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2017年8月

2017年8月31日 (木)

労働時間設定改善法は雇用環境・均等局の所管になったのか

例の働き方改革の一括法案に向けた審議日程が一斉に公表されていますが、

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000175984.html

マスコミは時間外の上限規制と高度プロフェッショナルの一括に関心を集中してますが、まあ同じ労働基準法の改正なので、これは逆に一本にするのが筋でしょう。

しかしそれ以外の、同一労働同一賃金の3法改正や雇用対策法改正まで全部一緒にするのですね。

これを見ていて今さらながら気がついたのは、労働時間設定改善法、むかしの時短促進法の所管が労働基準局ではなくて雇用環境・均等局になっていたことです。

つまり時間外の上限規制は労働基準局だけれども、インターバル規制の方は雇用環境・均等局ということで、改めて組織再編の発表資料を見ると、

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10108000-Daijinkanboujinjika-Jinjika/0000169963.pdf

1 雇用環境・均等局の新設
働き方改革に特化した局を新設し、
① 同一労働同一賃金の実現など非正規労働者の処遇改善
② 女性活躍推進や均等処遇の推進
③ 長時間労働の削減等ワーク・ライフ・バランスの実現
④ 短時間・在宅労働の雇用環境改善
などに沿って組織を再編し、働き方改革を強力に推進する体制の強化を図る。

となっているのですが、いささか泣き別れ感があります。上限規制は監督官がびしびしやるけれども、インターバルはそうじゃない、ということなんでしょうが、これまでも臨検監督じゃない時短指導も監督官がやってきたと思うのですが、そこも変えるのでしょうか。

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2017年8月30日 (水)

学校における働き方改革に係る緊急提言

まだ文部科学省のサイトにはアップされていないようですが、昨日中教審の働き方改革特別部会で緊急提言が出されたようです。

https://www.kyobun.co.jp/news/20170829_07/

28004452e1efaae8d2fa1d019dcb2ea5300中教審の働き方改革特別部会(部会長・小川正人放送大学教養学部教授)の第3回会合が8月29日、都内で開かれた。緊急提言がまとめられ、小川部会長から宮川典子文科大臣政務官に手交された。

緊急提言の全文はこれです。

https://www.kyobun.co.jp/middle-school/20170829_07_02/

1.校長及び教育委員会は学校において「勤務時間」を意識した働き方を進めること
2.全ての教育関係者が学校・教職員の業務改善の取組を強く推進していくこと
3.国として持続可能な勤務環境整備のための支援を充実させること

学校の先生だけが取り残されるわけにはいかないというのは当然ですが、実はその前に、そもそも学校の先生にもちゃんと労働基準法の労働時間規定は適用されているのだということを確認しておくことも、法律に関わる人々にとっては第一段階として必要ではないかと思われます。

まず、私立学校の教職員はいかなる意味でも他業種・職種の民間労働者と異なるところはありません。日本国の法律は、かなり多くの教育関係者の脳内にある教師聖職論を否定しています。初等・中等教育機関のかなり多くが地方公共団体に属し、その教職員が地方公務員であることによる制限があるだけです。

その上で、これは業界関係者にとっては常識ですがそうでない人には案外知られていないこととして、国家公務員は労働基準法が全面適用除外ですが、地方公務員は原則適用であるということがあります。いわゆる現業じゃなく、非現業の地方公務員も、いくつかの規定が適用されないだけで、労働時間の規定も原則適用なのです。ただし、労使対等決定原則が適用されないという理由で、36協定はなく、33条の臨時の必要で見ています。

ここで重要なのが、非現業と現業ってどこで線引きするのか?ということ。労働基準法はやや不思議なことに、交通や水道といったいわゆるブルーカラー系現業と、いわゆるお役所の非現業の間の、民間でも公共でも同じサービスを提供している病院と学校というホワイトカラー系現業について、前者の病院は労働基準監督署の監督下に置きながら、後者の学校は労働基準監督署の監督の下ではなく、人事委員会又は当該地方自治体の長が監督するという、なんという自分で自分を監督するのかみたいな状態にしたわけです。

この、一見微細な違いが、近年、監督署が病院に臨検監督に入って違反を摘発するということが頻発し、医師の働き方改革の議論につながっているわけですね。これに対し、公立学校は残念ながら監督官が入れないのです。

そういう法制度の在り方は、そろそろ見直しても良いのではないか、という議論は、なぜか不思議なことにあまり起こってきません。実は、かつては国家公務員として労働基準法が全面適用除外だった国立学校が、まとめて国立大学法人という名の民間学校になってしまったため、今では逆に完全に労働基準監督署の監督下にあるということも、あまり議論になっていないようなのは不思議です。

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2017年8月29日 (火)

「個別労働紛争、いじめ・嫌がらせが1位」@『労務事情』9月1日号

Roumujijou_2017_09_01『労務事情』9月1日号に「個別労働紛争、いじめ・嫌がらせが1位」を寄稿しました。

去る6月16日、厚生労働省が例年通り平成28年度個別労働紛争解決制度の施行状況を公表しました。全国の総相談件数は113万741件、民事上の相談件数は25万5,460件、労働局長による助言・指導の申出件数は8,976件、あっせんの申請件数は5,123件と、ここ数年来の傾向が続いています。新聞発表資料で強調されていたのは、「民事上の個別労働紛争の相談件数、助言・指導の申出件数、あっせんの申請件数の全てで、「いじめ・嫌がらせ」がトップ」になったということです。これをちょっと過去に遡って見てみましょう(以下原則として西暦で統一します)。 ・・・・

 

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自分の子孫だけが幸福になる社会など存在しない

Img_month『生活経済政策』9月号が届きました。特集は「子ども・子育て支援を巡る政策動向 ― 子ども保険や奨学金政策をどう評価するか ―」です。

http://www.seikatsuken.or.jp/monthly/

今まさに話題のトピックでもあり、興味深く読みました。

•はじめに/駒村康平
•[総論]子ども・子育て支援を巡る政策動向 — 子ども保険や奨学金政策をどう評価するか/駒村康平
•育児支援政策の歴史的展開と今後の方向性 — 「子ども保険」の構想を受けて/ 福田素生
•「こども保険」による幼児教育無償化の問題点/池本美香
•奨学金受給は大学進学、大学卒業後の収入・正規就業に寄与しているのか/萩原里沙

総論の駒村さんは、幼児教育無償化は高所得層の親たちの負担を減らすだけでデメリットが大きい、子ども子育て支援の拡充は必要だが、まず消費税の引き上げを再開すべきだと、かなり辛口の批判をしています。

ただ、その最後のこの一節はなかなか味わいのある言葉になっているので、ちょっと長めですが引用しておきますね。

・・・以上、本稿では、子ども保険と幼児教育無償化について批判ばかり行ったが、子ども保険の議論がもたらした重要な意義もある。福田も指摘しているように、シルバー民主主義が強まる中で、真正面から子ども向けの給付のための国民負担増の議論を打ち出した点である。幼児教育無償化には課題があるものの、子ども・子育て向け政策の拡充と財源の確保は必要である。これには高齢世代の協力、すなわちシルバー民主主義の克服は重要である。高齢化の中で有権者の構造も高齢化し、政治的に高齢者の発言力が増す。子ども向けの社会保障は軽視され、高齢者向けの社会保障が増大し、社会保障の世代間の不公平は拡大していく。少子化は続き、次世代に残されるのは膨大な債務と負担ばかりとなる。高齢世代は自分の子孫は大事だが、次世代には関心がない。しかし、ここでも大事なのは、自分の子孫だけが幸福になる社会など存在しないということである。・・・・・

そう、高齢者を優遇することの最大の問題点は、実は(薄っぺらな世代間対立論者の認識とは異なり)金持ちの高齢者が自分のDNAを受け継ぐ若者に「のみ」その豊かさを注ぎ込み、若者世代における貧富の格差が増幅されるということにあるわけです。しかし、そんなDNAクラシーは決して持続可能ではないのですが。

豊かな親や祖父母を持てなかった「運の悪い子供たち」を見捨てる社会にならないためにはどうしたらいいのか。

その意味で「自分の子孫だけが幸福になる社会など存在しない」という決め台詞はとても重要です。

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2017年8月28日 (月)

河野真太郎『戦う姫、働く少女』

9784906708987_600 河野真太郎さんの『戦う姫、働く少女』(堀之内出版)をお送りいただきました。POSSE叢書というシリーズの一冊です。

http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784906708987

ジブリの少女やディズニープリンセスは何と戦い、どう働いたのか。それは現代女性の働きかたを反映していた―。『逃げ恥』から『ナウシカ』まで。現代のポップカルチャーと現代社会を縦横無尽、クリアに論じる新しい文芸批評が誕生!

文芸批評というか、言葉の正確な意味での文芸社会学なんでしょうね。

本書が目指すのは、「戦闘美少女の社会的分析」である。『風の谷のナウシカ』から『新世紀エヴァンゲリオン』、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』にいたるまで、わたしたちのポピュラー・カルチャーは戦う姫・少女の姿であふれている。それらの女性像は、いったいいかなる社会の変化を、そしてどのような願望のありかを指し示しているのか? この疑問に取り組むにあたって軸となるのは労働の問題、それもとりわけ女性の労働/女性と労働という問題だ。少女たちが文字通りに働くジブリ作品はもちろん、現代に氾濫する「解放された女性」たちの物語と、新自由主義とポストフォーディズム下における女性的労働そして女性化された労働の世界との関係はいかなるものなのか? 本書はそうした疑問をさまざまな作品を縦横無尽に接続しながら論じる。そうして可視化された「現在」を、わたしたちが乗り越えていくために。

これ、『POSSE』にずっと連載されていたものですが、まとめて通読してみると、改めて女性労働と新自由主義というのが通しテーマであったことがわかります。

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2017年8月26日 (土)

日本的柔軟性からデジタル柔軟性へ@『ビジネス・レーバー・トレンド』2017年8・9月号

20170809 『ビジネス・レーバー・トレンド』2017年8・9月号に載った私の講演録「日本的柔軟性からデジタル柔軟性へ」がサイトにアップされたので、リンクを張っておきます。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2017/0809/007-009.pdf

労働社会の大きな転換点

 私からは技術革新に伴う労働の世界の変容について、日本の文脈に照らしながらお話しさせていただきます。ライダー事務局長のお話にもあったように、今、世界的にも労働社会は大きな転換点にあると思いますが、そこには世界共通の文脈と日本独自の文脈があり、この二つが絡み合って進んでいるのが、日本の現実ではないかと思います。

日本の文脈

日本的柔軟性からの脱却?

日本的デュアリズムからの脱却?

働き方改革の目指す社会は?

新たな柔軟性への方向性

デジタル化と第4次産業革命

「いつでもどこでも」再び

新たな自営業の世界 

非雇用型テレワークの法的保護

集団的“労使”関係の再認識

 最後に、一つ指摘しておきたいは、集団的労使関係の意義を、再認識する必要があるのではないかということです。自営業(雇用類似の働き方)は、法的には厳密な意味で労使関係はないわけです。しかし、エンプロイヤーではなくても、使う側、ユーザーというのはあるわけですし、エンプロイーではなくても、労務を提供する人、ワーカーはいるわけです。事実上、労使関係に近い社会関係が存在するはずです。

 そうすると、こうした人々にどういうルールを設定するか。そして、そのルールをどのように実施していくかについて、これを労使関係といっていいのか、わかりませんが、集団的な労使関係を活用できるかどうかが、今後の課題になるのではないでしょうか。集団的といっても大きく2種類あり、一つは、労働組合タイプの結社型の集団性、もう一つは労使協議会タイプの機関的な集団性。これを組み合わせながら、解決の方向性を考えていく必要があるのではないかと考えております。

 日本には労働組合法があり、そこで労働組合は労働協約を締結することができますが、実はそれだけではなく、六法全書の経済法のところに中小企業協同組合があり、それを見ると、多くの方はご存じないかもしれませんが、協同組合も自分たちのメンバーのために交渉をし、団体協約を締結する権利があると書かれています。

 いわゆる独禁法などの競争法との関係をどう整理するか。労働者の外縁にあるような人々を集団的な枠組みでどのように対応していくかを考える上で、拠り所になる法制度があるのかもしれない。若干トリビアルな知識を提供させていただいて、私の基調報告にしたいと思います。

このあとに、大内伸哉さんを司会に、経団連から徳丸洋さん、連合から安永貴夫さん、NIRAの神田玲子さんに私も含めたパネルデスカッションも、ここに載っています。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2017/0809/010-022.pdf

そこでの私の発言をピックアップしておきます。

・・・・・

濱口 仕事の未来といった大きなテーマについては、わかりやすい答えはないというところから出発した方がいいと思っています。これが答えだというのには必ずデメリットがある。社会は複雑な連立方程式だということを念頭に置いた方がいいのではないでしょうか。

 技術革新で言うと、AIは3回目です。70年代から80年代にかけては、当時はマイクロエレクトロニクス(ME)といっていました。次が90年代から2000年代にかけてのインフォメーションテクノロジー(IT)。そして今のAI。少しずつアルファベットの組み合わせが変わってきているだけでなく、もちろん中身も変わっている。MEの頃は、日本的雇用に対する自信が大変強くて、欧米はだめだ、日本型雇用だからME革命に対応できるという論調が非常に強かった。しかしITになると、それが崩れて、今のAIになると、日本的雇用は劣勢に立たされる。

 しかし、日本的雇用がそもそもいいか悪いかではないのです。むしろ、少子高齢化、仕事の女性化(フェミナイゼーション)、あるいはグローバル化の進展といった、いわゆるソサエタルという意味での社会的な変化によって、今まで日本型雇用の強みと言われていた面が、同時に弱みでもあることが露呈してきました。いままで犠牲にしていたものに配慮しなければならなくなるのです。

 そうすると、ここに強みがあるから断固維持するといっても維持できるものではありません。そういう意味で、社会は連立方程式なのです。例えばこれから職務型になるということは、技術革新に対して柔軟に対応しにくくなるという意味で、ある種の脆弱性を引き受けることにもなります。両立しがたいものを両方させながら連立方程式を解くことが、実は仕事の未来を考えることになるということを念頭に置く必要があるということだけ、申し上げておきたいと思います。

