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2017年9月29日 (金)

日本の労働市場における信仰による統計的差別@小林徹

日本経済研究センターが発行している『日本経済研究』の9月号に、大変興味深い論文が載っています。小林徹さんの「日本の労働市場における信仰による統計的差別」です。

https://www.jcer.or.jp/academic_journal/jer/detail5258.html#3

小林さんは1年だけJILPTに在籍してすぐに高崎経大に移られた方ですが、この論文は、恐らくほとんどすべての人の意表を突くテーマでしょう。

いやもちろん、雇用における差別というのは多くの研究者のペットテーマではありますが、そして宗教差別というのは欧米諸国では結構深刻な問題ではありますが、日本ではたぶんまともに取り上げられたことはないのではないかと思います。

宗教差別と類似の思想・信条差別については、逆に労働組合間差別や労働組合内の差別というような形で、集団的労使関係の外皮をとりながらもわりと議論されてきたと思いますが、宗教差別となると、「いやあ、日本人は無宗教だから」みたいな表層的な感覚で、あまり真面目に議論されてこなかったのでしょう。

ところが、小林さんはJGSSと東大社研のデータを使って、宗教に熱心なほど、また宗教団体に所属しているほど、勤続当初から賃金が低くなっていることを明らかにしています。

本稿では、日本で労働者が特定の宗教に所属していることや、その信仰の有無や強さによって、使用者からの処遇が異なるのか、異なるならば就業当初からなのか、勤続に伴い拡大していくのかを分析した。その結果、宗教に熱心なほどまたは宗教団体に所属しているほど勤続当初から賃金が低くなっていた。生産性の代理指標として当該情報が就業初期から考慮され、統計的差別が行われていると考えられる。また、人的資本や労働意欲に関わる変数を考慮した場合としない場合とで宗教変数の影響は変わらなかったことから、人的資本や労働意欲の代理指標となっているのではなく、マッチング生産性の指標になっていると考えられる。

41xlwubolyl__sx298_bo1204203200_今から9年前に、森戸さんと水町さんの編で『差別禁止法の新展開』(日本評論社)という本が出ていますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-f90d.html

この本、森戸さんが「美醜・容姿・服装・体型――「見た目」に基づく差別」なんて話まで取り上げているのに、宗教差別には関心が向いていません。

私も含めて、こと日本においては宗教差別なんて問題ではないだろうと勝手に思い込んでいたのでしょうが、実はそうでもないんだよ、と、小林さんの論文は語りかけてきます。最後のまとめから:

最後に日本の労働市場における政策含意を述べる。近年は日本の雇用差別禁止法制に進展が見られ、06年の男女雇用機会均等法改正、07年の雇用対策法の改正により、採用時についても性別や年齢による差別的取り扱いは基本的に制限が付されるようになった。加えて、障害者の採用については障害者雇用促進法の納付金制度により法的な採用支援がなされている。櫻庭(2008、5ページ)で指摘されるように、性別・年齢・障害による採用差別は、思想・信条・宗教による差別と共に雇用差別禁止法制の限界とされていた。しかし性別、年齢、障害による採用差別については法整備が近年進んでいる一方、採用時の思想信条・宗教による差別に関する法規定には進展がみられない。

採用時の思想信条・信仰による差別について、その法整備の必要性があまり議論されてこなかった背景には、そのような差別が問題として観察されにくかったためではないかと考えられる。思想信条・宗教による差別は性別・年齢に関する場合と異なり、統計的な実態把握はほとんど行われていない。思想信条・宗教による差別の問題が観察されるのは、訴訟などに発展する場合に限られ、性別・年齢・障害者差別問題のように、労働市場において一定の割合を持って存在するとは認識されていなかったように思われる。しかし、本稿の分析結果からは、冒頭に述べた指針・行政による注意が存在しながら、人的資本・労働意欲に差がなくとも宗教上のマイノリティは採用時に低評価を受けやすいことが統計的に指摘できる。米国においては“Title Ⅶ of Civil Rights Act”の影響か、Altonji and Pierret (2001)やMansour(2012)の分析からは、人種間で統計的差別が行われている傾向は見られなかったが、日本では指針・注意があっても統計的差別が存在するならばそれは懸念すべき事態だと思われる。採用企業の多数従業員とは異なる思想信条・宗教を持ちながらも組織コミットやチームワークに劣る部分の無い者がいた場合に、思想信条・宗教のみを理由として差別され不利益を被ることは避けられるべきであろう。冒頭で紹介した厚生労働省(2017)の5、6ページは、「本人に責任のない事項の把握」だけでなく「本来自由であるべき事項(思想信条にかかわること)の把握」についても差別につながる懸念を表明している。特に「一億総活躍社会」の実現を目指している日本においては、人種・民族・性別・年齢といった「本人に責任のない事項」と同様に、「本来自由であるべき事項」を理由として差別されない状況が望ましいと考えられる。

しかし、採用時の思想信条・宗教による差別について、特別な法律による制限を設定することは容易ではない。本稿の分析結果は、採用企業が直接的に宗教保持に関する情報を得て差別的判断をしたかについては留保が残されている。直接的な情報獲得をしなくとも、採用面接時の会話において思想信条が間接的に反映された結果、人柄が社風とミスマッチしているために処遇が低くなっている可能性も考えられる。よって、採用時の思想信条・宗教差別を特別な立法によって制限した場合においても、法に触れないような処遇差の理由を別に示すことが可能であれば、状況は何ら改善されないことも予想できる18。一方で、法律に明記することによって啓蒙が進み、実態としても差別が減少することも期待できるが、法的な対応の実効性を確保する点が重要と考えられる。

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