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2018年7月11日 (水)

兼業・副業の労働時間管理

ようやく働き方改革法が成立し、これから膨大な省令やら指針やらになりますが、まあそれは既定路線ですが、も一つ大きな話が始まります。例の兼業・副業に係る労働法制の整備の話で、雇用保険と労災保険は既に始まっていましたが、ようやく本丸の労働時間法制も始まるようです。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000178584_00001.html(第1回「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」を開催します)

しかしね、所詮制度設計をどう修正するかである雇用保険、労災保険と異なり、「 労働者の健康確保や企業予見可能性にも配慮した、事事主を異する 場合の実効性ある労働時間管理」ってのは、そもそもの労働時間規制の本旨とは何かに深く関わるだけに、難しさは段違いだと思われます。労働者の健康確保や企業の予見可能性を配慮すればするほど、よその会社で働く労働時間もきちんと勘定に入れるようにしなければならなくなるはずだけど、そうすればするほど兼業や副業がやりにくくなるやないか、もちっとゆるめんかい、と叱られるわけです。

経産省が思いつきで打ち出したネタがひょいと働き方改革の柔軟な働き方に入り込み、ガイドラインでもうやる!って決まってしまったのを、改めてきちんと制度設計しなければならないわけで、なかなか大変です。

Kaihou1709large_jpg(参考1)

http://hamachan.on.coocan.jp/rouhoren1709.html(副業・兼業と労働法上の問題(『全国労保連』2017年9月号 ))