・・・・

濱口 キーワードとして大事だと思ったのは、神田さんがプロフェッショナルと言われ、安永さんが、強い労働者というのはむしろ一部でしかないと言われた。これは重要なポイントのような気がします。技術革新やグローバル化は、一人ひとりにはどうしようもないような大きな流れで、それにどうアダプトしていくかが共通の課題です。その際、アダプトしていく能力を身に付けなければならないのは当然ですが、みんな頑張る義務があるような形で定式化してしまうことがいいのか。ここは考えた方がいいのかなと思います。だからこそ、労働組合が生まれたんだろうと思う。一人ひとりではそこまで頑張れないがゆえに、集団的な枠組みで支えてきた。先ほどライダー事務局長が集団性に触れ、私も申し上げたのは、一人ひとりのプロフェッショナリズム、自覚、キャリア権はもちろん大事なのですが、それだけではない枠組みが必要だということ。この問題を考える上で重要な一つの軸になる。そういうことを安永さんも言いたかったのではないかなという気がいたします。

・・・・・

濱口 この問題もマルかペケかの議論をすればするほど、現実からずれると思います。明るい話と暗い話の両方をにらみながら考えないといけない。自由に、いつでもどこでも好きなことをやりたいというのを潰してはいけないと同時に、その脆弱性を補償する仕組みをつくらなければいけない。もちろんフリーランスには、企業の枠には縛られたくない、個人プレーが好きだという面もありますが、プロ野球選手も選手会という形で団結している。フリーランスでも、何らかのつながりが必要になるのではないでしょうか。

 IT技術革新がどんどん進むと、人同士が面と向かう必要がなくても、ある種のプラットフォームという場で、個人請負的な人たちの団結、集団性を形成する基盤が実はできつつあるのかもしれない。そういう動きをヨーロッパでは労働組合が始めていると聞いています。

・・・・・

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2017年8月25日 (金)

『Japan Labor Issues』第1号

CoverJILPTの新たな英文月刊誌『Japan Labor Issues』の第1号が刊行されました。

http://www.jil.go.jp/english/jli/2017/documents/001-00.pdf

Trends
Key Topic:Government Decides “Action Plan for the Realization of Work Style Reform” :  Relevant Laws To Be Amended Aimed at Overtime Limits and Equal Pay for Equal Work
News:The 2017 Shunto, Wage Rise in SMEs and Non- Regular Employment: Changes in Negotiations Led by Pacesetters
News:One in Every Three Workers Experienced “Power Harassment”: MHLW is Taking Steps to Prevent It

Research
Polarization of Working Styles: Measures to Solve the Polarization and New Category of Regular Employees
Koji Takahashi

Judgments and Orders
Job Changes for Re-employed Retirees: The Toyota Motor Case
Keiichiro Hamaguchi

Series:Japan’s Employment System and Public Policy 2017-2022
What is Japanese Long-Term Employment System? Has it Vanished?
Makoto Fujimoto

Statistical Indicators

横文字が並ぶと読む気が起こらなくなるかも知れませんが、ざっと紹介すると、最初の「トレンド」では、キートピックとして荻野登さんが働き方改革について解説しています。外国人向けに「アベノミクス」という言葉の解説も付いています。あと、2017年春闘とパワハラの話題も。

ちなみに、パワーハラスメントという和製英語について、本文の冒頭で、

“Power harassment,” a Japanese combination of English words for harassing behavior by someone in position of authority toward his/her subordinates in the workplace, is on the rise.・・・・

と説明句を挿入していますが、ここは、人によっていろいろ意見のあるところでしょうね。正直言うと、私もパワハラという和製英語には未だに違和感があるのですが、政府も含めてここまで一般的に使われるようになると、こういう説明を入れて使っていくしかなさそうです。

次の「リサーチ」は、今回は高橋康二さんの働き方の二極化に関する研究のダイジェスト。

その次の「ジャッジメンツ・アンド・オーダーズ」はJILPT労働法研究会(んなものはない)による判例評釈で、今回は私がトヨタ自動車事件を取り上げています。名古屋高裁の判決をかなり批判してます。ちなみに次回は山本陽大さんが福原学園事件を取り上げます。乞うご期待。

そして日本の雇用システムを紹介するシリーズが続きますが、今回は藤本真さんの「長期雇用は消えたのか?」。これは続き物として読んでいただくと、一通り日本の雇用システムが頭に入るというものです。

というわけで、まあ主として外国人向けですが、英語によるダイジェストとして読めば、日本人にもそれなりに面白い記事になっているのではないかと思われます。

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『日本労働研究雑誌』9月号

686_09『日本労働研究雑誌』9月号の特集は「企業コミュニティの現在」です。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/09/index.html

企業コミュニティとは、すなわち労働者を「社員」、会社のメンバーとみなす経営、雇用、労使関係のありかたを指す言葉ですが、この特集ではいろんな分野からこの問題にアプローチしています。

提言 新時代の企業コミュニティ ヒュー・ウイッタカー(オックスフォード大学教授)

解題 企業コミュニティの現在 編集委員会

論文 

企業コミュニティと日本的雇用システムの変容  山下充(明治大学経営学部准教授)

企業コミュニティの再構築とワークライフバランスの導入 大沢真知子(日本女子大学教授)

企業コミュニティと人材育成・キャリア形成─中小企業を中心に 佐藤厚(法政大学教授)

企業コミュニティと労使関係─日立と資生堂労組の事例を中心に 呉学殊(労働政策研究・研修機構主任研究員)

企業コミュニティと法政策 三井正信(広島大学学術院教授)

企業コミュニティと生活保障 金野美奈子(東京女子大学教授)

中身はそれぞれに読んでいただくとして、ここで是非とも紹介しておきたいのは、「労働政策の展望」に登場している山田久さんです。これは全文ネット上で読めますので、まずはざっと目を通してください。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/09/tenbou.html(『働き方改革』が問う労使自治の再構築)

ほらほら、労使自治の再構築ですよ!

ややもすれば、政府主導、司法判断万能で進みがちな働き方改革を、労使自治を踏まえて進めるにはどうしたらいいかという、、極めて真っ当な問題意識が示されています。

・・・こうしてみてくれば、今後のわが国の雇用社会が進むべき方向性がみえてくるように思われる。それは第1に、政府主導・司法判断による雇用ルールの形成スタイルに180度転換するのではなく、そうした要素を加えつつも、あくまで基本は民間主体・労使自治による雇用ルールの形成スタイルを堅持することである。そのために今求められているのは、わが国雇用システムが様々な面で環境変化と齟齬を来していることを直視し、短期的な利害対立を超えて労使間で新たな雇用ビジョンについての共通認識を得ることである。それには、就社型の無限定な働き方のメリット・デメリットを整理し直し、どういった要素を残し、どこが問題でどう修正するかについて、労使が膝を突き合わせて議論することが不可欠なプロセスになろう。

第2に、企業内組合の現状維持でも産業別組合への転換でもなく、企業内組合の基本形を維持しつつも企業間の連携を強化する道である。そうした意味ではまず、企業別組合が、組合員だけでなく非正規を含む非組合員も含めた従業員全体の公正代表としての認識を強く持つことが出発点であろう。そのうえで、産業別組合が積極的な調整機能を果たすことを決意することが望まれる。それに呼応して、各企業も個別企業の枠を超えて、産業全体として海外と伍していくという発想から、企業間提携や事業再編をタブー視せず、思い切った連携を様々に深めていく必要がある。長時間労働に頼らない能力育成や職種転換、最新専門スキルの習得を円滑化するため、教育機関との連携を強化し、一企業の枠を超えた効率的な人材育成システムを創出することも求められる。そうした際に、業界団体が強力な調整機能を発揮することが期待される。・・・

・・・以上のように見てくれば、政府が行うべき政策の方向性もはっきりしてこよう。それは、法的規制の強化はあくまで抑止力と位置づけ、その一方で労使自治を促す仕掛けを講じるという方向である。その前提として求められるのは、わが国雇用社会の今後のあるべきビジョンを労使が共有することであり、そのためには政府が旗振り役となって労使代表および有識者を構成員とする国民会議を立ち上げ、いくつかの分科会を設けて一定の時間をかけて幅広く議論を行い、共通ビジョンを練り上げていくことが望まれる。さらに具体的な施策として提案したいのは、長時間労働の是正や同一労働同一賃金の導入を推進するにあたって、産業別の協議体をオーガナイズすることである。すでにトラック運送業では「長期間労働の改善等に向けたパイロット事業」として、業界、荷主、労使団体、関係省庁などが一体となった協議会が設置され、長時間労働の改善に向けた課題の洗い出し、解決手段の検討や実践を進める取組が行われている[注4]

もう一つ政府に求められるのは、非正規労働者を含めた形での集団的労使関係の再構築を進めることである[注5]。その一つの有力な方策は、欧州のような「従業員代表制」を導入することであるが、既存労働組合の役割との関係の整理が必要になる。私見では、非正規労働者も含めた公正代表義務を課した従業員代表制を導入し、既存労働組合にその役割を担う権利を優先的に付与し、わが国の労働組合がいわゆる正社員組合と揶揄される状況を完全脱却して、全労働者の代表として行動する方向での自己改革を完遂することを促すのが望ましいと考える。もっとも、この点に関しては、過半数代表者の複数化・常設化といった案など、複雑なメリット・デメリットを勘案した様々な考え方がある[注6]。いずれにしても、今回の「働き方改革」は、図らずも集団的労使関係の見直しの必要性を炙り出すことになった。これを労使が真摯に受け止め、従来の発想を超えて、非正規労働者の存在を明示的に組み込んだ、創造的な労使関係を構築していくことが求められている。

なんだか読みながら、どこかで自分の書いた文章を読んでいるような錯覚に陥りかけましたけど、いやいやこれは山田久さんの文章です。

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2017年8月24日 (木)

子どもの貧困@『月刊連合』8/9月号

20170809_cover_l『月刊連合』8/9月号が「子どもの貧困」を特集しています。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/shuppan/teiki/gekkanrengo/backnumber/new.html

「子どもの貧困」と聞いて、みなさんは実感がありますか?
                        最新の日本の「子どもの貧困率」は13.9%。12年ぶりに改善したとはいえ、いまだ7人に1人の子どもが貧困状態にある。地域では、「学習支援」や「子ども食堂」など、直接子どもと関わる支援の取り組みが始まっているが、そこから見えてきたのは、厳しい貧困の現実だ。
でも、現実が見えれば、必要な支援につなげることができる。
                      子どもの貧困解消に奔走する最前線の取り組みを追った。

なぜ労働組合が子ども貧困を取り上げるのかといえば、それは根幹にあるのは労働問題だから、と、神津会長と対談している阿部彩さんが語っています。

20170809_p89


ここは重要なところなので、若干引用しておくと、

阿部 相対的貧困率は「収入」だけで見た指標であり、子どもの貧困は、端的に言って収入の少ない親が増えてきたことが最大の要因です。東京都の調査では、「両親ともに正規雇用」の世帯の貧困率は非常に低いのですが、「両親ともに正規雇用ではない」世帯が1割以上あって、ともに非正規、非正規と自営業、非正規と無職という世帯では、所得の落ち込みが大きい。特に自営業の所得の低さも目立ちます。

阿部 ・・・ただ一つ、私にはもどかしい思いもあるんです。それは、労働者が一生懸命働いているのに、どうして自分の子どもに満足に食べさせ、学ばせることができないのか、と言うことです。シングルマザーの多くは、仕事を2つも3つも掛け持ちして、早朝も深夜も働いているのに、ギリギリの生活で、子どもと一緒に夕食を食べることも宿題を見てあげることもできない。ワーキングプアと言われる、そんな労働環境こそ問題としていくべきではないか。普通に働いていれば、子どもに不自由な思いをさせずにすむ収入が得られるべきではないか。つまり、貧困問題の根幹にあるのは労働問題であると言うことを、もっと訴えなければと思っているんです。

ここまでであれば、おそらく誰も反対はしないでしょう。しかしその先に行くと、戦後日本の労働運動の根幹に関わるあるパラドックスが露わになってきます。

阿部 かつての労働運動は、「働いて家族を養える賃金をよこせ」と要求していましたね。それは今、リビング・ウェイジ(生活保障賃金)という考え方に引き継がれていると思うのですが、まだまだ日本では大きな運動になっていない。

この阿部さんの言葉に対し、神津さんは「クラシノソコアゲ応援団」がそれをやっているというのですが、戦後70年の日本の賃労働史を顧みれば、これはまことに絡み合った噺だということがわかります。

ここでは、リビング・ウェイジを「生活保障賃金」と訳していますが、いやいや戦後日本の賃金制度の基本形だった電産型賃金体系以来、日本の賃金の根幹は「生活給」であり、それを素直に訳せばリビング・ウェイジでしょう。

そしてそれはまさに女房と子どもを抱えた成人男子労働者を前提として「働いて家族を養える賃金をよこせ」と言ってきたが故に、上で阿部さんが言っているような事態をもたらしてきたというパラドックスを生み出しているわけであって。

20170603225520_2これは先日、『労働情報』誌に寄稿した小論でも述べたことですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-9189.html(年功給か職務給か?@『労働情報』にコメント)

そもそも賃金は労務の対価として市場における交換の正義に従うとともに、それによって生計を立てるべき原資として分配の正義に服するべきものである。しかしながら両者は多くの場合矛盾する。このダブルバインドをいかに整合性ある思想の下に統一するかは、いかなる賃金制度であっても解決しなければならない課題であった。そして極めてざっくりいえば、それを労働市場の集団的プレイヤーたる労働組合が主導する形で、あくまでも交換の正義に従う「職務」に基づく賃金を分配の正義を充たす「生活」しうる水準に設定することによって達成しようとしてきたのが欧米の職務型社会であった。原則としてそれで生活できる水準の賃金を、団体交渉を通じて「職務」単位で決定する。それで賄いきれない部分は福祉国家を通じて、すなわち純粋に分配の正義に基づいて補われる。

