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2017年11月

2017年11月30日 (木)

学校における働き方改革

世間の関心は北朝鮮のミサイルと日馬富士の引退ばかりのようですが、いやいや目につかないところで重要な法政策課題が動いています。

文部科学省の中央教育審議会の学校における働き方改革特別部会の第8回会合が一昨日開かれ、そこに「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(中間まとめ)[案]」というのが提示されています。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/siryo/1398854.htm

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/siryo/__icsFiles/afieldfile/2017/11/29/1398854_4.pdf

これはなかなか熟読に値する文書です。

政府全体の「働き方改革実行計画」において,いわゆる36協定により定める時間外労働の上限について,臨時的な特別の事情がある場合として労使が合意した場合であっても,上回ることのできない上限を労働基準法で設定することとされている。
36協定については,前述のとおり公立学校の教師には適用されないが,上記の上限基準は,脳・心臓疾患の労災認定基準をクリアするといった健康の確保を大前提として設けられたものであることを念頭に置き,教師についても,勤務時間に関する数値目標を設定する必要がある。
また,公立学校の教師にも適用される労働安全衛生法においては,時間外勤務が一定時間を上回り,疲労の蓄積が認められるものに対して,医師による面接指導等が義務付けられており,教師が疲労を過度に蓄積して心身の健康を損なわないような規定が設けられている。
このような状況を踏まえ,文部科学省は,公立学校の教師の長時間勤務の改善に向け,業務の総量を削減するにあたり,勤務の特殊性にも留意しつつ,勤務時間に関する数値で示した上限の目安を含むガイドラインを早急に検討して示すべきである。

そもそも、私立学校と国立学校の教師はフルに労働基準法が適用されるわけですが、公立学校の教師と雖も原則としては適用されるのだという基本のキを、もう一度確認しようとしているところは評価できます。

こういうことも、ちゃんといわれないと教育界の人はなかなか認識しないでしょうし。

勤務時間の管理については, 厚生労働省において「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29 年1月20 日)が示され,「使用者は,労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し,適正に記録すること」とされている。このガイドラインの適用範囲は「労働基準法のうち労働時間に係る規定が適用される全ての事業場」であることから,国公私立を問わず,全ての学校において適用されるものである。

諸外国におけるシェアリング・エコノミー@『ビジネス・レーバー・トレンド』12月号

201712JILPTの『ビジネス・レーバー・トレンド』12月号が「諸外国におけるシェアリング・エコノミー」という特集を組んでいます。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2017/12/index.html

各国レポート

アメリカ 「雇われない労働」と「元請け下請け関係」――どちらの方向へ進むのか?

イギリス シェアリング・エコノミー従事者の権利をめぐる議論

ドイツ 拡大するシェアリング・エコノミーと対話を通じた政策の模索

フランス シェアリング・エコノミーの拡大と法律上の問題、労働者保護上の課題

中国 「分享経済」の発展と労使関係

海外情報担当

寄稿

シェアリング・エコノミーに関する法的課題

川上資人 東京共同法律事務所 弁護士

シェアリングエコノミー、あるいはむしろプラットフォームエコノミーと呼ばれる就業形態が世界中で急速に拡大している中、米英独仏に中国も加えた5カ国の実情をビビッドに伝えています。

モバイルワークの法政策的課題@『オムニ・マネジメント』2017年12月号

201712日本経営協会の機関誌『オムニ・マネジメント』2017年12月号に「モバイルワークの法政策的課題」を寄稿しました。

http://www.noma.or.jp/noma/omnimanagement/tabid/107/Default.aspx

特集は「新しい働き方の現状と課題-加速するICT活用とテレワーク」で、鶴光太郎さんや私など3人が寄稿しています。

働き方改革とICT・テレワークの徹底活用
慶應義塾大学大学院 商学研究科 教授 鶴光太郎
モバイルワークの法政策的課題
独立行政法人労働政策研究・研修機構 研究所長 濱口桂一郎
モバイルワークと未来の働き方について
社会保険労務士表参道HRオフィス 代表 山本純次
【特別寄稿】
加速するAI革命時代の人材育成とは ~デジタル学習で生涯スキルアップを~

株式会社D2C エデュケーションビジネス部 部長 篠崎功

2017年11月29日 (水)

ここら辺が一挙に胸に落ちた感じがある

Chuko_2久しぶりに『若者と労働』への書評。「本のアプリStand」というサイトで、評者は「天パ太郎」さん。

https://standbk.co/b/%E8%8B%A5%E8%80%85%E3%81%A8%E5%8A%B4%E5%83%8D%20%E3%80%8C%E5%85%A5%E7%A4%BE%E3%80%8D%E3%81%AE%E4%BB%95%E7%B5%84%E3%81%BF%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A7%A3%E3%81%8D%E3%81%BB%E3%81%90%E3%81%99-%E6%BF%B1%E5%8F%A3%E6%A1%82%E4%B8%80%E9%83%8E/82859

ずっと積まれていたのを今更読了。
就活に悩まされた一個人として、「なるほど!」と思わず唸る良書。

筆者は厚生労働省の役人から労働政策研究の専門家になった人。

労働のあり方を、
欧米は特定の仕事に人を割り当てるジョブ型社会、
日本は特定の人に仕事を割り当てるメンバーシップ型社会
と二つに大別した上で分析。

入社というものがどういうものかを分析。
何故、就活に苦しむのか?
どうしてブラック企業が日本にはびこるのか?
といったことを歴史、判例や研究を元に綺麗に説明。

誰しも就活で思ってしまうであろう、
・何故、新卒採用の時に、大学で学んだことではなく、テニスサークルの副幹事長の話をするのか?
・禅問答に近しい自己分析と就活の関係性
・大学の学びの空虚さ
ここら辺が一挙に胸に落ちた感じがある。

ブラック企業の分析に多少言葉が足りなかったり、
いわゆる一般職をもう少し広げた限定正社員の導入による労働政策の見直しが少し楽観的ではないか?と思う部分もあるが、
概ね頷くことばかり。

就活のテクニック本に疑問符をつける人には、是非読んで欲しい一冊。

「ここら辺が一挙に胸に落ちた感じがある」という言葉が嬉しいです。

雇用型・非雇用型テレワークの労働法政策@『全国労保連』2017年11月号

Kaihou1711large『全国労保連』2017年11月号に「雇用型・非雇用型テレワークの労働法政策」を寄稿しました。

http://www.rouhoren.or.jp/kaihou1711idx-large.JPG

前回、今年3月に策定された「働き方改革実行計画」の諸項目のうち、副業・兼業に関わる労働法上の問題について解説しました。今回はそれと同じ節に束ねられている二つの項目を取り上げたいと思います。雇用型テレワークと非雇用型テレワークです。

1 雇用型テレワークをめぐる政策の動向と法制度の課題
(1) 事業場外みなし労働制と在宅勤務
(2) 在宅勤務ガイドラインの見直しとその先の課題
2 非雇用型テレワークをめぐる政策の動向と法制度の課題
(1) 在宅ワークガイドラインとその見直し
(2) 雇用類似の働き方に関する検討

・・・いずれにしても、世界的にシェアリングエコノミーが急拡大し、その下で働く人々をどう扱うべきかに苦慮していることを考えると、拙速は避け、その就労の実態をきめ細かに調査し、どこにどういう問題があるのかを的確に抽出することから、法政策の検討を始めるべきでしょう。

 

労働時間通算規定の起源(お蔵だし)

大内伸哉さんがアモーレブログで、「労基法38条1項は改正不要」と論じておられますが、

http://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/blog/#_ga=2.80707415.1170981661.1511742479-243460732.1404787917

・・・使用者が労働法上の責任を負うのは,基本的には,自らが指揮命令した範囲においてです。理論的には,その範囲を超えるところまでは責任が及ばないはずです。38条1項は「事業場を異にする」場合にも労働時間を通算するという規定ですが,それを同一使用者における複数事業場のことを指していると解しても,文言上はまったく問題ありませんし,理論的にも正しいのです。むしろ,異なる事業主にまたがった場合にも通算するという行政解釈(昭和23年5月14日基発769号)のほうに無理があります(複数の派遣先に派遣するという場合の通算は,使用者としての派遣元の管理範囲内のことで,認められるのは当然です)。労働者を基準にして判断するという発想はわからないわけではないですが,使用者の責任を過大に認める理論的根拠は薄弱です。しかも行政は,実際上は,複数事業主にまたがる労働時間の通算について取締りなど出来ていないのです。その意味で無責任な行政解釈といえるでしょう。
 労基法38条1項は,行政が誤りを認めて,行政解釈を修正すればよいだけです。これだけのことなら,別に労政審に諮る必要などないのではないでしょうか。

話の筋道はよくわかりますが、そもそもではなぜ戦後すぐにそういう通達を出したのか、そこのところに私は関心があります。

実は、今年2月のWEB労政時報で、その経緯を探った小文を寄稿しています。おそらく、労働法学者でも知らない方が多いのではないかと思われますので、アップからもうだいぶ時間も経ったことですし、何かの参考になればと、お蔵出ししておきたいと思います。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=630

 昨年7月25日付けの本欄で取り上げた「副業・兼業と労働法上の問題」が、その後急速に展開しています。9月27日の第1回働き方改革実現会議の最後において、安倍首相は9項目にわたるテーマを示しましたが、その中に「5番目に、テレワーク、副業・兼業といった柔軟な働き方」が入っていました。その後の同会議では、同一労働同一賃金の問題と長時間労働の是正の問題が主たる論点として取り上げられ、マスコミの注目を集めていますが、10月24日の第2回会議では副業・兼業の問題も取り上げられ、何人かの委員から意見が示されています。
例えば樋口美雄氏(慶應義塾大学商学部教授)は「これを認めるモデル就業規則の策定、あるいは、通算される労働時間における時間外労働の取り扱いなどについて、検討していく必要があるのではないかと思っております」と述べていますし、高橋進氏(日本総合研究所理事長)も「兼業・副業の場合における総労働時間の把握や雇用保険の適用関係など、必要な環境整備について検討して、ガイドラインを示すべきではないかと思います」と述べています。
 これは上記昨年7月の本欄でもかなり突っ込んで解説したことですが、その中で「同じ会社の別の事業場で働いても通算するというのは当然ですが、この条文について労働行政当局はかつてから、事業主を異にする場合も含まれると解釈してきているのです(昭23.5.14基発769)」と述べた点について、なぜ労働行政当局はそんな解釈をしてきたのだろうか、と疑問に感じた方はいないでしょうか。今回は、この他事業主も含めた労働時間通算規定の起源を探ってみたいと思います。
 まず、立案当時、厚生省労政局管理課長として労働基準法制定の責任者であった寺本廣作氏の名著『労働基準法解説』(時事通信社)をひも解いてみましょう。そこにはこういう記述があります。

 事業場を異にする場合は使用者が同一であつても又別人であつても、本法の労働時間制の適用についてはこれを通算する。工場法でも(第三条第三項)同様の規定があつた。使用者が別人である場合、労働者が他の事業場で労働していることを知らなかったときの違反については刑法の犯意に関する一般の原則(刑法第三十八条)が適用される。

 これを読むと、あたかも工場法には事業主が異なる場合でも通算するという明文の規定があったように誤解しかねませんが、そうではありませんでした。工場法3条3項はこういう規定でした。

就業時間ハ工場ヲ異ニスル場合ト雖(いえども)前二項ノ規定ノ適用ニ付(つい)テハ之(これ)ヲ通算ス

 戦後労働基準法の38条とほぼ同じです。工業主を異にする場合であっても通算するとは、少なくとも条文上は書かれていません。では、上記寺本氏の言っていることは嘘(うそ)なのかというと、戦前の労働行政当局の解釈としてはその通りだったのです。
 工場法が成立した後に、農商務省商工局長として工場法の制定施行に携わった岡實氏の名著『工場法論』(有斐閣)には、次のような記述がありました。

 尚(なお)職工カ同一日ニ二箇所以上ノ工場ニ於(おい)テ就業スル場合ニハ、就業時間ハ各工場ニ於(お)ケル就業時間ヲ通算スルコトヲ要ス、…尚数工業主ノ使用シタル時間ヲ合算シ法規違反ヲ公正スル場合ハ其の処罰ニ付稍(やや)困難ナル問題ヲ生スルバアイアルヘシ、今之ヲ詳論スルノ遑(いとま)ナシト雖、要スルニ職工使用ノ時ノ前後如何ニ拘泥セス故意ノ有無ニ依(よ)リ各工業主ニ付決定スヘキモノト信ス

 これは確かに異なる工業主の工場であっても通算するという趣旨ですが、調べた限りではその趣旨の通牒(つうちょう)は出されていないようです。あくまでも立法担当局長の意見としてその著書に書かれているにとどまります。
 さらに、この点については労働行政内部においても意見の変化があったようなのです。工場法の所管が農商務省から内務省社会局に移る前後を通じて本省の工場監督官として活躍した松澤清氏は、1918年に『工場法研究 解釈論』(有斐閣)を、1927年には『改正日本工場法 就業制限論』(有斐閣)を刊行しています。前者では岡氏の名著と同様に「蓋(けだ)シ法文ニハ単ニ工場ヲ異ニスル場合トノミアリテ工業主ノ異同ヲ問ハサルカ故ニ右何(いず)レノ場合ニ於テモ本項ノ規定ノ適用アルヘキモノト解スルヲ正当トス」と述べていたのですが、後者では次のように意見を翻しています。

 其(その)工業主ノ如何ヲ問ハス汎(ひろ)ク二個以上ノ工場ノ異ナル場合ヲ指スヤ将(は)タ同一ノ工業主ノ経営ニ係ル各異工場相互間ニツキテノ場合ノミヲ指スヤ疑ハシ、蓋し理論上ハ二ツノ場合を汎ク指スモノト解スヘキニ似タレトモ(余モ曾(かつ)テ此(この)説ナリシモ)本項ノ解釈トシテハ単ニ同一工業主カ二個以上ノ異ナリタル工場ヲ経営セル場合ノミヲ指スモノト解スルヲ正当トシ茲(ここ)ニ改ムルコトトス

 この問題は、戦前においてもこのように理論的には決着していなかったことが分かります。通牒が出されていないのは、そのような事案が本省に問い合わされることがなかったためでしょうが、そのため、戦後労働基準法が制定されるときには、制定当時の局長名著の記述があまり疑いを持たれることのないまま、解釈通達に盛り込まれてしまったのではないかと思われます。
 もっとも、工場法と労働基準法の違いを考えると、異なる事業主の場合の通算というのは工場法の規定だったからという面もありそうです。
ご承知の通り、戦後の労働基準法が管理監督者を除く原則として全業種の全労働者に対して1日8時間、1週48時間(1947年の制定当時)の労働時間規制をかけたのに対して、戦前の工場法は一定規模以上の工場に働く職工のうち、女子と年少者についてのみ就業時間規制をかけたに過ぎませんし、その水準も制定当時は1日12時間、その後の改正でようやく1日11時間となったに過ぎません。ある工場で12時間近く働いた女工を、別の事業主がまた何時間も働かせるというようなことは、工場法規制が女工の健康確保が主たる目的であったことを考えると、それなりに合理的な判断だったと言えないこともありません。
また、工場法は労働基準法と異なり、硬性の労働時間規制であって、法定就業時間を超えて働かせることは直ちに違法であり、36協定を締結すれば残業できるというわけでもなければ、その場合は割増賃金を支払えという規制もあり得なかったのです。このことからすれば、岡氏の名著の解釈は、把握の困難さを除けばそれほど奇妙なものでもなかったということもできるでしょう。
 逆に、戦後労働基準法の労働時間規制が、36協定によって無制限の時間外労働を可能とするものとなってしまい、制約は時間外割増手当が主であるという風に意識されるようになったことが、工場法時代の解釈を受け継いだ「異なる事業主間の通算」を、いかにも奇妙なものに感じさせるようになったのかも知れません。

