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2018年10月14日 (日)

ヨーロッパ社会民主主義の崩壊

Sweeney_bio 「ソーシャル・ヨーロッパ」に、Paul Sweeneyの「ヨーロッパ社会民主主義の崩壊」(The Collapse Of European Social Democracy)という文章が前後2回に分けて掲載されています。

https://www.socialeurope.eu/the-collapse-of-european-social-democracy-part-1

https://www.socialeurope.eu/the-collapse-of-european-social-democracy-part-2

その最後のパラフラフ「結論」の部分を紹介します。

日本の社会民主主義(みたいな)勢力は、そのスウィーニーが失われたと嘆くかつての社会民主主義全盛期の政策に近づいたことすらありませんが、スウェーニーの嘆きが、日本におけるリベサヨ批判と妙に共鳴しているように聞こえるのも一興です。

The main conclusion is that, in the face of the immense power and speed of hyper-globalisation, Social Democrats sought accommodation through market-friendly policies with finance, with Multinational Corporations (MNCs) and others. They should have used the power of the state to regulate and tame this growing market power for the greater good. Their major mistake was that they de-regulated finance precisely at the time when they should have increased regulation. In the face of rapid and massive change, SDs forgot about the power of their old ally, the state. Theory was forgotten in the face of overwhelming circumstances whilst pragmatism based on dominant ideas, not philosophy, took over.

結局、超グローバル化の巨大な力とスピードに直面して、社会民主主義者は市場と仲良しの政策を通じて金融界、多国籍企業その他との協調を求めた。彼らはより多くの善のために国家権力を使ってこの増大する市場権力を規制し、飼いならすべきであったのだ。彼らの主な間違いは、規制を強めるべきまさにその時に金融を規制緩和してしまったことだ。急速かつ大規模な変化に直面して、社会民主主義者は彼らの長年の同盟者-国家-の力を忘れてしまった。圧倒的な状況に直面して、理論は忘れ去られ、哲学ではなく支配的な考え方に基づく実用主義が引き継いだ。

The state is the dominant actor because it sets the rules of the market, it protects the public, firms, and intellectual property.

国家は市場のルールを設定し、公衆と企業と知的財産を保護するので支配的なアクターである。

The globalised economy would not work without states setting and enforcing the rules of the marketplace. And when states work together, they are even more effective. They do this in international rules-based organisations like the EU and WTO.

グローバル化した経済は国家による市場のルール設定とその執行なしには機能しない。そして国家が協調すれば、より効果的である。EUやWTOのような国際的なルールに基づく機関ではそうしている。

When demanded by the crash of 2008, the state demonstrated – beyond any doubt – that it can take the neccessary actions to re-regulate banks, to print money, to “do what it takes,” to bail-out the most powerful banks and the largest companies – even the US car industry – and save the economy as a whole.

2008年の破綻で求められたとき、国家はいかなる疑いをも超えて、銀行を再規制し、貨幣を印刷し、やれることは何でもやって、最も強大な銀行や最大手企業-アメリカ自動車産業すらも-を救済し、経済全体を救うために必要な行動をとった。

However, the emphasis in recent decades has been on the protection of the firm; of privatising scientific commons by extensions and enforcement of IP laws; of corporate forays into the heart of public services in search of profits at the cost of workers and citizens; and of investor rights over the public interest.

しかしながら、過去数十年間、強調されてきたのは企業の保護であり、知的財産権法の拡大と適用による科学的共有財産の私有物化であり、労働者と市民の犠牲による営利目的の公共サービスの中核への企業の略奪であり、公共利益よりも投資家の利益の優先であった。

Firms play a crucial role in the economy, but market-friendly policies went too far and need to be reined in. The relationship of the state to market has become one of subservience.

企業は経済において枢要の役割を果たすが、市場と仲良しの政策はあまりにも行き過ぎており、手綱を引き締める必要がある。国家と市場の関係は屈従の関係になってしまった。

By adopting many of the policies of the conservatives, SD abandoned the dialetic between the two main opposing sides of politics. Without a clear choice, voters quit them for the apparent alternatives – the populists of left and right.

