「日本はなぜここまで教育にカネを使わないのか」への答え
ニューズウィーク日本版に、舞田敏彦さんによる「日本はなぜここまで教育にカネを使わないのか」という文章が載っています。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/09/post-8491.php
本ブログでも再三取り上げてきたOECDのデータ等を使って、「日本はいかに教育にカネを使わないのか」を提示しているのですが、文章を最後まで読んでも、「日本はなぜここまで教育にカネを使わないのか」という問いかけもなければ、「それは・・・・だからだ」という答えも書かれていません。
まあ、タイトルは編集部が勝手につけたのかも知れないので、舞田さんの責任とは言えないかも知れませんが、タイトルを見て答えが書かれていると思った人の欲求不満を、僭越ながら拙文を引用して少しでもなだめてみたいと思います。
昨年『POSSE』32号に載せた「日本型雇用と日本型大学の歪み」からです。
・・・矢野眞和さんは『「習慣病」になったニッポンの大学』(日本図書センター、2011年)で、日本型大衆大学を日本型家族と日本型雇用と三位一体のシステムと捉え、その諸外国に類をみない18歳主義、卒業主義、親負担主義という3つの特徴を指摘しています。ここで言う日本型家族というのは大学の授業料を親が負担するという点に着目したものですから、それを可能にするような年功的な生活給を企業が労働者に支払うことを含意しています。かつては大学進学率自体が極めて低かったのですから、子どもが成人に達した後まで親の生活給で面倒をみるのが当たり前というのは、1970年代以降に確立したごく新しい「日本型」システムであることに留意すべきでしょう。
そして、「日本型」システムが常識化していくとともに、それ以前に世界標準に近い形で形成されていた制度は、非常識なものとして急速に「日本型」に適合するような形に変形されていきます。国立大学の授業料は1975年の3.6万円から1980年に18万円に上昇し、21世紀には50万円を超えるに至りました。私立大学は80万円を超えています。親がそれだけの給料をもらっていることを前提とすれば、まことに常識に沿ったやり方だったのでしょう。
一方、本号の特集との関係でいえば、奨学金制度を有利子による金融事業へと大きく転換させた1984年日本育英会法改正は、学校卒業後誰もが日本型雇用システムの中で年功賃金を受け取っていくことを前提とした仕組みです。1980年代の改革を後の新自由主義につながるものとして解釈することも可能ですが、日本型雇用システムへの賞賛が最盛期に達していた時代であり、その時代の精神的刻印を濃厚に受けているということを忘れてはならないでしょう。授業料の引き上げも、奨学金の金融化も、少なくともその始まった時代には「常識」に合わせるための改革だったのです。しかし、その「常識」はやがて周辺部から崩れていきます。
・・・日本型雇用の収縮は年功賃金を享受してきた中高年層にも及びます。拙著『日本の雇用と中高年』(ちくま新書、2014年)では、90年代以降のリストラが中高年労働者、とりわけ管理職クラスを狙い撃ちしたこと、追い出し部屋に送り込まれ、意に反して「希望」退職を強いられたことを述べました。しかしより広範で重要なのは、ヒト基準の職能給制度を維持したまま、(本来は職務を明確に定義することが前提であるはずの)成果主義賃金制度を大幅に導入し、「成果が上がっていない」という理由で年功的に高賃金になる多くの中高年労働者の賃金カーブを引き下げようとしたことです。そのこと自体は、(手法の是非を別とすれば)合理的と評価しうる面もあります。
しかしながら、日本型雇用における中高年の高賃金とは、西欧諸国であれば公的な社会保障で賄われているはずの教育費や住宅費といった必然的生活コストを個別企業の賃金で賄うという意味がありました。だからこそ、70年代以降先進諸国と同様に高等教育進学率が急速に上昇していったにもかかわらず、その費用の大部分を公的負担ではなく私的負担で賄うことができたのです。その私的負担を可能にしたのは、学生の親(父親)の年功的高賃金でした。矢野眞和さんのいう「親負担主義」の雇用システム的基盤です。それが90年代以降企業の経営合理性を理由に攻撃対象となったにもかかわらず、それを公的負担にシフトさせていこうというような声はほとんど上がることはありませんでした。こちらもやはり、90年代以降世の中を席巻したネオリベラリズムが原理的に私的負担を正当化する方向に働いたからです。
親の年功賃金が徐々に縮小していく中で、等しく私的負担といってもその負担主体は次第に学生本人にシフトしていかざるを得ません。こうして、かつては補完的収入であった奨学金やアルバイト収入が、それなくしては大学生活を送ることができないほど枢要の収入源となっていきます。学生本人の現在の労働報酬と将来の労働収入(を担保にした借入)によって高等教育費を賄うべきという考え方は、それ自体は市場原理主義という一つの思想から正当化され得ます。しかし、それはそういう形で正当化されて成立した仕組みではありません。日本型雇用に基づく年功賃金を所与の前提とする親負担主義に立脚して作られた仕組みです。それがいつの間にか、ネオリベラリズム的な本人負担主義にすり替えられていたのです。
