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2018年10月

野村正實『「優良企業」でなぜ過労死・過労自殺が?』書評

公明新聞の10月29日号に、野村正實さんの『「優良企業」でなぜ過労死・過労自殺が?』(ミネルヴァ書房)の書評を寄稿しました。

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なお、本ブログでの紹介はこちらのエントリになります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-ae7c.html

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『日本の労働法政策』刊行

『日本の労働法政策』が刊行されました。

https://www.jil.go.jp/publication/ippan/jp-labour-law.html

手に取ってみると、拙著ながらその余りの分厚さに呆れかけます。

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『実務に効く 労働判例精選 第2版』

L21510『実務に効く 労働判例精選 第2版』(有斐閣)をおおくりいただきました。ありがとうございます。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641215108?top_bookshelfspine

実務に効く労働判例精選,待望の第2版。前版から掲載判例を一新し,項目の大部分において執筆者の労使分担を入れ替えた。雇用関係が多様化する中,労使ともに注目すべき最新の論点を取り入れた,信頼の一冊。

初版が2014年なので、4年経つともう改訂しないといけないくらい、労働判例の世界は動きが激しいわけです。

4年前にも書いたとおり、編者は岩村正彦、中山慈夫、宮里邦雄の3人ですが、執筆しているのは、経営法曹と労働弁護士が半々ずつで、サブタイトルをつけるとすると、『労使各側の実務弁護士による 労働判例精選』とでもいうところでしょうか。

第1章 労働契約の成立・承継
 1 求人票と労働契約の内容(別城信太郎)
 2 事業譲渡と労働契約承継(徳住堅治)
 3 会社分割と労働契約承継(浅井 隆)
第2章 労働時間
 4 労働時間(小川英郎)
 5 定額残業制(棗 一郎)
 6 事業場外労働・裁量労働(中山慈夫)
 7 管理監督者(峰 隆之)
第3章 人事
 8 配転命令(石井妙子)
 9 降格・降給(君和田伸仁)
第4章 労働条件の不利益変更
 10 労働条件の不利益変更(宮里邦雄)
第5章 懲戒
 11 懲戒の事由と手続(牛嶋 勉)
 12 内部告発と懲戒処分(水谷英夫)
 13 懲戒解雇と退職金(男澤才樹)
第6章 労働契約の終了
 14 能力不足・成績不良を理由とする普通解雇(加茂善仁)
 15 私傷病と労働契約の終了(中村和雄)
 16 整理解雇(城塚健之)
 17 労働契約の合意解約(井上幸夫)
第7章 パート・有期雇用
 18 雇止め(木下潮音)
 19 処遇をめぐる問題(鴨田哲郎)
 20 定年後雇用(竹林竜太郎)
第8章 労働者の義務・賠償責任
 21 退職後の秘密保持義務・競業避止義務(在間秀和)
 22 従業員に対する損害賠償請求(三上安雄)
第9章 労災・ハラスメント
 23 業務上外認定と安全配慮義務(丸尾拓養)
 24 セクシュアル・ハラスメント(新村響子)
 25 パワー・ハラスメント(高仲幸雄)
 26 マタニティ・ハラスメント(上田絵理)
第10章 「労働者」をめぐる問題
 27 労基法・労契法上の労働者(岡芹健夫)
 28 労組法上の労働者(田中 誠)
第11章 団体交渉をめぐる問題
 29 労組法上の使用者(伊藤昌毅)
 30 団体交渉──義務的団交事項と誠実交渉義務(古川景一)

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『日本の労働法政策』は10月30日(明日)に刊行

11021851_5bdc1e379a12a 日本労働法学会の懇親会で、「hamachanの本出たんだっけ?」と何人かの方から聞かれましたが、申し訳ありません、もうすぐ出ます、とお答えしてました。

誠に間の悪い日程ですが、『日本の労働法政策』は明日(10月30日火曜日)刊行されます。

https://www.jil.go.jp/publication/ippan/jp-labour-law.html

定価: 3,889円+税 2018年10月30日刊行予定 A5判 1,110頁 濱口桂一郎[著] ISBN78-4-538-41164-4

どんな中身の本なのかをご理解いただくために、「はじめに」と、目次のやや詳細版をここに示しておきます。

 2004年4月、東京大学に公共政策大学院が設置され、その一科目として労働法政策の授業が置かれた。筆者は2018年度まで15年間この講義を担当してきた。さらに2012年度には法政大学大学院にも社会人向けに公共政策研究科が設置され、筆者は雇用労働政策研究の科目を担当して2018年度で7回目になる(政治学研究科、連帯社会インスティテュートとの合同科目)。本書はこれら科目のために作成・配布してきた講義テキストの最新版である。
 2004年に授業を始めたときの当初テキストは『労働法政策』(ミネルヴァ書房)として刊行されているが、その後の法改正に次ぐ法改正を反映して講義テキストは毎年膨張を続けた。今回、働き方改革推進法が成立し、労働法制全般にわたって大幅な改正が行われたことを機に、労働政策研究・研修機構から一般刊行物として出版することとした。
 労働法の教科書は汗牛充棟であるが、それらはすべて法解釈学としての労働法である。もちろん法解釈学は極めて重要であるが、社会の設計図としての法という観点から見れば、法は単に解釈されるべきものとしてだけではなく、作られるべきもの、あるいは作り変えられるべきものとしても存在する。さまざまな社会問題に対して、既存の法をどのように適用して問題を解決するかという司法的アプローチに対して、既存の法をどう変えるか、あるいは新たな法を作るかという立法的アプローチが存在する。そして社会の変化が激しければ激しいほど、立法的アプローチの重要性は高まってゆく。
 本書の特色は労働立法の政策決定過程に焦点を当て、政労使という労働政策のプレイヤー間の対立と妥協のメカニズムを個別政策領域ごとに明らかにしていくところにある。いわば、完成品としての労働法ではなく、製造過程に着目した労働法の解説である。さまざまな労働法制がどのように形成されてきたのかという観点から労働法学の研究者や学生に、労働政策の政治過程分析の素材として政治学の研究者や学生に、そして歴史的視座に立って経済社会分析を行おうとする労働経済学や産業社会学の研究者や学生にも広く読んでいただきたいと思っている。
 この15年間で日本の労働法政策の姿はかなり変わった。とりわけ、当初テキストで将来像として描いていたいくつかの方向性が、今回の働き方改革推進法で実現に至った。たとえば、当初テキストでは労働時間法政策の章において「課題-法律上の時間外労働の上限の是非」という項を置き、「労働法政策として考えた場合に、今まで法律上の上限を設定してこなかったことの背景にある社会経済状況のどれだけがなお有効であり、どれだけが既に変わりつつあるのかを再考してみる必要はありそうである」と述べ、「ホワイトカラーの適用除外といった法政策が進展していくと、それ以外の通常の労働者の労働時間規制が本質的には同様に無制限であるということについても、再検討の必要が高まってくるであろう」と示唆していた。今回、時間外労働の法的上限規制が導入されたことは、その実現の第一歩と言える。また非正規労働についても、パートタイム、有期契約、派遣労働のそれぞれの節で、項を起こして均等待遇問題を「課題」として取り上げていた。これも今回、同一労働同一賃金というラベルの下で盛り込まれた。一方、労使協議制と労働者参加の章で「課題-労働者代表法制」として論じていた問題は、今日なお公的な法政策のアジェンダに載っていない。
 この15年間、東京大学と法政大学の大学院生諸氏との間で熱のこもった討議を経験できたことは、筆者の思考を豊かにするのに大いに役立った。本書にその成果の幾ばくかが反映されていれば幸いである。

目次のやや詳細版というのは、この本の目次に示されている章、節、項、目のうち、項までを示したものです。

第1部 労働法政策序説
第1章 近代日本労働法政策の諸段階
1 労働法政策の準備期
2 自由主義の時代
3 社会主義の時代
4 近代主義の時代
5 企業主義の時代
6 市場主義の時代
7 労働法政策の大転換期?
第2章 労働行政機構の推移
1 社会局創設以前
2 内務省社会局
3 厚生省
4 労働省
5 厚生労働省
第3章 労働政策決定プロセスと三者構成原則
1 日本における三者構成原則の展開
2 三者構成原則への批判と近年の動向

第2部 労働市場法政策
第1章 労働力需給調整システム
第1節 労働力需給調整システムの展開
1 民間職業紹介事業の規制と公共職業紹介の発展
2 国営職業紹介体制の確立
3 民間労働力需給調整システムの原則禁止
4 民間労働力需給調整システムの規制緩和の始まり
5 民間労働力需給調整システムの規制緩和の加速
第2節 労働者派遣事業の法政策
1 労働者派遣事業の制限的法認
2 労働者派遣事業の段階的拡大
3 労働者派遣事業の一般的法認
4 労働者派遣事業の規制緩和の進展
5 労働者派遣事業の規制強化への逆転
6 非正規労働法制としての労働者派遣法へ
7 港湾労働法
8 建設業における労働力需給システム
9 労働組合の労働者供給事業
第3節 雇用仲介事業の法政策
1 有料職業紹介事業
2 無料職業紹介事業
3 労働者の募集
4 雇用仲介事業
第4節 公共職業安定機関
1 公共職業安定機関の職業紹介等
2 地方事務官制度
3 公共職業安定機関の民間開放論
4 地方分権と職業安定行政
第2章 労働市場のセーフティネット
第1節 失業保険制度
1 失業保険制度の性格
2 失業保険法への道
3 失業保険法の展開
4 雇用保険法の制定
5 雇用保険法の展開
6 非正規労働者への適用拡大
7 その後の動き
第2節 無拠出型セーフティネット
1 求職者支援法
2 公的扶助制度
第3節 政策的給付と雇用保険2事業
1 政策的給付
2 雇用政策手段としての雇用保険2事業
第3章 雇用政策の諸相
第1節 失業対策事業
1 失業対策事業
2 公共事業及び特別の失業対策事業
第2節 雇用対策法とその後の雇用政策
1 積極的労働力政策の時代
2 雇用維持政策の時代
3 労働移動促進政策の時代
第3節 産業・地域雇用政策
1 炭鉱離職者政策
2 不況業種・不況地域の雇用政策
3 地域雇用開発政策
第4節 外国人労働法政策
1 出入国管理法制
2 外国人労働者政策の提起と否定
3 技能実習制度
4 特定職種・業種の外国人労働者受入れ政策
5 外国人労働者の本格的受入れ政策
第4章 高齢者・障害者の雇用就業法政策
第1節 高齢者雇用就業法政策
1 失業対策事業の後始末としての中高年齢失業者対策
2 高年齢者雇用率制度
3 定年引上げの法政策
4 継続雇用の法政策
5 継続雇用と年齢差別禁止の法政策
6 シルバー人材センター拡大
第2節 障害者雇用就労法政策
1 障害者雇用率制度の展開
2 精神障害者等への適用
3 障害者差別禁止法政策
4 障害者福祉法政策における就労支援
5 障害者虐待防止法
第5章 職業教育訓練法政策
第1節 職業能力開発法政策
1 徒弟制から技能者養成制度へ
2 職業補導制度の展開
3 職業訓練と技能検定
4 積極的労働力政策時代の職業訓練
5 企業内職業能力開発政策の時代
6 自発的職業能力開発政策の時代
7 職業能力開発政策の模索
8 職業能力評価制度の展開
第2節 職業教育法政策
1 戦前の実業教育
2 戦後の職業教育
3 高等教育における職業教育
4 キャリア教育
5 労働教育
第3節 若年者労働法政策
1 年少労働者保護法政策
2 勤労青少年福祉法
3 新規学卒者の就職システム
4 若年者雇用法政策

第3部 労働条件法政策
第1章 労働基準監督システム
第1節 労働基準監督システムの形成
1 工場法と工場監督制度
2 労働基準法と労働基準監督システム
第2節 労働基準監督システムの展開
1 労働基準監督システムをめぐる問題
2 労働基準監督行政の展開
第2章 労災保険制度と認定基準
第1節 労災保険制度
1 戦前の労働者災害扶助制度
2 戦後の労災保険制度
第2節 労災認定基準と過労死・過労自殺問題
1 業務災害の認定基準
2 過労死・過労自殺の認定基準
第3章 労働安全衛生法政策
第1節 労働安全衛生法制の展開
1 工場法から労働基準法へ
2 戦後の労働安全衛生法政策
3 労働安全衛生法の体系
第2節 近年の労働安全衛生法政策
1 労働者の過重労働
2 労働者のメンタルヘルス
3 職場の受動喫煙
第4章 労働時間法政策
第1節 労働時間法制の展開
1 工場法の時代
2 労働基準法の制定
3 規制緩和の攻防
4 労働時間短縮の時代
5 労働時間短縮から労働時間弾力化へ
第2節 労働時間短縮の法政策
1 法定労働時間の段階的短縮
2 労働時間設定改善法
3 時間外・休日労働
4 勤務間インターバル規制
5 労働時間の適正な把握
6 深夜業の問題
7 自動車運転者の労働時間
8 医師の労働時間
9 年次有給休暇
第3節 労働時間弾力化の法政策
1 変形労働時間制とフレックスタイム制
2 事業場外労働とテレワーク
3 裁量労働制
4 労働時間の適用除外
第5章 賃金処遇法政策
第1節 賃金法制の展開
1 労働契約における賃金
2 賃金債権の保護
3 未払賃金の立替払
第2節 最低賃金制の法政策
1 前史
2 業者間協定方式の最低賃金制
3 審議会方式の最低賃金制
4 最低賃金の見直しから大幅引上げへ
第3節 公契約における労働条項
第4節 均等・均衡処遇(同一労働同一賃金)の法政策
1 賃金制度の推移
2 パートタイム労働法政策
3 同一労働同一賃金法政策の復活
第5節 退職金と企業年金の法政策
1 退職金
2 企業年金
第6章 労働契約法政策
第1節 労働契約法制の展開
1 労働法以前
2 工場法から労働基準法へ
3 労働契約法制の政策課題化
第2節 解雇法政策
1 解雇法制の展開
2 解雇ルールの法制化
第3節 有期労働契約法政策
1 有期労働契約の期間の上限
2 有期契約労働者の雇止めと無期化
第4節 就業規則と労働条件変更の法政策
1 就業規則法制の展開
2 労働契約法政策における労働条件の不利益変更問題
第5節 企業組織再編と労働契約承継法政策
1 背景としての企業組織再編法制
2 労働契約承継法政策
第6節 近年の論点
1 多様な正社員
2 副業・兼業
第7章 非雇用労働の法政策
第1節 家内労働と在宅就業の法政策
1 家内労働法と最低工賃
2 在宅就業
第2節 その他の非雇用労働者への法政策
1 労働者性の問題
2 労災保険の特別加入
3 協同組合の団体協約締結権
4 雇用類似就業者の法政策

第4部 労働人権法政策
第1章 男女雇用均等法政策
第1節 男女雇用機会均等法以前
1 女子労働者保護法政策
2 母性保護法政策
3 勤労婦人福祉法
4 男女雇用機会均等法の前史
第2節 男女雇用機会均等法
1 1985年努力義務法の制定
2 女性差別の禁止と女子保護規定の解消
3 性差別禁止法へ
第3節 女性の活躍促進
第2章 ワーク・ライフ・バランス
第1節 職業生活と家庭生活の両立
1 育児休業制度の政策課題化
2 特定職種育児休業法
3 育児休業法の制定
4 介護休業の導入
5 深夜業の制限と激変緩和措置
6 2001年改正
7 2004年改正
8 その後の改正
第2節 仕事と生活の調和
第3節 病気の治療と仕事の両立
第3章 その他の労働人権法政策
第1節 労働に関する基本法制における人権規定
1 労働基準法
2 職業安定法
3 労働組合法
第2節 人種差別撤廃条約
第3節 同和対策事業
第4節 人権擁護法政策
第5節 職場のハラスメントの法政策
1 セクシュアルハラスメント
2 マタニティハラスメントと育児・介護ハラスメント
3 職場のいじめ・嫌がらせ
第6節 公益通報者保護法政策
第7節 労働者の個人情報保護法政策
1 個人情報保護法以前
2 個人情報保護法の制定とこれに基づく指針等
3 近年の動向

