« 『日本労働映画の百年』 | トップページ | 申し分のない良書 »

2017年7月28日 (金)

萬井隆令『労働者派遣法論』

15068萬井隆令さんより大著『労働者派遣法論』(旬報社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/1185?osCsid=5svkbhs71p8afg32kdket4o4d0

労働者派遣法研究の決定版!
2015年改正で、その姿を一変させた労働者派遣法。この改正で、企業は、人さえ変えればどれだけでも派遣労働者を使い続けることができるようになった。
労働者派遣法研究の第一人者が、その問題点を指摘し、本来のあるべき姿を提示する。

本書は論争の書です。あとがきには、

・・・批判や書評は、論議を呼び、派遣法論の一層の発展の契機となるし、わたし自身にとっても再吟味の契機となるので歓迎したい。

とあり、さらに送り状にも、

・・・私にとっては苦いとしても、それは私にとって再考の契機となるだけでなく、学界全体として派遣法論を依り進化させる契機となることも期待できますので、忌憚のない評論をお寄せ下さい。

とありました。

実際、本書で批判されている論者には、小嶌典明、馬渡淳一郎、大内伸哉、本庄淳志といった面々に加えて、わたし自身も含まれていますので、萬井さんの批判にきちんと答えることは責務でありましょう。

まずは激しく対立しているいわゆる派遣法と職安法の単独適用説と重畳適用説に関するところについてなのですが、実は、私の議論の一番重要な点が見落とされているのではないかと思いました。

その前に、萬井さんの正しい指摘に感謝しておかなければなりません。私は、『NBL』の松下プラズマディスプレイ事件高裁判決の評釈において、

職業安定法上、「労働者供給事業」ではない「労働者供給」を明示的に対象とした規定は存在しないが・・・

と書いてしまいましたが、これは間違いで、職安法63条は

第六十三条   次の各号のいずれかに該当する者は、これを一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。

 暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者
 公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者

と規定しています。

職安法45,46条が労働者供給「事業」を規制しているのに対して、こちらは事業であるか否かを問わず、一定の手段によるまたは一定の目的による労働者供給という行為を刑罰の対象にしているのです。

なので萬井さんの指摘はまことに正しいのですが、問題はその先です。実はこの文は、まさに事業ではない労働者供給と、事業である労働者供給事業とは異なる概念であると言うためのものだったからです。上記文を含む前後のパラグラフをやや長いですが引用します。

 職業安定法における「労働者供給」の定義と、労働者派遣法における「労働者派遣」の定義は、判旨1(1)の冒頭部分にあるとおりであるが、この定義をもって直ちにそれに続く議論を展開することは実はできない。なぜならば、職業安定法が原則禁止しているのは「労働者供給」という行為ではなく「労働者供給事業」という事業形態であり、労働者派遣法が規制をしているのは「労働者派遣」という行為ではなく「労働者派遣事業」という事業形態だからである。職業安定法上「労働者供給事業」の定義規定はないが、労働者派遣法上は「労働者派遣」の定義規定とは別に「労働者派遣事業」の定義規定がある。「労働者派遣事業」とは「労働者派遣を業として行うこと」をいう(2条3号)のであるから、業として行うのではない労働者派遣は労働者派遣法上原則として規制されていないことになる。
 もっとも、さらに厳密にいうと、労働者派遣法上「派遣元事業主」や「派遣先」を対象とする規定は労働者派遣事業のみに関わるものであるが、「労働者派遣をする事業主」や「労働者派遣の役務の提供を受ける者」を対象とする規定は業として行うのではない労働者派遣にも適用される。労働者派遣法上、この二つの概念は明確に区別されており、混同することは許されない。
 職業安定法上、「労働者供給事業」ではない「労働者供給」を明示的に対象とした規定は存在しないが、44条で原則として禁止され、45条で労働組合のみに認められているのは「労働者供給事業」であって「労働者供給」ではない。これを前提として、出向は「労働者供給」に該当するが「労働者供給事業」には該当しないので規制の対象とはならないという行政解釈がされており、一般に受け入れられている。
 以上を前提とすると、職業安定法4条6号と労働者派遣法2条1号の規定によって相互補完的に定義されているのは「労働者供給」と「労働者派遣」であって、「労働者供給事業」と「労働者派遣事業」ではない。経緯的には従来の「労働者供給」概念の中から「労働者派遣」概念を取り出し、それ以外の部分を改めて「労働者供給」と定義したという形なので、その限りでは「労働者派遣」でなければ「労働者供給」に当たるといえるが、ここでいう「労働者派遣」「労働者供給」はあくまでも価値中立的な行為概念であり、それ自体に合法違法を論ずる余地はない。「違法な労働者派遣」という概念はあり得ない。あり得るのは「違法な労働者派遣事業」だけである。そして、「労働者派遣事業」は「労働者派遣」の部分集合であるから、「違法な労働者派遣事業」も「労働者派遣」であることに変わりはない。
 本判決は、「労働者派遣法に適合する労働者派遣であることを何ら具体的に主張立証するものでない」ゆえに「労働者供給契約というべき」と論じているが、ここには概念の混乱がある。労働者派遣法による労働者派遣事業の規制に適合しない労働者派遣事業であっても、それが「労働者派遣」の上述の2条1号の定義に該当すれば当然「労働者派遣」なのであり、したがって両概念の補完性からして「労働者供給」ではあり得ない。「労働者供給事業」は「労働者供給」の部分集合であるから、「違法な労働者派遣事業」が「労働者供給事業」になることはあり得ない。

