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2017年8月 2日 (水)

日本的柔軟性からデジタル柔軟性へ

20170809先週刊行された『ビジネス・レーバー・トレンド』8・9月号の特集「働き方の未来」のうち、ILOとの共催フォーラムにおけるわたくしの基調報告「日本的柔軟性からデジタル柔軟性へ」をアップしておきます。

<基調報告>

日本的柔軟性からデジタル柔軟性へ

濱口桂一郎・労働政策研究・研修機構所長

労働社会の大きな転換点

私からは技術革新に伴う労働の世界の変容について、日本の文脈に照らしながらお話させていただきます。ライダー事務局長のお話にもあったように、今、世界的にも労働社会は大きな転換点にあると思いますが、そこには世界共通の文脈と日本独自の文脈があり、この2つが絡み合って進んでいるのが、日本の現実ではないかと思います。

日本の文脈

3月28日に政府が「働き方改革実行計画」という、広範な文書を策定しました。ここには2つの転換が刻印されています。まず、いわゆる日本型雇用システムは正規労働者の柔軟性、とくに職務内容や労働時間や勤務場所の柔軟性が特徴となっています。これを無限定正社員とも言いますが、こうした諸要素を柔軟に変化させることで長期雇用をできるだけ維持しようとするシステムです。

 この柔軟性に対応しにくい女性などは、この無限定正社員になることができず、非正規労働者として低処遇・不安定な雇用に入っていかざるを得ない面がありました。しかし、かつて正社員の多くは成人男性で、非正規労働者の多くは主婦や学生だったため、社会的な矛盾は極小化されていました。しかし、1990年代以降、育児・介護といった家庭責任を負う正社員も増える一方、非正規労働者でも家計を維持しなければならない人も増えてきました。そのため、両方でいろいろな矛盾が発生してきたのです。

 日本的柔軟性からの脱却?

いまの「働き方改革」は一言で言うと、こうした日本的な柔軟性をなにがしか限定しようとするものと言えます。とりわけ、正社員の長時間労働の是正が、最優先課題となっています。例えば時間外労働の上限設定、休息時間の導入などが盛り込まれていますし、正社員の転勤についての制約も議論されています。その一環として働く地域を限定した正社員制度の普及も言われております。

 さらに実行計画の中では、女性に限らず、病気治療中の人、育児や介護の責任を負っている人、障害者など、働き方に制約のある人々を前提とした人事管理への移行が求められています。

 日本的デュアリズムからの脱却?

もう一つの大きなテーマとして、日本的デュアリズムの問題があります。日本的な柔軟性と相補的なものとして、正社員と非正規労働者の大きな格差が日本の労働市場の特徴となってきました。

 しかし近年拡大してきた家計維持的な非正規労働者が、正社員と比べた低処遇に不満を募らせてきています。そのため実行計画でも同一労働同一賃金を掲げ、基本給だけでなく非正規雇用への手当、福利厚生も含んだ処遇改善が打ち出されました。

 こういった日本的デュアリズムの是正は、その基盤である日本的な柔軟性にも影響を与えるでしょうし、より職務内容に着目した処遇体系への移行も促進するかもしれません。

 働き方改革の目指す社会は?

では、日本政府が進めている働き方改革が目指す社会は何か。一言で言うと今までの日本的な柔軟性とデュアリズムから脱却し、よりヨーロッパ社会に近い、職務内容、労働時間、勤務場所がより限定的な働き方にしていくという方向性が窺われます。今までの無限定正社員や非正規労働者が、限定正社員に近寄ってくるイメージです。

 新たな柔軟性への方向性

これが日本独自の文脈ですが、日本は先進国の1つとして、世界共通の文脈の中にもおかれています。その世界共通の文脈も、実行計画の中に姿をあらわしており、3つほどの働き方が提起されています。

 1つは雇用型テレワークで、雇用契約のもと自宅、サテライトオフィス、あるいは特定した働き場所を決めないモバイル勤務を推進していくことが書かれています。

 もう一つは非雇用型テレワーク。個人請負型の一種の自営業ですが、インターネット等を通じて、個人が業務を請け負う形で就労するものです。典型例として、クラウドワークが示されています。

 また、副業・兼業の推進。複数の企業と雇用契約を結ぶパターン、あるいは、その幾つかを個人請負で就業するパターン、こうした働き方の多様化を新たな柔軟性という形で提起しています。

