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2018年10月26日 (金)

元気ピンピンでも「老衰したから年金をくれ」の矛盾

Q2k4vk000000djnf ちょうど2年前に、雑誌『エルダー』2016年10月号に寄稿した「養老保険と退職年金のはざま」は、改めて読み返してみると、なかなか鋭く議論を展開していたので、せっかくなのでお蔵出しします。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-2f66.html

 養老保険と退職年金のはざま

 過去十数年にわたって公的年金問題は国政の最重要課題であり続けてきました。そのなかには社会保険庁の「消えた年金問題」のような事務手続の不備にかかわる問題もありましたが、最大の焦点はもちろん人口の少子高齢化にともなって公的年金が将来にわたって持続可能なのかという点にあったことは周知の通りです。そしてこの問題をめぐってはそれこそ汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)、山のような書物や論文、記事の類が積み上げられていますが、そもそもなぜ高齢者の割合が増えれば彼らに年金を払うために年金制度が危機に陥らなければならないのかという根っこに遡った議論は余りないようです。

 社会保障の教科書を紐解くまでもなく、公的年金は厚生年金保険または国民年金保険という社会保険の一種です。社会保険というのは健康保険や雇用保険を思い浮かべればわかるように、病気や失業という保険事故に遭遇した人に給付がされるものであって、保険料を払ったからといって必ず見返りが戻ってくるわけではありません。いやむしろ、多くの人はあまり病気にはならないし、ましてや失業もしないので、トータルでは払った額より戻ってくる額の方が少ないから、一部の人が払った額よりも高い見返りを貰えるのです。それが保険原理というものです。みんなが「俺はこれだけ払ったんだからその分返せ」と口々にいい出したら、社会保険などすぐに破綻します。病気や失業というリスクを少しずつ分担し合うのが社会保険なのです。

 これは実は年金保険のなかでも障害年金については同じことです。たまたま障害を負ってしまった人にその障害等級に応じて年金を支給するのは、まさにリスク分散のためであって、「障害者にならなかったから損した」などという人はいないはずです。ところが何故か同じ年金保険のなかの老齢年金になると、一定年齢に達したというだけで心も体もぴんぴんしている人々が、「俺はこれだけ払い込んだのだから」と、あたかも預けていた銀行預金を下ろすかのように考えてしまうのです。実のところ、過去十数年の年金論議のかなりの部分は、この公的年金保険をあたかも私的な預金のように考える発想からもたらされている面があります。何故日本では社会保険たる公的年金に対してそういう考え方が染みついてしまったのかを、歴史的経緯をたどることで解明したいと思います。

 現行厚生年金保険法は1941(昭和16)年に制定されましたが、そのときは労働者年金保険法という名前でした。当時の給付は養老年金、癈疾(はいしつ)年金手当金、遺族年金です。「養老」という字面に注目してください。当時の解説書(後藤清・近藤文二『労働者年金保険法論』東洋書館)によると、老齢が癈疾(=障害)や死亡と並ぶ保険事故とされたのは、「老衰は労働能力を減ずること著しく従って生活資源獲得の道を塞ぐものなるため、これを保険事故とするのであるが、被保険者又は被保険者たりし者が何時から老衰となったかを決定又は証明することは困難なるにより、保険において老衰者を救済せんとする場合には、通常一定の高年齢を定め、当該保険団体の構成員がその年齢を超えたることを以て保険事故とするものである」と、老衰を労働能力いい換えれば稼得能力減退とみなしたからです。

 このように、癈疾(障害)と同レベルの保険事故として「老衰」のリスクを救済するための社会保険であるならば、今日に比べれば遥かに早老早死の傾向が強く、平均寿命が50歳前後であった頃に制定された労働者年金保険法がその支給開始年齢、つまり「老衰」とみなす年齢を55歳にしていたことはそれほど不思議ではありませんが、それから75年が経ち、平均寿命が80歳を超えるに至った今日においても、なお支給開始年齢を60歳から65歳に引き上げつつある途中だというのは、いささか不思議の感を抱かせます。本当に老衰が進んだ75歳以上の後期高齢者の医療費が大問題になっている健康保険と比べても、未だに65歳未満で「老衰したから年金をくれ」という理屈が通っている年金保険は別世界のようです。

