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2018年5月10日 (木)

小林美希『ルポ 保育格差』

355593小林美希さんの『ルポ 保育格差』(岩波新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.iwanami.co.jp/book/b355593.html

依然として解消されない待機児童問題.しかし,どこでも入れればいいというはずはない.果たして中でどのような保育が行われているのか.園によって大きな違いがあるのはなぜなのか.さらに,卒園後の学童保育での実態はどうなっているのか? 事実上,保育所は選べないなか,運次第で受けられる保育の質に格差があっていいのか.

岩波新書は私も本を出しているレーベルなのですが、一番老舗で伝統あるものである一方で、ややジャーナリスティックに過ぎるのではないかという感じの本もあったりして、例えば中公新書と比べて評価が難しいところがあります。

この『ルポ なになに』系の本にその傾向がやや強く、週刊誌的あおりが出過ぎじゃないかという感想が湧いたりします。

せっかくお送りいただいたのにけちを付けるようでやや心苦しいのですが、とにかく最初のあおりが正直ちょっとひどいのじゃないかという印象があり、その後の有意義な章を読みながらも、なかなか最初の印象が消えませんでした。

いやもちろん、保育の本として売る上では、その消費者である親の気持ちをあおり立てるのが一番いいのは確かでしょう。でも、第1章で、悪い保育士の行状をこれでもかこれでもかと並べ立て、しかも、これが私が一番違和感を感じたところですが、それを第2章以降の保育所経営者の問題であるよりも、保育士のものの考え方がなってないからだと言わんばかりのストーリーにつなげていくところは、それってモンスターペアレントの主張をあおり立てるブラック企業のロジックと相似形ではないかとすら感じるところがありました。

・・・岸部優子さん(仮名、39歳)は、そろそろ夏休みだという頃、突然、担任から、「お盆は育休中の方は登園しないようご協力してもらってます。そう決まっていますので」と言われ、寝耳に水の状態となった。

二人目の子が生まれたばかり、夫は長時間労働で当てにならず、実家は遠い。頼れる友達が近くに居るわけでもない。産後で体力も回復しないまま、岸部さんは“ワンオペ育児”も同然の状況だ。深夜の頻回授乳や夜泣きで日中は朦朧とする中で、三歳の子を保育所に預けられるからこそ虐待しないですんでいると、日々実感している。そんな事情はまるで無視して、主任まで「働いていないのに子供を来させるなんて、それはないな!保育所は福祉施設ですよ。お盆も登園なんて、なんておこがましいことをいっているんですか」と矛盾したことをいう。「なんとかお父さんに仕事を調整してもらってください」と繰り返し、お盆に休ませようと必死だ。岸部さんは「夫の仕事のスケジュールを保育園に併せろというのか」と、腹立たしくなった。・・・・

いやもちろん、ここで描かれている岸部さんの姿は長時間労働社会日本のあちらこちらに見られるものでしょう。しかし、だからこそそれを、「夫の仕事のスケジュールを保育園に併せろというのか」と一蹴して、その社会的矛盾のツケをすべて保育士に負わせるのが正義であるかのような、あえて言いますが週毎にあおればそれでいい週刊誌的正義感レベルで書かれると、頭を抱えてしまいます。

そこをきちんと、日本社会の矛盾の露呈として捉え、ミクロレベルので薄っぺらな正義感で書かないのが、少なくとも新書本の矜恃なのではないか、と、申し訳ありませんが、私は感じます。

安易にこいつが悪者というわかりやすい敵を作って読者に迎合するのではなく、様々な利害の絡み合いの中で矛盾が深まっているそのありのままの姿を、それをどう解きほぐしたらいいのかと読者に本気で考えさせるような、少なくとも社会問題を取り上げるのであれば、そんな本があるべきすがたではないかと、まあ、私は勝手に思っているので。

ここは人によっていろいろな意見があるところでしょうが、わたしはそう感じました。それがあるからこそ、次の第2章で、保育所の人件費比率の低さ、とりわけ保育者人件費比率の低さを追求していく、そしてその原因として委託費の弾力運用という問題点を指摘する重要な所を読み進めながらも、第1章で見たあのやたらな消費者目線がちくちくしてしまいます。

いや、この第2章で指摘されている論点はすごく大事なことです。朝霞市議の黒川滋さんも登場しています。84ページ以降です。

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コメント

あくまで本論とは関係のない外野席的立場からの感想で恐縮ですが…。とても面白いエントリですね。ジャーナリズム週刊誌とマンスリー新書本の役割の違い、〇〇新書のあるべき姿(新書の矜持⁉︎)、昨今の消費者的個人意識の限りない増大…と。いずれも社会学的興味をそそる論点満載です〜。最近の新書爆発の影響を受けてか、古くからある三大新書もポジショニングやブランドの再確立を図っているように見受けられます。

岩波新書〜「ルポ本」などのジャーナリズムを取り込み、従来の月刊誌読者を狙った幅広い読者層を狙う。

中公新書〜最近は特に「歴史本」を中心に、今も昔もアカデミック硬派路線の品質を維持する。

講談社新書〜人文社会科学中心の現代新書と自然科学(語学なども含む)メインのブルーバックス、両者の明確な「棲み分け」が確立しています。

総じて、マンスリーで硬軟とも色々な種類の新書本が手軽に誰にも読める昨今の出版状況は、少なくとも読む側にとっては「新書天国」といえます。もっとも書かれる側にとっては、いささか競争の厳しすぎる状況かもしれませんが…。

投稿: ある外資系人事マン | 2018年5月11日 (金) 07時03分

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