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2018年9月 6日 (木)

70歳雇用時代の大前提

日経新聞が「70歳雇用、努力目標に 多様な働き方へ政府検討」という記事を載せています。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35011340V00C18A9MM8000/

政府は高齢者が希望すれば原則70歳まで働けるよう環境整備を始める。現在は原則65歳まで働けるよう企業に義務付けており、年齢引き上げの検討に入る。2019年度から高齢者の採用に積極的な企業を支援する。その上で来年以降に高年齢者雇用安定法の改正も視野に70歳まで働けるようにする。少子高齢化や人口減少社会を見据え、多様な働き方を後押しするのが狙い。・・・

今秋から未来投資会議と経済財政諮問会議で議論するそうですが、その際、念頭に置いておいてほしいのは、現行の65歳継続雇用制度自体が抱えている矛盾です。

41mvhocvl拙著『日本の雇用と中高年』で述べたことですが、

・・・さらに、強制退職年齢としての定年は60歳にとどめ置いたまま、全員65歳まで継続雇用せよという、論理的には意味不明な法制度をとらざるを得ない現在の高齢者雇用政策の矛盾を、その根本から解消する道筋もジョブ型正社員の中に見出すことができます。
 60歳での年齢による強制退職は許されないはずなのに、論理的にはそれと同義の60歳定年を認めている理由は、65歳定年にしてしまうと60歳までのフルメンバーシップを65歳まで引きずってしまうというただ一点にあります。それまで年功で積み上がってきた賃金処遇のいっさいをチャラにして、一介の非正規労働者として雇い直すという儀式を経ることで、貢献と報酬の釣り合った雇用関係を作ろうという苦肉の策であるわけです。
 しかしながら、このやり方は労働者を年齢でもって一律に正規から非正規に移行させることを意味します。問題は、メンバーシップ型の日本型雇用システムにおいては、非正規というのは会社のメンバーではなく、それゆえ重要な仕事には従事させられない周辺的な存在であるという意味合いがあることです。「嘱託」といういささか奇妙な日本語は、こういうかつて会社のメンバーであった非正規労働者を指す言葉です。もちろん、労働者には個人差があり、会社のフルメンバーとしての活動には耐え難い人も少なくないでしょう。しかし、フルメンバーとして活躍できる人をも一律に非正規化することは、社会的な人的資源の有効活用という面からして、やはり問題があるのではないでしょうか。
 現在の65歳までの継続雇用においてすらこのような問題がある中で、そのシステムを維持したまま70歳までの雇用が実現できる可能性は少ないというべきです。65歳を超えると、労働者の個人差がますます拡大します。「嘱託」という一律の非正規扱いですら耐え難い人もいる一方で、なお矍鑠とフルメンバーとしての活躍ができる人も出てくるとすると、そういう個人差に対応したシステムを構想する必要はますます高まってくるでしょう。すなわち、個々の労働者の能力に応じてさまざまにその従事する職務を定め、その職務に基づいて賃金を決定する仕組みにしていく必要があるのです。
 これは、高齢者雇用の部分だけを考えていればいい問題ではありません。壮年期から中年期における賃金制度を年齢に基づく生活給制度のままにしておいて、60歳を超えたらとたんに個人の従事する職務に応じた職務給にするというのは難しいでしょう。少なくとも中高年期以降の賃金制度については、中長期的には生活給的な年功賃金制度から、個々の労働者の従事する職務に応じた職務給の方向に移行していかざるを得ないように思われます。つまり、継続雇用の矛盾を解消し、60歳の前後で一貫した働き方を実現するためには、中高年期からジョブ型正社員のトラックに移行しておくことが不可欠の条件となるのです。・・・

少なくとも、メンバーシップ型を前提とした新卒一括採用という社会制度に適応するように社会的に仕向けられてきた若者を、いきなり荒野に放り出すような無謀なやり口をするよりも、こちらの方が遥かに重要で喫緊の課題でしょう。

