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2017年11月 3日 (金)

ILO仕事の未来インタビューシリーズ

Wcms_588881 ILO駐日事務所のサイトに、「仕事の未来」インタビューシリーズの一環として、わたくしのインタビュー記事が載っています。

http://www.ilo.org/tokyo/fow/lang--ja/index.htm

仕事の未来インタビューシリーズでは、仕事の世界に関する専門家の方々と仕事と雇用の未来について考えます。第1回は、5月12日の「仕事の未来」労働政策フォーラムで「日本的柔軟性からデジタル柔軟性へ」と題する基調報告を行った濱口桂一郎労働政策研究・研修機構所長にお話をお聞きしました。

http://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---asia/---ro-bangkok/---ilo-tokyo/documents/genericdocument/wcms_588891.pdf

その初めのところをこちらにコピペしておきます。もっと読みたい方は、ぜひリンク先へどうぞ。

―濱口さんはその著書で、従来の日本の雇用システムは「就社型」であり職務の定めのない雇用契約である 「メンバーシップ型」というコンセプトを打ち出されました。

濱口  特定の職務に染まっていないまっ白な大卒男子が、いつでもどこでも社員として長時間労働 をしていたのがこれまでの日本の典型的な正社員でした。先日のフォーラムではこれを「日本的柔 軟性」と呼びましたが、その日本的柔軟性を受け入れた「無限定正社員」になれなかった女性をは じめ、さまざまな制約のある人たちが労働市場からはじき出され、非正規労働者として低処遇で不 安定な雇用に入っていかざるを得なかったのが大きな問題でした。

しかし仕事・労働の世界で時間 的空間的拘束の必要のない「デジタル柔軟性」が浸透すると、これまで働く機会が得られなかった 人にもチャンスが与えられ、現在日本で議論されている「働き方改革」で求められているワーク・ ライフ・バランスの観点からも大きなメリットがもたらされるのはまちがいありません。ここで重 要なのが、いつでもどこでもできるデジタル柔軟性のメリットをつぶさないで、契約上は自営業者 としてばらばらに働いているような人たちも含め働く人たちの声を集約してルール作りをしていく ことです。

根本的に柔軟性というのは、それを「享受する」という側面と、少し強い言い方をする と「搾取される」という両方の動詞を伴う概念であることを常に考えてルール作りをしていかなけ ればなりません。そのバランスを取るのがとても難しい。ヨーロッパではテレワークについて協約 が結ばれていますが、これは雇用を前提としたテレワークなのでルール作りが比較的容易です。雇 用型はもちろん非雇用型も含め、デジタル柔軟性が労働者にとってメリットのあるものにしていく ためのルール設定が、世界全体の共通課題だと思います。

―もう少し具体的に説明していただけますか。

濱口  現在の労働基準法改正の動きは、これまでの日本的な柔軟性をある程度制約しようという方 向ですが、それは働く人にとってメリットのある柔軟性を制限する場合もあります。やはりある種 の規制の組み換えが必要です。しかもそれはより現場に即した、当事者がきちんと議論し納得した ものでなければ意味がない。しかし一人ひとりの労働者の立場は弱いものです。呼びかたはどうあ れ、ある種の集団的な関係というものがルール作りの交渉には必要で、それが存在しない場合は積 極的に作っていく必要があります。

フリーランスで働く人たちは形式上は事業者となるため、経済 法、競争法上の団結禁止という原則にひっかかってきます。フリーランスの事業者が集まって談合しある金額以下では受注しないというのはけしからん、ということになります。労働法の世界で有 名なアメリカのサミュエル・ゴンパースが主張し ILO 憲章にも取り入れられている「労働は商品で はない」という原則は、労働者はまさに労働を売って対価を得ているが、それは普通の商人とはま ったく異なるもので労働条件を集団で交渉するのは談合ではない、ということを言っているので す。労働者であれ事業者であれ談合はけしからんという 100 年前の欧米の世界で、労働者は別だと して集団的労使関係法が作られました。しかしいまの法制度のもとでは、労働者は団結してもよい が、もっと言えば談合してもよいけれど、自営業者は労働者ではないのでダメだとされ、結果とし て労働者と連続性があるようなフリーランスの自営業者の人たちには、200 年前のイギリスの団結 禁止法と同様の規制が課せられてしまう。

労働者であるか自営業者であるかの線引きが非常にあい まいになっているデジタル時代のいま、はたしてそれで本当にいいのか、ということが問われてい ます。労働の世界だけでなく、労働法と競争法、経済法をまたぐ法制度のあり方を議論する必要が 出ていると思います。日本ではまだそれほど大きな問題になっていませんが、欧米ではすでに裁判 となっているケースもあり、きちんとした議論が必要な世界共通の課題だと思います。そうでない と問題が発生したら自分たちは労働者だといって訴えるしか解決策がない、労働者性を問題にする しかない。けれどもそれは結局、自営という形で得られる柔軟性を削る方向での解決策なのです。 本当にそれでよいのか。今までのきれいに雇用と自営が分かれていたことを前提とした制度設計自 体も、見直していかないといけないだろうと思います。 ・・・・・

 

 

 

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コメント

いつも拝見しております。
ご参考までに、事業者性の論点について、こういった検討が進んでいますので、ご参考までに。
(関係者ではありません(^^)

人材と競争政策に関する検討会
http://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.html
http://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.html

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