多重請負関係における「労働者性」と「使用者性」の齟齬
本日、東京大学の労働判例研究会で、わいわいサービス事件控訴審判決(大阪高判平成29年7月27日)(労働判例1169号56頁)の評釈をしてきました。
本件、既に地裁判決については橋本陽子さんが『ジュリスト』2017年4月号に評釈を書いているのですが、地裁とは逆に原告の労働者性を認めながら、被告との雇用契約を認めないというやや奇妙な判断をしており、かなり突っ込んでみました。
労働判例研究会 2018/5/18 濱口桂一郎
多重請負関係における「労働者性」と「使用者性」の齟齬
わいわいサービス事件控訴審判決(大阪高判平成29年7月27日)
(労働判例1169号56頁)Ⅰ 事実
1 当事者
原告X:Y社から配送業務を請け負っていた者
被告Y:軽車両等運送事業及び引越荷役事業等を行う会社2 事案の経過
・Xは平成24年12月からY社の下請として、自己所有車両を使用して配送業務を行った。この配送業務の多重請負構造はA社→B社→Y社→Xであり、これが請負契約であることは当事者間に争いがない。XはA社の倉庫でB社従業員の指示に従い配送業務を行っていた。配送業務の報酬は走行距離に応じて、B社の請求明細書をもとに15%の帳合料を控除して支払われていた。
・Xは平成25年1月頃、B社従業員からA社の豊中倉庫で、倉庫の内勤業務をやらないかと打診され、同月16日から同業務を開始し、平成27年3月26日まで休みなく従事した。
・この作業は、午後8時から翌日午前8時まで、元請物流会社が発行した注文書の内容に従い、倉庫内にある部品を1カ所に集め(ピックアップ作業)、並行してB社従業員に電話連絡し、当該部品を豊中倉庫から搬出するために必要な車両の手配(車両手配)を行うものであった。倉庫作業に関して、X・Y間に契約(以下「本件契約」という。)が成立していることは当事者間に争いがない。
・勤怠管理はA社の設置したタイムカードに打刻する方法で行われていたが、タイムカードはB社が管理し、Yに提示されることもなかった。
・Xは豊中倉庫の1階から3階までを一人で担当しており、携帯電話を所持するようB社従業員から指示されていた。倉庫作業に当たっては特に休憩時間は設定されておらず、倉庫外に出ることも禁止されていなかった。Xが倉庫作業に従事していた間、Yから勤務時間や業務内容について指示されることは一切なかった。
・Xは、休日が一切取れないことについてA社従業員に対して何度も苦情を言ったものの、Yに対して休日を与えるように申し入れたことはなかった。Xは、Yに来ることもなく、他の従業員との接点もなかった。
・Xは平成26年9月10日以降は配送業務を行わなくなり、倉庫作業のみを行っていた。
・平成27年3月27日、XはYの代表者から、豊中倉庫に行かなくてよいと言われたため、同日以降出勤していない。
・同年4月15日、YからXに対し、①BY間の請負契約が解除されたため、XY間の契約が平成27年3月27日に終了したこと(口頭通知済みだが、念のため書面で通知)、②予備的に、平成27年3月27日付で解雇する旨の通知が行われた。
・Xは平成26年12月2日、枚方公共職業安定所長に対し、雇用保険被保険者となったことの確認請求を行い、同所長は平成27年3月16日、職権で、平成25年3月16日に遡ってXの被保険者資格を確認した。Yはこの確認処分の取消を求める再審査請求をしたが、労働保険審査会は、平成28年9月26日、再審査請求を棄却した。
・日本年金機構理事長は、平成27年4月22日、Xに係る厚生年金保険法及び健康保険法による被保険者資格確認及び標準報酬決定処分をし、これに対しYはその取消を求めて審査請求をしたが、近畿厚生局社会保険審査官は、平成28年5月19日、審査請求を棄却した。
・Xの倉庫作業に関して、Yに対し、北大阪労働基準監督署労働基準監督官は平成27年2月27日、労働基準法違反で是正勧告を、大阪労働局長は平成27年7月30日、労働者派遣法違反で是正指導を行った。
・XはXY間の契約が雇用契約であるとして、本件解雇の無効確認及び割増賃金を含む未払い賃金の支払いを求めて提訴した。
・大阪地方裁判所は、平成28年5月27日、請求を棄却する判決を言い渡した。Xは控訴した。判旨は下記3の通り。
・大阪高等裁判所は、平成29年7月27日、請求を棄却する判決を言い渡した。結論は同じだが、Xの労働者性の判断が大きく変わった。3 原審判決