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コメント

Hamachan先生著、硬質なちくま新書「中高年本」…。

この一大テーマ〜メンバーシップ型からジョブ型への橋渡し〜を論じるには欠かせない重要本ですね。いままさに世間で波紋を広げている新卒採用「就活ルール」の見直しとこの中高年雇用という問題は、一見すると何の関係もないように思えますが、同書によれば両者は同時に視界に入れて考察されるべきテーマとなります。以下、あくまでご参考まで同書拙評(2016.5)を再掲させて頂きます。
ーーーーー
濱口氏は「労働社会」「労働法」「若者」「中高年」「女子」というキーワードを手掛かりに様々な角度からスポットライトを順序よく当てていくことで、複雑で難解な「日本型雇用システム」の全体像(歴史的経緯も含めて)を浮き彫りにすることに成功しています。裏返していえば、これだけの角度からスポットライトをあてていかない限り、わが国の雇用問題の複雑で難解な「全体像」は容易には見えてこないということでしょう。

本書でも述べられているように「雇用システムというのは社会システム全体の一部分システム」です。その全体像を隈なく捉えるためには時系列の歴史的分析に加えて、日本経済全体のレベル、個別企業の経営環境や労使関係、働く人の意識や所得レベル、雇用法規と労働慣行、年金、世界的な雇用問題(中高年対策、年金問題など)、さらには高等教育(新卒の就活など)までも含む、極めて幅広い関連テーマを視野に入れる必要があります。

日本の雇用問題/労働問題については新聞、テレビ、インターネットなど、ありとあらゆるメディアで「同一労働同一賃金」「女性管理職比率」「ホワイトカラーエグゼンプション」「限定社員」などの話題が声高に議論されていますが、一体本当にどれだけの人が問題の全体像や本質を理解しているのでしょうか。「小難しい専門用語や聞いたことのない概念ばかりで、何がなんだかさっぱりわからない!」と感じている方もきっと多いのではないかと想像します。

わが国の雇用問題の「将来やあるべき姿」について真剣に考えることが難しい理由は、わたしたち自身が拠って立つ足場であるところの「現状認識」が、極めて難しいからです。すなわち、「日本の会社で働く」ということは一体どういうことなのか?長期にわたって行われている人事異動(職務の書き換え)という雇用慣行がどれだけユニークなことなのか?

たとえば私自身は群馬県(高崎市)出身ですが、もし自分が生まれて以来一回も郷土の群馬県を出たことがなければ、他県や他の地域との慣習や気候、言葉や文化の違いはわからないでしょう。たとえ本で読んでも「ふーん、他の県ってそんなに違うのかなぁ」という程度のあいまいな理解で終わってしまうはずです。

それと全く同様に、もし自分が日本企業(メンバーシップ型雇用契約)でしか働いたことがなければ、そうでない環境(ジョブ型雇用契約)で働くことや、そこでの仕事の進め方や働き方や喜びや苦しみをリアリティをもって理解するのは至難の業でしょう。

そこで、日本の現状をわかりやすい言葉で説明するためには、いったんわが国の雇用システムの「外」(アウェイ)に立ち、日本の社会経済の歴史的事実も踏まえて冷静かつ愛着をもって記述していく必要があります。ただ、そこで自分自身の立ち位置を完全にアウェイにしてしまうと「日本は特殊でガラパゴス、だからダメだ」という単純な現状批判(日本を非とし、世界を是とする姿勢)におちいってしまいます。

おそらく濱口氏の著作が大勢の読者から支持されている最大の理由は、元厚労省官僚かつ研究者という正統派のキャリア経験から滲み出るキレ味のよい分析力に加えて、日本人インサイダーとしての「愛のムチ」がほどよくブレンドされている点にあると思います。だからこそ、どの本を読んでも良識的な「語り」に安心して身を任せることができるのです。ただ、ときには厳しいスパイスの効いた警句をちらりと挿入するあたりのさじ加減の巧みさはプロの職人芸を見ているかのようです。

