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2018年8月28日 (火)

障害者雇用率「水増し」問題の法制度史的根源

先週から急激に炎上してきている官公庁の障害者雇用率「水増し」問題ですが、本日「公務部門における障害者雇用に関する関係閣僚会議」及び「公務部門における障害者雇用に関する関係省庁連絡会議」が開催され、各省庁別の再点検結果が公表されました。

https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000347573.pdf

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この問題についてはマスコミが「水増し」といういささか意図的であるという予断を含んだ表現をしています。確かに現時点ではまだ故意か誤解によるものかは明らかでないのですが、この障害者雇用率制度の法制史的な経緯を振り返ってみると、(後述のような意味での「故意」の存在の可能性はあるものの)おそらくは40年以上前にさかのぼる誤解の連鎖のよるものではないかと想像されます。

07830 これについては、実は先週水曜日に福島大学の長谷川珠子さんより大著『障害者雇用と合理的配慮』(日本評論社)をお送りいただいたときに、ちょうどこの問題が燃え上がりつつあったので、本の紹介のエントリに付け加える形でこういう風に述べておきました。

さて、本書が送られてきたこの時期は、時ならぬ官公庁の雇用率水増し疑惑がわき起こり、なにやら政治問題になりつつある勢いですが、それほどよく知らないことでも居丈高に叱りつけるのが仕事の人々はともかく、なぜこういう事態になってしまったかを冷静に分析しようという人にとって有用な記述が本書にあります。
もともと雇用率制度は1960年法で官公庁は義務、民間は努力義務として始まったのですが、1976年改正で民間も義務化するとともに、民間については雇用率未達成企業に納付金制度が導入された、ということは知られています。
しかし、その際に障害者の範囲が変わったということは、詳しい人でないとあまり知られていないでしょう。
1960年法の障害者については、p197の注30にこうあります。

身体障害者雇用促進法における身体障害者の範囲は、「障害が明確かつ画一的に判定できること」と「労働能力の永続的欠損があること」の2点を基準として作成され、「別表に掲げる身体上の欠陥があるものという」と定義された(2条1項[当時])。身体障害者については、国年法、厚生年金保険法、所得税法、身体障害者福祉法、恩給法、労災保険法、職業安定法において、それぞれの目的に応じて、一定の範囲のものを対象としていたところ、身体障害者雇用促進法の制定に当たっても、同法の目的に応じて独自の範囲を定めたとされる。その範囲は、身体障害者福祉法の身体障害を基調としつつ、それよりもやや広く、恩給法や労災保険法よりも狭いとされていた(・・・)。ただし、後述するように、身体障害者の範囲は1976年の促進法改正により、身体障害者福祉法の身体障害者の範囲と統一された。

その1976年法改正時の理由については、p200の注40にこうあります。

その理由としては、①厚生省(当時)の福祉行政と労働省(当時)の雇用行政の一体化を図ることにより、総合的な身体障害者対策に大きく寄与できるようになること、②雇用義務化及び納付金制度の創設に伴い、法的公平性を確保するため、対象とする身体障害者を明確かつ容易に判定することができるようにする必要があることが挙げられている。

確かに民間企業にとってはそれまで努力義務に過ぎず、ということは、それほど真剣でなかったところに、1976年に初めて納付金制度というサーベル付きで義務化されたのですから、この1976年法による障害者の定義ではじめから動いてきたようなものです。
ところが官公庁にとっては、その前から障害者雇用義務はあり、とはいえ果たさなくてもペナルティもなく、淡々とやってきたところに、その状況が1976年改正によってもほとんど何ら変わらず(雇用率が若干上がったくらい)、そのため、その改正によりそれまで障害者扱いできた人ができなくなってしまったという認識を持つのが難しかったであろうことは想像できます。
障害者の範囲というのは、実は障害者雇用政策の根幹に関わる大問題でもあるのです。雇用率制度という一つの政策においては、今日新聞を賑わしているように、ほぼ障害者手帳所持者とイコールというかなり狭い範囲の人々の限られていますが、同じ障害者雇用促進法でも差別禁止と合理的配慮というもう一つの政策においては、手帳を持たない精神障害者や発達障害者、難病患者なども含まれます。さらに福祉的就労の対象となる総合支援法の対象はもっと広くなります。この辺は、本書でも308頁以下で詳細に論じられています。
というわけで、専門的な大著ではありますが、現下の政治問題について冷静に考察する上でも大変役に立つ本でもあります。夏なお暑い8月下旬の読書に最適です(かな?)。