 ではなぜ、戦後日本では「老衰」のリスクを救済するための社会保険が、全然老衰もしていない若々しく元気な前期高齢者に対する潤沢な給付制度と認識されるようになったのでしょうか。その原因は前回みた退職金の法政策との絡み合いにあります。

 もともと失業保険や解雇手当の関係で立法された1936年の退職積立金及退職手当法は、ごく短い期間ですが日本の企業に退職金の支給を義務づけました。ところが、1941年の労働者年金保険法制定にともない、労働者の申し出があれば積立義務は免除され、任意積立制度になりました、さらに1944年の厚生年金保険法への改正により、戦時における事務簡素化の見地から類似の制度として同法は廃止されてしまいました。「類似」といっても、一方は企業レベルの退職金積立義務づけ制度であり、もう一方は国レベルの「老衰」救済制度であって、そもそもの原理はまったく違うはずですが、これにより「老衰」救済のための年金も「退職金」と同じようなものだという認識が一般化してしまったようです。

 この発想を強化した一つの要素として、公的部門の年金制度があります。もともと戦前以来官吏には恩給制度があり、国の負担で退職後の生活保障がされていました。一方現業労働者には勅令で共済組合が設けられ、労使拠出による退職給付がされていました。戦後公務員制度が大きく変わり、1948年に国家公務員共済組合法が制定され、1958年の改正法で恩給公務員にも共済組合が適用され、今日に至っています。これらは性格は異なりますが、公的部門の企業(職域)年金という点では同じです。実際、制定時の共済法では「養老」とか「老齢」という言葉は使われず、「退職給付」となっていましたし、今日でも長期給付のなかの「退職年金」です。

 さらに、これも前回取り上げた厚生年金基金制度が両者の混同を後押ししました。本来民間企業の人事労務管理の一環である退職金を年金化した企業年金を、公的社会保険である厚生年金保険の代行までやらせるという経営側の要求によって、本来「老衰」リスクへの保険であるものが「退職年金」として意識されるようになる大きな契機になったと思われます。公的部門でも、民間部門でも、年金といえば「退職年金」という条件反射が形成される基盤がこうして形作られたわけです。

 こうして今日に至るまで、本来社会保険としての「老衰」リスク保険の議論をすべきときにも、これら「退職年金」の発想に引っ張られて、全然老衰もしていない若々しく元気な前期高齢者が退職後の生活を満喫するための生活費を年々減少する一方の現役世代から徴収することに疑いを抱かないために、少子高齢化で公的年金が持続可能でなくなるという問題が生み出されているように思われます。

(追記)

自分の頭の中にある思い込みで反射的に反応すると、こういうコメントになるという実例。

https://twitter.com/ROYGB23456/status/1056477621574201344

民間の保険に例えるなら、契約時に言ってもいないことで勝手に支給を無くしたりはできないというのがわかりそうなものだけど。 / “元気ピンピンでも「老衰したから年金をくれ」の矛盾: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)”

読めばわかるように、私は年金保険は健康保険や失業保険のような公的社会保険「である」といっているのであって、そもそも何かにたとえているわけではない。

ただまあ、リスクに備えるための仕組みという意味では、火災保険や傷害保険のような民間保険も本質的には同じであって、火事にならなかったから損をした、保険料返せとか、事故が起きなかったから損をした、保険料を返せ、などと馬鹿なことを口走る人はいない。

保険は掛け捨てが大原則。戦後日本で掛け捨てでない生命保険という変なものが流行ったために、保険とは元本が返ってくるのが当たり前という保険原理に反する思い込みをする人が増えただけ。

そもそも老衰による労働不能というリスクに備えるための保険なのに、老衰リスクにあっていない人が大量に当然のように受給するという事態が、保険原理の大原則から見たらいかに異様な事態かという当然のことを語っているに過ぎない。

のだけど、特殊戦後日本型民間生命保険という奇形児に頭が慣らされた人々にとっては、上記ツイートのような反応があまりにも自然な反応になるのでしょうね。

本エントリは、それを嘆くというよりも(いまさら嘆いてみてもしょうがない)、なぜそんなおかしなことになったのかという疑問を法政策史の観点から淡々と分析したものです。

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コメント

この分野は全くの素人なので、見当違いの意見かもしれませんが。


>もともと戦前以来官吏には恩給制度があり、国の負担で退職後の生活保障がされていました。

つまり戦前は天皇(公)の仕事に従事された方は、全然老衰もしていない若々しく元気な方でも退職後は生活のためのお金を(国民から徴収した)税金から支給されたということでしょうか?


