エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10の労働関係図書
日経新聞の「エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10」に、本ブログで紹介した労働関係図書が4冊、それも上位に入っています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25140590X21C17A2MY5000/
毎年恒例の「エコノミストが選ぶ 経済図書ベスト10」の結果がまとまった。官民で議論が進む「働き方改革」に関心を持つ選者が多く、雇用や労働の問題を、理論とデータの両面から分析した秀作が並んだ。メガバンクが大規模な人員削減の計画を発表し、金融機関の先行きが不透明さを増す中で、金融を立て直す方法を提言する本が上位に入った。・・・
ということで、堂々の1位に『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』が上がっています、こては本ブログでも多くのPVを集めました。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-f575.html (玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』)
そのものズバリ、聞きたいことをそのままタイトルにした本です。曰く:人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか?
https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766424072/
“最大の謎”の解明に挑む!
働き手にとって最重要な関心事である所得アップが実現しないのは、なぜ?
22名の気鋭が、現代日本の労働市場の構造を、驚きと納得の視点から明らかに。▼企業業績は回復し人手不足の状態なのに賃金が思ったほど上がらないのはなぜか? この問題に対して22名の気鋭の労働経済学者、エコノミストらが一堂に会し、多方面から議論する読み応え十分な経済学アンソロジー。
▼各章は論点を「労働需給」「行動」「制度」「規制」「正規雇用」「能力開発」「年齢」の七つの切り口のどれか(複数もあり)を中心に展開。読者はこの章が何を中心に論議しているのかが一目瞭然に理解できる、わかりやすい構成となっている。
▼編者の玄田教授はまず、本テーマがなぜいまの日本において重要か、という「問いの背景」を説明し、各章へと導く。最後に執筆者一同がどのような議論を展開したかを総括で解題する。
▼労働経済学のほか、経営学、社会学、マクロ経済、国際経済の専門家や、厚生労働省、総務省統計局、日銀のエコノミストなど多彩な顔ぶれによる多面的な解釈は、まさに現代日本の労働市場が置かれているさまを記録としてとどめる役割も果たしている。詳細な目次はこちらにありますので、ご参考までに。
玄田さんの編集なので経済学者がやや多いですが、人事労務管理論の人、労使関係論の人、社会学の人など、それぞれの切り口の違いが面白いです。
経済学系の議論ではやはり、第5章(山本、黒田)や第14章(加藤)が論じている賃金の上方硬直性の原因論が面白いです。
えっ?上方硬直性?そう、景気が悪くなっても賃金が下がらない現象を下方硬直性と呼ぶならば、景気がよくなっても賃金が上がらない現象は上方硬直性ですね。
その原因を、これら論文は下方硬直性にあるといいます。えっ?何のこと?
細かい議論は第14章でされていますが、第5章での表現を使えば、
・・・過去の不況期に賃下げに苦慮した企業ほど、景気回復期に賃上げを控える傾向にある可能性、すなわち「名目賃金の上方硬直性」は「名目賃金の下方硬直性」によってもたらされている可能性があることを指摘する。
という議論です。ちょっとアクロバティックな感じをかもしつつきっちりと経済学的な議論になっていて、とても面白いです。
一方、人事労務管理や労使関係の専門家がこの問題に取り組むと違った側面が見えてきます。
