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2017年7月14日 (金)

10年経っても残業代ゼロけしからん

連合の神津会長が、昨日安倍首相に労働基準法改正案について要請したことが、各紙に報じられており、連合HPにも載っています。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/news_detail.php?id=1299

神津会長から、継続審議となっている労働基準法等改正法案に関して、企画業務型裁量労働制の対象業務の拡大や高度プロフェッショナル制度の創設については、現在でも導入すべきでないと考えているが、少なくとも、①裁量労働制が営業職全般に拡大されないことの明確化、②高度プロフェッショナル制度で働く方の健康確保の強化、という点からの是正が不可欠であることを述べました。

 また、現在の裁量労働制の問題点として、裁量労働制で働く者は、仕事の進め方や時間配分に関して主体性を持ちたいと思いつつも、実際には、労働時間(在社時間)が長かったり、取引関係における短納期などの要因により業務に対する裁量性が小さかったりするなど、本来の制度趣旨に沿わない実態にあり、対象業務拡大の前に、裁量労働制の適正な運用がなされるようにすべきことも発言しました。

要請の中身については後ほど言及しますが、その前に、この要請行動について、ネット上に非常に批判的な意見が強いことに、正直違和感を禁じ得ません。

批判している人々は、はっきり言ってその言動が誰かに影響を及ぼす責任ある立場にないので好き勝手なことを言えるのかも知れませんが、労働組合のナショナルセンターとして、駄目なものは駄目と言って後のことは知らんぞよといって済ませられるような立場ではない以上、ほぼ間違いなく時間外労働の上限規制と一体の労働基準法改正案として出されてくる高度プロフェッショナル制度や裁量労働制を、それは悪いものだから全部まとめて潰してしまえなどと莫迦なことを言えないのはあまりにも当然でしょう。

脳内バーチャル空間で百万回「はい論破」と繰り返したところで、リアル空間では何の意味もない、というリアルな現実をわきまえて物事を考えるのかそうでないかの違いといえばそれまでですが、どういう政治的配置状況の下で、ほんの2年前までは考えられなかったことが実現しようとしているのかということを少しでも我に返って考えられる人であれば、ここまで無責任な言葉を紡ぎ続けられないのではないかと、正直呆れるばかりです。

現時点で、制度導入を受け入れる代わりにその修正を要求するというのは、考えられるリアルな選択肢の中ではかなり筋の良いものであったことは確かでしょう。現実にあり得ない選択肢は百万回繰り返しても意味がないので。

そもそも、この期に及んで未だに10年前とまったく同じように「残業代ゼロ法案」という手垢の付いた非難語を使っていることに、当時のホワイトカラーエグゼンプション騒動に対してこう述べた私としては、結局何も進歩しとらんわいという感想が湧いてくるのを禁じ得ませんね。

http://hamachan.on.coocan.jp/johororenjikan.html (「労働時間規制は何のためにあるのか」『情報労連REPORT』2008年12月号))

・・・一方で、国会提出法案からは削除されてしまったが、それに至るまで政治家やマスコミを巻き込んで大きな議論になったのが、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションであった。ところが、上記のような労働時間規制に関する認識の歪みが、この問題の道筋を大きく歪ませることとなってしまった。そもそもアメリカには労働時間規制はなく、週40時間を超える労働に割賃を義務づけているだけである。したがって、ホワイトカラー・エグゼンプションなるものも割賃の適用除外に過ぎない。一定以上の年収の者に割賃を適用除外することはそれなりに合理性を有する。ところが、日本ではこれが労働時間規制の適用除外にされてしまった。ただでさえ緩い労働時間規制をなくしてしまっていいのかという当時の労働側の批判はまっとうなものであったといえよう

 ところが、この問題が政治家やマスコミの手に委ねられると、世間は「残業代ゼロ法案」反対の一色となった。そして、長時間労働を招く危険があるからではなく、残業代が払われなくなるからホワイトカラー・エグゼンプションは悪いのだという奇妙な結論とともに封印されてしまった。今年に入って名ばかり管理職が問題になった際も、例えばマクドナルド裁判の店長は長時間労働による健康被害を訴えていたにもかかわらず、裁判所も含めた世間はもっぱら残業代にしか関心を向けなかったのである。