上で故意の存在の可能性と述べたのは、そういう風に障害者の範囲が違っていることに気が付かないまま、過大な数字を厚生労働省(労働省)に通報し続けてきた官庁の人事担当部局で、たまたまある担当者がいつもはそれほどきちんと読まないガイドラインをまじめに読んでしまい、実は今まで先輩が毎年やってきた報告は正しくなかったことに気が付いてしまったけれども、いまさらそんなことを言い出すと騒ぎが大きくなって責任問題になりかねないと、気が付かなかったふりをして、黙ってそのまま後輩に渡してきた、というようなことはあったかもしれません。とはいえ、そうすると次の担当者はまた知らない状態に戻ってしまうので、結局40年以上前の誤解がそのまま連綿と伝えられ続けてきた可能性が高いように思われます。

(追記)

でもこういうのは完全に悪意ある水増しですね。

https://mainichi.jp/articles/20180829/k00/00m/040/212000c障害者雇用 省幹部「死亡職員を算入」 意図的水増し証言)

・・・また、一部の省の幹部は取材に、過去に死亡した職員を障害者として算入し、意図的に雇用率を引き上げた例があったと証言。

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コメント

『結局40年以上前の誤解がそのまま連綿と伝えられ続けてきた可能性が高いように思われます。』

いやー、それはないでしょう。仮にも法律に明記されてますし、法規が改正された時点で必ず確認しているはずです。
担当者が変われば、その時に再確認再点検が行われるずで、誰でも気づきますよ。
百歩譲って法改正前からの官庁独自「障碍者」が、勘違いで残されたとしても、あれから40年。当時の対象者は誰も残っていません。
独自基準で次から次に官庁独自「障碍者」を40年以上登録していたワケで、雇用基準を満たせず、毎年納付金を払っていた企業に在籍し、一時はその担当をしていた者として、到底納得できませんねえ。
「金さえ払えばいいと思ってんじゃない。ちゃんと障碍者を雇用しないと企業名を公表するぞ」、なんて言われたんですから。

新しい労働社会のレビューにも書きましたが
若者、中高年、女子ときたので障害者雇用の新書期待してます。

国家公務員の労働問題は人事院と内閣人事局が担当だと思うのですが、この問題だけ(?)はなぜ厚生労働省の担当なのでしょうか?何か歴史的背景があるのでしょうか?
うがった見方をすれば、どうせ報告するだけだから、厚生労働省にまとめさせておけということなのでしょうか?

タルタルさん、いい質問ですが、歴史的にいうと話はむしろ逆で、終戦直後は労働組合法も労働基準法も全部公務員も適用対象だったのです。

公務員の労働争議も中央労働委員会で扱っていたのですね。

それが例のマッカーサー書簡で労働基本権が召し上げられたついでに、なぜか国家公務員には労働基準法も適用しないということになり、ただし地方公務員は部分適用で今まで来ています。(労働時間規制が適用しているけれども、監督官じゃなくて人事委員会が監督することになっているとか)

一方、育児休業だの介護休業だのといった諸々の制度については、基本的に民間部門は厚生労働省、公的部門は人事院や内閣人事局という分担で別立ての制度になっています。

同じ制度を適用しながら担当が違うのがたとえば女性活躍推進法で、女性管理職比率がどうこうも民間は厚生労働省、公的部門は内閣府ですね。

ところが、障害者雇用に関しては、官民両方を労働行政が所管するという、ある意味終戦直後の本来のというか、原初的な姿をとどめているのですね。

それをどう考えるかというのは、現在の時点の政策の論点です。

>それほどよく知らないことでも居丈高に叱りつけるのが仕事の人々はともかく、

hamachan先生がどのような方を想定されているのか分かりませんが、民間には監査まで受けさせて順守を強制しておきながら、自分たちは監査がないのを良い事に(失礼!)2倍近くも水増ししていた(再び失礼!!)というのであれば、強く非難する人もいると思います。
hamachan先生が解説されたような事情で担当者には悪気はなかったのかもしれません。しかし民間企業が監査で同様な(適正な障碍者が半分強しかいない)事を指摘されたら、担当者が事情を説明しても監査者は情状酌量してくれないと思います。
監査をする側はさすがに規定の変更等はきちんと追随していると思うので、公的機関も民間と同様に監査を受けていれば、このような状況はずっと以前に指摘され、これほど大きな問題にはならなかったと思います。
今回は障碍者の雇用が対象でしたが、この他にも民間企業は監査を受けるが公的機関は免除されている規定があれば、同様な問題が起きないように公的機関も監査を受けるべきだと思います。

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