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コメント
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租税負担を拒否しながら、公的給付の充実を求める、という、日本の民衆の矛盾した要求に対する政治的回答が「企業に負担させる」というものだったということなのでしょうね。それを可能にしたのが戦時下の国家総動員体制であった、というのはある種皮肉ではあります。
「企業に負担させる」というのは、ただの政治的レトリックであって、国民が負担しなくても済むということを意味しないわけですけど。
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日本が将来どのような社会になるべきか問うたところ、58.4パーセントが「北欧のような福祉を重視した社会」と答えた。また、31.5パーセントが「かつての日本のような終身雇用を重視した社会」を望み、「アメリカのような競争と効率を重視した社会」と答えたのは6.7パーセントにとどまった。
ところが、それではそのような方向をめざすにあたって、出発点となる日本のシステムの何を改めるべきかと尋ねると、「北欧のような福祉を重視した社会」をめざすべきとした人々のうち、3割近くが「官僚の力を弱めるべき」と答えた。さらに社会保障の財源をどのように確保すべきかを尋ねると、同じく46パーセントが「行財政改革を徹底する」という方法を挙げた。あたかも、小さな政府の実現を通して北欧福祉国家に近づくことを求めているようにも見える。日本は公的支出の大きさで見ても公務員の数で見ても、すでに小さな政府なのに、である。
(宮本太郎.「福祉政治:日本の生活保障とデモクラシー」.有斐閣.2015)
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投稿: IG | 2017年9月22日 (金) 23時48分
国の赤字を気にして教育を疎かにすべきではないですね。
そもそもなぜ国の赤字を気にせねばならないのか、そこをまず整理すべきです。
投稿: sasayama | 2017年9月23日 (土) 10時13分
参考までに国民負担率と教育費GDP比を並べてみました。
日本とアメリカの違いが、社会保障負担率と教育費に現れていて、興味深いですね。アメリカは社会保障にお金を回さずに教育費に使っている、ということですかね。
①租税負担率
②社会保障負担率
③公財政支出
④私費負担
[出典]
国民負担率の国際比較(OECD加盟34ヵ国)(2014年)
http://www.mof.go.jp/budget/topics/futanritsu/20170210.h
「教育指標の国際比較」(平成25(2013)年版)
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/1332512.htm
投稿: IG | 2017年9月24日 (日) 01時47分
IGさんのデータから見ると、日本は教育分野での再分配を他の国より行っていないことが分かります。
アメリカで私費が大きいのは補注より「「私費負担」は,授業料等の家計負担分及び寄付金等の民間機関による教育費で~」とありますので寄付金が大きいのだと思います。
何でかと考えると、寺子屋の時代から安価で一通りの教育を受けることが出来たため、教育に金を掛ける習慣ができかなったのも大きいかなと思います。
投稿: Dursan | 2017年9月24日 (日) 13時04分
例えば州立大学の名門として有名な、UCLA(University of California, Los Angeles) の学費見積もりは以下のとおりですね。授業料が年間で約130万円、トータルで年間約340万円ほどかかるそうです。これは州内の学生の場合で、州外の学生は授業料が倍以上高くなります(リンク元脚注参照)。
健康保険料が年間約20万円というのも注目点ですね。民間保険だと月10万以上はするらしいですから、これでも大幅にディスカウントされているのでしょう。親の健康保険で扶養者の負担ができる日本との違いがここにも出ているわけですね。
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ESTIMATE COSTS FOR THE ACADEMIC YEAR 2017-18
(http://www.ucla.edu/admission/affordability)
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投稿: IG | 2017年9月28日 (木) 23時21分