 それに対し金子が引く伍堂卓雄は、賃金決定において年齢と扶養家族という分配の正義を全面に出し、交換の正義の追求を否定した。市場の集団的プレイヤーとしての労働組合が欠落した生活給思想は、戦時体制下に皇国勤労観によって増幅強化され、終戦直後の電産型賃金体系に完成を見る。当時、世界労連はかかる賃金制度を痛烈に批判していたのだが、日本の労働組合は断乎として交換の正義を拒否したのである。

欧米の労働組合とは異なり、交換の正義を否定してまで生活給という形での分配の正義を追及した日本の労働組合が得たものの裏面には、そのミクロな分配の正義の対象から外れた者にはいかなる正義も適用されないという事態であったわけです。

そして今さらのように、同一労働同一賃金という名の下に市場における交換の正義が声高に叫ばれるに至ったわけですが、そこに欠落しているのは、その交換の正義はマクロな分配の正義でもって下支えされていなければ、同一低労働同一低賃金に陥ってしまいかねないということであり、だからこそ阿部さんの言うリビングウェイジは重要なのですが、それと今なお日本の正社員賃金の根幹をなす日本的生活給との関係を思想的にどう整理すべきなのかは、なかなか手がつけられていないままなのですね。

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2017年8月23日 (水)

『働く女子の運命』の紹介等

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 拙著『働く女子の運命』が、10MTVオピニオンというサイトで紹介されています。

http://10mtv.jp/pc/column/article.php?column_article_id=1248

・・・どうして日本は女性の働く環境が改善されないのか。独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長である濱口桂一郎氏は、著書『働く女子の運命』(文藝春秋)の中で女性の活躍を阻んでいるのは「日本型雇用システム」にあると指摘しています。・・・

また、「SALLY22改め~SALLY23のブログ」で、『働く女子の運命』にこういう感想が書かれています。

https://ameblo.jp/sally22/entry-12303606288.html

「働く女子の運命」(濱口桂一郎著)という本を読みました。

ちょっと硬い内容ですが、よい本だと思いました。・・・

・・・これ、自分の会社経験に照らしても、すごーく納得でした!

この指摘が、何故、世の中に広まっていないんだろう?(私が知らないだけ?)

女性から「自分の会社経験に照らしても、すごーく納得」という言葉をいただき、ありがたいです。

さらに、読書メーターでも新たな感想が、

https://bookmeter.com/reviews/66252276

女性労働に特化した書籍ではありません。女性労働の問題をわが国の労働政策史に位置づけて考察しています。戦前から続く労働政策・雇用環境の延長として女性労働の問題が描かれており、労働問題に関わる方であれば興味を持って読み進められると思います。

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2017年8月22日 (火)

圭一郎じゃなくて桂一郎です

9784788515314_2 小熊英二さんの大著『誰が何を論じているのか』(新曜社)の、冒頭の第1章で拙論を取り上げていただいているのはありがたいのですが、

http://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1531-4.htm

1「政治の対立軸」はいかにして可能か 

 ―経済政策と労働改革

宇野重規 飯田泰之

細野豪志 濱口圭一郎

私の名前が「圭一郎」になっています。この版元のサイト上も、本そのものの目次も、第1章で実際に拙論を批評していただいているところも、全部「圭一郎」なので、これはおそらく小熊さんの脳内ではわたしは「圭一郎」と刻み込まれてしまっているんでしょう。

まあ、それは仕方がないのですが、普通そういう場合、編集の方が気がつくのではないかと思われますが、まあ、新曜社の方には、「圭一郎」でも「桂一郎」でも変わりはなかったようです。

ちなみに、目次から労働関係の論者の名前を拾うと、木下武男,五十嵐泰正,海老原嗣生,浅見和彦,神林龍といった方々が取り上げられています。

わたくしがどう批評されているかは、本書の該当部分を見てください。飯田泰之さんや竹中平蔵氏をからかうような書き方があまり小熊さんのお気に召さなかったようです。

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高度プロフェッショナル制度をめぐる連合の迷走@『労基旬報』2017年8月25日号

『労基旬報』2017年8月25日号に「高度プロフェッショナル制度をめぐる連合の迷走」を寄稿しました。

 去る7月13日、連合の神津里季生会長は安倍晋三内閣総理大臣に対して、労働基準法等改正法案に関する要請を行いました。それは、きたる臨時国会に提出予定の時間外労働の上限規制を導入する労働基準法改正案と、2015年に提出したままとなっている高度プロフェッショナル制度の導入や裁量労働制の拡大を盛り込んだ労働基準法改正案が、一本化されて提出されるという見込みが明らかになり、せめて後者の修正を求めようとして行われたものです。その要請書においては、三者択一とされていた導入要件のうち、「年間104日以上かつ4週間を通じ4日以上の休日確保」を義務化するとともに、選択的措置として勤務間インターバルの確保及び深夜業の回数制限、1か月又は3か月についての健康管理時間の上限設定、2週間連続の休暇の確保、又は疲労の蓄積や心身の状況等をチェックする臨時の健康診断の実施を求めるものでした。

 これが報じられると、連合傘下の産別組織の一部や連合以外の労働団体、さらには労働弁護士などから激しい批判が巻き起こり、同月21日の中央執行委員会でも異論が相次ぎ、執行部は組織内での了解取り付けに失敗したと伝えられました。さらに26,27日に札幌で開いた臨時の中央執行委員会でも同意が得られず、政労使合意を見送る方針を決めたということです。同日付の事務局長談話では「連合は三者構成主義の観点から、本件修正のみの政労使合意を模索したが、この趣旨についての一致点は現時点で見いだせない。よって、政労使合意の締結は見送ることとする。法案の取り扱いについては、労働政策審議会の場で議論を行うこととし、その答申を経て、最終的には国会の審議に委ねられることになる」と述べています。

 政府はその後両法案の一本化を表明し、連合が懸念していた状況が現実のものであることが明らかになりました。今回の動きは、基本的には連合という組織の内部的意思決定プロセスの問題ではありますが、近年の極めて強い政治主導、官邸主導の政治プロセスの中で、じっとしていたのでは排除されてしまいかねない労働側がいかに官邸主導の政治プロセスに入り込んでいくかが試された事例とも言えるでしょう。そして、労働側を政策決定のインサイダーとして扱う三者構成原則がややもすると選択的恣意的に使われる政治状況下にあって、単なる「言うだけ」の抵抗勢力に陥ることなくその意思をできるだけ政治プロセスに反映させていくためにはどのような手段が執られるべきなのかを、まともに労働運動の将来を考える者の心には考えさせた事例でもありました。

 外部から一連のいきさつを見ていて気になったのは、この問題が妙に政治的な-政策という意味での「政治」ではなく、新聞の政治面で取り上げられるような政局という意味での「政治」として-枠組で論じられてしまったきらいがあることです。長く「安倍一強」と呼ばれて強い政治主導による政権運営を誇っていた安倍政権が、森友学園、加計学園といった諸問題によってここ1,2か月のうちに急速に支持率が低下してきたことは、恐らく数カ月前には誰にも予想が付かなかったことだと思われますが、ちょうどその政治局面の変わり目に今回の要請が行われたために、それを安倍政権にすり寄る行為だと決めつける政治的な評論がもっともらしく映ったということもあるのでしょう。ちょうど進められていた連合の次期会長人事の問題と絡められてしまったことも、この問題を労働者にとって何が望ましい政策かという観点から論ずることをやりにくくしてしまったように思われます。

 内容的には、本来三者択一の要件のうち一つ(休日確保)を義務化するのであれば、残りの二つ(休息時間と深夜業、健康管理時間)を二者択一とするのが素直な提案であったはずですが、連合提案では連続休暇や臨時健康診断までもが選択肢として入っていました。これは恐らくあらかじめ経営側とすり合わせをした時に、二者択一では受け入れられないと拒否されたため、やむを得ず緩やかな選択肢を盛り込んだものと推測されます。しかしそのために、原案の三者択一を厳格化したはずであるにもかかわらず、義務化された休日確保と健康診断を選択すればそれ以外に実質的に労働時間を規制する要件はなくなってしまうことになってしまいました。2013年の規制改革会議の意見でも、新適用除外制度とセットで導入すべきものとして休日・休暇の強制取得とともに労働時間の量的上限規制が含まれていたことを考えると、それよりも後退していることになります。

 今後事態がどのように推移しているかは不明ですが、一部マスコミが煽り立てた「残業代ゼロ」などという非本質的な議論ではなく、労働時間規制の本旨に沿った議論が行われることを期待したいと思います。

三者構成原則の空洞化がじわじわと進んでいく中、連合がインサイダーとしての行動から外れていき、遠いところで咆えるだけの「言うだけ番長」になっていくことを、良いことと思うのか良からぬことと思うのかで、大きな落差があることを改めて感じさせられた一幕でした。

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2017年8月21日 (月)

ILOのインタビューに登場しました(英文)

ILO駐日事務所のサイトに、大内伸哉さん、神田玲子さん、それにわたくしのインタビュー記事がアップされました。

http://www.ilo.org/tokyo/WCMS_569889/lang--en/index.htm

The Japan Institute for Labour Policy and Training (JILPT) and the ILO co-organized the Forum on the Future of Work in Japan on 12 May 2017.  The Forum discussions focused on key factors including technological innovations and aging population with declining birthrate, which are expected bring significant changes in the world of work. ・・・

After the Forum, the ILO Office for Japan conducted in-depth interviews with three of the leading scholars and practitioners on the issues in Japan who were also coordinator / speaker / panelists in the Forum.

Wcms_569877というわけで、大内伸哉さんのは:

http://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---asia/---ro-bangkok/---ilo-tokyo/documents/genericdocument/wcms_569872.pdf

From Employment Security to Career Security in the Age of Artificial Intelligence

Wcms_569875神田玲子さんのは:

http://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---asia/---ro-bangkok/---ilo-tokyo/documents/genericdocument/wcms_569870.pdf

(Future of Employment in the Age of Artificial Intelligence)

Wcms_569876そしてわたくしのは:

http://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---asia/---ro-bangkok/---ilo-tokyo/documents/genericdocument/wcms_569871.pdf

(Opportunities and Challenges for Flexible Work Styles in Digital Economy)

1. ”From Japanese work style flexibility to digital flexibility”
Rules should be developed ensuring that workers benefit
2. Collective representation of interests for self-employed workers
Review the current rules based on clear-cut distinction between employment and self-employment
3. Cooperatives and the future of work
Increasing relevance of cooperatives in the platform economy
4. Skills development and evaluation
From internal peer evaluation within a company to open, internet-based peer evaluation
5. Future of work for those with limitations
Technology allows those with limitations to work to the fullest potential
6. ILO’s role
Tripartism at historical crossroads

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2017年8月20日 (日)

日本型雇用と長時間労働の制度的補完性とその悪用

こんなツイートを拾いましたが、

https://twitter.com/happytarou0228/status/897942222154252288

伊藤忠の先輩と飲んだ時のメモ。①残業については相当厳しくなっており、若手に任せる仕事量が減ってる一方で、時間管理対象外の中堅〜課長にしわ寄せ。②若手自身も仕事が少ないと感じている様子。③海外駐在すると日本の管理対象外なので馬車馬のように働く。④今の若手が10年後成長してるか心配。

https://twitter.com/happytarou0228/status/897945997900251136

①新卒1年目の労働生産性は低く、人にもよるが2年目社員の数分の1程度、②初期の労働生産性は仕事量に比例して高まる、③経験のない1年目の成長速度はかなり早い、④残業規制で仕事量にキャップを嵌められているため従来より成長が遅くなる可能性が高い。ってのが先輩が危惧してたこと。

おそらく今、日本中のまともな日本型雇用システムをやっている企業の中で交わされているであろう会話の一端です。

そこには、日本型新卒一括採用で入ったばかりで仕事のスキルがあまりあるいは殆どない新入社員に対して、仕事の成果をあまり問うことなくむしろ仕事を覚える期間という観点であれやこれやと仕事をやらせる結果、貢献度はあまり高くないけれども必然的に長時間労働にならざるを得ない者に対して、非日本型の普遍的な労働規範に基づく長時間労働規制をかけることが与える影響に対する、おそらく極めて広がりをもって感じられているであろう違和感が素朴に表出されています。

人事経済学でよく使われるグラフでいえば、

1

このはじめのところの、年功制ゆえに低い賃金でもなおその純貢献度に比べれば払いすぎになっているAのところですね。

日本型雇用システムの暗黙の了解では、この部分は正式に入社して給料をもらっているといいながら、実質的には研修期間とのアマルガムであり、諸外国であれば無給ないし極めて薄給のインターンシップで対応されているような部分であるわけです。

それゆえに、実質トレイニーである新入社員は、貪欲に時間など気にせず何でもかんでも仕事に取り組むべきという(日本型雇用では普遍的な)規範が存在してきたわけですし、上司や先輩もそれを当然の前提にしてきたわけですね。

その意味では、スキルのない若者を好きこのんで採用する新卒一括採用システムと、生産性など考慮せずに研修期間だという前提で長時間労働をやらせる慣行との間には、両社がうまく噛み合っている限り実に精妙な制度的補完性が存在していたわけです。

そういう空間の中で育ってきた人々から見れば、スキルがないがゆえに採用された特殊日本的若者にスキルがあることを前提として採用されるジョブ型社会の規範である長時間労働規制をそのまま適用などされた日には、「従来より成長が遅くなる」、「今の若手が10年後成長してるか心配」と懸念されるのは当然ということになりましょう。

とはいえ、これまた繰り返し論じてきたように、かかる日本型雇用などというものは六法全書の上にはまったく規範化されていない単なる慣習に過ぎず、そういう制度的補完性が現実に存在しているか否かを法的に検証する仕組みなどどこにもありません。それを悪用しようとすればいくらでも悪用できるし、それが(少なくとも私がPOSSE誌上等で論じてきた意味での)ブラック企業なのであってみれば、日本国の労働法もその上に立脚しているところの世界共通の普遍的な労働規制でもって対応する以外に、普遍的な正統性を持った対応というのがあり得ないのもまた事実なわけです。

