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アラン・シュピオ『法的人間 ホモ・ジュリディクス』

345550 この本、今年の3月に翻訳が刊行されていたようですが、全然気が付かず、先日たまたま本屋の哲学書の棚に置いてあるのを見つけて慌てて買い、夏休みの友として読み終わったところです。

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b345550.html

アラン・シュピオの本をなんで労働法の棚に置かないんだ!といいたいところですが、たしかに冒頭のプロローグが、

人間とは形而上学的な動物である。生物学的な存在としては、まず感覚器官によって世界に存在している。しかし人間の生は単に事物の世界だけではなく、記号の世界でも繰り広げられる。この世界は言語を超えて、理念を具体化するもの全体にまで広がり、物理的には不在のものを、精神に対して顕現させる。・・・・

といった、いかにもおフランスの現代思想っぽい文章なので、この手のわけのわからない文章の本をわざわざ読むのは哲学おたくの類に違いないと、哲学書の棚に放り込んだのは、書店員としてはまことに合理的な行動様式であったのでしょう。

労働法の世界では結構有名なシュピオですが、労働法学者が翻訳に怠惰なためか、本書が彼のまともな翻訳書第1号なんですね。

EUの労働社会政策に具体的提言を投げかける労働法学者アラン・シュピオは、絶大な影響力を誇る実務家であると同時に、西洋の人間形成において法が果たす役割という原理的な問いに対峙する理論家でもある。全面化する競争社会で法を単なるゲームのルールに還元しようとする流れに抗して、法学者が真正面から「正義」を問う異色の書。

前半がより一般哲学書っぽいのに対し、後半はより労働法や社会保障のトピックを哲学的に突っ込むところが多くなります。

気になったところをいちいち全部書き出していると大変なので、そのごく一部だけですが、例えば第4章の技術革新と労働法を扱ったところでは、

・・・社会学者や経済学者や情報処理技術者にとっては、ネットワークは非常に現代的であるようだ。法学者にとっては、ネットワークとはむしろ、封建制の構造、とりわけ自由人を一人あるいは複数の封建君主に仕える身に置いた封臣関係を、否が応でも想起させる。企業が新たな労働組織形態に求めているのは、まさにこれなのだ。従属だけではもはや不十分であり、単に従順な労働者は求められていない。製品の品質とコスト削減という要請の結果、あたかも自分が独立した責任者であるかのように振舞う労働者が求められるようになったのだ。逆に従属が勢力を拡大したのは、企業同士の関係である。本来の事業に再び集中するようになった各企業は、自分の製品の品質を左右する、納入業者や請負業者の貢物の質や納期を厳しく管理しなければならないのだ。

と、労働者の(疑似)自営業者化と自営業者の(疑似)労働者化のトレンドを、中世封建制のメタファーで見事に描き出していますし、

近年のいわゆる法の手続き化についても、

・・・手続きという概念はコンピュータの発明において決定的な役割を果たした。コンピュータの発明者ジョン・フォン・ノイマンの基本的なアイディアは、アルゴリズムの形で計算を処理する可能性を機械にまで広げること、すなわち計算可能なすべての問題を、機械に記録済みの明確な命令の作用に還元することであった。こうして情報科学の言語がプログラムという隠喩(経営学や遺伝学にも波及した)に基づいて発達し、いかなる内容も取り扱えるもろもろの手続き規範のシステムとなった。<法権利>においても、手続き化というテーマが同時期に出現し、以後も新たな領域を獲得し続けている。ユルゲン・ハーバーマスによる理論的定式化は最も著名なもののひとつであり、・・・・。彼の同時代人であり同邦人であるニクラス・ルーマンの著作には、このような希望は不在である。・・・・・労働法とて例外ではなく、情報科学のプログラムが企業に広まるよりはるかに前から、手続き化の進行が確認できた。とりわけ目覚ましいのは1973年以降の解雇に関してである。雇用者の経済的決定を判決という実体的規範に従わせることが出来ずに(それをすれば良好な企業経営の責任を裁判官に転嫁することになってしまう)、立法府が解雇手続きを増大させた結果、マイクロソフト社のソフトのように、ファイルは積み重なり、プログラムの実行を遅らせ(「ロード時間」の慢性的増大)、メモリーはいくらあっても足りず、システム停止のリスクが高まるのである。だが情報科学において非難されるべきものは、法的観点からすると正しいのかもしれない。つまり解雇法の手続き化の実質上の根源的な意義とは、ひょっとすると手続きを遅らせ、引き延ばし、そうすることで雇用喪失に直面する被用者に転職の準備時間を与えることにあるかもしれないのだ。

と、誠に才気煥発な皮肉に満ちた文章を綴るのです。

プロローグ

Ⅰ 法的ドグマ──私たちを基礎づける信条

第一章 人間存在の意味づけ──神の似姿
 人間存在の規範的構成
 人の法的な基盤
 唯一にして同一の個人
 従属した君主、主体
 受肉した精神としての人格
 アイデンティティを保証する〈第三項〉
 全面的解放の先にあるもの──解体した人間

第二章 法の帝国──厳たる法、されど法(dura lex, sed lex)
 ある一つの考え方の様々な化身
 法の人間的な統御
 法により説明される人間

第三章 言葉の強制力──合意は拘束する(pacta sunt servanda)
 契約という「文明化のミッション」
 契約の起源へ
 合意の保証人としての国家
 契約関係の再封建化

Ⅱ 法の技術──解釈の素材

第四章 諸々の技術を統御する──禁止の技術
 技術革新から生じる〈法権利〉
 制度からネットワークへ
 規制から調整へ
 技術を人間化する〈法権利〉
 遍在性の限界
 透明性の限界
 生殖技術に直面する出産

第五章 権力を考察する──統治から「ガバナンス」まで
 主権の衰退
 国家の変容
 権力と権威との分離
 立法権の解体
 自由を従属させる
 行動の標準化
 法源の道具化

第六章 人間を結ぶ──人権の正しい使用法
 人権の信条
 西洋的原理主義の三つの姿
 メシア思想
 共同体主義
 科学主義
 解釈の扉を開く
 人権という人類の共通資源
 連帯原則を再訪する
 新たな解釈装置のために


訳者あとがき
人名索引

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コメント

面白そうですね。知性が炸裂?している感じですね。(笑)

投稿: 高橋良平 | 2018年8月18日 (土) 14時35分

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