第5部 労使関係法政策
第1章 集団的労使関係システム
第1節 集団的労使関係法制の展開
1 労働組合法への長い道
2 労働争議調停法から労働関係調整法へ
3 1949年改正
4 1952年改正
5 その後の動き
第2節 公的部門の集団的労使関係システム
1 公共企業体・国営企業等の集団的労使関係システム
2 公務員の集団的労使関係システム
3 公務員制度改革の中の労使関係システム
第2章 労使協議制と労働者参加
第1節 労使協議制の展開
1 労働委員会の構想
2 健康保険組合
3 産業報国会
4 経営協議会
5 炭鉱国管と生産協議会
6 労使協議制
第2節 過半数代表制と労使委員会
1 過半数代表制
2 労使委員会
3 労働者代表法制
第3節 労働者参加
1 会社・組合法制における労働者
2 労働者協同組合
3 労働者の経営参加
4 労働者の財務参加
5 労働者の自主福祉事業
第3章 労働関係紛争処理の法政策
第1節 労働委員会制度
1 労働委員会制度の展開
2 不当労働行為審査制度
第2節 個別労働関係紛争処理システム
1 労働基準法における紛争解決援助
2 男女雇用機会均等法等における調停
3 個別労働関係紛争解決促進法
4 人権擁護法案における調停・仲裁
5 障害者雇用促進法における調停
6 非正規労働者の均等・均衡待遇に係る調停
第3節 労働審判制度
第4節 その他の個別労働関係紛争処理制度
1 仲裁

付章 船員労働法政策
1 船員法制の形成期
2 労働力需給調整システムと集団的労使関係システムの形成
3 戦前期船員法政策の展開と戦時体制
4 終戦直後期における船員法制の改革
5 その後の船員労働条件法政策
6 その後の船員労働市場法政策
7 船員保険の解体
8 船員労働委員会の廃止
9 ILO海事労働条約の国内法化

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日本労働法学会@早稲田第2日

Waseda 昨日の個別報告とワークショップと懇親会で精力を使い果たした人が多かったのか、肝心の今日の大シンポジウムは若干空席が目立つ感じでしたが、労働法と知的財産法の交錯というテーマにしり込みした人も多かったためかもしれません。

私も正直、知らないことが多すぎ、話に追いついていけない点が多々ありましたが、まあでも、そういう分野の話を必死に聴くのも惚け始めた頭の訓練には有用かもしれません。

あと、大木さんから紹介のあった早稲田歴史館なるところを覗くと、確かに大隈重信の演説の声が流れてきます。

2018aw_tenji_1610x407 また、大山郁夫の企画展をやっていて、これがなかなか面白かった。早稲田大学教授に就任してすぐに早稲田騒動で大阪朝日新聞の記者になるも、例の白虹事件で退社して早稲田に復帰しますが、やがて労働農民党の委員長に就任して問題になり早稲田を辞職、衆議院選挙に立候補して落選し、ついにアメリカに亡命します。そして戦後になって帰国し、三たび早稲田大学教授になるという、すごい波乱万丈の人生です。早稲田の学生も知らない人が多いのではないかな。ちょっと覗いてみることをお勧めします。

https://www.waseda.jp/culture/archives/news/2018/09/04/2962/

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日本労働法学会@早稲田第1日

本日、年1回2日制になって最初の日本労働法学会大会が早稲田の森で開かれました。

個別報告は、JILPTの細川良さんのフランスの企業再構築を聞きましたが、労使関係の企業内化という話は細川さんも含め多くのフランス法研究者が語ってきたことですが、もう一つのフランスにおける人材管理の変化、ジョブ型から(そういう言い方はしていませんでしたが)いわばメンバーシップ型的な方向へのシフトという話は、他ではほとんど語られたことのないような大変興味深い話でした。

ウブリエがどんどんアウトソースされて、ウブリエのいない企業が増えているとか、サービス業ではカードルしかいない企業も増えているとか、金属産業の賃金協約でも職務給から職能給的な方向に変わってきているとか、大変興味深い話が語られました。

初めての試みであったワークショップは、正直講義をする教室でやるのはなかなかつらいなという感想です。とはいえ、あれだけの人数が向かい合う形で議論できるような収容する空間があるのかというのは悩ましいところでしょう。

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元気ピンピンでも「老衰したから年金をくれ」の矛盾

Q2k4vk000000djnf ちょうど2年前に、雑誌『エルダー』2016年10月号に寄稿した「養老保険と退職年金のはざま」は、改めて読み返してみると、なかなか鋭く議論を展開していたので、せっかくなのでお蔵出しします。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-2f66.html

 養老保険と退職年金のはざま

 過去十数年にわたって公的年金問題は国政の最重要課題であり続けてきました。そのなかには社会保険庁の「消えた年金問題」のような事務手続の不備にかかわる問題もありましたが、最大の焦点はもちろん人口の少子高齢化にともなって公的年金が将来にわたって持続可能なのかという点にあったことは周知の通りです。そしてこの問題をめぐってはそれこそ汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)、山のような書物や論文、記事の類が積み上げられていますが、そもそもなぜ高齢者の割合が増えれば彼らに年金を払うために年金制度が危機に陥らなければならないのかという根っこに遡った議論は余りないようです。

 社会保障の教科書を紐解くまでもなく、公的年金は厚生年金保険または国民年金保険という社会保険の一種です。社会保険というのは健康保険や雇用保険を思い浮かべればわかるように、病気や失業という保険事故に遭遇した人に給付がされるものであって、保険料を払ったからといって必ず見返りが戻ってくるわけではありません。いやむしろ、多くの人はあまり病気にはならないし、ましてや失業もしないので、トータルでは払った額より戻ってくる額の方が少ないから、一部の人が払った額よりも高い見返りを貰えるのです。それが保険原理というものです。みんなが「俺はこれだけ払ったんだからその分返せ」と口々にいい出したら、社会保険などすぐに破綻します。病気や失業というリスクを少しずつ分担し合うのが社会保険なのです。

 これは実は年金保険のなかでも障害年金については同じことです。たまたま障害を負ってしまった人にその障害等級に応じて年金を支給するのは、まさにリスク分散のためであって、「障害者にならなかったから損した」などという人はいないはずです。ところが何故か同じ年金保険のなかの老齢年金になると、一定年齢に達したというだけで心も体もぴんぴんしている人々が、「俺はこれだけ払い込んだのだから」と、あたかも預けていた銀行預金を下ろすかのように考えてしまうのです。実のところ、過去十数年の年金論議のかなりの部分は、この公的年金保険をあたかも私的な預金のように考える発想からもたらされている面があります。何故日本では社会保険たる公的年金に対してそういう考え方が染みついてしまったのかを、歴史的経緯をたどることで解明したいと思います。

 現行厚生年金保険法は1941(昭和16)年に制定されましたが、そのときは労働者年金保険法という名前でした。当時の給付は養老年金、癈疾(はいしつ)年金手当金、遺族年金です。「養老」という字面に注目してください。当時の解説書(後藤清・近藤文二『労働者年金保険法論』東洋書館)によると、老齢が癈疾(=障害)や死亡と並ぶ保険事故とされたのは、「老衰は労働能力を減ずること著しく従って生活資源獲得の道を塞ぐものなるため、これを保険事故とするのであるが、被保険者又は被保険者たりし者が何時から老衰となったかを決定又は証明することは困難なるにより、保険において老衰者を救済せんとする場合には、通常一定の高年齢を定め、当該保険団体の構成員がその年齢を超えたることを以て保険事故とするものである」と、老衰を労働能力いい換えれば稼得能力減退とみなしたからです。

 このように、癈疾(障害)と同レベルの保険事故として「老衰」のリスクを救済するための社会保険であるならば、今日に比べれば遥かに早老早死の傾向が強く、平均寿命が50歳前後であった頃に制定された労働者年金保険法がその支給開始年齢、つまり「老衰」とみなす年齢を55歳にしていたことはそれほど不思議ではありませんが、それから75年が経ち、平均寿命が80歳を超えるに至った今日においても、なお支給開始年齢を60歳から65歳に引き上げつつある途中だというのは、いささか不思議の感を抱かせます。本当に老衰が進んだ75歳以上の後期高齢者の医療費が大問題になっている健康保険と比べても、未だに65歳未満で「老衰したから年金をくれ」という理屈が通っている年金保険は別世界のようです。

 ではなぜ、戦後日本では「老衰」のリスクを救済するための社会保険が、全然老衰もしていない若々しく元気な前期高齢者に対する潤沢な給付制度と認識されるようになったのでしょうか。その原因は前回みた退職金の法政策との絡み合いにあります。

 もともと失業保険や解雇手当の関係で立法された1936年の退職積立金及退職手当法は、ごく短い期間ですが日本の企業に退職金の支給を義務づけました。ところが、1941年の労働者年金保険法制定にともない、労働者の申し出があれば積立義務は免除され、任意積立制度になりました、さらに1944年の厚生年金保険法への改正により、戦時における事務簡素化の見地から類似の制度として同法は廃止されてしまいました。「類似」といっても、一方は企業レベルの退職金積立義務づけ制度であり、もう一方は国レベルの「老衰」救済制度であって、そもそもの原理はまったく違うはずですが、これにより「老衰」救済のための年金も「退職金」と同じようなものだという認識が一般化してしまったようです。

 この発想を強化した一つの要素として、公的部門の年金制度があります。もともと戦前以来官吏には恩給制度があり、国の負担で退職後の生活保障がされていました。一方現業労働者には勅令で共済組合が設けられ、労使拠出による退職給付がされていました。戦後公務員制度が大きく変わり、1948年に国家公務員共済組合法が制定され、1958年の改正法で恩給公務員にも共済組合が適用され、今日に至っています。これらは性格は異なりますが、公的部門の企業(職域)年金という点では同じです。実際、制定時の共済法では「養老」とか「老齢」という言葉は使われず、「退職給付」となっていましたし、今日でも長期給付のなかの「退職年金」です。

 さらに、これも前回取り上げた厚生年金基金制度が両者の混同を後押ししました。本来民間企業の人事労務管理の一環である退職金を年金化した企業年金を、公的社会保険である厚生年金保険の代行までやらせるという経営側の要求によって、本来「老衰」リスクへの保険であるものが「退職年金」として意識されるようになる大きな契機になったと思われます。公的部門でも、民間部門でも、年金といえば「退職年金」という条件反射が形成される基盤がこうして形作られたわけです。

 こうして今日に至るまで、本来社会保険としての「老衰」リスク保険の議論をすべきときにも、これら「退職年金」の発想に引っ張られて、全然老衰もしていない若々しく元気な前期高齢者が退職後の生活を満喫するための生活費を年々減少する一方の現役世代から徴収することに疑いを抱かないために、少子高齢化で公的年金が持続可能でなくなるという問題が生み出されているように思われます。

(追記)

自分の頭の中にある思い込みで反射的に反応すると、こういうコメントになるという実例。

https://twitter.com/ROYGB23456/status/1056477621574201344

民間の保険に例えるなら、契約時に言ってもいないことで勝手に支給を無くしたりはできないというのがわかりそうなものだけど。 / “元気ピンピンでも「老衰したから年金をくれ」の矛盾: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)”

読めばわかるように、私は年金保険は健康保険や失業保険のような公的社会保険「である」といっているのであって、そもそも何かにたとえているわけではない。

ただまあ、リスクに備えるための仕組みという意味では、火災保険や傷害保険のような民間保険も本質的には同じであって、火事にならなかったから損をした、保険料返せとか、事故が起きなかったから損をした、保険料を返せ、などと馬鹿なことを口走る人はいない。

保険は掛け捨てが大原則。戦後日本で掛け捨てでない生命保険という変なものが流行ったために、保険とは元本が返ってくるのが当たり前という保険原理に反する思い込みをする人が増えただけ。

そもそも老衰による労働不能というリスクに備えるための保険なのに、老衰リスクにあっていない人が大量に当然のように受給するという事態が、保険原理の大原則から見たらいかに異様な事態かという当然のことを語っているに過ぎない。

のだけど、特殊戦後日本型民間生命保険という奇形児に頭が慣らされた人々にとっては、上記ツイートのような反応があまりにも自然な反応になるのでしょうね。

本エントリは、それを嘆くというよりも(いまさら嘆いてみてもしょうがない)、なぜそんなおかしなことになったのかという疑問を法政策史の観点から淡々と分析したものです。

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『Japan Labor Issues』11月号

Jli11JILPTの英文誌『Japan Labor Issues』11月号がアップされました。

https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2018/010-00.pdf

Trends
News: Work Style Reform Bill Enacted: Discussions Underway at the Council on the Contents of Specific Procedures

Research
Article: Japan's Employment System and Formation of the "Abuse of the Right to Dismiss" Theory Keiichiro Hamaguchi

Judgments and Orders
On Payment or Non-payment of Premium Wages When Incorporated Into Annual Salary: The Iryo Hojin Shadan Koshin Kai Case  Hirokuni Ikezoe

Series:Japan’s Employment System and Public Policy 2017-2022
Corporate In-house Education and Training and Career Formation in Japan (Part I): In-house Skills Development Makoto Fujimoto

連載判例評釈は、今回は池添弘邦さんの医療法人社団康心会事件です。また、藤本さんの企業内教育訓練の解説もあります。

私の記事は、「日本の雇用システムと解雇権濫用法理の形成」ですが、この日本人相手にすらなかなか正しく説明することが難しいテーマを外国人向けに英語で説明するという課題が、どの程度達成できているのか、是非ご意見をいただきたいところです。

In Japanese labor studies, it is common to think of long-term employment practice as a major characteristic of Japan’s employment system and to position the “abuse of the right to dismiss” theory (Kaiko-ken ranyō hōri)1 as part of the legal framework supporting it. This perception is not necessarily mistaken, but viewing it too simplistically is not appropriate for the following reasons.・・・・・

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『日本労働研究雑誌』11月号

700_11『日本労働研究雑誌』11月号は「民法と労働法の交錯」が特集です。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2018/11/index.html

「雇用」「請負」「委任」の境界と雇用契約規定の有用性 芦野 訓和(東洋大学教授)

民法改正は労働契約論見直しの好機となりうるのか 高橋 賢司(立正大学准教授)

労働法における労働者の自由意思と強行規定─民法改正を踏まえて 皆川 宏之(千葉大学教授)

契約締結の自由と採用の自由─締約強制を中心に 大木 正俊(早稲田大学准教授)

これらについても興味深いところがいっぱいありますが、まずは1年に1回の「ディアローグ:労働判例この1年の争点」。野田進、奥田香子両氏によるこの1年の判例評論です。

ホットイシューがハマキョウレックスとイビデン。フォローアップがイクヌーザ、日本ケミカル、九州総菜、長澤運輸。ピックアップが6件あって、その最後に永尾運送事件が入ってます。

これは、私がジュリストで評釈したものですが、そもそも掲載誌の『判例時報』には社名は出てこないんですね。永尾運送という社名は、同一事案の大阪府労委にかかった命令が別冊中央労働時報に載ってて、そっちで社名が明らかになっているんです。

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留学生の就職も「入社型」に?