 ホワイトカラー・エグゼンプションが経営側から提起された背景には、長時間働いても成果の上がらない者よりも、短時間で高い成果を上げる者に高い報酬を払いたいという考え方があった。この発想自体は必ずしも間違っていない。管理監督者ではなくとも、成果に応じて賃金を決定するという仕組みには一定の合理性がある。しかしながら、物理的労働時間規制を野放しにしたままで成果のみを要求すると、結果的に多くの者は長時間労働によって乏しい成果を補おうという方向に走りがちである。その結果労働者は睡眠不足からかえって生産性を低下させ、それがさらなる長時間労働を招き、と、一種の下方スパイラルを引き起こすことになる。本当に時間あたりの生産性向上を追求する気があるのであれば、物理的な労働時間にきちんと上限をはめ、その時間内で成果を出すことを求めるべきではなかろうか。

 二重に歪んでしまった日本の労働時間規制論議であるが、長時間労働こそが問題であるという認識に基づき、労働時間の絶対上限規制(あるいはEU型の休息期間規制)を導入することを真剣に検討すべきであろう。併せて、それを前提として、時間外労働時間と支払い賃金額の厳格なリンク付けを一定程度外すことも再度検討の土俵に載せるべきである。

ということを前提にした上で、しかし今回の連合の要請書には、いささか疑問がありました。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/file_download.php?id=3993

高度プロフェッショナル制度の導入要件として、休日確保を義務とし、

制度の導入要件である健康・福祉確保措置(選択的措置)のうち、「年間 104 日以上かつ 4 週間を通じ 4 日以上の休日確保」を義務化すべきである。

それ以外を選択的義務とするという判断自体はリーズナブルであったと思います。

ところが、その選択肢の中に、

上記に加えて、疲労の蓄積の防止又は蓄積状況の把握の観点からの選択的措置を講じなければならないこととし、その内容は、勤務間インターバルの確保及び深夜業の回数制限、1 か月又は 3 か月についての健康管理時間の上限設定、2週間連続の休暇の確保、又は疲労の蓄積や心身の状況等をチェックする臨時の健康診断の実施とすべきである。

と、労働時間自体の規制だけではなく、健康診断もはいっています。これはどういう経緯でこうなったのかよくわかりませんが、制度設計としてまずいのではないかと思います。選択肢として健康診断を選ばない場合には、疲労の蓄積や心身の状況等をチェックする必要がないかのような誤解を招きかねないのではないでしょうか。いうまでもなく、それは全ての適用対象者に必要なはずで、ここに選択肢として出てくるのは大変違和感がありました。

まあ、既に要請がされ、安倍首相から

○ 本日いただいた修正提案については、労働者団体の代表のご意見として、重く受けとめる。責任をもって検討させていただく。

○ 現在提出している労働基準法改正案の目的は、働く人の健康を確保しつつ、その意欲や能力を発揮できる新しい労働制度の選択を可能とするものであり、残業代ゼロ法案といったレッテル張りの批判に終始すれば、中身のある議論が行えないと考えていたところ、本日の提案は、中身についての提案であり、建設的なもの。

○ ご提案に沿うかたちで、私と神津会長と榊原会長との間で、政労使合意が成立するよう、私自身、最大限、尽力したい。

という回答があったようなのですが、変なミスリードにならないように何らかの軌道修正が必要な気がします。

(追記)

https://twitter.com/ssk_ryo/status/886016871740325889

けしからんもんは、けしからんもんなぁ。あと、政治的な情勢からして最悪のタイミングなんだよね。取れるものが取れそうなときに水を差したのは誰かって話。

https://twitter.com/nabeteru1Q78/status/886022404190879744

責任あるものの政治判断だというなら、答えは一つで、「政治的なタイミングがクソすぎる」で終わる。ハマちゃんは政治は分かってない。

労働弁護士お二人から、要するに「ハマちゃんは政治は分かってない」という批判が。

この「政治」ってのは、「政策」ではなくて「政局」という意味ですね。

政策という意味での政治戦略からすれば、このまま断固反対→そのまま成立、と、そのまま丸呑み→そのまま成立、の間に、いくらかでも修正を働きかけて実現できるか、を探るのが「政治」。

もっとも、上記のように、「健康診断」という選択肢を入れたことで、その修正の効果はかなり限定的になってしまったというのが私の認識ですが。

しかし、お二人にとっての政治はそういう意味ではなさそうです。多分新聞で毎日1面トップを賑わし続けているような事柄をめぐる「政局」。

ただ、私は政治学者でも政治評論家でも政治部記者でもなく、それらと同じような発想を持ちたいとも思いませんが、その乏しい政治センスだけでみても、残念ながら今の流れは労働問題に関して労働組合側の主張が大幅に取り入れられるような方向での激動ではさらさらないというのが客観的な評価でしょう。