 デジタル化と第4次産業革命

この新しい柔軟な働き方を可能にしつつあるのは、ライダー事務局長も言われた経済のデジタル化です。例えばドイツではインダストリ4.0といわれていますし、日本でも第4次産業革命といわれています。ここではキーワードだけ並べますが、インターネット、遠距離データ通信、モバイルコミュニケーション、クラウドソーシング、ビッグデータ、ロボット、3Dプリンタ、IoT、人工知能(AI)などの活用で、時間や空間の制約を超えて、「いつでもどこでも」生産活動ができる情報通信環境が生み出されつつあるのは確かでしょう。

 「いつでもどこでも」再び

この「いつでもどこでも」は、英語で言うとanytime anywhere。これは日本が、そこから脱却しようとしている伝統的な働き方でもありました。伝統的な日本的な正社員は、「いつでもどこでも」社員でした。ただしその意味は、夜でも休日でも働く、会社の命令で来週から北海道勤務だと言われたら転勤するという意味だったのです。一方、デジタル化による雇用型テレワークは、自宅でもサテライトオフィスでも、また喫茶店でも、あるいは勤務時間内でも夜でも休日でも作業ができるわけです。まさに、新たな「いつでもどこでも」です。

 かつての日本的な「いつでもどこでも」では、「いつでもどこでも働けますか」「いえ、働けません」ということで、女性や育児・介護責任のある人は働きにくかったのです。しかし、テレワークによって、いつでもどこでも働けるから、こうした育児・介護の責任のある人は働きやすくなります。まさに、ワーク・ライフ・バランスに非常に役に立つ働き方ではありますが、逆にいつでもどこでも働けるので、働き過ぎの危険は否定できません。

 非常に皮肉ですが、今、日本政府は、一方で労働時間の上限設定をかけようとしつつ、他方で、その限定がしにくい働き方を推進しようとしているのです。どちらもワーク・ライフ・バランスに役立つ方向へということですから矛盾ではないのですが、アイロニカルな状況とも言えます。

新たな自営業の世界 

非雇用型まで射程を広げると、もっと大きな話になります。歴史的に見て、労働法、社会保障は、ほぼここ100年の間に世界的に発達してきたのです。ある程度まとまりのある職務を単位に、ある程度の期間、継続的な雇用契約を締結し、仕事と報酬を交換する仕組みが産業革命以来、確立し、世界中に広がってきました。その枠組みを前提に労働法、社会保障が組み立てられてきたのですが、経済のデジタル化によって、この基盤となってきた職務が、ジョブからタスクに分解されつつあると言われています。ジョブをタスクに分解し、そのタスクごとに個別に発注して、その成果に報酬を払うという仕組みは、これまでも社会の周辺部分では存在していましたが、それが社会の大きな分量を占めるようになるのではないかと指摘されています。

 プラットフォーム経済、シェアリング経済、あるいはコラボラティブ経済とも言うようですが、こういったクラウドソーシングがどんどん急激に拡大すると、今まで雇用契約を前提としてきた労働法、社会保障の基盤がだんだん壊れて、新たな自営業の世界が広まりだすことになります。

 これ自体は悪いわけではありません。しかしこういったデジタル経済が生み出しつつある新たな自営業について、欧米の労働組合から強く主張されるのは、テクノロジーを使った強力なコントロールのもとにあるということです。例えば顧客の評判で点数がつけられ、点数が低かったり、あるいは命じられたタスクを断ったりしたら、そこから排除されます。雇用契約ならば解雇になり、それをめぐって紛争することはできますが、解雇する必要もないのです。アカウントを停止して、それで終わりになる。そういった問題が指摘されています。

非雇用型テレワークの法的保護

 「働き方改革実行計画」の中にも、この雇用類似の働き方について、「法的保護の必要性を中長期的課題として検討する」との文言が入っています。まさに世界共通で直面している課題ですし、今後、政労使、また研究者が真剣に取り組んでいく必要のある分野だろうと思います。

 指揮命令されずに自分で働き方を決められることは、それ自体、別に悪いことではありません。しかしその形式のもとで、伝統的な労働者より不安定で、低所得の働き方が拡大するのは、望ましいことではありません。そのため、労働法規制、社会保障制度のあり方を見直すことは、まさに世界共通の課題だろうと思います。

