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« 読書メーターで拙著3つに短評 | トップページ | 雇用型・非雇用型テレワークの労働法政策@『全国労保連』2017年11月号 »

2017年11月29日 (水)

労働時間通算規定の起源(お蔵だし)

大内伸哉さんがアモーレブログで、「労基法38条1項は改正不要」と論じておられますが、

http://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/blog/#_ga=2.80707415.1170981661.1511742479-243460732.1404787917

・・・使用者が労働法上の責任を負うのは,基本的には,自らが指揮命令した範囲においてです。理論的には,その範囲を超えるところまでは責任が及ばないはずです。38条1項は「事業場を異にする」場合にも労働時間を通算するという規定ですが,それを同一使用者における複数事業場のことを指していると解しても,文言上はまったく問題ありませんし,理論的にも正しいのです。むしろ,異なる事業主にまたがった場合にも通算するという行政解釈(昭和23年5月14日基発769号)のほうに無理があります(複数の派遣先に派遣するという場合の通算は,使用者としての派遣元の管理範囲内のことで,認められるのは当然です)。労働者を基準にして判断するという発想はわからないわけではないですが,使用者の責任を過大に認める理論的根拠は薄弱です。しかも行政は,実際上は,複数事業主にまたがる労働時間の通算について取締りなど出来ていないのです。その意味で無責任な行政解釈といえるでしょう。
 労基法38条1項は,行政が誤りを認めて,行政解釈を修正すればよいだけです。これだけのことなら,別に労政審に諮る必要などないのではないでしょうか。

話の筋道はよくわかりますが、そもそもではなぜ戦後すぐにそういう通達を出したのか、そこのところに私は関心があります。

実は、今年2月のWEB労政時報で、その経緯を探った小文を寄稿しています。おそらく、労働法学者でも知らない方が多いのではないかと思われますので、アップからもうだいぶ時間も経ったことですし、何かの参考になればと、お蔵出ししておきたいと思います。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=630

 昨年7月25日付けの本欄で取り上げた「副業・兼業と労働法上の問題」が、その後急速に展開しています。9月27日の第1回働き方改革実現会議の最後において、安倍首相は9項目にわたるテーマを示しましたが、その中に「5番目に、テレワーク、副業・兼業といった柔軟な働き方」が入っていました。その後の同会議では、同一労働同一賃金の問題と長時間労働の是正の問題が主たる論点として取り上げられ、マスコミの注目を集めていますが、10月24日の第2回会議では副業・兼業の問題も取り上げられ、何人かの委員から意見が示されています。
例えば樋口美雄氏(慶應義塾大学商学部教授)は「これを認めるモデル就業規則の策定、あるいは、通算される労働時間における時間外労働の取り扱いなどについて、検討していく必要があるのではないかと思っております」と述べていますし、高橋進氏(日本総合研究所理事長)も「兼業・副業の場合における総労働時間の把握や雇用保険の適用関係など、必要な環境整備について検討して、ガイドラインを示すべきではないかと思います」と述べています。
 これは上記昨年7月の本欄でもかなり突っ込んで解説したことですが、その中で「同じ会社の別の事業場で働いても通算するというのは当然ですが、この条文について労働行政当局はかつてから、事業主を異にする場合も含まれると解釈してきているのです(昭23.5.14基発769)」と述べた点について、なぜ労働行政当局はそんな解釈をしてきたのだろうか、と疑問に感じた方はいないでしょうか。今回は、この他事業主も含めた労働時間通算規定の起源を探ってみたいと思います。
 まず、立案当時、厚生省労政局管理課長として労働基準法制定の責任者であった寺本廣作氏の名著『労働基準法解説』(時事通信社)をひも解いてみましょう。そこにはこういう記述があります。

 事業場を異にする場合は使用者が同一であつても又別人であつても、本法の労働時間制の適用についてはこれを通算する。工場法でも(第三条第三項)同様の規定があつた。使用者が別人である場合、労働者が他の事業場で労働していることを知らなかったときの違反については刑法の犯意に関する一般の原則(刑法第三十八条)が適用される。

 これを読むと、あたかも工場法には事業主が異なる場合でも通算するという明文の規定があったように誤解しかねませんが、そうではありませんでした。工場法3条3項はこういう規定でした。