なぜかここ1,2年の安倍政権がやや突然変異的にかつ局所的にプロレーバーな政策を打ち出し始めただけで、自民党の多くの議員たちがみんなプロレーバーになったわけでも何でもないし、民進党はますます崩壊しかかっているし、「取れるものが取れそうなとき」というのは政局判断としてもまったく違うと思われます。

あと残るのは、労働組合の政策戦略とは別次元の、純粋「政局」というか、政治部記者たちが舌なめずりしながら追いかけるようなたぐいの「政局」としてであれば、実はお二人の意見はよくわかります。

せっかく安倍政権がスキャンダルがらみでふらついているときに、なんで塩を送るんだ、と。うまくいけば安倍政権を倒せるかも知れないこの政治的「好機」に、労働組合は自分の政策的要求などという下らないことは後回しにして、政治闘争の要請に従え、と。これはこれで、一つの考えとしては理解できないではありませんが、しかしそれは労働運動を政治の侍女とする発想でしょう。

労働運動の中にもそういう発想があることは確かですが、私はそういう方向性でない考え方の方を好みます。

そして、そういう種類の「政治」に貢献することによって得られるのは、成果よりもむしろ束縛であることが多いというのが歴史の教訓であるようにも思われます。

(再追記)

上記「政局」的発想を、そのものズバリ、何のてらいもなくむき出しに表出した文章を見つけました。五十嵐仁さんの「転成仁語」ブログです。

http://igajin.blog.so-net.ne.jp/2017-07-14

・・・しかも、安倍内閣支持率が急落し、都議選での歴史的惨敗もあって安倍首相は追いこまれています。そのような時に、連合の側から安倍首相に救いの手を差し伸べるようなものではありませんか。

何を大事と考え、何を大事の前の瑣事と考えているかが、よく窺える文章ではあります。私とは、大事と瑣事とが正反対であるようです。

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コメント

この10年間を翻って当時(あるいは今も)本当にわが国で実現したかったことは何だったのか?と思いを馳せると、それはまさしく欧米の人事慣行でいうところのエグゼンプト(適用除外者)だったはずです。そして、欧米のExemptとは一体何かといえば、主に管理職や事務スタッフや専門職など相対的に高度な職務に就くワーカーを対象とする「時間外法制」からの適用除外」の制度にほかなりません。

Hamachan2007論文でもいたく強調されておられた通り、そして残念ながら未だに完全に誤解されてしまった通り、本来のエグゼンプトはあくまでも「時間外法制」(overtime provision) からの適用除外に過ぎません。例えばアメリカであれば週40時間以上の労働に対する5割という割増賃金からの適用除外であって、個人ごとに週に定めらた労働時間そのものの軛から外れるような代物では決してありません。

すなわち、本来(欧米)のエグゼンプトでは、サラリーはあくまでも各人のジョブごとに定められる労働時間における「労務の提供」に対して支払われるものであって、業務委託や請負契約のような「成果物やアウトプット」に対してではありません。

ところがなぜか日本では、いつの間にか「自律的な」「高度なプロフェッショナル」「労働時間ではなく成果で処遇する」といった華やかな修辞句(タテマエ)が飾られ、それを受けて職種も年収も極めて特殊なハイレベルな領域に限定された特異な制度が生まれようとしています。

そのボタンの掛け違い、完全なる誤解がどこから始まったのか?

きっとそれは、検討当初(あるいはもしや今でも)私たちがそこで生き働いている典型的日本企業の「正社員」のあり様が、労働社会のもっとも根幹な要素であるところの「職務」という概念を明示せぬまま何とか戦後ここまでやってきたということ(その極めて特異な働き方のスタイルで居続けていること)に最大のユニークさなり特徴があり、その事実に全くといっていいほど国民的に無自覚のまま、また当時「成果主義」なる国産流行コンセプトの元で欧米型社会を誤読し、本来であればジョブ型雇用社会を前提に理解すべきだったエグゼンプトを好き勝手に都合よく(和風に)解釈してしまった故なのでしょう。

ジョブ型社会の中では、マネジャーであれ専門職であれ(つまりエグゼンプトであっても)企業や役所など組織に雇われる労働者には、それぞれ職種や職務に応じた労働時間及びサラリーが決められています。高度な職務に就いて高い収入を貰っていることと、一定の労働時間の下で働くことは全く矛盾しません。

