鈴木孝嗣『グローバル展開企業の人材マネジメント』
経団連出版の讃井さんより、鈴木孝嗣『グローバル展開企業の人材マネジメント-これだけはそろえておきたい英文テンプレート』(経団連出版)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。
https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/public/book/index.php?mode=show&seq=473&fl=1
これはもう、まさにタイトル通りの本です。
「良い人材を採用・配置・育成・評価して定着させる」という人材マネジメントの基本は全世界共通ですが、日本を本国としてグローバルに事業を展開する企業が外国人を相手に外国語でマネジメントするには、日本人相手の手法とは異なる工夫が必要です。
そこで本書では、グローバルビジネスで日々奮闘している経営管理者、言いたいことを英語で伝えることに苦労している実務担当者、優秀な外国人を管理する方法がわからない人事担当者などが、より効果的な人材マネジメントを実践するためのテンプレートを一冊にまとめました。
日本を代表する大手企業などで20年以上にわたりグローバル人材マネジメントに携わってきた筆者が、グローバル人材マネジメントの標準的な枠組みを短期間で効率的に構築し、日本企業の強みや良さを前面に打ち出したグローバル経営を推進するための具体的ノウハウを解説します。
ということなんですが、副題にあるとおり、そのまま使えるテンプレートが一杯掲載されていて、これはもう便利というしかないでしょう。
◆Talent Managementに用いる必須テンプレート
ローカルスタッフ名簿/職務記述書[Job Description]/採用申請書[Staff Requisition Form]/雇用契約書[Employment Contract]/退職面接 [Exit Interview]/雇用契約終了確認書[Termination Agreement]/個人別研修プログラム/年間教育計画/有望な人材の発掘・育成[High Potential Talent List Curriculum Vitae]/後継者育成計画[Succession Planning]/業績評価ガイドライン[Performance Appraisal Guidelines]
こういう書式を見るにつけ、日本の人事というのはこういうのを使わない文化なんだなあ、ということがじわりと感じられてきます。
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グローバル企業の人事規程集…。早速、日本橋丸善書店で手に取ってみましたが、小冊子ながらこれまで意外とありそうでなかった本(和書)のようです。
実際、本書には様々な英文フォームが掲載されていますが、日本企業=メンバーシップ型人事の世界に「全く」存在しないモノ(規程)としての筆頭は、やはりジョブディスクリプション(JD)でしょう。
言わずもがなJDは、ジョブ型契約の根幹ツールとして採用・評価・報酬・異動・人材育成・組織開発という、あらゆる人材マネジメント施策の根幹たる基幹ツールです。本書にもJDのサンプルが掲載されてますが、各職務のテンプレートはネット上で公開されています。
入社時に取り交わす「雇用契約書」も、メンバーシップ型とジョブ型の間での違いが目立つものです。ジョブ型の雇用契約書では、職務や勤務地や労働条件(賃金・ベネフィット)の詳細が記載されますが、これらは個々人のジョブごとに異なる部分と汎用的な部分とに分かれます。
その他にもエンプロイーハンドブックやパフォーマンスアプライザル等のテンプレートが掲載されていますが、これらはすでに日本企業(メンバーシップ型)で今でも同様のもの(すなわち就業規則や業績評価シート)が存在しますのでさほど新鮮さはないかもしれません。
最後に少々欲を言えば…、本書の解説がより充実して内容的にもっとボリュームがあって関連テンプレートのウェブリンク等が掲載されていたら日本企業の人事パーソン向け参照文献としてもっと価値あるレファレンスになったのかと思います。とはいえ、一方でジョブ型人事制度に関する(わが国では稀な)概説入門書としてあまり最初から多くを求めるべきではないのかもしれません。
ということで、関連フォームのWEBリンクの一例を以下に追記します。
JD(職務記述書)各職務JDサンプル
https://resources.workable.com/job-descriptions/
Employment Contract(雇用契約書)テンプレート
https://www.lawdepot.ca/contracts/employment-contract/#.WWhNH2cUmUk
Employee Handbook (就業規則)テンプレート
http://www.newempiregroup.com/wp-content/uploads/EPLI-Employee-Handbook-Template.pdf