保守派の政策の多くを採用することによって、社会民主主義者は政治の主な対立軸の間の弁証法を放棄した。両者間に明確に選ぶところがなければ、選挙民は彼らを去って明確な他の選択肢に向かう-左翼と右翼のポピュリストに。

SDs must again learn to use the strong state to pursue their agenda, and cooperate internationally. If Social Democracy is to revive, it has to go back to its roots around the strong state over market, support but oversee trade, regulate financial flows and overall finance, protect the vunerable. SDs must set rules which favour citizens over corporations, deal with media ownership by promoting greater diversity, tackle climate change effectively and address immigration in humanitarian ways – thereby restoring the dialectic between it and centre-right conservatives.

社会民主主義者は再びその政策目標を追求し、国際的に協調するために、強力な国家を使うことを学ばなければならない。もし社会民主主義が復活するならば、それはその原点、すなわち、市場に対する強力な国家、交易の支持と監視、金融の流れの規制、弱いものの保護に立ち帰らなければならない。社会民主主義者は企業よりも市民を有利に扱うルールを設定し、そうして社会民主主義と中道右派の保守主義との弁証法を取り戻さなければならない。

The neo-liberal economic economic system of the past 30 years collapsed in 2008. But it is only being marginally reformed. Banks “too big to fail” are already bigger than then. People are disillusioned, feel unrepresented and are moving to right and left populism, which offer no solutions. What credible, clear, left political philosophy will stand as the alternative to populism or to conservative values?

過去30年間のネオリベラルな経済システムは2008年に崩壊した。しかしほんの僅かばかり改革されただけだ。「潰すには大きすぎ」た銀行はすでに当時よりも巨大になっている。人々は幻滅し、だれにも代表してもらえていないと感じ、右翼と左翼のポピュリズムに向かっているが、それは何の解決にもならない。ポピュリズムと保守派の価値に対する代替選択肢として打ち立てられるべき信頼でき、明確な左派の政治哲学は何だろうか?

Social Democrats need to return to the state, to re-valuate it, re-value it and again harness its power for all citizens to address the excesses of the market. They need to ensure that the state once more becomes dominant over the market, that delivery of all public services is world class and that the state ensures individual liberty is guaranteed.

社会民主主義者は国家に立ち返り、国家を再認識し、国家を再評価して再びその権力をすべての市民のために、市場の行き過ぎを強制するために活用する必要がある。彼らは国家がもう一度市場に対して支配的となり、すべての公共サービスが世界クラスとなり、国家が個人の自由を保証するように確保する必要がある。

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コメント

ご紹介と翻訳ありがとうございます。
ヨーロッパ社会民主主義の崩壊というのは短期的に見ればトニーブレアの第三の道やドイツの社会民主党の労働改革などの結果が対象にあげられるのでしょうが、 それら社会民主主義のΓ変質」の前提にはそれらの国々が直面していた低成長、財政赤字、失業率の増大などの経済的な困難が背景にあったと思います。このような経済的な困難に対して規制を緩和することで 経済成長を実現しようとしたのではないでしょうか。 またそれがその当時のそれぞれの国々の大半の有権者が政府に求めた政策ではなかったのでしょうか?
90年代から現代にかけて経済成長やGNPやGDPの拡大といったものが非常に困難になってきています。
私はこのような困難を考えずにただ社会民主主義の政策的な変化や思想だけを問題視するという指摘はあまり現実的ではなくまた効果的ではないと考えます。それは単純に昔の政策を取り戻せば正しい結果が出てくるという懐古主義的な政策にしか見えないからです。
そのような中で近年量的緩和を柱とする経済政策と社会民主主義的な政策を組み合わせた 政策が注目されていますが、それももうそろそろ時間切れになりつつあるようです。
おそらく今後益々社会民主主義者や左派は より現実的で有効な経済政策を求められると考えています。
日本においては平和運動や、 人権保護環境保護労働者保護そして再分配の強化、といった平和社会政策だけではもはや社会民主主義の 現実性はないと考えます。
結局のところリベサヨにしてもその他の恐竜にしても この社会民主主義がしっかりとした経済政策を持てないがゆえに潮流跋扈しているものと考えております。
なので問題は、社会民主主義はしっかりとした経済政策を持つことができるのか?そしてまた現代社会ではそもそもにおいてしっかりとした経済政策を持つことが可能な環境であるのかが問われるのだと思います。
長々と大変失礼しました。

投稿: 高橋良平 | 2018年10月21日 (日) 19時11分

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