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2018年1月26日 (金)

鶴光太郎『性格スキル』

51m0gr88rl__sx313_bo1204203200_鶴光太郎さんから新著『性格スキル 人生を決める5つの能力』(祥伝社新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

さてしかし、『人材覚醒経済』の鶴さんとこの心理学の本みたいなタイトルがあまり合致しないな、と思う方も多いかも知れません。いや、そういえば『人材覚醒経済』の中に「性格スキルの向上」とかいう章があったなあ、と思い出す方もいるでしょう。

実際、私も前著をいただいたとき、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-0c9b.html

・・・上記目次をみて、1章だけやや他と異なる匂いを醸しているのが第7章の「性格スキルの向上--職業人生成功の決め手」というものです。いやこれ、正直言って、鶴さんがなぜ本書にこうして盛り込んだのかよくわからないのですが。

とコメントしていたのですが、この章を膨らませて一冊にしたのが今回の新著ということになります。

最近の研究では、学力や偏差値のような「頭の良さ」(認知スキル)だけでなく、むしろテストでは測れない「性格 スキル」が人生の成功に影響することがわかっている。
成績が悪くても、人生は挽回可能なのだ。
「性格スキル」にはビッグ・ファイブと呼ばれる5つの要素「開放性」「真面目さ」「外向性」「協調性」「精神的安定性」がある。中でも、「真面目さ」は人生のどの側面にも圧倒的に重要だ。
また、「性格スキル」は「認知スキル」に比べ、大人になっても伸ばすことができる。では、このスキルをいかに して鍛えるべきだろうか?
充実した人生を送るための、必読の書。

前著で違和感を感じたのはある意味当然で、ざっくりいって日本型雇用システムの問題点を指摘し、ジョブ型を推奨する前著の文脈に置くと、この性格スキルの話はかなりベクトルが異なっているのです。

冒頭第1章題2節の「就活の成功は何で決まる?」で、とりわけ文科系の就職で、

・・・しかし、人物といっても、具体的にどのような観点をどの程度評価されているのかが、かなり曖昧であることも事実だ。・・・又、企業側もどのような人物を求めているのかについて、そのイメージを明確かつ具体的に示すことは残念ながらあまりない。・・・

・・・また、成績ではなく人物で選ばれないことは、就活生からすれば自分の人間性を否定されたと考えて落ち込むのも無理はない。なぜダメであったかが分からないまま就活を続けることは、精神的に相当苦しいと言える。

というよく言われる状況を、いわば一刀両断する概念として性格スキルを持ち出してくるのです。

・・・こうした就活生の「もやもや」であるが、実は企業は、試験の成績で計ることのできる認知スキルと計ることのできない性格スキルを、職業生活、人生にとってのいずれも重要な要素と捉えているのではないか。そして、就活生に対してバランスよく評価していると考えれば、これまでの「もやもや」が“目から鱗”のように氷解すると思われる。

で、とりわけ文系の場合有名大学の体育会が就活に強いとか、マネージャー経験者が役に立つとかという話を解き明かしていきます。

このあたり、朝井リョウの『何者』の話であるとともに、本ブログの黎明期に、本田由紀さんと労務屋こと荻野勝彦さんの“論争?”したのにコメントしたことが思い出されます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_384b.html(職業能力ってなあに?)

ともに私の深く尊敬する労働関係ブロガーの労務屋さんと本田由紀先生が、経済産業省の社会人基礎力とか言う訳のわからないものをめぐって論争(までいっていないようですが)されているようです。といっても、どっちもこの経産省の妙な代物を評価しているというわけではなく、労務屋さんの「新卒採用は官能的な要素」という言葉に、本田先生が大変カチンときたということのようであります。・・・

10年以上も昔の回想から現代に戻って、鶴さん、この性格スキル、とりわけビッグファイブと呼ばれる開放性、真面目さ、外向性、協調性、精神的安定性が人生の成功にいかに大事かを論じていきます。

だけど、もちろん『人材覚醒経済』の鶴さん、それだけでは終わりません。本ブログの読者にとって、一番興味深いであろうところが、第4章題3節の「日本的雇用システムにおける性格スキルの位置づけ」です。

日本型雇用システムの特徴を簡単に説明した上で、OJTと転勤の持つ意味をこう説き明かしていきます。

・・・OJTも単に仕事を覚えるだけではなく、特に、若手を鍛えながら、性格スキルを伸ばすプロセスも多分に含まれていたと考えられる。・・・日本的雇用システムの文脈でOJTを語る場合、通常、その企業でしか生かすことのできない企業特殊的なスキルへの投資を促進することが強調されてきた。・・・

・・・しかし、・・・長期雇用を前提としたメンバーシップ型の雇用システムの中では、企業特殊的なスキルがメインであり重要であると勝手に思い込んで、それを前提に議論されていたふしもあるようだ。