昨年本ブログでこういう記事を書きました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-dee9.html(入管法上は日本の大学はとってもレリバンス)

・・・おやおや、「従事しようとする業務に必要な技術又は知識に係る科目を専攻していること が必要であり,そのためには,大学・専修学校において専攻した科目と従事し ようとする業務が関連していることが必要です」と言っていますよ。

日本人学生に対しては「大学で勉強したことは全部忘れて来い。会社で一から叩き込んでやる」というセリフが通用しても、留学生相手には・・・・というか、留学生を採用しようとする際に入管当局相手には通用しないということですな。

なぜか法務省入国管理局においては、日本国の大学というのは職業に必要な技術や知識を学ぶ教育機関であるようなのです。

いやもちろんそれは世界中どこでもそうなっている常識ではありますが、日本ではそれが非常識なのに、話が留学生になると突然再び常識と非常識が再逆転するという目くるめく世界が広がっているわけです。

念のため言いますと、入管当局からすればこれはあまりにも当たり前なのであって、もしそこをいい加減に許してしまったら、専門技術的外国人は入れるけれども単純労働力は入れないという数十年守ってきた大原則がガラガラと崩れてしまいます。だから当たり前。

しかしその「当たり前」が、日本社会の常識と真正面から衝突してしまうというところに、この問題の根深さがあるわけです。

かくも大学教育の職業的レリバンスを高らかに謳っていた入管行政が、もろくもメンバーシップ型労働社会の前に膝を屈するようです。

先月の日経新聞の記事を受けて、

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO35015520V00C18A9MM8000/留学生の就職 条件緩和 年収300万円で業種問わず

法務省は外国人留学生の就労拡大に向け、新たな制度を創設する。日本の大学または大学院の卒業後、年収300万円以上で日本語を使う職場で働く場合に限り、業種や分野を制限せずに外国人の在留を認める。これまでは大学の専門分野に関連した就労しか認めていなかった。来春にも新制度を導入し、留学生の就労拡大につなげる。・・・

東北大学の川端望さんがこう論じています。

http://riversidehope.blogspot.com/2018/10/blog-post_22.html(留学生が日本の大学を卒業して就職する際の条件緩和について)

まず、現行基準の問題点を的確に指摘し、

・・・そもそも,現在の基準にもあいまいさがある。「技術・人文知識・国際業務」ビザを取得するためには,大学の専門分野に属する技術や知識を要する業務,または外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務に従事しなければならない。その例は法務省のページに書かれている(※1)。しかし,この基準で厳密に「専門にかなった仕事に就く就職か」を判断することは難しい。なぜなら,日本企業はそもそも学卒新規採用の際に職務を明示しない,メンバーシップ型の採用をするからだ。わかるのは「入社」することだけであって,どんな職に「就職」するかはわからない。よって法務省が判断することには困難がある。

しかしそれがかろうじて防いでいたものをも指摘します。

しかし,現在の基準もまるきり使われていないわけではない。「技能労働(ブルーカラー業務)は不可」というところだけはチェックしていると思われるからだ。技能労働につくと疑われると不許可になることがある。この技能労働の範囲にもグレーゾーンはあるが,製造や建設,販売,サービスにおける現場作業労働を含むとみなされているようだ。たとえば,工場のラインや建設現場で作業員として働く,コンビニの店員になる,飲食店のウェイター,ウェイトレス,フロア接客などがみとめられないようだ。・・・

日本の労働社会の現実と乖離した「就職型」基準が、留学生の技能労働力としての「就職」の防止として機能していたのだと。

ところが、業種・分野・職種制限を外し,年収要件だけでチェックするとどうなるかというと、

・・・大学を卒業して工場の作業労働者,建設労働者になったり,バイトをしていたコンビニや居酒屋にそのまま就職するということである。労働力不足のおり,技能労働でも年収300万円を超えることは十分にあり得るから,年収要件はクリアーするかもしれない。・・・

そう、実はこれは、今臨時国会に提出される予定の、広範な技能労働分野に外国人を導入しようとする入管法改正の裏側で、それと同じ効果をもたらすかも知れないことを、法改正なしに法務省の基準だけでやれてしまうかも知れないという話なんですね。

そして、その根っこにある、より本質的な問題をも、川端さんはちゃんと指摘しています。

・・・そして,実は問題のおおもとには以下のことがあることを指摘したい。実は,大学入試さえしっかりしていれば,このような心配は不要なのだ。日本語学校と大学を経て技能労働というトンネルが懸念されるのは,「高校教育の内容を身にうけたものだけを大学に入学させる」という当然のことができていない現状が,日本の大学に存在するからだ。その理由については以前に書いた(※2)。あれこれの大学改革よりも,この基本的なところを何とかすべきではないか。

結局すべては、日本の大学の在り方に帰着しそうです。

(重要な追記)

上に引用した川端望さんのブログの当該記事に、「hamachan」なる名を騙ってコメントを書き込んでいる者がいます。

http://riversidehope.blogspot.com/2018/10/blog-post_22.html

わたくしは尊敬する川端さんに対し、このような失礼なものの言い方をすることは絶対にありません。

かつて私の名を騙ってあちこちのブログに失礼な書き込みをした「ふま」という者がおりましたが、いまだにこういう悪辣なことをして楽しんでいるのは大変残念なことです。

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守屋貴司・中村艶子・橋場俊展編著『価値創発(EVP)時代の人的資源管理』

377520守屋貴司・中村艶子・橋場俊展編著『価値創発(EVP)時代の人的資源管理 Industry4.0の新しい働き方・働かせ方』(ミネルヴァ書房)をお送りいただきました。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b377520.html

価値創発(EVP:従業員への価値の創発的提案)は、企業が優秀な人材をその組織ににひきつける必須条件である。AIやIoTを活用した第4次産業革命が進行する現在、いかに企業が優秀な人材にやりがいある仕事や報酬を与え、ともに新しい価値を創造しうるか。本書は、日本企業再生・復活の鍵となる新しい人材活用とは何かを、働く側、働かせる側の双方の視点から労働市場の実態を的確に捉え、今後の労働の方向性を探る

正直のところ、タイトルにもなっている「価値創発」の意義がなるほどとよく理解できたとは言いがたいのですが、アメリカにおける人事管理から人的資源管理、そしてタレントマネジメントへの「進化」というのが基本にあるらしいことは分かりました。

また、副題の「Industry4.0の新しい働き方・働かせ方」にどんぴしゃという部分はそれほどないのですが、最後の「結章 日本と世界の人的資源管理を展望する」(守屋貴司)が、井上智洋さんの『人工知能と経済の未来』を引きながら論じています。正直、井上さんのこの本はあまり感心しなかったのですが。

はしがき

序 章 日本企業にこれから期待される変化(守屋貴司)
 1 働く側と働かせる側の両方の視点
 2 急速な技術革新と先進国の労働力急減社会の到来
 3 21世紀の「働く側」と「働かせる側」の大激変とは:タレントマネジメントの進展と雇用の大選別時代の到来
 4 激変の中で求められる価値創発(EVP)時代の人的資源管理


 第Ⅰ部 進化する理論

第1章 人事管理論・人的資源管理論の史的変遷(岡田行正)
 1 人事管理論の生成と背景
 2 人事管理論の発展
 3 人的資源管理論のパラダイム
 4 人事管理論から人的資源管理論へ

第2章 戦略的人的資源管理の変化――水平的・垂直的提携関係と中核的人材の管理(山崎 憲)
 1 人事労務管理から人的資源管理へ:日本企業との競争がもたらした変化
 2 制度と運用の組み合わせによる競争力
 3 中核的人材の管理
 Column タスク・オリエンテッド・ジョブとタレント・オリエンテッド・ジョブ

第3章 人的資源管理論からタレントマネジメントへの「進化」(守屋貴司)
 1 タレントマネジメント論とは
 2 タレントマネジメント(TM)の誕生と定義
 3 タレントマネジメント論と人的資源管理論との比較
 4 タレントマネジメント論の理論的実践的展開とその社会的背景
 5 タレントマネジメントの日本企業への導入
 6 タレントマネジメント・タレントマネジメント論の特徴

第4章 人的資源管理の新たな展開――タレント人材定着の試み(橋場俊展)
 1 人材争奪戦とリテンション問題
 2 リテンションを企図した新しい概念:EEとTR
 3 EE言説・TR言説の意義と諸課題
 4 日本における人的資源管理へのインプリケーション

第5章 人的資源管理論とジェンダー・ダイバーシティマネジメント(中村艶子)
 1 人事雇用管理とジェンダー・ダイバーシティ
 2 社会情勢の変化とジェンダー・ダイバーシティ
 3 次世代の若者の人的資源管理
 4 企業におけるジェンダー・ダイバーシティマネジメント
 5 日本におけるダイバーシティマネジメントへのインプリケーション


 第Ⅱ部 働かせ方を展望する

第6章 雇用管理の機能とその変容(澤田 幹)
 1 雇用管理の意義と本質
 2 雇用管理と教育訓練・能力開発
 3 雇用管理の新展開と課題
 4 現代における雇用管理の意義

第7章 賃金管理の大改革(鬼丸朋子)
 1 賃金管理の必要性
 2 日本企業における賃金制度の変遷:「年の功」から「年と功」へ
 3 「成果主義賃金」から得られた教訓
 4 「働き方改革」に資する賃金制度の導入例
 5 今後の賃金制度のあり方

第8章 人事考課制度とコンピテンシー(鹿嶋秀晃)
 1 人事考課とは
 2 人事考課に求められるもの
 3 コンピテンシーの導入
 4 日本の職場におけるコンピテンシーと人事考課のこれから

第9章 労働時間管理の変貌(山本大造)
 1 労働時間管理と現代日本の様相
 2 「働き方改革関連法案」による労働時間管理の様相
 3 企業の取り組みと労働時間管理の展望

第10章 ライフデザインと自律的キャリア開発――多様なキャリアを自ら選び取る(佐藤飛鳥)
 1 キャリアの概念と理論:キャリア研究の到達点
 2 あなたのライフデザインとキャリアデザイン
 3 エンプロイヤビリティの獲得
 4 ジョブホッパーとキャリアビルダー:米日転職事情
 5 ダイバーシティ時代の自律的キャリア開発
 Column AIと雇用、バウンダリレスキャリア

第11章 職場環境の転換期――女性活躍推進の観点から(中村艶子)
 1 グローバル社会の中で
 2 企業内保育所:女性活躍推進の戦略
 3 職場環境がいかに女性活躍を推進しうるか


 第Ⅲ部 働き方の未来

第12章 若年者の働き方の多様化(水野有香)
 1 労働環境の変容
 2 若年者の労働の現状
 3 若年者の就労意識の変化
 4 若年者の労働からみえる問題と今後の働き方

第13章 女性の働き方改革(木村三千世)
 1 女性労働者の現状
 2 女性のキャリア形成
 3 進化する女性労働者
 Column 女性の働き方を創業当時より牽引している「資生堂」

第14章 公務改革と公務員の働き方の変化(松尾孝一)
 1 日本の公務部門の雇用構造
 2 公務労働の基本的性格
 3 公務改革と公務員人事管理の変化
 4 公務労働の変質と対応の方向性

第15章 外国人人材の「働き方」・「働かせ方」の未来と課題(守屋貴司)
 1 日本の外国人労働者数が100万人を突破
 2 外国人高度人材の日本への誘致・定着率を高めるための方策
 3 中小企業におけるハイ・スキル、ミドル・スキルの外国人雇用の課題
 4 ロー・スキルの外国人労働者の就労問題
 5 外国人労働者の「働き方」・「働かせ方」の改善策


結 章 日本と世界の人的資源管理を展望する(守屋貴司)
 1 理論的「進化」の下の諸実態の現状と問題点
 2 急速な技術革新における新しい戦略的人的資源管理と雇用関係・労使(労資)関係
 3 急速な技術革新における新しい戦略的人的資源管理と社会政策・社会改革

索  引

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滋賀県労働委員会の講演会

Hlogo滋賀県労働委員会の講演会の案内です。

http://www.pref.shiga.lg.jp/l/roi/kouenkai.html

(1)演題  「同一労働同一賃金政策の経緯と課題」

(2)講師   濱口 桂一郎 氏(独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長)

(3)概要   本年6月に成立した「働き方改革関連法」の柱の一つに「同一労働同一賃金の導入」がありますが、その歴史的な経緯から始まり、関連法等の内容および関連法で欠落したものまでを含めて、専門家の立場から、御講演いただきます。

http://www.pref.shiga.lg.jp/l/roi/files/20181130kouenkai.docx

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海老原嗣生・荻野進介『人事の成り立ち』

377235というわけで、昨日のどんちゃん騒ぎこらこらこらHRmicsなんとか満10歳!みなさまに恩返しDayのプレゼントとしていただいた海老原嗣生・荻野進介『名著17冊の著者と往復書簡で読み解く 人事の成り立ち 「誰もが階段を上る社会」の希望と葛藤』(白桃書房)のご紹介です。

http://www.hakutou.co.jp/book/b377235.html

150402_3本書は、2011年に発行された『名著で読み解く 日本人はどのように仕事をしてきたか』(中公新書ラクレ)を大幅増補改訂し、新たに4冊を取り上げています。

075その4冊は、本としていずれも旧著刊行後に出版された本ですが、うち1冊は実質的に1995年の日経連『新時代の日本的経営』の身代わりとしての登壇で、八代充史、牛島利明、南雲智映、梅崎修、島西智輝さんらによるオーラルヒストリーが上がっています。場所も清家篤『定年破壊』と八代尚弘『雇用改革の時代』の間に挟み込まれていて、たしかに、同じ日経連の『能力主義管理』が入っているのに『新時代の』が入っていないという不整合が解消されるとともに、オーラルヒストリーとしてその後の推移を踏まえた当事者たちの回顧も盛り込まれているという意味では、よく考えられた選択です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-643c.html

残りの3冊は旧著刊行後に労働関係者の間で話題になった本です。

9784166608874一つ目は今野晴貴さんの『ブラック企業』。海老原さんは「ある意味、ブラック経営の教科書」と評しています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-bd5e.html

9784334038168二つ目は中野円佳さんの『育休世代のジレンマ』。海老原さんは、男もノンエリート社会という道を選ぶのか?と問い詰めます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-7786.html

Img_e0765991a9272e37151793eb14d8d_2そして最後のおおとりは・・・・・、

なんと海老原さんご自身の『お祈りメール来た、日本死ね』でした。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-ec1e.html

こちらは、荻野伸介さんが海老原さんへのお手紙を書き、それに海老原さんが返信するという凝った作りになっています。

そしてそこで海老原さんはこう語ります。

・・・(この本)は、あえて日本型の良い部分を強調し、欧米型の悪い部分を相当辛辣にあげつらっています。

その理由がなぜだか分かりますか?近くで私の仕事をサポートし続けてくれた荻野さんでも、私の本心はまだ見抜けていないかも知れません。

過去の私の著作を読んだ人たちは、「この人は日本型礼賛者だ」もしくは「現状肯定論者だ」と言います。でも、私の本心をいえば、私は日本型雇用というものに、決定的な楔を打ち込みたいと考えています。

にもかかわらずなぜ、私がいままで、ことあるごとに、日本型擁護に結構な紙幅を割いてきたのか、その理由を説明することに致します。・・・・・

そう、そうなんです。ここのところの感覚が、私が海老原さんにとても共感するところなんです。

私はどちらかというと、日本型雇用それ自体の擁護論にはきわめて批判的な論を多く展開してきましたが、それが素朴な欧米型雇用礼賛論に取られてしまうことには常に違和感を覚えてきました。

ここ3年ほど、まさに昨日大宴会をやった『HRmics』に連載している「原典回帰」は、むしろその欧米社会の中で、欧米型雇用システムに疑問を呈し、ある意味で日本型に近い有り様を構想した思想を、やや皮肉な目線から眺めようとしたものであり、「一長一短」論をミクロな視座から補完しようとした試みです。

こういう微妙な感覚のところに不思議な照応を感じるのが、海老原さんなんですよね。

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HRmicsなんとか満10歳!みなさまに恩返しDay

M03xt3m4 本日夜、海老原さんのニッチモの「HRmicsなんとか満10歳!みなさまに恩返しDay」なる、これまたすさまじいイベントに顔を出してきました。

https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/0168yazprcge.html

何がすさまじいかというと、

HRmicsは2008年10月1日に創刊されました。人事―雇用―経営―経済をいっしょくたにしてしまおう、という意図のもとにできたこの雑誌の10周年を記念して、感謝祭を開催あさせえていただsきます。パーティの主役は、この雑誌が紡いだご縁。10年間で縁を深めたすごい識者が次々登壇くださります。主役級の識者が学会・業界を超えて旬の話題について語る、他ではありえないような、不思議な催しにいたします。

まじめな企画としては、

Progrm③経済誌じゃありえない!財政タカ派とリフレ派の真剣激論    

鶴光太郎×飯田泰之「アベノミクスのこれまでとこれから」   ともに政府経済政策のブレーンとして活躍著しいお二人ですが、金融政策に関する根本的な考え方は正反対。果たして安倍政権の金融政策は生か否か!

鶴さんと飯田さんという規制改革会議で雇用を担当する前任と後任が、経済政策でガチでぶつかるというなかなか見られない企画

ふざけた企画としては、

Progrm④リアル版ロゴス&パトス 森戸英幸と編集担当の3美女対決 

 「女心も森戸式で読み解けるもんだよね」         超人気連載だったロゴ×パトのスピンオフ企画。この企画の担当編集女子3名が、色々なプレゼンを行い、その真偽を森戸先生が読み解いていきます。果たして最後は「森戸スゲー」となるか?