読書メーターで拙著3つに短評

書評サイトの読書メーターに、ここ数日間に拙著3つへの短評がアップされています。

41mvhocvlまず、若者本や女子本に比べて一番売れ行きの悪い『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)に、Nobu Asaokaさんが、

https://bookmeter.com/reviews/68104120

購入本読了。インターネットやAIの出現で社会環境が激変している中、直面する労働問題の唯一の答えは筆者曰く「長く生き、長く働く」。ぐうの音も出ない正論。日本と欧米諸国との雇用システムの違いを「メンバーシップ型社会」と「ジョブ型社会」と別け、その理由を歴史的な変遷と事例を挙げながら解りやすく解説。複雑怪奇な労働システムの全貌が見えてくる。知的熟練を前提に確立した年功賃金や終身雇用が不安定な今、システム改革を提唱。しかし、医療や年金等の福利厚生も一緒に考えなければならず、一筋縄ではいかない。

「複雑怪奇な労働システムの全貌が見えてくる」との評価、有り難いです。売れ行きが悪いのは、標的にされている当の中高年男性たちが、自分の置かれた状況を正面から直視したくないから読みたがらないからかも。

Chuko若者本の方は、kastroさんが

https://bookmeter.com/reviews/68022677

日本は世界でも稀なメンバーシップ制=特にスキルがなくても人間力で採用する新卒採用制によって主に雇用を維持している。それは欧米のジョブ型=欠員補充制とは違い、若年層の失業率の低く抑える一方で転職のしにくさや企業のブラック化などを招いている。ジョブ型にシフトするにあたり、学生の経験不足、スキル不足が起きることが予想されるが、ドイツのようにデュアルシステムを採用することにより、解決できるはずである。/日本の労働問題を解決するにはまだまだ時間が必要だなぁと思った。

こっちも、今なお同じような議論が繰り返されているようです。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23614550X11C17A1000000/(新卒一括採用の見直しを MIT教授の日本復活論)

https://twitter.com/mohno/status/934926591934599168

メンバーシップ型からジョブ型にすれば、企業は即戦力を求めて新人研修をしなくなり、見込みのない部署は切り捨てられ、格差が拡大し、社会は一層不安定化する可能性が高いわけで、日本にそんな選択ができると思う?

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5一方、女子本にはSAYAさんが、

https://bookmeter.com/reviews/68134614

働く女性を取り巻く難しさを、過去から現代にいたるまで論じて頂けて、ようやくわかった気になっています。理解できたとは言えませんが。日本の社会、根付いている人々の意識、西洋の思想の部分輸入、それらを発端とする給与や労働制度……さらには少子化と高齢化も絡んできて、ひどく複雑な問題になっているのだろうと思います。もう性別の観点で対策を考えるのは難しい気が。近代の変化が激しいので、上司および男性同僚、後輩それぞれとの意識差に気を付けて、また、今後の制度変化を見据えて、自衛はしておかないとと思わされました。

やはり当事者意識が本の売れ行きに影響しているようです。

2017年11月28日 (火)

雇用型テレワークの新ガイドライン案@WEB労政時報

WEB労政時報に「雇用型テレワークの新ガイドライン案」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=710

去る11月20日、厚生労働省の「柔軟な働き方に関する検討会」の第4回会合に、「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン(案)」「自営型テレワークの適切な実施のためのガイドライン(案)」「副業・兼業の推進に関するガイドライン骨子(案)」が提示されました。
これらはいずれも今年3月末の働き方改革実行計画において今年度中に策定するとされていたもので、おそらく大きな変更なく策定されると思われますが、実は後二者については、そのトピックの本格的な検討はその先にあります。すなわち、自営型テレワークについては既に今年10月から「雇用類似の働き方に関する検討会」が開催され、雇用類似の働き方に対する法的保護の必要性を含めて中長期的に検討するため、実態等を把握・分析し、課題整理を行うこととされていますし、副業・兼業についても、おそらく近々に労働社会保険や労働時間管理、健康管理の在り方についての本格的な検討が始まるはずです。
 それに対して、第一の雇用型テレワークについてはさらなる法制度的検討が予定されておらず、今年度発出される新ガイドラインに基づいて来年度以降その周知・普及をしていくということなので、現段階で今までの問題状況をいったん整理しておくことにも意味があると思われます。 ・・・・・

2017年11月27日 (月)

正社員と同職務パートの基本賃金 低いが61.6%@『労務事情』12月1日号

1281680139_p 『労務事情』12月1日号に「正社員と同職務パートの基本賃金 低いが61.6%」を寄稿しました。

今年秋の臨時国会に出す予定だった働き方改革関連法案は解散総選挙のため来年の通常国会に持ち越しのようですが、その柱である同一労働同一賃金が早晩企業に適用されるという見通しに変わりはありません。その中で、去る9月19日に厚生労働省が平成28年パートタイム労働者総合実態調査を公表しました。改正後は有期契約労働者についても均等・均衡待遇が求められることになりますが、現時点でパートタイム労働者についてどの程度均等・均衡待遇が実現しているのかいないのかを確認しておきましょう。 ・・・・

2017年11月24日 (金)

藤原千沙「「生活できる賃金」をめぐる研究史:労働時間と社会保障の視点から」@『社会政策』第9巻第2号

317306社会政策学会の学会誌『社会政策』の第9巻第2号に、藤原千沙さんの「「生活できる賃金」をめぐる研究史:労働時間と社会保障の視点から」という論文が載っていて、私の関心と見事に対応していたので、思わず一気に読みました。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b317306.html

【小特集1】日本における福祉国家論の再発掘:エスピン-アンデルセン以前
「生活できる賃金」をめぐる研究史:労働時間と社会保障の視点から(藤原千沙)

その昔の社会政策学会は労働と生活全般を対象としていたけれど、1950年代から「社会政策から労働経済へ」と称して、その対象が大企業正社員男性労働者に絞り込まれていき、その男性正規労働者とは即ち「無限定社員」であって、労働時間の限定という発想は希薄で、その結果、生活福祉関係が排除されただけではなく、そもそも労働研究の出発点でもあったはずの労働時間の問題自体が、賃金から切り離されてしまい、「生活できる賃金」とは賃上げ問題だけになり、たとえば母子家庭が生活できる労働時間でその生活できる賃金を稼げるのかという問いが消えてしまった・・・、という、その限りでは学会という研究者内部の問題提起ではありますが、もちろんそれはその間の労働運動の感覚そのものでもあり、労働政策の方向性そのものでもあり、それゆえにそれを反映しての研究者の意識でもあったわけでしょう。

日本の男性正社員たちが追い求めた「生活給」とは、生活時間なき生活給であった。という話が、今ごろになってじわじわとそのツケが回ってきているということなのでしょう。

藤原さんの「おわりに」から:

・・・賃金で生活を引き受ける構造とはなんだったのだろうか。日本の雇用社会は確かに賃金で生活を引き受けてきた。だが労働時間の認識なく、生計費といった貨幣量だけをもって「賃金」と「生活」が語られた結果、労働時間は無限定に供給することを前提に「生活の安定」が実現する矛盾を生み、その矛盾を抱えた働き方は、保育、介護、医療、健康、貧困、少子化など多くの福祉問題を深刻化させた。雇用社会における賃金労働が社会を構成する他の労働とも共存するためには、労働時間の認識が不可欠であり、労働と時間を再編成していく試みは、労働研究と福祉研究をともに視野に入れた社会政策学会としての労働研究の課題の一つであろう。・・・・

岡﨑祐司編『老後不安社会からの転換』

314254岡﨑祐司・福祉国家構想研究会編『新福祉国家構想6 老後不安社会からの転換 介護保険から高齢者ケア保障へ』(大月書店)を、編集部の角田三佳さんよりお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b314254.html

「介護の社会化」とは程遠く、ますます「自己責任化」へと向かう介護保険の問題点を整理。近年急展開を遂げる「地域包括ケアシステム」の現在を見据え、介護保険の抜本改革から高齢期ケア保障へと向かう展望を示しだす。

この「新福祉国家構想」のシリーズ、だいぶ前に続けて刊行されていて、その時特に私にも関心の高い『失業・半失業者が暮らせる制度の構築』を興味深く読ませていただいたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-eeb1.html

今回の本の中身は、

序 高齢期のケア保障へ――私たちの改革プラン(岡﨑祐司)

第Ⅰ部 高齢期のケアを保障しえない介護保険――歴史と現在
第1章 「介護保険一七年」の軌跡と政府の改革構想(林泰則)
 補論 高齢期のケアと地域保健――「社会的入院」の解消と本人が望むケアの実現に向けて(末永睦子)
第2章 地域包括ケアシステムという、地域への責任転嫁と動員体制
  1 「我が事・丸ごと」地域体制の押し付けと介護保険改革(岡﨑祐司)
  2 新しい総合事業の問題点(中村暁)
第3章 介護保険財政の仕組みと現状(横山壽一)
 補論 介護における保険原理主義の破綻――低所得、無貯蓄高齢者の急増(後藤道夫)

第Ⅱ部 高齢期ケア保障の確立へ
第4章 地方自治としての地域ケアシステムとその政策(岡﨑祐司)
第5章 地域ケアシステムにおける医療・福祉・居住(岡﨑祐司)
第6章 ケアのナショナルミニマムの確立へ(末永睦子)
第7章 高齢者ケアの財政論――介護保障のために(横山壽一)
第8章 介護保障につなぐ制度改革(林泰則)

おわりに 福祉国家ビジョンのなかでの介護保障(後藤道夫)

というもので、ただちにコメントするだけの蓄積はないのですが、社会保険における保険原理というものをどう考えるのかというのはなかなか難しいということを感じました。

2017年11月23日 (木)

安西愈『多様な派遣形態とみなし雇用の法律実務』

08473e26359a8f42a79f577ded91e585169 安西愈さんより新著『多様な派遣形態とみなし雇用の法律実務――派遣・請負・業務委託・出向・協業等、労働契約申込みみなし制度の問題――』(労働調査会)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.chosakai.co.jp/publications/19738/

実態は労働者派遣でありながら、請負等の名目で派遣を受け入れる違法な「偽装請負」とならないよう、派遣と請負等との適正区分の解釈・運用、実務対応について詳解。また、多様な形態をとる派遣、出向、アウトソーシングなどの実例を挙げながら、適法に運用するための具体的な対応についても触れている。平成27年に施行された「労働契約申込みみなし制度」に関して今後起こり得る問題、裁判実務にも詳細に触れ、派遣契約書等のモデルと解説も盛り込んでいる。

いやいや、そんな生易しいものではなく、下の目次を見ればわかるように、およそ考えられるありとあらゆる問題について実務的観点から詳細な議論を展開している派遣の百科全書的な本です。

第1部 労働者派遣と多様な利用形態をめぐって
 第1章 労働者派遣法の意義と展開
 第2章 多様な労働者派遣の形態と労働者派遣法の適用上の問題
第2部 労働者派遣と請負・業務委託、労働者供給をめぐって
 第1章 労働者派遣と請負・業務委託等をめぐる問題
 第2章 「労働者派遣事業と請負事業との区分告示」をめぐる問題
 第3章 業務請負・業務委託契約書例と解説
 第4章 労働者派遣と出向との区別をめぐる問題
 第5章 いわゆる二重派遣的形態をめぐる問題
第3部 派遣先、発注者への「労働契約申込みみなし」の適用をめぐって
 第1章 派遣先等への「労働契約申込みみなし」制度とは
 第2章 「労働契約申込みみなし」の対象行為をめぐって   
 第3章 脱法目的の偽装請負契約による派遣受入れをめぐって  
 第4章 「労働契約申込みみなし」への労働者の承諾をめぐって
 第5章 承諾により成立する直接雇用の契約内容
 第6章 派遣元等との労働契約が無期雇用の場合の「労働契約申込みみなし」の適用をめぐる問題
 第7章 派遣先等の派遣法違反についての善意無過失の立証をめぐる問題
 第8章 都道府県労働局長による「労働契約申込みみなし」に関する行政指導をめぐって
第4部 最新労働者派遣法対応の派遣に関するモデル契約書例と解説

偽装請負の場合の労働契約申し込みみなしについても、たとえば元の請負契約の予定期間が終了した後には、派遣先との正式な労働関係に直すために「雇い替え」する必要があるなど、なかなかふつうそこまで考えが及ばないようなことまで書かれています。

 

2017年11月21日 (火)

日本の雇用システムの課題@『計画行政』第40巻第4号

Keikakugyousei『計画行政』第40巻第4号に「日本の雇用システムの課題」を寄稿しました。

この雑誌、日本計画行政学会という学会の学会誌で、この号の特集が「岐路に立つ労働政策を考える」というものだったのですね。

ここにはまだアップされていないようですが、

http://www.japanpa.jp/3_/3_1/

特集に論説を寄せているのは、私を含めて以下の5名です。

21世紀型の労働政策-20世紀型からの大胆な転換を 阿部正浩

日本の雇用システムの課題 濱口桂一郎

経済政策と雇用システム 石水喜夫

2010年代における日本の外国人労働者政策の急変-1990年体制はなぜ崩れたのか 倉田良樹

働き方改革の議論と労働政策決定の課題 安藤至大

まあ、大体この筆者はこういうことを言うだろうな、という論説です。一つだけ気になったのは、倉田さんの論文で、2010年代に外国人労働者政策が急変したというのは、事実上単純不熟練概念をなし崩しにした受入れが進んだのは確かですが、とはいえ法的言説のレベルではいまなお1990年体制が厳然と存在していて、それこそ技能実習制度は現実がいかにかけ離れたものになっているといえども、いまなお技能移転のためという建前で運営されているし、その他もろもろ、「急変」とか「崩れた」という評価はいかがなものかと感じました。

「解雇無効の原点」@『労基旬報』2017年11月25日号

『労基旬報』2017年11月25日号に「解雇無効の原点」を寄稿しました。

 去る5月31日、厚生労働省の「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」が報告書を公表しました。この報告書は労働局あっせん、労働委員会あっせん、労働審判など現行の個別労働関係紛争解決システムの改善についてもかなりの紙数を割いていますが、世間の注目はもう一つのトピックたる解雇無効時における金銭救済制度の提案に集中しました。同報告書は、政治的配慮から使用者申立制度の選択肢を排除し、労働者申立のみを認めるとしています。しかしそのことが却って問題をもたらしています。
 この問題のネックは政策論としての対立にあるだけでなく、それよりもむしろ法律構成上の困難さにあります。過去2回(2003年、2005年)の検討がうまくいかなかったのは、現行訴訟制度の枠内で解雇が無効であるとする判決を要件とする金銭救済の仕組みには一定の限界があるからです。つまり、それは使用者申立に親和的な構成であり、労働者申立のみを想定する制度には適合しないのです。そこで、それとは異なる法的仕組みを工夫しています。
 一つは解雇を不法行為とする損害賠償請求の裁判例を踏まえた仕組みですが、やはり損害賠償請求と金銭を支払った場合に労働契約が終了するという効果を結びつけることは論理的に困難という結論です。そこで、実体法に労働者が一定の要件を満たす場合に金銭の支払を請求できる権利を置くというやり方を提示しています。問題を訴訟法から実体法の領域に移すことで打開を図ろうというわけです。
 この場合、権利の発生要件として、①解雇がなされていること、②当該解雇が客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないこと、③労働者から使用者に対し、一定額の金銭の支払を求めていることが、法的効果として①金銭の支払請求権が発生し、使用者に金銭の支払義務が発生し、②使用者が一定額の金銭を支払った場合に労働契約が終了することとなります。この金銭のことを「労働契約解消金」と称しています。
 こうした複雑な仕組みを考案しなければならないそもそもの原因は、不当解雇(客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇)を無効とするところから出発せざるをえないところにあります。世界的には不当解雇を無効とした上で、解消判決というテクニックを使って金銭解決を可能としているドイツのような国もありますが、フランスやイギリスなど多くの国は必ずしも不当解雇を全て無効とはせず、無効でない(つまり有効な)不当解雇に対して金銭補償を義務づけるというやり方をとっています。日本でなぜそういうやり方が取れないのか、といえば、現行労働契約法第16条の前身である2003年改正労働基準法第18条の2で、それまでの判例法理をそのまま法文化するという建前で「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定したからです。しかし、この定式化は逆にいうと、有効な解雇は全て客観的に合理的な理由があり社会通念上相当と認められるということになりますが、そんなにきれいに分けられるのでしょうか。現実の解雇事例を見ればどっちもどっちの事例が山のようにあります。
 日本の判例法理において不当な解雇が無効であるのはなぜなのか、という問題意識を持っている人はあまりいないようですが、解雇に係る裁判例を歴史的に遡って調べてみると、どうも旧労働組合法時代の不公正労働行為制度の在り方にその原因があったようです。・・・・・