一方、OJTで鍛えられた性格スキルは、当該企業だけでなく、他の企業で働く場合でも役立つスキルである。性格スキルを鍛えるという立場からは、OJTの重要性はむしろ依然として高いと言える。

この認識は私も同感です。そもそも企業は自らの言葉では「職務遂行能力」というやや曖昧ながら決して企業特殊的ニュアンスのあるわけではない言葉で表現してきているわけで、それを経済学者が勝手に(自分たちに理解しやすい概念で)企業特殊的スキルとか言ってきただけだと思います。

しかし、この認識は実はなかなか「しんどい」ところがあります。というのは、今働き方改革でそれこそ改革の標的になっている長時間労働とか転勤とかがまさにこのOJTによる性格スキルの向上の最適の舞台装置であったからです。

実際、鶴さんの口からこういう台詞が出てくると、なかなか複雑なものがあります。

・・・それは、長時間労働が若手を鍛えるという側面もあったからだ。精神的・肉体的にギリギリのところに追い込まれる中で責任を持ってやり遂げることがやはり、性格スキルの「真面目さ」の範疇に入る力を伸ばし、自分自身も「一皮むける」経験をしてきたという自負もあるのだろう。・・・

たとえば、「明日の朝までにこの仕事を仕上げてくれ」と部下に命令する。かつては若手を鍛える常套手段であった。急に言われても動揺せず、哲也をしても諦めず、やり遂げられる力を養うという意味合いがあったように思われる。・・・

もちろん、鶴さん自身も旗を振ってきた働き方改革の要請と、これはなかなか相性が良くありません。

・・・それに加え、近年ではブラック企業とかパワハラという言葉が、そうした傾向に拍車を掛けているようだ。若手、部下の性格スキルを鍛えることを念頭に置いても、それが安易にパワハラと解釈される可能性もあるので、上司もそういう指導はやめておいた方が無難だと思っても不思議ではない。・・・

ということで、この節の最後のパラグラフは、こういう新聞記事みたいな感じになるのですが・・・。

・・・ただ、長時間労働や転勤を否定するだけで、他は何も変えないのであれば、それに付随していたメリットも同時に流されてしまう。まさに「産湯とともに赤子を流す」がごとしになってしまう。転勤や長時間労働に頼らずに、企業の中でどう性格スキルを伸ばしていくのか、企業の人事部は大きな課題を突きつけられていると言えよう。

人によっては、火をつけておいてそれかよ、という感想もあるかも知れません。

実はその次の第4節「性格スキルを鍛える職業教育・訓練」では、ドイツ式のデュアルシステムを紹介しています。デュアルはドイツ式ですが、より一般的にはアプレンティスシップとかインターンシップとかという形で、企業に正規に就職する前の段階で職業スキルとともにまさに本書で言う性格スキルを身につける訓練がされているのが欧米諸国であり、それゆえに、とりわけフランスなんかではインターンシップの悪用が人権問題として政策課題になったりするわけですね。日本のブラック企業問題が一段階ずれてしかし本質的には同じような形で起こっているとも言えるわけです。

このあたり、やはり考えれば考えるほど難しい問題が出てきます。

あと、本書が面白いのは所々に鶴さんの肉声が垣間見えることでしょう。小学校時代の遠山啓の『数学入門』との巡り逢いから数学を志し、東大数学科に入った鶴さんを待っていたのは

それまで経験したことのない「異次元の世界」であった。子どもの頃から「伝説」の1つや2つがあるような大天才が集まっていて、熱心に数学を語る姿は自分の理解を超えて「宇宙人」をみているようであった。

そこから人生の方向を転換し、官庁エコノミストを目指す・・・・・。

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コメント

メンバーシップ型雇用が全人格的陶冶に有効であることは事実でしょう。(それを性格スキルという形で分析的に捉えることがどれほど有意義なのかは疑問ですが)

しかし、いつかは潰れる存在でしかない企業がそのような陶冶を行うというのは、単なる思い上がりと言わざるを得ないでしょう。なるほど終身雇用で一生面倒をみるというのならばまだ正当化できようが、現実にはそんなに多くの人間の人生を企業ごときが引き受けることなどできないのだから。

問題は「人間」の居場所を社会のどこに措定するかということでしょう。この点で欧米と戦後日本は鋭い対照をなす。

欧米では労働があまりに非人間的であることが問題であったが、戦後日本ではむしろ労働があまりに人間的であることが問題であった。「人間」の居場所が労働の現場に独占されてしまった。それゆえ欧米の抱える問題を戦後日本は免れたが、別の形で問題が噴出した。ブラック企業はその極端な顕れにすぎない。

この問題に対する私の答えは、「人間」の居場所を多元化するという月並みなものでしかありません。労働現場や家庭に加え、地域や労働組合、学校、趣味のサークルなどに「人間」の居場所を分散させる、「人間」のポートフォリオをライフステージに合わせて絶えず組みなおしていくという手段しか思いつきません。