これはもう、ちょっと口外できないようなセリフが飛び交っていましたね。

そして挙句の果てには、

Progrm⑤巨頭鼎談 佐藤博樹×濱口桂一郎×権丈善一  with常見陽平 

「HRmicsの存在価値とニッチモに期待すること」      雇用・人事管理・社会保障のご意見番たる三巨頭にお集まりいただきHRmicsについて大いに語っていただきます。他の人事経営誌がともすれば研究発表やトレンドウォッチに終始しがちな中、本誌はジャーナリズムを志向し、オピニオンを張ってきたその姿勢について、ご指導・ご教導いただこうという会の〆にふさわしい企画。

これはもう、常見陽平さんの50年前の全共闘をほうふつとさせるアジ演説さながらの司会ぶりが天下一品でした。

416ykfuepl_sx344_bo1204203200_ なお、プレゼントとして配られた

特別プレゼント①新刊 『人事の成り立ち~名著で読み解く日本型雇用の本質と功罪~』 (白桃書房,2500円)

については、改めてエントリを起こして紹介しますね。

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玄田有史編『30代の働く地図』

376419玄田有史編『30代の働く地図』(岩波書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.iwanami.co.jp/book/b376419.html

多様化する会社との契約関係,転職や副業の実態,「テイラーワーカー」という新しい働き方,賃金と報酬,利用できる教育訓練制度,健康問題,これからの家族の姿やネットワークづくりなど.人生の岐路にある30代を念頭に,働くことにまつわる,知っているようで知らなかった事実や気になる事実を,11の切り口から整理・解説.

全労済協会の研究会が元になった本ではあるんですが、いままでの何かある分野で議論を提起するというよりは、30代の若い働く人々へのメッセージみたいな感じの仕上がりになっていて、これは玄田テイストですね。

でも、必ずしも全部そういう感じの文章というわけではなく、ちょっととんがった感じで論じている文章もあります。

おそらくこの中では、第5章の「テイラーワーカーとは-働く柔軟性を問い直す」という高橋陽子さんの文章が、最近話題の柔軟な働き方をする雇用類似の自営業を扱っていて、此の問題に関心のある人は読んで置いて損はないと思います。

そもそも、テイラーワーカーって何だ?これは高橋さんの造語のようで、

・・・そもそも働く柔軟性とは何なのだろう。Uberドライバーの例から推測すると、働く柔軟性には2つの条件があるようだ。1つは労働時間の短さ。そしてもう一つは、労働時間のスケジュールを自分の判断で、そして瞬時に変更できることだ。この2つの条件がいずれも認められて働く労働者のことを、特にフルタイムで働く自営業種、企業に雇用されて働くパートタイマーと明確に区別するために、ここでは便宜上「テイラーワーカー」と呼ぶことにしたい。テイラーはテイラーメイドのテイラーであり、「誂え」すなわち「自分の思い通りに作る」ことを意味する。テイラーワーカーは、自分の都合でワークスケジュールを誂えるからである。

うむ、この「テイラーメイド」が、実はアルゴリズムに支配されてしまっているというのが最近の欧米の議論でよく言われることなんですが、でもあえて一つの用語を拵えて論じていこうという姿勢は立派です。

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健康保険法上の労働者概念の誕生@『労基旬報』2018年10月25日号

『労基旬報』2018年10月25日号に「健康保険法上の労働者概念の誕生」を寄稿しました。

 戦前1922年に健康保険法が制定された時は、適用対象は工場法と鉱山法の適用を受ける職工だけでしたが、保障される傷病は業務上と業務外の両方が含まれていました。業務上傷病については工場法で工業主の扶助義務(労働災害補償義務)は規定されていましたが、それを担保する公的保険制度は業務外と一緒になっていたのです。
 戦後、労働基準法と一緒に労働者災害補償保険法が成立し、すべての労働者のすべての業務上傷病は労災保険制度で面倒を見ることとなりました。これにともない、健康保険法第1条が「健康保険ニ於テハ保険者ガ被保険者ノ業務外ノ事由ニ因ル疾病、負傷若ハ死亡又ハ分娩ニ関シ保険給付ヲ為シ併セテ被保険者ニ依リ生計ヲ維持スル者(以下被扶養者ト称ス)ノ疾病、負傷、死亡又ハ分娩ニ関シ保険給付ヲ為スモノトス」と改正されました。これで、業務上の世界と業務外の世界はきれいに別れたはずですが、その数年後に厚生省がこういう通達を出して、混乱のもとをつくってしまったのです(昭和24年7月28日保発第74号)。
 法人の理事、監事、取締役、代表社員及び無限責任社員等法人の代表者又は業務執行者であつて、他面その法人の業務の一部を担任している者は、その限度において使用関係にある者として、健康保険及び厚生年金保険の被保険者として取扱つて来たのであるが、今後これら法人の代表者又は業務執行者であつても、法人から、労務の対償として報酬を受けている者は、法人に使用される者として被保険者の資格を取得させるよう致されたい。
 このため法人代表者等は医療保険上は労働者として業務外の傷病について高い給付水準を享受できることとなった代わりに、労災保険上は労働者ではないためその給付を受けられず、かといって国民健康保険には加入していないのでその業務外傷病給付を受けることもできないという、いわば制度の谷間にこぼれ落ちてしまいました。これに対処する法政策は、長らく労災保険の特別加入制度しかありませんでした。
 2002年6月7日の衆議院厚生労働委員会で、民主党の大島敦議員がこの問題を取り上げ、坂口力厚生労働大臣が「谷間があってはいけませんので、このほかにもそうした問題がないかどうかもあわせてちょっと検討させていただいて、そして、谷間を至急なくするようにしたいと思います」と答弁しました。
 これを受ける形で、2003年7月に保険局長名の通達「法人の代表者等に対する健康保険の適用について」(平成15年7月1日保発第0701002号)が発出されました。
 被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって、一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者については、その者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関しても、健康保険による保険給付の対象とすること。
 これは、現に起きている問題に当面の措置として対応したものとしてはそれなりに評価し得ますが、そもそも健康保険法第1条の「業務外」という明文の規定に明らかに反する取扱いですし、被保険者5人未満という基準も、被用者保険としての強制適用基準をここに持ち出してくることに論理的因果関係は見当たらず、意味不明なところがあります。
 その後、2012年に健康保険法上の被扶養者であるシルバー人材センター会員の就業中の負傷が健康保険法の給付を受けられないことが社会問題となりました。厚生労働省は急遽健康保険と労災保険の適用関係の整理プロジェクトチームを設置して検討を行い、その後社会保障審議会医療保険部会で審議され、これを受けて同年3月に健康保険法改正案が国会に提出され、同年5月に成立しました。
 この改正により、健康保険法の第1条が次のようになりました。
(目的)
第一条 この法律は、労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法(昭和二十二年法律第五十号)第七条第一項第一号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
 そして、新たに第53条の2が設けられました。
(法人の役員である被保険者又はその被扶養者に係る保険給付の特例)
第五十三条の二 被保険者又はその被扶養者が法人の役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいい、相談役、顧問その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、法人に対し業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。以下この条において同じ。)であるときは、当該被保険者又はその被扶養者のその法人の役員としての業務(被保険者の数が五人未満である適用事業所に使用される法人の役員としての業務であって厚生労働省令で定めるものを除く。)に起因する疾病、負傷又は死亡に関して保険給付は、行わない。
 そもそもからすると、労働法上の労働者ではあり得ない法人代表者を、企業メンバーシップ感覚から健康保険の被保険者にしてしまったというボタンの掛け違いから生じたことなのです。しかしながら、この法改正までは、少なくとも法令の文言上は健康保険の対象は労働者だけであり、会社の取締役まで含めているのは行政の運用に過ぎないということもできたのですが、法改正にまで至ってしまったことにより、労働法上の労働者概念とは明確に異なる健康保険法上の労働者概念が実定法上に生み出されてしまいました。

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賃金の決め方・上がり方@『大原社研雑誌』11月号

『大原社会問題研究所雑誌』11月号(721号)が、「賃金の決め方・上がり方」という特集を組んでいて、大変面白いものになっています。

禹宗杬さんの解説にあるように、日本の賃金制度についての小池和男さんと遠藤公嗣さんの理論を強く意識して、そのいずれにも疑問を呈するというラインナップになっています。

はじめの金井郁さんのは、知的熟練で賃金が上がるといいながら職場でいちばん熟練を積んでいるパートがいちばん低いじゃないかという昔からある話を、生命保険の営業職女性を例に論じたもので、ここまではみんな分かっている話という感じですが、次の垣堺淳さんのは、外資に買われてアメリカ流の職務給に全面的に変わったはずの某生保会社において、なお賃金の上がり方は右上がりの傾向が残り、それは人事査定が必ずしも職務関連的な評価方法ではなく、主観的要素の多い方法を採っているからだという話です。

ふむ、賃金制度設計自体はジョブ型にしても、その運用が主観的評価というメンバーシップ型だと、日本的な右上がりの賃金カーブになるというわけですね。ちなみに、垣堺さんはジブラルタ生命保険にお勤めだそうです。

最後の禹宗杬さんは一気に風呂敷を広げて、他のアジア諸国の賃金を見ても、職務基準と属人基準を組み合わせて決めているのではないかと論じていきます。その上がり方は熟練では説明がつかず、生活向上を望む労働者の願望に答えるためなんだ、ということで、こういう意味では小池理論とは全く逆の方向から、しかし日本は決して特殊ではなくむしろ諸外国と日本は似たようなものだという議論になっているところが、これまでの賃金論のねじれを逆向きにねじり上げるような議論で、大変興味をそそられました。

あと、特集以外に、吉田誠さんの「1950年前後における先任権の日本への移植の試み」という論文が、いままで知られていなかった歴史の裏面のエピソードを垣間見せてくれて、これまた大変面白かったです。

ただ、正直言って、アメリカ流の先任権が占領下の時代に宣伝されたというのはなるほどそうだろうなと思うのですが、それは同時期の職務給の移植の試みと同様、非日本的なシステムの移植の試みであり、むしろその後日本型システムが優位になる中で消えていったものだと思うのです。少なくとも、おなじセニョリティシステムという英語になるからといって、リストラの際に中高年から先にやめてもらう日本の年功制の確立にアメリカ流先任権が寄与したわけではないだろうと思いますが。

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教師職務の専門性と学校メンバーシップの無限定性

文部科学省の中央教育審議会の学校における働き方改革特別部会なるところで、いろいろと議論がされているようなんですが、去る10月15日の会議の資料に「意見のまとめ及び今後の方向性」というのがあり、おそらくこういう方向性で議論をまとめていこうとしているんだと思うのですが、

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/10/16/1410185_6.pdf

正直言って、どういう理路で物事を考えようとしているのかよくわかりかねるところがあります。

冒頭の「教師の専門性、期待される働き方について」がそもそも、時間外勤務抑制に向けた制度的措置を検討する前提となるはずなのですが、そこでは一方で、

教師は、語彙、知識、概念が異なる子供たちの発達の段階に応じて、内容を理解 させ、考えさせ、表現させる中で、学習意欲を高める授業やコミュニケーションを 行うことができるという専門性を持つ。これが教師の専門職としての専門性であ り、時代が変わり社会全体が高学歴化しても相対化されないもの。 こうした教師の専門性を社会全体で共有した上で、この専門性に相応しい職場環 境を整える必要がある。

と言っていて、これはこれでよく理解できます。教師は確かに医師や研究者などと並んで社会的に確立した専門職であり、専門職なるがゆえにそう簡単に硬直的な労働時間規制に載せられにくいところがあるのはその通りです。他方で、とりわけ日本の現場の教師たちの働いている時間は決して専門職的なものばかりではありません。そこも(やや曖昧かついささかどうかと思われる点もありますが)ちゃんと指摘されています。

現在の教師の長時間勤務の背景には、教師が学習指導や生徒指導といった教職の 専門職である教師としての専門性が求められる業務に加え、その関連業務について も範囲が曖昧なまま担っている実態があると考えられるが、このような状況を前提 とするのではなく、業務を精選して教師が本来業務に専念できるようにすること が、本来前提とすべき教師の業務の在り方である。

生徒指導までが「専門職である教師としての専門性が求められる業務」に含められてしまっていることが、労働時間が野放図に伸びていく元凶という認識がないように見えるのがいささか問題ですが、でも言っている理路はその通りだと思われます。ところがそれに続くのが、

教師は、教育活動の実施に当たり、すべてを管理職からの命令に従って勤務する のではなく、日々変化する子供に直接向き合っているそれぞれの教師がその専門性 を発揮することにより、教育の現場が運営されることが期待されている。この点で 給特法の制定当時の考え方は現在にも当てはまる。

いやいや、給特法が教師の専門性云々というのはうそでしょう。もし本当にそうであるなら、なぜ公立学校の教師にだけその言うところの専門性があって、私立学校や国立学校の教師にはその言うところの専門性がないのか、きちんと説明してもらう必要がありましょうよ。

いやたしかに、ときどき私立学校の教師の解雇事件なんかが裁判所にやってきて、その判決を見ていくと、ついでに出てきた残業代を巡って、私立学校側があたりまえのように、公立学校の給特法に倣ってやってましたと口走り、そんな法律は全く適用されておらず労基法が100%適用されている私立学校がいかに自分の法的地位を理解していないかがよく露呈したりするんですが、それもこれも、単に公立学校に勤務する地方公務員という単に行政法たる公務員法上の地位に付随するものに過ぎない給特法を、あたかも(その官民の身分の違いに関わらない)教師という職業の専門性に基づくものであるかのように勘違いしている人々が山のようにいるからであることが窺われるわけですが、まあ、文部科学省という法律による行政に責任を有するはずの大本山が、こういう実定法の明文の規定に反する間違った認識を平然と描いているんだから、もって瞑すべしということでしょうか。

というわけで、

一方で、教師にこうした専門性があるからといって、現行の労働法制上も求めら れている勤務時間管理があいまいなままで、長時間勤務となっている実態は看過す べきではない。

というのは誠にもっともなんですが、そもそも今教師がやらされている仕事のうち、本当の意味で、「専門性」に立脚している部分はどれとどれなのか、もう一段踏み込んだ腑分けが必要ではないのかなと。

そうでなければ、けっきょくこれまでの学校メンバーシップ型の、学校や生徒に関わることは何でもかんでも無限定に教師の仕事というあり方からそう簡単に足抜けはできそうにないように思われます。

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馬場公彦『世界史のなかの文化大革命』

372279 中国に関する本は、時々気になって読むんですが、この本もその一つ。「世界史の中の」というにはやや話半分で、「アジアの中の」くらいかなという感もありますが、それにしても、文革に先立つインドネシアの9・30事件から始まり、その後のスハルト政権による共産主義者華僑虐殺、台湾中華民国と日本とアメリカをつなぐ中国包囲網の中で発動される毛沢東の文化大革命、というストーリーは、『マオ』などでも基本的に中国国内の視座から描かれていた文革を、かなり複合的な視座から見えるようにしてくれる本だと思いました。

インドネシアの9・30事件って、同時代的には日本でも結構報じられたそうなんですが、その後露呈してきた文化大革命やらポルポトの虐殺やらのおかげで、私世代にとってはほとんどよく知らない分野になっています。たまたま4年前に「アクト・オブ・キリング」という映画を見る機会があって、おかげで本書の導入はすっとは入れたところがありますが、日本が高度成長の昭和元禄に酔っていたころ、アジアはなかなか激動していたんですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-26a5.html (アクト・オブ・キリング)

本書にとって、読みようによっては余計な盲腸みたいに思える部分が、最後近くの日本共産党から除名された日本共産党山口県本部のなれの果てみたいな『長周新聞』という生きた化石みたいなマオイスト集団のはなしですが、今日ただいまなお天安門事件の学生たちへの武力鎮圧を断固支持するこういう人たちが、ちゃんと生き延びて言論活動をしていられるのが日本なんだなあ、という」思いをじわじわと掻き立ててくれるという意味で、本書にとって不可欠の部分なのかもしれません。

ちなみに、その『長周新聞』のサイトはこちらです。

https://www.chosyu-journal.jp/

いわゆる「共産趣味者」にとってはとても楽しめるコンテンツがいっぱいです。

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倉重公太朗ディナーショー

Original 本日、倉重公太朗ディナーショーに出席してきました。いや、お手紙には、「当日は鏡割りをよろしく」とあったので、そうだと思っていたら、突然祝辞が回ってきて、とっさに「同志です!」みたいなことを喋ったような気がしますが、動転していてあんまり覚えていません、なんて。