労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。

昨日、厚労省の「第4回柔軟な働き方に関する検討会」が開かれ、雇用型テレワーク、自営型テレワーク、兼業・副業のそれぞれのガイドライン案が提示されたようです。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000185391.html

中身は大体想定の範囲内、というか、既に3月の働き方改革実行計画にそう書かれていたのをそのままなぞるようなものですが、このうち今後極めて重要な自営型テレワークについては、むしろその中長期的な課題としての法的保護の話は別の「雇用類似の働き方に関する検討会」の方でじっくりと検討されていくことになるはずです。

で、いろいろと話題になっているのは兼業・副業についてで、公労使それぞれからいろいろと異論が出たようですね。ここに提示された「モデル就業規則の改定の方向性(副業・兼業部分)」というのが、こうなっています。

○ 労働者の遵守事項における副業・兼業に関する規定(「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」)を削除のうえ、以下の規定を新設する。

(副業・兼業)
第65条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に、会社に所定の届出を行うものとする。
3 第1項の業務が第11条第1号から第5号に該当する場合には、会社は、これを禁止又は制限することができる。

ガイドライン案を見ると、現行法制を前提にした書き方になっていて、実行計画に書かれていた雇用保険、社会保険、労働時間管理や健康管理、労災保険給付の検討はとりあえず先送りということのようです。

もう少し実体的な制度の検討までやるのかと思っていましたが、今回は「兼業・副業いいよっ!」と笛を吹くだけのようです。笛を吹くだけで踊るかどうかはいささか疑問ですが、上記諸制度の見直しは本気でやり出すとかなり時間がかかるであろうことも確かなので、とにかく実行計画の工程表に書かれているとおり、今年度はガイドラインとモデル就業規則だけなのですね。労働法を専門とする委員としては、あまり面白くない検討会だったかも知れません。神吉さんにしろ、小西さんにしろ、労働法学者として、具体的な法制度設計のために呼ばれたと思っていたでしょうから。

2017年11月18日 (土)

ジョブ型社会のHR学部

Murata リクルートのワークス研究所のコラムに、村田弘美さんが「人事のプロを養成する「HR学部」が無い日本の高等教育~欧米ではどのように“人事”を育成するのか~」というエッセイを書かれているのですが、

http://www.works-i.com/column/works03/murata02/

欧米の人事部で働く人たち、HR関連の専門職に就く人たち。ジョブ型の国ではどのような専門教育を受けているのだろうか。日本の人事とは何が違うのだろうか。・・・

欧米では、人事関連職を養成するための「HR関連学部」「HR専攻」や「ビジネス学部」があり、仕事に必要な基礎知識、例えば、会社組織、労働法、コンプライアンス、労働経済、労使関係、人材採用、リーダーシップ、メンタルヘルスなどを学ぶ(図表1)。

・・・また「HR関連学部」のインターンシップでは、例えば低学年時、高学年時に、企業の人事部や職業キャリアに関連する企業などで、実務経験を積む。欧米ではインターンシップが卒業後の就職先に直結することが多いためで各校とも力を入れている。例えば、サンディエゴ大学では3年時、4年時に自分の興味のある企業に勤める登録メンターに1日8時間付いて、職場見学やジョブ・シャドウイング、会議への参加、就業のサポートなどを行っている。

・・・例えば、米国の高等教育機関でHRマネジメントの学位(学士号)を提供する大学は290校、大学院は修士コースで153校、博士コースは25校と多い(2017年)(図表2)。

いや、それこそがまさにジョブ型社会というものであり、「HRできる人はいますか?」というのが求人というものであり、「はい、わたしはHRの訓練を受け、資格を持っています」というのが求職というものであるという、ジョブ型社会の常識通りの姿になっているというだけのことなわけです。

メンバーシップ型社会の日本では、人事労務といえどもまったく同様にメンバーシップ型の枠組みの中にあるので、入社するまでは(法学部や経済学部で断片的にかじったりはしても)総合的には訓練を受けることはなかったことを、入社後に上司や先輩にたたかれながらOJTで必死に習い覚えて身に着けていくので、HR学部や学科などというものはほとんど存在しなくてもいいわけです。

なので、村田さんがいくら

・・・ただ、多くの企業には人事関連の仕事があり、欧米の「HR学部」ようにHRやビジネスの「学びの場」と企業の「現場」とが密接に関係しているものは非常に少ない。日本的雇用慣行の中では、採用後に人事ローテーションをしながら経験する職業の1つという位置づけでは専門教育はあまり必要とされないのかもしれない。しかし、卒業後、「新卒者」としての職業能力の差は明らかに異なる。長い100年人生のうちの数年のことかもしれない。しかし、どの国が人的資源の豊かな国であるか、職業プロフェッショナルという観点でみると、「人事」という職業では他国に遅れをとっているように感じている。

と訴えても、肝心の企業の人事当局が自分たちの仕事を受け継ぐべき若者の養成を得体のしれない大学のHR学部なんかに任せようなどと思う可能性は絶無に近いということになるわけですね。

 

2017年11月17日 (金)

川口大司編『日本の労働市場』

L16512 川口大司編『日本の労働市場 経済学者の視点』(有斐閣)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641165120?top_bookshelfspine

第一線の研究者が,重要な研究をバランスよく紹介し,分析手法について丁寧に解説したうえで,まだ明らかになっていない問題を提示し,課題解決のための政策対応を模索する。働くことの未来を考えるためのヒントに満ちた一冊。

帯には「労働経済学研究への最良の招待状」とありますが、いやむしろ、優れた労働経済学者による日本型雇用システム論であり、非正規労働論であり、様々な労働政策分野の政策論が大部分を占めています。

序章 社会経済環境の変化と今後の労働市場の課題(川口大司)
第1部 労働市場と技能形成
第1章 日本的人事の変容と内部労働市場(大湾秀雄・佐藤香織)
第2章 労働契約・雇用管理の多様化(玄田有史)
第3章 人的資本と教育政策(佐野晋平)
第2部 労働市場における課題と政策対応
第4章 地域経済が抱える課題と労働市場(太田聰一)
第5章 高齢者雇用の現状と政策課題(近藤絢子)
第6章 女性活躍が進まない原因(原ひろみ)
第7章 移民・外国人労働者のインパクト(神林龍・橋本由紀)
第8章 障がい者雇用を取り巻く現状と課題(坂本徳仁・森悠子)
第9章 失業保険政策(酒井 正)
第10章 貧困問題と生活保護政策(勇上和史・田中喜行・森本敦志)
第3部 労働経済分析のフロンティア
第11章 エビデンス・ベースの労働政策のための計量経済学(小原美紀)
第12章 労働経済理論(川田恵介)
第13章 労働経済学における実験的手法(佐々木勝・森知晴)
第14章 労働経済学における行動経済学的アプローチ(大竹文雄)
終章 社会の課題に労働経済学はどのように応えるのか?(川口大司)

私の個人的関心からすると、第1章の大湾・佐藤論文が労働経済学からの日本型雇用システム論として、第2章の玄田論文が正規・非正規論として、冒頭から興味深いものでしたし、第2部の各章は私が法政策の視点から検討してきた各領域を違う観点から分析していて、やはりとても面白かったです。中でも、酒井さんの第9章が、私も安易に使っていた失業保険におけるモラルハザードという概念に注意を喚起していて、大変勉強になりました。

 

 

高橋幸美/川人博『過労死ゼロの社会を』

Karoushi 高橋幸美/川人博『過労死ゼロの社会を―高橋まつりさんはなぜ亡くなったのか―』(連合出版)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://rengo-shuppan.on.coocan.jp/bunyabetu/bunka/bunkashokai/karoushi.html

「いつも全力で生きていたまつり。 全てを語り尽くすことはできませんが、まつりの生きた証のためにこの本を書きました。どうかまつりを忘れないでください。」(高橋幸美)
「まつりさんは、眼前に富士山を眺望する小高い墓地で、いま静かに眠りについています。わずか24年でその生涯をとじた彼女の死を悼み、決してこのよ うなことが繰り返されてはならないとの決意をこめて、出版することにしました。」(川人博)

昨年から今年にかけての長時間労働是正への法政策を、ある意味で天の上から駆動していたとも言えなくはない高橋まつりさんのお母さんと川人弁護士の共著。

まえがき

口絵(在りし日のまつりさん)

第一章 高橋まつりさんはなぜ亡くなったのか(川人博)

第二章 まつりと私の二十四年(高橋幸美)

第三章 電通に対する十の改革提言(川人博)

第四章 過労死ゼロの社会を(川人博)

巻末資料
・高橋まつりさん年譜
・手記(高橋幸美)
・誓いの言葉・英文コンテスト受賞作(高橋まつり)
・電通との合意書(第1~第5の全文)

川人さんの部分はいつもの川人節ですが、本書はおそらくお母さんによるまつりさんへの祈念の書なのでしょう。口絵は14ページにわたって、赤ちゃん時代から幼児の時代、かわいらしい小学生時代、中高生時代、大学生時代、そして電通時代と、彼女の短い人生のアルバムになっていて、それが第2章と対応しています。

2017年11月16日 (木)

『情報労連REPORT』11月号は「非雇用」特集

Dn782eiuqaep7n1『情報労連REPORT』11月号が届きました。今号の特集は「非雇用のいまとこれから」です。

http://ictj-report.joho.or.jp/special/

以下の通り、大変充実したラインナップになってます。

労働契約と請負契約の違いは?非雇用型就業の法的ポイントを知る 長谷川聡

「非雇用型」を促進する安倍政権政策決定の背景を読み解く 上西充子

プラットフォームビジネスに潜むリスク仕事の請負・細切れ化のキケン 管俊治

条例制定と組織化で労働環境を改善アメリカ労働運動の新潮流 高須裕彦

請負労働者の組織化をどうする?職種・業種を核に相互扶助の強化を 遠藤公嗣

フリーランス当事者が協会を設立企業と個人の対等なパートナーシップをめざす 平田 麻莉

安さ優先が翻訳にも悪影響発注者側の品質意識が低下 高橋さきの

「年収100万円未満」個人請負アニメーターの現実 現場で働くアニメーター

広義のフリーランスは1122万人年収や労働時間は?

歴史から見る「雇用によらない働き方」 金子良事

最後の金子さんの歴史論の向こうを張るわけではありませんが、今日の非雇用化への動きを見ていると、ここ100年、あるいはイギリス産業革命から考えればここ200年くらいの「雇用労働化」の流れがもしかしたら逆転し始めたのかも知れないという気もします。

実を言うと、ここ数十年くらいの非正規労働に関する議論は、パート、有期、派遣と雇用労働の範囲内に視野が集中していましたが、それ以前に遡ると、雇用だか非雇用だかわからないような就業形態が結構あちこちにいっぱいあって、不完全就業、あるいは潜在失業といった文脈で結構議論されていたりするんですね。

麻野進『最高のリーダーが実践している「任せる技術」』

9784827210835麻野進さんより『最高のリーダーが実践している「任せる技術」』(ぱる出版)をお送りいただきました。

http://pal-pub.jp/?p=4627

リーダーが仕事を抱え込むやり方では、自分もチームも自滅するだけで、業績は上がらない。効率最優先の時代にリーダーに求められるのは、仕事のやり方を変える意識改革です。本書は、働き方改革・休み方改革実現のカギをにぎる、管理者・リーダーのための、部下に仕事を任せるスキルとコツを解説。例えば、仕事を振っても拒否するわがまま社員への任せ方はどうしたらいいのか。面倒なことはやりたがらない社員に任せて責任を持たせるコツ。意見も言わず、提案もせず、いつも目標達成ができない指示待ち社員への任せ方等々、あらゆるタイプの部下への上手な任せ方を解説。

昔に比べてプレイイング・マネージャーが増え、上司が仕事を抱え込むという現象が指摘されるようになっている今日、なかなか目の付け所の良い本という感じです。

麻野さんの本は過去2回紹介していますので、そちらもどうぞ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/51-adbb.html(麻野進『「部下なし管理職」が生き残る51の方法』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-8ea2.html(麻野進『部下に残業をさせない課長が密かにやっていること』)

2017年11月15日 (水)

労働に目覚めた元赤軍派議長

元赤軍派議長の塩見孝也氏が亡くなったというニュースが流れていて、

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171115/k10011224341000.html

元赤軍派議長で、昭和45年のよど号ハイジャック事件の首謀者として実刑判決を受けた塩見孝也さんが14日夜、心不全のため都内の病院で亡くなりました。76歳でした。

本ブログでかつて取り上げたある記事を思い出しました。

それは、産経新聞のやや揶揄的な記事をとりあげたものですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d14f.html (赤軍派議長@シルバー人材センター)

 「この年になって、ようやく労働の意義を実感している。39歳のひとり息子も『親父がまともな仕事をするのは初めてだ』と喜んでいます」

うーむ、左翼運動に半世紀をつぎ込んで、今になって「ようやく労働の意義を実感」ですかね。いままでは地に足のついていない革命運動だった、と。

>塩見さんは「要するに、僕のこれまでの生涯は、民衆に奉仕するというより、民衆に寄生してきたのです。奉仕されるばかりで、自前の職業的労働すらしてこなかった。これは情けないことで、よく生きてこられたなとも思う。だからこそ、自己労働を幾ばくかでもやり、本物の革命家になりたいと思うわけです」。

今頃そういうことを言われても・・・。

労働の意義を実感したのがシルバー人材センターだった、というのが、いろんな意味で面白かったので・・・。

Kakumeibaka_1 あと、こんなエントリもありました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-9191.html (塩見孝也『革命バカ一代 駐車場日記』)

・・・しかし人生の大部分を革命運動に打ち込んできた塩見さんが70代になって人生ではじめて取り組んだのが「労働運動」であったというのは、いろいろとものを考えさせます。

若森章孝・植村邦彦『壊れゆく資本主義をどう生きるか』

12295201711091706561_2 若森章孝・植村邦彦『壊れゆく資本主義をどう生きるか――人種・国民・階級2.0』(唯学書房)を著者のおひとり若森章孝さんよりお送りいただきました。

https://www.yuigakushobo.com/cont11/main.html

深刻化する世界的な分断と排除の根源にはナショナリズム/レイシズム/階級問題がある

若森さんのお手紙によると、20年以上前に出されたバリバールとウォーラステインの『人種・国民・階級』のアップデート版という趣旨とのことです。

目次は次の通りですが、各章とも論文と対談から構成されています。

プロローグ 日本社会はどこに向かうのか
第1章 新自由主義と自由、民主主義
第2章 国民/ナショナリズム
第3章 人種/レイシズム
第4章 階級/階級闘争
第5章 「資本主義の終わり」の始まりとオルタナティブ
エピローグ 三つの危機に応えられない資本主義

