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2018年9月20日 (木)

雇用保険財政がまかなう職業教育政策@『労基旬報』2018年9月25日号

『労基旬報』2018年9月25日号に「雇用保険財政がまかなう職業教育政策」を寄稿しました。

 去る8月末から、労働政策審議会雇用保険部会で教育訓練給付に関する審議が始まりました。これは既に政策を所管する人材開発分科会の方では告示の改正が承認されていて、財源を所管する雇用保険部会での審議が行われるということになります。改正点はいくつかありますが、焦点は来年度(2019年度)開学する予定の専門職大学・専門職短期大学に対しても、専門実践教育訓練という名の高率の給付を認めるかという点にあります。ただ、この問題はなかなか複雑に入り組んでいるので、歴史を振り返りながら頭の整理をしておきたいと思います。
 雇用保険法の中に教育訓練給付が設けられたのは今から20年前の1998年です。当時の職業能力開発政策は個人主導とか自己啓発といった言葉が流行しており、またフリードマンの教育バウチャー論がもてはやされていたという時代背景もあり、労働者が自ら費用を負担して一定のの教育訓練を受ける場合にその費用の一部を支給するという制度が設けられたのです。当時は被保険者期間5年以上を要件として、かかった費用の80%相当額(上限30万円)という大盤振る舞いでした。これはまさに時流に乗った政策でしたが、実際に施行されると、対象講座があまりにも広範に指定され、初歩的な英会話教室やパソコン教室のような、就職時に求められる職業能力という観点から見てどうかと思われるようなものまで含まれていたため、運用に批判を受け、対象が絞られるということもありました。
 それよりも1998年頃から雇用保険の支出は収入を大きく上回り、積立金は激減を始めていました。職業能力開発政策としては良い政策であっても、雇用保険財政から支出する必要があるのかという問いは避けられません。結局、財政難への対応として、2003年改正では大幅に絞り込まれ、給付率が40%に引き下げられ、上限額も20万円となりました。一方で、被保険者期間3-5年の者も給付率20%(上限10万円)で対象に含めました。さらに2007年改正では、給付水準を一律に20%(上限10万円)に一本化するとともに、被保険者期間を1年に短縮しました。かなり小ぶりな制度になったわけです。
 ところが、2012年末に自公政権に復帰した後、「若者等の学び直しの支援」というスローガンの下、再び教育訓練給付を手厚くする方向に舵が切られました。すなわち、2014年の改正で中長期的なキャリア形成に資する教育訓練を受講する場合(専門実践教育訓練)の給付率を20%から原則40%に、さらに資格取得の上就職すれば60%まで引き上げることとされたのです。審議会では特に労働側からその有効性に対して疑問の声も示されましたが、結局労働側の意見を入れて45歳未満の若年離職者に対して基本手当の50%の生活支援が設けられることで了承されました。なお2017年改正で原則の給付率が40%から50%へ、資格取得して就職すれば70%に引き上げられています。上限は年間40万円、資格取得して就職すれば年間56万円ですが、対象期間が2年ならその倍、3年ならその3倍になります。相当に手厚い給付といえるでしょう。
 では、その手厚い給付が行われる専門実践教育訓練とはどういうものなのか。2014年10月から始まった第一弾に含まれたのは、①業務独占資格・名称独占資格の取得を訓練目標とする養成施設の課程、②専修学校の職業実践専門課程、③専門職大学院の3つです。その後、2016年度からは④大学等における職業実践力育成プログラム、2017年度からは⑤一定レベル以上の情報通信技術に関する資格取得を目標とする課程、2018年度からは⑥第4次産業革命スキル習得講座と、毎年のように類型が増加してきています。そこに今度は2019年度に新たに開学予定の⑦専門職大学・専門職短期大学をそのスタート時点から加えようというのが、現在の審議の中身というわけです。
 このリストを見ていくと、文部科学省の高等教育レベルの職業教育の推進政策の財源としてこの給付が使われてきているようにも見受けられます。そこで、そちらの流れを一瞥しておきましょう。実は、②は⑦をめざす政策から派生したものなのです。文部科学省の中央教育審議会のキャリア教育・職業教育特別部会の2011年1月の答申は、高等教育レベルに新たな職業実践的な教育に特化した枠組みを提唱しました。これはまさに専門職大学の原型でしたが、その後話は専修学校の枠内に職業実践専門課程を設けることに矮小化され、これが②として専門実践教育訓練の対象となったのです。
 ところがその後、官邸に設置された教育再生実行会議が2014年に出した第5次提言で実践的な職業教育を行う高等教育機関を制度化することを求め、これを受けて文部科学省が実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議を開催し、具体案を構想しました。ちなみにこの有識者会議の委員であった冨山和彦氏が「L型大学、G型大学」というややキャッチーな表現をしたことがマスコミで話題となったことを記憶している方も多いでしょう。その後、中教審の実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する特別部会の議を経て、2017年に学校教育法が改正され、「大学のうち、深く専門の学芸を教授研究し、専門性が求められる職業を担うための実践的かつ応用的な能力を展開させることを目的とするもの」を専門職大学と定義しました。4年制の専門職大学と2年制の専門職短期大学がありますが、前者は最短で4年です。ということは、これに専門実践教育訓練を給付すると、4年間で原則160万円、資格取得して就職すると224万円になります。そんな大金を失業者でもなければ労働市場で困難に遭遇しているわけでもない社会人学生に出すのがいいことなのか、というのが労働側の反対論の根っこにありますが、かつてと違って景気が回復し、労働市場が逼迫しているため、雇用保険財政は6兆円もの大黒字を出しており、切り詰める理屈は立ちにくいようです。
 むしろ、ここ数年の雇用保険財政の黒字に目を付けて、文部科学省の新たな職業教育政策の財源として専門実践教育訓練給付が用いられるという傾向が強まってきているようです。当初から含まれていた③専門職大学院は、2002年の学校教育法改正で設けられたもので、「大学院のうち、学術の理論及び応用を教授研究し、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とするもの」ですが、法科大学院を始め会計、ビジネス、公共政策、公衆衛生、教職など広い範囲で開設されており、学生数は2万人を超え、社会人学生も1万人に近づいています。東京大学のロースクールも給付対象です。
 また、2016年度から対象となった④大学等における職業実践力育成プログラムも、官邸の教育再生実行会議が2015年に出した第6次提言を受けて、文部科学省が検討会の議を経て設けたもので、大学、大学院、短期大学、高等専門学校で、社会人や企業のニーズに応じた魅力的なプログラムを提供し、社会人がその受講を通じて職業に必要な能力を取得するものです。この背景には、少子化によって学生の数が減っていくという危機感がありそうです。これまでは学生の親の財布を当てにして若者を集めて特段職業的意義のない教育を施しても、企業側が喜んで引き取ってくれていたので、特に問題を感じていなかったのでしょうが、これから若年層が激減していく中で、積極的に社会人に客層を拡大していかないと、膨れあがった大学が大量に経営危機に陥っていくことは目に見えています。

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