この問題を論じるときに、これくらいの射程をもって、しかしあえてこうなんだという議論をしているのか、そういうことなんか全然頭にないまま単純な議論をしているのかは、論者のレベルを推し量る上で重要な指標ではあり得ます。

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2017年8月18日 (金)

56年前に全て言われ尽くしていた

Bunshun_3755_5a1d_1「文藝春秋」1961年12月号に載ったソニーの盛田昭夫氏の文章がなぜか今ごろになって発掘されていますが、読んで見ると、拙著に書いてあるジョブ型とメンバーシップ型の話は全て言われ尽くしていますな。

http://www.excite.co.jp/News/economy_g/20170817/Bunshun_3755.html(ソニー創業者・盛田昭夫が56年前に書いた「新・サラリーマンのすすめ」)

・・・ 前にもいったように、日本人の就職の思想は「奉公」だった。アメリカでは、それが「契約」なのである。

「私はコレコレの仕事をする能力がある」と就職志願者が会社に自分を売り込み、会社がそれを認めたら、そこに契約が成り立つ。契約であるから、もしその人員が違反したら、つまり、「コレコレの仕事」をしなかったら、会社は即座にかれをクビにするのである。その代り、かれが思ったより以上の仕事をした場合、給料でそれに報いることをしなければ、その会社はあぶない。いつなんどき、競争会社が、かれを引き抜いていかないともかぎらないのだ。

・・・ というのは、アメリカでは、前に述べたように、会社が人を傭うのは、物を買うのと同じことなのである。物を買うということには、むずかしくいえば、その物の価値が要求されてるという前提がある。人間が買われる?場合も「コレコレの仕事をする」という能力への要求がある。それがつまり、買われる人間のポジションだ。

となるとアメリカでは、人間よりもポジションが先にある、といってもいいだろう。会社の組織だとか職務分掌だとかいうものが先にあって、人間はあとからはめこまれるのである。野球のポジションのことを思っていただけばいい。セカンドがひとり抜けたから、補充しなければならん、ということと、この仕事をする人間がいないから一人入れよう、ということと、まったく同じことなのである。ラインとかスタフなどはこうしたアタマの国の産物だ。

ところが、日本では事情はまるきり違う。経営者は、大学を出たての海のものとも山のものともわからない人間を採用するのである。採用したら、さっきの話で、しまったと思ってもやめさせるわけにはいかないし、とんだ拾い物だった、という場合だってあるわけだ。つまり、仕事より人間が先にあるのである。・・・

というわけで、ジョブ型だのメンバーシップ型だのと看板だけカタカナにしただけで、言ってる中身は半世紀以上昔から言われ続けてきたことの繰り返しであることがよくわかりますね。

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良いブラック企業へ行きなさい

Ce98bbf16029172a00509794f0fc5867フォーブス・ジャパンのサイトに、パク・スッチャ氏が「「ホワイト企業」がベストな就職先、と考えない理由」を寄稿しています。

https://forbesjapan.com/articles/detail/17326

ほぼ冒頭でいきなり、

しかし私は、就職活動中の娘に「良いブラック企業へ行きなさい」と言った。

と一撃を食らわしてきます。

どういうことか?

私の思う「良いブラック企業」は、成長につながる難易度の高い仕事を若いうちから与え、時間でなく、成果で評価する。結果として長時間労働になる可能性があるが、それを良しとする企業だ。慢性的な長時間労働はなく、社員が成果を出せるよう働き方にも裁量を与え、同時に責任も持たせる。

思わず目を逆立てる人もいるかも知れませんが、ここで言われていることそれ自体は筋の通った話です。

というよりむしろ、かつて30年前を中心に褒め称えられていた日本型雇用システムの良い面を象徴的に描写すればこうなるといった方が良いかもしれません。

「ジョブ」という固定した桎梏に縛られた疎外された労働ではなく、企業「メンバーシップ」という大きな枠の中で難しいタスクを与えられそれをこなしながら成長していけるまことに人間的な労働、と、かつてマルクス主義に幻滅したあと労働の人間化を追い求めた類の人々は評したでしょう。

もう少し醒めた客観的な表現をするならば、その部分だけ取り出せば苛酷な労働と貧弱な報酬の不当な交換に見えるけれども、入社から定年退職までの長期的なトランザクション全体としては、若い頃のやや無理な労働をこなすことが中年期の知的熟練のもととなり、それに応じた高い報酬をもたらすことになるので、労働者にとって決して損な取引ではない、ということになりましょうか。

それ自体は必ずしも間違っていません。ただ問題は、少なくとも仕事をやらされている局面を切り取ってきてそれを見ているだけでは、それが言うところの「良いブラック企業」なのか、そうではない悪いブラック企業なのかが区別しにくいということです。

若い頃の苛酷な労働と貧弱な報酬だけがあって、しかしそれが長期的なメリットにつながらないような企業、官庁用語で言えば「若者を使い捨てにする」企業が目立ってきたから、それをブラック企業と呼ぶようになったわけです。そして、予定は未定にして決定に非ず、それが良いブラック企業であったか、悪いブラック企業であったかが確定するのは、もう取り返しが付かなくなってからでしかなく、それまでは何とかの猫と一緒でどっちか不確定と言わざるを得ない。

実はこれ、ブラック企業問題をPOSSEの人々が取り上げて世に訴え始めた頃から、私が指摘していたことでもあります。当時噴出してきたブラック企業とは、それまでの良い企業モデルであった「見返りのある滅私奉公」の形式をそのまま利用しながら、その実「見返りのない滅私奉公」になっているところにあり、それゆえに、どんなにブラック企業問題を訴えても、俺も若い頃はそれくらいむちゃくちゃに働いたもんだ、という風に片付けられがちだったという話です。

その意味では、久しぶりに懐かしい話を聞いた感もあります。

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2017年8月17日 (木)

地域社会維持発展法人?

これは今のところ、毎日新聞の記事に載っているだけなので、原資料に確認することができるものではありませんが、中身がいろいろな意味で気になるので、取り上げておきます。

https://mainichi.jp/articles/20170817/k00/00m/010/117000c(自民 過疎地で若者雇用 新制度検討、各産業へ派遣)

自民党は、国内の過疎地で若者の雇用確保に取り組む団体を自治体が「地域社会維持発展法人」(仮称)に認定し、政府が財政支援する新しい制度の検討に入った。法人が農林水産、建設、福祉などの地元産業に若い人材を派遣して人手不足を補う一方、若者側は各産業にまたがって働くことで一定水準以上の収入を得られるようにし、定住を促すのが柱。議員立法で関連法案を策定し、来年の通常国会で成立を目指す。

地域雇用政策の一環であるようなのですが、労働者派遣システムをかなり全面的に使おうというプランのようです。その「地域社会維持発展法人」なる認定法人が派遣元となり、農林水産、建設、福祉等の企業が派遣先になるという仕組みのようですが、

全国の過疎地では、少子高齢化に加え、農林業などの民間産業で若い世代がなかなか安定した収入を得られず、都市部に人口が流出する要因になっている。一方、これらの業種は繁忙期に一時的な人手不足に陥ることもある。新制度はこうしたギャップを埋めて過疎地の産業を支えつつ、さまざまな仕事に派遣することで、年間を通じて雇用を確保する構想だ。

     具体的には過疎地などで「地域社会の維持や若者の雇用確保に貢献する団体」を自治体が同法人に認定。法人は人材派遣のほか、地域活性化の企画立案なども行う。政府は法人に対し、財政・税制面で優遇措置を講じる。対象地域や法人の認定基準、支援の規模などは今後詳細を詰める。

     自民党は細田博之前総務会長らを中心に検討し、若者らが月収30万円程度を確保できるようにし、住宅の購入や子育てなど地域に定住できる仕組みを目指すとしている。厚生労働省や総務省によると、こうした制度は例がないという。

イメージ的には、2000年改正前の1988年港湾労働法の派遣システムに近いように見えます。

来年の通常国会ということなので、まだ細部は詰められていないのでしょうが、どうなるか注意してみていきたいところです。

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2017年8月16日 (水)

チキンゲーム

なるほど、むかし授業で習ったチキンゲームというのは、こういうことなんだな、ということをリアルタイムで教えてくれる国際政治。

刃物を振り回してる非常識なチンピラとまっとうな常識人がチキンゲームをしたら前者が勝ってしまう。そうならないためには、後者が前者と同じくらい非常識なチンピラにならなければならない。

ふむ、そういう意味では彼は絶妙のタイミングで大統領になったのかも知れない。金正恩がびびるくらい非常識なチンピラが大統領に。

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言語とジェンダー

いや、そんなたいそうな話じゃなくってですね。

こういうツイートがあって、

https://twitter.com/yuwencs/status/896721976810627072

小説『君の名は。』の中国語版を手に入れたので日本語の原著と並べ読みしてみた。「私」と「俺」が中国語では「我」にしかならないのでふりがなに「♀」と「♂」をつけて区別してるのが涙ぐましい。

Dhhl3upuwaan7bt


Dhhl3utuiaazquc

ふむ、人称代名詞とジェンダーというと、he/she とか、il/elle みたいな話で、それがない中国語では他/她と字だけで区別するという話になるわけですが、俺/私には対応しきれないようです。

一瞬、我/娥でどうか、と思ったけれど、いやもう使われてる字だった。

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2017年8月15日 (火)

学生団体GEIL(ガイル)2017 政策立案コンテスト

Ceee6d_049ce138bdda460f8909599a4c1e学生たちが一生懸命政策を論ずるイベントが毎年あるようで、その最終日にわたしも顔を出してちょっとお話しすることになっています。

https://www.geil-waav.net/9-2-presentation

■開催概要

日時:9月2日(土)12:00~16:30
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター 小ホール(東京都渋谷区代々木神園町3−1)

タイムライン
第一部(12:00~14:15) 学生のための政策立案コンテスト 最終プレゼンテーション 

第二部(14:25~15:35) 学生と考える未来の働き方フォーラム

第三部(15:45~16:30) 最優秀政策案発表 

■企画内容
・最終プレゼンテーション
コンテストのテーマである『労働問題』を解決するために、学生たちが官庁訪問やフィールドワークも含めた7泊8日をかけて考えぬいた政策を皆様の前で発表いたします。

・特別講演概要
特別講演では、元ILO(国際労働機関International Labour Organization)駐日代表の長谷川真一様、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎様、日本IBMで17年間人事部門を担当された平林正樹様にお越しいただき、多様な視点から働き方についてご講演いただきます。会場の全員が未来の「働き方」の姿について自らで考察し、理解するきっかけを作るのが本イベントの目的です。

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フェニックス研究会

Jshrm_logo日本人材マネジメント協会(JSHRM)の中の自主的研究会として「フェニックス研究会」というのがあり、8月24日夜に、そこでお話しをさせていただくことになっています。

http://www.jshrm.org/event/jisyukennkyuukai/phoenix

第2回フェニックス研究会のご案内

◆開催日:平成29年8月24日 午後7時~
◆内容:
濱口桂一郎先生と労働法制や働き方について語りましょう。
人事領域に関するアカデミックな研究・成果物を実務に生かすべく検討を行うのがフェニックス研究会です。
正式に研究会として承認された第2回(実質初回)は豪華ゲスト、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎先生をお招きして、働き方改革の本質や労働法制について考えます。

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2017年8月14日 (月)

「戦前」がいっぱい

なんだかいろいろ炎上しているみたいだけど、なんにせよ、「戦前」という茫漠たる言葉に何でもかんでも放り込むのだけはいかがなものか、と。

少なくとも、言葉の正確な意味での「戦前」、すなわち戦時体制よりも前の、社会がまだ(言葉の本来の意味での)(アメリカ方言じゃない)(「ソーシャル」の対義語としての)「リベラル」な資本主義体制の下にあった時代と、

陸軍が社会政策の守護神みたいな顔をしてしゃしゃり出て、近衛新体制が「ヒットラーの如く、ムッソリーニの如く、スターリンの如くやれ」と社会主義者によって讃えられ、実際に国家総動員法に基づく諸勅令によってそれまで資本家側の反対でできなかった「ソーシャル」な改革がどんどん実現した時代と、

チキンゲームにのめり込んで対米全面戦争に突入し、言葉の正確な意味での物資直接管理の戦時社会主義体制に陥った時代とを、

同じ「戦前」という言葉で語るのだけは、いいかげんにしてほしい。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-67cd.html(陸軍省『国政刷新要綱案』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-f66b.html(坂野潤治『〈階級〉の日本近代史』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_a88b.html(超リベサヨなブッシュ大統領)

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男性の育児休業取得率3.16%@『労務事情』2017年8月1/15日号

Roumujijou_2017_08_01『労務事情』2017年8月1/15日号に「男性の育児休業取得率3.16%」を寄稿しました。

http://www.e-sanro.net/jinji/j_books/j_romujijo/

去る5月30日、厚生労働省が平成28年度雇用均等基本調査(速報)を発表しました。男性の育児休業取得率が3.16%と初めて3%を超えたと報じられたのでご記憶の方も多いでしょう。これに対して女性の育児休業取得率は81.8%と遙かに高いので、まだまだ格差は大きいのですが、それなりに世の中にイクメンが増えてきたではないかと感じた方も多いのではないかと思われます。 ・・・・・

(追記)

Worksちょうど届いたリクルートワークス研の『Works』143号が、「僕の育休が会社を変える」でしたわ。

http://www.works-i.com/publication/works/

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2017年8月11日 (金)

なぜ賃金が上がらないのか?EU版

似たようなタイトルの本が最近日本でも出たようですが、つか、本ブログでも紹介しましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-f575.html (玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』)

ソーシャル・ヨーロッパ・マガジンにも、なんだか似たようなタイトルの記事が出てますね。

https://www.socialeurope.eu/wont-wages-europe-rise (Why Won’t Wages In Europe Rise As They Should?)

Schulten_bio なぜヨーロッパの賃金は(上がるべきなのに)上がらないのか?