いくつか心に引っかかった点は、第1章の対談で、若森さんが「私もEUをプラスに描き出しすぎてきたことを反省しています」と語っていて、基本的には市場統合のプロジェクトであるEUにおける「ソーシャル・ヨーロッパ」が金融危機以降のプロセスでほぼ完全に金融原理に抑えられたことへの思いがにじみ出ています。

03414171 若森さんの前著『新自由主義・国家・フレキシキュリティの最前線』については、4年前に本ブログで紹介しておりました・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-b31e.html

レギュラシオン派の経済学をベースに、近年のEUの労働社会政策、とりわけフレクシキュリティや移動型労働市場の動向を分析されている若森さんの、過去10年以上にわたるモノグラフをまとめた本です。

第2章、第3章は植村さんの大変ブリリアントな整理をベースに、とてもスリリングな議論が展開されていって、大変面白く読めました。

85_559 ちなみに、植村さんの『市民社会とは何か』がとても面白かったので、自主的に本ブログで紹介したこともありました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-a130.html (特殊日本的リベサヨの系譜)

あえてわたくしの関心に引き付けすぎた物言いをしてしまえば、イギリス流の「シビル・ソサエティ」でもなければドイツ流の「ビュルガーリッヒ・ゲゼルシャフト」でもない(にもかかわらず、それらそのものだと信じ込んで拵えあげた)、はっきり言えば戦時中の「暗い谷間の時代」に日本のインテリゲンチャが勝手に脳内で膨らませた妄想に過ぎない「しみんしゃかい論」という代物の、そして戦後高度成長期になっても依然としてそれを膨らませ続けたその脳内妄想ぶりをこれでもかこれでもかといじめ抜くように露呈せしめている本です。
高島善哉、内田義彦、平田清明といった、著者にとっては師匠筋に当たる人々の脳内妄想ぶりをここまであからさまに書くというのは、わたしにはよく分かりませんがなかなかすごいことなのではなかろうかと想像されます。

 

 

2017年11月14日 (火)

『長時間労働対策の実務』労務行政

6639_m労務行政研究所編『長時間労働対策の実務 いま取り組むべき働き方改革へのアプローチ』(労務行政)をおおくりいただきました。ありがとうございます。

https://www.rosei.jp/products/detail.php?item_no=6639

まあ、これも、今ごろ働き方改革一括法案が成立していることを当然の前提として進められた出版企画なんでしょうね。

労働生産性向上のための有効な打ち手とは?

「なぜわが社の時間外は減らないのか―」

業務改善、労基署対策、 勤務間インターバルなど、長時間労働削減につながるノウハウを紹介!

多角的視点から、自社の長時間労働対策を検討する上で最適な1冊!

前半の解説編の執筆陣は充実しています。

【Ⅰ解説編】

●働き方改革の実現に向けた政府の取り組み

内閣官房働き方改革実現推進室内閣参事官武田康祐

●企業における長時間労働対策の実務

つまこい法律事務所弁護士佐久間大輔

●行政指導から見る労働時間管理の適正化

北岡社会保険労務士事務所社会保険労務士(元労働基準監督官) 北岡大介

●“時間外労働削減につなげる”業務効率化のアプローチ

産業能率大学総合研究所研究員 安藤紫

●働き方改革実行計画を契機とした人材マネジメント変革

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株) マネージャー 小川 昌俊/コンサルタント 小山厚郎

おなじみ元監督官社労士の北岡さんは、労基署の監督指導に付いて詳しく解説しています。

後半の事例編は次のような会社です。

Ⅱ 事例編】

JXTGエネルギー/コニカミノルタ/ JTBグループ/丸井グループ/ 野村総合研究所/リクルートスタッフィング/KDDI

2017年11月11日 (土)

丸山眞男をひっぱたいた人々

かなり長期にわたって閉鎖されていた大原社研のサイトがめでたく復活したようで、大原社研雑誌も読めるようになったようです。

https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/

https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/images/oz/contents/707%EF%BD%A5708_06.pdf

その9/10月号に載っている加瀬和俊さんの「失業対策史研究を振り返る」という講演録は、戦前の失業対策事業、失業保険の試みなどの研究史を振り返って語っていて、『労働法政策』でも取り上げてテーマで興味深いのですが、その最後のあたりに出てくるトピックが、たぶん多くの人にとっては結構「へぇへぇ」なのではないかと思われ、ちょっと引用しておきます。

それは、「6 補 足―徴兵制と失業問題」というタイトルの短い一節で、加瀬さんが今から25年前に東大の社研雑誌に書いた論文の内容なのですが、戦前の日本は徴兵制とはいいながら、実際に兵隊にとられる人の割合は意外に少なかったようなのですね。

・・・その結果,20歳になった男子は全員が徴兵検査を受ける義務はありましたが,実際に兵役の 義務を課せられる者は明治の初めは同世代男子の約3%,満州事変時点でも15%程度にとどまりま した。このため徴兵検査に合格し,抽選によって入営させられることになった20歳の青年たちは 他の大部分の青年が職業生活を継続しているにもかかわらず,職場をやめて軍隊に入らなければな りませんでした。職業軍人とは異なって徴兵された者には賃金は支給されず1930年代でも1か月 に5円程度の小遣いが与えられるだけでしたから家に賃金を入れられないのはもちろん,逆に仕送 りをしてもらう者も少なくありませんでした。徴兵を終えて彼らが労働市場で職を探さなければな らなくなった時,22~23歳の男子を採用してくれる企業は多くはありませんでしたから,特に1930 年前後の恐慌期には除隊者の多くが失業者にならざるをえませんでした。今日の韓国のように同年 輩者の大半が徴兵されるのであれば労働市場は除隊後の23歳前後での再就職を前提に編成される でしょうが,同年齢者の85%が兵役に行くことなく勤続年数を伸ばしている日本では,新規採用 の場を見つけなければならない除隊者については,よほどの人手不足の産業でない限り,彼らを新 規採用の対象者とは見てくれませんでした。高小卒で見習いとして工場に雇われた少年が企業内で 養成されて20歳代半ばに熟練工になっていくという方式が定着している下で,20歳時点でキャリ アの中断されてしまった者を新たに雇用することは企業にとって賢い選択ではなかったのです。

 昭和恐慌期の制度についていえば,除隊兵は訓練した戦闘技術と忠誠思想を失わないために予備 役(陸軍では5年4か月,海軍では4年)とその後の後備役(陸軍では10年,海軍では5年)に 順次編入され,その間は毎年簡閲点呼に召集されるとともに,勤務演習として1年に1回を限度と して陸軍は35日以内,海軍は70日以内召集される可能性がありましたし,もちろん戦争が起これ ば召集されて戦地に行かなければなりません。こうした継続される義務によって欠勤が多くなるこ とが予想される労働者を雇用することは企業の好むところではなかったため,除隊者の多くは労働 市場の下位に位置付けられ,日雇労働者とならざるをえない者も少なくなかったと想定されます。

 この問題は平時であれば,除隊して思うような職業を見出せない者が「徴兵を逃れられればもっ と充実した職業生活が送れたのに」と諦めるだけで済んでいたのかも知れませんが,現実には日中 戦争以降の兵力総動員体制の下でその問題性が顕在化してしまったと解釈されます。すなわちアジ ア・太平洋戦争の拡大によって兵力動員が順次拡大され,最終的には満40歳までが徴兵の対象に なったのですから,20歳の時点では首尾よく徴兵を逃れることのできた85%の若者・中年者の大 半が未教育兵として入営させられることになったわけです。その時,兵営のなかで日常的に生活と 訓練の指導役となったのは,20歳の時点で入営した後下層労働者として働いていた時に召集され て再び入営することになった者たちが多かったはずです。この結果,平時における二年兵の初年兵 に対する制裁措置とは社会的意味の異なる制裁が,徴兵によってキャリアを中断された者の被害者 意識に支えられて広まっていたように感じられます。

丸山眞男をひっぱたきたいという話は、もっぱら社会階層論的な文脈でとらえられてきましたが、こういう背景事情を脳裏に置くと、「20歳の時点では首尾よく徴兵を逃れることのできた85%の若者・中年者」に対する「20歳の時点で入営した後下層労働者として働いていた時に召集され て再び入営することになった者たち」の恨みを考慮する必要がありそうですね。

兵隊にとられたためキャリアの空白が生じてしまった戦前版「年長フリーター」、あるいはむしろ当時の年齢感覚から言えば「中年非正規」の人々。

まあ、それなるがゆえに、戦前期の労働政策として「入営者職業保障法」なんてものが作られたりしたわけですね。

・・・こうした徴兵者の不利益について国家は知らなかったわけではありません。1931年,満州事変 が起こった年に,除隊兵の失業問題が無視できないとして入営者職業保障法が作られました。兵士 の不満・不安をお金をかけずに解消するには企業に再雇用を義務付ければ良いという発想にもとづ いて,除隊兵が入営前に勤務していた企業に再就職を希望した場合には企業はそれを受け入れなけ ればならないという趣旨の法律です。とはいえ企業の雇用の自由を縛ることは困難であり,この規定は常時雇用者50人以上の企業にだけ適用される罰則のない訓示規定として立法化されるにとど まりました。

 

 

2017年11月 9日 (木)

大内伸哉『雇用社会の25の疑問 <第3版>』

325266大内伸哉さんより『雇用社会の25の疑問 <第3版>』(弘文堂)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.koubundou.co.jp/book/b325266.html

あなたはこの知的挑発に応えられるか!?

 7年ぶりに全面リニューアルした待望の改訂版。労働法に関する身近な疑問を、法的なルールや統計をふまえ明快に解説し、さらに深く考えさせてくれる労働法入門書です。第3版では、第2部を「基本的なことについて深く考えてみよう」から「政策について考えてみよう」と改め、「第12話 ジョブ型社会が到来したら、雇用システムはどうなるか」をはじめ、時代の変化に対応した新テーマを多く取り上げています。雇用ルールが変革するいま、労使必読の教養書です。

というわけで、本人もブログで言っていますが、「第3版」というより「新版」といった方がふさわしい内容になっています。

目次は下にコピペしておきますが、第1部はそれでも第2版とあまり変わらぬ項目ですが、第2部はむしろ労働法政策論の全面展開といった趣に一変しています。

なにしろ、第2部の冒頭が「第12話 ジョブ型社会が到来したら、雇用システムはどうなるか」ですからね。

拙著を引きつつ、ジョブ型とメンバーシップ型を説明し、そもそも正社員とはを論じ、共同体的な関係を示し、そこから職務限定の労働契約は可能かを問い、日本型雇用システムに職務給は合わないと断じ、しかし今後ジョブ型社会が到来するかと示唆し、ジョブ型時代の雇用政策はどうなるかを考える・・・という(これは見出しを適当に並べただけですが)内容です。

そういう意味では、「第14話 正社員と非正社員との賃金格差は、あってはならないものか」も「第15話 女性活躍の推進は、本当に法律でやるべきことなのだろうか」も、もとになる章は第2版にもありましたが、中身は昨今の政策展開を受けて全面的に書き換えられています。これはもう「第3版」ではありませんね。

ついでに言えば、「第20話 ホワイトカラー・エグゼンプションの導入は、なぜ難しいのか」は、労働法政策としての議論自体よりも、やや近年の政治動向に対する床屋政談的な記述が多い感じがしました。いやもちろん、アベノミクスがリベラルかどうかはそれ自体面白いテーマですが。・・・と思ったのですが、実は、大内さんとしてはこの章は労働時間規制や解雇の金銭解決自体を論ずる章ではなかったようです。

第1部 日頃の疑問を解消しよう
第1章 労働者の疑問

 第1話 労働条件の決定おける「合意原則」とはどのようなものか
 第2話 社員は、会社の転勤命令に、どこまで従わなくてはならないのか
 第3話 社員の副業は、どこまで制限されるのか
 第4話 会社が違法な取引に手を染めていることを知ったとき、社員はどうすべきか
 第5話 労働者には、どうしてストライキ権があるのか
 第6話 公務員は、どこまで特別な労働者なのか

第2章 会社の疑問
 第7話 会社は、美人だけを採用してはダメなのであろうか
     ―採用の自由は、どこまであるか
 第8話 会社は、どのようにすれば社員を解雇することができるか
 第9話 会社は、社外の労働組合とどこまで交渉しなければならないのか
 第10話 会社は、社員のSNSにどこまで規制をかけてよいのか
 第11話 会社は、なぜ社員のメンタルヘルスに配慮しなければならないのか

第2部 政策について考えてみよう
 第12話 ジョブ型社会が到来したら、雇用システムはどうなるか
 第13話 労働法は、なぜ個人自営業者に適用されないのか
 第14話 正社員と非正社員との賃金格差は、あってはならないものか
 第15話 女性活躍の推進は、本当に法律でやるべきことなのだろうか
 第16話 障害者の雇用促進は、どのようにすれば実現できるか
 第17話 高年齢者への雇用政策はどうあるべきか
 第18話 少子化は雇用政策によって対処することができるか
 第19話 日本は外国人労働者にどのように立ち向かうべきか
 第20話 ホワイトカラー・エグゼンプションの導入は、なぜ難しいのか

第3部 働くことについて真剣に考えてみよう
 第21話 キャリア権とはいかなる権利か
 第22話 私たちは、どうして長時間労働で苦しんでいるのか
 第23話 労働者派遣は、なぜたたかれるのか
 第24話 第4次産業革命後の労働法はどうなるのか
 第25話 私たちにとって、働くとはどういうことなのか

2017年11月 8日 (水)

山口俊一『同一労働同一賃金で、給料の上がる人・下がる人』

9784502246913_240山口俊一さんより『同一労働同一賃金で、給料の上がる人・下がる人 ―あなたの収入はどうなるか?』(中央経済社)を送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.biz-book.jp/books/detail/978-4-502-24691-3

おそらく今ごろ臨時国会で同一労働同一賃金を含めた働き方改革一括法が成立しかかっているだろうという見通しで準備された本だと思われます。というのも、本文の冒頭、第1章の最初のパラグラフに、

・・・・2017年度中には法制化される見通しです。

と書かれてあるからで、解散総選挙で来年に跳んで行ってしまいました。

いや、とはいえ、この問題に関する実務家目線からの解説書は大変重要であることに変わりありません。

バブル崩壊以降、企業の人事・賃金システムは日本型成果主義システムが導入され大きく変わったかに見えましたが、若手より中高年、女性より男性、独身者より家族持ち、非正規社員より正社員と、根本のところではこれまでと変わりありませんでした。しかし、政府が働き方改革の目玉として進める「同一労働同一賃金」により、日本企業の人事・賃金システムが大きく変わろうとしています。本書では、著者の長年にわたる人事コンサルタントとしての知識・経験を踏まえ、同一労働同一賃金によって企業の人事・賃金システムはどのように変わるのか、正社員、非正規社員(派遣社員、パート・アルバイト)など、雇用形態による待遇にどのような変化が起こるかについて考察します。

というわけで、下記目次に沿って、丁寧に解説していきます。

第1章 同一労働同一賃金って、どういうこと?
 1.「同一労働同一賃金が実現できない!」本当の理由は年功賃金
 2.「同一じゃない労働・同一賃金」の不思議な国・ニッポン
 3.同一労働同一賃金で、正社員の給与も変わらざるを得ない