第6章(梅崎)は人材育成力の低下による「分厚い中間層」の崩壊が原因なんだと説きます。企業から見たら、人手不足だけれど本当に欲しい人材がいないからだと。
あるいは、JILPTの西村さんの第13章は、前に本ブログでも若干紹介しましたが、賃金表が変わってきて、積み上げ型からゾーン別昇給表になってきたため、ベースアップしてもそれが後に効果として残っていかなくなっているということを指摘します。
そして社会学の立場から第15章(有田)は、日本の非正規雇用が身分制が強く、生活保障の必要性が正社員との格差の正当化理由だったのに、能力という別の正当化ロジックで都合のよい使い分けがされてきたといいます。これについても、有田さんの本を紹介した時にやや詳しく紹介しました。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-8659.html(有田伸『就業機会と報酬格差の社会学』)
事実認識として結構衝撃的なのは、第4章(黒田)が示す、就職氷河期世代が見事に低賃金のまま今に至ってきているというデータでしょう。
2010年から2015年にきま給の変化を学歴別年齢階層別に見ると、高卒と高専短大卒で35-39歳層、大学大学院卒で35-39歳層ととりわけ40-45歳層でぐっと落ち込んでいるのです。これはつまり上のコーホートよりも低賃金になったということで、就職氷河期世代が被った「傷痕」効果は極めて大きなものであったことが分かります。
ちなみに、この黒田さんの論文は連合総研が昨年11月に出した『就職氷河期世代の経済・社会への影響と対策に関する研究委員会報告書』の黒田論文のサマリーになっていて、そちらから、グラフを引用しておきますね。
http://www.rengo-soken.or.jp/report_db/file/1478760813_a.pdf
他の論文もそれぞれに興味深い議論を展開しています。この問題に関心のある人々にとっては「買い」でしょう。
基本データ 人手不足と賃金停滞 玄田有史・深井太洋
序 問いの背景 玄田有史
第1章 人手不足なのに賃金が上がらない三つの理由 近藤絢子
ポイント 【規制】 【需給】 【行動】
1 求人増加の異なる背景
2 医療・福祉:介護報酬制度による介護職の賃金抑制
3 「人手不足イコール労働力に対する超過需要」ではない可能性
4 名目賃金の下方硬直性の裏返し
5 複合的な要因解明が必要
第2章 賃上げについての経営側の考えとその背景 小倉一哉
ポイント 【制度】
1 賃上げ率と賞与・一時金の動向
2 経団連の主張と主な特徴
3 成果主義の普及
4 経営環境の変化
5 今後も不透明は漂う
第3章 規制を緩和しても賃金は上がらない
――バス運転手の事例から 阿部正浩
ポイント 【規制】 【制度】
1 バス需要の増加と深刻な運転手の人手不足問題
2 バス運転手の仕事と労働市場の特徴
3 バス運転手の賃金構造の変化
4 なぜ賃金水準は下がったのか
5 バス運転手の労働市場の問題か
第4章 今も続いている就職氷河期の影響 黒田啓太
ポイント 【年齢】 【正規】 【能開】
1 「就職氷河期世代」への注目
2 同一年齢で見る世代間賃金格差
(1) 学歴別・性別によるちがい
(2) 雇用形態別の給与額
(3) 給与額増減の要因分解
(4) 「就職氷河期世代」の労働者数に占める割合について
3 「就職氷河期世代」の賃金が低い理由
4 氷河期世代の悲劇
第5章 給与の下方硬直性がもたらす上方硬直性 山本 勲・黒田祥子
ポイント 【行動】
1 下方硬直性によって生じ得る名目賃金の上方硬直性
2 名目賃金の下方硬直性が生じる理由とエビデンス
3 企業のパネルデータを用いた検証
(1) 利用するデータと検証方法
(2) 過去の賃金カットと賃上げの状況
(3) 名目賃金の下方硬直性と上方硬直性の関係
4 日本の賃金変動の特徴と政策的な含意
第6章 人材育成力の低下による「分厚い中間層」の崩壊 梅崎 修
ポイント 【制度】 【能開】
1 「欲しい人材」と「働きたい人材」のズレ
2 「分厚い中間層」の崩壊
