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2017年6月22日 (木)

EUの新たな労働法政策-多様な就業形態への対応

『労基旬報』2017年6月25日号に「EUの新たな労働法政策-多様な就業形態への対応」を寄稿しました。

 イギリスが国民投票でEU離脱を決め、大陸諸国でも反EU運動が政治の焦点になるなど、EUを取り巻く状況は厳しいものがあります。かつてのソーシャル・ヨーロッパが輝いていた時代は遠くなったようです。しかしその中にあっても、あまり目立たない形ではありますが、新たな労働法政策への萌芽が動き始めています。
 去る4月26日、欧州委員会は久しぶりに条約154条に基づく労使団体への第1次協議を開始しました。それも一度に2個もです。一つ目は書面通知指令(91/533/EEC)の改正であり、二つ目は「あらゆる就業形態の人々の社会保護へのアクセス」です。どちらも「欧州社会権基軸」(European Pillar of Social Rights)の枠組で提起されているので、まずその流れをざっと見ておきましょう。
 2016年3月8日、欧州委員会は「欧州社会権基軸」に関する一般協議を始めました。金融主導のグローバリゼーションの先兵とみられるに至った経済通貨統合に、今さらながら社会的側面を取り入れようというのがその狙いですが、それに対する諸組織の反応の中からいくつかの方向性が現れてきました。そのうち同年12月20日の欧州議会の決議では「あらゆる就業形態におけるディーセントな労働条件に関する枠組指令」を提案することを求めるとともに、書面通知指令(91/533/EEC)の改正を提起しています。そこで念頭に置かれている就業形態としては、まずインターンシップ、トレーニーシップ、アプレンティスシップといった学校から仕事への移行形態、そして近年拡大しているデジタル・プラットフォームの仲介による仕事や従属的自営業、さらにゼロ時間契約などのオンデマンド労働です。
 各方面からの意見を受けて、今年4月26日欧州委員会は一般協議のまとめとして「欧州社会権基軸の確立」(COM(2017)250)を公表するとともに、20項目にわたる「欧州社会権基軸勧告」を提示しました。この勧告の中には、今回の二つの労使協議に直接関わるような項目も含まれています。実は、今回の労使への協議はこの勧告と同時になされており、その意味ではその一環と見ることもできます。
 まず書面通知指令改正に関する協議ですが、同指令は適用対象たる「被用者」を加盟国の法令の定義に委ねています。これを改めて、EU共通の労働者の定義規定を設けるべきではないかというのが第1点目です。そして、オンコール労働者、バウチャーベースの労働者、ICTベースの移動型労働者、あるいはトレーニーやアプレンティスなど適用関係が明確でない新たな形態の非典型労働者にも適用されることを明らかにするというのが第2点目です。そして現行指令で雇用期間1か月以下や週労働時間8時間以下の雇用関係を加盟国が適用除外できるという規定も削除すべきではないかとしています。
 書面で通知されるべき情報項目に追加すべきものとして、まず濫用が指摘される試用期間が挙げられています。そしてオンコール労働者への適用拡大を前提として、その通常の週又は日の労働時間を通知することを提示しています。指令違反に対する救済や制裁が実効性に欠けることも問題で、書面通知をしなかった使用者に罰金を科すとか、書面通知がなかった場合は労働条件について労働者に有利な推定をするといった提起もしています。また書面通知の時期について現行指令は雇用開始後2か月以内としていますが、この期間を短縮すべきではないかという案とともに、そもそも遅くとも雇用開始時に通知すべきという選択肢も提起しています。
 上記欧州議会決議はこれらを超えて「あらゆる就業形態」の労働条件枠組指令を求めていましたが、こちらについては協議文書は書面通知指令の対象を拡大する可能性として協議しています。現行指令は使用者の通知義務を定めているだけですが、ここに規範的側面を持ち込み、あらゆる就業形態に共通の最低労働条件を規定するものに作り替えるという話です。欧州委員会が提示している項目は:試用期間がある場合の上限の権利、労働時間が変動する場合の参照時間の権利(予見可能性のため)、(オンコール労働における)前期の平均労働時間に設定された最低時間の権利、新たな就業形態に転換を求める権利(と使用者の回答義務)、訓練を受ける権利、解雇や雇止めの場合の理由を附した告知期間の権利、不当解雇や不当な雇止めの場合の適切な救済の権利、そして解雇や不当な待遇に対する有効で中立的な紛争解決制度にアクセスする権利です。大変包括的で、これらを入れたらもはや「書面通知指令」ではなく、まさに「一般最低労働条件指令」になってしまいます。
もう一つの協議文書はあらゆる就業形態の人々に対する社会保護と就業サービスを取り上げています。ここで「就業サービス」といったのは、職業指導、職業紹介、職業訓練等のことです。ただ、あらゆる就業形態といったときに、純粋の自営業者についてはそもそも条約154条に基づく労使協議への対象になり得ません。そこでやや技巧的ですが、非標準的な雇用形態の労働者の社会保護等については労使団体への第1次協議、自営業者等の社会保護等については任意協議だと説明しています。
 この文書で提示されているのは、契約類型、就業形態、労働法上の地位に関わらず、類似の労働に対しては類似の社会保護の権利と就業サービスが適用されるべきという原則です。これにより非標準的な雇用の労働者や自営業者が社会保護制度や就業サービスの適用を受けることができるというわけです。また社会保護の権利が就労当初から個人単位で蓄積され、転職、就業形態の変更、自営化などによって失われることのないようにすることを求めています。
 ただ、前者に比べてもこちらは困難性が高そうです。まず条約153条において、書面通知指令が属する「労働条件」は特定多数決事項となっていますが、「労働者の社会保障及び社会保護」は全会一致事項となっています。さらに上述のように、自営業者の社会保護はこれに含まれず、条約352条という一般条項に頼らなければなりません。現実に立法までこぎ着けることができそうかという点で見ると、可能性が高いのはせいぜい書面通知例の改正くらいで、欧州議会の求める実質新法としての一般最低労働条件指令はなかなか難しく、社会保護はほとんど不可能と言えるでしょう。
 とはいえ、こうした新たな就業形態に対する法的対応が試みられていることは、同じように就業形態の多様化への対応を迫られている日本にとっても、大変興味深い先行事例であることは間違いありません。今回の労使団体への第1次協議が、今後どのような展開を示していくことになるのか、労働関係者は注意深く見守っていく必要がありそうです。

 

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