おわかりでしょうか。この文章の趣旨は、なによりもまず事業ではない労働者供給とか労働者派遣という行為概念と、事業である労働者供給事業とか労働者派遣事業という事業概念を区別すべきという点にあります。

私の不注意で、「職業安定法上、「労働者供給事業」ではない「労働者供給」を明示的に対象とした規定は存在しないが」などと間違ったことを書いてしまいましたが、そういう規定が存在すればますます上記趣旨を補強することになるはずです。

ところが萬井さんは、こういう言い方をされます。

・・・濱口氏は、職安法上、業でない「『勞働者供給』を明示的に対象とした規定は存在しない」といわれるが、読み落としではあるまいか。職安法63条1号は、「業」としているかに関わりなく、暴行、脅迫等の手段を用いた労働者供給を処罰対象としている。

はい、まったくそのとおりです。しかし、

それは、労働者供給の行為そのものを反・価値と位置づけていることを意味し、44条と併せ考えれば、職安法は労働者供給を「行為」と「事業」で基本的評価を異にせず、いずれも違法と判断していることを意味する。

というのは、どう考えても論理が飛躍しています。

上記63条を見ればわかるように、同条は一定の手段、一定の目的による「職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給」の行為を処罰しているものです。

その反・価値性は一定の手段(暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段)や一定の目的(公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的)にあることは明らかであって、全く同様の罰則の下にあるからと言って、たとえば全ての職業紹介行為がことごとく反・価値であり、違法と評価されている、などというわけではないことからも明らかでしょう。「価値中立的」な行為概念とはそのことを指します。

職業紹介についても同様に行為概念と事業概念が区別され、後者が30条以下で許可制という事業規制の下にあるのに対して、前者すなわち事業ならざる単なる職業紹介行為は一般的には特段規制の対象ではないけれども、暴行脅迫などの手段だったり、アダルトビデオに出演させる目的だったりしたら違法になる、というまことに単純明快なことであって、その構造自体は労働者供給[行為]と労働者供給[事業]と全く同じだと思われます。

話を元に戻すと、上記私の判例評釈における主張は、なによりもまずこの「行為」概念と「事業」概念を区別すべきという点であり、そこらか導き出されるコロラリーとして、労働者供給事業は労働者供給[行為]の一部であり、労働者派遣事業は労働者派遣[行為]の一部であり、かつ労働者派遣法によって労働者供給(行為)と労働者派遣(行為)とが排他的に(つまり、ある行為が同時に両者に該当することはあり得ないように)定義されている以上、労働者派遣事業に該当する事業が同時に労働者供給事業に該当することは論理的にあり得ないと言っているだけなのです。

しかし、最初の10ページまででこれだけ論じなければならないとしたら、この先どれくらいになるか、少々恐ろしくなります。

ま、しかし、とりあえず、この論点についてはここまでにしておいて、そろそろ連合の労政審委員の合同会議に向けて出発しなければなりません。

(追記)

連合の労政審委員の合同会議から帰ってきてからまた読み続け、ようやく読了。

第3章第3節では、DNPファインンオプトロニクス事件判決へのわたくしの評釈が批判されていますので、そちらも言及しておきます。

これは、松下プラズマディスプレイ事件のような完全無欠の偽装請負ではなく、つまり「請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合」ではなく、注文者と請負人の両方が労働者に指揮命令をしているといういわば不完全偽装請負とでもいうべき事案です。