・「Xは、倉庫業務の内容や遂行方法について、A社及びB社から指示を受けており、Yからは一切指示を受けていない。
そもそも、Yは平成25年2月中旬までの約1ヶ月間、Xが倉庫作業を行っていたことすら把握しておらず、そのことを把握した後も、何ら業務指示も出していないのであり、業務遂行上の指揮監督を認めることはできない。
・・・Xは、Yが自ら雇用したXをB社に派遣していたのであるから、派遣先から指示を受けていれば、派遣元から指示を受けていないからといってXの労働者性は否定されないと主張する。
しかしながら、労働者性の判断に当たっては、契約当事者であるXY間において、YによるXへの指揮監督の有無を実質的に検討すべきであり、YがXに対し、B社やA社の指示に従って業務を行うよう指示していたような特段の事情も認められない。」
・「本件契約は、豊中倉庫における業務を予定しており、場所的拘束は業務の性質上当然生ずるものであるし、勤務時間についても、A社やB社の指示によるものであり、Yの指揮命令によるものではない。
かえって、Xは、B社らと調整さえ行えば、Yの意向と関係なく、勤務時間を自由に変更することやXの代わりの者に倉庫業務を行わせることも可能であったと認められるのであり・・・、このことは、Xの立場が、使用者によって労務提供の時間を指定され、管理されることが通常である労働者の立場とは異なるものであったと評価できる事情といえる。
・・・そうすると、Xによる豊中倉庫における午後8時から翌日午前8時までの就労について、時間的拘束性を認めることはできない。」
・「B社は、倉庫作業をXだけで行わればならないと考えていた訳ではなく、Xは、A社やB社と調整さえすれば、代わりの者に倉庫作業を行わせることで勤務時間を変更したり、休んだりすることが可能であったといえる。
そして、勤務時間の変更や休日の取得については、Yの許可を必要とするものではなく、Xは、業務従事の指示等に対する諾否の自由を有していたと考えるのが相当である。
・・・実際に、Xは、倉庫業務に関し、休日の取得について、A社の従業員とは何度も話をしながら、Yに対しては、休日を与えるよう申入れを行っていない。・・・
・・・さらに、B社がX以外の者が倉庫作業を行うことを許容していたことに照らせば、代替性も認められる。」
・「Xの報酬は、時給計算されており、一定時間労務を提供したことに対する対価といえる。
しかしながら、本件契約に関する報酬は、XとB社との間で取り決められたものであるし、本件契約の締結に至る経緯等に照らせば、報酬が時間給を基礎に計算され、労働の結果による格差がないといった事情を過度に重視することは相当でない。」
・「本件契約は、本件配送業務請負契約を前提として、倉庫業務について新たに締結されたものである。また、B社からYに送付される請求明細書も配送業務に関するものと一体のものとして送付されているし、Yも、Xに対し、配送業務と区別なく報酬を支払い、請求証明書を交付している。
そもそも、本件契約の締結については、Yは一切関与しておらず、締結の事実を把握した後も、B社から支払われる金銭の一部を本件配送業務請負契約における帳合料(手数料)と同様に控除して、残額を支払っているのであり、Yにおいては、本件契約は、本件配送業務請負契約においてB社の指示の下で配送業務をXに請け負わせていたのと同様に、倉庫業務についてもXに請け負わせるものであるとの認識を有していたと認めるのが相当である。」
・「Yにおいては、Xのように倉庫業務を行う従業員はおらず、Yの他の労働者(従業員)の勤務の実態とも異なっている。」
・「上記の各事情に照らせば、本件契約について、XがYの指揮監督下において労働し、その対価として賃金の支払いを受ける旨の雇用契約であったと評価することは困難であり、Xは、労働基準法及び労働契約法上の労働者には該当しないというべきである。」
・(枚方職安所長の)「認定は、雇用保険の被保険者資格の取得に関するものであり、当裁判所の判断を拘束するものではないし、同事実を踏まえても上記判断を覆す事情とはいえない。」
・「したがって、本件契約が雇用契約であるとするXの主張は理由がない。」Ⅱ 判旨
1 Xの労働者性
・「Xは、・・・業務遂行における時間及び場所の拘束を受けていたものである。また、Xは、倉庫作業において、自己の所有する機械や部品を使用することもなく、報酬も時給計算されており一定時間労務を提供したことに対する対価といえるものであった。