 今年3月、政府は「働き方改革実行計画」を策定しました。そのうち同一労働同一賃金と時間外労働の上限規制についてはマスコミ等も大いに書き立て、今臨時国会に法改正案が提出され、成立する予定です。しかし同実行計画にはそれ以外にも労働関係者が注目する必要のある項目が一杯つまっています。今回はそのうち、副業・兼業に関わるところを解説しておきたいと思います。
 まず、肝心の実行計画にどう書かれているかを確認しておきましょう。これは「柔軟な働き方がしやすい環境整備」という節の3番目の「副業・兼業の推進に向けたガイドラインや改定版モデル就業規則の策定」という項目です。
 副業・兼業を希望する方は、近年増加している一方で、これを認める企業は少ない。労働者の健康確保に留意しつつ、原則副業・兼業を認める方向で、副業・兼業の普及促進を図る。
 副業・兼業のメリットを示すと同時に、これまでの裁判例や学説の議論を参考に、就業規則等において本業への労務提供や事業運営、会社の信用・評価に支障が生じる場合等以外は合理的な理由なく副業・兼業を制限できないことをルールとして明確化するとともに、長時間労働を招かないよう、労働者が自ら確認するためのツールの雛形や、企業が副業・兼業者の労働時間や健康をどのように管理すべきかを盛り込んだガイドラインを策定し、副業・兼業を認める方向でモデル就業規則を改定する。
 また、副業・兼業を通じた創業・新事業の創出や中小企業の人手不足対応について、多様な先進事例の周知啓発を行う。
 さらに、複数の事業所で働く方の保護等の観点や副業・兼業を普及促進させる観点から、雇用保険及び社会保険の公平な制度の在り方、労働時間管理及び健康管理の在り方、労災保険給付の在り方について、検討を進める。
 これを読む上で頭の中をあらかじめ整理しておく必要があります。そもそも日本国の法律は民間労働者の副業・兼業を禁止していません。ただし、企業がその就業規則で従業員の副業・兼業を禁止することはあり得ます。というか、現実にはそれが圧倒的多数でしょう。とはいえ、就業規則で兼業を禁止しているからといって、直ちにそれが有効と認められるわけではありません。むしろ累次の裁判例は、原則として兼業を認めるべきであり、例外的な場合のみ禁止できると判示しています。事件の多くは兼業した労働者に対する懲戒解雇の事案ですが、最近注目を集めた裁判例としては、マンナ運輸事件(京都地判平成24年7月13日労働判例1058号21頁)が兼業を許可しなかったことを不法行為と認めた事案です。ちなみに筆者はこの判決を評釈しています(「兼業不許可の不法行為性--マンナ運輸事件」『ジュリスト』2013年9月号)。
 こうした判例の傾向を受けて、2005年9月の「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告書」においては、兼業を禁止したり許可制とする就業規則や合意を原則として無効とすべきと提言されたこともあります。
 労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由であり、労働者は職業選択の自由を有すること、近年、多様な働き方の一つとして兼業を行う労働者も増加していることにかんがみ、労働者の兼業を禁止したり許可制とする就業規則の規定や個別の合意については、やむを得ない事由がある場合を除き、無効とすることが適当である。ここで、やむを得ない事由としては、兼業が不正な競業に当たる場合、営業秘密の不正な使用・開示を伴う場合、労働者の働き過ぎによって人の生命又は健康を害するおそれがある場合、兼業の態様が使用者の社会的信用を傷つける場合等が含まれることとすべきである。
 ただし、兼業を一般的に認めることにより現行労働法上生じうる問題点を指摘しています。
 ただし、兼業の制限を原則無効とする場合には、他の企業において労働者が就業することについて使用者の管理が及ばなくなることとの関係から、労働基準法第38 条第1 項(事業場を異にする場合の労働時間の通算)については、使用者の命令による複数事業場での労働等の場合を除き、複数就業労働者の健康確保に配慮しつつ、これを適用しないこととすることが必要となると考えられる。
 これについては、労働時間の通算規定の適用を行わないこととすると労働者の過重労働を招き、結果として社会的なコストが増大するのではないかとの指摘も考えられるが、個々の使用者に労働時間を通算することの責任を問うのではなく、国、使用者の集団が労働者の過重労働を招かないよう配慮し、労働者自身の健康に対する意識も涵養していくことがより妥当ではないかと考えられる。
 この研究会は労働契約法という法律を新たに作るために有名な労働法学者を集めたもので、膨大な報告書ではこの他にも実にさまざまな論点が提起されていました。しかし、実際の立法過程に入ってからは、就業規則の不利益変更問題や解雇の金銭解決問題、さらには同時に審議された労働時間法制におけりいわゆるホワイトカラーエグゼンプションが大きな論争点となり、結局兼業禁止の原則無効化といった相対的に細かな(とはいえ法的な突っ込んだ検討が必要な)トピックはまともに議論されないまま先送りにされてしまいました。
 上で指摘されていた労働時間の通算規定について、労働行政当局は以前から、事業主を異にする場合も含まれると解釈してきているのです(昭和23年5月14日基発第769号)。労働時間規制には、労働者の健康と安全確保を目的とした物理的労働時間の規制という側面と、賃金と並ぶ労働者の労働契約条件としての労働時間の規制という側面があります。前者の観点からすれば、事業主を異にするからといって保護すべき労働者の健康と安全への影響が変わるわけではないので、複数事業主間で労働時間を通算すべきことは当然かもしれません。一方後者の観点からすれば、労働基準法37条に基づく時間外・休日労働の割増賃金のような労働契約条件は個々の使用者と労働者の間の問題である以上、複数事業主間で労働時間を通算することはむしろ筋が通らないということになります。