第2章 非正規社員へのインパクト
 1.パート・アルバイトの賃金上昇を阻んできた税制と既得権
 2.最低賃金千円時代も是正を後押し
 3.もしも、イオンが同一労働同一賃金にしたら
 4.2018年に大量発生する「無期契約社員」は、正社員ではない?
 5.派遣社員は何年で正社員になれるか?
 6.限定正社員(多様な正社員)は広がるか?
 7.限定社員は、グローバルスタンダード

第3章 正社員へのインパクト
 1.中高年社員と若手社員の現状と方向性
 2.男女格差の現状と方向性
 3.家族持ちと独身者の現状と方向性
 4.親会社・子会社社員の現状と方向性

第4章 「働き方改革」に要注意
 1.長時間労働規制でも、管理職、フリーランスは蚊帳の外
 2.「長時間労働是正」で、収入を減らさない方法
 3.「テレワーク」「在宅勤務制度」で通勤地獄が解消されるか?
 4.ブームに乗るな!フリーランスという働き方の落とし穴
 5.シニア社員と役職定年者から始める、兼業・副業のメリット

第5章 寿命百年時代の人事のあり方
 1.60歳で給料が半減するのは、やはり年功賃金の副作用
 2.定年後の賃金ダウンは違法!?注目の判決
 3.65歳定年時代に適したシニア社員制度は、「多様化」の時代へ
 4.退職金はいくらもらえる?ミドル層は老後に備えよ
 5.確定拠出年金は、これからの時代の福利厚生になる

第6章 経営者・役員はどうなる
 1.実は、社長の給料も不公平。同一労働同一賃金を適用するには
 2.社外取締役が役に立つなら、報酬一千万は高くない

第7章 業界別の人事環境と方向性
 1.製造業‥「みんな一緒」の給料体系は耐えられなくなり、職種別賃金へ
 2.卸売業‥営業マンの給料は、個人業績からチーム成果の時代へ
 3.小売業‥コンビニが24時間営業を止めれば、給与水準が改善される
 4.IT業‥30歳までの給料を引き上げ、それ以降は横ばいになる人も
 5.建設業‥若者離れ、人手不足に悩む建設業界は、移民に頼るしかないのか?
 6.物流業‥宅配は、共同配送や再配達有料化で、生産性と待遇を引き上げる

第8章 結局、どうしたらいいの?
 1.パート社員は、週20時間未満にとどめるか、同一賃金を実現する会社に移る
 2.新卒者、就職先の選び方
 3.若手社員・ミドル社員は、生産性の高い会社を志向する
 4.賃金水準を上回るだけの組織貢献を果たす
 5.50代以降は副業をはじめ、将来の選択肢を増やしておく
 6.女性社員は、女性活躍・両立支援を推進している会社を志向する
 7.経営者は、「働き方改革」に対応した会社に変革する

山口さんの言いたいことははじめにの最初のところに書かれています。

若手より中高年、女性より男性、独身者より家族持ち、非正規社員より正社員、子会社社員より親会社からの出向者、定年後より定年前の方が給料水準は高い。日本企業における、これまでの常識ではないでしょうか。

これら長年続いてきた日本人事のジョーシキが、崩壊するかも知れない。「同一労働同一賃金」とは、それほどインパクトのあるテーマなのです。

平成29年度労働関係図書優秀賞・労働関係論文優秀賞

平成29年度の労働関係図書優秀賞・労働関係論文優秀賞が発表されました。

http://www.jil.go.jp/award/bn/2017/index.html

図書部門は、桑村裕美子さんの『労働者保護法の基礎と構造―法規制の柔軟化を契機とした日独仏比較法研究』、首藤若菜さんの『グローバル化のなかの労使関係―自動車産業の国際的再編への戦略』、そして、鶴光太郎さんの『人材覚醒経済』の3冊、論文部門は川上淳之さんの「誰が副業を持っているのか?─インターネット調査を用いた副業保有の実証分析」です。

鶴さんのは、先日第60回日経・経済図書文化賞受賞で紹介したばかりですが、煩を厭わず、図書3冊について本ブログで紹介したエントリを再掲しておきましょう。

まず労働法部門の桑村裕美子さんですが、下にも書いたように、『法学協会雑誌』に連載されたのは9年前の2008年で、それからさらに推敲を重ねて、まことに重厚な研究書に仕上がっています。桑村さんは今や歴史的存在となった東大法学部の学士助手の最終世代で、ちょうど私が東大に客員教授としてお邪魔していた頃、ピチピチの研究者の卵でした。当時はとりわけ女性の労働・社会保障法研究者の若手がいっぱい集まっていて、大変熱っぽい雰囲気でしたなあ。

てなことはともかく、

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L14490 桑村裕美子さんから『労働者保護法の基礎と構造-- 法規制の柔軟化を契機とした日独仏比較法研究』(有斐閣)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641144903

本書、タイトルがだいぶ変わっているのですが、学士助手であった桑村さんの助手論文「労働条件決定における国家と労使の役割」(『法学協会雑誌』に2008年に連載されたもの)の改稿決定版です。

この間、ドイツでもフランスでも、そして言うまでもなく日本でもめまぐるしいほどの労働法改正が続けざまに行われ、元論文は原形をとどめないまでに改稿されています。

近年では,あらゆる労働関係に一律に適用される強行規定ではなく労使合意による例外設定(逸脱)が可能な法規定が増えている。本書はそうした規制手法の有用性と限界を検討し,国家・集団・個人が労働者保護の実現においてどのように関わるのが適切かを論じることで,労働者保護法のあるべき姿を模索する。

第1編 問題の所在
 第1章 労働法の特徴と問題点
 第2章 国家規制と労使合意の関係
 第3章 学説の議論
 第4章 法規制からの逸脱と労働者の同意
 第5章 本書の検討内容
第2編 ドイツ
 序 章 ドイツ労働法の沿革と本編の構成
 第1章 伝統的労働協約制度と国家規制
 第2章 労働組合をめぐる変容と労働法体系への影響
 第3章 事業所委員会制度と国家規制
 第4章 ドイツ法の分析
第3編 フランス
 序 章 フランス労働法の沿革と本編の構成
 第1章 団体交渉・労働協約制度の概要
 第2章 法規制の柔軟化と労働協約
 第3章 法規制の柔軟化に付随する改革
 第4章 フランス労働法の変容と評価
 第5章 法規制の柔軟化と個別契約
 第6章 フランス法の分析
第4編 総 括
 第1章 ドイツ・フランスの比較
 第2章 日本法の分析
 第3章 結論と展望

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次に、労使関係論部門からは首藤若菜さん。国際労使関係という未開拓の沃野に切り込んだ意欲作です。

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28276057_1首藤若菜さんの力作『グローバル化のなかの労使関係 自動車産業の国際的再編への戦略』(ミネルヴァ書房)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b278704.html

国際的な労働規制の可能性を検証する これまで一国内で機能してきた労使関係は、いかにして国境を超えていくのか。

世界中に生産工場と開発拠点を持つ大手自動車メーカー。各社は、本国以外の国や地域でいかなる労使関係を築いてきたのだろうか。海外工場で発生した労使紛争に、本社の労使は、どう対応しているのか。本書は、インタビュー調査をもとに、フォルクスワーゲンやダイムラーなどの巨大な多国籍企業で進む国際的な労使関係の実態に迫る。伝統的に強力な労働組合が存在する自動車産業を対象に、グローバル労使関係の可能性を探る一冊。

首藤さんのこれまでの研究とはがらりとおもむきを変えて、国際労使関係という実に難しいテーマに真っ正面から取り組んだ力作です。第1章の補論以外は全て書き下ろしということで、どこをとっても恐らく誰にとっても初めて目にする論考です。

序章 国境を越えた労使関係の構築
第1章 グローバル化と労働をめぐる議論
第2章 国際労働基準の到達点
第3章 多国籍企業とグローバル・ユニオンの国際協定
第4章 欧州で広がるグローバル・ネットワーク
第5章 日系労組の国際活動の実態
第6章 国際的労使関係の状況
終章 グローバル労使関係への道筋

本書の一番読みどころはもちろん首藤さんがじかに調査された日系企業の活動を描いた第5章ですが、本書全体としては私がEUの労働法制、労使関係の動きをフォローしてきた中身と絡み合っています。

Eulabourlawとりわけ、ヨーロッパで進む多国籍企業との国際協定の動向は、先日刊行した『EUの労働法政策』でも、その立法化の動きを跡づける形で簡単にまとめておいたところですが、本書ではその基盤となる労働組合運動の動きが細かく追いかけられており、読みながら大変興味深かったです。

本書が第6章で指摘している、労使関係は国際化すればするほど企業別化していくというのは、とりわけ一国レベルでは企業を超えた産業別の労使関係による規範設定システムが確立しているヨーロッパ諸国にとって、アイロニカルな側面があります。

企業別化するというのは、巨大な多国籍企業から子会社、下請企業へとトリクルダウン的なルールになっていくということです。

グローバル化に対応して規制を拡げようとすればむしろ企業別化という分権化を進めることになるという逆説。まあ、国内で既に十分すぎるくらい企業別化、分権化している日本とはちょっと文脈が違いますが。

上記拙著の第2章第6節の最後に出てくる欧州労連の多国籍企業協約立法案などには、そのあたりがよく表れているように思います。

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ということで、3人中2人が女性という女性優位の中で(?)、男性陣として気を吐いているのが(んなことない)先日日経経済図書文化賞も受賞された鶴光太郎さんです。

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357023鶴光太郎さんから新著『人材覚醒経済』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。

http://www.nikkeibook.com/book_detail/35702/

「一億総活躍社会」は政権の人気取り政策ではないかと考える人々も多いかもしれないが、人口減対応・人材強化が日本経済の次なる成長にとって欠かせない条件だ。だが、アベノミクス第2ステージには旧目標と新目標が入り乱れ、混沌の様相を呈している。こうした状況を脱するには「一億総活躍社会」を目指して新3本の矢を束ねる横軸が必要だ。それは「ひと」にまつわる改革。眠れる人材を覚醒させる、教育を含む広い意味での人材改革と働き方改革だ。
本書は、働き方改革の根本は多様な働き方の実現ととらえ、そのためにどのような改革が必要か、どのような社会が生まれるのかを明らかにするもの。

第2次安倍内閣成立後、規制改革会議雇用ワーキンググループの座長として広汎な雇用制度改革の議論をリードしてこられた鶴さんが、その立場から外れて一息入れて思いを書き下ろした本というところでしょうか。

オビに書かれている文句が、鶴さんの思いを結構ストレートに表現していて、左側にでかく「働き方だけで日本は変われる」とありますし、真ん中あたりに小さい字で

「成長のアキレス腱となった無限定正社員システム。

その問題点を解決できるのはジョブ型正社員だけだ。

実力派経済学者が労働改革の具体策を提示。」

という3行が。

この文句からも分かるように、この本は

「元兇は日本の無限定正社員システム」

という原認識から、ジョブ型正社員への移行によって女性、労働時間、高齢者、若者、非正規、等々あらゆる雇用問題を解決に導こうとする意欲的な本になっています。

序 章 人材覚醒――アベノミクス第三ステージからの出発

第1章 問題の根源――無限定正社員システム

第2章 人材が覚醒する雇用システム

第3章 女性の活躍を阻む2つの壁

第4章 聖域なき労働時間改革――健康確保と働き方の柔軟化の両立

第5章 格差固定打破――多様な雇用形態と均衡処遇の実現

第6章 「入口」と「出口」の整備――よりよいマッチングを実現する

第7章 性格スキルの向上--職業人生成功の決め手

第8章 働き方の革新を生み出す公的インフラの整備

終 章 2050年働き方未来図――新たな機械化・人口知能の衝撃を超えて

というところからも窺えるように、その基本認識や政策方向において、私が過去数年来書いたり喋ったりしてきたことと、(若干の違いはあるものの)ほぼ同じスタンスに立っているといってよいように思われます。

実際、本書を読んでいくと、かなりの頻度で私の著書への言及があり、どのあたりで両者の認識がつながっているかが分かるでしょう。

もちろん、法律方面から攻める私と違い、理学部数学科卒業でオックスフォードで経済学の博士号を得た鶴さんですから、随所にそれは現れています。

たとえば、よくわかっていない軽薄な経済評論家ほど「硬直的な労働法が岩盤規制だ」などと言いたがるところで、「我々の心に潜む雇用システムの「岩盤」の打破」という見出しで、雇用システムをゲーム理論を駆使して比較制度分析し、

・・・したがって、雇用制度改革の岩盤は、個々の労働規制というよりは、むしろ我々の心の中にあると考えるべきである。

そうであるのならば、無限定正社員にまつわる諸問題を解決するためには、我々の頭=「岩盤」に「ドリル」を向けなければならないのだ。・・・

と明確に言ってのけます。ここで用いられる「ナッシュ均衡」「共有化された予想」「制度的補完性」といった概念は、私が法社会学的な言葉を使って何とか表現しようとしていたことを、軽々と見事に言い表していて、やっぱ経済学者さすが、という感想を抱かせます。この辺は、鶴さんが以前在籍していた経済産業研究所の故青木昌彦さんの影響もあるのでしょう。

上記目次をみて、1章だけやや他と異なる匂いを醸しているのが第7章の「性格スキルの向上--職業人生成功の決め手」というものです。いやこれ、正直言って、鶴さんがなぜ本書にこうして盛り込んだのかよくわからないのですが。

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論文賞の川上淳之さんについては残念ながら本ブログで紹介していませんが、

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/02-03/pdf/102-119.pdf

本稿は,理論面はCasacuberta and Gandelman(2012)を一般化した副業の労働供給モデルを提示し,実証面はインターネット調査『副業者の就労に関する調査』を用いて保有理由別にどのような個人が副業を保有するかを本業の仕事属性を中心に明らかにした。不労所得の増加は,金銭的動機に基づく副業保有を減らしているが,非金銭的な動機を含む副業の保有確率は高めている。一方で,本業から得られる収入は金銭的動機を含む副業保有を減らす傾向がある。金銭を目的としない副業保有は,ほとんどの変数で統計的有意な結果は得られず,本業の仕事内容以外の,個人の嗜好に基づいて決定されていることが示された。副業の内容について単純集計を行った結果,金銭的動機による副業は,本業の役に立っていないという代替的な関係にある一方で,非金銭的動機による副業は,本業との間で補完的な関係がみられた。この集計結果からは,本業の労働時間が制約される労働者には十分な労働時間を本業で確保することが求められること,本業に補完的である副業保有を促進することで自己啓発効果が得られることを示唆している。

ということで、しっかりした労働経済学の論文のようです。

2017年11月 7日 (火)

ラガルドIMF専務理事は原語でどう語ったのか?

