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2017年11月24日 (金)

藤原千沙「「生活できる賃金」をめぐる研究史:労働時間と社会保障の視点から」@『社会政策』第9巻第2号

317306社会政策学会の学会誌『社会政策』の第9巻第2号に、藤原千沙さんの「「生活できる賃金」をめぐる研究史:労働時間と社会保障の視点から」という論文が載っていて、私の関心と見事に対応していたので、思わず一気に読みました。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b317306.html

【小特集1】日本における福祉国家論の再発掘:エスピン-アンデルセン以前
「生活できる賃金」をめぐる研究史:労働時間と社会保障の視点から(藤原千沙)

その昔の社会政策学会は労働と生活全般を対象としていたけれど、1950年代から「社会政策から労働経済へ」と称して、その対象が大企業正社員男性労働者に絞り込まれていき、その男性正規労働者とは即ち「無限定社員」であって、労働時間の限定という発想は希薄で、その結果、生活福祉関係が排除されただけではなく、そもそも労働研究の出発点でもあったはずの労働時間の問題自体が、賃金から切り離されてしまい、「生活できる賃金」とは賃上げ問題だけになり、たとえば母子家庭が生活できる労働時間でその生活できる賃金を稼げるのかという問いが消えてしまった・・・、という、その限りでは学会という研究者内部の問題提起ではありますが、もちろんそれはその間の労働運動の感覚そのものでもあり、労働政策の方向性そのものでもあり、それゆえにそれを反映しての研究者の意識でもあったわけでしょう。

日本の男性正社員たちが追い求めた「生活給」とは、生活時間なき生活給であった。という話が、今ごろになってじわじわとそのツケが回ってきているということなのでしょう。

藤原さんの「おわりに」から:

・・・賃金で生活を引き受ける構造とはなんだったのだろうか。日本の雇用社会は確かに賃金で生活を引き受けてきた。だが労働時間の認識なく、生計費といった貨幣量だけをもって「賃金」と「生活」が語られた結果、労働時間は無限定に供給することを前提に「生活の安定」が実現する矛盾を生み、その矛盾を抱えた働き方は、保育、介護、医療、健康、貧困、少子化など多くの福祉問題を深刻化させた。雇用社会における賃金労働が社会を構成する他の労働とも共存するためには、労働時間の認識が不可欠であり、労働と時間を再編成していく試みは、労働研究と福祉研究をともに視野に入れた社会政策学会としての労働研究の課題の一つであろう。・・・・

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コメント

まあ確かに「生活時間」を削れば「生活費」も削れますでなぁ。

一人もんならなおさら。

投稿: Dursan | 2017年11月27日 (月) 08時05分

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