 日本には現時点では、年少者等を除けば一般的な物理的労働時間の上限規制は存在しませんが、労災補償法制及び労働安全衛生法制において、脳・心疾患に関する認定基準(平成13年12月12日基発第1063号)や医師による面接指導義務(労働安全衛生法第66条の8)といった間接的な規定が存在します。これらは直接的な労働時間規制ではないとはいえ、兼業禁止をめぐる議論において無視してよいものとも言いがたいでしょう。仮にこの認定基準に基づいて労災認定がされた場合、労災保険の法律上の根拠は労働基準法の労災補償責任である以上、その責任は誰にあるのか、という問いを避けられないからです。また、安全配慮義務に基づく労災民事訴訟の場合は、安全配慮義務と兼業容認義務との関係が問題となるでしょう。さらに、今臨時国会で成立予定の時間外労働の上限規制が施行されれば、労働時間の事業主間通算問題は大問題になるはずです。しかし、現時点でそういう指摘はされていないようです。
 とはいえ上記研究会報告もいうように、「労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由」であり、労働時間が問題となる雇用労働以外の、自営業やボランティア等で過重労働することには何らこの労働時間の通算規定は及ばないのですから、過重労働のみを決め手とするのはやはり穴の空いた議論といわざるを得ない感があります。それこそ、徹夜でネットゲームし続けることだってあり得るわけですから、広い意味での過重労働対策は「労働者自身の健康に対する意識も涵養」することにあるというのも確かです。
 ちなみに、多重就労者の労働時間通算等に係る米英独仏蘭5カ国の法制度をとりまとめた報告書(『多重就労者に係る労働時間管理の在り方に関する調査研究報告書』)が、2011年3月に三菱UFJリサーチ&コンサルティングより出されています。竹内(奥野)久、神吉知郁子、富永晃一、関根由紀、本庄淳志の各氏による詳細な紹介と分析がなされており、この問題を考える上で参考になります。
 労働法上の問題としては、労災保険、雇用保険といった労働保険上の取扱いをどうするかという問題が喫緊の課題です。このうち、労災保険上の一つの問題だけは2005年の労災保険法改正で解決しています。それは、二重就業者が本業の勤務先から副業の勤務先へ移動する途中で災害に遭ったときに「通勤災害」として認めるというものです。ただ、実はこの時、労政審労災保険部会では通勤災害だけでなく、労災保険給付の算定基礎となる平均賃金をどう考えるのかという問題も提起されていました。しかしこの問題はこの時には決着は付かず、2004年12月の建議では、
 なお、複数就業者に係る給付基礎日額の算定方法の在り方については、複数就業者の賃金等の実態を調査した上で、労災保険制度の在り方に関する研究会中間とりまとめに示された考え方を参照しつつ、専門的な検討の場において引き続き検討を行うことが適当である。
とされており、そのままになっています。
 ここで引き合いに出されている2004年7月の「労災保険制度の在り方に関する研究会中間とりまとめ」を見ると、両事業場での賃金を合算すべきとしていました。
 労災保険給付額の算定は、被災労働者の稼得能力をできる限り給付に的確に反映させることが適当であると考えられることから、二重就職者についての給付基礎日額は、業務災害の場合と通勤災害の場合とを問わず、複数の事業場から支払われていた賃金を合算した額を基礎として定めることが適当である。
 しかし、この方向での改正は行われておらず、現在も「業務災害又は通勤災害による労働不能や死亡により失われる稼得能力は2つの事業場から支払われる賃金の合算分であるにもかかわらず、実際に労災保険から給付がなされ、稼得能力の填補がなされるのは片方の事業場において支払われていた賃金に見合う部分に限定される」という状態が続いています。
 最近の裁判例では、国・淀川労基署長(大代興業ほか1社)事件(大阪地判平成26年9月24日(労働判例1112号81頁)が、同じ施設内で機械警備及び設備管理と清掃業務を別の請負会社に雇用されて1日のうちに続けて就業していた労働者が過労死した事案で、原告側の合算すべきという請求を退けています。現行法上はそうせざるを得ないのですが、副業・兼業を国策として推進していくというのであれば、見直していく必要があるでしょう。実は今年5月2日の日経新聞にこういう記事が載っています。この方向での見直しは規定方針のようです。
 厚生労働省は労働者が仕事中のケガで働けなくなった場合に生活を支援する労災保険の給付を拡充する。今の仕組みでは複数の企業で働いていても、負傷した際に働いていた1つの企業の賃金分しか補償されない。複数の企業で得ている賃金に基づいて給付できるように制度を改める。副業や兼業といった働き方の多様化にセーフティーネットを合わせる狙いだ。
 厚労省は複数の企業で働いている人が労災認定された場合に、複数職場の賃金の合計額に基づいて給付額を計算する方式に改める。労働政策審議会での議論を経て関係法令を改正。早ければ来年度にも新しい仕組みを始める。
 同じ労働保険に属する雇用保険の適用関係についても、実は10年以上前から議論はされています。2006年2月の「雇用保険基本問題研究会」の「議論の整理」では、
 いわゆるマルチジョブホルダーのうち個々の就業においては短時間労働被保険者としての適用要件を満たさない者について、一定の範囲で適用することはできるか。仮に適用する場合、何を以て「失業」、「離職前賃金」「被保険者資格取得」等と捉えるのか。
という問題提起がされていました。しかしこちらもその後、雇用保険の見直しはひんぱんにされる中でずっと先送りされ続けてきましたが、働き方改革に背中を押されてやはり見直しを検討しているようです。こちらはもっと前の今年2月21日の日経新聞の記事ですが、具体的な改正内容も出ています。
 厚生労働省は雇用保険の適用を受ける人の範囲を広げる。いまは1つの会社で週20時間以上働く人が対象だが、複数の会社に勤務していても失業手当をもらえるようにする。兼業や副業で仕事を掛け持ちする労働者の安全網を手厚くして、柔軟な働き方を後押しする。来年にも国会に関連法の改正案を提出する。・・・
 雇用保険に入るには同じ会社で週20時間以上働くとともに、31日以上の期間にわたって仕事をするのが条件となる。兼業で働く人がA社で週10時間、B社で週10時間働いても、保険の対象にならない。こうした仕組みは兼業や副業といった働き方が増えるにつれ、現状に合わなくなってきている。厚労省は複数の企業に勤めていても、合計の労働時間が週20時間を超えていれば、雇用保険に入れるように制度を改める考えだ。
 しかし労災保険の場合と異なり、雇用保険の場合、A社を離職してもB社には勤続していれば「失業」にはならないのかといった、そもそも何が「失業」という保険事故に当たるのかという大問題があります。