というのも、組織に雇われる労働者はあくまで労務提供の対価としてサラリーを貰っているわけであって、個人事業主や業務請負者のように純粋な仕事の成果物(仕事の完成)で対価を得ているわけではありませんから。

投稿: 海上周也 | 2017年7月15日 (土) 10時08分

いわゆる「成果型」の導入の失敗を見てると、これも我田引水やって派手にヤラカスんだろうなあという覚めた感じが。
その間にすり潰される方は(若しかしたら私もですが)たまったもんじゃないですが。

投稿: Dursan | 2017年7月16日 (日) 07時34分

毎日、世の中がそして雇用のあり方が、少しずつ確実に動いていますね。そして、日本の労働時間法制の問題はやはり根が深いですね。

ちなみに、10年前にエグゼンプトの議論が出始めた頃と現在の状況の一番の違いは、やはり長時間労働そのものが問題とされるようになったことです。当初は、広くエグゼンプトを導入することで長時間労働問題を解決できる、一石二鳥の制度だと皆んな思った訳です。

しかし実際には、長時間労働の問題と、エグゼンプトの問題は、両者が影響しあうものではありますが、別々に対処していかないといけない課題です。すなわち、いま始まりつつある勤務インターバルや36協定見直しなどによる長時間労働そのもののカット。これは管理職も含めた全労働者に当てはまる話です(なぜか日本の場合、管理職は例外だと勘違いされていますが…)

もう一つが、いわゆるエグゼンプトの話。これは、例えば管理職や専門職や事務スタッフ職や外勤営業職などエグゼンプトの対象となる職種や職務を予め法で定めて、その上で年収要件(アメリカでは現在五万ドル程度)をクリアした労働者に対し、彼らをエグゼンプトとして時間外法制の適用除外とする制度ですね。

一定の年収を貰い相応のレベルの仕事をしている以上、残業代も併せた時間給で細かく賃金計算するのではなく、定められた週及び年間の労働時間に対する全般的な労務提供に対してサラリーを支払うものです。その代わり、エグゼンプト社員には年間労働時間をキープすることを条件にある程度の働き方の自由、すなわちどこで働くかどの時間帯で働くかという部分に関してフレキシビリティが与えられているのです。

日本の場合、労基法で定める管理監督者があたかも労働時間関係なく無限定に働かないといけないような錯覚がありますよね。しかし、本来マネジャーであっても担当者であっても、定めらた労働時間そのものは同じで、あくまでも残業が発生した場合にそれを割増賃金で支払うか、それは年収(サラリー)に込みだというだけの違いなのですが…。

投稿: 海上周也 | 2017年7月16日 (日) 14時20分

政治(政局)にも労働法にも全くの素人なので、非常に的外れかもしれませんが。


>現時点で、制度導入を受け入れる代わりにその修正を要求するというのは、考えられるリアルな選択肢の中ではかなり筋の良いものであったことは確かでしょう。現実にあり得ない選択肢は百万回繰り返しても意味がないので。

安保法制の時にみんなの党の党首が同じように考えて同じように行動しました。みんなの党の場合も今回の連合の場合もトップとそのまわりの一部の人の判断で実行され、一般メンバ(所属国会議員や傘下の労組)には知らなかった人も多かったそうです。その事が直接の原因ではありませんが、みんなの党はその後なくなってしまいました。


>批判している人々は、はっきり言ってその言動が誰かに影響を及ぼす責任ある立場にないので好き勝手なことを言えるのかも知れませんが、労働組合のナショナルセンターとして、駄目なものは駄目と言って後のことは知らんぞよといって済ませられるような立場ではない以上、

連合に所属する組合にはこの法案や今回の修正に反対する組合もあるそうです。
これらの組合は、その言動が誰かに影響を及ぼす責任ある立場にない組合なのでしょうか?
それともナショナルセンターではないので駄目なものは駄目と言って後のことは知らんぞよといって済ませられるような立場の組合なのでしょうか?