ディナーショー?倉重さんって弁護士でしょ?と思ったあなた。いやいや倉重さんが今までいた安西法律事務所から独立して、来週から「倉重・近衛・森田法律事務所」として出発する、その記念のパーティというわけです。

いやしかし、ギンギンのロックスター張りの登場シーンから始まって、この演出はすごい。慶應の応援団はご愛敬でしたが、社労士の皆さんのロックバンドをバックに絶唱するにはなかなかしびれましたぜ。

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『DIO』10月号

Diodio 連合総研の『DIO』10月号は「変革期の労使関係課題を考える」が特集です。

http://www.rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio341.pdf

変革期の労使関係課題を考える

「 働き方改革」と労使関係の課題 石田 光男

成果主義的な人事・賃金制度における賃金表と 労働組合の役割 西村 純

どうして外部労働市場の機能強化が必要なのか 阿部 正浩

労働研究者の業界事情に詳しい人から見ると、石田光男さんと西村純さんという師匠と弟子が並んでいるのはなかなか興味深いラインナップではあります。

西村さんのは、例の玄田さんの『なぜ上がらないのか』本でも話題になった、ゾーン別昇給表の話が主です。実を言えば、昨日の「べあから賃金水準へ」という話も、このゾーン昇給制のせいでベアをやっても消えてしまって昔のベアのように後に残らなくなっているというのが結構大きかったりします。

さてここでは、その西村さんの師匠筋の石田光男さんの方を取り上げておきます。

タイトルはやや大まかですが、論点は働き方改革の中心課題の一つ、同一労働同一賃金がなぜ日本では本質的に難しいのかという、最も基本的な問題です。物事を徹底的に考えるとこうなるという一つの模範的な例です。

・・・このテーマは容易に解答の 見出せない難題中の難題であったということ になる。日本の何がこの本来平易なはずの問 題を難題にしているのか。

 1-1.欧米諸国の「同一労働」

 まず確認しなくてはならない点は、これが 少しも難題ではない欧米諸国の実情を知るこ とである。国々の細かな違いや、労働者の賃 金なのか経営者の俸給なのかといった細部の 議論を飛ばして言えば、これらの国々では、 そもそも賃金というものは、日本のように個 別企業が管理の手段として活用できるものとは考えられていなかったということを知る必 要がある。この職業(英国)、この職務(米国)、 この熟練(ドイツ)がいくらかは市場で決ま る。企業はその賃金水準を受け入れる以外に ない。この場合、経営者は、その職業や職務、 熟練に応じて決まる市場賃金を与件として受 け入れざるを得ないが、その上で、できるだ け必要な課業(個々の具体的な業務)を労働 者に受容させようとする。これに対して、労 働者は、社会的にあらかじめ決められている と想定される職業・職務・熟練などの概念で 括られた課業の範囲に固執し、範囲を越える 課業の受容を拒否する。受容させようとする 力と拒否する力との対抗が、課業の範囲とレ ベルを巡る取引になる。この取引が職場の労 使関係である。ここでは、「同一労働」は社 会的に人々に共通に理解されている職業・職 務・熟練を指す。そこからの逸脱は、拒否さ れるか、職場の取引によって価格付けされる ので、「同一労働同一賃金」という概念は、 絶えず労使当事者によって意識され確認され る原則となる。

 1-2.日本の「同一労働」とは何か

 日本で、上記のテーマが難題であるのは、 課業があるのは当然であるけれど、課業を括 る概念としての職業・職務・熟練が、社会的 に人々の共通理解として成立していないため である。仮に部分的に存在しているにしても、 それが労働の全域を覆っていないためであ る。企業経営の立場からすれば、賃金は市場 で決められた与件として与えられるのではなく、最大限の課業遂行を確保することを目的 とした労務管理の手段として行使できるのが 賃金である。そういうものとしての日本の賃 金は、では、何に対応しているのか。

 日本の課業は、上に述べた「社会的にあら かじめ決められていると想定される職業・職 務・熟練の課業の範囲に固執し、範囲を越え る課業の受容を拒否する」と表現される欧米 の課業とは根本的に異なることに細心の注意 を払う必要がある。欧米では、課業は職業・ 職務・熟練に制約されていて、そこからの逸 脱は労使紛争を伴うのであるから、欧米にお ける課業は事前に静態的に設定されていると 理解することが肝要である。日本の場合、職 業・職務・熟練などの、課業を包括する言葉 を欠いているという事実は、日本に存在する 課業は事業運営の必要に応じて柔軟に、かつ 事後的に動態的に設定されていて、課業のレ ベルの集合を識別的に表す安定的な語彙表 現が不可能であることを意味している。

 ところで、労使関係は[労働支出⇔賃金] の取引の様式に他ならない。日本で、「労働」 が同一か否かを識別することにかくまでも無 頓着であったのは[、労働支出:どんな業務(課 業=taskの集合または範囲)を、どこで、何 時間かけて、一人当たりどれだけの業務量を どれだけの出来映えで達成するのか]に関す る経営の決定が大きな制約を受けずに職場に 浸透する労使関係であるからである。

 従って、日本の「同一労働」の識別のため には事業運営の実際の観察から抽出する以外 に接近する方法がない。その実際とはPDC Aを企業全体で駆動させているという事実に あり、この事実からの論理化にはPDCAの 構造的特徴に着目する必要がある。個別具体 的な課業はP(目標)とC(実績)との乖離 を克服するための営為であるから、動態的に ならざるを得ないが、その変動を含めた動態 的課業の範囲の大枠は、個々人が服するPの レベル(重要性や影響度等)によって統御さ れている。従って、個々人の労働の差異は個々 人が服するPのレベルによってしか識別でき ない。

1-3.正規労働と非正規労働の識別

 この基本線に沿って考えると、(1)正規 社員か非正規社員かの雇用区分は、PDCAの作動する範囲内の動態的労働の担い手が 正規社員、PDCAの作動を予定せず、事前 に決められた課業の集合を単に遂行すれば可 とする労働の担い手は非正規社員とし、(2) 正規社員の社員等級の設定は、Pのレベルの 序列を「役割」ととらえ、役割の等級による ものとする、という考え方が日本の労働実態 と整合的である。

 しかし、非正規社員でありながら、PDC Aの作動の下で働いている多くの人々がい る。この人々の中には、正規社員の働き方が、 勤務地、労働時間の点で私生活に不都合だ からという理由で非正規社員としての就労を 選択している人々も多い。その労働は誰に強 制されたものでもなく労働市場でクリアされ ている。だから何も問題はないのだという通 念があった。この通念を活かそうとすれば、 「同一労働」の識別にあたって、労働の難易 度や複雑性の相違と並列的に勤務地の制約 の有無、労働時間(特に残業時間)の相違を 根拠にして、正規社員の労働と非正規社員の 労働は区分されるという考え方になる。

 だが、この考え方は、制約のない[労働支 出]を受容する人と受容しない人との処遇の 相違が正規社員と非正規社員の雇用区分にま で影響を及ぼす、日本の労使関係の性格の問 題性に関心が届いていない。[労働支出](= 「働き方」)が、経営の決定にほぼ委ねられて いて、[労働支出⇔賃金]の取引が明示的取 引にならずに「取引なき取引」にとどまって いることが生んでいる正規社員たちの労働の 「息苦しさ」への無関心と言ったらよいのか。 この無関心を反省できるかどうかが、今後の 労使関係の性格を決する。

「ジョブ型」とか「メンバーシップ型」というややおおざっぱで緻密さに欠けるものの言い方で表現しようとしているものの姿が細密画のように描き出されているのがわかるでしょう。

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「べあ」から賃金水準へ

As20181019000058_comm連合が「2019 春季生活闘争 基本構想」を公表したのに対して、朝日新聞がやや揶揄的に「春闘、月額賃金へ 政権とトヨタ影響? 連合が方針転換」と書いていますが、

https://www.asahi.com/articles/ASLBL3SMZLBLULFA00C.html

労働組合の中央組織・連合が春闘要求の方針変更を打ち出した。ベースアップ(ベア)率を強調する手法を改め、大手企業と中小企業の格差是正という課題に取り組むと説明する。だが、春闘ではここ数年、政権に主役の座を奪われがちで、傘下労組を束ねる力にも不安を抱える。狙い通りになるかは未知数だ。・・・

まあ、いま現在の日本社会状況を前提にすればそういう揶揄にも的を射ている面があるのは確かなんでしょうが、新聞記者さんの脳裏にはたぶん存在しない、そもそも労使関係とは何か、労働組合とはなにをするものか、団体交渉とはなにを決めるものか、というそもそも的本質論からすれば、特殊戦後日本的な「べあ」という絶対に英語に訳せない訳の分からない言葉が中心にでんと構えていた特殊な労使交渉の在り方が、少しは外国人に説明して分かってもらえるかも知れないものになるかも知れないという話でもあるわけです。

労働組合というのは別にある会社の従業員の集まりではなく(それは従業員代表機関という別の組織)、企業を超えた産業別の労働者の集まりであり、それがこういうスキルレベルのこういうジョブの労働者の値段はいくらいくらだよという価格設定を決めるのが団体交渉(集合取引)であるという世界から見れば、ある企業の人件費総額の昨年度との差分を従業員数で割った「べあ」という一人一人の具体的賃金額を直接決定しない概念をめぐって社内交渉をする世界はかなり異質なものであるわけです。

でも、そういう異質な世界にどっぷりつかった目からすれば、春闘が賃金水準自体を目的にするという、日本以外では当たり前すぎることが大変おかしな出来事に見えるわけですね。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/roudou/shuntou/2019/houshin/data/houshin20181018.pdf

・・・2019 闘争はその足がかりを築いていく年である。まずは、足下の最大の課題である中小組合や非正規労働者の賃金を「働きの価値に見合った水準」へと引き上げていくため、賃金の「上げ幅」のみならず「賃金水準」を追求する闘争の強化をはかっていく。

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第135回日本労働法学会

Headerimg02再来週の土日、早稲田大学で日本労働法学会があります。年1回で土日開催になって初めてなので勝手が分かりませんが、土曜夜の懇親会が最大のイベントであることに変わりはないのでしょう。

https://www.rougaku.jp/contents-taikai/135taikai.html

土曜日は個別報告と新しいワークショップというもので、

<1日目・土曜日>            

  1. 受付開始 11:15〜
  2. 個別報告 12:00〜13:00                
    第一会場
    • テーマ「公務員の法的地位に関する日独比較法研究」
                              報告者:早津 裕貴(名古屋大学)
    第二会場
    • テーマ「フランスの企業再構築にかかる法システムの現代的展開」
                              報告者:細川 良(労働政策研究・研修機構)
     
    第三会場
    • テーマ「アメリカにおける労働組合活動に対する憲法的保護の歴史的変遷――市民団体との比較から」
                              報告者:藤木 貴史(一橋大学大学院)
     
  3. ワークショップ 第1部13:20~15:20 第1部15:40~17:40                
    第一会場
    • テーマ「フランスの労働法改革」
                              司会:矢野 昌浩(名古屋大学)
                              報告者:小山 敬晴(大分大学
    • テーマ「結社の自由について改めて考える ―東アジア諸国における「結社の自由」の法制・実態を踏まえて」
      司会:香川 孝三(神戸大学名誉教授)
      報告者:藤川 久昭(弁護士)
    第二会場
    • テーマ「「同一労働同一賃金」の立法政策」
                              司会:村中 孝史(京都大学)
                              報告者:島田 裕子(京都大学)
    • テーマ「「労働時間法」をどのように構想するか?                        -「労働時間」の法規制の過去と現在、そして未来を考える」
                              司会:唐津 博(中央大学)
                              報告者:長谷川 聡(専修大学), 北岡大介(社会保険労務士)
    第三会場
    • テーマ「LGBTと労働法の理論的課題 ―トランスジェンダーを中心に―」
                              司会:名古 道功(金沢大学)
                              報告者:内藤 忍(労働政策研究・研修機構),濵畑 芳和(立正大学)
    • テーマ「山梨県民最高裁判決の意義と射程範囲                         ―労働契約関係における労働者の同意」
                              司会:水口 洋介(弁護士),石井 妙子(弁護士)
                              報告者:鴨田 哲郎(弁護士),木下 潮音(弁護士)
      コメンテーター:1名(研究者予定)
  4. 懇親会 18:00~20:00

JILPTの細川さんの個別報告は、彼が毎年フランスに行って調べてきている激動する現代フランス労働法制の一端ですが、日本との比較という観点からもとても面白いと思います。

ワークショップはどれを見に行くか迷ってます。

日曜日の大シンポは、知財法です。

<2日目・日曜日>            

  1. 受付開始 8:45〜
  2. 大シンポジウム報告 9:30~12:00
    統一テーマ:「労働法と知的財産法の交錯 ――労働関係における知的財産の法的規律の研究――」                
    報告:                     
    1. 1. 野川 忍(明治大学)
                              「シンポジウムの目的・テーマの俯瞰」
    2. 2. 河野 尚子((公財)世界人権問題研究センター)
                              「営業秘密・不正競争防止法と守秘義務」
    3. 3. 石田 信平(北九州市立大学)
                              「営業秘密保護と退職後の競業避止義務」
    4. 4. 土田 道夫(同志社大学)
                              「職務発明・職務著作と労働法の規律」
  3. 開催校挨拶・総会(学会奨励賞審査結果報告) 12:00~12:20
  4. 休憩・昼食 12:20~13:00
  5. 総会(学会奨励賞審査結果報告以外の議題) 13:00~13:30
  6. 特別講演 13:35~14:25                
    菊池高志会員(九州大学名誉教授)
    「労働法「学」の立ち位置を考える」
  7. 大シンポジウム報告・討論 14:30~18:30                
    報告:                     
    1. 5. 天野 晋介(首都大学東京)
                              「労働法と知的財産法の交錯領域における集団的利益調整」
    2. 6. 茶園 成樹(非会員、大阪大学)
                              「労働法と知的財産法の交錯(知的財産法研究者によるコメント)」

あまり勉強してない分野ですが、たぶんとても重要なはず。

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労働関係図書優秀賞に神林龍さんの『正規の世界・非正規の世界』

24820今年度の労働関係図書優秀賞に、神林龍さんの『正規の世界・非正規の世界』が選ばれました。

https://www.jil.go.jp/award/bn/2018/index.html

まあ、これはだれが見ても文句なしの一冊でしょう。

本ブログでの紹介はこちらです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-9678.html

目次は下に掲げるとおりですが、何しろ冒頭、『ああ野麦峠』から始まって、女工供給組合の話が延々と続き、そしてILO条約に基づく公共職業紹介事業がいかに地方の抵抗でうまくいかなかったかという話、口入れ屋は身元保証をしてくれるけれども公共はしてくれないからダメだみたいな話が、戦時体制下で国営化している話と、ここまでで2章。

タイトルになっている正規と非正規についても、期間の定めよりも『呼称』が重要というところに、日本の非正規の特徴を見出し、それがむしろ自営業の減少に代わって増えてきたことを示しています。いやいやこの辺りは精密な分析がいろいろされているので、こんな片言隻句で紹介しない方が良いかもしれない。

他にあまり似たような議論を見たことがないのが第7章で、ジョブをさらに分解して、タスクレベルで仕事がどうシフトしてきたかを分析していて、大変興味をそそられました。民主党政権の失政で仕分けされてしまったキャリアマトリックスを活用した分析だという点も重要でしょう。

ちなみに、金子良事さんの評はこちら。

https://twitter.com/ryojikaneko/status/1031364665773776897

神林龍さんの本を読んでいるんだけど、分析結果も分析手法も専門家以外にも分かるように丁寧に書かれているという美質がある一方、神林さんの洞察は分析プロセス以外から来る深みもあって、最初から分かっている人以外にはハードルが高いのでは、という気もしている。皆さん、どうですかね。

https://twitter.com/ryojikaneko/status/1043876989256384512

近経だと間違いなく、トップランナーは神林龍さんだと思うけど、神林さんも新しい枠組みを切り拓いていくというよりも、足元をしっかり固めていくタイプだからな。

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短時間労働者の社会保険からの排除と復帰@WEB労政時報

WEB労政時報に「短時間労働者の社会保険からの排除と復帰」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=800

 去る2018年9月から社会保障審議会年金部会で被用者保険のさらなる適用拡大についての審議が始まりました。これは、同年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2018~少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現~」において、「働き方の多様化を踏まえ、勤労者が広く被用者保険でカバーされる勤労者皆保険制度の実現を目指して検討を行う。その際、これまでの被用者保険の適用拡大及びそれが労働者の就業行動に与えた影響についての効果検証を行う」と書かれていることを受けて始まったものです。この「勤労者皆保険制度」という言葉は、自民党の小泉進次郎氏らが近年打ち出しているもので、いかなる雇用形態であっても、企業に働く人が全員加入できる制度を意味します。

 本来、被用者保険と住民保険の二本立ての世界で国民皆保険というのであれば、被用者はすべて被用者保険に、被用者でない者はすべて住民保険に、という制度設計であるべきだったはずです。しかし、1958年の国民健康保険法は被用者でありながら被用者保険の未適用者であった者を住民保険の適用者にする形で問題を「解決」してしまい、しかもその後の行政運用は被用者保険の適用対象であった短時間労働者までも「内々のお手紙」でその外側に排除してしまうという経緯をたどってきました。小泉氏らの「勤労者皆保険」は、その半世紀以上にわたるボタンの掛け違いを根っこに戻って掛け直そうという意欲が示されているようです。・・・・・

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日本のエリート学生が「中国の論理」に染まる?