集団的“労使関係の再認識

最後に、1つ指摘しておきたいは、集団的労使関係の意義を、再認識する必要があるのではないかということです。自営業(雇用類似の働き方)は、法的には厳密な意味で労使関係はないわけです。しかし、エンプロイヤーではなくても、使う側、ユーザーというのはあるわけですし、エンプロイーではなくても、労務を提供する人、ワーカーはいるわけです。事実上、労使関係に近い社会関係が存在するはずです。

 そうすると、こうした人々にどういうルールを設定するか。そして、そのルールをどのように実施していくかについて、これを労使関係といっていいのか、わかりませんが、集団的な労使関係を活用できるかどうかが、今後の課題になるのではないでしょうか。集団的といっても大きく2種類あり、一つは、労働組合タイプの結社型の集団性、もう一つは労使協議会タイプの機関的な集団性。これをどう組み合わせながら、解決の方向性を考えていく必要があるのではないかと考えております。

 日本には労働組合法があり、そこで労働組合は労働協約を締結することができますが、実はそれだけではなく、六法全書の経済法のところに中小企業協同組合があり、それを見ると、多くの方はご存じないかもしれませんが、協同組合も自分たちのメンバーのために交渉をし、団体協約を締結する権利があると書かれています。

 いわゆる独禁法などの競争法との関係をどう整理するか。労働者の外縁にあるような人々を集団的な枠組みでどのように対応していくかを考える上で、拠り所になる法制度があるのかもしれない。若干トリビアルな知識を提供させていただいて、私の基調報告にしたいと思います。

このあとのパネルディスカッションでは、司会の大内伸哉さんが持論を雑誌で2ページ近くにわたって論じるなど、ますます面白い展開となっておりますので、そちらも是非。

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コメント

包括的で大変興味&奥深い論考ですね。もちろん重要な論点は無数にありますが、さしあたりここでは以下一点だけ…。

新しいデジタル柔軟性の「…矛盾ではないのですが、アイロニカルな状況」という点に関して。

思うに、 ニッポン人正社員の無限定性を表わす「いつでも、どこでも」(anytime, anywhere)ですが、これまでは主に男性正社員を対象とした労働時間(work hour)と勤務地(work location)と職務内容(Job)の3要素に関する「無限定」でしたが、新しい柔軟性の対象は男性正社員に限りませんし、その柔軟性はあくまでも勤務時間帯(work start /end time)と勤務場所(office location)でしかなく、従来まで無制限だった重要な上記3要素(労働時間&勤務地&職務内容)に関しては今後「限定」の方向へ確実に進むものと理解しています。

よって、小職の理解では状況は「アイロニカル」というよりも「トリッキー」な様相に見えます。

投稿: 海上周也 | 2017年8月 2日 (水) 18時12分

本エントリに関連する重要性な論点の判例として〜

「NY州でウーバー運転手に失業保険を認める行政審判官判断~他州へ波及か」
http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2017/08/usa_01.html

JILPT のWEB記事(国別トピック)によれば、本エントリにありました「新たな自営業の世界」(プラットフォーム・シェアリング経済)の代表格ともいえるウーバー社で、NY州当局が訴えのあった元運転手3名に対して失業保険の受給資格を認めただけでなく、他の全ての運転手に同保険の掛け金の全額を会社負担しなければならないとする、運転手の「労働者性」が部分的にも認められる判断(失業後ですが…)が出されたようです。

仮にもし、現時点においてここニッポンで同様の裁判が起きた場合、おそらく過去に同様の「労働者性」が争われた類似のケース(NHK受信料集金人、バイク便、劇団の団員、コンビニ店主など)をみるかぎり、当該運転手の労働者性は否認されるのではないでしょうか。その理由は、指揮監督下にないこと、報酬の労務対償性が薄いこと、事業者性が高いこと等からです。

日本人から見ると、その流動的でダイナミックな労働市場やEmployment at will(随意雇用の原則。解雇自由)など米国の労働法制は、ニッポンのそれにくらべて全く対照的かつシビアにきっと思われていそうですが、今回のように、労働者か個人事業主かの「グレーゾーン」にいるタクシー運転者に対しても一定の社会保険料(失業保険、労災保険、年金)の負担を企業に求める判決をしっかり言い渡すなど、丁寧にその国の雇用実態を見ていくと「現実」はそう単純に割り切れるものではなそうですね。

勝手な想像ですが、この判決の背景にはウーバー型運転手(流動的な個人事業主)を活用するシェリング経済の新しいビジネスモデルの新興勢力に対する一種の「歯止め」が、すなわち既存/従来の伝統的ビジネスモデル(運転手を「雇用」する使用者団体)からの「反発」があったのではないかと…。もっとも、あくまでも公正で健全な競争環境を維持を優先するという(より大きな)「社会正義」あっての判断でしょうが…。