投稿: Alberich | 2017年7月17日 (月) 23時21分

端的に言えば、労働組合と政党は違います。それに尽きます。

政党の政治とは、突き詰めると「政策」さえ実現できればどの政党でもどの政治家でもいい、というものではありません。政党とは政治闘争するための集団であり、その意味で政党政治家が究極的に『政局』で行動するのは合理的です。

労働組合はいかなる意味でもそういう意味の政党ではありません。何が労働者の利益になるかという観点でのみ行動するのがその唯一の政治行動原則であって、それ以外のあれこれを顧慮するのは、例えば安倍政治に救いの手をさしのべることになるとか、民進党との関係がどうとかこうとかというのは、労働組合が優先的に配慮すべき事ではありません。

それを知った風な口ぶりで「政治音痴」と評してみたところで、労働組合の本旨がこれっぽっちも変わるわけではありません。

三者構成原則とは、労働組合が少なくとも労働政策労働立法においてはインサイダーでなければならない、アウトサイダーであってはならないという原則です。

しかし、小泉政権以来、第1次安倍政権も含めて、官邸や内閣府の会議体から労働組合を排除して、そこで実質的な意識決定をするというやり方が一般化してきました。

あまつさえ、今から10年前の規制改革会議では、福井秀夫氏らが、そもそも労働組合などのような既得権勢力は排除して、自分たちのような公平な経済学者が政策を作れば良いのだと主張していました。

そういう中で、実質的政策決定過程の中に労働組合の意思をいかに入れ込んでいくかを必死になって考えるのが、私の考える責任ある労働組合の責任ある政治行動です。

どこか遠い、全然影響力を行使できないようなところから、お仲間の人たちだけは一生懸命聞いてくれて拍手してくれるかも知れないが、肝心の実質的政治的意思決定に関わる人々には全然伝わらないような『叫び声』を上げていれば、何か責任を果たしたかのように思い込める幸福な人々にはできない技でしょうけど。

繰り返しますが、ILOの三者構成原則とは労働組合がインサイダーになるべきという原則です。政府がそれを嫌がって除け者にしようとするときであればあるほど、様々な手練手管を使ってそこに潜り込んでいかなくてはいけません。

それが政党とはまったく異なる労働組合という利益団体の政治責任です。それをどこかのぽっとでの政党の行動と比べること自体が、ILOに由来する三者構成原則に対する無知を露呈しているように思われます。

私の知る限り、現時点で公式に今回の連合の行動を批判している連合加盟組合は全国ユニオン一つだけだと思います。

それ以上、そういう無責任な、労働組合の政治責任とは何かをリアルに考えることのできない労働組合がたくさんあるのかどうか、現時点では私は知りません。

投稿: hamachan | 2017年7月17日 (月) 23時48分

 皆さん、今晩は。

 まず、Alberichさん、みんなの党云々は2015年の安保法制ではなく、2013年の特定秘密保護法のことではないかと思います。みんなの党は特定秘密保護法の成立に手を貸したことで内紛が表面化し、翌2014年の総選挙を前に消滅に追い込まれました。つまり、安保法制が問題になった時にはみんなの党は存在していませんでした。

 次にhamachanさん、政労使3者会談が中止になりましたが、原因は連合内で調整がつかなかったことにあるようです。非公式の反発は強いのでしょう。

投稿: 国道134号鎌倉 | 2017年7月18日 (火) 20時17分

当たらずとも遠からずな感じで例えれば、

今日芥川賞・直木賞の発表があったが、今の芥川賞の選考委員には少なくとも二名以上の「非・純文学作家(通俗作家)」がいる(宮本+高樹+α)のだから、本気で純文学作家としての大成を目指す候補者・受賞者は、
「そんな内実の伴わない芥川賞は辞退すべきである。(芸術に殉ずべし)」
ということになってしまいそうだが、
しかしそんな辞退は作家本人はもとより読者(潜在読者)にとってもまるで意味のないことであり、作家は受賞して後に純文学作家として大成すればいいだけのことに過ぎない。

ついでに、ここのところの直木賞は”功労賞”的な感じになってしまって、必ずしも個別作品そのものに与えられていないきらいがある、からといって、じゃあやっぱり作家は”素直に辞退すべき”、などとなるわけはないのであって、功労賞だな、ということで受賞してこれまで通り作品を発表し続ければいいだけなのである。

投稿: 原口 | 2017年7月19日 (水) 23時12分

国道134号鎌倉殿

訂正ありがとうございます。
うろ覚えでいい加減な投稿をしてしまい、申し訳ありませんでした。

投稿: Alberich | 2017年7月20日 (木) 17時13分

数日前の日経新聞の「人間発見」というコラムにウェルスナビ社長の柴山和久が次のような記事を投稿されており、興味深く拝読しました。一部抜粋します。
__________________
『普通の人を楽にリッチに』
=日本の働き方 妻に通用せず=官僚辞め仏の経営大学院に=
 帰国し財務省主計局の課長補佐に。働き盛りで帰宅は連日深夜。
それが当たり前と思っていたが、米国人の妻にはそんな日本の官僚の生活がまったく理解できなかった。
 英国財務省に出向していた時も、日本の財務省に戻ってからも、仕事は同じ予算作りです。
英国時代、勤務時間は10時から16時まででした。
それが帰国後は日付が変わっても帰ってこないし、泊まり勤務も珍しくない。
日本の官僚社会では、それが普通だと説明しても、妻は全く聞いてくれません。
「あなたが大うそつきか、日本の財務省が狂っているか、どちらかだ」。
もう辞めるしかないなと思いました。妻の言い分も、もっともだと思ったからです。
______________

