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2018年10月 1日 (月)

岡本隆司『近代日本の中国観』

9784065123522_w 台風が迫りくる中、少し前に買ってあった岡本隆司『近代日本の中国観 石橋湛山・内藤湖南から谷川道雄まで』(講談社選書メチエ)を一息に読みました。

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000312486

日本は、つねに中国を意識しながら歴史を歩んできたが、とくに、明治維新以後、近代日本となって以来、中国研究はきわめて深く、幅広いものとなり、東洋史という歴史分野を生み出した。
では、明治以降、戦後に至るまでに、日本人はどのように中国を研究し、考えてきたのか。
歴史に名を残す学者たちの研究をあらためて読み直し、「日本人の中国観」の形成と変遷を跡づける。
それはまた、日中関係を考え直す契機にもなるだろう。
石橋湛山の「小日本主義」とはなんだったのか。巨人・内藤湖南の「唐宋変革論」とは? 
宮崎市定や谷川道雄など、数多くの論者の中国論にふれ、その歴史を読み直す。

中国社会の世界史的位置づけなんてことに関心があり、ウィットフォーゲルなんていう変な本を好んで読んだりしているので、そういう関心から買ったのですが、こういう一節を読むと、いかに実証的な現地調査といえども、結局脳みその中にある理論次第で結論は決めるということがよくわかります。

153ページ以下の華北農村慣行調査を巡る共同体論争です。

・・・これは1940年から44年にかけ、東亜研究所の発案により、満鉄調査部と東大法学部との協力で、日本軍の占領下にあった華北村落をフィールドに実施した実地調査である。農村を対象に法社会学的な方法を用いた、かつてない精細綿密な訪問調査だった。

この調査結果を巡って、調査員の間で論争が起こる。平野義太郎は共同事業の慣行を有した中国農村を「共同体」ととらえ、自然村落にみられる自治的共同機能の存在を強調した。

これに対し、戒能通孝は中国の村落を西欧や日本と対比し、著しくバラバラな個人の集まりに過ぎず、とりわけ契約・権利の実現を支える法共同体の欠如を強調して、平野の「共同体」論を批判した。

要するに、同じ調査によりながら、正反対の結論になっているわけで、これは各々の立場と視座が然らしめたものであった。平野は音に聞こえた「アジア主義」者であり、ここでも「共同体」の存在を「大アジア主義」の「基礎」とみている。

「アジア主義」の的確な説明は難しいけれども、この論争に関わる限りでいえば、自由競争・弱肉強食のため行き詰った西洋社会に対峙し、その在りようを超克する「共同体」をアジアに見出そうとする発想である。そこで日本と中国の共通性を重視した。

平野がそもそもマルクス主義者であって、そこから転向したことは、隠れもない事実である。資本主義の西洋社会を超克しようとした当時の「アジア主義」の根底には、社会主義思想が濃厚に作用していた。これは橘も平野も同断であって、西洋資本主義を超克すべき社会主義が、王道主義や「大アジア主義」に転嫁、分岐しただけである。

かたや戒能は、中国はヨーロッパと類似した発展過程にある日本とは異なる、という観点に立っている。具体的に言えば、日欧の「封建制」と深いかかわりを持つ村落共同体を近代化の基礎をなすものととらえる。この論争では、華北農村には共同事業は存在しても、内面的な共同意識はごく希薄であって、共同体など存在しない。ゆえに近代化の可能性は欠如している、と論じ、日中の相似と連帯を訴える平野らの「大アジア主義」、ひいては「大東亜共栄圏」といった当時の流行概念に反対した。・・・

この話は今日の視点から振り返るとさらに二重三重にねじれてきますね。

マルクス主義的=大東亜共栄圏的な平野的中国共同体論に対して、戒能的発想は日欧型の封建性に立脚する近代性とそれを欠く中国の前近代性を対比的にとらえる発想ですが、今日そのまさに封建性、村落共同性に立脚した日本的な資本主義に対して、まさにそれを欠く中国の共産党独裁下の資本主義が、それを超克せんばかりに、21世紀型の資本主義モデルであるかのごとき勢いであるという事態を目の前にして、改めてこの80年前の「論争」を振り返ると、なんとも不思議な皮肉感がじわじわ湧いてくるのを抑えきれない感があります。

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