(参考2)

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=630(労働時間通算規定の起源(『WEB労政時報』2017年2月27日))

 昨年7月25日付けの本欄で取り上げた「副業・兼業と労働法上の問題」が、その後急速に展開しています。9月27日の第1回働き方改革実現会議の最後において、安倍首相は9項目にわたるテーマを示しましたが、その中に「5番目に、テレワーク、副業・兼業といった柔軟な働き方」が入っていました。その後の同会議では、同一労働同一賃金の問題と長時間労働の是正の問題が主たる論点として取り上げられ、マスコミの注目を集めていますが、10月24日の第2回会議では副業・兼業の問題も取り上げられ、何人かの委員から意見が示されています。
例えば樋口美雄氏(慶應義塾大学商学部教授)は「これを認めるモデル就業規則の策定、あるいは、通算される労働時間における時間外労働の取り扱いなどについて、検討していく必要があるのではないかと思っております」と述べていますし、高橋進氏(日本総合研究所理事長)も「兼業・副業の場合における総労働時間の把握や雇用保険の適用関係など、必要な環境整備について検討して、ガイドラインを示すべきではないかと思います」と述べています。
 
 これは上記昨年7月の本欄でもかなり突っ込んで解説したことですが、その中で「同じ会社の別の事業場で働いても通算するというのは当然ですが、この条文について労働行政当局はかつてから、事業主を異にする場合も含まれると解釈してきているのです(昭23.5.14基発769)」と述べた点について、なぜ労働行政当局はそんな解釈をしてきたのだろうか、と疑問に感じた方はいないでしょうか。今回は、この他事業主も含めた労働時間通算規定の起源を探ってみたいと思います。
 
 まず、立案当時、厚生省労政局管理課長として労働基準法制定の責任者であった寺本廣作氏の名著『労働基準法解説』(時事通信社)をひも解いてみましょう。そこにはこういう記述があります。
 
 事業場を異にする場合は使用者が同一であつても又別人であつても、本法の労働時間制の適用についてはこれを通算する。工場法でも(第三条第三項)同様の規定があつた。使用者が別人である場合、労働者が他の事業場で労働していることを知らなかったときの違反については刑法の犯意に関する一般の原則(刑法第三十八条)が適用される。
 
 これを読むと、あたかも工場法には事業主が異なる場合でも通算するという明文の規定があったように誤解しかねませんが、そうではありませんでした。工場法3条3項はこういう規定でした。
 
就業時間ハ工場ヲ異ニスル場合ト雖(いえども)前二項ノ規定ノ適用ニ付(つい)テハ之(これ)ヲ通算ス
 
 戦後労働基準法の38条とほぼ同じです。工業主を異にする場合であっても通算するとは、少なくとも条文上は書かれていません。では、上記寺本氏の言っていることは嘘(うそ)なのかというと、戦前の労働行政当局の解釈としてはその通りだったのです。
 