3 New Deal at Workのジレンマ
4 企業内OJTの衰退
(1) 長期競争よりも短期競争
(2) 経験の場の消失
5 解決策は実現可能な希望なのか
第7章 人手不足と賃金停滞の並存は経済理論で説明できる 川口大司・原ひろみ
ポイント 【正規】 【需給】 【能開】
1 問題意識――パズルは存在するか
2 企業の賃金改定の状況とその理由
3 労働者の構成変化が平均賃金に与える影響
4 女性・高齢者による弾力的な労働供給
5 労働供給構造の転換点と賃金上昇
6 賃金が上昇する経済環境を整えるために――人的資本投資の強化
第8章 サーチ=マッチング・モデルと行動経済学から考える賃金停滞 佐々木勝
ポイント 【需給】 【行動】
1 日本だけの問題なのか
2 標準モデルから予想できること
3 モデルは循環的特性を再現できるか
4 なぜ賃金調整は硬直的なのか
5 賃金硬直性の帰結と背景
第9章 家計調査等から探る賃金低迷の理由――企業負担の増大 大島敬士・佐藤朋彦
ポイント 【年齢】 【正規】 【制度】
1 世帯の側からの視点
2 世帯主の勤め先収入
3 世帯主の年齢分布
4 高齢化・非正規化の影響
5 増加する賃金以外の雇主負担
(1) 上昇する社会保険料率
(2) 非消費支出比率の上昇
(3) 世帯主の勤め先収入
(4) 1人あたり雇主の社会負担
6 社会保険料率等の引き上げの影響
第10章 国際競争がサービス業の賃金を抑えたのか 塩路悦朗
ポイント 【規制】 【需給】
1 高齢化社会と「あり得たはずのもう一つの現実」
2 パズルは本当にパズルなのか――国際競争に注目する理由
3 イベント分析の対象としてのリーマン・ショック
4 検証1:求職者は対人サービス部門に押し寄せたか
5 検証2:求職者の波に対人サービス賃金は反応したか
6 検証結果のまとめ
7 労働市場で何が起きているのか? 図解
8 今後の課題:なぜ対人サービス賃金は硬直的なのか
第11章 賃金が上がらないのは複合的な要因による 太田聰一
ポイント 【正規】 【需給】 【年齢】
1 原因は一つではない
2 非正規雇用者の増大
3 賃金版フィリップス曲線から
4 誰の賃金が上がっていないのか
5 議論――「世代リスク」にどう対処するか
第12章 マクロ経済からみる労働需給と賃金の関係 中井雅之
ポイント 【需給】 【正規】
1 日本的雇用慣行の特徴から労働需給と賃金の関係を考える
2 労働需給と賃金は必ずしも連動しない
3 需給変動と内部・外部労働市場
4 雇用の非正規化と一般の時間あたり賃金の動向
5 労働市場の課題と労働政策
第13章 賃金表の変化から考える賃金が上がりにくい理由 西村 純
ポイント 【制度】
1 賃金の決まり方
(1) 賃金表
(2) 三つの要素
2 昇給の仕組み(三つの方法)
3 昇給額決定の実際
(1) 「積み上げ型」の賃金表
(2) 「ゾーン別昇給表」の登場
(3) ベースアップ
(4)賃金表変化の背景
4 賃金を上げるために
第14章 非正規増加と賃金下方硬直の影響についての理論的考察 加藤 涼
ポイント 【正規】 【年齢】 【行動】
1 なぜ賃金は上がりにくくなったのか――問題の所在
2 賃金が硬直的な下での正規・非正規の二部門モデル
3 賃金の下方硬直性と上方硬直性
4 人的資本への過少投資と賃金の上方硬直性
第15章 社会学から考える非正規雇用の低賃金とその変容 有田 伸
ポイント 【正規】
1 社会学と国際比較の視点から
2 日本の非正規雇用とは何か
(1) 正規/非正規雇用間の賃金格差
(2) 賃金格差の強い「標準性」
(3) 非正規雇用の補捉方法の特徴
3 なぜ日本の非正規雇用の賃金は低いのか
(1) 格差の正当化ロジックへの着目
(2) 企業による生活保障システムと格差の正当化
(3) もう一つの正当化ロジックと都合のよい使い分け
4 非正規雇用の静かな変容
5 なぜ賃金が上がらないのか――非正規雇用に着目して考える
第16章 賃金は本当に上がっていないのか――疑似パネルによる検証 上野有子・神林龍
ポイント 【需給】 【年齢】
1 上がらない賃金?