201711_coverthumb140xauto7409 『月刊連合』とくれば、そのカウンターパートの『月刊経団連』11月号にも一言

http://www.keidanren.or.jp/journal/monthly/2017/11/

特集は「ダイバーシティ社会の実現に向けて」で、

これまで経団連は、女性、若者や高齢者、外国人、障がい者、LGBT等、あらゆる人材が活躍できる環境づくりを進めてきたが、ダイバーシティ社会を実現するには、こうした施策をトップダウン、ボトムアップ双方から実施していくことが不可欠である。
そこで本座談会では、ダイバーシティ社会の実現に向けたさまざまな取り組みをつぶさに確認するとともに、それらを後押しするために求められる施策について掘り下げた議論を行う。

というわけで、その座談会ではOECD東京センター代表の村上由美子さんがこんなことを言っています。

村上 女性の活躍という点では、私が日本を飛び出したころに比べて、目覚ましい変化が起きており、改善も進んでいます。今日伺ったお話からも明らかなように、経営トップの意識は非常に高いと思います。また、若い世代の価値観も変わってきています。ただ、企業の文化を変えていくためには、いわゆる「粘土層」といわれる中間管理職の意識を変えていくことが不可欠です。これが最大の課題ではないでしょうか。

「粘土層」が問題だと。

しかし実は大変興味をそそられたのが、そのあとの

男性も女性も ともに輝く社会に クリスティーヌ・ラガルド(IMF専務理事)

という記事です。というのはその目次が

女性が直面する「壁」
日本の働き方改革、構造改革への期待
メンバーシップ型からジョブ型への移行を
女性の活躍推進を通じて企業にもたらされる便益

となっていて、ラガルド専務理事がジョブ型とかメンバーシップ型って言っていることになっているんですけど、ほんとかしら。そこまで通用しているとは正直思えないんですけど。

ラガルドさん、これ原語の英語、あるいはフランス語かもしれないけれど、なんて言っているのか大変興味があります。

 

『月刊連合』11月号

201711_cover_lこの間政治の動きでもみくちゃになった連合ですが、『月刊連合』11月号は「連合第15回定期大会 次の飛躍へ 確かな一歩を」が特集です。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/shuppan/teiki/gekkanrengo/backnumber/new.html

まあそもそも、なんで労働組合に否定的な発言の絶えない政党のために一生懸命選挙運動するのかと素人目には不思議に見えるわけですが、そこはいろいろいきさつがあって・・・ということになるわけでしょう。

今号の記事で目にとまったのは、逢見会長代行によ「2018−2019年度運動方針提起」の最後のパラグラフです。

・・・結成30年を迎えるに当たって、「歴史から学ぶ」環境整備も進めたい。連合運動30年で蓄積された運動の記録を収集・整理し、「労働歴史館」設置や連合運動の歴史教育体制の構築も視野に入れつつ、資料室に労働運動アーカイブを構築する。

ほぉ、歴史に学ぶ、と。連合30年と言わず、日本の労働運動の歴史資料は今こそ真面目に収集整理しておかないと、どんどん散逸してしまいかねませんからね。「労働歴史館」を設置するとは大きな話ですが、妙な政党政治に巻き込まれるよりははるかに重要な課題だと思います。

神林龍『正規の世界 非正規の世界』

24820神林龍さんから大著『正規の世界 非正規の世界――現代日本労働経済学の基本問題』(慶應義塾大学出版会)をお送りいただきました。ありがとうございます。本書は神林さんの初の単著にして、日本の労働問題を縦横無尽に分析している名著でもあります。

http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766424829/

なんと言っても版元の宣伝文句が半端ない。

働き方改革の根底に潜む問題を壮大なスケールで展望!

労使自治は“桎梏”か“根幹”か? 著者は現代の労働市場で最も顕著な問題を「正規の世界と非正規の世界の不釣合いな関係」と捉え、
富国強兵からシャッター商店街に至る1世紀余りを労働経済学・数量経済史・法と経済学など多彩なアプローチ・分析手法を用いて概観。
現在から未来へとつながるわが国の働き方のトレンドを展望する渾身の力作!
▼私たちは、日々働いている自分たちの労働市場の全体像について、実はあまりよくわかっていないのではないだろうか? この前提からスタートして、現状をより深く理解するために、戦前からの歴史的経緯、ビッグデータを用いた数量分析、「 法と経済学」の視点など、多彩なアプローチを用い壮大なスケールで描き出す!
▼著者はいま数多く存在する労働市場の問題の中で、特に「正規労働と非正規労働の不釣合いな関係」に着目し、その要因、格差の存在、二極化する仕事、自営業の衰退など、まさにわれわれが日々直面しているの解明に正面から取り組んでいる。次世代の労働経済学界の中心的存在の一人である著者、初の単著!

現代日本の労働市場の姿を個別のトピックだけでなく、“全体”として捉えるべく「正規・非正規の関連」を機軸に①日本的雇用慣行成立に至る歴史的経緯、②政府統計等のビッグデータを用いた数量経済史的手法からの分析、③労働法や雇用関係法等「法と経済学」からの視点、といった多彩なアプローチを展開。個人による仕事とは思えない幅広いスケールで、現在の労働市場を描き出す意欲作!

目次は下に掲げるとおりですが、何しろ冒頭、『ああ野麦峠』から始まって、女工供給組合の話が延々と続き、そしてILO条約に基づく公共職業紹介事業がいかに地方の抵抗でうまくいかなかったかという話、口入れ屋は身元保証をしてくれるけれども公共はしてくれないからダメだみたいな話が、戦時体制下で国営化している話と、ここまでで2章。

タイトルになっている正規と非正規についても、期間の定めよりも『呼称』が重要というところに、日本の非正規の特徴を見出し、それがむしろ自営業の減少に代わって増えてきたことを示しています。いやいやこの辺りは精密な分析がいろいろされているので、こんな片言隻句で紹介しない方が良いかもしれない。

他にあまり似たような議論を見たことがないのが第7章で、ジョブをさらに分解して、タスクレベルで仕事がどうシフトしてきたかを分析していて、大変興味をそそられました。民主党政権の失政で仕分けされてしまったキャリアマトリックスを活用した分析だという点も重要でしょう。

序 章:本書の目的と構成

 第Ⅰ部:制度の慣性

第1章:戦前日本の労働市場への政府の介入
第2章:日本的雇用慣行への展開

 第Ⅱ部:正規の世界、非正規の世界

第3章: 正規の世界
第4章:非正規の世界
第5章:世界の掟― “不釣り合い” の要因

 第Ⅲ部:変化の方向?――現代の労働市場を取り巻く諸側面

第6章:賃金格差――二極化する賃金
第7章:二極化する仕事――ジョブ、スキル、タスク
第8章:自営業はなぜ衰退したのか
第9章:存在感を増す「第三者」

終 章:現代日本労働経済学の基本問題

2017年11月 6日 (月)

は、hamachanブログが果たした役割ぃ?

Image_400x400 金子良事さんがまた世迷言を口走っているようです。

https://twitter.com/ryojikaneko/status/926962871556128768

社会政策における労働という点で言えば、実は2000年代以降、hamachanブログが果たした役割というのは、誰か検証しなければならないのではないか。というか、どうやればいいか、まったく分からんけど。

は、hamachanブログが果たした役割ぃ?

こんな場末の、ごく一部の労働関係者しか訪れてこないようなさびれたブログを捕まえて、これはまた何という世迷言をお言いやる、としか。

そんな無意味なことを「検証」してる暇があったら、やるべきことは山のようにあるでしょうに。

 

2017年11月 4日 (土)

第60回日経・経済図書文化賞に鶴光太郎さんと山口一男さん

第60回「日経・経済図書文化賞」を受賞した5作品のうちに、本ブログでご紹介した2作品が入っています。

https://www.nikkei.com/topic/20171103.html

 岩本康志・鈴木亘・両角良子・湯田道生著『健康政策の経済分析』(東京大学出版会)
 神田さやこ著『塩とインド』(名古屋大学出版会)
 山口一男著『働き方の男女不平等』(日本経済新聞出版社)
 鶴光太郎著『人材覚醒経済』(日本経済新聞出版社)
 伊藤公一朗著『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(光文社)

5冊のうち2冊が労働関係、しかも今話題の働き方改革の中核的課題にかかわる本ですね。これもやはり時代の表れというべきでしょう。

しかもいずれも、わたくしの議論も引用しつつ、ほぼ同じような方向性を提示している本であるだけに、その受賞は大変うれしいものがあります。

まず、鶴光太郎さんの『人材覚醒経済』は、昨年9月26日付のエントリで取り上げました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-0c9b.html

357023鶴光太郎さんから新著『人材覚醒経済』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。

http://www.nikkeibook.com/book_detail/35702/

「一億総活躍社会」は政権の人気取り政策ではないかと考える人々も多いかもしれないが、人口減対応・人材強化が日本経済の次なる成長にとって欠かせない条件だ。だが、アベノミクス第2ステージには旧目標と新目標が入り乱れ、混沌の様相を呈している。こうした状況を脱するには「一億総活躍社会」を目指して新3本の矢を束ねる横軸が必要だ。それは「ひと」にまつわる改革。眠れる人材を覚醒させる、教育を含む広い意味での人材改革と働き方改革だ。
本書は、働き方改革の根本は多様な働き方の実現ととらえ、そのためにどのような改革が必要か、どのような社会が生まれるのかを明らかにするもの。

第2次安倍内閣成立後、規制改革会議雇用ワーキンググループの座長として広汎な雇用制度改革の議論をリードしてこられた鶴さんが、その立場から外れて一息入れて思いを書き下ろした本というところでしょうか。

オビに書かれている文句が、鶴さんの思いを結構ストレートに表現していて、左側にでかく「働き方だけで日本は変われる」とありますし、真ん中あたりに小さい字で

「成長のアキレス腱となった無限定正社員システム。

その問題点を解決できるのはジョブ型正社員だけだ。

実力派経済学者が労働改革の具体策を提示。」

という3行が。

この文句からも分かるように、この本は

「元兇は日本の無限定正社員システム」

という原認識から、ジョブ型正社員への移行によって女性、労働時間、高齢者、若者、非正規、等々あらゆる雇用問題を解決に導こうとする意欲的な本になっています。

序 章 人材覚醒――アベノミクス第三ステージからの出発

第1章 問題の根源――無限定正社員システム

第2章 人材が覚醒する雇用システム

第3章 女性の活躍を阻む2つの壁

第4章 聖域なき労働時間改革――健康確保と働き方の柔軟化の両立

第5章 格差固定打破――多様な雇用形態と均衡処遇の実現

第6章 「入口」と「出口」の整備――よりよいマッチングを実現する

第7章 性格スキルの向上--職業人生成功の決め手

第8章 働き方の革新を生み出す公的インフラの整備

終 章 2050年働き方未来図――新たな機械化・人口知能の衝撃を超えて

というところからも窺えるように、その基本認識や政策方向において、私が過去数年来書いたり喋ったりしてきたことと、(若干の違いはあるものの)ほぼ同じスタンスに立っているといってよいように思われます。

実際、本書を読んでいくと、かなりの頻度で私の著書への言及があり、どのあたりで両者の認識がつながっているかが分かるでしょう。

もちろん、法律方面から攻める私と違い、理学部数学科卒業でオックスフォードで経済学の博士号を得た鶴さんですから、随所にそれは現れています。

たとえば、よくわかっていない軽薄な経済評論家ほど「硬直的な労働法が岩盤規制だ」などと言いたがるところで、「我々の心に潜む雇用システムの「岩盤」の打破」という見出しで、雇用システムをゲーム理論を駆使して比較制度分析し、

・・・したがって、雇用制度改革の岩盤は、個々の労働規制というよりは、むしろ我々の心の中にあると考えるべきである。

そうであるのならば、無限定正社員にまつわる諸問題を解決するためには、我々の頭=「岩盤」に「ドリル」を向けなければならないのだ。・・・

と明確に言ってのけます。ここで用いられる「ナッシュ均衡」「共有化された予想」「制度的補完性」といった概念は、私が法社会学的な言葉を使って何とか表現しようとしていたことを、軽々と見事に言い表していて、やっぱ経済学者さすが、という感想を抱かせます。この辺は、鶴さんが以前在籍していた経済産業研究所の故青木昌彦さんの影響もあるのでしょう。

上記目次をみて、1章だけやや他と異なる匂いを醸しているのが第7章の「性格スキルの向上--職業人生成功の決め手」というものです。いやこれ、正直言って、鶴さんがなぜ本書にこうして盛り込んだのかよくわからないのですが。

次に山口一男さんの『働き方の男女不平等』です。今年6月9日付のエントリで取り上げました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-470e.html

51mq2jnqt3l__sx356_bo1204203200_山口一男さんの『働き方の男女不平等 理論と実証分析』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。ありがとうございます。山口さんは以前の『ワークライフバランス』でも大変ブリリアントな切れ味の分析を示してこられましたが、本書はさらに磨きがかかっています。

http://www.nikkeibook.com/book_detail/13471/

◆先進諸国のなかで、日本の男女平等の度合いが最低ランクなのはなぜか? 学歴の男女差が縮まり、企業が両立支援策を推進しても、なぜなかなか効果が現れず、逆に悪化している指標まであるのはなぜか? 日本を代表する社会学者が日本や海外の豊富なデータと最新の統計分析手法をもとに解明する。

◆分析の結果、現在の「働き方改革」や「一億総活躍社会」の取り組みにとっても示唆に富む、次のような事実が明らかになる。
*「女性は離職しやすく、女性への投資は無駄になりやすい」という企業側の思い込みが、女性活用の足かせとなっている。
*労働時間あたりの生産性が高い国ほど女性活躍推進を進めやすいが、長時間労働が根付く日本では進めにくい。
*管理職割合の男女差は、能力からはほとんど説明がつかず、性別や子供の年齢、長時間残業が可能かどうかが決定要因となっている。
*女性の高学歴化が進んでも、低賃金の専門職(保育・介護・教育など)に就く女性が多く、高賃金の専門職(法律職・医師など)になる割合が著しく少ないため、賃金格差が広がることになっている。

◆著者の山口一男氏は、社会学で世界最高峰の位置にあるシカゴ大学で学科長まで務めた、日本人学者としては希有の存在。

黙示目次は次の通りですが、

第1章 女性活躍推進の遅れと日本的雇用制度――理論的オーバービューと本書の目的

第2章 ホワイトカラー正社員の管理職割合における男女格差の決定要因

第3章 男女の職業分離の要因と結果――見過ごされてきた男女平等への障害

第4章 ホワイトカラー正社員の男女の所得格差――格差を生む約80%の要因とメカニズムの解明

第5章 企業のワークライフバランス推進と限定正社員制度が男女賃金格差に与える影響

第6章 女性の活躍推進と労働生産性――どのような企業施策がなぜ効果を生むのか

第7章 統計的差別と間接差別――インセンティブ問題再訪

第8章 男女の不平等とその不合理性――分析結果の意味すること

ここではちょっと毛色の変わった第1章を紹介しておきます。タイトルから窺われるように、女性が活躍できないことと「日本的雇用制度」(日本型雇用システム)との関係を概括的に考察しているのですが、わたしにとっても大変興味深い議論が展開されているからです。

日本型雇用については、70年代に隅谷・舟橋論争があったことは、労働研究者くらいしか知らないかもしれませんが、山口さんも若い頃はドリンジャー・ピオレの内部労働市場論自体、あるいはロバート・コールの機能的代替物論によっていたそうですが、次第に舟橋の指摘する「日本企業が雇用者のイニシアティブや意志を考慮しないという点は、実はかなり本質的な違いであると思えてきた」そうです。つまり、「無限定な職務内容や不規則な残業要求への従属を課すことによる拘束と高い雇用保障をすることの交換という機能をも持つ」という点ですね。この「無限定性」への着目が、女性の活躍できなさとつながるポイントになるわけです。逆にいうと、そこを無視した機能的代替物論は、男女均等法以前的視座に立った議論だったと言えるのでしょう。

そしてそこから山口さんは、村上・佐藤・公文の『文明としてのイエ社会』論が、日本型雇用が機能的にも欧米と異なる説明になっているとして、彼らが「イエ社会」の特徴としてあげた4つの点について詳しく検討していきます。

村上・佐藤・公文の「系譜性」対「利潤最大化」の対比、そして筆者のいう「報酬の連帯性」対「報酬の個別性」の対比は、ともに機能の違いを意味する。これらの違いはわが国企業の雇用制度・慣行が単に欧米の内部労働市場の機能的代替物とみなすことは出来ないことを意味していると考えられる。そして「報酬の連帯性」は報酬が個人の業績・成果にたいして与えられるべきという規範が存在しないわが国の文化的初期条件の下で可能であった。また村上・佐藤・公文のいう「縁約」が日本企業の特性となったことは、「契約」の内容である「労働と賃金の交換」に加え、「会社という疑似家族のメンバーになること」と「会社への忠誠心」の交換という側面を正規雇用に付与したと思われる。またこのためわが国企業が正規雇用に新卒者を重視し、転職者・離職者を「忠誠心に欠ける者」として軽視する慣行が生まれたと考えられる。

