲ支給ス但シ日給ヲ受クル被保険者ニ付テハ労務ニ服スルコト能ハザルニ至リタル日ヨリ起算シ十日ヲ経過シタル日ヨリ之ヲ支給ス

第五十条 傷病手当金ノ支給期間ハ同一ノ疾病又ハ負傷及之ニ因リ発シタル疾病ニ関シテハ三月ヲ以テ限度トス但シ日給ヲ受クル被保険者ニ付テハ六月ヲ以テ限度トス

 職工の60%に対して職員の50%は共通ですが、日給制職員が待機期間10日で支給期間6か月と職工に近いのに対して、月給制職員は待機期間3か月で支給期間3か月とされています。待機期間3か月というと、1984年改正雇用保険法で導入された自己都合退職者への待機期間を思い出しますが、月給制職員はそれくらいの経済的余裕はあるはずだと考えられていたのでしょうか。

 1942年には職員健康保険法が健康保険法に統合され、傷病手当金は職工も職員も一律に支給期間は6か月で、待機期間も一律に3日間となったのです。もっとも給付率は職工が60%、勅令(健康保険法施行令)で定める職員は50%とされました。後者は戦前型月給制で、休業しても3か月は給料が全額保障されるような職員に限られます。

第七十八条ノ三 健康保険法第四十五条ノ規定ニ依リ傷病手当金トシテ一日ニ付報酬日額ノ百分ノ五十ニ相当スル金額ヲ受クル者ハ職員ニシテ疾病又ハ負傷ノ為労務ニ服スルコト能ハサル場合ニ於テハ労務ニ服スルコト能ハサルニ至リタル日ヨリ起算シ引続キ三月以上俸給又ハ給料ノ全額ヲ受クルコトヲ得ヘキモノトス

 この時期、賃金制度においては、ブルーカラー工員にも月給制を適用すべきという動きが高まる一方、ホワイトカラーにも早出残業割増がつく会社経理統制令が施行されるなど、それまで峻別されていた両者が入り交じるようになってきたことがその背景にあると思われます。

 戦後1947年に健康保険法から労災保険法が分離され、傷病手当金から労災の休業補償費が分離されましたが、この時併せてホワイトカラーとブルーカラーの区別も全廃されました。そもそも、労災保険法と同時に制定された労働基準法が両者を全く区別せず、戦前は早出残業しても割増がつかない代わりに遅刻欠勤しても減額されない純粋月給制であったホワイトカラー職員に対しても、一律に同法第37条による割増賃金の支払を義務づけたのです。戦時中に大きく進んだ両者の同一化が、戦後になって完成に至ったといえましょう。こにょうに、傷病手当金というのは制度としては目立たないものですが、その小さな窓から雇用賃金制度の動きが垣間見えるとも言えます。

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