2 賃金センサス疑似パネルからみた名目賃金変化率
3 賃金総額の変化の分解
4 結論――上がらない賃金と人手不足傾向の解釈
結び 総括――人手不足期に賃金が上がらなかった理由 玄田有史
あとがき
執筆者一覧
2位も労働関係の本で山口一男さんの『働き方の男女不平等』。これも素晴らしい本でした。経済図書という枠を超え、日本社会のありようを鋭く解剖しています。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-470e.html (山口一男『働き方の男女不平等』)
山口一男さんの『働き方の男女不平等 理論と実証分析』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。ありがとうございます。山口さんは以前の『ワークライフバランス』でも大変ブリリアントな切れ味の分析を示してこられましたが、本書はさらに磨きがかかっています。
http://www.nikkeibook.com/book_detail/13471/
◆先進諸国のなかで、日本の男女平等の度合いが最低ランクなのはなぜか? 学歴の男女差が縮まり、企業が両立支援策を推進しても、なぜなかなか効果が現れず、逆に悪化している指標まであるのはなぜか? 日本を代表する社会学者が日本や海外の豊富なデータと最新の統計分析手法をもとに解明する。
◆分析の結果、現在の「働き方改革」や「一億総活躍社会」の取り組みにとっても示唆に富む、次のような事実が明らかになる。
*「女性は離職しやすく、女性への投資は無駄になりやすい」という企業側の思い込みが、女性活用の足かせとなっている。
*労働時間あたりの生産性が高い国ほど女性活躍推進を進めやすいが、長時間労働が根付く日本では進めにくい。
*管理職割合の男女差は、能力からはほとんど説明がつかず、性別や子供の年齢、長時間残業が可能かどうかが決定要因となっている。
*女性の高学歴化が進んでも、低賃金の専門職(保育・介護・教育など)に就く女性が多く、高賃金の専門職(法律職・医師など)になる割合が著しく少ないため、賃金格差が広がることになっている。
◆著者の山口一男氏は、社会学で世界最高峰の位置にあるシカゴ大学で学科長まで務めた、日本人学者としては希有の存在。黙示は次の通りですが、
第1章 女性活躍推進の遅れと日本的雇用制度――理論的オーバービューと本書の目的
第2章 ホワイトカラー正社員の管理職割合における男女格差の決定要因
第3章 男女の職業分離の要因と結果――見過ごされてきた男女平等への障害
第4章 ホワイトカラー正社員の男女の所得格差――格差を生む約80%の要因とメカニズムの解明
第5章 企業のワークライフバランス推進と限定正社員制度が男女賃金格差に与える影響
第6章 女性の活躍推進と労働生産性――どのような企業施策がなぜ効果を生むのか
第7章 統計的差別と間接差別――インセンティブ問題再訪
第8章 男女の不平等とその不合理性――分析結果の意味することここではちょっと毛色の変わった第1章を紹介しておきます。タイトルから窺われるように、女性が活躍できないことと「日本的雇用制度」(日本型雇用システム)との関係を概括的に考察しているのですが、わたしにとっても大変興味深い議論が展開されているからです。
日本型雇用については、70年代に隅谷・舟橋論争があったことは、労働研究者くらいしか知らないかもしれませんが、山口さんも若い頃はドリンジャー・ピオレの内部労働市場論自体、あるいはロバート・コールの機能的代替物論によっていたそうですが、次第に舟橋の指摘する「日本企業が雇用者のイニシアティブや意志を考慮しないという点は、実はかなり本質的な違いであると思えてきた」そうです。つまり、「無限定な職務内容や不規則な残業要求への従属を課すことによる拘束と高い雇用保障をすることの交換という機能をも持つ」という点ですね。この「無限定性」への着目が、女性の活躍できなさとつながるポイントになるわけです。逆にいうと、そこを無視した機能的代替物論は、男女均等法以前的視座に立った議論だったと言えるのでしょう。
そしてそこから山口さんは、村上・佐藤・公文の『文明としてのイエ社会』論が、日本型雇用が機能的にも欧米と異なる説明になっているとして、彼らが「イエ社会」の特徴としてあげた4つの点について詳しく検討していきます。
村上・佐藤・公文の「系譜性」対「利潤最大化」の対比、そして筆者のいう「報酬の連帯性」対「報酬の個別性」の対比は、ともに機能の違いを意味する。これらの違いはわが国企業の雇用制度・慣行が単に欧米の内部労働市場の機能的代替物とみなすことは出来ないことを意味していると考えられる。そして「報酬の連帯性」は報酬が個人の業績・成果にたいして与えられるべきという規範が存在しないわが国の文化的初期条件の下で可能であった。また村上・佐藤・公文のいう「縁約」が日本企業の特性となったことは、「契約」の内容である「労働と賃金の交換」に加え、「会社という疑似家族のメンバーになること」と「会社への忠誠心」の交換という側面を正規雇用に付与したと思われる。またこのためわが国企業が正規雇用に新卒者を重視し、転職者・離職者を「忠誠心に欠ける者」として軽視する慣行が生まれたと考えられる。
この議論だと、近世以前の「イエ社会」がそのまま現代の日本型雇用に流れ込んだようですが、そこは労働研究者周知の通り、山のような議論があってですね、少なくとも西欧の中世ギルドと近代労働組合の関係以上に、そう簡単に直接のつながりを議論できないと思います。
というか、そのすぐ後で、わたしを引用してこう述べています。
第2点目は労働法学者の濱口が『日本の雇用と労働法』(2011)で展開した「メンバーシップ型(典型的日本企業)」と「ジョブ型(典型的欧米企業)」の対比は構造面(縁約 対 契約、無限定の職務 対 役割分業の明確な職務)での村上・佐藤・公文の日本企業と欧米企業の対比とほとんど変わらないという点である。ただ濱口はわが国の労働関係法が成立時の概念において西洋の法に基づきながら、その適用において日本的雇用メンバーシップ型)の雇用慣行実態に合うよう解釈されてきたという実例の記述を多数提示しており、そこは濱口独自の貢献で、わが国の労働関係法の適用の曖昧さを理解する点でも参考になる。