Performance Review (業績評価)テンプレート
https://www.smartsheet.com/free-employee-performance-review-templates
このようなツールやテンプレートを契機に、世界標準のジョブ型の世界(用語や概念)に少しずつ慣れていくことが、開かれた日本企業の今後にとって大切かと思われます。
投稿: 海上周也 | 2017年7月14日 (金) 18時13分
最近、ある大手日系企業の人事の知人から「いま本格的にJDの導入を検討中。何かよいJDの参考図書はないか?」と聞かれ、最近の和書では本書がよいと思い紹介しました。さらに詳しい内容が学びたい人は(英語ですが)欧米の大学のHRMの教科書や関連Weblinkに直接あたってみるとよいと思います。ところで、日本企業がJDを導入しようとする場合、ひとまず「日本語」で作り始める会社が多いと思いますが、本来JDはポジションの「公募制」と表裏一体です。つまりジョブ(JD)という「窓」を通して世界中の労働市場にウェブで募集をかけてより広い候補者プールにリーチできるメリットがあります。最適な候補者採用のためにも人材の多様性を確保するためにも、やはりJDは英語でも準備した上で文字通り世界にオープンポジション(社内外公募)していくことが、これからのグローバル日本企業に真に求められている変革ではないでしょうか…。
投稿: ある外資系人事マン | 2017年12月 9日 (土) 07時22分
諸々の小噺ついでに、ジョブ型企業における「評価」について私見を述べますと…。
ジョブ型企業における「人事評価」は、その評価される対象の違いから次の3つに分解して考えるのが適切です。
それは「ジョブ」「人」「パフォーマンス」です。
一つ目は「ジョブ」の評価。これは職務評価(ジョブエバリュエーション)です。別の言い方をすれば、マーケットサーベイにもとづく職務の金額設定であり、社内のあらゆるジョブの市場価値つまりはサラリーのレビューです。毎年のパフォーマンス(&サラリー)レビューのタイミングで、外部市場データに基づいて社内の同一ジョブの金額をマーケットからズレてないかを見直すことです。現職者のいない新しいポジションであってもやることは同じで、ジョブの金額を調べておくことで後の採用活動に備えます。
さて、ジョブ型企業のサラリーの基本的な考えは有名な「ペイフォーパフォーマンス」(仕事の働きぶりや成果にもとづく支払い)であることは間違いありません。その前提にある考え方が「ペイフォージョブ」(職務に応じた支払い)です。就いているジョブやポジションが違えば(ジョブサイズが異なれば)、同じ能力を持った二人のサラリーも(ジョブが異なるため)ベースサラリーからして違ってしかるべきだという考え方です。いわゆる(本来の)「同一労働同一賃金」(Equal Pay for Equal Job)の原則はこのことをさしています。
ここで察しの通り、異なる個人の「ベースサラリー」(基本給、固定給)はその人の個人的属性ではなく、当人が今まさに就いているジョブ/ポジションによって決められています(ペイフォージョブ)。同じ人でも異動や昇進でジョブが変われば、期中であってもそれに応じてサラリーは上下に金額調整されるのが本来的です。なぜなら、サラリーは個人の属性ではなく、個々のジョブやポジションに紐づいているからです。
その一方で個々人の毎期のボーナスについては、会社業績によって賞与原資が決められ次第、個人の仕事ぶりや個人の業績によって金額が決まるのです(ペイフォーパフォーマンス)。ここは日本企業の「成果主義」と全く同じ仕組みです。
二つ目は「人」の評価。人材のアセスメントです。これは必ずしも毎年行われる訳ではなく、ジョブがオープンになって必要な候補者を探していく、つまり採用活動や社内公募による異動の際などの「人が動くタイミング」で適宜行われます。あるいは上位職へのプロモーション(昇進/昇格)の際にも、その候補者が上のレベルのジョブに相応しいかどうかという観点から(年次のパフォーマンスの評価とは別に)、人材のアセスメントが行われます。
ところで、言わずもがな外部からの候補者をアセスメントする際に企業でもっともよく使われる手段が「インタビュー」(面接)です。業界や職種や職位によっては、アセスメントの手段として面接以外にも論文や適性検査や実技試験(口頭試問含む)を用いられることもあるでしょう。最適な候補者を選抜するのにどの手段がベストなのかをハイアリングマネジャー(候補者を採用するマネジャー。つまり候補者の上司に当たる人)と共に考えていくのも、外資系企業の人事部の役割です。
ちなみに外資系企業のインタビューでは、面接者はたんなるアセッサー(評価者)としてではなく、アトラクターとして企業のPRを同時に行うことが求められます。なぜなら、優秀な候補者であれば他社からも同時にオファーが得られるはずでしょうから、そうした競合に打ち勝つためには「上から目線」でアセスメントだけをやっていてはダメなのです。アセスメントと同時にアトラクションも行うことで優秀な人材を惹きつけられるのが、優れたインタビュアーの条件といえるでしょう。