そうすると、倉庫作業において、Xは使用者による指揮監督下で労務を提供し、当該労務提供の対価として報酬を受けていたものと認められるから、労働基準法及び労働契約法上の労働者に当たると解される。」
・「Xにおいて、倉庫作業の勤務時間を変更することやXの代わりの者に倉庫作業を行わせることが可能であったとしても、それらは上記各法律上の労働者であることと必ずしも矛盾するものではないから、これらの事実は上記認定を左右しない。」
2 X・Y間の雇用契約関係の存否
・「本件配送業務請負契約が請負を仮装した労働者派遣に当たるものでないことが明らかであって、真正な請負契約であると認められるから、Xが本件配送業務請負契約のもとにおいてYの雇用する労働者に当たると解することができず、本件配送業務請負契約から直ちにXとYとの間の雇用契約の成立を認めることができないことは明らかである。」
・「倉庫作業の開始に当たり、・・・XとYとが、業務内容や労働条件など雇用契約の要素となる事項を協議し合意した事実は何らうかがえず、また、YがB社らにXとの雇用契約締結のための代理権を予め授与した事実も証拠上何ら見当たらない。
そうすると、Xが倉庫作業を開始するに当たって、XとYが、倉庫作業を業務内容とする雇用契約を締結したものと認めることもできない。」
・「他方、・・・XとYとの本件配送業務請負契約が真正な請負契約であることに照らすと、XとB社らが別途雇用契約を締結することが妨げられるものではなく、・・・①XとYが倉庫作業開始時点で同作業を業務内容とする雇用契約を締結したとは認められないこと、②Xに倉庫作業に従事させるべく働きかけたのはB社らであったこと、③倉庫作業の報酬額を決定したのもB社らであること、④倉庫作業に関して、Yが配置を含むXの具体的な就業態様を一定の限度であっても決定しうる地位になかったことに照らすと、・・・労働基準法及び労働契約法上の労働者に該当するXと雇用契約を締結したのは、むしろB社又はA社であると解する余地がある・・・。そうすると、・・・倉庫作業においてXが労働基準法及び労働契約法上の労働者であると認められ、かつ、A社、B社、Y、Xという順次請負関係が存在するからといって、単純にXと雇用契約を締結したのがYであると認定することはできない。」
・「Yは、Xが平成25年1月から、B社らの指揮監督の下に豊中倉庫で労働者として倉庫作業に従事していることを平成25年2月中旬頃に認識できた可能性が全くないとまでいうことはできない。
しかし、仮にYが平成25年2月中旬頃にXが労働者として倉庫作業に従事していることを認識したとしても、そのことから遡及して、Xが倉庫作業を開始した平成25年1月からXとYとの間の雇用契約の成立が認められるものではない。」
・「Yは、終始、倉庫作業におけるXの立場が請負人ではなく労働基準法及び労働契約法上労働者であり、倉庫作業が本件配送業務請負契約とは別個の雇用契約に基づくものであることを正解しておらず、倉庫作業も本件配送業務請負契約に附属するXの事業者としての請負として行われているものという誤った認識をしていたと推認することができる。」
・その他の事情も考慮すると、「Yが請負人と労働者や多重請負と労働者派遣の各相違の法理を適切に本件に当てはめて判断することができずに、上記のような誤った認識をしていたことは無理からぬところといえ、それ自体を不自然ということはできない。」
・「なお、Y代表者が行政官署に対し、倉庫作業がXとの請負契約に基づくものと述べた旨の記録が存在するが、これは上記のような誤った認識のもとに述べられたものであって、倉庫作業が請負契約に基づくものではなく、労働基準法及び労働契約法上の労働者との雇用契約に基づくものに当たるとした場合に、直ちにXとYとの間に雇用契約が成立したことを認める趣旨のものと解することはできず、本件配送業務請負契約とは別個の雇用契約の成否を問題にする以上、これがXとYとの間で締結されたものであるか否かを改めて検討する必要があり、Y代表者の上記の供述から直ちに倉庫作業がXとYの直接の契約関係に基づくものと認定することはできない。」
・「Xは、倉庫作業にかかる作業報酬をYから受領しているが、これはXとB社との間でされた倉庫作業にかかる報酬の支払方法の合意に基づき、B社の支出する金銭がYを介してXに渡されているのであって、Yにおいて独自の計算をしているものではな」いので、「YがB社から帳合料(手数料)としてXの勤務時間1時間あたり100円を受け取っていることを考え合わせても、Yの認識が上記のようなものである以上、これらの事実からYがXとの雇用契約の成立を認めたものと評価することはできない。」