昨年の「第三回日中雇用、労使関係シンポジウム」でご一緒した阿古智子さんが、現代ビジネスに「日本のエリート学生が「中国の論理」に染まっていたことへの危機感」を書かれています。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57941

Img_1b6854e8fbb82a4d6fa2bbb9b5dbe5b先日、コメンテーターとして学生団体の討論会に招かれた。参加していたのは、日本、中国ともに国を代表するようなエリート学生ばかりで、日中学生の混合チームが、流暢に英語でプレゼンテーションした。・・・

・・・ここまでは、筆者の頭にもスムーズに話が入ってきたのだが、この後、首をかしげる展開になった。

学生たちは、事例として沖縄と中国の少数民族を取り上げたのだが、「高い同質性を求める日本社会は、沖縄の人たちを独立した民族として認めず、彼らの独自の言葉も文化も尊重せず、日本の国民として同化する政策を行ってきた。それに対して、中国の少数民族は集団的権利を認められており、その独自の言葉、宗教、文化は尊重され、教育や福祉において優遇政策がうまくいっている」と説明したのだ。

そして最後に「日本は民族間の境界を曖昧にするが、中国ははっきりさせる。民族の分類が明確になれば、民族アイデンティティを喪失することはない」と結論付けた。・・・

・・・中国の少数民族の文化は尊重され、優遇政策がうまくいっているというのは、いったい誰にどのように話を聞いて、そう判断したのか。

おそらく、学生のほとんどが沖縄に、中国の民族自治区に出向いて調査してはおらず、間接的にでさえ、現地の状況を詳しく調べたり、関係する人々に話を聞いたりはしていないだろう。

学生たちが打ち出した極端に単純化されたロジックは、複雑な現実を反映しておらず、そこからつくられた問題解決のためのモデルは、実際に使えるような代物ではなかった。

特に、民族の分類や民族が重視する基本的関心事項を、「誰が、どのように決めているのか」という問いを、学生たちは分析の中に入れていなかった。

民族の定義や領域については多くの論争がある。中国では、党・政府が中心となって民族を規定し、民族政策を実施している。

基本的に、共産党政権が認める限られた少数民族のリーダー、専門家、社会団体しか、政策の決定・実施のプロセスに関わることができない。・・・

一方に思考力が欠如したような毒々しいだけの中国憎悪的な書物や文章が氾濫する一方で、素直に物事を考えれば(少なくとも「エリート学生」ならば)頭に浮かぶはずの疑問もなく、中国政府や共産党の宣伝言説をそのまま持ってきて事たれりとしてしまうような、日本人の中国認識の奇妙な薄っぺらさがここに露呈しているというべきでしょうか。

標題に「「中国の論理」に染まる」云々とあるのは、実はいささかミスリーディングで(おそらくもう一つの薄っぺら思考の読者に媚びる意図もあって編集部が付けたのでしょうが)、日本のエリート学生(と称されている若者たち)の与えられた情報を素直に処理するだけで物事をしっかりとじぶんの脳みそで考える能力の奇妙なまでの弱さが、阿古さんのいらだちの根っこにあるように思います。

・・・討論会の最後に私が、「僻地のコミュニティに入って、抑圧されている人たちの声を聞いたことがあるの?あなたたちの視点は、あまりにもエリート主義的ではないか」と問うと、学生たちは黙り込んでしまった。・・・

これは中国の少数民族問題だけの話ではないように思います。

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かながわ労働センター川崎支所の労働講座

かながわ労働センター川崎支所のホームページに、講演の案内がアップされているようです。

http://www.pref.kanagawa.jp/docs/jg5/cnt/f7615/

【日時】平成30年12月14日(金曜日)14時30分から16時30分まで
【講師】独立行政法人 労働政策研究・研修機構 
労働政策研究所 所長 濱口 桂一郎 氏
【内容】「働き方改革の時代における企業の対応」
◆働き方改革関連法改正までの経緯や、将来に向けて企業は人事労務管理制度等をどのように考えていく必要があるかなど、今後の企業の対応等について、日本の労働政策に詳しい講師に解説していただきます。
【場所】川崎市生活文化会館(てくのかわさき)
てくのホール
川崎市高津区溝口1-6-10
JR武蔵溝ノ口駅、東急溝の口駅から徒歩5分
【募集人員】70人程度(申込み先着順)
【受講料】無料

だそうです。

ちなみに、このページには同じ労働講座として二人の(労使それぞれの側の)弁護士さんによる講演も載っています。

日時】平成30年11月22日(木曜日)
18時30分から20時30分まで
【講師】弁護士 嶋崎 量 氏(神奈川総合法律事務所)
【内容】「働き方改革」の実務解説
-関連法成立を踏まえた労働時間分野への対応-
【場所】てくのかわさき(川崎市生活文化会館)
1階 第1・2研修室

もう一人は

【日時】平成30年12月3日(月曜日)14時30分から16時30分
【内容】「働き方改革総点検~ハラスメント・労働時間・同一労働同一賃金~」
【講師】弁護士 倉重 公太朗 氏
【場所】川崎市産業振興会館 9階研修室

今度、安西法律事務所から独立される倉重さんではありませんか。

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ヨーロッパ社会民主主義の崩壊

Sweeney_bio 「ソーシャル・ヨーロッパ」に、Paul Sweeneyの「ヨーロッパ社会民主主義の崩壊」(The Collapse Of European Social Democracy)という文章が前後2回に分けて掲載されています。

https://www.socialeurope.eu/the-collapse-of-european-social-democracy-part-1

https://www.socialeurope.eu/the-collapse-of-european-social-democracy-part-2

その最後のパラフラフ「結論」の部分を紹介します。

日本の社会民主主義(みたいな)勢力は、そのスウィーニーが失われたと嘆くかつての社会民主主義全盛期の政策に近づいたことすらありませんが、スウェーニーの嘆きが、日本におけるリベサヨ批判と妙に共鳴しているように聞こえるのも一興です。

The main conclusion is that, in the face of the immense power and speed of hyper-globalisation, Social Democrats sought accommodation through market-friendly policies with finance, with Multinational Corporations (MNCs) and others. They should have used the power of the state to regulate and tame this growing market power for the greater good. Their major mistake was that they de-regulated finance precisely at the time when they should have increased regulation. In the face of rapid and massive change, SDs forgot about the power of their old ally, the state. Theory was forgotten in the face of overwhelming circumstances whilst pragmatism based on dominant ideas, not philosophy, took over.

結局、超グローバル化の巨大な力とスピードに直面して、社会民主主義者は市場と仲良しの政策を通じて金融界、多国籍企業その他との協調を求めた。彼らはより多くの善のために国家権力を使ってこの増大する市場権力を規制し、飼いならすべきであったのだ。彼らの主な間違いは、規制を強めるべきまさにその時に金融を規制緩和してしまったことだ。急速かつ大規模な変化に直面して、社会民主主義者は彼らの長年の同盟者-国家-の力を忘れてしまった。圧倒的な状況に直面して、理論は忘れ去られ、哲学ではなく支配的な考え方に基づく実用主義が引き継いだ。

The state is the dominant actor because it sets the rules of the market, it protects the public, firms, and intellectual property.

国家は市場のルールを設定し、公衆と企業と知的財産を保護するので支配的なアクターである。

The globalised economy would not work without states setting and enforcing the rules of the marketplace. And when states work together, they are even more effective. They do this in international rules-based organisations like the EU and WTO.

グローバル化した経済は国家による市場のルール設定とその執行なしには機能しない。そして国家が協調すれば、より効果的である。EUやWTOのような国際的なルールに基づく機関ではそうしている。

When demanded by the crash of 2008, the state demonstrated – beyond any doubt – that it can take the neccessary actions to re-regulate banks, to print money, to “do what it takes,” to bail-out the most powerful banks and the largest companies – even the US car industry – and save the economy as a whole.

2008年の破綻で求められたとき、国家はいかなる疑いをも超えて、銀行を再規制し、貨幣を印刷し、やれることは何でもやって、最も強大な銀行や最大手企業-アメリカ自動車産業すらも-を救済し、経済全体を救うために必要な行動をとった。

However, the emphasis in recent decades has been on the protection of the firm; of privatising scientific commons by extensions and enforcement of IP laws; of corporate forays into the heart of public services in search of profits at the cost of workers and citizens; and of investor rights over the public interest.

しかしながら、過去数十年間、強調されてきたのは企業の保護であり、知的財産権法の拡大と適用による科学的共有財産の私有物化であり、労働者と市民の犠牲による営利目的の公共サービスの中核への企業の略奪であり、公共利益よりも投資家の利益の優先であった。

Firms play a crucial role in the economy, but market-friendly policies went too far and need to be reined in. The relationship of the state to market has become one of subservience.

企業は経済において枢要の役割を果たすが、市場と仲良しの政策はあまりにも行き過ぎており、手綱を引き締める必要がある。国家と市場の関係は屈従の関係になってしまった。

By adopting many of the policies of the conservatives, SD abandoned the dialetic between the two main opposing sides of politics. Without a clear choice, voters quit them for the apparent alternatives – the populists of left and right.

保守派の政策の多くを採用することによって、社会民主主義者は政治の主な対立軸の間の弁証法を放棄した。両者間に明確に選ぶところがなければ、選挙民は彼らを去って明確な他の選択肢に向かう-左翼と右翼のポピュリストに。

SDs must again learn to use the strong state to pursue their agenda, and cooperate internationally. If Social Democracy is to revive, it has to go back to its roots around the strong state over market, support but oversee trade, regulate financial flows and overall finance, protect the vunerable. SDs must set rules which favour citizens over corporations, deal with media ownership by promoting greater diversity, tackle climate change effectively and address immigration in humanitarian ways – thereby restoring the dialectic between it and centre-right conservatives.

社会民主主義者は再びその政策目標を追求し、国際的に協調するために、強力な国家を使うことを学ばなければならない。もし社会民主主義が復活するならば、それはその原点、すなわち、市場に対する強力な国家、交易の支持と監視、金融の流れの規制、弱いものの保護に立ち帰らなければならない。社会民主主義者は企業よりも市民を有利に扱うルールを設定し、そうして社会民主主義と中道右派の保守主義との弁証法を取り戻さなければならない。

The neo-liberal economic economic system of the past 30 years collapsed in 2008. But it is only being marginally reformed. Banks “too big to fail” are already bigger than then. People are disillusioned, feel unrepresented and are moving to right and left populism, which offer no solutions. What credible, clear, left political philosophy will stand as the alternative to populism or to conservative values?

過去30年間のネオリベラルな経済システムは2008年に崩壊した。しかしほんの僅かばかり改革されただけだ。「潰すには大きすぎ」た銀行はすでに当時よりも巨大になっている。人々は幻滅し、だれにも代表してもらえていないと感じ、右翼と左翼のポピュリズムに向かっているが、それは何の解決にもならない。ポピュリズムと保守派の価値に対する代替選択肢として打ち立てられるべき信頼でき、明確な左派の政治哲学は何だろうか?

Social Democrats need to return to the state, to re-valuate it, re-value it and again harness its power for all citizens to address the excesses of the market. They need to ensure that the state once more becomes dominant over the market, that delivery of all public services is world class and that the state ensures individual liberty is guaranteed.

社会民主主義者は国家に立ち返り、国家を再認識し、国家を再評価して再びその権力をすべての市民のために、市場の行き過ぎを強制するために活用する必要がある。彼らは国家がもう一度市場に対して支配的となり、すべての公共サービスが世界クラスとなり、国家が個人の自由を保証するように確保する必要がある。

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『日本の労働法政策』の案内

JplabourlawJILPTのホームページに、『日本の労働法政策』の案内がアップされました。

https://www.jil.go.jp/publication/ippan/jp-labour-law.html

定価: 3,889円+税 2018年10月30日刊行予定 A5判 1,110頁 ISBN78-4-538-41164-4

労働政策関係者の座右の書 日本の労働政策の歴史、基本思想、決定プロセス、体系、個々の制度内容、実施機構、等を余すところなく考察した労働政策の体系書。働き方改革関連法の深い理解のためにも必読。 東京大学名誉教授 菅野和夫

なお、刊行にあわせて、11月7日に東京労働大学講座で「日本の労働法政策100年の変転 ―働き方改革と未来の展望―」を開催します。

https://www.jil.go.jp/kouza/tokubetsu/20181107/index.html

働き方改革関連法案が成立し、労働時間の見直しなど働き方改革の実現に向けて、企業の取り組みが進められています。今回の法改正により、わが国の労働法政策の姿は大きく変容することになります。労働法制全般にわたって大幅な改正が行われたことを機に、当機構では労働政策研究所所長・濱口桂一郎著による『日本の労働法政策』を出版することにしています。

本講座では、わが国の労働法政策の形成過程を踏まえて、著者から今回改正された労働時間法制および同一労働同一賃金にかかわる法政策を解説するとともに、今後の課題を考えます。

講義後には講師との質疑応答の時間も設けております。

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雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会

来週金曜日(10月19日)に「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」が開催されるようです。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_01810.html

https://www.mhlw.go.jp/content/11911500/000364604.pdf

今年3月に報告書をまとめた雇用類似検討会の後継というだけではなく、規制改革会議で検討が求められた放送制作現場の働き方についても議論されるようです。

委員は格段に増えていますね。

芦野 訓和 東洋大学法学部教授
阿部 正浩 中央大学経済学部教授
荒木 尚志 東京大学院法学政治学研究科 教授
安藤 至大 日本大学経済学部教授
小畑 史子 京都大学大学院人間・環境学研究科教授
鹿野 菜穂子 慶應義塾大学大学院法務研究科教授
鎌田 耕一 東洋大学名誉教授
川田 琢之 筑波大学ビジネスサイエンス系教授
桑村 裕美子 東北大学大学院 法学研究科准教授
鈴木 俊晴 茨城大学人文社会科部法律経済学科准教授
土田 和博 早稲田大学法学学術院教授
長谷川 聡 専修大学法学部教授
水町 勇一郎 東京大学社会科学研究所教授
村田 弘美 リクルートワークス研究所グローバルセンター長

放送現場の話というのは、今年6月の規制改革会議の答申にこうあります。52ページです。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/publication/toshin/180604/toshin.pdf

g 放送に係る制作現場でのフリーランスなど雇用類似の働き方について、総務省の
協力を得て、実態と課題の整理・分析を行い、雇用類似の働き方の保護等の在り
方についての全般的な検討の材料とするとともに、放送に係る制作現場における
当面の必要な措置につき検討する。

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在留資格は特定技能

秋の臨時国会に提出される入管法改正案の中身が報じられています。

http://www.sankei.com/politics/news/181011/plt1810110008-n1.html(熟練技能者は永住可能に 外国人受け入れ法案骨子)

外国人労働者の受け入れ拡大に向け、政府が秋の臨時国会に提出予定の入管難民法などの改正案骨子が11日、判明した。受け入れが必要な業種で、知識や経験など一定の技能が必要な業務に就く「特定技能1号」と熟練技能が必要な業務に就く「特定技能2号」という在留資格を新設する。