>老衰を労働能力いい換えれば稼得能力減退とみなしたからです。

年金は一定年齢以上の高齢者の(老衰に限らず)稼得能力減退リスクへの救済になっているのではないでしょうか?
ある年齢以上の高齢者の多くが(全然老衰もしていない若々しく元気な方でも)適当な職を得られないのであれば、国としてそれらの方に配慮する必要があると思います。これまでは定年退職者向けの適当な職が少なかったので、多くの高齢者にとって定年退職後は稼得能力が減退したと思います


>平均寿命が80歳を超えるに至った今日においても、なお支給開始年齢を60歳から65歳に引き上げつつある途中だというのは、いささか不思議の感を抱かせます。

定年退職者向けの適当な職が少ない状況では、定年退職後に年金なしで(退職金やこれまでの貯金で)生活できる期間は平均寿命とは関係ないと思います。このため平均寿命がいくら伸びても、定年年齢が上昇しなければ年金支給開始年齢は上げられないと思います。
支給開始年齢を60歳から65歳に引き上げつつある(引上げが可能になった)のは、定年の年齢が55歳から60歳に引き上げられつつあるからではないでしょうか?


>全然老衰もしていない若々しく元気な前期高齢者が退職後の生活を満喫するための生活費を年々減少する一方の現役世代から徴収する

以前にhamachan先生は
  高齢者には年金を払う(その分は現役世代から徴収する)か
  働いてもらう(若年層の失業が増える)のいずれかだ
と仰ったような気がします。今後、現役世代から徴収する年金掛金を減らすために年金の支給開始年齢を上げるには、老衰もしていない若々しく元気な前期高齢者の大部分が就職できるようにする必要があります。そうなると若年層と仕事の取り合いとなり、若年層の失業が増える可能性もあると思います。


>本来社会保険としての「老衰」リスク保険の議論をすべきときにも

現時点では「老衰」リスクに対応しているのは、年金ではなく介護保険ではないでしょうか。
介護保険に関しては、全然老衰もしていない若々しく元気な後期高齢者の方が
  「これまで払った保険料の見返りがない」
と怒っているという話は聞いた事がありません。

また海外の年金については全く知らないのですが、海外では日本と異なって
  公的年金は私的預金ではなく「老衰」リスクを救済する
  社会保険と考えられているので、掛け金を払っていても
  全然老衰もしていない若々しく元気な人には年金が
  もらえない(減額される)のは当然
と考えられているのでしょうか?

投稿: Alberich | 2018年11月 1日 (木) 21時51分

この分野も全くの素人なので、また見当違いの意見かもしれませんが。


>>民間の保険に例えるなら、契約時に言ってもいないことで勝手に支給を無くしたりはできないというのがわかりそうなものだけど。

>私は年金保険は健康保険や失業保険のような公的社会保険「である」といっているのであって、そもそも何かにたとえているわけではない。
>リスクに備えるための仕組みという意味では、火災保険や傷害保険のような民間保険も本質的には同じであって、


公的社会保険である健康保険でも加入時より保険料が上がったり給付内容が変更する事はあると思います。これに対して民間保険では同様の保険である傷害保険で契約途中で保険料が上がったり給付内容が変更になったという話は聞きません。
これは民間保険と公的社会保険では重視する項目が異なるからではないかと思います。つまり民間保険では既存契約者の契約内容を変えない事を重視しているのに対して、公的社会保険では契約者間で契約内容を変えない事を重視していると思います。
保険の支出が長期間にわたって増加する事が予想される場合は、民間保険では既存契約者の保険料は変更せず新規契約者の保険料を上げる事で対応すると思います。
これに対して公的社会保険では、加入者の間で加入時期によって保険料が異なる事がないように既存加入者の保険料も新規加入者と同様に上げると思います。

投稿: Alberich | 2018年11月13日 (火) 20時57分

まあ、保険と貯蓄をごっちゃにしている、という話の本筋からすると、どちらにせよたいした問題ではないと思いますが。

投稿: hamachan | 2018年11月14日 (水) 09時41分

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