 工場法が成立した後に、農商務省商工局長として工場法の制定施行に携わった岡實氏の名著『工場法論』(有斐閣)には、次のような記述がありました。
 
 尚(なお)職工カ同一日ニ二箇所以上ノ工場ニ於(おい)テ就業スル場合ニハ、就業時間ハ各工場ニ於(お)ケル就業時間ヲ通算スルコトヲ要ス、…尚数工業主ノ使用シタル時間ヲ合算シ法規違反ヲ公正スル場合ハ其の処罰ニ付稍(やや)困難ナル問題ヲ生スルバアイアルヘシ、今之ヲ詳論スルノ遑(いとま)ナシト雖、要スルニ職工使用ノ時ノ前後如何ニ拘泥セス故意ノ有無ニ依(よ)リ各工業主ニ付決定スヘキモノト信ス
 
 これは確かに異なる工業主の工場であっても通算するという趣旨ですが、調べた限りではその趣旨の通牒(つうちょう)は出されていないようです。あくまでも立法担当局長の意見としてその著書に書かれているにとどまります。
 
 さらに、この点については労働行政内部においても意見の変化があったようなのです。工場法の所管が農商務省から内務省社会局に移る前後を通じて本省の工場監督官として活躍した松澤清氏は、1918年に『工場法研究 解釈論』(有斐閣)を、1927年には『改正日本工場法 就業制限論』(有斐閣)を刊行しています。前者では岡氏の名著と同様に「蓋(けだ)シ法文ニハ単ニ工場ヲ異ニスル場合トノミアリテ工業主ノ異同ヲ問ハサルカ故ニ右何(いず)レノ場合ニ於テモ本項ノ規定ノ適用アルヘキモノト解スルヲ正当トス」と述べていたのですが、後者では次のように意見を翻しています。
 
 其(その)工業主ノ如何ヲ問ハス汎(ひろ)ク二個以上ノ工場ノ異ナル場合ヲ指スヤ将(は)タ同一ノ工業主ノ経営ニ係ル各異工場相互間ニツキテノ場合ノミヲ指スヤ疑ハシ、蓋し理論上ハ二ツノ場合を汎ク指スモノト解スヘキニ似タレトモ(余モ曾(かつ)テ此(この)説ナリシモ)本項ノ解釈トシテハ単ニ同一工業主カ二個以上ノ異ナリタル工場ヲ経営セル場合ノミヲ指スモノト解スルヲ正当トシ茲(ここ)ニ改ムルコトトス
 
 この問題は、戦前においてもこのように理論的には決着していなかったことが分かります。通牒が出されていないのは、そのような事案が本省に問い合わされることがなかったためでしょうが、そのため、戦後労働基準法が制定されるときには、制定当時の局長名著の記述があまり疑いを持たれることのないまま、解釈通達に盛り込まれてしまったのではないかと思われます。
 
 もっとも、工場法と労働基準法の違いを考えると、異なる事業主の場合の通算というのは工場法の規定だったからという面もありそうです。
ご承知の通り、戦後の労働基準法が管理監督者を除く原則として全業種の全労働者に対して1日8時間、1週48時間(1947年の制定当時)の労働時間規制をかけたのに対して、戦前の工場法は一定規模以上の工場に働く職工のうち、女子と年少者についてのみ就業時間規制をかけたに過ぎませんし、その水準も制定当時は1日12時間、その後の改正でようやく1日11時間となったに過ぎません。ある工場で12時間近く働いた女工を、別の事業主がまた何時間も働かせるというようなことは、工場法規制が女工の健康確保が主たる目的であったことを考えると、それなりに合理的な判断だったと言えないこともありません。
また、工場法は労働基準法と異なり、硬性の労働時間規制であって、法定就業時間を超えて働かせることは直ちに違法であり、36協定を締結すれば残業できるというわけでもなければ、その場合は割増賃金を支払えという規制もあり得なかったのです。このことからすれば、岡氏の名著の解釈は、把握の困難さを除けばそれほど奇妙なものでもなかったということもできるでしょう。
 
 逆に、戦後労働基準法の労働時間規制が、36協定によって無制限の時間外労働を可能とするものとなってしまい、制約は時間外割増手当が主であるという風に意識されるようになったことが、工場法時代の解釈を受け継いだ「異なる事業主間の通算」を、いかにも奇妙なものに感じさせるようになったのかも知れません。

というわけで、今回労基法に導入された時間外の上限規制の関係は工場法以来の公法的規制として、異なる事業主でも通算するけれども、時間外・休日手当の割増の関係はあくまでも個別雇用関係当事者間の労働契約の問題として通算しない、というのが、法制史から示唆される方向性のような気がします。

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