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2017年7月22日 (土)

生活保護と大学教育のレリバンス

ダイヤモンドオンラインにみわよしこさんが「生活保護で大学に通うのは、いけないことなのか?」を書かれています。

http://diamond.jp/articles/-/135883

厚労省は、大学等(以下、大学)に進学する生活保護世帯の子どもたちに一時金を給付する方向で検討を開始している。金額や制度設計の詳細はいまだ明らかにされていないが、2018年度より実施されると見られている。

 現在、生活保護のもとで大学に進学することは、原則として認められていない。家族と同居しながらの大学進学は、家族と1つ屋根の下で暮らしながら、大学生の子どもだけを別世帯とする「世帯分離」の取り扱いによって、お目こぼし的に認められている。・・・

もちろん、これは生活保護制度のあり方の問題ですが、その背後にあるのは、大学教育をどういうものととらえているかという、日本人の意識の問題でもあります。

131039145988913400963 実は、この問題は、今から8年前に出した『新しい労働社会』(岩波新書)で採り上げた問題でもあります。

教育は消費か投資か?

 後述の生活保護には生活扶助に加えてそのこどものための教育扶助という仕組みがあります。これは法制定以来存在していますが、その対象は義務教育に限られています。実は1949年の現行生活保護法制定の際、厚生省当局の原案では義務教育以外のものにも広げようとしていたのです。高校に進学することで有利な就職ができ、その結果他の世帯員を扶養することができるようになるという考え方だったのですが、政府部内で削除され、国会修正でも復活することはありませんでした。

 これは、当時の高校進学率がまだ半分にも達していなかったことを考えればやむを得なかったともいえますが、今日の状況下では義務教育だけで就職せよというのはかなり無理があります。実際、2004年12月の社会保障審議会福祉部会生活保護制度の在り方に関する専門委員会報告は、高校への就学費用についても生活保護制度で対応することを求め、これを受けた厚生労働省は法律上対象が限定されている教育扶助ではなく、「生業に必要な技能の修得」を目的とする生業扶助として高校就学費用を認めることとしました。これは苦肉の策ともいえますが、考えてみると職業人として生きていくために必要な技能を身につけるという教育の本質を言い当てている面もあります。

 現在すでに大学進学率は生活保護法制定当時の高校進学率を超えています。大学に進学することで有利な就職ができ、その結果福祉への依存から脱却することができるという観点からすれば、その費用を職業人としての自立に向けた一種の投資と見なすことも可能であるはずです。これは生活保護だけの話ではなく、教育費を社会的に支える仕組み全体に関わる話です。ただ、そのように見なすためには、大学教育自体の職業的レリバンスが高まる必要があります。現実の大学教育は、その大学で身につけた職業能力が役に立つから学生の就職に有利なのか、それとも大学入試という素材の選抜機能がもっぱら信頼されているがゆえに学生の就職に有利なのか、疑わしいところがあります。

 生活給制度の下でこどもに大学教育まで受けさせられるような高賃金が保障されていたことが、その大学教育の内容を必ずしも元を取らなくてもよい消費財的性格の強いものにしてしまった面もあります。親の生活給がこどもの教育の職業的レリバンスを希薄化させる一因になっていたわけです。そうすると、そんな私的な消費財に過ぎない大学教育の費用を公的に負担するいわれはないということになり、一種の悪循環に陥ってしまいます。

 今後、教育を人的公共投資と見なしてその費用負担を社会的に支えていこうとするならば、とりわけ大学教育の内容については大きな転換が求められることになるでしょう。すなわち、卒業生が大学で身につけた職業能力によって評価されるような実学が中心にならざるを得ず、それは特に文科系学部において、大学教師の労働市場に大きな影響を与えることになります。ただですら「高学歴ワーキングプア」が取りざたされる時に、これはなかなか難しい課題です。

で、実はこの本に対してとりわけ大学アカデミズムの方々から寄せられた最大の批判は、まさにこの最後の大学教育を職業的に役立つものにすべきという部分であったことを考えると、大学教育を正々堂々と生活保護上の生業扶助として給付するということに対する最大の障壁は、大学というのはそんな下賤なものじゃないと声高に叫ぶ方々なのかも知れないな、と改めて痛感するところでもあります。

大学教育が年功賃金でまかなえるような、「必ずしも元を取らなくてもよい消費財的性格の強いもの」であると、多くの国民から認識され続ける限り、そんな贅沢品を生活保護で暮らしているような連中にまで与える必要はない、と認識され続けることになるのでしょう。

教育と労働と福祉はかくも密接に絡み合っているのです。大学人の主観的認識はいかにあれども。

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