国際労働比較によると2015年の一人あたり平均年間総実働労働時間は日本1734時間、米国1795時間、フランス1399時間と、日本の労働時間は米国より少ないのです。

しかし、筆者が米国で働いた実感も、柴山さんと同じようなものでした。

労働時間と残業代の議論、10年前とあまり変わっていないようです。官庁あるいは大企業で働く正規社員の労働の実態は昔も今もあまり変わっていないようです。

日本の長時間労働に対する考え方は、欧米とは根本的に違います。欧米では残業をしないのがデフォルト、日本(正社員)では残業するのがデフォルトです。

日本の労働者は、残業を前提として、残業代を含む賃金をローンの支払いや子供の教育などの生活費に充てています。彼らにとって、長時間労働は生活費の源泉であると考えられます。

一方、欧米流の残業をしないのがデフォルトの社会では、高度プロフェッショナルは成果をもって評価され、自由な働き方が許されます。

(残業することがデフォルトの社会では)高度プロフェッショナルと普通のサラリーマンの境界を定める必要があります。高度プロフェッショナルでもない普通のサラリーマンに労働時間ではなく、成果で賃金を支払うということになれば、それは問題でしょう。

普通のサラリーマンに対しては、労働時間に応じた残業代は支払われる必要があります。同時に残業時間を少なくするための努力が労使双方でなされる必要があるでしょう。

制度的には、労働時間の上限規制、残業コストの引上げが長時間労働の抑止になるのではないでしょうか。

安部首相の回答にある、
「現在提出している労働基準法改正案の目的は、働く人の健康を確保しつつ、・・・」
は違和感のあるところです。

長時間労働の規制は、働く人の健康の問題だけではなく、冒頭紹介した元財務省氏の発言、
「米国人の妻にはそんな日本の官僚の生活がまったく理解できなかった。・・・」
が本質をついているように思われます。

「健康」の問題だけでなく、長時間労働は「生活」を犠牲にしていることを、認識するべきです。

投稿: hiro | 2017年7月20日 (木) 23時20分

いつもながら全くの私見ですが…まさに上でご指摘にあったわが国の「残業することがデフォルト」の古き雇用慣行のあり方を、大至急そうではない方向(ワークライフバランス)に変えていくための実現手段こそが同一労働同一賃金やダイバーシティやワークシェアリングやテレワーク等の一連の「働き方改革」であるという前提に立てば、今回の高度プロ制度のようなこれらの改革を撹乱するオプションは(混乱要因でこそあれ)今急いで導入するだけの合理的な理由を見つけるのはやはり相当無理があると言わざるを得ませんね。

おそらく、それは2025-30年くらいでしょうか?我々日本人の働き方や意識が(上述の改革が奏功した結果)世界中の人達と同じようになった頃に初めて、労働改革で積み残した残りの重要なテーマ(転勤法制や解雇法制やエグゼンプトなど)の改革に、抜本的な労働法の見直しと併せて取り組んでも遅くないと思うのです。

優先順位をつけて、本当に重要な課題から一歩一歩解決していくことこそが、この複雑で捻れた日本の雇用社会の改良に一番望まれる姿勢ではないでしょうか。

投稿: 海上周也 | 2017年7月22日 (土) 08時31分

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休日(?)優先で、サンデー毎日の身でありながら土日のブログアップは止めたが、来週はテーマを変えたい(?)ため、一連の連合執行部による労働時間法修正問題の関連記事を添付しておく。ただ、時事通信の<安倍内閣の支持率は前月比15.2ポイント減の29.9%となった。2012年12月の第2次安倍政権発足以降、最大の下げ幅で初めて3割を切った。不支持率も同14.7ポイント増の48.6%で最高となった>との意味は大きい…と思う。日経が「(苦境の)安倍政権からの働きかけがあった」旨を指摘するが、民進党内部...... [続きを読む]

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