 1号は在留期限が通算5年で家族帯同を認めないが、2号は事実上永住を認め、配偶者と子供の帯同も可能とする方針だ。資格は定期的に更新し、取り消しもあり得る。・・・

受け入れ拡大は深刻な人手不足が背景にあり政府は来年4月の導入を目指す。

骨子によると、生産性向上や日本人労働者確保の取り組みをしても、なお人材が不足する分野で外国人を受け入れることとし、今後具体的に定める。介護や農業、建設など十数業種が検討対象となっている。

じわじわと情報が出てきていたので、大体そうだろうなという方向になっているようですが、問題は、どこにどういう外国人を受け入れるのかの判断が、

受け入れるのは即戦力で生活に支障がない程度の日本語ができる外国人。各業種を所管する省庁の試験などを経て、1号や2号の資格を取得する。技能実習を修了した後に1号の資格を得られる仕組みも設ける。

と、「各業種を所管する省庁」に委ねられていることです。

これは大変皮肉なことで、ちょうど30年前に労働省が雇用許可制をぶち上げ、法務省が激怒してこれを叩き潰したときは、要はどういうところにどういう外国人を入れるか入れないかの判断権限を両省間で奪い合ったわけですが、結局30年後になって、こういう一般的な外国人労働者導入制度を設けるという段になって、日本社会全体、日本の労働市場全体の観点から判断する政府機関というのはどこにもなく、ある業界が「うちの業界は人手不足だからなんとかしてくれ」といえば、その業界を所管する省庁が、「うちのかわいい〇〇業界が泣きついている」と、いそいそと入れることを決め、法務省は淡々とそれに従って在留資格を出し、厚生労働省は淡々と労働法を適用するだけという、まあそういう仕組みに落ち着いたようですね。

地方集権、中央分権の日本政府にふさわしい決着なのかもしれませんが、誰も全体構想をハンドリングしないまま、各業界ごとのばらばらの要望で事態がどんどん進んでいき、気が付いたら、人が集まらない業界は外国人だらけになっていたということになりかねない気がします。

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『続・企業内研修にすぐ使えるケーススタディ』

Bk00000524例によって経団連出版の讃井暢子さんより日本能率協会コンサルティング編著『続・企業内研修にすぐ使えるケーススタディ』をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/public/book/index.php?mode=show&seq=524&fl=

◆人材育成からナレッジ活用、企業体質改革まで
◆「設問」「ケースのねらい」「具体的事例」「解題(最低限気づいてほしいこと)」で構成
◆社内コミュニケーションを活発化する参加型研修
◆自社版のケース創作のポイントやインストラクターの役割もわかる

ケーススタディは、実際に起こったこと、あるいは起こりそうな事例を題材として、問題の発見から解決策の立案までを疑似体験することにより、問題発見力、問題解決力、業務遂行能力を高める研修手法です。日常の業務遂行には知識以外に経験が必要とされることから、ケーススタディを通じて、問題を早期に発見し、自信を持って対策を実行する力の幅が広げられます。経営環境が厳しく、変化のテンポも目まぐるしい今日、日々生じる問題を自分で予測・発見し、解決していく「自律型人材」の育成に本書の活用をおすすめします。

○○おもなケース○○
【営業活動】 がんばろう型営業からの転換
【キャリアデザイン】 定年後に向けたキャリアデザイン
【サービス現場のマネジメント】 レストラン店長のマネジメント業務
【ナレッジ活用】 「お客さまの声」の活用
【クレーム対応】 クレーム対応の原則構築
【組織活性化】 従業員意識調査と組織活性化推進
【プロジェクト運営】 合併企業のシナジー発揮
【部門間連携】 営業と営業サポート部署の連携
【部門間連携】 全社的視点にもとづく業務効率化
【企業体質改革】 「選ばれる病院」への変革

ケースのストーリーがなかなかよくできていて面白いです。特に、「クレーム対応」の章。

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“Us Too!”のポピュリズム

Rothstein_bio ソーシャル・ヨーロッパに載っている Bo Rothstein と Sven Steinmoの「“Us Too!” – The Rise Of Middle-Class Populism In Sweden And Beyond」という文章が面白いです。最近日本で起こっている社会現象の根っこにあるメカニズムの説明としても、じっくり読まれてしかるべき文章だと思います。

https://www.socialeurope.eu/me-too-the-rise-of-middle-class-populism-in-sweden-and-beyond

Steinmo_bio 最近のスウェーデンの選挙でスウェーデン民主党という右翼ポピュリスト政党が躍進した原因を取り上げたもので、本ブログで再三取り上げてきたテーマですが、“Me Too!”ならぬ“Us Too!”といういい方がポイントをついていると思ったたので、紹介します。前半はグローバリズムとか移民とかという説明が必ずしも十分ではないことを説明して、それがアイデンティティ政治の反転であることを解き明かしていきます。

Instead of blaming voters for their regressive attitudes, we suggest that the current backlash witnessed in Sweden, and elsewhere, is tied to a deeper problem that can be understood as a new version of the politics of “identity.” No student of Swedish politics over the past several years can fail to have noticed that the focus of political discourse has changed from one of supporting universal and broad-based policies based on the principle of equality to homing in on the rights of various minority groups – not least various immigrant groups – but also religious and sexual minorities. The reality is that for traditional, middle and working-class citizens, this discourse, and the policies that flow from them, are perceived as undue favouritism to specific groups that stake a claim to being different. Whether they realize it or not, this claim challenges the collectivist idealism of classical Social Democracy.

選挙民の退嬰的態度を非難する代わりに、我々は今日スウェーデンやあちこちで目撃されているバックラッシュが「アイデンティティ」の政治の新たなバージョンとして理解されうるより深い問題に結びついていることを示唆する。過去数年間のスウェーデン政治の研究者の誰一人として、政治的議論の焦点が平等原則に基づく普遍的で広範な人々のための政策を支持するものから、様々なマイノリティ集団-移民集団だけではなく宗教的・性的マイノリティも-の権利に的を絞ったものに移り変わってきたことを見落としていない。実際には、伝統的な中間層や労働者階級の市民にとっては、こうした議論やそこから出てくる政策は、違っていると主張することに掛け金を掛け,る特定の集団に対する不適切なえこひいきと受け取られる。彼らがそれを意識しているか否かはともかく、この主張は古典的な社会民主主義の集団主義的理想主義に挑戦しているのだ。

In our view, the electoral outcome we have just witnessed in Sweden (and similar trends in other countries) should be seen as a kind of backlash identity politics. Just as various minority groups want to be recognized and wish to honour and protect their specific identities, we suggest that “average” ethnic Swedes, Norwegians, etc. also want to honour, and protect, their identities.,

我々の考えでは、我々がスウェーデンや他の諸国で目撃してきた選挙結果は、ある種のバックラッシュ的アイデンティティ政治とみられるべきである。様々なマイノリティ集団が彼らの特定のアイデンティティを公認され、名誉とし保護されることを求めるのと同様、「平均的な」民族的スウェーデン人やノルウェー人もまた、彼らのアイデンティティを名誉とし保護されたいのだ。

・・・・・

Today, many ‘average’ citizens believe that their identity as traditional Swedes/Norwegians/ etc. is neither appreciated nor valued by their nation’s intellectual and political elite. They may feel that this internationalized elite doesn’t even really respect the traditional vision of Ola Nordmann or Elsa Svensson. In short, this election should be seen a backlash produced by a quite basic human emotion – “my story matters” – more than a product of racism or economic challenges.

今日、多くの「平均的な」市民は伝統的なスウェーデン人、ノルウェー人としての彼らのアイデンティティが、自国の知識人や政治的エリートによって全然評価されていないと信じている。彼らは、この国際化されたエリートが伝統的な「ノルウェっ子」や「スウェデっ子」にちっとも敬意を感じていないと思っている。要するに、この選挙結果は人種差別主義や経済的課題の産物というよりも、全く基本的な人間感情-「大事なのは俺の話だ」-によって生み出されたバックラッシュとみられるべきである。

The irony is that the very identity politics that has been so favoured by the elite in Sweden and elsewhere may be increasing the sense of identity of the majority of their own citizens. The result, then, is that they turn to parties that claim to respect that identity.

皮肉なのは、スウェーデンや他の諸国でエリートによって愛好されてきたアイデンティティ政治それ自体が、彼ら自身の市民の多数派のアイデンティティの感覚を増進してきているということである。その結果は、そのアイデンティティを尊重すると主張する政党に向かうことになるのだ。

・・・・・

というわけで、マイノリティのアイデンティティを尊重するエリートのアイデンティティ政治が、それを忠実に模写反転した多数派の大衆的アイデンティティ政治を生み出し、追われていくという、皮肉極まるストーリーです。

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今日10月7日は世界ディーデントワーク・デイ

Wef18 日本のマスコミは全然報じてくれませんが、本日10月7日は世界ディーデントワーク・デイ(World Day for Decent Work)です。

https://www.ituc-csi.org/7-october-world-day-for-decent?lang=en (7 October - World Day for Decent Work: Change the Rules)

This year’s global theme, “Change the Rules”, highlights the deeply entrenched injustice of the global economic system alongside shrinking democratic space and deteriorating labour rights in many countries, documented in the ITUC Global Rights Index.

今年のグローバルテーマ「ルールを変えろ」は、国際労連のグローバル権利インデックスに記録されたような、多くの諸国における縮みゆく民主的空間と悪化する労働者の権利を横目に、堅固に塹壕で守られたグローバル経済システムの不正義に焦点を当てている。

“The rules are stacked against working people, and that is why we have unprecedented and destructive levels of economic inequality and insecurity while a small number of global conglomerates like Amazon amass incalculable riches for a very few. There is enough wealth in the world to meet the challenges of our time – creating decent work for all, ensuring universal social protection, tackling climate change and all the other things that need to be done to ensure that people can live in dignity on a sustainable planet. But the rules need to change. And to achieve that, we need to build workers’ power. ・・・

「ルールは働く人々に向かって積み上げられている。そしてそれゆえにアマゾンのような少数のグローバル財閥がごく少数の者のために数えきれない富を蓄積する一方で、空前の破壊的なレベルの経済的不平等と不安定がみられるのだ。世界には、すべての人にディーセントワークを確保し、普遍的な社会保障を確保し、気候変動に対処するなど、人々が持続可能な惑星で尊厳を持って生きられるようにするのに必要な今日の課題に対処するために十分な富がある。しかし、ルールは変える必要がある。そしてそれを達成するため、我々は労働者のパワーを建設する必要がある。・・・」

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65歳以上への継続雇用年齢の引上げ@安倍総理

20181005mirai02 昨日の未来投資会議で、安倍総理がこう語ったとのことです。官邸のホームページから。

http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201810/04mirai.html

・・・そして、安倍内閣の最大のチャレンジである全世代型社会保障への改革です。このテーマも、この未来投資会議において集中的に議論を進めていきます。
 生涯現役社会の実現に向けて、意欲ある高齢者の皆さんに働く場を準備するため、65歳以上への継続雇用年齢の引上げに向けた検討を開始します。この際、個人の実情に応じた多様な就業機会の提供に留意します。
 あわせて新卒一括採用の見直しや中途採用の拡大、労働移動の円滑化といった雇用制度の改革について検討を開始します。・・・

ちょうど、一昨日の晩に、法政大学の公共政策大学院でやってる授業で高齢者雇用も取り上げたのですが、結構この問題についての質問が相次ぎました。皆さん、企業や労働組合等にいる社会人学生だから、関心は高いんですね。

そして、社会保障改革の論理的帰結として、そして政治的にはその実現のための論理的前提として、高齢者雇用の年齢の引き上げが不可避かつ不可欠であるということは重々よく分かったうえで、さて現在の日本の企業の人事雇用管理の下で、それがいかなる形で可能なのかというのが大きな問題となるわけです。

講義でもしゃべったのですが、そもそも現行高齢者雇用法において、厳密な意味における「定年」とは何かというと、条文上の60歳において、その意に反して強制的に年齢を理由に退職を強いられることはなくなっている以上、条文上の継続雇用の上限の65歳が強制退職年齢という意味での「定年」であるというしかないはずですが、にもかかわらず依然として60歳が定年で65歳は継続雇用だという用語法を維持し続けている最大の理由は、その強制的に退職させられることはない60歳という区切りが、雇用の継続というただ一点を除いて、雇用契約の中身をガラガラポンして、ジョブサイズを縮小し、給与水準をがくんと引き下げることが出来る数少ない(唯一の)機会になってしまっているからですね。それを当然の前提として、例えば雇用保険財政からいまだに高齢者雇用継続給付なんてのも出ているわけです。

ところがそこに、まったく別の労働条件法政策から、有期契約労働者への労働条件差別だという話が飛び込んできて、累次の裁判が重ねられてきています。「定年」ならざるものを「定年」と呼ぶことで封じ込めてきたもろもろの矛盾が、そろそろ吹き出しかけているのが現状なのかもしれません。

そういう時期に、「全世代型社会保障への改革」というそれ自体は全く正しい問題意識に基づいて、高齢者雇用の年齢の引き上げというそれ自体は全く正しい政策目標を実現していこうというときに、さて、この20年以上にわたってとられてきた60歳定年というフィクションをそのままにして、その後の継続雇用を65歳から例えば70歳に引き上げていくというようなやり方でいいのか、根っこに立ち返って考えてみた方がいいのかもしれません。

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東和工業事件控訴審判決評釈日本語バージョン

Jli先月25日にアップされた『Japan Labor Issues』10月号に掲載されたわたくしの判例評釈(英文)については、その日にご案内したところですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/japan-labor-iss.html

https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2018/009-03.pdf

Judgments and Orders
Course-Based Employment Systems and Gender Discrimination: The Towa Kogyo Case Keiichiro Hamaguchi

もしかしたら、英語では読みにくいという方もおられるかも知れないので、日本語バージョンの方もブログにアップしておきます。

『Japan Labor Issues』2018年10月号
「判例と命令」
「東和工業事件-コース別雇用制度と男女差別」

・事実
 Xは1987年Yに採用され、当初は事務職であったが、1990年からは設計職としてプラントや産業機械の設計に従事し、2001年には二級建築士の資格を取得した。Yは2002年に男女別賃金制度に代えてコース別雇用制を導入したが、男性は全て総合職、女性は全て一般職とされた。設計部でも7名のうち女性のXのみが一般職とされ、後輩の男性よりも低い賃金とされた。XはYに対し、繰り返し総合職として扱うよう求めたが受入れられず、訴訟を提起した。2015年3月26日、金沢地方裁判所は労働基準法4条に違反する不法行為として、総合職と一般職の年齢給及び退職金の差額と慰謝料の支払を命じた。しかし査定に基づく職能給の差額については認めなかった。X、Yともに控訴した。

・判決
 2016年4月27日の名古屋高等裁判所金沢支部判決は、原判決をほぼ踏襲している。すなわち、「Yのコース別雇用制度導入時の従業員の振り分けは、総合職及び一般職のそれぞれの要件に従って改めて行ったものではなく、総合職は従前の男性職からそのまま移行したもの、一般職は女性職からそのまま移行したものであり、・・・結局のところ、男女の区別であることが強く推認される」とし、「Yにおいては、・・・実質的に男女別の賃金表が適用されていたということができ、・・・かかる取扱いは労働基準法4条に違反する」と判断した。その場合のXの損害として、総合職と一般職で別々に定められている年齢給の差額と退職金の差額及び慰謝料は認めたが、職能給の差額は認めなかった。この点について、控訴審判決はやや詳しく「昇格のためには、これを充たすか否かに関するYの裁量的判断を含んだ人事考課の査定等を経なければならない」という理由で、職能給の差額相当の損害の主張を退けている。
 Xは上告したが、2017年5月17日、最高裁判所は上告を受理しないと決定した。