筆者はドイツのハンス・ベッカー財団経済社会研究所の研究員二人。

読んでいくと、なんだか日本の噺だかヨーロッパの噺だか、頭が混乱してきます。

The economic mainstream is perplexed: growth is finally taking hold across Europe, economic forecasts have been revised upwards, and employment is expanding. The only indicator that stubbornly refuses to follow suit is wage growth, defying textbooks and economic orthodoxy alike. Bloomberg has called it the “mystery of missing wage growth,” the Financial Times writes about the “Eurozone’s strange low-wage employment boom,” and the European Commission has put forward the diagnosis of a “wage-poor recovery”. Moreover, there is a growing consensus among economic policy-makers that wages should indeed grow much faster that they do.

経済学の主流派は困惑している。経済成長はついに欧州中に確立した。経済予測は上方修正されてきている。雇用は拡大している。頑固に後に続くことを拒否している唯一の指標は賃金上昇であり、経済学の教科書と正統派教義に逆らっている。ブルームバーグはこれを「失われた賃金上昇のミステリー」と呼び、フィナンシャルタイムズは「ユーロ圏の奇妙な低賃金雇用ブーム」を記事にし、欧州委員会は「賃金の貧弱な景気回復」という診断を下している。さらに、経済政策関係者の間には賃金はもっと速く上昇すべきだというコンセンサスが生まれつつある。

An unlikely cheerleader for higher wages is the European Central Bank (ECB), whose failure to nudge inflation upwards has led it to look for outside help. “The case for higher wages is unquestionable,” Mario Draghi has neatly put it. Likewise, the Commission argues that “the outlook for wages has now moved centre-stage for the sustainability of the recovery,” and even the IMF – pointing fingers at Germany – has discovered the virtues of wage growth. It looks as if the European trade union movement has found some improbable allies in its campaign, “Europe needs a pay rise”.

賃金引き上げ論の似合わないチアリーダーは欧州中銀で、そのインフレを押し上げようとして失敗したことが、外部の助けを探し求めさせているのだ。「賃金引き上げ論の正しさは疑問の余地はない」とマリオ・ドラギは最近語った。同様に、欧州委員会は「賃金の見通しは今や景気回復の持続可能性にとって中心舞台に移った」と論じ、IMFですらドイツを名指しして、賃金上昇の美徳を発見している。これはまるで、欧州労働運動が「欧州は賃上げが必要だ」というキャンペーンにありそうもない同盟者を見つけたかのようだ。

To make stagnant wage growth worse, there is now a clear danger that the purchasing power of wages could stagnate or even fall as energy and food prices have started to rise again.

賃上げの停滞をさらに悪くしているのは、エネルギーや食品の価格が再び上昇し始めるにつれ、今や賃金の購買力が停滞し、悪化すらしかねない明らかな危険性があることだ。

This is bad news for private consumption, currently the main engine behind European growth. For some years, low inflation had at least ensured modest real wage gains despite low pay settlements. Across the Euro area, these have remained far below of what they used to be prior to the crisis of 2008/09 (see Chart 1).

これは現在欧州経済成長の主たるエンジンである個人消費にとって悪いニュースである。何年にもわたって低インフレ率は少なくとも低賃金設定にもかかわらず適度な実質賃金利得を確保してきた。ユーロ圏を通じて、2008/9年の危機以前よりも低く推移してきたのである。

So, what is holding wages back? Ask any economist with a neo-classical outlook, and she – or, more likely, he – will tell you that wages follow prices and productivity. Both have, of course, grown at an anaemic pace of late. But are low inflation and the lacklustre productivity performance the cause of subdued wage growth, or merely a symptom? Start with inflation. Traditionally, central bankers have been obsessed about wage-price spirals and called for wage moderation to rein in inflation. Now, they are discovering to their detriment that wage-price spirals work in reverse, too. The poor performance of wages is, in fact, seen as one of the key reasons why domestic price pressures have been subdued and core inflation has disappointed consistently over the past few years.

Luebker_bio そう、何が賃金を引き留めているのか?誰か新古典派風の経済学者に聞いてみれば、彼女ないし彼は君に、賃金は価格と生産性の後を追いかけるというだろう。もちろんどちらも最近貧血気味だ。しかし低インフレ率と生産性の沈滞が賃金低迷の原因なのかーそれとも単なる症状なのか?インフレから始めよう。伝統的に中央銀行は賃金-価格スパイラルを懸念してきたし、インフレを抑えるために賃金抑制をよびかけてきた。今や彼らは、賃金-価格スパイラルが逆向きに働いて損害を与えていることを見いだしている。賃金が全然上がらないことが実際、過去数年間にわたって国内価格圧力が弱まりコアインフレが一貫して消えてしまったことの最重要の理由の一つとみられているのだ。

The case of productivity is more complex. Economists like to treat productivity growth as exogenous, determined by hard-to-quantify factors such as technical change. For all the buzz about the digital revolution, by this account the 1960s and 1970s were the heydays of rampant innovation, producing productivity growth at up to ten times the current pace. Strange, also, that productivity growth went into a sudden reverse in 2008/09, just as the financial crisis hit, and has been stuck in low gear ever since. Did technical change come to an abrupt halt, by sheer chance at about the same time Europe faced the biggest demand drop in a generation?

生産性の場合はもっと複雑だ。経済学者は生産性を外生的なもので、技術革新のような定量化しがたい要素で決まるといいたがる。デジタル革命についてのおしゃべりはともかく、1960年代と1970年代は技術革新の黄金時代で、今日の10倍高い生産性成長を生み出していた。これまた奇妙なことに、生産成長も2008/09年に、ちょうど金融危機と一緒に逆転してそれ以来ずっと低いままだ。技術革新はヨーロッパが何十年に一度の大きな需要低下に直面するのと同時に突然停止してしまったのだろうか。

Some find this story hard to swallow. Surely, if wages were to rise, entrepreneurs would buy new machinery and find ways to make more efficient use of scarce workers? In the economic jargon, this is called capital–labour substitution and is generally recognized as a driving force behind long-run productivity growth. But it is no longer happening. According to the ECB, capital deepening has been virtually absent since 2013. But then, why should firms invest in labour-saving technologies when there is no cost pressure from the wage front and aggregate demand remains feeble? Accept this logic, and productivity growth becomes endogenous – something that is itself driven by macroeconomic factors, with wages playing a prominent role.

この噺が呑み込みにくい人もいるだろう。確かに、もし賃金が上がれば企業家は新しい機械を買い、希少な労働力をもっと効率的に使おうとするだろう。経済学の業界用語では、これが資本・労働代替と呼ばれ、長期的な生産性向上の原動力と認められている。しかしこれはもはや起こっていない。欧州中銀によれば、2013年以降資本蓄積は殆ど見られない。しかしそれなら、賃金面からはコスト圧力がなく、総需要が弱いときに、なぜ企業は労働節約的な技術に投資するのか?このロジックを認めるなら、生産性向上は内生的になる-つまりマクロ経済要因によってそれ自体が動かされる何かであり、そこでは賃金が枢要な役割を果たす。

But maybe we are about to witness a return to robust wage growth? All the signs seem to point that way. “As economic activity gains momentum and the labour market tightens, upward pressures on wages are expected to intensify,” was the ECB’s assessment just over a year ago. Now, the verdict is that “Euro area wage growth remains low”. In fact, the ECB has a long history of predicting that wage growth is just around the corner, only to revise forecasts downwards again and again. For Europe’s workers, it’s a case of always jam tomorrow, never jam today.

しかしおそらく我々は頑健な賃金上昇への復帰を目撃しようとしているのだろうか?全ての兆候はそれを示している。「経済活動にはずみがつき、労働市場は逼迫し、賃金への上昇圧力は高まりつつある」というのは、欧州中銀のちょうど1年前の評価だった。今やその評決は「ユーロ圏の賃金上昇は低いまま」だ。実際、欧州中銀は賃金上昇がもうすぐやってくると予言し続け、繰り返しその予言を下方修正するという長い歴史がある。ヨーロッパの労働者にとって、それはいつも明日のジャムであって、今日のジャムであったためしはない。

So why do standard economic models keep on predicting wage growth that then fails to materialize? One possibility is that they are fed with wrong or misleading labour market data. There are indeed good reasons to believe that headline unemployment rates underestimate slack in the labour market, given that everyone who works for at least an hour per week counts among the employed. With the spread of precarious contracts and often involuntary part-time employment, there now are millions of workers in Europe who would happily move to a regular job.

ではなぜ標準的経済モデルはいつも賃金上昇を予言しながらそれが実現しないことになるのか?一つの可能性は、彼らが間違ったあるいは誤解を招く労働市場データを与えられているからというものだ。1週に1時間でも働いたものはみんな被用者にカウントすることを考えれば、公表される失業率が労働市場の緩みを過小評価していると信じるべき理由がある。不安定な契約や不本意なパートタイム雇用の広がりからして、欧州では何百万もの労働者が常用雇用に移りたいと思っている。

 

The more worrying possibility is that the models were trained to predict the behaviour of wages in a world that no longer exists. In the name of flexibility and competitiveness – and often at the behest of the Commission, the ECB and the IMF – post-crisis labour market reforms have put the axe to centralized collective bargaining and a myriad of other protections. Taking into account that wage-setting institutions have been severely weakened, the failure of wages to grow looks much less surprising.

もっと憂慮すべき可能性は、このモデルがもはや存在しない世界における賃金行動を予測するように訓練されているという可能性だ。柔軟性と競争力の名の下に、しばしば欧州委員会、欧州中銀とIMFの命を受けて、経済危機後の労働市場改革は中央集権的団体交渉とその他の保護制度になたを振り下ろした。賃金決定機構が手ひどく弱体化されてきたことを考慮に入れると、賃金上昇が進まないのはあまり驚くべきことではない。

Almost everyone now seems to agree that wages have to grow if Europe wants to escape the cycle of weak demand, low inflation, stagnant capital deepening and low productivity growth for good. But wage growth will not pick up in response to a magic wand held by central bankers. Instead, Europe needs to re-build wage-setting institutions – chiefly by actively supporting collective bargaining, by providing for extension mechanisms that increase coverage of collective agreements, and by developing a European minimum wage policy that guarantees a decent living wage to all.

欧州が弱い需要、低インフレ、資本蓄積の停滞、低い生産性上昇から脱却したいのであれば、賃金が上昇すべきだと、今や殆ど誰もが賛成するだろう。しかし、賃金上昇は中央銀行の魔法の杖に反応して高まろうとしない。そうじゃなく、欧州は賃金決定機構を再建する必要があるのだ。何よりも団体交渉を積極的に支援することにより、労働協約の適用範囲を拡大するために拡張適用メカニズムを提供することにより、そして全ての人にまっとうな生活賃金を保障する欧州最低賃金政策を発展させることによって。

というわけで、中央銀行が笛を吹けども踊らないのは、賃上げメカニズムが傷んでしまったからで、それを再建することが最優先だという議論です。

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2017年8月 9日 (水)

河合薫『他人をバカにしたがる男たち』

263483 河合薫『他人をバカにしたがる男たち』をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.nikkeibook.com/book_detail/26348/

河合薫さんとは面識はないのですが、送り状を見ると、オバタカズユキさんの紹介だったようです。

オバタカズユキさんといえば、例の『クラッシャー上司』のプランナー。本書もその流れの一冊といえましょうか。

駅やコンビニで暴言を吐く、上だけを見て仕事する、反論してこない人にだけ高圧的、相手の肩書き・学歴で態度が別人――こんな人、気になりませんか? 本書では、女性の中でも進む、現代人の「ジジイ化」に焦点を当て、健康社会学の視点から、わが国にはびこる「ジジイ」と「粘土層」の生態を分析。70歳現役社会で男女が輝くヒントを紹介します。

ジジイとか粘土層とか、ある種の中高年男性にとっては大変不愉快な形容でしょうが、本書を読んでいくと、そういうしかない人々がこれでもかこれでもかと湧いてきますね。

プロローグのジジイ化する男女の冒頭部分をちょいと引用すると、

・・・なぜ、優秀なミドルほど、転職してしまうのか?

なぜ、これだけ女性活用といいながら、いまだ日本の男女格差は世界最低レベルなのか?

なぜ、いっこうに非正規社員の賃金は上がらないのか?

答えは一つ。「ジジイの壁」は不滅だからです。・・・

と、いかにも乱暴極まる言葉を投げかけ、なんだと?と思わせて引き込んでいきます。

プロローグ「ジジイ」化する男女

第1章 老害はどこから発生するか――他人をバカにする「ジジイ」と「粘土層」     

第2章 勝ち負けが気になる心理――社会的評価という魔物

第3章 「偉そうなオジさん」はなぜ存在するのか――見下し行動にひそむ不安

第4章 女をバカにする男たち――組織にみる性差のジレンマ

第5章 しかし、オジさんたちが日本を救う――「個の確立」という幻想の向こうへ

終 章 オジさんオバさんが輝く社会のために――フェイクSOCからやる気SOCへ

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ジョブの研修、やる気の研修

研修を英訳するとトレーニングであり、もう一遍和訳すると訓練になる。

新人研修とは何か?