・「Xが倉庫作業の初月分としてB社の支給した報酬額の不満を述べたことを受けて、YがB社に打診し、B社の提示により倉庫作業1時間当たりの報酬額が1100円とされた経緯も、B社、Y、Xという順次請負関係にあるとのYの認識と矛盾するものではなく、かえって、倉庫作業に係る作業報酬額を決定したのがYではなくB社である点は、雇用契約の雇用者であれば発注者と無関係に独自に定めることのできる賃金の決定権がYに属していなかったことを示す事情ともいえるのであり、Yが上記報酬相当額をB社から受領して同額から帳合料を控除してXに交付していたという事情を考慮しても、この点をXとY間の雇用契約の成立を認めるべき事情ということはできない。」
・「他方、B社は、倉庫作業を請負であると認識していたと認められるから、雇用契約の雇用者の地位を意識的にYに引き継がせる意思のなかったことは明らかである。そうすると、いったんXとA社又はB社との間で成立した雇用契約上の雇用者の地位がB社らからYに譲渡されたと解する余地もない。」
・「以上によると、平成25年2月中旬以降においても、Yには、自己がXを雇用する雇用者の地位にあるという認識も、これを他社から引き受けた認識もあったとは認められない。したがって、上記の各事情によっても、平成25年2月中旬以降にXとYとの間に雇用契約が成立したと認めることはできない。」
3 労働者派遣の成否
・「雇用契約は、当事者間の契約の形式にかかわらず成立を認めるべき場合があり、Xが倉庫作業に従事したことが、請負の形式をとったYによる労働者派遣ととらえることができるか否かについて、さらに検討する。」
・「そもそもXは、配送業務に関してYの雇用する労働者ではなかったから、上記法令に照らしても、YがXをB社らの下で本件配送請負契約に基づき配送業務に従事させたことが労働者派遣に当たることはなく、そうすると、その後にXがB社らの下で倉庫作業に従事しても、YがXをB社らの下に労働者派遣したと認めることの形式的前提を欠くというべきである。」
・「また、実質的に検討しても、請負人と労働者は、法律上の取扱いが様々に異なり、そのため注文主と雇用者の責任も大きな相違がある。雇用契約も契約であるから、基本的に雇用者と被用者との間で契約を締結する意思(効果意思)が必要であるところ、元請人、下請人、孫請人と順次、請負契約が成立している状況の下で、孫請人の実態が労働者であるのに下請人との間で請負契約を仮装していたり、下請人において孫請人が元請先で労働者として就労することを予定して孫請人を元請先に差し向けるといういわゆる偽装請負のように下請人が孫請人の雇用者であることを事実上の前提としている場合は別論として、真正な順次請負関係である場合に孫請人が下請人を介することなく元請人の下で孫請業務とは異なる別個の作業に労働者として従事した場合において、下請人の意思とは無関係に、下請人と孫請人との間に雇用契約の成立を認めることは、上記法令の趣旨や労働者の保護を考慮してもなお不当であることが明らかである。そうすると、YがXを本件配送請負契約に基づきB社らの下で配送業務に従事させていたところ、XがYを介することなくB社らの下で配送業務とは異なる倉庫業務に労働者として従事したことによって、Yの意思によらずにXとYとの間に雇用契約が成立することはないというべきである。
したがって、上記法令によっても、Xが倉庫業務に従事したことが、請負の形式をとったYによる労働者派遣ととらえることはできず、他にXとYの間で雇用契約が成立したことを認めるべき法令上の根拠もない。」
4 行政庁の判断について
・「これらの諸判断は、もともとA社、B社、Y、Xの関係が真正な順次請負関係であったことを適切に評価せず、Yが当初からXを倉庫作業に従事させるためにB社らの下に派遣した事案と同種の見立てをしている点で失当であり、・・・採用することはできない」
5 結論
・「XとYとの間に雇用契約が成立したと認めることはできない。」Ⅲ 評釈 反対
1 原審と本判決の違い
原審判決はすでに橋本陽子氏によって評釈され、『ジュリスト』2017年4月号に掲載されている。にもかかわらず、最終結論が同じである本判決を取り上げたのは、原審判決と異なり、Xの労働者性を(正当にも)認めているにもかかわらず、XとYとの間の雇用契約関係を否定するというやや奇妙な判断をしているからである。