・解説
 本件は今日ではやや珍しい古典的な女性差別の事案であるが、1985年制定の男女雇用機会均等法以前の日本の典型的な雇用管理をよく示している。伝統的な日本型雇用システムにおいては、男性労働者が採用から定年退職までの長期間勤続し、基幹的な業務に従事して年功的に賃金が上昇するのに対して、女性労働者は採用から結婚退職までの短期間勤続を前提に、補助的な業務に従事することが一般的であった。しかし国連女性差別撤廃条約の影響で、1985年の男女雇用機会均等法で男女の募集・採用・配置・昇進に関する均等待遇が努力義務とされ、1997年に至って1985年法の努力義務が改正され、男女差別が禁止された。これに対応するため、企業はコース別雇用制度を導入し、それまでの男性コースを「総合職」、女性コースを「一般職」とし、男女を問わず適用することとした。しかしながら、1997年改正までは、多くの職場では、男性は全て総合職、女性は大部分が一般職という運用が続けられていた。
 本件ではXは大学理学科を卒業し、二級建築士の資格を有して設計業務に従事しているにもかかわらず一般職とされ、同じ設計部のF(男性)は工業高校の機械科を卒業し、二級建築士の資格がないだけでなく簡単な製図も独力でできないのに総合職とされていた。これはこの「総合職」「一般職」という概念が欧米諸国で一般的な「職種」とは別の概念であることを示している。そして本判決はそれを実質的に「男性職」「女性職」のラベルを貼り替えたものに過ぎないと判断しており、その判断は適切であろう。実際、Xの退職(2012年1月)後の2012年6月にYは新制度を導入し、2013年4月には初めての女性総合職が採用されている。
 この新制度における「総合職」「一般職」は確かに男女共通に適用されるものであるが、「総合職=職種転換及び転勤を使用者が命じうる職種」、「一般職=基本的には転勤を使用者が命じることができず、限定された職種」という原則は維持されており、なお欧米諸国で一般的な「職種」とは別の概念である。しかしながら、大変困惑的であるが、日本の男女雇用機会均等法及びそれに基づく指針が「職種」と呼んでいるのは、この「総合職」「一般職」の区別であって、営業職、設計職、事務職といった欧米型の「職種」概念ではない。日本型雇用システムにおいては欧米的な意味での「職種」概念が存在しない、あるいは少なくとも重要性を持たないのであり、雇用区分として重要なのは業務内容や勤務場所が無限定であるか限定的であるかという点である。この点に注意を喚起している文書はほとんど存在しないため、多くの外国の研究者は男女雇用機会均等法上の「職種」について誤解をする可能性がある。
 なお、本判決がその差額を差別と認めなかった職能給も日本独自の賃金制度であり、労働者ごとの職務遂行能力の評価に基づいてそれによって賃金が決まる各等級・号俸に当てはめるものであるが、実態としては厳格な査定に基づき個人の能力に応じて大きな格差をつけるものから極めて年功的な運用までさまざまである。本件では必ずしも明確ではないが、X側が総合職と一般職の昇格基準に違いはなく、一般職としての年功的職能等級の昇格と同水準の年功的昇格が総合職労働者にも期待できたと主張しているのに対して、Y側はそれを否定し、判決は職能給の原則論で処理し、Xの主張を退けている。職種概念が希薄な中での職務遂行能力の個別査定について差別の存在を認定するのは、それが実態として極めて年功的に運用されているのでない限り、極めて困難である。これは男女差別に限らず、例えば組合加入に基づく差別を立証しようとする際にも障壁となる。 

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後藤道夫他編『最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし』

375688 後藤道夫・中澤秀一・木下武男・今野晴貴・福祉国家構想研究会編『最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし 「雇用崩壊」を乗り超える』(大月書店)をおおくりいただきました。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b375688.html

年功賃金の崩壊と労働市場の激変、非正規雇用だけでなく正社員にも低所得層が増加するなかで、 〈最賃1500円運動〉への期待が広がっている。

最賃引き上げで地域経済を元気にする戦略など最低賃金1500円が切り開く社会への展望を示す。

目次は下にある通りで、日本型雇用を前提に、「家計補助的」非正規労働者にそれだけでは生活できない低賃金が当然視されてきたありようを批判しているところは、編著者たちのいつもの議論ですが、その中で注目すべきだと思ったのは、蓑輪明子さんの「公共サービス労働と業種別・職種別最低賃金――保育労働を素材に」という論文です。

本書の標題にもあるように、、現在の日本で最賃というとどうしても地域最賃ばかりが意識され、1000円とか1500円とかいう話になりますが、そもそも最低賃金とは労働組合の最低価格協定の拡大から始まったものであり、その趣旨が残っているのは産業別最低賃金なんですね。

ここで蓑輪さんは「保育最賃」の創設を提起しています。現在の保育業界の組織率の状況からすれば絶望的な話のようにも聞こえますが、これと公契約条例を絡ませて、

・・・公契約条例で職種や業種ごとに下限報酬額を設定することがあります。これを用いて、「保育士」や「給食調理員」といった保育業界の下限報酬額を定めるのです。・・・

と論じていきます。これは子育て支援が政策課題になっている現在、公益性が高いのに低賃金になっているとして、戦略的にも攻撃ポイントとして絶好のように思います。もう一つのポイントは介護業界でしょう。

的が広がれば広がるほど、「そんなの無理だ」という抵抗が強くなるのですから、下限に張り付くことが予想される全国一律最賃とか打ち出すのはあまり意味があるとは思えません。

はじめに(後藤道夫)

第1章 最低賃金1500円は社会をどう変える――家計補助賃金からリビング・ウェイジへ  
1.日本の最低賃金は、なぜこれほど低いのか?(後藤道夫)
 トピック① AEQUITAS(エキタス)と「#最低賃金1500円になったら」(栗原耕平)
 トピック② 子どもの貧困から見た地域格差と最賃格差(戸室健作)
2.「ふつうの暮らし」がわかる――生計費調査と最低賃金(中澤秀一)
 トピック③ 生計費調査から考えた、私の地域の「ふつうの暮らし」(岩崎 唯)
3.女性の貧困は最賃引き上げでどう変わる?(後藤道夫)
4.働き手がふつうに生活できる最賃へ──子育て・老後の展望を切りひらく(後藤道夫)

第2章 労働市場と働き方の現在~未来
1.労働市場はどう変わっているか――非正規就業を中心に(伍賀一道)
2.正社員労働の変容と最低賃金――「働き方改革」と関連して(今野晴貴)
3.「新産業構造ビジョン」と最低賃金の意義 AI、インダストリー4.0、IoT(今野晴貴) 
4.公共サービス労働と業種別・職種別最低賃金――保育労働を素材に(蓑輪明子)

第3章 最低賃金の歴史と思想
1.日本の労働運動と最低賃金闘争(小越洋之助)
 トピック④ 最低賃金審議会に民主的ルールを――「鳥取方式」の実践(藤田安一)
2.最低賃金制とナショナル・ミニマム論(木下武男)
 トピック⑤ 最低賃金と協約賃金(浅見和彦)
 トピック⑥ イギリスの最低賃金制度(遠藤公嗣)
 トピック⑦ アメリカの最賃運動・地域運動の展開
       ――地域での「コアリッション」構築による最低賃金条例制定(小谷 幸)
 トピック⑧ ドイツ・フランス・韓国の最低賃金(中澤秀一)
3.政党・労組・論壇は、最低賃金をどう見ているのか?(戸室健作)  

第4章 大資本に対する防波堤としての最低賃金――地域経済と中小企業
1.最賃引き上げと地域内再投資(岡田知弘)
 トピック⑨ 最低賃金引き上げは地域共通の課題(出口憲次)
 トピック⑩ 自治体首長も賛同する「北海道・東北最賃引き上げキャラバン」(中村健)
2.中小企業も地域経済も元気にする道(岡田知弘)
 トピック⑪ 公契約条例と最低賃金(川村雅則)  
3.全国チェーンに“おいしい”最賃格差(中澤秀一)

終章 社会的危機を救う──最賃1500円と福祉国家型生活保障
1. 座談会 最低賃金を下層社会の現実からとらえ返す(藤田孝典・今野晴貴・後藤道夫)
 トピック⑫ 年収270万円でも暮らせる社会へ――時給1500円×1800時間労働の実現に向けて(北口明代)
2.最低賃金と社会保障・教育保障・住宅保障(後藤道夫)

あとがきにかえて――エビデンスをもとに新たな運動の展開へ(中澤秀一)

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中途半端な新自由主義の末路@児美川孝一郎

Img_f7a119f56ef06931a41a90da448de8b法政の児美川孝一郎さんの「中途半端な新自由主義の末路、一蓮托生の大学と文科省」という文章が、それ自体大変面白いだけではなく、それって日本社会のすべてに言えることじゃないかと思わせるという意味で、大変興味深いものになっています。

https://news.biglobe.ne.jp/economy/1001/jbp_181001_2020808856.html(中途半端な新自由主義の末路、一蓮托生の大学と文科省)

もちろん、児美川さんが論じているのは、副題にあるとおり、文部科学省の「中途半端な新自由主義」とそれに翻弄される大学なんですが、

・・・・ここで、あらためて指摘しておきたいのは、「将来像の提示」と「誘導」という高等教育政策の基本路線は、確かに新自由主義を基調とはしているが、しかし、純粋な理念型としての新自由主義的な政策スキームからは外れる、極めて日本的なものだったのではないかという点である。

純粋な新自由主義に基づけば、結果が出るまでのプロセスにおいては、参加者には自由と裁量が与えられる。そして、結果については、厳密に評価が行われ(あるいは、市場が「評価」を下し)、パフォーマンスの悪い参加者は、遠慮なく「退却」を余儀なくされる。

しかし、2000年代以降の文科省の高等教育政策の場合には、明らかにこれとは異なる施策が展開されていた。

つまり、「高等教育計画の策定」や「各種規制」はしないと明言しつつも、実際に大幅な規制緩和を行ったのは、新規の大学や学部の設置認可のみであり、大学が自らの“足腰”を強化すべく行う組織改革や教育改革に関しては、各大学に自由と裁量を与えるというよりは、さまざまな「法的規制」や、国立大学の運営交付金、私立大学の助成金、さらには競争的資金による「誘導」を巧みに張り巡らすことで、強力なコントロールが敷かれてきたのである。

だからこそ、ある意味での「結果」が見えだした2018年の段階を迎えても、文科省の側は、その「結果」は当事者である大学の自己責任であると、自信をもって“見限る”ことができない。それは、これまで各大学に対しては、政策サイドが望む「大学改革」を散々強いてきたという事情がある以上、そう簡単に手のひらを返すわけにはいかないということであり、であればこそ、今後はさらなる連携だ、統合だと、高等教育政策としての次なる“手出し”を試みようとしているわけである。

これはもちろん、文部科学省と大学の間の話ではありますが、これを読んで、うちの会社と社員の話じゃねえか、と思わず感じてしまった人も多いのではないでしょうか。

本当に「自由」と「裁量」を与えてやらせる代わりに、その結果に応じて厳格に、非情に「処分」するという新自由主義モデルを口では掲げながら、その「処分」する覚悟がないために、「自由」も「裁量」もない状況で、ただやみくもに「頑張」らせるというのは、決して文部科学省と大学との間だけで発生したことではないように思われます。

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労働基準監督官証票の謎

「労働基準」さんが、こうつぶやいていたのですが、

https://twitter.com/labourstandards/status/1046317466203258881

労働基準監督官証票には、労働基準監督官が行政調査権(併せて司法警察権)を有する7つの法律の権限規定が記載されているが、なぜ炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法に関する記載がないのだろうか。

http://elaws.e-gov.go.jp/search/html/322M40000100023_20180401_430M60000100021/pict/S22F03601000023-025.pdf

https://twitter.com/labourstandards/status/1046318251033018369

一酸化炭素中毒症に関する特別措置法でも監督官の証票呈示義務規定があり、施行規則でその証票が労働基準法施行規則で定める証票だとしている。 なお、外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律では別途証票を定めている。

正確なところは労働基準局の中の人に聞かなければわかりませんが、おそらく現在日本には炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法にいう「炭鉱災害」が起こる場所である「石炭鉱業を行なう事業場」がほとんど存在しなくなっており、それゆえこの法律の規定の名宛人となるべき石炭鉱業の事業の使用者が存在しなくなっているからではないかと思われます。つまり、法律の規定はあるけれども空振り規定になっているので、労働基準監督官証票にわざわざ書くことにはしていないのではないかと思われます。

正確に言えば、釧路の太平洋沖の旧太平洋炭礦の釧路コールマインは現在でも坑道で石炭を掘っているので、本邦の適用対象となりうる炭鉱がゼロというわけではないのですが。

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岡本隆司『近代日本の中国観』

9784065123522_w 台風が迫りくる中、少し前に買ってあった岡本隆司『近代日本の中国観 石橋湛山・内藤湖南から谷川道雄まで』(講談社選書メチエ)を一息に読みました。

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000312486

日本は、つねに中国を意識しながら歴史を歩んできたが、とくに、明治維新以後、近代日本となって以来、中国研究はきわめて深く、幅広いものとなり、東洋史という歴史分野を生み出した。
では、明治以降、戦後に至るまでに、日本人はどのように中国を研究し、考えてきたのか。
歴史に名を残す学者たちの研究をあらためて読み直し、「日本人の中国観」の形成と変遷を跡づける。
それはまた、日中関係を考え直す契機にもなるだろう。
石橋湛山の「小日本主義」とはなんだったのか。巨人・内藤湖南の「唐宋変革論」とは? 
宮崎市定や谷川道雄など、数多くの論者の中国論にふれ、その歴史を読み直す。

中国社会の世界史的位置づけなんてことに関心があり、ウィットフォーゲルなんていう変な本を好んで読んだりしているので、そういう関心から買ったのですが、こういう一節を読むと、いかに実証的な現地調査といえども、結局脳みその中にある理論次第で結論は決めるということがよくわかります。

153ページ以下の華北農村慣行調査を巡る共同体論争です。

・・・これは1940年から44年にかけ、東亜研究所の発案により、満鉄調査部と東大法学部との協力で、日本軍の占領下にあった華北村落をフィールドに実施した実地調査である。農村を対象に法社会学的な方法を用いた、かつてない精細綿密な訪問調査だった。

この調査結果を巡って、調査員の間で論争が起こる。平野義太郎は共同事業の慣行を有した中国農村を「共同体」ととらえ、自然村落にみられる自治的共同機能の存在を強調した。

これに対し、戒能通孝は中国の村落を西欧や日本と対比し、著しくバラバラな個人の集まりに過ぎず、とりわけ契約・権利の実現を支える法共同体の欠如を強調して、平野の「共同体」論を批判した。

要するに、同じ調査によりながら、正反対の結論になっているわけで、これは各々の立場と視座が然らしめたものであった。平野は音に聞こえた「アジア主義」者であり、ここでも「共同体」の存在を「大アジア主義」の「基礎」とみている。

「アジア主義」の的確な説明は難しいけれども、この論争に関わる限りでいえば、自由競争・弱肉強食のため行き詰った西洋社会に対峙し、その在りようを超克する「共同体」をアジアに見出そうとする発想である。そこで日本と中国の共通性を重視した。

平野がそもそもマルクス主義者であって、そこから転向したことは、隠れもない事実である。資本主義の西洋社会を超克しようとした当時の「アジア主義」の根底には、社会主義思想が濃厚に作用していた。これは橘も平野も同断であって、西洋資本主義を超克すべき社会主義が、王道主義や「大アジア主義」に転嫁、分岐しただけである。

かたや戒能は、中国はヨーロッパと類似した発展過程にある日本とは異なる、という観点に立っている。具体的に言えば、日欧の「封建制」と深いかかわりを持つ村落共同体を近代化の基礎をなすものととらえる。この論争では、華北農村には共同事業は存在しても、内面的な共同意識はごく希薄であって、共同体など存在しない。ゆえに近代化の可能性は欠如している、と論じ、日中の相似と連帯を訴える平野らの「大アジア主義」、ひいては「大東亜共栄圏」といった当時の流行概念に反対した。・・・

この話は今日の視点から振り返るとさらに二重三重にねじれてきますね。

マルクス主義的=大東亜共栄圏的な平野的中国共同体論に対して、戒能的発想は日欧型の封建性に立脚する近代性とそれを欠く中国の前近代性を対比的にとらえる発想ですが、今日そのまさに封建性、村落共同性に立脚した日本的な資本主義に対して、まさにそれを欠く中国の共産党独裁下の資本主義が、それを超克せんばかりに、21世紀型の資本主義モデルであるかのごとき勢いであるという事態を目の前にして、改めてこの80年前の「論争」を振り返ると、なんとも不思議な皮肉感がじわじわ湧いてくるのを抑えきれない感があります。

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