「この仕事できますか?」「はい、できます」で就『職』する社会では、それは一応の教育訓練を受けている仕事について、より実務レベルで突っ込んだ訓練を施すことだ。

日本でも、ジョブ型の医療職では、新人医師や新人看護師の研修というのはまあそういうものだろう。

しかし、「我が社のどんな仕事でもやる気がありますか?」「はい、やる気があります」で入『社』する社会では、そういうわけにはいかない。

ではどういう風になるか。

「そもそも君たちがやる仕事は・・・」というやり方もあり得るし、結構多い。

でも、そうである必然性はない。

とりわけ、具体的な仕事についてはそれぞれの職場で上司や先輩からOJTで失敗しながら経験を積んで学んでいくという前提に立つと、それ以前の段階の新人研修では、これからそれぞれ配置された職場で覚えていく個々の仕事について教えることにあまり意味はない。

だったらそんなことはやめてしまえばいいのだが、人事部の存在意義を考えるとやはり新人研修はやりたい。

これからやる個々の仕事とは関係のない「やる気」を高めることのみを目的とした、ジョブ型社会ではあまり想定できないような「研修」が必要になる所以である。

とはいえ、それをその会社の先輩たちがやる分には、まあそうとんでもないことにはならない。要するに、「我が社でやっていくにはどうするべきか」を教え込むという話になる。

しかし、この本来ジョブ型社会ではあり得ない「新人研修」を、あたかも企業を超えた労働市場通貫的な一般原理を叩き込むことであるかのように装って自社でやりきれない会社に売りつけるというビジネスモデルを考案した賢い人がいたのだな。

ジョブのスキルを身につける研修なら、いくらでもアウトソースできる。とりわけ「この仕事できますか」「少しはできるけど、あんまりできません」というのを採用して使っていかなければならない会社にとっては便利だろう。そういう「研修」ビジネスというのは、ジョブ型社会なら大変合理的だ。

しかし、「やる気」のエンハンスメントという本来一般的な形で商品として売ることができるはずのないものを売りつける商人には、そういう道理はあんまり関係ない。そういう商品を買ってくれる会社の人事部があればそれでいい。

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2017年8月 8日 (火)

日本型システムの源基性@WEB労政時報

WEB労政時報に「日本型システムの源基性」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=679

私は累次の拙著において、日本型雇用システムが諸外国の雇用システムと原理的に異なっており、その根源が「人」と「仕事」の結び付け方にあると論じてきました。諸外国においては、まず「仕事」を厳格に決めておいて、それにもっともうまく合致する「人」を選定するというやり方(ジョブ型)であり、日本においては、まず「人」を決めておいて、「仕事」はできる限り緩やかにそれを担当する「人」に合わせて決めていくというやり方(メンバーシップ型)です。ここから、終身雇用制、年功賃金制、企業内教育訓練、企業別組合等々といった日本型雇用を特徴づけるさまざまな社会制度が生み出されてくるわけですが、今回はもちろん、それを正面から論じようというわけではありません。詳しくは、『若者と労働』(中公新書ラクレ)をはじめとした拙著をお読みいただくほうが手っ取り早いですから。

最近、同じような問題意識を持って異なる分野で書かれた論文を目にしました。中央大学経済学部の中川洋一郎教授の論文です。・・・・・

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2017年8月 7日 (月)

OECD『図表でみる世界の社会問題4』

308604OECD編著、高木郁朗監訳、麻生裕子訳『図表でみる世界の社会問題4 OECD社会政策指標 貧困・不平等・社会的排除の国際比較』(明石書店)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.akashi.co.jp/book/b308604.html

確か、『図表でみる世界の社会問3』のときにも書いたと思うんですが、この邦語版第4版はもとのOECDの『Society at a Glance』の第7版、2014年版の翻訳なんですが、既に原語版では第8版、2016年版が出ているのですよね。

データ集ということで、OECDでも1年おきに出しているものなので、できるだけ間をおかずに翻訳を出すようにした方が良いのではないかと、いやこれは明石書店のOECDの翻訳の仕事をした経験もあるので、むしろ編集者に向けてなんですが、一言余計なことを。

人口と家族の特徴、就業と失業、貧困と不平等、社会・保健医療支出、仕事と生活の満足度など、幅広い分野にわたる社会指標をもとにOECD諸国の社会の姿を概観する。冒頭の特集章では、2008/09年の経済危機とその後の社会への影響について考察する。

ただまあ、監訳者あとがきでもいわれているように、この版の特徴は、第1章で例の経済危機とその後の社会政策のあり方が丹念に分析されていることで、その意味からはこれは訳されるべき価値があったことは間違いありません。

第1章 危機とその後:社会と社会政策についての「安全性審査」
 はじめに
  ○コラム1.1 本章における社会指標と経済指標について
 第1節 経済危機の進展のなかでの社会的結果
  ○コラム1.2 主要な新興経済国は再分配を強化する努力をつづけている
 第2節 今日までの社会政策的対応
  ○コラム1.3 財政調整、不平等と成長:進行中で変化する論争
 第3節 社会政策は危機へのより大きな強さを生みだすか?
 付録1.A1 図1.8での諸国のグループ分けにあたって使用した方法

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「同一労働」の中身

国際経済労働研究所が出している月刊誌『Int'lecowk 国際経済労働研究』の8月号に、同志社大学の石田光男さんが「 「同一労働同一賃金」の「同一労働」とは何か」という見開き2ページの短文を寄せています。

http://www.iewri.or.jp/cms/archives/2017/08/intlecowk-201781072.html

見開き2ページといいながら、ここまで端的に物事の本質をズバリと書いたひとはあまりいないようにも見受けられるので、その冒頭部分の数パラグラフを引用しておきます。

・・・日本の何がこの本来平易なはずの問題を難題にしているのか。手順を追って考える必要がある。

まず確認しなくてはならない点は、これが少しも難題ではない欧米諸国の実情を知ることである。・・・これらの国々では、そもそも賃金というものは、日本のように個別企業が管理の手段として活用できるものとは考えられていなかったということを知る必要がある。この職業(英国)、この職務(米国)、この熟練(ドイツ)がいくらかは市場で決まる。企業はその賃金水準を受け入れる以外にない。この場合、経営者は、その職業や職務、熟練に応じて決まる市場賃金を与件として受け入れざるを得ないが、その上で、できるだけ必要な課業(個々の具体的な業務)を労働者に受容させようとする。これに対して、労働者はどう行動するのか。社会的にあらかじめ決められていると想定される職業・職務・熟練の課業の範囲に固執し、範囲を超える課業の受容を拒否する。受容させようとする力と拒否する力との対抗が、課業の範囲とレベルをめぐる取引になる。この取引が職場の労使関係である。ここでは、「同一労働」は社会的に人々に共通に理解されている職業・職務・熟練を指す。そこからの逸脱は、拒否されるか、職場の取引によって価格付けされるので、「同一労働同一賃金」は絶えず労使当事者によって意識され確認される原則となる。

日本で、上記のテーマが難題であるのは、課業があるのは当然ではあるけれども、課業をくくる概念としての職業・職務・熟練が、社会的に人々の共通理解として成立していないためである。・・・企業経営の立場からすれば、賃金は市場で決められた与件として与えられるのではなく、最大限の課業遂行を確保することを目的とした労務管理の手段として行使できるのが賃金である。そういうものとしての日本の賃金は、では、何に対応しているのか。「同一労働」として括られる共有された概念はないので、賃金に対応する仕事を一言で表現する言葉を持たない。言葉がないということは、言葉にすべき実態がないということである。・・・

ごちゃごちゃと言葉を使わなくても、たったこれだけで日本の労働と賃金との特異性を浮き彫りにするのは、さすが今日日本の大学でなお労使関係論という分野で研究者を生産し続けているほとんど唯一の存在である石田光男さんならでは、と感服しました。

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労働時間把握義務の明記は2年前から提起されている

まあ、新聞記者が今さらのように記事にすること自体は別に良いんですが、

http://www.yomiuri.co.jp/national/20170806-OYT1T50030.html(労働時間把握は「義務」明記、安衛法規則改正へ)

過労死を防ぐため、厚生労働省は、労働安全衛生法(安衛法)施行規則を改正し、従業員の労働時間を適切に把握することを企業などの義務として明記する方針を固めた。
 政府は、時間外労働の上限規制を含む「働き方改革関連法案」を秋の臨時国会に提出する予定。関連法施行までに安衛法施行規則を改正する。
 安衛法は働く人の健康を守るための法律。時間外労働が月100時間を超えた人が申し出た場合、医師の面接指導を事業者に義務づけるなど、労働時間の把握を前提とした仕組みを定めている。ただ、取り組みが不十分な企業もあるという。
 そこで、安衛法施行規則に、労働時間の把握について「客観的で適切な方法で行わなければならない」などの文言を盛り込む。パソコンの使用時間やIC(集積回路)カードによる出退勤時間の記録を想定する。管理監督者を含めた全ての労働者を対象にする。・・・

いやそれは、つい先日の6月5日の労政審建議で、ちゃんとこう書かれていたことであるし、

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000170996.pdf

(2) 労働時間の客観的な把握
・ また、上記の面接指導(1(2)③の面接指導を含む。)の適切な実施を図るため平成27 年2月13 日の当分科会報告にあるように、管理監督者を含む、すべての労働者を対象として、労働時間の把握について、客観的な方法その他適切な方法によらなければならない旨を省令に規定することが適当である。その際、客観的な方法その他適切な方法の具体的内容については、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を参考に、通達において明確化することが適当である。

もっといえば、ここにもあるとおり、それは高度プロフェッショナルばかりが注目された2015年改正案に向けた同年2月の労政審建議で既に提起されていたことでもあるのです。

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11201250-Roudoukijunkyoku-Roudoujoukenseisakuka/houkoku.pdf

(3) 労働時間の客観的な把握
・ 過重労働による脳・心臓疾患等の発症を防止するため労働安全衛生法に規定されている医師による面接指導制度に関し、管理監督者を含む、すべての労働者を対象として、労働時間の把握について、客観的な方法その他適切な方法によらなければならない旨を省令に規定することが適当である。

ものごとをちゃんと追いかけている人にとっては何ら目新しい話ではなくても、いかにも目新しげに新聞が報じると、皆様そういう風に反応するんだなあ、と。別にいいですけど。

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2017年8月 6日 (日)

新聞記事「だけ」をネタにエントリを書かない理由

本ブログでは、原則として新聞記事「だけ」をネタにエントリを書かないようにしています。というか、できる限り、当該当事者による発表資料なり何らかの文書なりをもとにしたエントリになるように努めています。まあ、政労使といった団体の場合、概ね新聞記事が載ると前後して何らかの資料があっぷされていることが多いのですが、ある会社がこういうことを決めたみたいな記事、とりわけ日経新聞に載るその手の記事の場合、肝心のその会社がうんともすんともいっていない状態であれこれもっともらしいことをコメントするのもいかがなものかと思うことが多く、とりわけツイッター上などで燃え上がっている方々を見て、いろいろ感じるところもあったりするのですが、それはともかく、

http://www.nikkei.com/article/DGXLZO19693990U7A800C1TJ1000/ (従業員を転籍、元の職場に派遣 リンクトブレイン)

人材派遣のリンクトブレイン(東京・千代田)は顧客企業の従業員を部門やプロジェクト単位で転籍させ、派遣社員として元の職場に送り込むサービスを始める。従業員には転籍前と同額の給与を保証する。利用企業は人件費を変動費にできるほか、派遣人材の質に悩まされなくなる。事業再編のペースが速いIT(情報技術)業界やゲーム業界での利用を見込む。・・・

という記事に対して、

https://twitter.com/tomodei/status/893736399874084864

ちょっと詳しい人なら、つっこみどころ満載の今朝の日経記事。いろんなところで炎上しかかってますが、ぜひhamachan先生の見解もお聞きしたいところです。(^^;;

と、お声がけをいただいたわけですが、その肝心のリンクトブレイン社のサイトに行くと、

https://linkedbrain.jp/news_articles/46 (8月5日の一部報道について)

昨日、当社にて従業員を転籍させて派遣する旨のサービスに関して、日経新聞による報道がありましたが、

当社の発表に基づくものではありません。

なお、報道されている「日本版PEO」の可能性について、働き方の多様性の観点から検討中であることは事実ですが、

法的問題や従業員への倫理的配慮の問題など、議論を行っている段階であり、サービス開始には至っておりません。

今後とも人材を扱う会社として社会的責任を持ち、クリエイターの皆様に適切な成長の機会を提供できるよう、事業を行っていく予定です。

という告知が。

まあ、「当社の発表」ではないにしても、似たようなことを考えて記者にぺらぺら喋ったからああいう記事になったんでしょうけど、法制的な検討をきちんとした上でのものではないということは明らかなようです。

こういうことがあるので、新聞記事、とりわけ日経新聞の記事「だけ」をネタにエントリを書きたくないわけです。

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上限もなければ下限もない

日本の労働時間と賃金をめぐる議論の混迷の根源は、やはりジョブという形でタスクをまとめ、それをよりどころに労使双方の権利と義務を確定するというやり方を取らないというところに淵源すると痛感する。

ジョブディスクリプションがないということは、それ以上やらなくてもいいタスクの上限が存在しないということを意味すると同時に、そこまではやらなくてはならないタスクの下限も存在しないということをも意味する。

誰にどのタスクを課するかという基準がジョブという形で明示的に存在しない以上、それはその時の企業の状況と、個々の労働者の業務遂行能力を見繕って行われることになる。

そしてここに、もう一つ日本型雇用の秘部ともいうべき「能力」をめぐる二重基準が絡む。

日本企業において、「能力」は二つの意味を持つ。本当にあるタスクをやらせてちゃんとそれをこなせるか、実績を上げられるかという意味での「能力」。その労働者にいくらの賃金を支払うべきかを正当化する根拠としての、実際の職務とは切り離された「職務遂行能力」という名の「能力」。

もちろん、企業の中で誰にどのタスクを課するかというときには、そんな空虚な「職務遂行能力」なんかに頼ったら回る仕事も回らなくなるので、本当にタスクをこなせる能力のある人のところに仕事が集まってくる。そして、それ以上やらなくてもいいタスクの上限がない日本では、その能力の限界を超えるタスクが押し寄せてきても、それでもそれをけなげにこなし続けるので、ますます大変なことになる。

ちなみに、この二つの「能力」をごっちゃにして、日本企業は労働者の職務遂行能力を的確に判断してそれに基づいて賃金を支払っているなどという記述が出てくるような本があったら、どんなに高名な学者の本であっても、そこでその本をそっと閉じて、それ以上読まないようにすることが吉です。「秘部」であるが故に、企業自身がそうむくつけに語ることは殆どないとはいえ、組織の中で働いた経験がある人でそれに気がついていないような人がいるとすればそれだけで失格。いやまあこれは閑話休題。

さて、これを何とかするには、そもそもジョブディスクリプションをとか迂遠なことをいってみても始まらないので、とにかく労働時間に上限をはめて、それ以上は物理的にできなくしてしまうしかない。

