« 差し引き分は法定休日労働に限る | トップページ | 生産性革新に向けた日本型雇用慣行の改革へのチャレンジ@経済同友会 »

「りふれは」の自業自得的オトモダチ効果

Harada 稲葉氏がこう言っていますが、

https://twitter.com/shinichiroinaba/status/880636848271392768

原田発言のどこが問題なのか全くわからない。因縁つけてるやつはみんなバカか悪意があるかどっちか。

本当に心の底からそう思っているならば、稲葉氏も病膏肓に入ったとしか言いようがない。

http://jp.reuters.com/article/haraada-germany-polcy-idJPKBN19K1JT (原田日銀委員、ヒトラーが「正しい財政・金融政策」 悲劇起きた)

日銀の原田泰審議委員は29日、都内での講演で、ナチス・ドイツ総統だったヒトラーが「正しい財政・金融政策をしてしまったことで、かえって世界が悪くなった」と述べた。

原田審議委員は、1929年の世界大恐慌後の欧米の財政・金融政策に言及。「ケインズは財政・金融両面の政策が必要と言った。1930年代からそう述べていたが、景気刺激策が実際、取られたのは遅かった」と述べた。・・・

そのうえで「ヒトラーが正しい財政・金融政策をやらなければ、一時的に政権を取ったかもしれないが、国民はヒトラーの言うことをそれ以上、聞かなかっただろう。彼が正しい財政・金融政策をしてしまったことによって、なおさら悲劇が起きた。ヒトラーより前の人が、正しい政策を取るべきだった」と語った。

原田審議委員は、合わせてナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺と第2次世界大戦によって、数千万人の人々が死んだとも述べた。

Thal ここで言われていることの歴史学的ないし社会科学的意味自体で言えば、その言説は殆ど正しい。というか、それは本ブログで繰り返し紹介してきたシュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』の認識と殆ど変わらない。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-7008.html (『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を復刊して欲しい)

・・・経済学の専門家であるヒルファーディングは、高度に発展した資本主義経済の複雑なメカニズムに強い印象を受けたので、彼はそれに対するほとんど全ての干渉を危険なものと考えるに至った。すなわち彼は、マンチェスター派の自由主義者に接近していった。彼は、イギリスでスノーデンが演じたと同じ役割を演じ、恐慌中に提案された繁栄の回復を早めるための多くの計画を拒絶した。そのような努力は、よくいってさらに悪い経済的破局の道を用意するに過ぎないと確信してであった。・・・

・・・社会民主党は、異常な強度と持続性を持つ恐慌を洞察しなかった。経済的暴風が全勢力をもって吹き荒れていた1931年になってすら、彼らは、危機自体の緩和にはあまり役立たず、ただ労働階級の直接的苦悩を軽減することを主眼とした政策を固執した。多くの社会民主党と労働組合の指導者たちは、オーソドックスの理論に執着していた。それは、国家の干渉は目先の救済をもたらしはするが、それはただその代償として危機を一層長期にわたらしめ、さらに性質において一層厳しいこともあり得るような別の恐慌を準備するに過ぎないという理論である。従って社会民主党と労働組合は、政府のデフレイション政策を変えさせる努力は全然行わず、ただそれが賃金と失業手当を脅かす限りにおいてそれに反対したのである。・・・

・・・しかし彼らは失業の根源を攻撃しなかったのである。彼らはデフレイションを拒否した。しかし彼らはまた、どのようなものであれ平価切り下げを含むところのインフレイション的措置にも反対した。「反インフレイション、反デフレイション」、公式の政策声明にはこう述べられていた。どのようなものであれ、通貨の操作は公式に拒否されたのである。

・・・このようにして、ドイツ社会民主党は、ブリューニングの賃金切り下げには反対したにもかかわらず、それに代わるべき現実的な代案を何一つ提示することができなかったのであった。・・・

社会民主党と労働組合は賃金切り下げに反対した。しかし彼らの反対も、彼らの政策が、ナチの参加する政府を作り出しそうな政治的危機に対する恐怖によって主として動かされていたゆえに、有効なものとはなりえなかった。・・・

しかし、同じことをその政策をとるべきであったのにとらなかった社会民主主義の側から論ずるか、その政策とともに悪逆無道の行為を行ったナチスの側から論ずるかで、その与える印象がいかに変わってくるかは、極めて高いレベルの公職に就いているものが常に心得ていてしかるべきことではありましょう。