それに続くのは、日本型雇用の「戦略的合理性」の議論です。戦略的合理性というのは、「一旦ひとつの制度を持つと、他の制度の合理的選択に影響を及ぼすことをいい、伝統の異なる国が合理的制度を持つ近代になっても、異なる制度を持つことの説明として使われることが多い」そうで、経路依存性とも呼ばれるようです。それがなんの関係があるのかというと、
筆者は日本的雇用慣行・制度は戦略的に合理的な一連の制度の選択により出来上がったが、外的条件の変換の中でその均衡の劣等性が顕著になっても、より合理的な制度への変換ができなくなっており、それが日本企業の人材活用を一般的に非合理的にし、その結果女性の人材活用の進展も強固に阻んでいると考えるからである。
もう少し女性政策史に即していうと、日本型雇用を維持するということがあまりにも大前提であったがゆえに、それを揺るがしかねないような男女平等はダメ、で、それまでの男性の働き方のコースにそっくりそのまま女性を入れる形でしか進められなかったため、結局女性の活用も進められなかった、という風に言えるのでしょうか。
もう一つ、第7章で突っ込んで分析されている統計的差別の問題について、最後の第8章の冒頭のアリスとクイーンの会話が抱腹絶倒なので、引用しておきますね。
〔ハートのクイーン〕女性雇用者たちがおる。彼女たちは離職の罰を受けて、賃金をカットされておる。離職がどの程度のコストを生むかはいつ離職するかによるが、まもなく算定されるであろう。そしてもちろん離職は最後にやってくるのじゃ。
〔アリス〕でも、もし彼女たちが離職をしないなら?
〔クイーン〕それは一層良いことじゃ。
〔アリス〕もちろんそれは一層良いことだわ。けど、彼女たちが罰せられるのは一層良いこととは言えないわ。
〔クイーン〕そなたはともかく間違っておる。そなたは罰を受けたことはあるかの?
〔アリス〕悪いことをしたときにはね。
〔クイーン〕それごらん、罰は良いことなのじゃ。
〔アリス〕けど、わたしの場合は罰に値することをまず先にしたのよ。そこが彼女たちとは大きな違いだわ。
〔クイーン〕されど、その罰に値することを、もししないならば、それはなおさら、なおさら、なおさら良いことなのじゃー。
4位に入った『日本の人事を科学する』は、同じくこのベスト10に入っている伊藤公一朗『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(光文社新書)の人事バージョンという趣もありました。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-e56a.html (大湾秀雄『日本の人事を科学する』)
大湾秀雄『日本の人事を科学する―因果推論に基づくデータ活用―』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。ありがとうございます。
http://www.nikkeibook.com/book_detail/32150/
◆働き方改革の実行や、女性管理職の育成、労働生産性アップ、ストレスチェックなど、人事部門は、様々な課題について現状を正確に把握し、数値目標を立てて改善に取り組まねばならなくなった。本書は、多くの日本企業が抱えるこれらの人事上の課題を、データを使ってどのようなに分析し、活用すればよいのかを解説。
◆著者が、株式会社ワークスアプリケーションズや経済産業研究所(RIETI)と連携して行ってきた研究成果を活かし、具体的に、読者が自分の会社で使えるように解説する。
◆女性の管理職育成が候補者を選ぶところから行き詰まってしまうのはなぜか、早期退職者を減らすにはどうしたらよいか、労働時間管理をどのように行えば良いのかなど、具体的にいま日本企業が抱えている問題を取り扱う。この本のタイトルでいうところの「科学する」とは、副題から明らかなように、統計学的なデータに基づく推論です。
読んでいくと、かなり懇切丁寧にデータ分析のやり方を解説していまして、最近話題の伊藤公一朗『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(光文社新書)の人事バージョンという趣もあります。
第1章 なぜ人事データの活用が必要か――人事部が抱える問題
第2章 統計的センスを身につける
第3章 女性活躍推進施策の効果をどう測ったら良いか
第4章 働き方改革がなぜ必要か、どのように効果を測ったら良いか
第5章 採用施策は、うまくいっているか
第6章 優秀な社員の定着率を上げるためには何が必要か
第7章 中間管理職の貢献度をどう計測したら良いか
第8章 高齢化に対応した長期的施策を今から考えよう
第9章 人事におけるデータ活用はどう発展するか
最後に、9位の神林龍さんの『正規の世界・非正規の世界』 については「労働・雇用問題の専門家の間で評価が高かった」というのがまさにそうだろうという感じです。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-9678.html (神林龍『正規の世界 非正規の世界』)
神林龍さんから大著『正規の世界 非正規の世界――現代日本労働経済学の基本問題』(慶應義塾大学出版会)をお送りいただきました。ありがとうございます。本書は神林さんの初の単著にして、日本の労働問題を縦横無尽に分析している名著でもあります。
http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766424829/
なんと言っても版元の宣伝文句が半端ない。
働き方改革の根底に潜む問題を壮大なスケールで展望!