原審判決は、労働者性の判断基準と雇用関係が誰との間に存在するのかの判断基準がごっちゃになった粗雑なものであったが、本判決はそれを的確に分けて考察し、労働者性自体については標準的な判断基準に沿って適切な判断を下しているといえるので、ここではこれ以上論じない。
しかし、労働法でいう労働者性とは被用者性のことであり、労働者である以上必ず雇用関係の相手方である使用者が存在する。磁石にS極だけ、N極だけというのがあり得ないように、労働者だけ、使用者だけで存在するということはあり得ない。従って、Xの労働者性を認めるということは、Xに労働者性を与えている雇用関係の存在と、その相手方であるXの使用者の存在を論理的前提としているということである。
にもかかわらず、本判決はYがXの使用者ではないという結論を強調するのみで、では誰がXの使用者であるのかを明示しない。ただ、「Xと雇用契約を締結したのは、むしろB社又はA社であると解する余地がある」と、傍論で曖昧な可能性を示唆するだけである。「解する余地がある」とはどういうことか?「解しない余地も十分ある」ということか?もし、B社やA社をXの使用者と解しないならば、Xは誰かに雇用される労働者であることだけは間違いないが、その誰かは存在しないという、労働者性の定義に反する結論にならざるを得ないが、そういう背理をもたらす可能性を本判決はどこまで意識しているのか不明である。
本件訴えは、XがYのみを相手取って起こした訴訟であるので、訴外のA社やB社の使用者性について明確にいう必要はないということかもしれないが、仮に本判決を受けてXがA社やB社を相手取って訴訟を起こしたとしても、それでA社やB社の使用者性が否定され、「Xと雇用契約を締結したのは、むしろYであると解する余地がある」と傍論で曖昧な可能性を示唆されてしまっては、両判決を併せて使用者の存在しない労働者だけの存在という背理を実現してしまうことになってしまう。
従って、かかる背理の可能性を排除するためにも、Yが使用者でないことを論証するためには、A社ないしB社がXの使用者であることを、少なくなくともYよりはXの使用者である可能性が高いことを論証すべきであった。そういう努力を怠って、Xの労働者性を認めながらYの使用者性のみを否定した本判決は論理的に欠陥を有するといわざるを得ない。
なお、本判決は、職業安定機関、社会保険機関及び労働基準監督機関という3行政機関によるYをXの使用者とする判断を安易に否定しているが、行政機関は裁判所と異なり、Xは労働者であるが誰がその使用者であるかは不明だとか「解する余地がある」といった曖昧な結論でお茶を濁すことは許されず、Xの使用者として労働社会保険料を支払い、使用者責任を果たすべき者を明確にする責務を負っている。かかる責務から逃避したままで、行政機関の判断を表層的に批判して済ませている本判決の態度は無責任といわざるを得ない。2 雇用契約成立の主観的要件
まず、本判決が前提としている事実関係を確認しておこう。
①本件配送業務は真正な請負契約であり、A社→B社→Y→Xという順次請負関係にあった。それに対し、本件倉庫作業は雇用関係であり、Xは労働者性を有する。
②本件倉庫作業においてXを指揮命令したのは(A社ないし)B社であるが、両者間に直接明示の契約は設定されていない。
③本件倉庫作業についてYとXの間に直接明示の契約は設定されているが、Yはそれを本件配送業務と同様の真正な請負契約であると認識し、雇用契約と認識していなかった。
このうち、まず③を抜きにして①と②だけで考えれば、本件倉庫業務について(A社ないし)B社を使用者とする黙示の雇用契約が成立したものと評価しうる状況である。この場合、A社→B社→Y→Xという順次請負関係にある配送業務とは全く別個に、B社から申込みを受けた倉庫業務をB社の指揮命令下に遂行したということになる。
ただし通常の(個人請負という契約形式をとった)黙示の雇用契約と異なるのは、指揮命令者たるB社が(請負代金という形をとった)賃金の支払主体ではなく、Yを通じた(帳合料を控除した)重層的な請負代金の支払の形をとっていることである。
