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通常の労働者@『労基旬報』5月25日号

『労基旬報』5月25日号 に「通常の労働者」を寄稿しました。

全然議論が深まらない同一労働同一賃金ですが、そのコア概念でもある「通常の労働者」について、歴史的にその経緯を探り、問題を提起しています。

 去る4月6日にようやく国会に提出された働き方改革関連法案では、柱の一つである同一労働同一賃金関係の改正として、労働契約法第20条(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)が削除され、同趣旨の規定であるパート法第8条(短時間労働者の待遇の原則)に吸収合併され、若干の修正を加えて短時間・有期雇用労働者に係る「不合理な待遇の禁止」となっています。また、パート法第9条(通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止)や第10条(賃金の努力義務)、第11条(教育訓練)、第12条(福利厚生施設)にも有期雇用労働者が加わります。さらに、労働者派遣法第30条の3(均衡を考慮した待遇の確保)も現行の配慮規定から「不合理な待遇の禁止等」に格上げされることになっています。ただ、改正法の条文をじっくり読んでいくと、この吸収合併により、均等待遇にせよ均衡待遇にせよ、誰と比べるのかという点で微妙な違いが生じていることがわかります。

 現行労働契約法第20条は、「期間の定めのある労働契約」に関する規定の一つです。第18条では反復更新した有期労働契約が期間の定めのない労働契約に転換するのですし、第20条では有期労働契約と期間の定めのない労働契約との労働条件の不合理な格差が問題になっています。対立軸は有期契約と無期契約です。そんなことは当たり前ではないかと思うかもしれませんが、現行パート法はそうなっていないのです。EUのパート指令はパートタイム労働者とフルタイム労働者という対立軸であり、有期労働指令が有期契約労働者と無期契約労働者であるのと全く同型ですが、日本のパート法にフルタイム労働者という概念はありません。あるのは「通常の労働者」という法律用語としていささか意味不明な言葉なのです。

 「短時間労働者」と「通常の労働者」を対立させている現行パート法の規定に「有期雇用労働者」を挿入することにより、現行労働契約法第20条とは異なる土俵に入り込んでしまう可能性があるように思われます。実はそもそも、現行パート法第8条は、2012年の労働契約法第20条に倣って2014年に追加された規定なのですが、そのときからこの両者の規定ぶりの微妙な違いは問題を孕んでいました。それが今回合体されることでより表面化したということもできます。

 しかし、まずはパート法が1993年に成立したときから存在する「通常の労働者」という概念の中身を確認しておきましょう。この時は、第3条(事業主等の責務)の中に、「事業主は、その雇用する短時間労働者について、その就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮して、適正な労働条件の確保及び教育訓練の実施、福利厚生の充実その他の雇用管理の改善(以下「雇用管理の改善等」という。)を図るために必要な措置を講ずることにより、当該短時間労働者がその有する能力を有効に発揮することができるように努めるものとする。」と、努力義務のさらに考慮規定に過ぎませんでした。しかも、この「通常の労働者との均衡等を考慮して」というのは、国会で野党の主張により修正されて付け加わったもので、政府の原案にはなかったのです。制定時の解説書(松原亘子『短時間労働者の雇用管理の改善に関する法律』労務行政研究所)では、「通常の労働者」についてこう解説しています。

 「通常の労働者」とは、いわゆる正規型の労働者をいい、年功序列的な賃金体系のもとで終身雇用的な長期勤続を前提として雇用される者がこれに該当する。具体的には社会通念に従い、当該労働者の雇用形態、賃金体系等を総合的に勘案して判断するものである。その際には、例えば、機関の定めなく雇用される者であって、長期雇用を前提とした処遇を受けるものであるかどうか、賃金の主たる部分を時給により受けるものであるかどうか、賞与、退職金の支給、定期的な昇級又は昇格があるかどうかといったことが判断材料として考えられる。

 見ての通り、これは日本型雇用システムにおいて「正社員」と呼ばれる労働者のことであって、フルタイム労働者よりはずっと狭い概念ですし、無期契約でかつフルタイムであっても中小零細企業では終身雇用も年功序列もいわんや退職金もないような労働者などいくらでもいますから、少なくとも法的概念としては「短時間労働者」の対立軸にするにはいかにもふさわしくないものに思われます。それがこの当時何の疑いもなくまかり通ったのは、日本型雇用システムにおいては成人男子を主とする正社員とその妻や子供からなるパートタイマーやアルバイトという二分法が常識化しており、それ以外の存在が脳裏から失われてしまっていたからとしか言いようがありません。