ただし、それはあくまで一般論。

原田氏は自他共に認める「リフレ派」であり、その強固なお仲間意識で知られるこの思想集団の中には、シュトルムタールとともに社会民主党の失政を悔やむどころか、むしろナチスによる善政を喜ぶ心性の持ち主ではないかと疑われるような言動をあちらこちらで行っている人々がおり、そしてここが重要なのだが、そういう人も同じリフレ派だからと言ってやたらに親友づきあいしていると誤解されますよという心からの忠告に対して、あたかもリフレーション政策に対する誹謗中傷を聞かされたかのごとく逆上してみせる多くの「りふれは」が、これは極めて多数存在することも、これまた多くの傍観者が目の当たりにしてきたことでもあります。

断固としてお仲間意識に基づき、あいつらは少なくともその一部はナチスにシンパシーを感じている連中なんじゃないかという疑念を抱かせる、或いは少なくともその疑念を積極的に払拭しようと懸命に試みてこなかったという意味において、今回の騒ぎは、確かにその歴史学的ないし社会科学的なコアの部分だけでは誤解ないし曲解と評すべき点があるのは確かですが、いままでの「リフレ派」諸氏の諸々の言動を踏まえて考えれば、ある程度までは「自業自得」と評されてもやむを得ない面があることは確かだろうと思われます。

まあ、そう言われて心得違いをすぐ直すような人々ならこんなことにはならないわけですが。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-6f0b.html (シュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を直ちに再刊せよ?)

訳書を刊行した岩波書店編集部は、稲葉氏を犯罪者に陥れないために、直ちにシュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』(Ⅰ・Ⅱ)を再刊するように。

|
|

« 差し引き分は法定休日労働に限る | トップページ | 生産性革新に向けた日本型雇用慣行の改革へのチャレンジ@経済同友会 »

コメント

直接関係はないのですが、少し前にクルーグマンがNYタイムスのブログに書いた一文を思い出しました。

Is Japan the Country of the Future Again?
January 11, 2013

その末尾にはこうあります。

Now comes Shinzo Abe. As Noah Smith informs us, he is not anybody’s idea of an economic hero; he’s a nationalist, a denier of World War II atrocities, a man with little obvious interest in economic policy. If he’s defying the orthodoxy, it probably reflects his general contempt for learned opinion rather than a considered embrace of heterodox theory.

But that may not matter. Abe may be ignoring the conventional wisdom on spending, and bullying the Bank of Japan, for all the wrong reasons — but the fact is that he is actually providing fiscal and monetary stimulus at a time when every other advanced-country government is too much in the thrall of the Very Serious People to do something different. And so far the results have been entirely positive: no spike in interest rates, but a sharp fall in the yen, which is a very good thing for Japan.

It will be a bitter irony if a pretty bad guy, with all the wrong motives, ends up doing the right thing economically, while all the good guys fail because they’re too determined to be, well, good guys. But that’s what happened in the 1930s, too …

アベノミクスが、その後の実績もふくめて、"doing the right thing economically"だったのかどうかは議論のあるところですが。

投稿: Hayachan | 2017年7月 4日 (火) 11時48分

どうにも理解に苦しむのですが、原田氏の主張が理屈として正しいかはともかく、原田氏は金融政策を重視し、ケインズ的拡張政策の効果に懐疑的な人ではないかと思うのです。アウトバーンに触れてるので全否定ではないと思いますけど。稲葉氏はそういう人を「バカ」呼ばわりしてるので、原田発言を擁護してるのに、原田氏はバカというおかしなことになってるように思われ、これを誰か指摘しないのかなといくら待てども指摘が無さそうなので、この点hamachan先生がどうお考えなのか知りたいと思います。

投稿: 国家鮟鱇 | 2017年7月 5日 (水) 11時01分

りふれは内部の、金融政策も財政政策も認める穏健派と、金融政策のみを認め、財政政策を罵倒する過激派の関係など、私の知ったことではありません。
なんなら、直接稲葉氏にお聞きになったら如何ですか?

なんにせよ、金融政策プラス財政政策までなのか、金融政策オンリーなのかはともかく、人様にそれ以外のことを論ずるな、考えるなと、居丈高に責め立てる人々が、当のそのそれ以外のことが原因で手ひどくお灸を据えられるということでは、大した違いはないように思われます。

投稿: hamachan | 2017年7月 5日 (水) 13時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/3288/71018629

この記事へのトラックバック一覧です: 「りふれは」の自業自得的オトモダチ効果:

« 差し引き分は法定休日労働に限る | トップページ | 生産性革新に向けた日本型雇用慣行の改革へのチャレンジ@経済同友会 »