労使自治は“桎梏”か“根幹”か? 著者は現代の労働市場で最も顕著な問題を「正規の世界と非正規の世界の不釣合いな関係」と捉え、
富国強兵からシャッター商店街に至る1世紀余りを労働経済学・数量経済史・法と経済学など多彩なアプローチ・分析手法を用いて概観。
現在から未来へとつながるわが国の働き方のトレンドを展望する渾身の力作!▼私たちは、日々働いている自分たちの労働市場の全体像について、実はあまりよくわかっていないのではないだろうか? この前提からスタートして、現状をより深く理解するために、戦前からの歴史的経緯、ビッグデータを用いた数量分析、「 法と経済学」の視点など、多彩なアプローチを用い壮大なスケールで描き出す!
▼著者はいま数多く存在する労働市場の問題の中で、特に「正規労働と非正規労働の不釣合いな関係」に着目し、その要因、格差の存在、二極化する仕事、自営業の衰退など、まさにわれわれが日々直面しているの解明に正面から取り組んでいる。次世代の労働経済学界の中心的存在の一人である著者、初の単著!
現代日本の労働市場の姿を個別のトピックだけでなく、“全体”として捉えるべく「正規・非正規の関連」を機軸に①日本的雇用慣行成立に至る歴史的経緯、②政府統計等のビッグデータを用いた数量経済史的手法からの分析、③労働法や雇用関係法等「法と経済学」からの視点、といった多彩なアプローチを展開。個人による仕事とは思えない幅広いスケールで、現在の労働市場を描き出す意欲作!目次は下に掲げるとおりですが、何しろ冒頭、『ああ野麦峠』から始まって、女工供給組合の話が延々と続き、そしてILO条約に基づく公共職業紹介事業がいかに地方の抵抗でうまくいかなかったかという話、口入れ屋は身元保証をしてくれるけれども公共はしてくれないからダメだみたいな話が、戦時体制下で国営化している話と、ここまでで2章。
タイトルになっている正規と非正規についても、期間の定めよりも『呼称』が重要というところに、日本の非正規の特徴を見出し、それがむしろ自営業の減少に代わって増えてきたことを示しています。いやいやこの辺りは精密な分析がいろいろされているので、こんな片言隻句で紹介しない方が良いかもしれない。
他にあまり似たような議論を見たことがないのが第7章で、ジョブをさらに分解して、タスクレベルで仕事がどうシフトしてきたかを分析していて、大変興味をそそられました。民主党政権の失政で仕分けされてしまったキャリアマトリックスを活用した分析だという点も重要でしょう。
序 章:本書の目的と構成
第Ⅰ部:制度の慣性
第1章:戦前日本の労働市場への政府の介入
第2章:日本的雇用慣行への展開
第Ⅱ部:正規の世界、非正規の世界
第3章: 正規の世界
第4章:非正規の世界
第5章:世界の掟― “不釣り合い” の要因
第Ⅲ部:変化の方向?――現代の労働市場を取り巻く諸側面
第6章:賃金格差――二極化する賃金
第7章:二極化する仕事――ジョブ、スキル、タスク
第8章:自営業はなぜ衰退したのか
第9章:存在感を増す「第三者」
終 章:現代日本労働経済学の基本問題
最近のコメント