仮に、本件倉庫業務についてXとYの間に直接明示の契約関係が存在せず、従前の本件配送業務に係る請負契約しか存在しなかったとするならば、つまりB社とXが結託してYを騙して、配送業務を続けているという契約形式の下で実は倉庫業務を行っていたとするならば、YはXの倉庫業務における労働者性を認識しうる可能性がなく、真正の請負である配送業務の帳合料を差し引いて報酬を支払っているという認識の下で、それとは全く異なる雇用契約である倉庫業務の賃金支払をその認識なく行わされていたに過ぎないことになろう。そうであるならば、YはB社がXとの間で結んだ黙示の雇用契約の使用者たる地位を(派遣元として)引き受けたことにはならず、認識のないまま賃金支払機関の役割を果たしていたに過ぎないことになろう。
ところが、本件においては原審以来、倉庫作業についてYとXの間に直接明示の契約が設定されていると認定されている。問題は、Yが倉庫作業についても配送業務と全く同様の真正請負関係という法律関係であると認識しているという、いわば法律関係の錯誤をしていたことにある。本件判決は、Yの使用者性を否定する論拠として、この法律関係の錯誤を最大限重視している。
時系列的に見ていくと、平成25年1月、XがB社の指揮命令下で労働者として倉庫作業を開始したときには、Yはそのことを全く認識していなかったが、翌2月には(労働者性に関する法律認識はともかく)その事実(真正請負契約たる配送業務とは別個の倉庫作業に従事しているということ)については認識し得たと認定されている。この事実に対し、本判決は「そのことから遡及して、Xが倉庫作業を開始した平成25年1月からXとYとの間の雇用契約の成立が認められるものではない」と述べており、それはその通りである。しかし問題は、1月まで遡及せずに、倉庫作業従事を認識した2月中旬以降について雇用契約の成立が認められるか否かである。
この点について、本判決がいうのは「Yは、終始、倉庫作業におけるXの立場が請負人ではなく労働基準法及び労働契約法上労働者であり、倉庫作業が本件配送業務請負契約とは別個の雇用契約に基づくものであることを正解しておらず、倉庫作業も本件配送業務請負契約に附属するXの事業者としての請負として行われているものという誤った認識をしていたと推認することができる」というYの法律関係の錯誤が、「無理からぬところといえ、それ自体を不自然ということはできない」という主観的事情に過ぎない。かかる主観的事情は、XY間の雇用契約関係の成立を阻却するであろうか?
一般的に、甲と乙の間で従前真正請負契約で丙業務の労務提供がされており、その後それとは別個に法律的には労働者性を有する丁業務についてやはり請負契約で労務提供がされたという状況がある場合、従前の丙業務が真正請負契約であることは新たな丁業務が黙示の雇用契約であることを妨げるものではない。従前の丙業務が真正請負契約であったことが丁業務の法律的性質を的確に認識することを妨げたことは推測しうるが、だからといって、当事者の誤った主観的認識が法律関係の客観的性質を左右するものではない。おそらくこの点については、本判決は(原審判決と異なり)同見解であろう。それゆえに、やはり同様に本件倉庫作業を請負契約と認識しており、それが雇用契約であるという認識のないA社ないしB社について、B社が指揮命令しているという客観的事実から「労働者に該当するXと雇用契約を締結したのは、むしろB社又はA社であると解する余地がある」と傍論的に述べているのであろう。この場合は、主観的事情が雇用契約の成立を阻却しないことは、本判決も認めている。
問題はそれが三者間関係になったときに、異なる判断をもたらしうるかである。本判決はそのような立場に立っているようである。しかし、B社であれば請負契約であるという主観的認識が重視されることなく客観的要件に基づいて判断されるにもかかわらず、Yであれば請負契約であるという主観的認識が重視されるというダブルスタンダードを正当化するような条件はないと思われる。
必ずしも明確に示されている訳ではないが、文章全体から想像するに、本判決は労働者性の判断自体は主観的要件を重視せず客観的要件を主として判断されるべきものであるが、雇用契約の存否はそれが「契約」である以上、主観的要件を重視すべきであるという考え方に立脚しているのではないかとも思われる。「雇用契約も契約であるから、基本的に雇用者と被用者との間で契約を締結する意思(効果意思)が必要である」と述べているのはその現れであろう。そこから、「請負契約を仮装していたり」「いわゆる偽装請負のように・・・場合は別論として」と、問題がありうるのはすべて当事者が悪意の場合であり、あたかも当事者が善意であれば雇用契約の成立はあり得ないかのような叙述が見られる。しかし、それは労働基準法上の労働者概念と労働契約法上の労働者概念を同一と考える以上、間違った考え方である。