これが労働時間をめぐる一つの極の噺。そして、長年にわたって言い続けてきたこともあってか、最近になってようやくそういう噺が焦点になってきた。

なんだが、労働時間と賃金をめぐる噺にはもう一つの極がある。「それ以上やらなくてもいいタスクの上限が存在しない」ということからくる問題が一つの問題であるのと同様に、「そこまではやらなくてはならないタスクの下限も存在しない」ということからくる問題というのも、日本型雇用の宿痾として存在し続けており、それが実は常に歪んだ形で労働時間問題として提起され続けてきた。

問題の本質は、実は労働時間そのものにはない。「能力」に二種類あり、誰にどのタスクを課するかというときには実際にそのタスクをこなせるかという「能力」で判断され、その結果、「そこまではやらなくてはならないタスクの下限も存在しない」ので限りなく成果の低い労働者の存在もありうる構造でありながら、賃金計算上は「職務遂行能力」があることになっている労働者にそれに応じた高い賃金を払わざるを得ないという点に存する。もっとも、就業規則上労働時間に「下限」はあるので、そこまではやむをえす払うのもやむを得ないと思っている。

しかし、その矛盾がもっともよくクローズアップされるのは、そういうものが(企業にそれほど貢献しているわけではない)時間外労働をすると、基本給の高さに比例した極めて高い残業代を払わざるを得なくなるという地点である。いうまでもなく、それは企業が勝手にジョブ無限定(上にも下にも)をとり、職能給を取ることによって自らもたらしていることなのだが、それが自社だけではいかんともしがたい社会的制度として認識されるとき、それを法制度で何とかしてくれという悲鳴が上がることになる。

かくして、本当は労働時間問題ではないことが労働時間問題としてアジェンダにのぼせられ、ホワイトカラーエグゼンプションとか高度プロフェッショナル制度などという名で呼ばれる。

その虚構性に比べたら、一部労働弁護士の間では極めて評判の悪い「脱時間給制度」というのは、ものごとの本質、というか本音レベルの真実をよく物語っているというべきだろう。そう、企業が求めているのは、日本国の法制度は何ら要求してはいないが社会的制度として強制されている(と感じている)上記ジョブ無限定と職能制のもとで生じる主として賃金分配上の不合理を何とか是正したいということなのだから。

かくもねじれにねじれた噺を、解きほぐすこと自体がなかなか一仕事であり、下手にやり出すと「それ以上やらなくてもいいタスクの上限」が見えなくなってしまうという八幡の藪知らずに陥ってしまうのですがね。

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2017年8月 4日 (金)

「人づくり」政策の元祖は・・・

安倍首相が「人づくり革命」を唱えていることに、共産党の小池氏が「革命という言葉をね、軽々しく使わないでほしい」と抗議したという記事が話題になっていますが、

http://www.asahi.com/articles/ASK835VX0K83UTFK022.html

まあ、確かにそういう資格があるのは共産党くらいだろうな、とか、そういえばAIに腐敗無能といわれた中国共産党は、今でも革命政党なんだろうか、とか、と思いつつ、

一方、そんなこと言い出したら、いま世間で話題の第4次産業革命ってどうよ、とか、いやそもそも第1次というかトインビーの名付けたあの200年前の産業革命はどうよとか、まあいろいろと考えさせてくれます。

それくらい「革命」という言葉は未だに結構話題のネタになるようですが、言葉の幹のはずの「人づくり」については、あまり話題になっていないようですが、でもね、戦後労働政策、教育政策の歴史を知っている人からすると、「人づくり」政策ってのは、今から半世紀以上昔の池田勇人内閣の掲げた政策だったんですよね。

1960年の国民所得倍増計画や、とりわけ1963年の人的能力政策に関する経済審議会答申に見られる、教育を経済成長のための投資と位置づける池田の発想がこれからの政策の中心になるのでしょうか。

http://hamachan.on.coocan.jp/sanshin1506.html (「日本型雇用システムと職業教育の逆説」『産業と教育』2015年6月号)

・・・戦後日本はなぜそのような仕組みになったのだろうか。実は、ある時期までは公的教育訓練システムを中心におく政策構想が政府や経営者サイドから繰り返し打ち出されていた。これは賃金制度論において同一労働同一賃金に基づく職務給制度が唱道されたのと揆を一にしている。

 1950年代、政府の審議会は普通教育偏重をやめ職業教育を重視するよう繰り返し訴えていた。18歳までのすべての若者に教室での学習と現場での実習を組み合わせたデュアルシステム的な義務教育を保障しようという構想もあった。日経連もこの時期、普通課程の高校はできる限り圧縮して工業高校の拡充を図ることや、5年制の職業専門大学(これは高等専門学校として実現)や6年制職業教育の高校制を導入すること、さらには高校に技能学科を設け企業内訓練施設を技能高校に移行することなどを求めていた。

 一方労働行政では、監督行政から技能者養成を切り離し、職業補導と合体させて職業訓練と名付け、独立した政策分野として位置づける職業訓練法を1958年に制定した。ここでは、ドイツやスイスの技能検定制度に倣って新たに技能検定制度を設け、技能士の資格を有することで労働協約上の高賃金を受けることができるような、企業横断的職種別労働市場が目指された。

 この方向性は、1960年の国民所得倍増計画と、とりわけ1963年の人的能力政策に関する経済審議会答申において、政府全体を巻き込んだ大きな政策目標として打ち出された。ここでは、職業に就く者は全て何らかの職業訓練を受けるということを慣行化し、人の能力を客観的に判定する資格検定制度を社会的に確立し、努力次第で年功や学歴によらないで上級資格を取得できるようにして、労働力移動を円滑化すべきだと主張していた。特に職業高校について「実習の適当な部分は企業の現場において行う」ことや、さらには「一週間のうち何日かの昼間通学を原則と」し、「教科は教室で、実技は現場でという原則の下に」、「職業訓練施設、各種学校、経営伝習農場等・・・において就学することも中等教育の一環として認められるべき」といった形で、明確にデュアルシステムを志向していたことが注目される。・・・

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三村正夫『ブラック役場化する職場』

5dd20980342aefc80796d4ec2d1121c4162三村正夫さんの『ブラック役場化する職場~知られざる非正規公務員の実態~』(労働調査会)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.chosakai.co.jp/publications/19387/

本書は、著者が実際に相談を受けた、ある地方自治体の役場で非正規公務員として勤務する女性職員のエピソードを下地に構成。法の谷間にある非正規公務員の実態と、今後トラブルが予想される非正規公務員の雇用環境をどのように改善できるかを解説している。「採用」ではなく「任用」という採用形式、雇止め関係の労働法保護規定が適用されない理由など、民間の非正規とは異なる、公務員という身分ゆえの特異な労働問題を明らかにする。

非正規公務員問題については、上林陽治さんが精力的に論陣を張ってきていますが、本書は特定社労士の著者が、たまたま相談を受けた事例をベースに、その裁判の過程を描写した興味深い一冊です。

・はじめに
1章 人手不足の時代であるが増え続ける非正規雇用
1.非正規雇用とはなにか? 
2.自治体における非正規公務員の位置づけ
3.自治体の非正規公務員は労働基準法適用か、それとも地方公務員法適用か?
4.非正規と正規公務員とでは処遇がこれだけ違う
5.正規公務員の賃金水準は世間相場ではどの水準か?
6.自治体こそ知られざる優良企業なみの処遇

2章 自治体での非正規公務員の実態。非正規は使い捨てか? 
1.雇用条件の内容 
2.残業代は支払わない?
3.ボーナスや退職金はなし?
4.役場には売上目標がなく、仕事に情熱を感じている人は少ない?
5.3年か1年の期間雇用がほとんど 
6.期間満了で更新しない時、事前に理由説明がないのはなぜ?

3章 不当な雇止め・未払い残業にどう戦うか?
1.自分で戦うか、一人ユニオンで戦うか、弁護士で戦うか
2.裁判か調停か労働審判か?
3.果たして役場に勝てるのか? 
4.セクハラ・パワハラなどがあったときは、隠し録りで相手の言っていることを録音しておく
5.残業などは、こまめに勤務時間などを手帳などに記録しておく

4章 Aさんの雇止め・未払い残業が訴訟に至った流れ
1.採用から日常の仕事について
2.パワハラの始まり 
3.役場への苦情の始まり
4.上司は誰か、役場の課長か、館長か?
5.度重なるサービス残業

5章 役場への訴訟の始まり
1.弁護士もピンからキリまである。数人の弁護士に相談する
2.最初は内容証明でお伺いをたてる 
3.内容証明の中身
4.裁判となると裁判所で公表されるので、マスコミに知られる可能性がある
5.それを知った周りの人の態度で人がよく見えてくる
6.裁判になると失われるものと得るもの
7.他人を信用して口外しない
8.内容証明の回答書が届く

6章 裁判の過程とその実録
1.1回目の訴状の内容
2.裁判はとにかく証拠が決め手
3.誰も証人にはなってくれないものと思え
4.どの切口で裁判を起こすか? 
5.月一回が裁判の頻度(2回目以降は淡々と進む)
6.隠し録りの会話の録音も証拠たりえる 
7.残業代の請求はどうなっていくか
8.残業代の請求は手帳などに日々の勤務時間がメモされていれば証拠となる

7章 裁判の結末
1.裁判所は必ず和解を持ちかける
2.裁判所の和解内容が裁判の判決にちかいと思えばよい
3.裁判官によっても裁判の結果は大きく変わる。
4.役場は労働契約法がそのまま適用できないという壁
5.勝訴しても相手側の弁護士費用までは、相手にかなり過失がないと請求できない 
6.弁護士費用はいくらほどかかったか? 
7.勝っても負けてもこの裁判に悔いはなし 
8.負けたとき控訴するのか?

8章 やはり役場?自治体?はブラック化している? 
1.賞与・退職金などの処遇はどうなのか? 
2.不倫・縁故採用・不当解雇などあるのか? 
3.一番のブラック職場は、身近な役場ではないか
4.非正規公務員に対する行政の動き

9章 非正規公務員だからと言って泣き寝入りしてはいけない
1.非正規という名の都合のいい雇用(名ばかり公務員ではないか?)
2.泣き寝入りしてはいけない 
3.役場は労働基準法の動きに約5年遅れている
4.職員は議員に弱い、議員が動けば変わる
5.全国の非正規公務員が目覚めれば、役場も変わるキッカケになる
6.この役場の問題は役場以外の役所でもある話ではないか?
・おわりに
・巻末資料

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2017年8月 2日 (水)

『HRmics』27号は、年金特集

1海老原さんちのニッチモから『HRmics』27号が送られてきました。いつもありがとうございます。

http://www.nitchmo.biz/hrmics_27/_SWF_Window.html

1章 わかっていますか?賦課方式の長所、積立方式の問題

§1.だから積立方式は成り立たない
§2.「賦課方式=損」の舞台裏

§3.少子高齢化と年金制度の維持

2章 それでも「厚労省が悪い」といいますか?

§1. 「過去世代への甘い設計」は必要悪だった
§2.年金保険料不正流用は、どのくらいの規模だったか

§3. 所得代替率はモデル数値でみてはいけない

§4. 年金未納と無年金高齢者で日本は破綻?

3章 企業年金と退職金にも見え隠れする日本人の根源的な問題

4章 もっと本気で高負担社会

§1. 消費税論議をすれば、政権が持たないという歴史
§2.夢のような大盤振る舞いは画餅につきた
§3.マクロ経済スライドを"老人いじめ"とはき違える過誤

これ、章のタイトルを見ただけでわかりますよね。ほぼ全面的に、権丈節全開の特集です。

いや、権丈さん自身が登場するのは、その最後のインタビューのところでようやくおもむろに出てくるのですが、そこまでは(森戸さんプロデュースの第3章を除けば)全て権丈節を海老原さんが自分の言葉でかみ砕こうとした跡です。

そしてそして、雑誌で特集したらそれを東京と大阪のセミナーでやるというニッチモ流は今回も変わらず、

9月21日(木)東京、15日(金)大阪 第27回HRmicsレビュー開催

年金問題とは、結局は、高福祉は望むのに、高負担はいやだ、という日本人の「心」の問題だというのが本号の特集趣旨でした。この内容に沿って、今後の社会保障の方向を考える会を開催いたします。

≪プログラム≫

Part1

【テーマ】もう一度、年金の構造と、問題点を振り返る

本誌特集内容を振り返るコーナーとなります。今の年金運営方式の詳細と、その宿命的な課題、そして、現在騒がれている代替策の問題点などをもう一度細かくおさらいします。

【講 師】本誌編集長 海老原 嗣生

Part2

【東京会場】

<テーマ>いま、進められるべき社会保障の改革

高齢化が進む中で、社会保障のあり方はどう変わっていくべきなのかについて語っていただきます。国民負担率と社会保障の関係、こども保険、医療と介護の一体改革など、年金問題にとどまらず、包括的に社会保障を考えて、何がどうあるべきか、を示唆いただきます。

<講師>権丈 善一氏(慶應義塾大学商学部教授)

【大阪会場】

<テーマ>長期的視野に立った老後所得保障システムのあり方

ーー退職金か、企業年金か?