19世紀以来ずっと議論され、永遠に答えの出ない問題でしょうからねえ。

投稿: 通りすがり2号 | 2018年1月26日 (金) 18時01分

かなり硬質な印象を受けた前著「青本」の中になぜか紛れ込んでいた何とも不可思議な一章が、このたび誰にでも読み易いような新書本として別の出版社からスピンオフしたエッセイ本のようですね。

それにしてもこの用語〜「性格スキル」という日本語は目に余るものがありませんか…。前の青本でジョブ型人材マネジメントの本格導入を説かれていたその著者が、きっとご本人にとっては手軽な余興なのでしょうが、このような毒にもクスリにもならないような心理学エッセイを書いてしまうあたり、色々な意味で期待が大きかっただけに大変残念な感じがします。

この分野をしっかりと学びたい人にはダニエルゴールマンの一連の著作、直近では「FOCUS 集中力」(日経ビジネス人文庫、2017)あたりをお薦めします。やはり、餅は餅屋ですから…。

投稿: ある外資系人事マン | 2018年1月26日 (金) 21時49分

興味本位でハーバードビジネスレビューの本家の記事を読んだりポッドキャストを聞きますが、エモーショナル・インテリジェンスというのが良く言及されます。相手がいる状況で、自分の感情をどううまくさばいて生産的な方向に導くかの話が主だと思います。ここで取り上げられている性格スキルとは
違うようで重なってる気もしてコメントしているのですが、欧米では人材が流動的であるが故に、「今ここ」に集まっているメンバーで最も成果を出せるように、チームビルディングやメンバーのモチベーション向上のためのマネジメントが発達したのに、日本は長期雇用が前提だから、そうしたマネジメントが発達しなかったんではないかと思えてなりません。
若手を追い詰めても辞めないから、追い詰めるやり方しか発達しなかった(それをマネジメントというのですかね)、と。
欧米でも管理職の質はピンキリいるでしょうが、マネジメント雑誌(日本にハーバードビジネスレビューみたいなメディア自体なさそうですが)の記事の傾向を見ると、日本の管理職は真剣にマネジメント研究と向き合える機会が少ないのではないかと思っています。

投稿: ありす | 2018年1月27日 (土) 22時14分

>最近の研究では、学力や偏差値のような「頭の良さ」(認知スキル)だけでなく、むしろテストでは測れない「性格 スキル」が人生の成功に影響することがわかっている。

”IQ(知能指数)よりもEQ(心の知能指数)が大切だ”と言われていたことがありました。


>「性格スキル」にはビッグ・ファイブと呼ばれる5つの要素「開放性」「真面目さ」「外向性」「協調性」「精神的安定性」がある。中でも、「真面目さ」は人生のどの側面にも圧倒的に重要だ。
>、OJTで鍛えられた性格スキルは、当該企業だけでなく、他の企業で働く場合でも役立つスキルである。

企業がOJTで性格スキルを鍛えることが可能なら大学で性格スキルを鍛えることも可能だと思います。しかも性格スキルは業務知識よりも広範囲の企業で役に立つのであれば、業務知識を与える事より性格スキルを伸ばす事を目的とする大学ができるかもしれません(”真面目さ学部”や”協調性学科”等)


>「性格スキル」は「認知スキル」に比べ、大人になっても伸ばすことができる。

全くの素人考えですが、”三つ子の魂百まで”と言われているので大人(近く)になってから性格(スキル)を変える(伸ばす)のは難しいような気がします。


>精神的・肉体的にギリギリのところに追い込まれる中で責任を持ってやり遂げることがやはり、性格スキルの「真面目さ」の範疇に入る力を伸ばし、自分自身も「一皮むける」経験をしてきたという自負もあるのだろう。

私が運動音痴で帰宅部だったせいかもしれませんが、シゴキが華やかなりし頃の運動部のコーチや監督も似たようなことを言っていたような気がします(”うさぎ飛びでグラウンドを10周したり、毎日300球投げこんだりする、精神的・肉体的にギリギリのところに追い込まれる練習をやり遂げることによって選手は「一皮むけて」成長するんだ”等)
精神的・肉体的にギリギリのところに追い込まれる練習をやり遂げ「一皮むけて」大成した選手も多いと思いますが、ギリギリのところに追い込まれて腰や肩を壊して潰れていった選手もいたと思います。
最近の大学の運動部は(例外はあると思いますが)合理的になって、ギリギリのところに追い込む練習をさせなくてもよくなっていると思います。例えば駅伝大会に出るレベルの大学では、練習後の選手の血液(の乳酸量?)を測定して練習量を決定しているそうです。最近の箱根駅伝でブレーキや途中棄権が減ったのは、選手の状態を(監督やコーチの主観ではなく)客観的に把握する大学が多くなったからだそうです。

投稿: Alberich | 2018年1月28日 (日) 23時08分

あ、うっかりリアル書店に買いに行っちゃいました。2/2発売なんですね。

投稿: Dursan | 2018年1月29日 (月) 19時39分

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