仮に両者を別物と考え、労働者性は公法たる労働基準法に基づき当事者の善意悪意にかかわりなく客観的要件で判断されるが、雇用契約の存否は私法たる労働契約法に基づき主観的要件を重視して判断するというのであれば、それはそれで一つの理論としてはあり得る議論であるが、本判決自体が繰り返し「労働基準法及び労働契約法上の労働者」と述べているように、そのような区別をしていない。とすれば、「契約」という言葉が出てきてもそれは私法上の法律概念として当事者の主観的認識を重視して判断されるべきものではなく、客観的要件で判断されるべきであろう(問題は「労働者」「契約」という言葉による違いではない。公法と私法で判断基準を分けるというのであれば、労働基準法上の「労働者」「労働契約」と、労働契約法上の「労働者」「労働契約」で異なるということになる。要は、「契約」という文字面に引きずられるべきではないということである)。
本判決のその後の判断はすべて、Yの主観的認識を根拠に雇用契約の成立を認めがたいということを繰り返している。しかし、B社であれば根拠になり得ない法律的に誤った主観的認識がYであれば根拠になり得るという根本の理由が示されていない。3 三者間労務供給関係における雇用関係の成否
本判決は、三者間労務供給関係について、三者間に同時に成立するものとしてではなく、二者間に予め存在する雇用関係を前提に、その使用者の機能が派遣元と派遣先に分配されるものと捉えているように見える。それは、論理的な分析としてそのように考えることは問題ないが、それをあたかも時系列的な順序と考え、三者間関係が成立する以前に二者間関係たる雇用契約関係が存在していなければ、それを前提とした三者間関係は存立し得ないかのように考えるとすればそれは間違いである。
本判決が「B社は、倉庫作業を請負であると認識していたと認められるから、雇用契約の雇用者の地位を意識的にYに引き継がせる意思のなかったことは明らかである。そうすると、いったんXとA社又はB社との間で成立した雇用契約上の雇用者の地位がB社らからYに譲渡されたと解する余地もない」とか、「そもそもXは、配送業務に関してYの雇用する労働者ではなかったから、上記法令に照らしても、YがXをB社らの下で本件配送請負契約に基づき配送業務に従事させたことが労働者派遣に当たることはなく、そうすると、その後にXがB社らの下で倉庫作業に従事しても、YがXをB社らの下に労働者派遣したと認めることの形式的前提を欠くというべきである」と述べているのは、三者間労務供給関係の成立以前に、時間的に先行して、派遣元と派遣先に分裂する以前の十全たる使用者性を有する使用者と労働者との間の雇用契約関係が存在しなければならないという考え方に基づくものと思われるが、そのような必要は全くない。予めXとA社ないしB社の間に、あるいはXとYの間に雇用契約が存在しなくても、ある一時点で三者同時に三者間労務供給関係が成立することは何ら禁止されていない。三者間労務供給関係の論理的分解は何ら時間的推移を含意するものではない。
ただし、本件の場合、平成25年1月から2月中旬までは、Yはなお倉庫作業の開始を関知せず、従前の配送業務に係る順次請負関係の認識のもとにいたことから、この間についてはXとB社ないしA社との間に客観的要件に基づき倉庫作業に係る黙示の雇用契約が成立し、Yは三者間労務供給関係の当事者ではなかったと解することが可能であると思われる。この場合、先に述べた「YはXの倉庫業務における労働者性を認識しうる可能性がなく、真正の請負である配送業務の帳合料を差し引いて報酬を支払っているという認識の下で、それとは全く異なる雇用契約である倉庫業務の賃金支払をその認識なく行わされていたに過ぎない」ので、「YはB社がXとの間で結んだ黙示の雇用契約の使用者たる地位を(派遣元として)引き受けたことにはならず、認識のないまま賃金支払機関の役割を果たしていたに過ぎない」という説明が適合する。
その場合でも、同2月中旬に(請負であるという誤った法的認識で)Xが倉庫作業に従事していることを了知し、(順次請負であるという誤った法的認識で)帳合料を控除してB社から受け取った報酬をXに交付していたのであるから、客観的にXを労働者とする倉庫作業に係る三者間労務供給関係の当事者になったといわなければならない。