さて、同氏も指摘する世界共通の雇用政策は「長く生き、長く働く」(Live Longer, Work Longer)というものです。世界的な高齢化社会が進む中、仕事ができる「現役世代」をいかに確保し、労働者の活力や可能性を引き出していくか。彼らの労務にどれだけきちんと報いることができるか。このように、日本も含む先進国が共通してめざす目標は同じです―Live Longer, Work Longer。各国がこれをいかに達成していくか。

日本では「戦後から高度経済成長期」の社会人口動態、オイルショック等の経済変動にもっとも適合的だったシステムが、会社の採用権・人事権の裁量を最大限に許容する「メンバーシップ型雇用契約」でした。もちろんいまでも、学生から社会人への接合部分(就活と新卒採用)は、就業経験のない若者を全員あまねく受入れるという観点から、メンバーシップ型契約の有効性は変わりありません。新卒入社後、各人のジョブが正式に決まるまでの「モラトリアム期間」に相応しい契約形態が、わが国のメンバーシップ型雇用契約といえるでしょうか。

しかし、誰であれいつまでもモラトリアム期間(ジョブが定まらない状態)に安住するわけにはいきません。遅かれ早かれ、自分の「ジョブ」(職業、職種、職務)を決め、そのジョブを通じて会社組織および社会に個人として貢献をしていくことが求められるはずです。同氏も指摘するように「(少なくとも)中高年期からはジョブ型正社員のトラックに移行しておくことが不可欠の条件」(P210)となります。

そこで、ここから先は私個人の経験にもとづく提言になりますが、新卒入社時に「メンバーシップ型雇用契約」(職務非限定正社員)を結ぶ場合、期間の定めのない契約は原則NGとし、例えば上限Max 10年などの有期雇用契約とするという方向が望ましいと考えます。すなわち、新卒入社の人が10年間働いた後は、全員、「ジョブ型契約」(職務限定正社員)へ切り替える。なお切り替え後のジョブ型契約は、期間の定めのない契約をデフォルトとします。

一般的に総合職社員は3―4年おきに社内配置転換があるでしょうから、勤続最初の10年間で2-3回のジョブローテーションを経験できるでしょう。誰しも一つの会社で10年も働けば「自分にどんな職種が向いているのか」「この会社でずっと働いていけるか」がわかってくると思います。さらには中高年雇用対策として「40歳以上の労働者とは会社はメンバーシップ型契約は結べない」「40歳以上の雇用契約は、すべてジョブ型とする」という規程を設けてもよいかもしれません。そうすれば、現在60歳としている定年年齢も65歳(年金受給開始年齢)まで容易に延長できるでしょう。なぜなら、40歳以降はジョブ型契約=非年功賃金のため、無理に60歳で定年退職扱いにする理由がなくなるからです。

ジョブ型契約の賃金については「同一労働同一賃金」がそのままあてはまります。というのも彼らは全員、職務限定社員だからです。法制化するには労基法の賃金パーツと最賃法を統合した「均等賃金法」(米国のEqual Pay Act)が必要となるかもしれません。そこでは「同一価値」の定義(あるいは参考となる職務分析の測定指標)を条文で記載していくのが望ましいでしょう。外資系では「ジョブサイズ」という概念で、部門間職種間の異なるジョブを共通の指標でスコアリングし、ジョブの「重さ」を測定します。

これらのジョブ型契約の根幹となるのが「職務記述書」(JD。ジョブディスクリプション)です。僕自身、過去にいくつかの会社組織のJDを作成してきた経験を踏まえても、やはりすべてのジョブのJDを作るのは大変労力を要します。しかしながら、社内の職務を明確化し、各々のジョブのJDを整備しない限り、ジョブ型社会への移行は不可能なのです。JDの調査・作成は大変な作業ですが、その労に報いるだけの価値ある仕事です。なぜなら、JDはジョブ型雇用契約の根幹をなす組織インフラであり、ジョブ型組織の人材マネジメント・賃金管理に必要不可欠なツールだからです。

さて、濱口氏の「次なる一冊」はどんなテーマでしょうか?「解雇」?「定年」?「異動・出向」?「賃金・賞与」? それとも…? 

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