三つ目が「パフォーマンス」の評価です。外資系で使うパフォーマンスという言葉には通常、本人の「仕事ぶり」(プロセスや頑張りを含む)と「結果や業績」の両者をさすことが多いようです。パフォーマンスエバリュエーションやパフォーマンスアプライザル(業績評価)という用語で使われます。
上記の内容をもう一度整理すると、外資系企業が人を雇用し活用するにあたって次の3要素を考慮していきます。
(1)「職務」の評価。英語でジョブエバリュエーション。マーケットサーベイによって同一価値をもつジョブ(同じ業界の同ポジション)の値段を調べ、JD(ジョブディスクリプション)を準備します。
(2)当該ポジションに外から雇い入れる(または公募制で結果的に社内からアサインする)「人」の評価。英語でアセスメント。候補者の適否を見極めるための最もポピュラーな手法が「面接」です。面接だけでは不十分な場合、職種によっては実技試験や適性検査などのテストを併用することもあります。
(3)期末の「成果」の評価。英語で言うとパフォーマンスアプライザル。各期に個人の仕事ぶりと業績や成果が評価され、その結果がボーナスや昇給に反映されます。
以上、外資系企業の「評価」について見てきました。
ここで終えることもできるのですが、あえて興味深い日本企業の人事制度との比較(どのような類似と相違があるのか)についても以下に敷延してみますと…。
思うに、メンバーシップ型企業でいうところのいわゆる「人事評価」とは、上記の三要素の内の後二者、すなわち「人」と「成果」を併せもつ制度のようです。
例えば、ひと昔前までのデファクトだった「職能資格制度」。その基軸たる評価軸は、情意評価、能力評価、業績評価の三つでした。最初の「情意評価」は一種の人材アセスメント(人物評価)に相当し、後者の「能力と成果の評価」はいわゆるパフォーマンスアプライザルに合致します。
また、90年代以降日本企業を席巻した「成果主義」あるいは「職務役割主義」型の人事制度のフレームは「プロセス(行動評価)」と「業績&成果」です。前者を評価する手法がコンピテンシーやバリュー評価であり、後者には目標管理制度(MBO)が使われました。
この成果主義型人事評価制度において、前者のプロセス評価とはまさに職能資格制度でいう情意評価と能力評価の合体したものであり、後者の成果評価はMBOが徹底されたものでした。
もっとも、職務給や役割給というフレームを用いている日本企業(大企業に多いですね)もありますが、実際の運用は個々の職務(ジョブ)や役割(ロール)にサラリーを紐付けるのではなく、あくまでも「その人」に等級グレードを紐つけるという制度運用に陥っているのではないかと推察します。(その場合、各人に該当する等級グレードを整合させるための根拠は何なのでしょうか…?)
日本企業の人事制度あるいは評価フレームの中には、職務給や役割給が導入されているにせよ、いまだ新卒一括採用と社内ローテーションに偏重した人事慣行を見るかぎり、「ジョブ」という概念はしばらく出る幕がないかもしれません。
このように日本企業では、個々の社員のジョブが明確に定義されないまま、とはいえ業績評価をするための手段としてMBOという「単一の(しかも精度の粗い)評価ツール」だけで数ある異なる仕事の成果を評価しようとすることにこそ、現在の日本企業全般が抱える超過勤務や低い労働生産性の遠因があるのではないかと思うのです。
そして実のところ、JDさえあれば(MBOがなくても)期末にパフォーマンス評価は(ある程度)できるのです。なぜなら、個々のJDには、そのジョブ固有の期待される役割やなすべきタスクや求められる知識やスキルが詳細に記載されているからです。
以上、思いつく儘に「評価」をめぐって一筆書いてみましたが…、師走の多忙の中でのご一読に感謝します。
投稿: ある外資系人事マン | 2017年12月 9日 (土) 10時24分
昨夜、別エントリにて「裁量労働制はメンバーシップ型にはそもそも不適合でしょう」という(ややもすると)身勝手なコメントを入れさせて頂きましたが、それでは「裁量労働」(Exempt)と相性がよい「ジョブ型雇用」とは具体的にはどんな制度なの?メンバーシップ型の人事制度とは何がどう違うの?という真摯な疑問を持たれた方のために、上記エントリの詳細コメントを改めてご紹介/ heads up させて頂きます。
ややもすれば働き過ぎを助長してしまう裁量労働制/Exemptですが、ひとたび労働者各人の「職務」を明確に定義(限定)し、文書で共有し、上司と部下がこれを遵守していこうとする営み(マネジメント)の中で、働き方すなわち生産性の向上に寄与していくはずです。使用者にとってはこうしたJDがあることで、将来起こりうる様々な訴訟時(ハラスメントを含む)にリーガルディフェンシブな「エビデンス」として機能するでしょう。
裁量労働をもっとワークさせていこう!という話をするのであれば、やはり各人の職務/ジョブを(無限定ではなく)限定し、明確化しましょう!という、いつもの小生のお話に落ち着くのでした〜。
投稿: ある外資系人事マン | 2018年2月21日 (水) 17時58分