この議論だと、近世以前の「イエ社会」がそのまま現代の日本型雇用に流れ込んだようですが、そこは労働研究者周知の通り、山のような議論があってですね、少なくとも西欧の中世ギルドと近代労働組合の関係以上に、そう簡単に直接のつながりを議論できないと思います。

というか、そのすぐ後で、わたしを引用してこう述べています。

第2点目は労働法学者の濱口が『日本の雇用と労働法』(2011)で展開した「メンバーシップ型(典型的日本企業)」と「ジョブ型(典型的欧米企業)」の対比は構造面(縁約 対 契約、無限定の職務 対 役割分業の明確な職務)での村上・佐藤・公文の日本企業と欧米企業の対比とほとんど変わらないという点である。ただ濱口はわが国の労働関係法が成立時の概念において西洋の法に基づきながら、その適用において日本的雇用メンバーシップ型)の雇用慣行実態に合うよう解釈されてきたという実例の記述を多数提示しており、そこは濱口独自の貢献で、わが国の労働関係法の適用の曖昧さを理解する点でも参考になる。

それに続くのは、日本型雇用の「戦略的合理性」の議論です。戦略的合理性というのは、「一旦ひとつの制度を持つと、他の制度の合理的選択に影響を及ぼすことをいい、伝統の異なる国が合理的制度を持つ近代になっても、異なる制度を持つことの説明として使われることが多い」そうで、経路依存性とも呼ばれるようです。それがなんの関係があるのかというと、

筆者は日本的雇用慣行・制度は戦略的に合理的な一連の制度の選択により出来上がったが、外的条件の変換の中でその均衡の劣等性が顕著になっても、より合理的な制度への変換ができなくなっており、それが日本企業の人材活用を一般的に非合理的にし、その結果女性の人材活用の進展も強固に阻んでいると考えるからである。

もう少し女性政策史に即していうと、日本型雇用を維持するということがあまりにも大前提であったがゆえに、それを揺るがしかねないような男女平等はダメ、で、それまでの男性の働き方のコースにそっくりそのまま女性を入れる形でしか進められなかったため、結局女性の活用も進められなかった、という風に言えるのでしょうか。

もう一つ、第7章で突っ込んで分析されている統計的差別の問題について、最後の第8章の冒頭のアリスとクイーンの会話が抱腹絶倒なので、引用しておきますね。

〔ハートのクイーン〕女性雇用者たちがおる。彼女たちは離職の罰を受けて、賃金をカットされておる。離職がどの程度のコストを生むかはいつ離職するかによるが、まもなく算定されるであろう。そしてもちろん離職は最後にやってくるのじゃ。

〔アリス〕でも、もし彼女たちが離職をしないなら?

〔クイーン〕それは一層良いことじゃ。

〔アリス〕もちろんそれは一層良いことだわ。けど、彼女たちが罰せられるのは一層良いこととは言えないわ。

〔クイーン〕そなたはともかく間違っておる。そなたは罰を受けたことはあるかの?

〔アリス〕悪いことをしたときにはね。

〔クイーン〕それごらん、罰は良いことなのじゃ。

〔アリス〕けど、わたしの場合は罰に値することをまず先にしたのよ。そこが彼女たちとは大きな違いだわ。

〔クイーン〕されど、その罰に値することを、もししないならば、それはなおさら、なおさら、なおさら良いことなのじゃー。

入管法上は日本の大学はとってもレリバンス

さて、日本の大学といえば職業的レリバンスがないというのが常識であるわけですが、そしてそれを大前提にして「就職」ならぬ「入社」をするというのが常識であるわけですが、そしてその常識を共有しない者は冷ややかな目で見られるというのが通り相場であるわけですが、さはさりながら、何べんも繰り返しているように日本国の実定法体系は欧米と何ら変わらぬジョブ型であって、そしてそれが明確に現れるのが、外国人との接点に位置する入国管理制度なのです。

といっても何のことかよくわからない人が多いでしょう。日本には現在20万人以上の留学生がいますが、彼らがそのまま日本で企業に就職しようとすると、在留資格の変更というのをしなくてはなりません。

外国人の就労資格にはいくつかありますが、労働法や労働政策の面からはあまり注目されないのが、「人文知識・国際業務」「技術」という在留資格で、要するに文科系、理科系のホワイトカラー労働にあたります。単純労働力は入れないという建前を崩さない日本の外国人政策ですが、専門的技術的人材は積極的に入れるというのが現在の方針です。

で、その在留資格の変更の許可のガイドラインというのがあって、

http://www.moj.go.jp/content/001132222.pdf

その中にこんな項目があるんですね。

(2)原則として法務省令で定める上陸許可基準に適合していること

ア 従事しようとする業務に必要な技術又は知識に関連する科目を専攻して卒業 していること

従事しようとする業務に必要な技術又は知識に係る科目を専攻していること が必要であり,そのためには,大学・専修学校において専攻した科目と従事し ようとする業務が関連していることが必要です。

具体的にどのような場合に専攻した科目と従事しようとする業務が関連して いるとされるかは,別紙1の「許可事例」を参照してください。

おやおや、「従事しようとする業務に必要な技術又は知識に係る科目を専攻していること が必要であり,そのためには,大学・専修学校において専攻した科目と従事し ようとする業務が関連していることが必要です」と言っていますよ。

日本人学生に対しては「大学で勉強したことは全部忘れて来い。会社で一から叩き込んでやる」というセリフが通用しても、留学生相手には・・・・というか、留学生を採用しようとする際に入管当局相手には通用しないということですな。

なぜか法務省入国管理局においては、日本国の大学というのは職業に必要な技術や知識を学ぶ教育機関であるようなのです。

いやもちろんそれは世界中どこでもそうなっている常識ではありますが、日本ではそれが非常識なのに、話が留学生になると突然再び常識と非常識が再逆転するという目くるめく世界が広がっているわけです。

念のため言いますと、入管当局からすればこれはあまりにも当たり前なのであって、もしそこをいい加減に許してしまったら、専門技術的外国人は入れるけれども単純労働力は入れないという数十年守ってきた大原則がガラガラと崩れてしまいます。だから当たり前。

しかしその「当たり前」が、日本社会の常識と真正面から衝突してしまうというところに、この問題の根深さがあるわけです。

2017年11月 3日 (金)

ILO仕事の未来インタビューシリーズ

Wcms_588881 ILO駐日事務所のサイトに、「仕事の未来」インタビューシリーズの一環として、わたくしのインタビュー記事が載っています。

http://www.ilo.org/tokyo/fow/lang--ja/index.htm

仕事の未来インタビューシリーズでは、仕事の世界に関する専門家の方々と仕事と雇用の未来について考えます。第1回は、5月12日の「仕事の未来」労働政策フォーラムで「日本的柔軟性からデジタル柔軟性へ」と題する基調報告を行った濱口桂一郎労働政策研究・研修機構所長にお話をお聞きしました。

http://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---asia/---ro-bangkok/---ilo-tokyo/documents/genericdocument/wcms_588891.pdf

その初めのところをこちらにコピペしておきます。もっと読みたい方は、ぜひリンク先へどうぞ。

―濱口さんはその著書で、従来の日本の雇用システムは「就社型」であり職務の定めのない雇用契約である 「メンバーシップ型」というコンセプトを打ち出されました。

濱口  特定の職務に染まっていないまっ白な大卒男子が、いつでもどこでも社員として長時間労働 をしていたのがこれまでの日本の典型的な正社員でした。先日のフォーラムではこれを「日本的柔 軟性」と呼びましたが、その日本的柔軟性を受け入れた「無限定正社員」になれなかった女性をは じめ、さまざまな制約のある人たちが労働市場からはじき出され、非正規労働者として低処遇で不 安定な雇用に入っていかざるを得なかったのが大きな問題でした。

しかし仕事・労働の世界で時間 的空間的拘束の必要のない「デジタル柔軟性」が浸透すると、これまで働く機会が得られなかった 人にもチャンスが与えられ、現在日本で議論されている「働き方改革」で求められているワーク・ ライフ・バランスの観点からも大きなメリットがもたらされるのはまちがいありません。ここで重 要なのが、いつでもどこでもできるデジタル柔軟性のメリットをつぶさないで、契約上は自営業者 としてばらばらに働いているような人たちも含め働く人たちの声を集約してルール作りをしていく ことです。

根本的に柔軟性というのは、それを「享受する」という側面と、少し強い言い方をする と「搾取される」という両方の動詞を伴う概念であることを常に考えてルール作りをしていかなけ ればなりません。そのバランスを取るのがとても難しい。ヨーロッパではテレワークについて協約 が結ばれていますが、これは雇用を前提としたテレワークなのでルール作りが比較的容易です。雇 用型はもちろん非雇用型も含め、デジタル柔軟性が労働者にとってメリットのあるものにしていく ためのルール設定が、世界全体の共通課題だと思います。

―もう少し具体的に説明していただけますか。

濱口  現在の労働基準法改正の動きは、これまでの日本的な柔軟性をある程度制約しようという方 向ですが、それは働く人にとってメリットのある柔軟性を制限する場合もあります。やはりある種 の規制の組み換えが必要です。しかもそれはより現場に即した、当事者がきちんと議論し納得した ものでなければ意味がない。しかし一人ひとりの労働者の立場は弱いものです。呼びかたはどうあ れ、ある種の集団的な関係というものがルール作りの交渉には必要で、それが存在しない場合は積 極的に作っていく必要があります。

フリーランスで働く人たちは形式上は事業者となるため、経済 法、競争法上の団結禁止という原則にひっかかってきます。フリーランスの事業者が集まって談合しある金額以下では受注しないというのはけしからん、ということになります。労働法の世界で有 名なアメリカのサミュエル・ゴンパースが主張し ILO 憲章にも取り入れられている「労働は商品で はない」という原則は、労働者はまさに労働を売って対価を得ているが、それは普通の商人とはま ったく異なるもので労働条件を集団で交渉するのは談合ではない、ということを言っているので す。労働者であれ事業者であれ談合はけしからんという 100 年前の欧米の世界で、労働者は別だと して集団的労使関係法が作られました。しかしいまの法制度のもとでは、労働者は団結してもよい が、もっと言えば談合してもよいけれど、自営業者は労働者ではないのでダメだとされ、結果とし て労働者と連続性があるようなフリーランスの自営業者の人たちには、200 年前のイギリスの団結 禁止法と同様の規制が課せられてしまう。

労働者であるか自営業者であるかの線引きが非常にあい まいになっているデジタル時代のいま、はたしてそれで本当にいいのか、ということが問われてい ます。労働の世界だけでなく、労働法と競争法、経済法をまたぐ法制度のあり方を議論する必要が 出ていると思います。日本ではまだそれほど大きな問題になっていませんが、欧米ではすでに裁判 となっているケースもあり、きちんとした議論が必要な世界共通の課題だと思います。そうでない と問題が発生したら自分たちは労働者だといって訴えるしか解決策がない、労働者性を問題にする しかない。けれどもそれは結局、自営という形で得られる柔軟性を削る方向での解決策なのです。 本当にそれでよいのか。今までのきれいに雇用と自営が分かれていたことを前提とした制度設計自 体も、見直していかないといけないだろうと思います。 ・・・・・

 

 

 

2017年11月 2日 (木)

井川志郎「EU労働法の再生となるか?」@『労旬』1898号

325175『労働法律旬報』1898号(10月下旬号)は、特集は「最低賃金引上げには何が必要か」というシンポジウムで、神吉知郁子さんも出ているので必見ですが、ここでは別の論文を。

[巻頭]韓国―放送局のストライキ雑感=武井 寛・・・04
[シンポジウム]最低賃金引上げには何が必要か―法制度と運用面の課題を探る
=加藤 裕+猪股 正+藤田安一+神吉知郁子+栗原耕平+小川英郎+滝沢 香・・・06
【資料】
①最低賃金額の大幅な引上げを求める会長声明(日本弁護士連合会 2017.6.2)・・・56
②最低賃金制度の運用に関する意見書(日本弁護士連合会 2011.6.16)・・・57
[紹介]EU労働法の再生となるか?~「欧州社会権基軸」をめぐる展開=井川志郎・・・30
[研究]外国労働判例220ドイツ/事業所の老齢扶助(企業年金)―変更合意・約款規制=小俣勝治・・・38
[検討]『労働法の基礎構造』再論(下)―弁護士諸氏による書評その他を読んで=西谷 敏・・・44
[連載]『労旬』を読む⑲活動家的学者と活動家的弁護士のタッグ―『労旬』の誌面と現場で=篠田 徹・・・54

それは、井川(旧・山本)志郎さんの「EU労働法の再生となるか?~「欧州社会権基軸」をめぐる展開」で、これ実はEU労働法研究の最前線が井川さんに移りつつあることを物語っています。

この話の続きが先日『労基旬報』に書いた新たな就業形態への法政策の話になるのですが、そこのいきさつをちゃんと紹介したことはないので、これは貴重な紹介だと思います。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-b4e2.html(EUの新たな労働法政策-多様な就業形態への対応)

これが言葉の正しい意味での「リベラル」

安倍首相が幼児教育無償化のために企業に3千億円出させるという話に対して、その属するリベラル民主党(Liberal Democratic Party)の一議員である小泉進次郞氏がこう批判したという記事がありました。

http://www.asahi.com/articles/ASKC16RPVKC1UTFK01W.html

As20171101005414_comml(安倍晋三首相が幼児教育無償化などの財源確保のため、企業に3千億円の拠出を要請したことについて)党は何も聞いてないし、議論もしてないですから。このままだったら自民党必要ないですよ。

 経済界の皆さんにも、考えてもらうべきことがあるんじゃないかと思いますよ。政治が頼むと、賃上げする。3千億円も頼まれれば出す。何かまるで、経済は政治の下請けなのかと。

 仮にそれだけ政治の動きに左右されるような世界だとしたら、日本にイノベーションなんか生まれないですよ。(国会内で記者団に)

何遍も言うように、こういうのが言葉の正しい意味での「リベラル」な意見です。おかしなアメリカ方言でもなければ、それをさらにねじけさせて本来の全く逆にしてしまったわけわかめの日本方言でもなく。

そう、ヨーロッパ人にならこう説明すればおそらく100%理解するでしょう。「リベラル」と名乗る政党の政権の首相が、それに反して「ソーシャル」な政策を掲げ、3%賃上げしろだの、幼児教育費を企業が負担しろだの、社会党みたいなことをやっているので、一党員ながら国民的人気のある小泉議員が党名通り「リベラル」な立場から批判した、と。

なるほどなるほど、完璧にわかった、というでしょう。

それが方言じゃない世界共通の言葉の使い方なのですから。

「経済は政治の下請けなのか」と批判するのがリベラル、つまり、政治が変に介入しないで市場に委ねるべきというのがリベラル、市場に任せているとおかしくなるので、政治で経済を何とかしようというのがソーシャルです。

(当該政策それ自体の評価はまた別です)

『労働経済判例速報』

Roukeisoku経団連事業サービスの讃井さんから送られてきたのは・・・・『労働経済判例速報』の10月30日号でした。

『労働経済判例速報』といえば、『労働判例』と並んで労働関係の判例誌として、労働法業界ではそれなりに知られてはおりますが、そもそも市販されておらず年間購読契約制なので、一般に走られていないでしょう。

今回の号は、最近の同一労働同一賃金の動向で注目されている労契法第20条違反が正面から取り上げられた日本郵便(東京)事件(東京地判平29.9.14)がさっそく載っています。この早さが労経速の取り柄でもあります。

L20170529311実は数日前に発売された『ジュリスト』11月号で、小西康之さんが本判決を取り上げていて、時宜に適していることは確かです。

お手紙には「つきましては、読書欄、書評欄などでご講評いただければ、まことに幸甚に存じます」とあるので、まあ宣伝しろということかなと思います。

申込みはこちらからです。

http://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/public/flash/index.html

通常は組織で契約して購読するという場合が多いと思いますが、ご参考までに。

ちなみに、東大の労判では先週富永晃一さんが評釈を担当されたようです。これもそのうちに『ジュリスト』に載るでしょう。

労働組合はデジタルチャレンジに立ち向かう準備ができている

Weber_bio例によって「ソーシャル・ヨーロッパ」サイトから、欧州労連の若き書記チエボー・ウェーバーさんの「労働組合はデジタルチャレンジに立ち向かう準備ができている」という文章を紹介しましょう。

https://www.socialeurope.eu/trade-unions-ready-tackle-digital-challenge

Since award-winning physicist Stephen Hawking first warned that artificial intelligence (AI) could spell the end of humanity, other experts have echoed his cataclysmic forecast. In the meantime, for many workers, the day-to-day impact of digital technologies is much more pedestrian, if sometimes almost as threatening. Yet, alongside the risks, trade unions believe that if managed in the right way, digitalisation could offer new and less arduous job opportunities and better working conditions.