Xを労働者とし、A社ないしB社を指揮命令者とする三者間労務供給関係としては、労働者派遣と労働者供給がありえ、かつそれ以外にはあり得ない。本判決はXの労働者性とA社ないしB社のXに対する指揮命令を認定しているので、本件倉庫作業が(業務請負であれ個人請負であれ)真正の請負である可能性は予め否定されており、Yは派遣元であるか、供給元であるかの二者択一である。XY間に雇用関係が存在し、XとA社ないしB社の間に雇用関係が存在しなければ、この三者間関係は労働者派遣であり、Yは派遣元、A社ないしB社は派遣先となる。XY間に雇用関係が存在しかつXとA社ないしB社の間に雇用関係が存在すれば、この三者間関係は出向型労働者供給である。これに対しXY間に雇用関係が存在せず、XとA社ないしB社の間にも雇用関係が存在しない場合、この三者間関係は本来型労働者供給である可能性が高くなる。ところが本判決は、Xが労働者派遣の主張のみを行い、労働者供給の可能性を何ら主張しなかったからではあるが、労働者派遣の可能性のみを論じ、上述のようにXY間の雇用関係の成立を否定することによって、当該三者間関係の法律的性質をそれ以上吟味していない。もし本判決のいうように、XY間に雇用関係が存在しないにもかかわらず、Xという労働者をA社ないしB社が指揮命令し、かつその対価をB社がYに支払い、そこから名目はともかく一定額を控除してXに支給していたという事実関係が認定されるのであれば、本判決はまさにそう言っているのであるが、この三者間関係は労働者供給以外の何物でもなく、かつ請負という契約形式の元でそれを反復継続してしかも帳合料という名目で利益を上げる営利事業として行っているのであるから、職業安定法の禁ずる労働者供給事業に当たるということにならざるを得ない。ところが、本判決にはそのような認識がほとんど見られない。
実はここは、労働市場法制の理論的に極めて脆弱な部分であり、出向型でない労働者供給の法律関係の説明がやや破綻しかかっているところでもある。職業安定法上の労働者も基本的に労働基準法及び労働契約法上の労働者と変わらないとすれば、労働者性を認めるということは雇用関係の存在とその相手方である使用者の存在を論理的前提としているはずである。ところが行政解釈や通説では、ここを単に、供給元と労働者の関係は事実上の支配関係であり、供給先と労働者の関係は指揮命令関係であると説明している。素直に聞くと雇用関係も使用者も存在しないかのようである。しかし実はそうではない。職業安定法制定以来一貫して認められてきた労働組合による労働者供給事業においては、供給先が使用者であり、供給先との間に雇用関係が成立することを前提に、事業が運営されている。
すなわち、本件三者間労務供給関係をもし労働者供給であると考えるならば、A社ないしB社を使用者であると認定してすべての使用者責任を負わせ、かつ、違法な労働者供給事業であるから、供給元たるYも、供給先たるA社ないしB社もともに1年以下の懲役又は100万円以下の罰金を科されるべき罪を犯していると宣言しなければならないはずである。残念ながら(Xがそのような主張をしていないため)本件判決はそのような論理的帰結には全く思い及んでいないように見える。
とはいえ、このような労働者供給に関する法理論は、労働者派遣法の成立によって極めて例外的な状況下にのみ縮減されたものと考えられる。派遣法成立以前の労働法理論に引きずられがちな論者は、労働者派遣の範囲をできるだけ極小化し、労働者供給の範囲をできるだけ極大化しようとする傾向があるが、原則として違法な労働者供給の中から原則として合法な労働者派遣を概念的に抜き出したという経緯からすると、法律関係の錯誤によって請負であるという誤った主観的認識にあった三者間労務供給関係を客観的な状況に合致する法律関係として再構成する際に依るべき法形式は、その違法性を極端に強調することとなる労働者供給よりも、形式違反の是正にとどまる労働者派遣の方がより適切であると思われる。
やや皮肉なのは、こういう場合により違法性の低い労働者派遣ではなく違法性の高い労働者供給であるといいたがる議論は、労働者側が主張することが多いにもかかわらず、本件ではXも裁判所もその認識が欠落しているために、結果的に労働者の主張を否定する論拠としてより過激な結論につながりうる議論を無意識のうちに展開してしまった感がある。
正直言うと、原告側の弁護士がもう少し裁判官に労働法のあれこれを勉強させるようなことを持ち出すべきだったんじゃないかという思いが残る事件です。
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