 ところがその後、バブル崩壊や就職氷河期を経過する中で、それまでであれば正社員就職していたはずの若者たちが大量に非正規労働者として労働市場に流れ出しました。彼らフリーターに対する対策が21世紀に入って政策課題となり、その一環として2007年のパート法改正が行われたことは周知の通りです。この時に第8条として設けられたのが、現在第9条になっている「通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止」です。この規定ぶりは込み入っていてわかりにくいのですが、「通常の労働者」との差別待遇が禁止される短時間労働者をあれこれと限定することによって、逆に「通常の労働者」が何者であるかが浮かび上がってくるようになっています。すなわち、差別してはいけないのは短時間労働者のうち①「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一」であって、②「当該事業主と期間の定めのない労働契約を締結して」おり、③「当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれる」ものです。②は有期と無期の対立軸が入り込んでいますが、重要なのは③です。ここには、日本型雇用システムにおける「正社員」の定義が裏側から規定されているのです。すなわち、職務の内容や配置が定年までぐるぐると変わっていくのが「正社員」なのだと。そうすると、多くの中小零細企業の無期フルタイム労働者は「正社員」ではないことになります。

 もっとも、法律の規定ぶりは裏側からなので、ある企業の無期フルタイム労働者がみんな職務内容も配置も変わらないのであれば、それが「通常の労働者」ということになり、③の要件は意味がなくなります。細かく規定しているようで融通無碍な相対的な概念なのですね。このように矛盾は生じないようにしているとはいえ、制定時からの「通常の労働者」概念を維持するために、大変わかりにくい規定になってしまいました。その後、有期と無期という明快な対立軸の2012年労働契約法ができたにもかかわらず、それと同様の規定を持ち込んだ2014年改正では、やはり短時間労働者と「通常の労働者」という枠組みを維持しています。しかも、この時新第9条から上記②の要件を外しています。有期であっても職務内容や配置がぐるぐる変わるのであれば差別禁止となっていたわけです。そこに、今回有期契約労働者が入ってくるというわけで、この込み入りようは尋常ではありません。しかも、労働者派遣法の改正においても、これまでは「同種の業務に従事する派遣先に雇用される労働者」と素直だったのが、「派遣先に雇用される通常の労働者」になり、職務内容や配置の変更といった要件が入り込んでいます。日本の非正規労働法制は、「通常の労働者」という不思議な概念を中心としたものにほぼ完全に統一されてしまうかのようです。

 ここで話の流れを逆転し、この「通常の労働者」という言葉の由来を法制定以前に遡って探っていきましょう。1989年の「パートタイム労働者の処遇及び労働条件等について考慮すべき事項に関する指針」(告示第39号)でも、「労働条件は、パートタイム労働者の就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮して定められるべき」とあります。1993年制定時の国会修正はこの指針の文言を持ってきたものだったのです。その前の1984年の「パートタイム労働対策要綱」(次官通達)でも「通常の労働者」という言葉が出てきますが、労働条件の明確化や労働時間管理の適正化などが書かれているだけで、処遇の問題は出てきません。同年の労働基準法研究会報告が、「我が国の雇用慣行を背景に、パートタイム労働者の労働市場が需要側、供給側双方の要因に基づき、通常の労働者のそれとは別に形成され、そこでの労働力の需給関係によりパートタイム労働者の労働条件が決定されていることによる」ので「行政的に介入することは適当とは考えられ」ないと述べていたことを反映しています。

 このように「通常の労働者」という用語法は、内部労働市場志向の労働政策の全盛期に、日本型雇用システムの「正社員」を所与の前提とする形で生み出されたものであることがわかります。というのは、それよりもっと以前の政策文書を見ると、パートタイムの対概念は「通常の労働者」ではなくフルタイムだった時代があるのです。1970年の「女子パートタイム雇用に関する対策の推進について」(局長通達)は、「現状では、パートタイム雇用についての概念の混乱が、近代的パートタイム雇用の確立の上で問題となっているので、パートタイム雇用は、身分的な区分ではなく、短時間就労という一つの雇用形態であり、パートタイマーは労働時間以外の点においては、フルタイムの労働者と何ら異なるものではないことを広く周知徹底する」と、大見得を切っています。

 残念ながら、周知徹底するどころか、労働行政自身がパートタイムを「正社員」と身分(雇用区分)が違う存在として位置づけ、労働時間以外の点で大いに異なるものであることを大前提にその後の政策を形成してきたわけです。そして、欧米型の近代的労働市場を志向していた半世紀前の労働行政がその後日本型雇用の維持強化に舵を切り、さらにその後再びEU型の非正規労働政策を徐々に導入する中で、少なくとも有期契約労働については有期対無期というごく普通の対立軸で立法したにもかかわらず、パートタイムについては1980年代以来の「通常の労働者」概念を基軸とする発想が中心のままであり、そして今回、その枠組みに有期や派遣まで巻き込む形で立法が行われようとしているわけです。いったん確立した思考の枠組みというのは、なかなか変わりにくいことがよくわかります。

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