すでに公的年金の所得代替率は5割まで低下していくことが想定されています。  その中で老後の生活を維持していくためには、私的年金を含めたトータルな年金設計が不可欠。現状の制度ではこうした将来設計に何が問題となるのか。Chapter3の内容をさらに専門的な見地から掘り下げながら、森戸節を炸裂していただきます。

<講師>森戸 英幸氏(慶應義塾大学法科大学院教授

とのことです。

さてそのほかの記事ですが、わたくしの連載「原典回帰」は、W.E.フォン・ケテラーの『労働者問題とキリスト教』です。

誰やそいつ、という声が聞こえてきそうですが、19世紀に労働者の貧困問題の解決に努力したカトリック司祭ですが、同時代のマルクスから「徹底してやっつけなければならない」と猛烈に攻撃されていた存在です。

なんでそんなのを、と思うかも知れませんが、いやいやヨーロッパにおけるカトリシズムの存在というのは、日本人が思う以上に大きいものがあるんです。

たぶん、上智大学出身の海老原さんもご存じなかったと思いますが・・・。

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日本的柔軟性からデジタル柔軟性へ

20170809先週刊行された『ビジネス・レーバー・トレンド』8・9月号の特集「働き方の未来」のうち、ILOとの共催フォーラムにおけるわたくしの基調報告「日本的柔軟性からデジタル柔軟性へ」をアップしておきます。

<基調報告>

日本的柔軟性からデジタル柔軟性へ

濱口桂一郎・労働政策研究・研修機構所長

労働社会の大きな転換点

私からは技術革新に伴う労働の世界の変容について、日本の文脈に照らしながらお話させていただきます。ライダー事務局長のお話にもあったように、今、世界的にも労働社会は大きな転換点にあると思いますが、そこには世界共通の文脈と日本独自の文脈があり、この2つが絡み合って進んでいるのが、日本の現実ではないかと思います。

日本の文脈

3月28日に政府が「働き方改革実行計画」という、広範な文書を策定しました。ここには2つの転換が刻印されています。まず、いわゆる日本型雇用システムは正規労働者の柔軟性、とくに職務内容や労働時間や勤務場所の柔軟性が特徴となっています。これを無限定正社員とも言いますが、こうした諸要素を柔軟に変化させることで長期雇用をできるだけ維持しようとするシステムです。

 この柔軟性に対応しにくい女性などは、この無限定正社員になることができず、非正規労働者として低処遇・不安定な雇用に入っていかざるを得ない面がありました。しかし、かつて正社員の多くは成人男性で、非正規労働者の多くは主婦や学生だったため、社会的な矛盾は極小化されていました。しかし、1990年代以降、育児・介護といった家庭責任を負う正社員も増える一方、非正規労働者でも家計を維持しなければならない人も増えてきました。そのため、両方でいろいろな矛盾が発生してきたのです。

 日本的柔軟性からの脱却?

いまの「働き方改革」は一言で言うと、こうした日本的な柔軟性をなにがしか限定しようとするものと言えます。とりわけ、正社員の長時間労働の是正が、最優先課題となっています。例えば時間外労働の上限設定、休息時間の導入などが盛り込まれていますし、正社員の転勤についての制約も議論されています。その一環として働く地域を限定した正社員制度の普及も言われております。

 さらに実行計画の中では、女性に限らず、病気治療中の人、育児や介護の責任を負っている人、障害者など、働き方に制約のある人々を前提とした人事管理への移行が求められています。

 日本的デュアリズムからの脱却?

もう一つの大きなテーマとして、日本的デュアリズムの問題があります。日本的な柔軟性と相補的なものとして、正社員と非正規労働者の大きな格差が日本の労働市場の特徴となってきました。

 しかし近年拡大してきた家計維持的な非正規労働者が、正社員と比べた低処遇に不満を募らせてきています。そのため実行計画でも同一労働同一賃金を掲げ、基本給だけでなく非正規雇用への手当、福利厚生も含んだ処遇改善が打ち出されました。

 こういった日本的デュアリズムの是正は、その基盤である日本的な柔軟性にも影響を与えるでしょうし、より職務内容に着目した処遇体系への移行も促進するかもしれません。

 働き方改革の目指す社会は?

では、日本政府が進めている働き方改革が目指す社会は何か。一言で言うと今までの日本的な柔軟性とデュアリズムから脱却し、よりヨーロッパ社会に近い、職務内容、労働時間、勤務場所がより限定的な働き方にしていくという方向性が窺われます。今までの無限定正社員や非正規労働者が、限定正社員に近寄ってくるイメージです。

 新たな柔軟性への方向性

これが日本独自の文脈ですが、日本は先進国の1つとして、世界共通の文脈の中にもおかれています。その世界共通の文脈も、実行計画の中に姿をあらわしており、3つほどの働き方が提起されています。

 1つは雇用型テレワークで、雇用契約のもと自宅、サテライトオフィス、あるいは特定した働き場所を決めないモバイル勤務を推進していくことが書かれています。

 もう一つは非雇用型テレワーク。個人請負型の一種の自営業ですが、インターネット等を通じて、個人が業務を請け負う形で就労するものです。典型例として、クラウドワークが示されています。

 また、副業・兼業の推進。複数の企業と雇用契約を結ぶパターン、あるいは、その幾つかを個人請負で就業するパターン、こうした働き方の多様化を新たな柔軟性という形で提起しています。

 デジタル化と第4次産業革命

この新しい柔軟な働き方を可能にしつつあるのは、ライダー事務局長も言われた経済のデジタル化です。例えばドイツではインダストリ4.0といわれていますし、日本でも第4次産業革命といわれています。ここではキーワードだけ並べますが、インターネット、遠距離データ通信、モバイルコミュニケーション、クラウドソーシング、ビッグデータ、ロボット、3Dプリンタ、IoT、人工知能(AI)などの活用で、時間や空間の制約を超えて、「いつでもどこでも」生産活動ができる情報通信環境が生み出されつつあるのは確かでしょう。

 「いつでもどこでも」再び

この「いつでもどこでも」は、英語で言うとanytime anywhere。これは日本が、そこから脱却しようとしている伝統的な働き方でもありました。伝統的な日本的な正社員は、「いつでもどこでも」社員でした。ただしその意味は、夜でも休日でも働く、会社の命令で来週から北海道勤務だと言われたら転勤するという意味だったのです。一方、デジタル化による雇用型テレワークは、自宅でもサテライトオフィスでも、また喫茶店でも、あるいは勤務時間内でも夜でも休日でも作業ができるわけです。まさに、新たな「いつでもどこでも」です。

 かつての日本的な「いつでもどこでも」では、「いつでもどこでも働けますか」「いえ、働けません」ということで、女性や育児・介護責任のある人は働きにくかったのです。しかし、テレワークによって、いつでもどこでも働けるから、こうした育児・介護の責任のある人は働きやすくなります。まさに、ワーク・ライフ・バランスに非常に役に立つ働き方ではありますが、逆にいつでもどこでも働けるので、働き過ぎの危険は否定できません。

 非常に皮肉ですが、今、日本政府は、一方で労働時間の上限設定をかけようとしつつ、他方で、その限定がしにくい働き方を推進しようとしているのです。どちらもワーク・ライフ・バランスに役立つ方向へということですから矛盾ではないのですが、アイロニカルな状況とも言えます。

新たな自営業の世界 

非雇用型まで射程を広げると、もっと大きな話になります。歴史的に見て、労働法、社会保障は、ほぼここ100年の間に世界的に発達してきたのです。ある程度まとまりのある職務を単位に、ある程度の期間、継続的な雇用契約を締結し、仕事と報酬を交換する仕組みが産業革命以来、確立し、世界中に広がってきました。その枠組みを前提に労働法、社会保障が組み立てられてきたのですが、経済のデジタル化によって、この基盤となってきた職務が、ジョブからタスクに分解されつつあると言われています。ジョブをタスクに分解し、そのタスクごとに個別に発注して、その成果に報酬を払うという仕組みは、これまでも社会の周辺部分では存在していましたが、それが社会の大きな分量を占めるようになるのではないかと指摘されています。

 プラットフォーム経済、シェアリング経済、あるいはコラボラティブ経済とも言うようですが、こういったクラウドソーシングがどんどん急激に拡大すると、今まで雇用契約を前提としてきた労働法、社会保障の基盤がだんだん壊れて、新たな自営業の世界が広まりだすことになります。

 これ自体は悪いわけではありません。しかしこういったデジタル経済が生み出しつつある新たな自営業について、欧米の労働組合から強く主張されるのは、テクノロジーを使った強力なコントロールのもとにあるということです。例えば顧客の評判で点数がつけられ、点数が低かったり、あるいは命じられたタスクを断ったりしたら、そこから排除されます。雇用契約ならば解雇になり、それをめぐって紛争することはできますが、解雇する必要もないのです。アカウントを停止して、それで終わりになる。そういった問題が指摘されています。

非雇用型テレワークの法的保護

 「働き方改革実行計画」の中にも、この雇用類似の働き方について、「法的保護の必要性を中長期的課題として検討する」との文言が入っています。まさに世界共通で直面している課題ですし、今後、政労使、また研究者が真剣に取り組んでいく必要のある分野だろうと思います。

 指揮命令されずに自分で働き方を決められることは、それ自体、別に悪いことではありません。しかしその形式のもとで、伝統的な労働者より不安定で、低所得の働き方が拡大するのは、望ましいことではありません。そのため、労働法規制、社会保障制度のあり方を見直すことは、まさに世界共通の課題だろうと思います。

集団的“労使関係の再認識

最後に、1つ指摘しておきたいは、集団的労使関係の意義を、再認識する必要があるのではないかということです。自営業(雇用類似の働き方)は、法的には厳密な意味で労使関係はないわけです。しかし、エンプロイヤーではなくても、使う側、ユーザーというのはあるわけですし、エンプロイーではなくても、労務を提供する人、ワーカーはいるわけです。事実上、労使関係に近い社会関係が存在するはずです。

 そうすると、こうした人々にどういうルールを設定するか。そして、そのルールをどのように実施していくかについて、これを労使関係といっていいのか、わかりませんが、集団的な労使関係を活用できるかどうかが、今後の課題になるのではないでしょうか。集団的といっても大きく2種類あり、一つは、労働組合タイプの結社型の集団性、もう一つは労使協議会タイプの機関的な集団性。これをどう組み合わせながら、解決の方向性を考えていく必要があるのではないかと考えております。

 日本には労働組合法があり、そこで労働組合は労働協約を締結することができますが、実はそれだけではなく、六法全書の経済法のところに中小企業協同組合があり、それを見ると、多くの方はご存じないかもしれませんが、協同組合も自分たちのメンバーのために交渉をし、団体協約を締結する権利があると書かれています。

 いわゆる独禁法などの競争法との関係をどう整理するか。労働者の外縁にあるような人々を集団的な枠組みでどのように対応していくかを考える上で、拠り所になる法制度があるのかもしれない。若干トリビアルな知識を提供させていただいて、私の基調報告にしたいと思います。

このあとのパネルディスカッションでは、司会の大内伸哉さんが持論を雑誌で2ページ近くにわたって論じるなど、ますます面白い展開となっておりますので、そちらも是非。

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2017年8月 1日 (火)

JILPT『非正規雇用の待遇差解消に向けて』

Cover_no1JILPTの第3期プロジェクト研究シリーズNo.1『非正規雇用の待遇差解消に向けて』が刊行されました。No.1なのに出るのが3番目なのはなぜ?というのは楽屋落ち話なので、それはともかく、同一労働同一賃金が政治主導の一大重要課題となって、この秋にも法改正がされようとしているこの時期に、まさにふさわしい本が出ることになったと言えましょう。

http://www.jil.go.jp/institute/project/series/2017/01/index.html

生産年齢人口減少下の我が国で、非正規雇用労働者だけが増加し続けているなか、現在、非正規雇用労働者と正社員との間にある不合理な待遇差を解消し、同一労働同一賃金に近づけていく検討が強く求められています。本書では、正社員との賃金格差、能力開発、正社員への移行などの問題について、産業、企業の特性や共通する制度的要因を分析することで今後の非正規雇用労働者のありようを考えます。

目次をそれぞれの著者名をつけて示しておくと、

  • 章 非正規雇用の諸問題と本書のねらい 小野晶子
  • 第1章 非正規化の要因を事業特性や雇用特性から考える 小野晶子
  • 第2章 なぜ正規・非正規雇用者間の賃金格差が生じるのか 馬欣欣
  • 第3章 非正規雇用者の能力開発 阿部正浩
  • 第4章 どのような人事制度下で働いている非正規雇用者が将来に希望を持っているのか 森山智彦
  • 第5章 転職による正社員転換と雇用の安定 高橋康二
  • 第6章 非正規雇用者の組織化と発言効果 前浦穂高
  • 章 非正規雇用の待遇差の解消にむけて:まとめと政策示唆 小野晶子

編者である小野晶子さんによる結章の政策示唆というところが、恐らくいろいろと議論を呼ぶであろう大胆な議論を提起していますので、ちょっとだけ紹介しておきます。

・・・以上の知見と議論から政策示唆として言えることは、いかに非正規雇用を取り巻く制度を正社員のものに近づけていけるかということであろう。この両者の間の「障壁」は異なる制度の中に存在することから始まっている。

 とはいえ、近づけるといっても、そんなに簡単にできるものではない。これから先も、職場の中は事業の中心となるコア人材とそれをサポートする人材に分かれることは組織として変わらないだろう。しかし、日本的雇用の崩壊の先にあるものは、二極化する働き方であったはならない。では、どうするか。非正規雇用から正社員へと、ブリッジングする制度、政策が考えられる。それは、非正規と正規の合間に存在する雇用形態を作ることで具現化される。・・・

・・・このような制度改変は、労働組合が非正規雇用者を組織化することでより現実味が出てくる。第6章の広電支部の事例で見たように、制度改変に伴って、必ず正社員と非正規労働者との間に利害対立が起こる。その時、会社と正社員と非正規労働者の間に立って利害調整する役割が必要になってくる。労働組合がうまく利害調整できれば、三者にとって有益な改変になるだろう。しかし、その利害調整を行う手腕や膨大な労力を考えると、労働組合が二の足を踏んでしまうのもわからなくもない。・・・

・・・非正規雇用が一時的・臨時的な労働力から基幹的な労働力としての存在感を増しているのであれば、その層には、職務や能力評価を伴う賃金制度の見直しや積極的な能力開発が必要になるだろう。非正規雇用者の能力が高まれば、正社員に移行することも現実味を帯びる。

 不合理な待遇差を解消していくには、非正規雇用と正社員の間にある制度という「壁」を壊す-まではいかなくても低くしていく-必要があるだろう。同一労働同一賃金をめざす上で、正社員の雇用や賃金が切り崩されることが懸念されるなら、なおさら労働組合の関与は欠かせない。全ての労働者が公正な労働条件において、納得できるワークルールを作る役割を労働組合は求められている。・・・

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