ホーキング博士が人工知能(AI)が人間性の終焉を告げると警告して以来、他の専門家もその破壊的な予言に唱和してきた。一方多くの労働者にはデジタル技術の日々の影響は時には脅威であれ、より単調である。とはいえこのリスクに対し、労働組合は正しくマネージされるならばデジタル化は新たな、よりつらくない仕事の機会とより良い労働条件を提供することができると信じている。

At present, however, online platforms, robotisation and crowdwork are increasing the likelihood of job destruction in industry, precarious work with no social protection, labour market segmentation, involuntary self-employment and lack of employer accountability; workers’ rights and the ability of trade unions to organise and represent the most vulnerable are being undermined.

しかし現在のところ、オンラインプラットフォーム、ロボット化、クラウドワークは産業における雇用破壊、社会保障なき不安定就業、労働市場の分断化、不本意な自営業、使用者責任の欠如をもたらしつつあり、労働者の権利と労働組合の能力は空洞化しつつある。

Digitalisation is on everyone’s lips, often spoken of as an irresistible force for change. We are told that in its scale, speed and complexity, the Fourth Industrial Revolution (Industry 4.0) is unlike anything humankind has experienced before. These changes are transforming the nature of work in Europe and around the globe.

誰もがデジタル化を口にするが、しばしば抗い得ない変化の力として語られる。その規模、速度と複雑さにおいて、第4次産業革命(インダストリ4.0)は人類が過去に経験したことのないものだと言われる。その変化は欧州でも全世界でも仕事の性質を変えつつある。

But does that mean they cannot be managed? Trade unions believe they must be, and are mobilising together to that end. Radical developments in society seldom prioritise the public good and, as in previous industrial revolutions, it is workers and trade unions that must fight for social regulation and governance in the interests of ordinary people. Industrial revolutions are unfair by nature and social justice does not fall from the sky. Far from living in the past, unions are active in anticipating change and meeting the challenges it throws up. That is our role. It is in our DNA. Who will represent workers’ interests otherwise? Without trade unions, they would face a very bleak future.

しかしだからといってそれはマネージできないということだろうか?労働組合はそれはマネージされるべきだと信じるし、その目的に向かって行動しつつある。社会の急激な変化はめったに社会的な善を優先しない。過去の産業革命でも、普通の人々の利益のために社会的規制とガバナンスを求めて闘わなければならなかったのは労働者と労働組合であった。産業革命は性質上不公正であり、社会正義は天から降ってくるわけではない。過去に生きるどころか、労働組合は活発に変化を予期し、それが投げかける挑戦に立ち向かってきた。それが我々の役割だ。それが我々のDNAだ。ほかに誰が労働者の利益を代表するのか?労働組合なしにはもっと暗い未来に直面するだろう。

Digitalisation, robotisation and AI give rise to important questions about responsibility and accountability. Platform work and self-employment break the traditional chain of command between employer and worker. In the absence of any contract, who is responsible for social protection, insurance and safety? Bicycle delivery workers, for example, are especially vulnerable: “In the event of an accident or injury, we’re completely alone and have no access to legal help or sick pay,” said one Deliveroo rider in central London. Who is ultimately responsible for programming AI, if something goes wrong? We insist that human beings must keep control and be accountable for the actions of robots and AI, and this must be adopted as a fundamental ethical principle. People – and specifically the social partners – must agree on and apply the rules.

デジタル化、ロボット化、AIは責任について重要な問いを投げかける。プラットフォーム労働や自営業は、使用者と労働者の伝統的な指揮命令の鎖を壊す。なんの契約関係もない中で、誰が社会保障や保険や安全の責任をとるのか?たとえばバイシクル便配達労働者はとりわけ不安定だ。「事故や怪我をした場合、我々は完全に孤独で法律の援助や病休手当などない」とロンドン市内のデリバールーのライダーはいう。もし何かうまくいかなくなったら誰がAIのプログラムに最終的な責任を取るのか。我々はロボットやAIの行動を人間がコントロールし、責任を取るべきであり、これを基本的な倫理原則に書き込むべきだと主張する。人々、とりわけ労使団体はこのルールに賛成し適用しなければならない。

Digitalisation will impact on public services, such as health and social care and employment services, with public authorities tending to adopt the role of intermediaries between providers and ‘clients’. It is very important to keep public good as the main objective and recognise that in some instances, human contact is crucial. Social dialogue is necessary to ensure that digitalisation does not damage either working conditions or standards of service.

デジタル化は医療や福祉、雇用サービスといった公共サービスにも影響を与え、当局はプロバイダーと「クライエント」の間の仲介者の役割をとりがちになる。公共善を主たる目的として維持し、人間的接触が枢要であることを確認することが重要である。デジタル化が労働条件やサービスの水準を悪化させることのないよう労使対話が必要である・

We recognise the potential benefits. For example, digitalisation offers opportunities for a better work/life balance, but only if implemented by mutual consent – not if it demands unlimited flexibility and round-the-clock availability. So-called ‘Cobots’ can lighten heavy tasks, but people must be in control. Experts predict an additional 1.3 million data workers in Europe by 2020, while new sectors such as 3D printing – growing at 30% a year – are booming. 3D printing can save huge amounts of raw material in industry, but throws up questions of health and safety and liability. The World Economic Forum predicts that 65% of children starting primary school today will end up doing jobs that do not yet exist.

我々は潜在的な利益を認識している。たとえば、デジタル化はより良いワークバランスの機会を提供する。しかしそれは相互の同意で実施される場合であり、無限定のフレクシビリティや何時であろうが呼び出されるといったことでない限りだ。いわゆる「コボット」は重い任務を聞いてくれるが、人々はコントロール下になければならない。専門家の予測では、2020年までにヨーロッパで130万人のデータ労働者が必要になるが、毎年30%成長している3Dプリンタのような新分野がブームになっている。3Dプリンタは産業界で膨大な原料を削減しうるが、安全衛生と製造責任の問題を投げかけている。世界経済フォーラムの予測では、今日小学校に入学する子供たちの65%はまだ存在していない仕事をすることになるだろう。

We must avoid a worst-case scenario of robots replacing humans and generating massive job losses. Digitalisation has to work for the benefit of people – and just as workers participate in decision-making in conventional company structures, through works councils and workers’ board-level representation for example, ways must be found to give them a say in the way digitalisation and robotisation impact on their life at work.

我々はロボットが人間に代替し膨大な失業を生み出すという最悪のシナリオを回避しなければならない。デジタル化は人々の利益のために進められなければならない。労働者が労使協議会や役員会における労働者代表を通じて会社の意思決定に参加するように、デジタル化やロボット化が職業生活に影響を与えるやり方に発言する道を見出さなければならない。

Online platforms must conform to existing EU employment legislation, together with new measures arising from the forthcoming European Pillar of Social Rights: in particular the revision of the EU Written Statement Directive. Also, we as unions must give these platform entrepreneurs a chance and try to establish a dialogue with them and ensure they are open and accountable. We want to encourage a public debate to make citizens and consumers more aware of the issues at stake, and encourage them to assess the way workers are treated by platforms, when they use them. Rules must be imposed to avoid social dumping inside the sectors, and to ensure that digital companies contribute to social wellbeing through fair taxes on profits and their turnover made in Europe.

オンラインプラットフォームは既存のEU雇用法制と、来たるべき欧州社会権基軸から生ずる新たな措置、とりわけ書面通知指令の見直しを遵守しなければならない。我々はまた労働組合として、これらプラットフォーム企業に機会を与え、彼らとの対話を確立し彼らがオープンで説明責任を果たすよう試みる。我々は、市民と消費者がより現下の問題に関心を持ち、プラットフォームによる労働者の扱いを評価するようおおやけの議論を喚起したい。業界内でのソーシャルダンピングを避け、デジタル企業がその利益への公正な課税を通じて社会的厚生に貢献するべくルールが課せられるべきである。

The EU has a crucial role to play on this EU-wide topic. Global online platforms often by-pass national regulation, so a Europe-wide framework of rules is the best way to establish a level playing field with respect for workers’ rights. The Union must also prevent a ‘digital divide’ creating inequalities not only between countries and regions, but also between sectors of society: rich and poor, men and women, young and older people, highly and less qualified. ・・・

EUはこのEU規模の課題に果たすべき重要な役割がある。グローバルなオンラインプラットフォームはしばしば国内規制をすり抜けるので、EU規模のルールの枠組が労働者の権利を尊重した公平な土俵として最適なのだ。EUはまた、各国間のみならず業種間、貧富の間、男女間、老若の間、高学歴と低学歴の間の「デジタルデバイド」を防がなければならない。・・・

We do not want to frighten people by highlighting the dangers of digital evolution. But there are choices to be made, and systems must not be left to develop in a regulatory vacuum. Trade union mobilisation is vital, for, as our forebears found in the 19th century, if we wait until this new Industrial Revolution is complete, it will be too late. I see more and more colleagues in the unions who are even considering the 4th industrial revolution as an opportunity to lay new foundations for the trade union movement. Let us be ready to respond to this exciting challenge.

我々はデジタル革命の危険を強調することで人々を怖がらせるつもりはない。しかし選択をしなければならないし、制度は規制の真空で勝手に発展するわけではない。労働組合の動員が不可欠だ。我々の先祖が19世紀に見出したように、もしこの新たな産業革命が完了するまで待っていたならば、それでは遅すぎるのだ。ますます多くの労働組合の同僚たちが、第4次産業革命を労働組合運動の新たな基礎を作る機会だと考えるようになっている。このエキサイティングな挑戦に対応する準備をしようではないか。

連合総研『非正規労働者問題の今後の課題を探る』

Renso先日いただいた旨本ブログで紹介した連合総研の報告書『非正規労働者問題の今後の課題を探る  ドイツ、イギリスの非正規労働の実状と労働組合の取り組み~日本への示唆~』が、ようやく連合総研のホームページ上にアップされました。

http://www.rengo-soken.or.jp/report_db/file/1509524389_a.pdf

序章で主査の毛塚さんが非正規労働を、雇用法制規定型、税・社会保険規定型、支配的雇用特性規定型、企業境界政策規定型、情報技術規定型等々と類型化し、後続諸章の議論を位置づけます。

第1部はドイツで、第1章(毛塚)が50ページ近い大論文、それを補完するのが第2章(中村)の組合インタビューと第3章(後藤)の協約分析。

第2部はイギリスで、第4章(有田)はもっぱら今問題となっているゼロ時間契約と個人就業者を扱っています。第5章(石田・中村)の組合インタビューに加えて、第6章(井川)は労働党のマニフェストの紹介。

第3部は上の毛塚類型でいうと最後の二つに当たる企業境界政策型と情報技術規定型を中心にドイツとアメリカを中心に興味深い論考が載っています。

第7章(榊原)はドイツの請負契約(社外労働者と個人就業者)を、第8章(小西)は社会保障法におけるその扱いを、そして第9章(藤木)はアメリカにおけるギグエコノミーの議論を紹介しています。

どれも大変興味深く、示唆的です。

今の働き方改革が一段落したら、次の課題は間違いなくこの種の「新たな非典型就業形態」になることは間違いないので、本報告書をじっくり読んでおかないといけません。

2017年11月 1日 (水)

『日本労働法学会誌130号』

Isbn9784589038791『日本労働法学会誌130号 委託型就業者の就業実態と法的保護/不当労働行為救済法理を巡る今日的課題/女性活躍推進と労働法』(法律文化社)が届きました。中身は5月20日に龍谷大学で行われた第133回大会のミニシンポ3つと個別報告4つ、そして冒頭に菅野和夫JILPT理事長の特別講演録も載っています。

http://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03879-1

学会の中身はここで紹介していますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/133-dace.html

ここでは冒頭の菅野講演について少し。

おそらく圧倒的に多くの人は、菅野労働法の来し方をあれこれお話しするのだろうと思っていたと思いますが、さにあらず、前半は労働政策の時代に労働法学の役割は何かというテーマで、後半は日本型雇用システムについてJILPTの高橋康二さんらがやってきた研究内容の紹介になっています。

学会員のお手元には既に届いているはずなので細かな紹介はしませんが、社会学者と経済学者に対するこのコメントは、どなたをイメージするかによっても感想が若干違ってくるかも知れませんが、なかなか言い当てている感があります。

・・・政策は、多くの場合、法制度の設計として行われますが、法制度の設計は具体化すればするほど、経済学者や社会学者は十分になしえず、法律家の関与を必須とするはずです。

事例調査やアンケート調査に長けた産業社会学者は、実態把握には極めて有能であって、経済学者のような市場経済の法則への信仰を持たないだけ、ありのままの現実を析出してくれます。他方、私の経験では、多くの産業社会学者は法制度にはあまり興味がありません。調査データを元に実態を分析・類型化すればそれで満足してしまい、その実態に問題を見出しても、政策によって変えるべし、それにはどのような政策があり得るか、という発想にはなりにくい。ましてや、具体的な法制度と結びつけた政策論にはもっとなりにくい傾向にあります。

他方、経済学者は、彼らが信じる市場経済の法則から外れる実態を見ると、制度改革に強い関心を抱き、何らかの政策を提唱することが多いのですが、かつての制度派経済学者と違って、法制度の内容を細部や機能に至るまでは理解していないことが多い。したがって、法律家から見ていささか奇妙な制度論が語られることがあります。・・・

後半の雇用システム論は高橋康二さんらの今年12月に刊行予定の本『日本的雇用システムのゆくえ』のごく簡単な紹介なので、ここではむしろ、この本を乞うご期待ということで省略しておきます。

強いストレスを感じる労働者59.5%@『労務事情』11月1日号

Roumujijou_2017_11_01 『労務事情』11月1日号に「強いストレスを感じる労働者59.5%」を寄稿しました。

去る9月7日に平成28年 労働安全衛生調査(実態調査)が発表されました。これは安全衛生管理全般について調査するもので、いろいろと興味深い調査結果がありますが、ここでは仕事や職業生活における不安やストレスに関する事項についてみておきます。

 まず何よりも目を引くのは、現在の仕事や職業生活に関することで強いストレスとなっていると感じる事柄がある労働者の割合が59.5%と6割近くもあることです。単にストレスを感じているというのではなく、「強い」ストレスを感じているというのですから、ただごとではありません。・・・・・

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