いずれにせよ、デジタル化で先行する米国における「非雇用型テレワークの法的保護」の1つの先進事例として注目に値するケースかと思えます。

投稿: 海上周也 | 2017年8月 4日 (金) 17時52分

Uberは日本ではまだ殆ど普及していませんが、アメリカからヨーロッパ諸国でも大変な勢いで普及していて、昨年10月にはイギリスの雇用審判所で、やはり労働者性を認める判決が出ています。

JILPTの仲琦研究員が今年3月にまとめた『欧州の新たな非典型就労組織に関する研究』において、この問題を取り上げていますので、ちょっと長いですが、引用しておきます。それ以外の部分も興味深い知見があります。


http://www.jil.go.jp/institute/reports/2017/documents/0190.pdf


ウ イギリスにおける Uber 運転手の労働者性判断

このような就労組織の下で就労する運転手の労働者性に関して、ロンドン中央雇用審判所はこれを肯定した。その主な理由付けは以下のようになる。即ち、 ① 予約を受け入れるかどうかに関して、Uber は一方的かつ完全にこれを決定すること(sole and absolute discretion)ができる。 ② Uber が運転手に対して面接と募集を行う。 ③ Uber は重要な情報(とりわけ乗客の苗字、連絡方法と予定した目的地)をコントロールし、運転手はこれを知ることができない。 ④ Uber は運転手に対して、コースを受け入れ、それをキャンセルしないことを要求し、これらの要求に従わない運転手をログオフさせることによって、前述した要求への遵守を強要する。 ⑤ Uber がデフォルト路線を設定し、運転手は自己責任で設定された路線から外れることができる。 ⑥ Uber が運賃を設定し、運転手は乗客とより高い運賃に関して合意することができない。(より低い運賃に関して合意する自由があるが、それは明らかに無意味である。) ⑦ Uber は運転手に対して、様々な規制を課し(例えば自動車の選択肢を制限する)、運転手に対して、その労務従事に関して指示を与え、様々な手段によって、その労務給付をコントロールする。 ⑧ Uber は運転手を一定の評価システムの下で管理し、労務給付に関する管理・懲戒手続(performance management/disciplinary procedure)を設定する。 ⑨ Uber が払い戻しに関する事項を決定し、場合によっては、報酬額が影響されうる運転手がそれに関与することもできない。 ⑩ 保障される収入計画があった(現在はもう継続されていない)。 ⑪ Uber は損失に関するリスクを負担する。運転手が本当に自己責任で自営業をする場合、このようなリスクは運転手が負うことになる。(詐欺に遭った場合や自動車が汚れた場合等) ⑫ Uber は運転手に対するものを含めて、乗客からの苦情を処理する。 ⑬ Uber が運転手の運賃を一方的に変更する権利を保有する。

投稿: hamachan | 2017年8月 4日 (金) 19時48分

Hamachan先生、上記のUberの英国の情報提供ありがとうございます。独立自営のタクシー運転手と聞くと、何となく自由気ままなイメージがあったのですが、この判決内容の詳細を見るかぎりUberの運転手はここまで「がんじがらめ」の管理統制下にあることに驚きです〜まるでどこかの国のフランチャイズ契約のコンビニ店主のようですね。

もっともこれは日本と同じだなぁと思った点は、このような労働者性(Employed or Self-employed)を決める基準となるのは、個別具体的なタスクの職務分析を積み上げた「総合的で客観的な判断」だということ。ジョブ遂行時の一つひとつのタスクの選択や判断における運転手当人の裁量(自由意思)がどこまで反映されているか(どこまで使用者にコントロールされているか)を細かくシビアに見ているのだなぁ...、と。Uberの場合、ここまで完全に縛られていると(仮に「いつでもどこでも働ける」という働き方の自由やフレキシビリティがあるにせよ)一国一城の個人事業主!という感じは全然しないでしょうね。

日本でも鋭意検討されるべき課題「非雇用型テレワークの法的保護」ですが、きっと現実のケースは千差万別…。両端の明らかなEmployedとSelf-Employedの中間に広大なグレーゾーン領域がありうるため、最新の裁判例を積み上げていくことで両者の「線引き」に関する社会的な合意形成が進むことを期待します。

投稿: 海上周也 | 2017年8月 5日 (土) 07時01分

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