実際には、請負人の指揮命令が全くなく注文者のみが指揮命令をしているという絵に描いたような偽装請負はそれほど多くはなく、両方が指揮命令をしているケースが多いように思われます。

わたしは『ジュリスト』2016年11月号の評釈で、労働安全衛生法30条の2を根拠に、注文者が指揮命令することがあっても直ちに偽装請負と見るべきではないと論じたのですが、萬井さんは、個々の指揮命令行為についてどこが労災防止の観点から正当化されるのか明らかにすへきだと批判されます。

ということは、少なくとも論理上は、安全衛生上の観点から注文者が指揮命令することがあり得べきであり、それがあったからといって直ちに偽装請負と見るべきではないという、わたくしの議論の大枠は認めていただいたということなのかなと受け取りました。

判決文という少ない情報源だけから個々の指揮命令行為がどの程度まで安全衛生上必要であり、どの程度までそうではないのかを細かく論するのは難しいのですが、一般論としていえば、原発のような職場を最右翼として、建設現場や製造現場は労働者の一挙手一投足が労災につながる可能性が高い職場であることは確かだと思います。

わたくしの評釈は、本件のような注文者と請負人の両方が指揮命令している事案において、地裁判決が前者のみに注目し後者を無視して偽装請負だと断定し、逆に高裁判決が後者のみを強調して前者をあえて無視するという都合の良い事実認定をしていることに対して、いやいや両方指揮命令しているよと指摘することに主力がありました。

あと、萬井さんの目には余りとまらなかったようですが、偽装請負かどうかを判定する上での基準となるいわゆる37号告示について、こう述べていることが、私としては議論の枠組みとして重要だと思っています。

4 では、最高裁判決が明示的に示していない注文者と請負人の双方がいずれも指揮命令をしているようなケースについてはどのように判断するべきであろうか。

5 偽装請負に関する判断根拠規定とされるのは職安法施行規則4条であり、同条各号の全てに該当する場合でなければ適法な請負とは認められず、労働者供給事業とされる。その2号として「作業に従事する労働者を、指揮監督するものであること」があり、請負人による指揮命令がなければ請負ではないことは明らかである。労働者派遣法制定に伴い制定された「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(昭和61年労働省告示第37号)はより細かな文言で同様の趣旨を明らかにしている。しかしながら、請負人が指揮命令をすることを請負たることの必要条件とすることは、請負人に加えて注文者も一定の指揮命令をすることを請負たることの否定条件とすることとイコールではない。これら労働市場法制においては、注文者が少しでも指揮命令をすれば直ちに請負ではなくなり労働者供給事業ないし労働者派遣事業になるとされているわけではない。

これと、上記安全衛生法が求める注文者や元請け事業者の指示義務とを組み合わせると、

7 こうした立法を論理整合的に理解するためには、かかる構内請負型の場合には、雇用関係に基づく指揮命令は請負人からその雇用する労働者になされるのを原則としつつ、安全衛生に関わる指揮命令は注文者ないし元請事業者(の労働者)からも請負人の労働者になされることを求めている、としなければならない。すなわち、広義の指揮命令は両者からなされるのが前提なのである。そして、労働災害の危険性は作業のあらゆる部面において生じうる以上、具体的な作業に関わる指揮命令は安全衛生上の観点から注文者側からされる可能性があり、そのことを捉えて偽装請負の徴表とすることはできない。逆に言えば、安全衛生上の観点から正当化し得ないような具体的な作業に関わらない指揮命令が注文者から行われているならば、それは偽装請負の徴表となり得るといえる。そして、いかなる注文者や元請事業者による指揮命令が安全衛生上の観点から正当化しうるかも、各業種における作業の危険有害性によって個別具体的に判断されるべきであろう。たとえば原子力発電所も重層請負の典型的な事業であるが、電離放射線が飛び交う職場ではほとんどあらゆる行為が被曝の危険性を有し、細かな指揮命令が必然化すると考えられる。

という議論が導き出されるわけです。

それにしても、本書は大著です。連合の会議への行き帰りも使って読み続けて、心地よい疲労感が広がります。

(おまけ)

上記「公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者」に係るいくつかの裁判例を紹介したエントリを参考までに。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-d708.html(公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者派遣をした者は)

|
|

« 『日本労働映画の百年』 | トップページ | 申し分のない良書 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/3288/71265241

この記事へのトラックバック一覧です: 萬井隆令『労働者派遣法論』:

« 『日本労働映画の百年』 | トップページ | 申し分のない良書 »