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高度プロフェッショナル制度をめぐる連合の迷走@『労基旬報』2017年8月25日号

『労基旬報』2017年8月25日号に「高度プロフェッショナル制度をめぐる連合の迷走」を寄稿しました。

 去る7月13日、連合の神津里季生会長は安倍晋三内閣総理大臣に対して、労働基準法等改正法案に関する要請を行いました。それは、きたる臨時国会に提出予定の時間外労働の上限規制を導入する労働基準法改正案と、2015年に提出したままとなっている高度プロフェッショナル制度の導入や裁量労働制の拡大を盛り込んだ労働基準法改正案が、一本化されて提出されるという見込みが明らかになり、せめて後者の修正を求めようとして行われたものです。その要請書においては、三者択一とされていた導入要件のうち、「年間104日以上かつ4週間を通じ4日以上の休日確保」を義務化するとともに、選択的措置として勤務間インターバルの確保及び深夜業の回数制限、1か月又は3か月についての健康管理時間の上限設定、2週間連続の休暇の確保、又は疲労の蓄積や心身の状況等をチェックする臨時の健康診断の実施を求めるものでした。

 これが報じられると、連合傘下の産別組織の一部や連合以外の労働団体、さらには労働弁護士などから激しい批判が巻き起こり、同月21日の中央執行委員会でも異論が相次ぎ、執行部は組織内での了解取り付けに失敗したと伝えられました。さらに26,27日に札幌で開いた臨時の中央執行委員会でも同意が得られず、政労使合意を見送る方針を決めたということです。同日付の事務局長談話では「連合は三者構成主義の観点から、本件修正のみの政労使合意を模索したが、この趣旨についての一致点は現時点で見いだせない。よって、政労使合意の締結は見送ることとする。法案の取り扱いについては、労働政策審議会の場で議論を行うこととし、その答申を経て、最終的には国会の審議に委ねられることになる」と述べています。

 政府はその後両法案の一本化を表明し、連合が懸念していた状況が現実のものであることが明らかになりました。今回の動きは、基本的には連合という組織の内部的意思決定プロセスの問題ではありますが、近年の極めて強い政治主導、官邸主導の政治プロセスの中で、じっとしていたのでは排除されてしまいかねない労働側がいかに官邸主導の政治プロセスに入り込んでいくかが試された事例とも言えるでしょう。そして、労働側を政策決定のインサイダーとして扱う三者構成原則がややもすると選択的恣意的に使われる政治状況下にあって、単なる「言うだけ」の抵抗勢力に陥ることなくその意思をできるだけ政治プロセスに反映させていくためにはどのような手段が執られるべきなのかを、まともに労働運動の将来を考える者の心には考えさせた事例でもありました。

 外部から一連のいきさつを見ていて気になったのは、この問題が妙に政治的な-政策という意味での「政治」ではなく、新聞の政治面で取り上げられるような政局という意味での「政治」として-枠組で論じられてしまったきらいがあることです。長く「安倍一強」と呼ばれて強い政治主導による政権運営を誇っていた安倍政権が、森友学園、加計学園といった諸問題によってここ1,2か月のうちに急速に支持率が低下してきたことは、恐らく数カ月前には誰にも予想が付かなかったことだと思われますが、ちょうどその政治局面の変わり目に今回の要請が行われたために、それを安倍政権にすり寄る行為だと決めつける政治的な評論がもっともらしく映ったということもあるのでしょう。ちょうど進められていた連合の次期会長人事の問題と絡められてしまったことも、この問題を労働者にとって何が望ましい政策かという観点から論ずることをやりにくくしてしまったように思われます。

 内容的には、本来三者択一の要件のうち一つ(休日確保)を義務化するのであれば、残りの二つ(休息時間と深夜業、健康管理時間)を二者択一とするのが素直な提案であったはずですが、連合提案では連続休暇や臨時健康診断までもが選択肢として入っていました。これは恐らくあらかじめ経営側とすり合わせをした時に、二者択一では受け入れられないと拒否されたため、やむを得ず緩やかな選択肢を盛り込んだものと推測されます。しかしそのために、原案の三者択一を厳格化したはずであるにもかかわらず、義務化された休日確保と健康診断を選択すればそれ以外に実質的に労働時間を規制する要件はなくなってしまうことになってしまいました。2013年の規制改革会議の意見でも、新適用除外制度とセットで導入すべきものとして休日・休暇の強制取得とともに労働時間の量的上限規制が含まれていたことを考えると、それよりも後退していることになります。

 今後事態がどのように推移しているかは不明ですが、一部マスコミが煽り立てた「残業代ゼロ」などという非本質的な議論ではなく、労働時間規制の本旨に沿った議論が行われることを期待したいと思います。

三者構成原則の空洞化がじわじわと進んでいく中、連合がインサイダーとしての行動から外れていき、遠いところで咆えるだけの「言うだけ番長」になっていくことを、良いことと思うのか良からぬことと思うのかで、大きな落差があることを改めて感じさせられた一幕でした。

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コメント

労働弁護士の塩見さんのコメント。

https://twitter.com/roubenshiomi

一連の経緯で最大の問題は、私は組織内民主主義が蔑ろにされていたことだと思うのだが、その点はどうお考えなんですかね。

全労働者の10%強程度組織しているに過ぎないナショナルセンターが、組織内民主主義手続すらちゃんと履践できていない状況で、三者構成原則の労働者代表を名乗れるのでしょうかね。

三者構成原則は非常に大切だ。だからこそ私は何度もこの日弁連会長声明を強調している。
https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2015/150227_2.html …
でも、三者構成原則は、「労働者代表がいかに(手続的適正の見地から)労働者を代表しているか」の最低限の正当性が確保されていなければ、画餅だろう

まず基本的に、組織内民主主義の問題は組織内の手続問題。

それと、「全労働者の10%強程度組織しているに過ぎないナショナルセンター」云々という話を混ぜると、塩見さん自身はそんな気はないかも知れないけれども、三者構成原則を潰したくって仕方がないある種の人々が涙を流して喜ぶことになりますよ。

2007年規制改革会議労働タスクフォース福井秀夫氏曰く

現在の労働政策審議会は、政策決定の要の審議会であるにもかかわらず意見分布の固定化という弊害を持っている。労使代表は、決定権限を持たずに、その背後にある組織のメッセンジャーであることもないわけではなく、その場合には、同審議会の機能は、団体交渉にも及ばない。しかも、主として正社員を中心に組織化された労働組合の意見が、必ずしも、フリーター、派遣労働者等非正規労働者の再チャレンジの観点に立っている訳ではない。特定の利害関係は特定の行動をもたらすことに照らすと、使用者側委員、労働側委員といった利害団体の代表が調整を行う現行の政策決定の在り方を改め、利害当事者から広く、意見を聞きつつも、フェアな政策決定機関にその政策決定を委ねるべきである。

実際、10年後の現在、労働政策審議会の中に、労働政策基本部会という名の下に、三者構成原則を排除した仕組みが作られてきているわけですが、「全労働者の10%強程度組織しているに過ぎないナショナルセンターが、組織内民主主義手続すらちゃんと履践できていない」ような連合を排除しても、罪が軽くなるというものかもしれません。

投稿: hamachan | 2017年8月23日 (水) 09時46分

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