就業時間ハ工場ヲ異ニスル場合ト雖(いえども)前二項ノ規定ノ適用ニ付(つい)テハ之(これ)ヲ通算ス

 戦後労働基準法の38条とほぼ同じです。工業主を異にする場合であっても通算するとは、少なくとも条文上は書かれていません。では、上記寺本氏の言っていることは嘘(うそ)なのかというと、戦前の労働行政当局の解釈としてはその通りだったのです。
 工場法が成立した後に、農商務省商工局長として工場法の制定施行に携わった岡實氏の名著『工場法論』(有斐閣)には、次のような記述がありました。

 尚(なお)職工カ同一日ニ二箇所以上ノ工場ニ於(おい)テ就業スル場合ニハ、就業時間ハ各工場ニ於(お)ケル就業時間ヲ通算スルコトヲ要ス、…尚数工業主ノ使用シタル時間ヲ合算シ法規違反ヲ公正スル場合ハ其の処罰ニ付稍(やや)困難ナル問題ヲ生スルバアイアルヘシ、今之ヲ詳論スルノ遑(いとま)ナシト雖、要スルニ職工使用ノ時ノ前後如何ニ拘泥セス故意ノ有無ニ依(よ)リ各工業主ニ付決定スヘキモノト信ス

 これは確かに異なる工業主の工場であっても通算するという趣旨ですが、調べた限りではその趣旨の通牒(つうちょう)は出されていないようです。あくまでも立法担当局長の意見としてその著書に書かれているにとどまります。
 さらに、この点については労働行政内部においても意見の変化があったようなのです。工場法の所管が農商務省から内務省社会局に移る前後を通じて本省の工場監督官として活躍した松澤清氏は、1918年に『工場法研究 解釈論』(有斐閣)を、1927年には『改正日本工場法 就業制限論』(有斐閣)を刊行しています。前者では岡氏の名著と同様に「蓋(けだ)シ法文ニハ単ニ工場ヲ異ニスル場合トノミアリテ工業主ノ異同ヲ問ハサルカ故ニ右何(いず)レノ場合ニ於テモ本項ノ規定ノ適用アルヘキモノト解スルヲ正当トス」と述べていたのですが、後者では次のように意見を翻しています。

 其(その)工業主ノ如何ヲ問ハス汎(ひろ)ク二個以上ノ工場ノ異ナル場合ヲ指スヤ将(は)タ同一ノ工業主ノ経営ニ係ル各異工場相互間ニツキテノ場合ノミヲ指スヤ疑ハシ、蓋し理論上ハ二ツノ場合を汎ク指スモノト解スヘキニ似タレトモ(余モ曾(かつ)テ此(この)説ナリシモ)本項ノ解釈トシテハ単ニ同一工業主カ二個以上ノ異ナリタル工場ヲ経営セル場合ノミヲ指スモノト解スルヲ正当トシ茲(ここ)ニ改ムルコトトス

 この問題は、戦前においてもこのように理論的には決着していなかったことが分かります。通牒が出されていないのは、そのような事案が本省に問い合わされることがなかったためでしょうが、そのため、戦後労働基準法が制定されるときには、制定当時の局長名著の記述があまり疑いを持たれることのないまま、解釈通達に盛り込まれてしまったのではないかと思われます。
 もっとも、工場法と労働基準法の違いを考えると、異なる事業主の場合の通算というのは工場法の規定だったからという面もありそうです。
ご承知の通り、戦後の労働基準法が管理監督者を除く原則として全業種の全労働者に対して1日8時間、1週48時間(1947年の制定当時)の労働時間規制をかけたのに対して、戦前の工場法は一定規模以上の工場に働く職工のうち、女子と年少者についてのみ就業時間規制をかけたに過ぎませんし、その水準も制定当時は1日12時間、その後の改正でようやく1日11時間となったに過ぎません。ある工場で12時間近く働いた女工を、別の事業主がまた何時間も働かせるというようなことは、工場法規制が女工の健康確保が主たる目的であったことを考えると、それなりに合理的な判断だったと言えないこともありません。
また、工場法は労働基準法と異なり、硬性の労働時間規制であって、法定就業時間を超えて働かせることは直ちに違法であり、36協定を締結すれば残業できるというわけでもなければ、その場合は割増賃金を支払えという規制もあり得なかったのです。このことからすれば、岡氏の名著の解釈は、把握の困難さを除けばそれほど奇妙なものでもなかったということもできるでしょう。
 逆に、戦後労働基準法の労働時間規制が、36協定によって無制限の時間外労働を可能とするものとなってしまい、制約は時間外割増手当が主であるという風に意識されるようになったことが、工場法時代の解釈を受け継いだ「異なる事業主間の通算」を、いかにも奇妙なものに感じさせるようになったのかも知れません。

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